。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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28『22時07分の悩み事』

綺麗だなー。水面の底から上を見上げるとこうなってるんだ。

こぽこぽと泡の塊が上へと昇って行く。外界から遮断され僅かな光さえも届かない深い水の世界で私の躰は揺蕩う。全てを任せ意識さえも任せてしまおう。とけこむばとけこむほど私の形は失くなっていき、最後には綺麗さっぱり消えるだろう。なぜそう思うのか。

なんとなく勘だ。母なる海へと還るように、命の終わりを迎える。心地よい微睡みはまるで赤子が眠るゆりかごにいるかのようだ。

 

眠い、眠いよ。

 

意識を保つことも難しい。というか、保つ必要なんてないんだ。

わたし、もう、寝てもいいよね。わたし、頑張ったよね。もうどうでもよくなちゃった。全部、嫌になっちゃったよ。楽になりたい。沈んで、沈んで、わたしはあわになる。

 

だが、突然涼やかな声が脳裏に響いた。

 

『こちらに来てはダメ』

 

女、それも若い声が止めようと駄目だと繰り返す。

駄目?何が、ダメなの。

 

せっかく微睡に任せようとしていたのに、煩わしい声がどうにも邪魔をする。

 

うるさい、何度も繰り返さないで。アンタに関係ないんだから。

 

耳を塞ごうと思っても手足の感覚がないからどうやればいいのかわからない。だから女の繰り返す声をただ聞き流すことしかできない。その内、その女は何やら独り言を言うようになった。

 

『どうにも頭の中がざわざわするなぁって思ってたらドストライクだものね。咄嗟にバリア作って正解だったわ。きっと彼が何か手を打ったのね、助かった。今の私じゃ以前よりも力が弱いしな』

『バリア?』

『そうそう、私が必死に造り上げたこの……って!?ようやく私の声に気がついてくれた!?良かった~。全然反応ないから無視されてんのかと思っちゃった』

 

実際無視していたのだが、相手の反応が嬉しそうだったので余計なことは言わないことし、黙って言葉を聞くことにした。面倒だったってのもある。

すると相手は勝手に今の状況をまぁーペラペラとご丁寧に説明してくれたのだ。

 

『コホン!…これは、私と貴方を分かつための壁。貴方が私と同化してしまう前で良かったわ。もう少し気づくのが遅かったら手遅れだったから。というか今まさにヤバい状態であるからに間に合って良かった』

 

女のが説明する壁なんてこの蒼き世界にあるはずがない。だから反論してやろうと思った。けど、どういうことだろうか。私が認識していたはずの水の世界が一変したのだ。

気がつけば、

 

『嘘』

 

水の世界は確かにある。だが私は上から覗き込む形で水面を見つめているではないか。

土のような固い感触の上にへたり込む私。そっと水面を覗き込むと、確かに私が映る。

しかも透明な水面は見る見るうちに凍てついた分厚い氷へと姿を変えた。

指先で軽くなぞるだけでもすぐに指を引っ込めてしまうほどの冷たさ。

彼女との隔たり。どうしてこんなことをするのだろうか。

私は混ざり合うことを望んでいるのに。

……混ざり合う?何とだ?

 

『同化?手後れ?』

『あー、侑子め。教えておいてくれれば良かったのに。あやうく大事になるところだったわ。いなくなっても意地悪陰険魔女ね』

 

侑子?何やら聞き覚えのある名前だ。

しかも女の後半の意地悪陰険魔女という言葉にも。

大きな矛盾点に気がついた。

どうして、

 

『………私、どうしてここにいるんだろ』

 

今まで平然と受け入れていた状況に初めて疑問を抱いた。いや、うまれたのだ。

全てが当たり前だと思っていた先ほどの私と、今謎の女と会話することで、考えるという行動をとった私。

 

フッと湧いた疑問に女はアッサリと答えた。

 

『それは私に引き寄せられたから。真実に近くなった分、貴方が終わりに近づいているから』

『終わり?……終わりって?』

 

私の問いに女は答えず自分勝手に話を進める。

 

『また貴方に会えて嬉しいけどダメ。ここにいてはダメなのよ、戻りなさい』

 

優しく子供を諭す母親のように言う女。だけれど、私は拒否する。

恐怖という感情が私を丸く包み込む。

 

『いや、いやだ…戻りたくない、帰りたくない…』

 

怖い怖い怖い。

せっかく逃げてきたのに、戻りたくないよ。

戻ったら、今度こそ私は…。だって、あの世界は!

 

『それでもよ、それでも貴方は帰らなきゃ。まだ貴方が全てを知るには早すぎるわ。まだ時は満ちていないもの。帰りなさい、貴方の目覚めを待つ彼の元へ』

 

彼って誰だ?

私は一体誰なんだ??

何が何だかわからない。何もかもがぐちゃぐちゃでおかしくなりそう。

気持ち悪い、こみ上げてくる何かが突っかかって息ができない。

気が、狂いそう。

いっそのこと全部壊れてしまえばいい。

 

――ちりん。

きっと聞き逃してしまうような小さな音だと思う。けどその音は何度も何度も鳴り続けた。

―ちりん。

正直ウザいくらいだ。消えろ、消えろって何度も念じた。

けど、鈴は鳴りやまなかった。それどころか荒れ狂う私の心を慰めるかのように、鎮めるかのように何度も鳴り続けるんだ。最初は疎ましいと感じていた音が、いつの間にかその音に徐々に心が癒されていくのを感じた。

気持ちが落ち着いて気持ち悪さもなくなっていた。

 

『もう、大丈夫ね。この鈴は貴方に戻って欲しくて彼がずっと鳴らしているの。だから戻ったらお礼を言った方がいいわ』

 

女にはまるで全てわかっていたかのような口ぶりで話しかけてきた。

だが私には尋ねたいことが山ほどある。

 

『待って、あなたは誰?どうして私を知っているの?私は、私がわからないのに』

 

知っているなら教えて欲しいと私は乞う。けど彼女は教えてはくれなかった。

だが、代わりにと無敵の呪文とやらを教えてくれた。

 

『誰よりも心が強くて、とびっきり可愛くて優しい女の子の言葉を借りるなら【絶対だいじょうぶ】だから』

『ぜったい、だいじょうぶ』

 

ぜったいだいじょうぶ、絶対大丈夫。

私は胸に手を当てて何度も何度も口にした。

不思議だ、どうしてか胸が温かくなった。ただの言葉なのに。

 

『貴方が私と対話しているのも、貴方が私と引き合ってしまうのも、貴方が元の世界へ帰るのも全て定められていた事。必然なのよ』

『…必然………、教えて。貴方は誰なの』

 

どうして私を助けてくれるのか。

純粋に彼女のことを知りたいと思った。見ず知らずの他人を、それもこんなわからない状況でも手を差し伸べてくれたんだ。もし、もう一度逢えるならちゃんと面と向かってお礼を言いたい。その機会がこの先あればいいのだけれど。

生憎と自分がどんな人間なのか、いまいち把握できていないのが少々気がかりだ。

 

『私は数多の始まりであり数多の終わりでもある。私は――始祖。またね……』

 

全ての始まりを唄い全ての終わりを知る彼女は始祖だと名乗り、幾度と鳴り続ける鈴の音はまた私を深く眠りへと誘った。

 

【始祖】

 

ファイside

 

一昨日も昨日も今日も戦、戦、戦の連日。

オレたちがこの世界に来てから半年は経っちゃったかな。語るには長すぎなので省略。

言葉は通じないし身振り手振りで意志疎通するしかできないのは不便で仕方ない。

けど今日は一番の朗報に胸が膨らんだ。勿論伝える相手に届いているかどうかは微妙だけれど。オレはある一室を目指す。片手にはさっき外で摘んできたばかりの新鮮な花の束。

珍しく足取りが早くなるのはすぐにでも教えてあげたい気持ちとほんのちょっとの期待感からだ。もしかしたら、このドアを開いた先に君が起きていてオレの姿をみた途端、分かりやすい表情と文句の一つでも飛ばしてくるんじゃないっかって。

 

通い慣れた廊下をズンズンと歩いて行き丁度重厚そうな扉がぎぎっと軋んだ音を立てて開かれる。顔を覗かせたのは丁度見慣れた顔。

 

「これはファイ様……」

 

オレと黒鋼が戦に出ている間、面倒を見ていてくれている女性がオレに気がつき軽く会釈をする。オレもこの世界の挨拶にならって会釈した。彼女の言葉は相変わらず理解できないけれどもう顔なじみみたいなものなので大体の意志疎通はできる。

女性は扉をおしてオレを中へと誘った。

夜叉王の計らいで一番静かな場所の部屋に彼女はいる。

一昨日も昨日も今日も彼女に変化はない。まるで彼女がいるこの空間だけが時間から切り取られたかのような感覚だ。

オレは小さく肩を落としてため息を吐き、気を取り直してオレの後に続いた女性に向き直り摘んできた花束を差し出した。女性は小さく微笑みながら花束を受け取って頷いた。

寂しがりやな彼女の慰めにでもなれば、と彼女近くの棚には花瓶に活けられた花々が飾られている。オレは毎日花束を持ってきては女性に渡し花瓶に活けてもらう。

 

「それでは失礼いたします」

 

女性は花瓶と花束を持って退出した。

シンと静まり切った部屋にオレと彼女が残る。

 

黒いベッドに寝かせられ毎日欠かさず櫛と香油で丁寧に手入れをしてもらっている黒髪は指通り滑らかで、いつでも彼女が目を覚ました時の為にとほんのりと桜色の頬が可愛らしい薄化粧をしてもらい、胸の上で組まれた両手の指先は綺麗に整われ赤いマニキュアが施されている。

これも全ては夜叉王のお蔭。オレたちが戦場にいる間安心して任せられるよう彼の心配り。どれだけ助かっているか、感謝の言葉もない。

そうだ、前はね?彼女の瞳は空よりも綺麗な蒼だと黒鋼経由で伝えてもらったら、前は見事な着物?っていうのに着替えさせられてたんだよ。うん、あれは本当に目を見張るくらい見惚れた。異国の御姫様みたいで綺麗で、…儚そうにみえてオレは思わず君の手を握りしめた。

消えちゃうんじゃないかって馬鹿みたいな考えが離れなくて。

でもすぐに現実に目の前にいる君に安堵できたんだ。

あ、そんなことよりも聞いて欲しい。戦場で小狼君を見かけたんだよ。サクラちゃんとモコナも一緒みたいで良かったけど様子がおかしかった。

この世界に戸惑ってたみたいだからオレは声を掛けたかったけど、黒鋼が小狼君を鍛えたいから他人のフリしろだなんて酷いよね。でも実際、小狼君の実力を引き出させるにはいい機会だと思ったから反対はしなかったよ。今頃小狼君はオレたちの存在に驚いて戸惑ってるかも。黒鋼の修行が終わったら謝っておかなくちゃな。

あ、黒鋼なんてこの間オレが悪戯で君の顔に墨で落書き書いてたら、便乗して髭と皺を付け足して爆笑してたんだ。酷いよね、女の子の顔に落書きなんて。

毎日、毎日、その日のあった出来事を報告して鈴を鳴らして君の反応がないことに落胆してオレは眠りにつく。

黒鋼からは嫌味っぽい視線を送られることもしばしば。

でもオレは飽きもせずに同じことを毎日繰り返す。

飽きないっていうか、当たり前になってるんだろうな、この行動が。

 

『自己満足……かも』

 

こうすれば彼女が喜ぶはず。ああやれば彼女が反応するんじゃないかって思いついて実行しても、結局は変化のない現実に肩を落とすいつものオレ。

ああ、駄目だ。

オレはベッドに腰を掛けて横たわる彼女の体に両手を差し込んでずらし自分の膝に彼女の頭を優しく乗せる。

彼女の定位置はいつも決まって同じオレの膝の上。ここの位置に乗せた方が鈴も鳴らしやすいし彼女にもよく聞こえるはずだから。時たま彼女の黒髪を梳いて指通りを楽しみ、彼女の肌に軽く触れて生きていることを確かめる。

天姫ちゃんとオレの誰にも邪魔されない時間。

そうだ、ここには他に誰もいない。

なら、いいのだろうか。

ここにいる間、誰にも通じない言葉なら、誰にも聞こえない言葉なら。

言ってもいいのかな。声に出してもいいのだろうか。

君に伝えたい事たくさんあるんだ。

オレは唾をごくっと飲み込んでゆっくりと口を開く。

眠る彼女の顔を覗き込んで、キスが出来そうなほどの距離で声に想いを籠める。

 

『帰ってきて』

 

オレの誰にも聞かれない本音。今唯一の願い。空っぽの君は静かすぎてつまらない。またオレの視界は元の灰色に戻ってしまうのか。

君が様々な色彩を放ちオレはそれに感化されて色を取り戻したんだ。

小狼君もサクラちゃんも黒鋼もモコナも君が目を覚ますことを願っている。

誰が欠けてもこの旅は進まないんだよ。

 

『天姫』

 

呼び捨てって、こんなに勇気がいるんだね。今オレの心臓がドッキドキだよ。

きっと君が見ていたら普段のオレとの違い様にビックリするくらい。

うん、くすぐったいような照れくさいような気分だ。

 

天姫ちゃんがオレを【ファイ】と呼ぶようになったのはオレを信頼してくれている証だと勝手に思ってる。実際、オレたちの距離は以前よりもグッと近くなった。

気持ちが近くなったって言うのかな。でも、オレには嬉しいようで正直辛い。

オレはいつもおちゃらけては本心を偽っている。それは他人とに距離を明白にするためだ。距離が近くなれば近くなった分だけ、隙ができる。オレの誰にも見られたくない心を見られてしまう。

オレの、オレの、黒く歪んだ心を。

今まで素をさらけ出さなかったのもオレを知られないようにしていたから。

でもオレは勝手に君がいる毎日を欲している。

距離を置きたい癖に、いつも視界に君を入れていたいと願ってしまう。

我儘すぎ。

もし君ならこう、ズバッと遠慮なく言いそうだよね。

うん、オレは我儘でどうしようもない男だ。

だからこそ、オレのお願いを叶えて。

 

『どうか、共に…』

 

そこでオレは言葉を止めた。ハッと我に返り右手で口元を覆った。

オレは今何を口走ろうとした?

共に、何だっていうんだ。オレが、願えることじゃないじゃないか。

分不相応にも程がある。

……もう、自分がおかしくなりそうだよ、天姫ちゃん。

この手は差し出すべきじゃないはずだ、そう頭では割り切っているはずなのに、共にいる未来を欲しているオレ心のどこかにいるんだよ。

ホント、どっちがオレなんだろうね。

いっそのこと……白旗でもあげたら、すっきりするのかな。

 

ぼんやりそう考えながら、しばしの時間を過ごした。

(卑怯な告白)

 

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