『戦場に出るのは構わないけどね。ただし、戦に参加するのはダメ。』
こう戦場に着いた途端、ファイから言われた天姫はピシッと石のように硬直した。
天姫は戦に赴くということでちゃんとした戦装束に身を包み、腰には愛刀月光を携えていかにも参加する気満々だったというのに、この詐欺行為。
勿論、天姫は憤慨してこの詐欺師!と怒鳴ってやった。
するとファイは嬉しそうに、そうオレ詐欺師でーす!とおちゃらけて言い返されて開いた口が塞がらなかった。
いいように騙されたー、と内心憤怒の嵐であったが、約束は約束と無理やり己を鎮めさせた。これもきっと原因不明の眠りに落ちていた己の体調を気遣ってのファイなりの優しさかもしれないと言い聞かせて。
黒鋼とファイは夜叉王と共に阿修羅王への決着へと赴いたわけであるが、天姫は適当な場所で隠れていてと指示されて今はある森の中、茂みで膝抱え込んで一人かくれんぼ中。
天姫は一瞬、なんでここで膝抱えてんのかなーと軽く落ち込んだ。
森の外では激しい鍔迫り合いと男たちの闘志がぶつかり合う血の戦まっただ中。
対して己はばっちし決めた戦装束で隠れて一人黄昏れている。
「ハァ~、……私ってなんか最近置いてけぼり?」
そうなのだ。
起きたら異世界、それも小狼とサクラ(白まんじゅう)と離れ離れになっていて、なおかつ自分は眠り姫状態だったから時差ボケも入っている。黒鋼とファイは小狼とサクラが来る前からこの世界に来ておりそれなりにこの世界のルールにも慣れていて、しかも自分は慣れるどころかこの人誰ですか?と頭上にはてなマーク出す始末。
軽く落ち込みモード入ってます。
「…………」
すると、微かに近づく何ものかの気配を感じ取った天姫の行動は素早かった。
先ほどの落ち込みぶりなど彼方に放り投げて戦闘モードスイッチON。
腰の鞘に手をかけ、チャキと鞘から刀を少しだけだし、片膝をついて身を屈め体勢を低くしながら、相手の様子を伺う。
数は…一人…。
阿修羅王の手の者か……。
徐々に近づきつつある者を待ち構え、喉元寸前の所で刃の切っ先を止める。
天姫の中で計算された動きは確実に相手の身動きを封じる一手であった。
殺れることはできる。
だが今は目立つことは避けなければならない。
来た!
確実に先攻を取ったとい確信した天姫は相手の懐目がけて飛び出した。
抜き出した月光の切っ先が敵の喉元へと突きつけられる。
目にも留まらぬ速さは相手の意表を確実についた、ように見えた。
「きゃっ!」
戦場に似つかわしくない可憐な少女の悲鳴を聞くまでは。
「へ?」
天姫は耳を、そして目を疑った。信じられなかったからだ。
目の前の、予想外な人物の登場に。
それは、かなり久しぶりな再会であった。
「……サクラ、ちゃん……?」
「え、あ……天姫、さん…」
可愛らしい衣装を身に纏った少女の腕には寝ぼけ眼のモコナが小さく収まっている。
が、今は白まんじゅうのことはどうでもいい。
もし、まともな思考をしていたならば、サクラちゃん可愛いー!と狂喜乱舞してたかもしれない。だが状況が状況だ。
天姫にとっては最悪な出会いのパターン。
「…なんで……」
ぽとり、と天姫は刀を手から落とした。
まさか、こんな戦場の森の中で出会うとは。
そして、我に返り顔をサーと見る見るうちに青くさせた。
今自分はなんてことをしてしまったと後悔の念に襲われたからだ。
今、自分はサクラに刃を向けてしまった。
敵であると勘違いをして、一歩間違えは、いやそんなことはないと断言できるがよりにもよって、今一番可愛がっていて尚且つ大切にしたい少女に、あろうことか刃を向けてしまうとは。
ぐるぐると頭の中で混乱状態に陥った天姫。だがぷるぷると小さく肩を震えてさせて目に涙さえため込んでいるサクラを目の前にして天姫は直観した。
その場で土下座するしかない!
スライディング土下座で意表をついて、その隙で謝り倒す。
それしかこの可憐で繊細な少女の心を傷つけた愚かな罪を償う術はないのだ。
だが予想だにしなかった行動にサクラは出た。
先攻はサクラ。
「天姫さん――ー!」
まさかそのままモコナを抱いたまま、天姫の腹目がけて突進(だきついて)来るとは、お天道様も思うまい。
天姫も考えてませんでした。
受け身の体勢が作れなかった天姫はそのままサクラの勢いを全身で受け止めることに。
結果、サクラの突進で背中から地面に倒れ込み勢いで、
「ぐはっ!」
鳩尾一発。
いいのもらいましたー。
「天姫さん!良かった、良かったです!」
サクラにてみればまさかまさかの!天姫との再会。
感極まって嬉しさのあまり抱きついたのだが、天姫にしてみれば報復攻撃以外の何ものでもないと思っている始末。
背中から地面に倒れこむ天姫に離れまいと縋り付くサクラ。
だがそれも良しとしよう。
全てを受け入れて私は旅立つ……。
なんか違う世界に飛び出そうとして笑顔を浮かべたまま昇天しかけている天姫にサクラははわわわ!と大慌てした。
「天姫さん!?天姫さ――ん!」
サクラの必死な呼びかけが森の中に木霊した。ちゃん☆ちゃん。
※
全てが終わりを告げた今、サクラと共に姿を見せた天姫を目にした途端、懐かしき再会に小狼たち(黒鋼は相変わらずぶすっとしてた)は互いに頬を緩ませた。
「小狼君!ファイさんに黒鋼さん!」
天姫は仲良さげにサクラと手を繋いだまま小狼達の方へ駆けてきた。
「姫!……天姫、さん…!?」
小狼たちにも色々と辛いことがった。天姫とサクラにも微妙な展開が起きていた。
今語るには時間が足りないかもしれない。
けれど、まず天姫がかけてあげるべき言葉があった。
小狼の前で止まった天姫は小狼の頭にぽんっと優しく手を置いてほんわりと微笑んだ。
「お帰り、小狼君」
たったこれだけのやり取りでいい。
今は。余計な言葉はいらないから。
「天姫さん!……ただいま……」
だからこそ、小狼も嬉しそうに返事を返した。
これで、いつものメンバーは揃ったのだから。
阿修羅王から受け取ったサクラの羽根が彼女の内に入り、意識を失ったサクラが小狼の腕の中に収まるのを見届けると、タイミングよくモコナの時空移動が始まった。
「これでやっと移動かよ…ってなんだ!?おい!」
ウンザリと言った表情で呟いた黒鋼の首根っこ掴んだある人物の手。
ファイは黒鋼の文句をかる~く無視してサクラを抱く小狼にも腕を回した。
ファイ曰く、もう離れないようにとの行動らしい。
だがぽつんと、ひとりはずれてしまった者がいる。
ファイの近くにいた天姫だった。ファイの腕まわりに収まるには定員オーバーで必然的に残ってしまったわけだが、天姫は知らなかった。
ちょっと寂しそうな顔してたなんて。
ファイはそんな天姫を可愛いな~と心内で感じながら天姫の名を呼んだ。
「ほら、天姫ちゃん」
黒鋼の首後ろに回した手でちょいちょいと手招きをする。
天姫ははっとすぐに迷惑そうな顔をして
「なんで私が…」
と反論しつつも、ファイの手をさりげなくとってぎゅっと握った。
「まったく、確かにまた離れ離れになったら困るしね!」
「うんうん、素直だねー」
ツンデレ発動中の天姫はぷいっとそっぽ向きつつ、頬をピンク色に染めた。
そんな天姫の小さな変化を嬉しそうに見つつ相槌を打つファイ。
「ぐぎぎぎぎ!」
無理やりな体制により絶賛被害被り中の黒鋼は置いといて。
モコナの次元転移より紗羅ノ国へと戻ってきた小狼一行が目にしたものは、以前の国とはガラリと雰囲気を一変させた遊花区。そして見知った関係であったはずの遊花区の人たちが交流があったはずの小狼とサクラを知らない事実。
互いに深い壁があったはずだったはずの、仲睦まじい男女の祝うべき結婚式。
劇的な変化に戸惑うなという方がおかしいものだ。
天姫は眠ったいたので違和感はないのだが、小狼たちは戸惑いを隠せないらしい。
色々考えた結果、導き出された答え。
それはさきほどまでいた修羅ノ国がこの世界の過去で、今いる世界が未来の紗羅ノ国ではないのか。
そうすると辻褄があうのだ。
小狼たちが最初にたどり着いた紗羅ノ国は、男女がいがみ合うなんとも居心地が悪い世界であった。そして次に修羅ノ国。この世界で夜叉王と阿修羅王の戦いに巻き込まれ、その最後を見届けて、残され悲しみに暮れる阿修羅王の家臣に小狼は別れ際、願った。
『もし、二人の王の亡骸が一つでも残っていたのなら共に葬ってあげてほしい』
その願いがちゃんと守られて未来が変わった。
当初、別々の場所に安置されていた二体の銅像は、今この紗羅ノ国で二体一緒に安置されて大切にされていた。小狼の願い通りに。
その証拠に紗羅ノ国のある男女が古い言い伝えがあると言っていたからだ。
結果は未来の改変。
喜ばしい結果なれど、小狼は内心困惑していた。
果たして、歴史改変というものを簡単に起こしていいのだろうかと。
今、この場で答えが出せるほど小狼は人生経験が豊富ではないので後に諭されるまでこの事に頭を悩ませることになる。
※
悩ましげな表情を浮かべる小狼を心配そうに呼びかけるサクラを横目に、ふふっと羨ましそうに微笑んでは小狼から手渡されたある本に視線を落した。
『これを阿修羅王から託されました』
『阿修羅王、から?』
『はい。あの、蒼龍姫にって……魔女からの贈り物だって言ってたからあの人からだと思います』
『そっか、……ありがとう』
天姫の手には古ぼけた一冊の本。
表には鍵穴がついており簡単には読めないようにされている。
小狼君は本だけを託された。けれど、実質鍵がなければこの本を読むどころか開くことができない。
一体、侑子は私に何をさせようとしているんだ。
この本が何の役に立つと?
疑問は尽きない。
だが今はそれよりも天姫の心を関心をもたせることがある。
この世界のことだ。
未来を変えることができるという天姫にとって喜ばしい話。
これは希望だ。私が望む未来を証明してくれる結果なのだ。
嬉しさを抑えらずに頬が緩むのを止められない天姫はぎゅっと衝動的に胸に抱く本に力を籠めた。
狗楽は死なない。その確証が得られた。
僅かな希望が天姫の心に差したのだ。狗楽が生きている未来がある。
「待ってて、狗楽」
からなずその未来を勝ち取ってみせる。
たとえ、阿修羅王のように散ったとしても、自身の願いを叶えて見せる。
その想いを籠めて、天姫はそう呟いた。
「…………」
実はファイが天姫の様子を盗み見ていたとは知らずに、
わずかな期待に胸膨らませて天姫達は手に手をとって次なる世界へと旅立った。
(good-bye、紗羅ノ国)