小狼一行がたどり着いた世界は、これまた先進的な世界ピッフル国(ワールド)であった。和風な世界から一気に都会感溢れる場へと流れ着いた彼等であったが、異世界での生活も慣れたもので順応するのにそう時間はかからなかった。まずは衣食住をゲットするために、この国の通貨を入手すること。そして衣食住を手に入れて、サクラの羽根がどこにあるかモコナに探し出してもらって位置を特定すること。
この順番は変わらない。
そして小狼たちはサクラの羽根が何処にあるか、見つけた。
ピッフル国、ピッフル・プリンセス社(カンパニー)が主催するドラゴンフライレースの優勝賞品。充電電池として半永久的に電力を供給することができる画期的なアイテムとしてピッフル国の注目の的となっている。
この羽根をゲットするために、四機のドラゴンフライと呼ばれる高性能な機体を作成中なのだ。しかし人数が5人なのならなぜ機体が四機しかないのか。
それはある理由からだ。
小狼は「やります!」と勿論サクラの羽根のために参加決意。
サクラは皆が頑張る中、「私ももっと頑張らないと!」と気合たっぷりで出場決意。
ファイは「じゃあオレもー」とついでそうに参加決定。
黒鋼はなんか頼りなさげなメンバーだけで心配だからとは言わずに物調面で参加決定。
そして最後。
天姫は、「私、応援側に回るね☆」と珍しく参加を拒否。
明らかに違和感ありまくりな台詞をはく天姫にファイはこちょこちょの刑で無理やり問いただした所、理由が判明した。
「高所恐怖症なんだよ悪いかコンチクショー!」
やけくそと言わんばかりに大声で叫び、最後にはその場に座り込んでさめざめと泣きだす始末。ブツブツと「言わなきゃ良かった」とか、「もう終わりだ私」とか落ち込む姿に、
思わずサクラはそっと寄り添って天姫の頭を撫で撫でした。ついでに天姫の肩に乗っていたモコナもそっと小さな手でよしよしと撫でた。小狼は不憫そうに天姫を見つめ、黒鋼は今回ばかりは馬鹿にした素振りはしなかった。
天姫の機嫌がちょびっと良くなったのはご愛嬌。
なんだかんだあったわけだが、事は丸く収まった。かのように思えた。
ある一人を除いては……。
さて、話題は変わってモコナが珍しく寝坊助さんな小狼を起こしに行っている間の二人のほんの出来事へ。もしかしたら、小狼が起きなくてモコナが『んちゃ砲』ぶっ放してたかもしれない時のことである。天姫特製朝ごはんを食べ終えて、サクラと黒鋼は機体に必要なパーツを買うためにショップへ、天姫とファイはその後片付けの後、少し空いた時間でまったりとすることに。
ピッフル国にて買った服をお互いに着て椅子に向いあう二人。
温かな気候で半袖でも過ごせるこのピッフル国の文化には、当初度胆を抜かれた天姫。
似たり寄ったりな道具や、乗り物などは理解できるが明らかに天姫が知る文明よりは先を言っている世界に、思わず「未来の猫型ロボットいるかしら」と呟いたほどだ。
勿論、このネタを知っているのはモコナだけで他のメンバーは頭上にクエスチョン状態。
「はぁー、一気に都会的よね…」
テーブルにさきほどファイが用意してくれたアイスティーがあり、それを一口飲んでから天姫は行儀悪くテーブルに突っ伏して重たいため息をついた。
天姫にしてみれば、遠くに来ちゃったなーと軽いカルチャーショックになってもおかしくはない。
「天姫ちゃんってこんな所に住んでたの?」
少しでも天姫の気分を盛り上げようとのファイなりの気遣いだったのだろう、そう尋ねられた天姫は「んー」と相槌を打ちつつ、テーブルから顔を上げてファイを見やった。
「住んでたというか、こっちのほうが未来的な感じするけどね」
もしかしたら、何処かに猫型ロボットいるのかもと妙な期待があるなんて言えない。
会えたらサイン欲しいなんて、さらに言えない。
「オレ、知りたいな。天姫ちゃんが住んでた世界のこと」
椅子に預けていた背を起こし、テーブルに手を組んでわざわざ天姫と視線を合わせるファイ。天姫は反射的に近くなった距離を遠ざけようとテーブルから肘を浮かせようとした。だが
ぱしっ。
逃すまいとファイが天姫の手に己の手を重ねた。
自然な動作で、天姫は思わず硬直。自分よりも大きな手が天姫の小さな手を覆う。
振り払うこともできた。
だが天姫はどうしてか、自分でもわからないままそのままにさせた。
ちょっとファイから視線を逸らすことは忘れずに。
「………取るに足らない世界よ。どこにでもあるような日常があったわ」
ごく普通であると説明する天姫にファイは
「ふぅん」
と相槌を打った。天姫の手を弄びながら。
やめろ人の指で遊ぶな、あ、手のひら合わせようとするなってーの。
……意外と大きい。やっぱり男なのね……。って違う!何流されようとしてんだ私!?
心の中で色々と葛藤している天姫は、今度ばかりはファイの手を突っぱねて両手を引っ込ませた。ファイは「ちぇ」と残念そうにしていた。
……私は残念だとは思ってないからね。ええ、全然思ってないからねー!
「そういうアンタこそ、どうなのよ。どんな世界なの?」
「オレ?あはははー。…内緒♪」
「ずるっ!」
「あははは」
笑って誤魔化すファイと唇を尖らせて拗ねて見せる天姫。
少しだけ変化のあった二人だけど、今だ本音で語ることはなかった。
【ピッフル国の風が吹くぜよ!】
※
お買い物を終えて戻ってきたらしい黒鋼とサクラちゃん以外に予想外な大勢のお客様のご到着で、小狼たちは急遽お出迎えの準備をすることに。黒のスーツをビシッ!と決め込んだサングラスのおねーさま方へ程よく冷えたアイスティを配りまくるって終わる頃にはちょっとへばった天姫でした。
やべ、眠ってばっかりだったから体力戻ってないのかもな、筋トレするか。
皆から少し離れた所で、アイスティをずずっとストローで啜る。
ちょっとぬるくなった味が口に広がった。
「これほど精巧なロボットが作れるなんてびっくりですわ」
モコナと仲良さそうに握手を交わす立ち振る舞いに気品を漂わせる少女。
この大勢のおねーさまを伴って現れた『ピッフル・プリンセス社(カンパニー)』の若社長、知世=ダイドウジさん。黒鋼が帰って来た途端、分かりやすいほどイライラしている原因は彼女にあるらしい。黒鋼が唯一従う存在、知世姫にそっくりだとか。
自分は知っていても相手は自分を知らない。
魂の質は同じはずなのに、違う人物。
そりゃイライラもするわなと同情の視線を送りつつ、また天姫は知世ちゃんとサクラちゃんの可愛らしいやり取りに視線を向けた。
なんでも彼女曰く、ドラゴンフライレースには並々ならぬ気合が入っているらしく、メッチャ可愛いサクラちゃんに一目惚れ(?)してくっ付いてきたらしい。
知世ちゃんは目をキラキラと輝かせては数分、熱弁を振った。
そして最後。
「レースには絶対!ヒロインが必要なんですの!」
とサクラちゃんの手をぎゅっと握って熱弁終了。
優雅にスカートの端を持ち、片方はサクラちゃんの手を離さずに一礼。
ぱちぱちぱち!
とボディガードのおねーさま方が拍手喝さいを送るという異様な光景が広がった。
結構、熱い性格なのね。
まぁー、どうせ私は応援する側だからレースに関してはさっぱりさっぱりな訳で。
関係ないと他人事のように見守っていた天姫であった。
知世ちゃんがある発言をするまでは。
「ところで、先ほどから気になっていたのですが。皆様の人数に対してドラゴンフライの数が一つ足りないようなのですが?」
こてっと首を傾げて素直に疑問をぶつけてくる知世ちゃん。
あくまで気になったから尋ねただけのことなのだろう。決して他意はない、はずだ。
ぴくっと天姫の耳が反応したのをファイは逃さなかった。
「あのねー、実は」
「言うな―――!!」
時すでに遅し。
天姫の必死の叫び虚しく、ファイはぺらぺらぺらりとその理由を知世に教えてのであった。
結果、知世から同情の眼差しを送られた。
「まぁ!そうでしたの……。御気の毒に」
ズドーン。
一気に黒い影をしょい込んだ天姫。
「うぅ、結局バレた……。も、いいや…逃げよう」
蓑虫のように丸まって現実逃避しかける天姫の体を揺さぶりながら、サクラの必死な叫びが響く。
「天姫さーん!?戻って来て下さい!」
「阿保か」
黒鋼はズバッと遠慮なしに言うし、小狼は一応フォローを入れることを忘れない。
「ファイさん、ちょっと天姫さんが可哀想な気が…」
「いいのいいの。どうせバレることだし。それにオレ、納得してないしね」
ぱたぱたと手を振って余裕そうに言うファイ。
「え?天姫さんが、レースに参加しないことを、ですか?」
「うん」
ここで聞き耳立てていた若社長が華麗ににゅっと乱入。
「でしたら!いい考えがありますわ」
ぽん!と手を叩いて満面の笑みでこう提案する知世に、小狼とファイは
「「え?」」
揃って不思議そうな顔をするのでした。
【それってルール的にアリ?】
【わたくしが社長ですから!】
【ああ、そういえば】
※
夜を徹してのドラゴンフライの練習に励むサクラに寄り添うように優しくレクチャーする小狼達の一方で黒鋼、ファイ、天姫大人組はというと……。
今何本目?という酒盛り状態。
そうなんです。
蓑虫から脱出した天姫が逃げた先は酒におぼれることでした。
「もっと酒持ってこーい!きゃははははっ!」
「天姫ちゃんそれくらいにしないと明日がキツイよ?」
笑い上戸で楽しそうに赤い顔をしてはしゃぐ天姫を軽く窘めるファイ。
と言いつつ、彼の手には追加の酒が!
ファイは有頂天にさせた上で後からドツボにハマって後悔した所を横から笑って楽しむタイプと見た!
「てやんでーい!これが飲まずにいられるかってーの!ひくっ」
「完全に口調が変わってやがる、コイツ」
完全に酔っ払い親父化した天姫に絡まれない様、適度に距離を取りつつ、ツッコむことは忘れない黒鋼。さすが皆のおとーさん。
ファイと黒鋼が知世ちゃん関連の話題を始めた所で、天姫はテーブルに突っ伏して爆睡中。小狼から受け取った謎の本を身近に置いて色々悪戦苦闘するも、結局本を開くことは叶わず。ちょっとキレていたのは笑えたファイであった。
なんという自由人だろうかと尊敬の念さえ抱いたほどだ。
怒って、泣いて、笑って、いじけて、クルクルと喜怒哀楽を表現する彼女。
出会った頃と、今の彼女が本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどに。
それほどに、彼女はこの旅で変わった。
確実に変化したのだ。
偽りを続ける自分とは違って。
ファイは羨ましいと苦笑しつつ、黒鋼をイジることにした。
知世姫のこととなると、目の色変えるねとイジったつもりが、いつの間にか黒鋼に痛い所を突かれる結果になるとは思わなかっただろう。
ファイが以前黒鋼にこぼしていた、逃げ続ける理由。
同じ顔をしている人物とその逃げ続ける理由に値する人物と区別がつくかという問いかけに、ファイはわかるよとキッパリ言い切った。
黒鋼に知世姫であるかわかるように、彼がファイにとって逃げ続ける理由であることは区別できる。
それが果たしていいことなのか、悪い事なのか。
どちらとも言い難いことなのだが。
「同じ顔をした同じ魂の人、か」
「え」
「私は、できることなら会いたくないわ」
「天姫ちゃん、起きたの?」
ファイがびっくりして声を掛けたものの、天姫はぼうっとした眼で何もない場所を見つめた。まるでその先に誰かの姿を映しているかのように。
「私が知る人は一人だけだもの、会いたいのも喜びも悲しみも苦しみも全て分かち合いたいのは一人だけ。他は、いらない……」
滅多に見せることのない、天姫の隠された本音。
熱い、熱のこもった視線で、まるで彼女が見る方向に誰かを想って。
それは聞いている側にとっては、まるで。
「………それってさ、天姫ちゃんの」
『すぴー』
「寝るの早!」
ツンツンと面白半分に天姫の後頭部を指で突く黒鋼だが、反応はなし。
本当にぐっすりと寝ている。
「………」
ファイはぱちくりと瞬きを繰り返して、言いかけた口を閉じた。
すると目ざとい黒鋼が
「何、言いかけたんだ」
と珍しく問うてきたが、ファイはにへらと笑みを浮かべて
「…ううん、なんでもないよー」
頭を振った。
そう、なんでもない。
今、自分が何を言いかけたかなんてどうでもいいことだ。
天姫ちゃんは無意識のうちに喋っただけで、本当はただの寝言だったのかもしれない。
『それってさ、天姫ちゃんの好きな人?』
と言いかけた自分もきっと酒の魔力に酔わされただけかもしれない。
気にすることなんか、ない。
【酒の力を借りたけど駄目でした】