。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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29『熱の意味を問う』

記憶というものはどんなことがあっても覚えているものだと思っていた。

忘れたくても忘れられない出来事があるように、これだけは忘れない、きっと忘れることなどできない大切な何か。私にはあの子だけ。

茶色のくるくるカールが特徴的なごくどこにでもいる普通の女の子。

姉想いで時たまツンな部分も出るけど優しい子。

 

『おねーちゃん』

 

一度は手放してしまった。けど自分を対価にして取り戻すことができた。

私のたった一つだけのきらきら星。

ずっと大事に大事にしてきたの。目の中に入れても痛くないくらい可愛くて、愛しくて、愛情というものを与えさせてくれた存在。

ほら!手を伸ばして。

ほんの目と鼻の先に妹は佇む。少しだけ振り返った。

私が知る妹の瞳は茶色なはずなのに、目の前にいる妹は両目が色違いだった。

けど私に向って微笑む笑顔はどこも変わっていない。

 

『おねーちゃん』

 

ああ、表情も声もそのままだね。侑子のお店で出会った時、私が知るあの子がいなくてすごくショックだった。もう、私が知る狗楽は消えてしまったんだって思った。

でも違った。そうか、そう、か。そうだったね。記憶があっても、なくても何も変わらない。思い出せなくてもいい。覚えていなくてもいい。

私は大切なことを忘れかけていた。

遠く、きっと二度と会うことができないかもしれなくても、

私の妹は君だけで、私だけが狗楽の姉であることは何も変わってない。

私たちの絆は、切れてはいなかったんだ。

最初から、出会った時から繋がっていたんだ。

 

「………狗楽…『わっ!』狗楽―――!」

 

バッと大きく腕を広げ

やっと、やっと捕まえることができたんだ。

この腕に、抱きしめることが……。抱きしめる……。抱きしめるには若干、というか結構大きくて収まらない。

 

「……会いたかったよ…。あれ、狗楽いつのまにこんな身体固くなったの…。しかも私より大きいような……成長期?もしかいて成長期なの?……嬉しいけど嬉しいんだけどおねーちゃんは複雑だよぉ…あれ?……胸、……ない……」

 

ぺたぺたと触って確かめた感触に違和感を感じとると同時に、冷や汗が浮かぶ。

これ、固すぎだよな。女の子にしては筋肉質すぎるというか引き締まっているというか。

私はちょいと顔を上げてみた。すると、上から私を見下ろす形で顔を近づけてくるファイが、いた。

 

『オレ、もともと大きいし当然胸は膨らんでないからね。男だし』

 

あれ、男だ。そりゃ男だよね。胸膨らんでないわ。

だが私よ、なんでどうしてこの男とめちゃめちゃ距離が近いのだ。というか、私は何をしてる?

 

「……………」

 

あんぐりと口が半開きになり奴を凝視したまま思考停止してしまった私。

なぜなら!私の狗楽が男になっていたからだ。

もとい、私はファイに抱き着いていた。

 

『大胆だね天姫ちゃん。そんなにオレの胸撫でて…、もしかしてへ・ん・た・い?』

 

嫌味なほど端整な顔が近づいてきて耳元に囁かれる言葉と共に吐息が辺り、一気に背中に寒気が走った。

 

「ギャー――――――!」

 

乙女にあるまじき悲鳴を上げた私は猫のような素早さで逃げ奴から距離を取った。

気が動転してファイが不思議そうに首を傾げてなんたらかんたら言ってることに気がつかなかった。っていうかそれどころじゃない!

 

『あれ、言葉通じてる。なんでだろ?』

「んななななななわわ、たわしじゃくて私は変態じゃないっ!ただ抱き着く対象を間違えてだけであって決して男の胸板触りまくる痴女じゃない!っていうか言葉通じるのは当たり前でしょ!?」

『あははは、わかってるよ。ほんの冗談だから』

 

本当に冗談だったのか?!顔がマジだったような気がする。

ファイにこっちおいでおいでと手招きされるも、顔を真っ赤になってすぐに警戒を解くことなどできはしない。先ほどのハプニングで気がつかなったが、自分が纏う着物に寝かされていたと思われるベッド。そして見知らぬ大きな造りの豪華とも言える部屋の広さは初めてみるものばかりだ。きっと自分の知らぬ間に次なる異世界へと飛んだことはすぐに理解できた。

 

ファイが軽くため息ついて自分から近づいていることに気がつかずに、頭抱えて何とか高まった気持ちを落ち着けようとする。

なんなんだ、この気持ちは。どうして私が動揺しなくちゃいけない。

ほんのちょっと、いや結構近かったがなんてことない。意しなきゃいいんだ。

あれは男だって思わなきゃいい。異性だと感じなければなんてことはないんだ。

 

勘違いしないでと突き離してしまえばいい。

彼が沈んだ表情を見せようが動揺なんかしない。

でも、気持ちが騒めく。本当にこれで良かったのかと一瞬疑問を抱く。

良かった、良かったはずなんだって自分に言い聞かせる。

それでも心のどこかでしこりみたいに残って気持ち悪い。

大声でワー!って思いっきり叫びたくなる。

チクショー!大馬鹿者がー!!て怒鳴りたい。

 

「……」

『天姫ちゃん』

 

ひらひらと顔の前で手を振られても私は奴を警戒して様子を伺う。

 

「……………」

『天姫ちゃんってば……。うーん、じゃあこっちから悪戯しちゃうぞ』

 

相手にされなかったことを拗ねたのかはわからないが突然むにゅっとされた。

 

「むぐ!?」

 

いきなり唇をつままれたのだ。原因はすぐにわかった。奴だ。メッチャイイ顔してるじゃねぇかよ。

 

「ほががが!」『何すんじゃい!』

『さっきから呼んでるに全然来てくれないんだもん』

 

てぃ!とファイの手を振りはらって怒鳴った。

 

「……ぷはっ!だから乙女の唇をつまむか!?」

『気づいてくれたから結果オーライだね』

「それはアンタだけだ………あの、さ。生きてる、よね?」

『ん?』

 

私からの問いかけにファイは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに理解してくれた。

私の最後の記憶にはファイが殺された瞬間が残っているから。だから彼が本物で生きている証拠を確かめたかった。自分から手を伸ばしファイの大きな手の指先に軽く触れた。

 

「生きてる」

 

指先からじんわりと温かさが伝わる。触れあう指先が合わさって自然とお互いの手を組み合っていた。

 

『うん、ちゃんと生きてるよ。オレ』

 

生きてる。彼が生きてる。

 

「良かった」

『天姫ちゃん、ゴメン』

 

組み合った手を引っ張られたと認識したら、あっという間に彼に引き寄せられ抱きしめられた。

 

「ちょっと!?」

『今だけおとなしくしてくれる?お願い』

 

抗議の声を上げてすぐに離れてやろうと思った。けど、やめた。

少しだけファイの声がさきほどよりも震えていたから。

私よりも背の高い彼の背に手を回した。きっと私は心配かけてしまったのだろう。

なんとなくだが、そんな気がする。さっき私のお願いをきいてくれたのだ。今は黙っていてやろう。それと謝っておこう。

 

「……………悪かったわね、心配かけて」

『うん』

「でもそれはアンタにも言えることよ。ちょっと油断するからいけないのよ、アンタは詰めが甘すぎなんだから!次はもっとしっかり周りをみなさい」

『はーい』

「返事は伸ばさない」

『はいはい』

「返事は一回」

『んじゃこうしちゃおう!』

 

むぎゅっとさらに抱きしめられた。

 

「んな!?ちょ、ちょっと!調子乗らないでよ!」

『ありがとう、天姫ちゃん。オレのこと心配してくれて。オレはちゃんと生きてるから。怖かったよね、ゴメンね』

「怖くなんか、ない」

 

嘘だ、本当は怖かった。もっと私がしっかりしてたらって何度自分を呪ったか。

 

『そうだね、でもオレは怖かった。天姫ちゃん達を残してきたことを後悔したよ。あの時もっとうまく動けてたらって』

 

なんでそんな優しいことばっかり言ってくれるの。

なんで慰めてくれるの。

私は、私は狗楽以外に大切なものは作っちゃいけないんだ。

あの子の為だけに進まなきゃいけないのに。

 

「優しくしないでよ」

 

これ以上、私の心をかき乱さないで。

私の心とは裏腹に身体がいう事をきかない。彼から離れなければならないと思っているのに、まるで繋ぎ止めようと私の手は彼の服を握りしめる。

ファイの手が私の後頭部に回され尚更、密着度は増した。

おかしいよ、こんなの。だって普通はこんなことしないんだから。それぞれの目的の為の度に同行しているだけの関係なんだから。深い仲じゃない、だからこんなことするのは間違ってる。

 

『オレ、優しくなんかないよ。薄情者だから』

 

嘘つき。私は嘘が嫌い。だけど嘘には敏感だからすぐわかる。彼が嘘をつくのはある一線を超えない為。誰かの懐に入らない為。私と彼は同じ所にいるようで、違うのだ。

 

『天姫ちゃんは温かいね』

「冷たかったら死んでるじゃない」

『うん。だからオレ、嬉しいんだ』

 

いつの間にかお互いの顔が近いほど距離が縮まっていて私の頬に手が添えられていて、彼の親指が唇を軽くなぞる。

 

『ありがとう』

「………っ!?…」

 

キスされる、思わず瞼をぎゅっと瞑った。吐息が肌にあたる。

けど感触は来なかった。

おそるおそる瞼を上げると私の髪を一房軽く持ち上げて私と視線を一瞬だけ交わせ瞳を細める。ファイは私の髪に軽く唇を寄せキスを落した。

その流れるような動作が綺麗に思えた。

良く考えてみれば滅茶苦茶恥ずかしいことなのに、その時の私の思考はまともじゃなかったんだ。

だって、見惚れてしまったなんて、ありえないんだから。

 

『顔、赤いね』

 

意地悪そうに指摘する彼が卑怯に思えた。

っていうか絶対卑怯だ。

 

「そういえば、なんでアンタ。瞳が黒いの?カラコン?」

『からこん?言ってる意味がわからないけどこれはねー』

 

かくかくしかじかって理由で瞳が黒いらしい。ちなみに黒鋼もだそうだ。

 

「……ってわかるかい!?そんな説明で!」

『あはははは』

 

私の的確なツッコミにファイは腹抱えて笑い出した。

 

『うん。やっぱり天姫ちゃんがいないとつまらないや』

「はぁ!?」

『オレは天姫ちゃんと一緒がいいってこと!』

「んな!?」

 

きっと恋愛の意味で言ったなら、告白ともとれるその言葉。だけどきっとこのヘラヘラ男に他意はないのだろう。ただの冗談でさらっと流すつもりで出たに違いない。だがファイの一喜一憂に振り回され続けては私がもたない。いまもギリギリの状態だ。

きっとこの男は私の心臓をいずれ爆発させるに違いない。

絶対そうだと心底思った。

 

◇◇◇

 

事態は思ったよりも深刻だった。勿論、天姫にとって。

今日も決着のつかない戦を終えて帰って来た二人。ひとっ風呂浴びて戦の疲れを洗い流してさぁー酒盛りだと意気揚々と待ち構えていた待ち人。

今現在、大人組がいるのが夜叉王が支配している夜叉族の国のお城。その一室にて、酒を酌み交わす男二人の傍で、色鮮やかな着物を纏い髪に飾りをつけた天姫が怖い顔してどーんと鎮座している。その格好が綺麗なだけに色々ともったいない。

だが黒鋼とファイはそんな天姫を無視しては酒盛りを続けていた。

 

「サクラちゃんと小狼君とおまけのモコナが敵側にいる。それはわかったわ。けどね、私は早くにでも迎えに行ってあげたいの」

『天姫ちゃん、オレも心配なんだけど戦場で見る限り元気みたいだから大丈夫かなーって思うよ』

「んな訳ないでしょーが!戦場よ!?戦場!子供が刀持って戦うとこじゃないわよっ!」

『そう言われても。実際敵同士だし。ねー?』

 

ファイが同意を求めるように黒鋼に話しかける。実際、黒鋼にはファイの言葉が理解できていない。だがどうしてか不思議だが天姫がファイに言っている言葉は理解できるのでファイの言いたいことはなんとなく雰囲気で分かった。

 

「フン!目が覚めてもキャンキャンやかましい女だぜ。あ、違ったな。犬じゃなくて豚だったな」

「黒鋼!アンタも相変わらず口の悪さは天下一品だわ!という人のトラウマわざとらしくほじくりやがって!表出ろ、決着つけたるわ」

 

これぞ犬猿の仲と言ってもいいほど分かりやすい二人にファイはやれやれと溜息をつく。

何だかんだ言って黒鋼も心配してた癖に、せっかく天姫が起きてまた仲良くやれるかなと思った矢先に口げんか始めるとは。

ある意味相性がいいのかなと、ちょっとじぇらしー?感じたり。

でもそんな事は絶対顔に出さないファイなので、スクッと片膝ついて立ち上がって黒鋼に襲いかかろうとする天姫を羽交い絞めして抑え込むことに。

ここでまた天姫が「邪魔するな!」と睨み&吠えるのだがガッチシ笑顔で止められているので、分かりやすい舌打ちをした上で座り直し、中断された話をまた再開させる。

 

「とにかく!私も月の城とやらに行くわ」

 

と決定事項だと宣言するも即行二人同時に。

 

『ダメ』「来るな、足手まとい」

 

と反対される。

「はぁ!?なんでダメなわけよ?いちいち許可なんか求めてないわ。私が行くと決めたんだから何を言われようと行くわよ」

 

でも反対されたぐらいでしょげる天姫じゃないので勿論、即行言い返す。

するとファイは天姫が言い返すのが分かっていたようで、

 

『頑固だなぁ』

 

と苦笑いした。天姫はフン!と鼻をつんとさせては

 

「断固よ、私は。少しは私の性格把握できてるはずでしょ?一日二日の付き合いじゃないんだから」

 

と同意を求めるとファイも

 

『…まぁね…』

 

と少し間をあけて頷いた。だがファイとてそうすんなりと天姫の要求を受け入れるかと言えばそうではない。彼なりの作戦を思いついたからだ。

 

『だったら条件付きだよ』

「は?」

『オレが出す条件をちゃんと守るなら一緒に行く許可もらいに行くよ。黒鋼が』

「俺かよ!」

 

ビシぃーとツッコミが入るのはご愛嬌。というか今の会話の流れでツッコミができるというのがすごい。何言ってるかわからないはずなのに。

 

「何よ、条件って」

『今は言わない。けどちゃんと守るって約束するなら連れて行く。どうかな?』

「……なんだかその条件が怪しい。……うぅ、けど一応許可もらわなくちゃいけないし……。わかった!その条件飲みましょう!」

 

ここは妥協案と仕方なく納得した彼女。さぁ、天姫が承諾した条件とは如何なるものか!

 

 

阿修羅王と次元の魔女との密かなやり取り。このやり取りを知る者は二人だけ。

 

阿修羅王は自らの願いの為、侑子に協力した。

誰かの願いの為だけしか動けない侑子の代わりに願った。

 

『モコナを強制移動させて阿修羅王がいる次元に落とす』

 

これで予定されていた筋書きで次元移動を繰り返していた小狼たちの道筋は捻じ曲がった。操縦を失った船は何処へ向かうのか。ただ言えるのは、これである男の計画に支障が出たという事だ。

その男はまだ小狼たちが知らない人物。だが次元の魔女は知っている。

いや、奴が誰であるかをいやと知っているのだ。

 

「ところで、もうひとつあったよな」

『これをあの子に渡して欲しいの。ある人物が願ったものだから』

「これは……」

 

侑子の手にあるのは、古ぼけた一冊の皮張りの本。

タイトルは表記されておらず、だが大切に扱われていたらしい。

本は鍵付きで簡単に見られないようになっている。

 

「この本を誰に渡すのだ」

『黒髪の少女に』

「……それは、もしや、蒼龍姫か?」

 

蒼龍に選ばれし、唯一の神子姫。

数多の世界の為ではなく、己が神子の為に生じた異端の龍神。

その力は積もりに積もった想いの分だけ計り知れないほど強大なもの。

その力はこうして異世界の名だたる人物たちにも知れ渡るほどの存在となっているのだ。

阿修羅王の問いかけに侑子は頷き返した。

 

 

『ええ、あの子に必要なものだから』

 

そう短く説明する侑子だったが、阿修羅王が納得するには十分の答えだった。

 

「わかった」

 

侑子の手によって黒モコナから白モコナへ渡った本は、阿修羅王への手へと渡る。

阿修羅王には叶えたい願いがあった。それは相応の対価以上のもので、阿修羅王自身には荷が重すぎるもの。

だが阿修羅王には譲れない願いがあった。

だからこそ、何があっても、叶えたいと思った。

 

彼と、自分自身の為に。

 

「決着を」

 

(迎える時が来た)

 

阿修羅王は自らの形と決着をつけた。

 

「夜叉王、決着の時だ」

 

彼を前にした阿修羅王はどこか寂しそうな顔をしていた。

 

「………」

 

対して、宿敵であるはずの阿修羅王を目の前にして夜叉王は攻撃を仕掛けるでもなく、防御の構えをするでもなく、ただ無防備なまま阿修羅王を迎えた。

激しい戦場の中、誰もが二人の王のやり取りに注目していた。

阿修羅王は、しばし夜叉王を見つめ、そしてためらいもなく長剣を夜叉王の胸に突き刺した。勢いのまま、抱きつくような形で夜叉王の胸に収まる阿修羅王を、夜叉王は自身の両腕に抱きとめて、小さく呟いた。

 

「…阿修羅…」

 

と。

 

共に歩める場所に二人はいなかった。

終わることのない戦いを運命づけられた二人は、ただ戦を続ける中での逢瀬を続けた。

 

宿敵として、刀を交わせ、言葉すら交わさずに視線を交じわせる。

秘めたる想いは誰にも告げることはない。

それは、相手であっても同じこと。

 

夜叉王は前々からある病に侵されており、月の城で戦い続けていた阿修羅王は夜叉王の容体に気づいた。以前よりも動きが鈍くなった。それゆえに阿修羅王の刀の刃が夜叉王の傷を負わせたのだ。

そして、あの日を迎えた。

阿修羅王の居城に夜叉王がやってきたのだ。

夜空に小さく浮かんで見える月の城の下で、二人は密かに抱き合った。

誰にも知られてはいけない、見られてはいけない。

 

けれど、阿修羅王は悟った。

彼がここへやってきたのは、会いにきたからではない。

別れをしにきたのだ。

刹那のひと時はこの瞬間だけ、そう思ったあくる日。

目を疑うような光景が目の前にあった。

 

死んだはずの夜叉王が以前と変わらぬ姿で戦場に赴いているではないか。

阿修羅王がつけたはずの傷は見当たらず、ただ前と変わらない関係のまま今までに至る。

阿修羅王は彼を消すことを躊躇した。

サクラの羽根の力でうまれた幻だとしても、夜叉王がいる現実は変わらない。

今のこの状況をつくったのは紛れもなく自分。

本来であれば、望んではいけないものなのに、壊すことを躊躇ってしまう。

 

そう、小狼たちが来るまでは……。

彼等が来たことにより、阿修羅王は決めた。

仮初の夢は終わりを告げているのだと。

死者が蘇らぬが道理であるように、幻は所詮幻。

 

「羽根を返そう」

「……羽根…」

 

真実を語った上で、阿修羅王はそっとサクラの羽根を小狼へと返した。

 

 

「小狼、お前の望みは?」

「……サクラの羽根を取り戻す、こと…です」

「では望みが叶ったな」

「……はい……。でも阿修羅王…貴方は」

 

『貴方の願いはなんですか?』、そう続けようとした小狼だったが、躊躇ったのち、それは言葉に出すことはしなかった。訊かずとも、理解したからだ。

阿修羅王が抱くようにして大切に持つ、夜叉王の形見とも言える剣。

一度は無意識のうちに願った形で夜叉王の幻。それが全てを物語っていたからだ。

 

月の城を制した阿修羅王は城に剣を突き差し自らの願いを託したものの、その願いは月の城ですら叶えられない願いであった。

足元から亀裂が生じ崩壊していく月の城で佇む阿修羅王は小狼にこう告げた。

 

諦めるな、何があっても。

強く強く願いつづけろ。

 

たとえ、己と言う者が

違う者であったとしても、他者に何かを強要させられようとも、

願い続けろ。

 

己が己であると確立し続けるのだ。

それが真の願いへと続くのだから。

 

「小狼!これをあの娘に」

「阿修羅王!」

 

この場に残ることを決めた阿修羅王は小狼の救いの手を取ろうとはせず、代わりにあるある一冊の本を投げてよこした。小狼は驚きながらも見事にキャッチする。

 

「蒼龍姫へ、魔女からの贈り物だ」

「王――――!!」

 

魔女から阿修羅王へ、そして阿修羅王から小狼へと託されていく謎の本。

小狼はモコナの吸引に吸い込まれていきながら、満足そうに微笑む阿修羅王に見送られて小狼は月の城の残骸に巻き込まれる寸前の所で黒鋼に助けられ地上へと降り立ったのだった。

 

(願い続けることの大切さ)

 

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