。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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32『鍵』

無事四人(おまけ一人と一匹)は予選通過クリア。

 

「「「おめでとう!」」」

 

さっそく住居に帰って祝杯をあげたものの、これも定番の流れでサクラが飲んでいたジュースにお酒が少し入っていてサクラは楽しそうに酔っぱらって、小狼は酔っぱらってはしゃぐサクラの後をあわあわと追いかけて、それでも最終的におとーさん(黒鋼)が事態収拾に乗り出すことに。

次の日、子供は風の子元気の子ということで、仲良くお買い物に出かけた小狼とサクラより少し遅れて起床した黒鋼に、ファイが「おはよー」と気の抜けたあいさつをして天姫がエプロン姿にフライパンとフライ返しを両手に、「寝坊助忍者」とにやっと笑みをつくりながら嫌味を一つ送った。黒鋼は「うっせぇ」と言い返す。

リビングにて、ファイが見ていたテレビには昨夜の予選の時の映像が流れていた。

しかも丁度黒様登場ーってことで、ファイが朝から「おとーさん有名人になっちゃったねー」とカモることに。すると黒鋼はこれまた定番でガッ!と噛みつく勢いで「その話題やめろ!」とファイに食って掛かった。

天姫はとばっちりを食う前に、さっとキッチンに戻って、やれやれと顔を振って苦笑しながらまた朝食をつくる為、冷蔵庫から取り出したたまごに手を伸ばすのであった。

 

小狼とサクラおまけにモコナが、ある嫌疑にかけられそうになっていることとは知らずに。

 

【おそいなぁ~、サクラちゃんたち】

ブロロロというエンジン音に顔を上げると、ようやく帰って来た二人。

 

「おかえり~」

「サクラちゃん、小狼君お帰り」

「ただいま」

「天姫さん、ただいま」

 

だが車から降りてきた小狼君は浮かない顔をしていて、少し難しい表情だった。

ファイが眉間の皺を指摘すると、案の定小狼君は何か言いたそうに口を開きかけた。

だが、突如モコナの目が『めきょ!』と開き、額からパァアと光が放出されたかと思うと空中に映像が映し出された。

 

「次元の魔女!」

 

露骨に嫌そうな顔をして距離を取ったのは黒鋼だった。

 

「侑子だ侑子だー!」

 

はしゃぐモコナに天姫は顔を顰めて

 

「ゲッ、侑子…」

 

と小さく嫌そうに呟いた。天姫はすすっとファイの背中にピタリと張り付くように隠れて侑子の視線から逃れようとした。ファイは「ん?」と不思議そうな顔をしたが、天姫の好きなようにさせていた。

 

『久しぶりね、今日はちょっと用事があったの。アナタたちに教えておこうと思ってね』

「何かあったんですか?」

 

小狼が尋ねると侑子はマルとモロの名を呼んだ。すると後ろの方でカラカラと運ばれてきた品物。それは小狼たちの服だった。

 

『アナタ達の服を紗羅国から回収しておいたの』

「あ!そういえばそーでしたね」

 

ファイが納得したようにぽん!と手を叩いた。

天姫はこそこそと顔を出して侑子を盗み見た。

あれは絶対なんかあるぞってカンジで。

 

案の定、黒鋼が「返せ」と言うと侑子はにんまりと笑みをつくり

 

「駄目よ」

 

と切り捨てた。

 

「アア!?テメェ―」

 

どーどーと今にもキレかかりそうな黒鋼を抑えるファイ。

 

『これらは一度アナタたちの手元を離れてあたしの所にある』

「つまり対価が必要、ということですか」

『そういうことよ』

「何を渡せば?」

『これに見合うもの』

「「見合うもの??」」

 

小狼とサクラはうーんと首を捻った。

侑子はクスリと笑みを浮かべて

 

「考えたらあたしを呼びなさい、それとあんまり長いと質流れみたいに流れちゃうかもね」

 

とぷち脅しをした。

 

「おい!」

「アンタのとこは悪徳質屋か!?」

 

質流れという聞きなれない言葉に不思議そうな顔をしたのは、小狼とサクラ、それにファイ。唯一黒鋼と天姫だけがその意味を理解し猛反発した。だが意地悪魔女には褒め言葉みたいなもんで全然聞いていないようで、じろりとファイの背中から顔を出す天姫を見た。天姫はびくっと反射的に震えた。

あの顔はなんか言いたい事があるときの顔だ、と天姫は直観した。

 

『あ、そうそう。アナタ達ホワイトデーのお返しまだだったわよね、あんまり遅いと黒鋼の『銀竜』とファイの『イレズミ』も質流れしちゃうから。天姫、アナタくーからのお菓子受け取ったでしょう』

 

案の定、天姫の予想はドンピシャだった。

くー、からの届け物。あれはバレンタインの贈り物だったのだ。

天姫は仕方なくファイの背中から出てきて気まずそうな顔をした。

 

天姫としても嬉しかったのだ。

たとえ、生き物っぽくても。

 

「…………逃がしたもん」

 

食わずに逃がした。

あれは正解だったと今でも天姫は思っている。

だってアレは食えないだろう。

 

『でも受け取った、でしょう?』

 

うぐ、と天姫は唸る。

侑子からの圧がかかったような、そうじゃないような。

 

「…………渡すもん…、ちゃんと…」

 

忘れてたわけじゃない。

ただ、アレがバレンタインの贈り物だとは思えなかったのだ。

あの、ダンシングしてる生き物が!

今頃きっと野生化してるだろう、と推測される。

 

『そうなさい、……喜ぶわよ。あの子』

「……ありがと……」

『どうしたしまして、じゃあね』

 

通話を終えようとした侑子には天姫は思い出して慌てて待ったをかけた。

 

「あ!侑子……ちょっと聞きたいことがあるの。『あの本』はどうやって開くの」

 

そう、阿修羅王から託されたあの本だ。

未だあの本を開けられず途方に暮れていたのだ。幸いに元の持ち主である侑子ならあの本を開く方法を知っているはずと天姫は考えた。

だが、侑子の答えは予想外なものであった。

 

『あれはアナタだけが開けられるものよ』

 

天姫は一瞬何を言っているのかわからず呆けた。

 

「何をいって…?でも鍵穴があったし、鍵がなきゃ開けられないじゃない」

 

そもそも、受け取ったのはあの本だけであって鍵すらついていなかったのだ。

それをどうやって自分で開けられると言うのか。

 

『自分で見つけなさい』

「無責任すぎ!」

『あたしのトコにはあの本を開く鍵はないわ。だってあれは元々、『アナタの物』だから』

「私の、もの?」

『ええ』

 

侑子は肯定した。

まただ。

何かがかみ合っていない。

あの眠りから覚めた時も、何かが違っていた。

何かを、『忘れているような』感覚が拭いきれないのだ。

それは侑子とのやり取りで徐々に大きく広がった。

 

「私、あんなの持ってた覚えない、けど」

『でも確かにアナタの物よ』

「……」

『天姫、『鍵』はアナタの手の内にある。早く『鍵』に気がつきなさい』

「…………」

『…来たみたいね……。じゃあ、またね』

 

侑子は言うだけ言って通信を終えた。

 

「…鍵…?」

 

何か、忘れていることがある。

鍵、鍵カギ。

なんだろう、妙に胸がざわついて仕方ない。

 

 

「天姫ちゃん、大丈夫?」

「ん、ああ……うん。大丈夫…だいじょうぶ……」

 

弱弱しい笑みで答えるものの、とても大丈夫という顔ではない。

サクラも心配そうに天姫の手を取った。

 

「天姫さん、顔色悪いです…」

 

天姫はやんわりとサクラの手を外して

 

「ゴメン、ちょっと気分悪いから部屋で休ませてもらうね」

 

と逃げるようにその場から去った。

ファイが伸ばしかけた手を引っ込めたのに気がつかないで。

 

【落ち着かないこの心】

 

◇◇◇

 

ファイside

 

コンコンとオレは、彼女がいるであろう部屋の扉をノックする。

片手にお盆に乗せられた温かいコンソメスープと色とりどりのサラダ、それに昼間、サクラちゃんが一生懸命作った香ばしいパンが二個皿に乗せられている。デザートはやっぱり、昼間にサクラちゃんが作ったシフォンケーキ。脇に白い生クリームが添えられていて愛称は抜群だ。

 

「天姫ちゃん、ご飯だよ」

 

するとやや間を開けて、小さく反応が返された。

 

『………いらない……』

 

憔悴しきった声であまりに弱弱しいものだった。

オレはなんとか部屋から出させたくてわざと強調して言ってみた。

 

「せっかくサクラちゃんが作ってくれたのに、もったいないなー」

 

ひじょうにもったいない。サクラちゃんの料理上達は日に日にその腕を上げている。オレが教えてるっていうのもあるけど、その半分以上は天姫ちゃんが丁寧に教えてあげているからだ。さっきも「私が持って行きます!」と意気込んでいたサクラちゃんに、無理言ってオレが持ってきている。彼女には時間の許す限りレース本選の為に練習をして欲しいから。独りで考え込むのは天姫ちゃんの悪い癖だ。その癖が理解できてるオレも少しは成長したのかな?

 

「オレが食べちゃうよ?」

『サクラちゃんには、明日謝るから……、お願いだから今は一人にさせて』

「………わかった……。あんまり、考えすぎないで」

 

部屋の鍵はかけられていない。でもオレは開けようとはしなかった。今の天姫ちゃんには他に気を配る余裕がないみたいだったから。気休めの言葉くらいしか言えることはなかった。

 

『………ごめん……』

 

謝罪の言葉にオレは「気にしないで」と残して階段を降りた。せっかくの温めたスープもぬるくなってしまった。ふぅと軽く息を吐いて、オレはキッチンのカウンターにお盆を置く。天姫ちゃんはあれから部屋に閉じこもったまま、夕飯の時にも顔を出すことはなかった。

 

「いらねぇのか」

「だってさ」

 

オレの背後から顔を覗かせた黒鋼がひょいっと手つかずのパンに伸びる。

 

「だったら俺がもらう」

「コレはダメ」

 

オレは黒鋼に手を付けられる前にシフォンケーキだけをラップして冷蔵庫に入れることにした。きっと夜中にこっそり降りてきて冷蔵庫を開けるかもしれないから、天姫ちゃん用に取っておかないと。

 

昼間、知世ちゃんが家に遊びに来て、サクラちゃんと仲良くしてる時に小狼君が今朝会ったという笙悟と残という少年について知世ちゃんに尋ねると知世ちゃんは和やかだった表情を一変させた。レースで不正があったらしく、その経緯について小狼君とサクラちゃんは嘘発見器【ポリグラフ】にかけられたらしい。でも嘘をついていない二人には反応が出るわけがなく、それを言わずに仕掛けた残君もあっさりと二人は嘘をついていないと認めた。知世ちゃんはその経緯を聞いて難しい顔をしていたが、きっぱりと社長としてレースの不正は許さない、しっかりと調査を行い犯人を突き止めると断言した。

黒鋼は何か思うところがあるのか、知世ちゃんの横顔をじっと見つめていたけど。

オレにはさっぱりさっぱり。

 

レースに勝ってサクラちゃんの羽根を取り戻すのも大事。

犯人探しも結構重要。

ホワイトデーのお返しを考えるも大事かな。

 

けど、それよりも脳内を占めるのは天姫ちゃんと次元の魔女のやりとり。

阿修羅王から託されたあの本。

あの本に執着している天姫ちゃんはあの本の開き方を求めていた。

けど、魔女から言われた言葉に絶句していた。

 

元々、天姫ちゃんの私物であること。

天姫ちゃん本人にあの本を所持していた記憶がない事。

鍵は、天姫ちゃんが持っているという事。

 

きっと、これ以上踏み込むべきじゃない。

いくら赤の他人のオレが考えたってわかりっこない話だ。

と自分を無理やり納得させようとしても、気がつけば考えてしまうオレがいる。

 

昼間、逃げるように去って行った天姫ちゃんの後を追いかけることもできた。

一歩踏み出せばできたはずなんだ。

でも、オレは躊躇った。

伸ばしかけた手をひっこめた。

 

それは、ある一線を越えてしまう恐れかもしれない。

 

彼女とオレの境界線。

それはいつの間にか敷かれたもので、その線を踏み越えてしまえば後戻りはきかない。

線の向こう側で彼女が苦しんでいるのに、オレは突っ立ったまま手を差し伸べることを恐れている。

 

こんなにも、近いのに。

 

オレは、いつからこんな臆病者になってしまったんだろ。

 

【変わることへの恐怖】

 

 

天姫side

 

駄目、集中しなきゃ!

 

雑念を振り払うように私は頭を軽く振って、目の前の光景に意識を集中させる。

今現在、ドラゴンフライレース本選のまっただ中であり、現在第一位をキープしている、ツバメ号にファイと私が、二位は黒たん号、ふざけた名前であるがファイ命名による黒鋼である。その後に他の機体が続々と続く。

何やらこのレース、色々と思惑が渦巻いているようで、レース妨害を企む真犯人が潜んでいるらしい。

その影響か、後続のレース参加者に不利になる状況が作り上げられている。

私たちは第一のチェックポイントをクリアした。難なく一枚目のバッジをゲットすることができたが、小狼君やサクラちゃんが心配だ。無事にバッジを取れているといいのだが……。だが今はファイに迷惑を掛けないようにしなくちゃ。

 

あともうちょっとで次のポイントへ。うねうねと妙な動きをするチューブへ入る。途中で黒鋼や他弐機に追い抜かれてしまうがそこはファイの巧みな操縦技術で難なくクリア……かと思った。でも、予想外の出来事が発生した。

 

グシャ!

 

突如、チューブの動きが見るからに激変したのだ。

まるで蛇の体内にいるかのような動きになり、チューブの壁に機体の翼部分が接触してしまった。そのまま、後続機も同じような状態になってしまう。

 

「嘘!?……きゃああぁぁあああ!!」

「くっ!」

 

ビリリ。

 

何かが敗れる音がした。

機体右翼部部から裂け目が広がっていく。さっき接触した時に穴が開いてしまったんだ。

やばい、このままじゃ、

 

「おち、る……!?」

 

と思った瞬間、裂け目が大きく広がり機体がずるりと傾き、態勢を維持できなくて私も振り落されるように機体から投げ出される。

 

「天姫ちゃん!!」

 

大きく開いた穴へ私の躰が落ちていく。

 

あ、だめ…。

 

生まれる浮遊感に私はぎゅっと目を瞑った。

けど、パシッ!と誰かが私の手首を掴んだ。それは、

 

「ファイっ!?」

 

片手で機体のハンドルを握りしめ、完全に落ちつつある私を決死の表情で離すまいと踏ん張っている。無理だ、このままではファイも落ちてしまう。

私は声を張り上げて叫んだ。

 

「離してっ、ファイまで落ちちゃう!」

 

でもファイは手を離そうとはしなかった。

真っ直ぐに私を見つめて言った。

 

「離さないよ」

 

何が、あっても。

 

そう、ファイの口が形づく。

 

その強き瞳が、私の心に突き刺さった。

なんで、そんな瞳で私を見るの。

 

わからない、わからないよ。

 

「……ふぁ、イ……」

「絶対、離さないから」

 

ファイの視線から目を逸らせないまま、私は彼を見つめることしかできなかった。

チューブから抜け落ちるように機体も抜け落ちるように落ちようとしている。

彼が私を引っ張るのが先か、それともこのまま落ちてしまうのが先か。

私にはわからなかった。

 

ただ、ファイとの距離が近くなって手首を掴んでいた手をそのままぐっと近づけて、私の後頭部に手が腰に腕が回され、抱き寄せられると同時に強い衝撃が訪れた。

 

ざぱぁあーんン。

 

ファイと天姫はチューブに守られる形で共に落下し、機体も完全に水に浸かってしまい再び動くことは不可能だった。他のレース参加者が同じように状態で、これでかなりの人数がレース本選から脱落した。

 

「大丈夫、天姫ちゃん?」

「……ん、だ、大丈夫…。ファイこそ怪我はない?」

 

決して離されることなかったファイの手ずから立ち上がるのを手助けしてもらう。

お互いに怪我らしい怪我は見た目からはわからない。

 

「オレは大丈夫。チューブが柔らかかったからね」

「確かに……。濡れ鼠だけど、は、はくしゅんっ!」

 

下に落ちた時、大きな水柱が上がり、着ていた服がぐっりょりとなってしまった。

 

「ほら、タオルタオル」

「…ありがと…」

 

ファイは係員から受け取ったタオルを天姫へ手渡した。

天姫はばつが悪そうに言った。

 

「残念だったわね、…その、やっぱり私の所為ね。一緒に乗るべきじゃなかった」

「なんで?」

「なんでって!……その、皆を応援する側にいれば良かったって言ってるんじゃない。そうすればもしかしたら」

 

ぐにゅ。

ファイは唐突に天姫の頬を片手でつまんだ。

こう、ぐにゅっと!

 

「にゃにすんにゃい!」(なにすんだい!)

「天姫ちゃんの悪いクセ出たから、つい」

 

そう言うと、つまんでいた手を放した。

天姫はぷは!と息を吐いた。

 

「そんなこと言わないの。オレは天姫ちゃんと出れて良かったよ」

「…ファイ…」

 

ファイは泣きそうな顔をする天姫の頭にぽんと優しく手を置いた。

 

「結果はどうあれ、オレと天姫ちゃんは頑張った。ね?」

「……うん……。ありがとう」

「ってなわけでご褒美ちょーだい?」

「は?」

 

極自然な動きでファイの顔が近くなった。

天姫は一瞬、呆けてファイの台詞を聞き逃した。

 

「健闘した王子様にはお姫様からのご褒美のキスはもらえないのかな?」

 

とかなんとかいって、天姫の反応がないのをいいことにずずっとさらに顔を近づけてマジでキスする三秒前。

 

「な!が、はぁ!?」

「唇が駄目ならほっぺでもいいよー」

「誰がんなことするか!」

ばしっ!

「いたっ」

 

口よりも手が出る方が早かった。

 

【ツバメ号リタイア】

 

 

知らない世界に足を踏み入れて、二の足踏んだのは事実。

 

命の危険がいつも絡むことだってある。天候が悪けりゃ体調も悪くなるかもしれないし、いつも食料にありつけるかもわからない。ひもじい思いだってするかもしれない。治療できないような傷だって受けるかもしれない。もし、その世界に医者がいなかったら、はやり病にかかったら、命なんていくつあっても足りないくらい。

 

わかってる。私の命はいつ無くなってもおかしくない状況なんだ。

今まで終わらなかったのが不思議なくらいだよ。

それを意識してなかった私の落ち度なんだ。

 

私の命は対価として払ったんだ。

いついかなる時なんて侑子は指定してないし、私も聞いてない。

だから、同じ顔した同じ中身の奴だと気付くのが遅かったんだ。結構あっさりやられちゃったよ。だからアイツが銃を発砲してその弾丸が私の体に撃ち込まれたと思った時はもう、終わりなんだって、この旅を名残惜しむ私がいて、結構この旅とかメンバーとか気に入ってるんだなって、少し、笑えた。ぐらりと傾く視界と、支えきれない体で、最後とサクラちゃんの寝顔だけでも拝もうかなって思ったけど、片隅で彼が、ファイが見えちゃった。

彼の表情が、意外すぎて驚いちゃったよ。

なんで。

 

【なんで貴方は、泣きそうな顔、するの】

 

 

ファイside

 

同じ顔をした、魂の本質が同じまったくの別人と思っていた。

そう疑わなかったオレが間違ってたんだ。

レースの不正も、犯人が断定できてないところも、サクラちゃんが優勝賞品である羽根を手に入れられたことも、黒鋼に皆が変わったようにお前も変わったからだろって言われたことも、その夜、皆が集まるお祝いムードの中、あの男が現れて、強引にサクラちゃんの羽根を奪おうとして、その攻防の中、知世ちゃんのおかげで羽根はサクラちゃんの中に戻ったけど、まさか。

 

報復と言わんばかりに、男は。

カイルは、眠りについたサクラちゃんを庇おうとする天姫ちゃんに向かって、

 

「出来損ないの娘が、君の所為で【計画】は狂いだしてしまった。本来である道を大きくずれてね。あのお方はたいそうご立腹でいらっしゃる。その責を僕に問われたよ。だから」

 

と服の懐に右手を差し込んで、何かを引き出した。それは、銃で、その銃口は

 

「君にはそろそろ『ご退場』願おうか」

 

天姫ちゃんを確実に狙っていたんだ。

オレがハッと駆けだすよりも、小狼君や黒鋼が行動を起こすよりも、知世ちゃんの警備部が一斉に銃を構えるよりも、先に。

 

バン、バァーンんん―――

 

「あ」

 

乾いた銃声音が二回、耳を突くように響いて、鮮血が数滴舞って、

赤い、赤い、絵の具のような血が天姫ちゃんの服を染めて広がっていった。

 

「天姫、ちゃん――」

 

頭から、背中から、床に崩れていく彼女。

オレの手は倒れ行く君に届かなかった。

 

まるで噴水のように吹き上がる鮮血は天姫ちゃんを赤く染めていき、口元から鼻からも穴という穴から大量の血を吐き出していた。

 

「あがっ………ケハッ!」

 

オレは気が動転していて、とにかく彼女を抱き起こさなきゃと無我夢中で駆け寄った。

 

「天姫ちゃん!!」

「天姫さんっ!」

 

黒鋼はカイルが居たほうを睨み付けるも、カイルはすでに割れた窓ガラスから逃亡を図ったようだった。

 

「クソが!」

 

黒鋼が暴言を吐いて壁をドンと思いっきり手で叩く。

 

「けっほケッホケホ……ゴホッ!」

 

どばぁと血の塊が一気に吐き出される。オレは悲鳴に近い叫び声をあげた。両手を広げがべっとりとした赤い血で濡れる。

 

「血が、血が止まらないっ!!」

 

悲鳴に近い声を上げるオレに目を吊り上げて睨みつける黒鋼が唐突に掴みかかってくる。

 

「テメェの魔法でなんとかならねぇのかよ!?」

 

魔法を使う?

 

その意味を理解するには、数秒必要で、オレは反射的に首を横に振って拒絶した。

 

「オレは、オレは、魔法は使えな」「こんな時にまだんなこといってんのか!」

 

乱暴に首もと引っ掴まれて締め上げられる苦しさに顔を歪ませるしかない。

小狼君が黒鋼を止めようとしてくれてる。

 

「黒鋼さん!やめて下さい!」

「お願い!ファイ!天姫が死んじゃうよ」

 

モコナからの涙交じりの懇願さえもオレは、無理なんだと拒み続ける。

だって、オレは。

 

追い詰められてるオレに天姫ちゃんは、自分のことなどお構いなしに庇ってくれる。

 

「ハァ、はぁ、……いい、これで、いいの」

「天姫さん、駄目です!しっかりしてください」

 

小狼くんが止血しようとオレを押し退いて天姫ちゃんの傷口に脱いだ服を当てがう。でもそれもどんどん血を吸い込んでいく。

ああ、彼女が、逝ってしまう。【ファイ】と同じように。

 

「……ごめ、ん…ね…」

 

すまなそうに謝る天姫ちゃん。

 

謝らないで、謝らないでよ。

 

「オレは、君を癒せない…!」

 

天姫ちゃんはわかっているという風に瞼をゆっくりと閉じて、また開いた。

言い訳さ、こんなの。

本当は怖いんだ、魔法を使うことが。

 

また、ああなってしまうじゃないかって体が震えて仕方ないんだ。

 

オレはだんだんと瞳から光を失っていく、天姫ちゃんをただ見ているしかできなかった。オレは魔法を使うわけにはいかないんだ。

何があったって、誰かが怪我したって、誰かが瀕死だって。

無理なんだよ、オレには。

全てを諦めきったオレには彼女を救う術がない。

 

「…ファ、い……」

 

オレの名を呼ぶ、天姫ちゃんは、なぜか、痛みで顔を歪ませて、それでも、オレに向けて震える手を伸ばそうとした。

 

「ふぁ……い…」

 

オレは、落ちてくるボールを捕まえるように反射的に手を伸ばす。

でも、オレの手は。

 

何も捕まえられなかった。

 

ぱたり、とこと切れた人形のように天姫ちゃんの手が床に落ちる。

小狼君の悲鳴に近い叫び声も、

 

「天姫さん」

「救護班を、早くっ!」

「ハイ!」

 

知世ちゃんの切羽詰まった声に危機感漂わせて返事を返すボディーガードのおねーさんも、

 

「バカ娘が!こんなところでくたばる気かよっ!」

 

黒鋼の必死な、天姫ちゃんへの掛け声も、

 

「天姫!!」

 

モコナの呼び声も、オレの耳には届かない。

全ての喧噪から切り離されたオレには何も聞こえない。

 

もう、これで何度目だ。

オレは、何度大切な人を失えば、いいんだろう。

 

君は、もうオレの中で切り捨てられない分類に入ってたんだね。

やっと、自覚して、認めたところで、終わってしまうのなら、意味はない。

 

【ピッフル国からロケットは飛んで行った】

 

 

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