。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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36『lovergirl』

天姫side

 

何もかもが現実ではないと目を背けたかった。小狼君も、ファイも、サクラちゃんも、黒鋼も、モコナも、私もこんな風に一瞬にして崩れてしまうなんて考えもしなかった。ううん、考えたくもなかったんだ。

ずっと旅が、皆がかけることなく続くと願った。でもそんな願いすらあざ笑うがごとく、無情にも現実は私たちを苦しめる。

 

小狼君の右目の封印が解けた。

 

彼は、本当は、……小狼という少年の写身だったらしい。クロウ・リードという偉大な魔術師の血筋、小狼を模した存在。小狼は写身であるショア爛君に己の感情、『心』を右目に託し、それを小狼君に移したのだ。彼が、羽根を集めだけの人形とならないために。でもそれは小狼君の右目の封印が解けたことで終わりを告げる。小狼君の異変にいち早く気が付いたファイ。けど神威と交戦中の小狼君はその攻撃の対象をファイへと変え彼に襲い掛かった。ファイが持つ膨大な魔力に目を付けたからだ。彼の魔力を使えば、羽根を探すことができる。だから小狼君はファイの左目を、…喰った。咀嚼した。

 

『ぐちゅ、ぐちゅ…』

 

皆が唖然とする中、私は思わず、その光景を生理的に受け入れられず嘔吐しそうになり反射的に口元を覆った。

 

彼が喰らったそれは、ファイの左目に収まっていたもので、其れを、小狼君が……喰っている。歯で噛み砕いて、何度も何度も。そしてごくりと、飲み込む。

 

右手をファイの血で真っ赤に染め、左手に意識のないファイをまるでモノのように引きずる動作。

小狼君じゃない?

 

外見そのものは小狼君だというのに、纏う気配が違う。まるで研ぎ澄まされたむき出しの刃のような…。ファイの魔力を、魔力を食らった小狼君の右目は青く染まっていた。だが彼は今以上の魔力を欲していた。だから傷ついたファイの残りの魔力さえも喰らおうとしていた。だがそれを阻止セント黒鋼がとびかかる勢いで駆けだした。

黒鋼は小狼君からファイを奪い取るように救出した。その際、小狼君から強烈なけりを腹部に受け黒鋼は激しく咳き込むも、小狼君の動きを止めるために掴んだ腕だけは絶対に放さなかった。小狼君は、黒鋼を無表情で見据えたまま何か、呪文のようなものを口ずさむ。

 

あれは…!?詠唱呪文?

 

「…ダメ、『蒼龍』!!」

 

私の『力』ある願いの蒼龍はすぐ応えてくれた。

 

『よかろう、其方の願いならば』

 

全てを薙ぎ払うようなすさまじい魔法攻撃から黒鋼とファイの二人を守るように円形状の結界が出現し、その攻撃を一切遮断させて二人を守った。

でもその防御結界を目の当たりにした小狼君の標的がファイから私に変更された。

 

「その神通力…必要だ、寄越せ。蒼龍の神子」

「小狼君!」

「待て小僧!―――全部、忘れちまったのか!?コイツが、お前らの為に使わねぇと決めてた魔力を使ったのも、バカ娘が、どれだけお前の身を案じていらねぇ神経すり減らしてたこともテメェが帰るたびに『お帰り」』だなんてくらだねぇ掛け声してたのもオメェの帰る場所を作ろうと必死になってたことも全部、全部忘れちまったのかよ!?」

 

黒鋼の呼びかけさえも今の小狼君には遠すぎて聞こえていない。

彼の心はもう閉ざされてしまったのか。

 

彼を止められる者は、この場にはいなかった。じりじりと迫りくる小狼君の勢いに負けそうになりながらも、私は月光を身構えて防御の構えをした。戦闘となったら手加減などしていられない。今の彼は、危険すぎる。

 

その時、突如私と小狼君の間を遮るように現れた、まばゆいばかりの光と魔法陣。…いや、あれはいつも見ている魔法陣?モコナが異世界移動するときに現れる魔法陣によく似ていた。終息する光から現れたのは、――小狼。

 

軋んでいた歯車が回り始めた。

 

時、同じくして膜の中で目覚めたサクラちゃんが私達の状況に気が付き、声を張り上げて傷ついていない白い手で、膜を叩く。

 

何度も何度も。

 

『皆――!?黒鋼さん!ファイさん!天姫さん!!モコちゃん!小狼君―――!』

 

彼女の瞳から幾度となく涙がこぼれ堕ちる。

 

サクラちゃんのその声は、小狼君には届かなかった。

 

どうして、こうなってしまったのか。

 

たとえ、決められていた筋書きだとしても――。

これほど胸を抉られる現実があるだろうか。

 

【夢から悪夢へと変わる瞬間】

 

◇◇◇

 

ファイが、死んでしまう!

 

ベッドに力なく横たわりだんだんと冷たくなっていく彼の手を握りしめながら、縋る思いで私は侑子に願い叫んで頼み込んだ。時間がない、これ以上は。最悪の結末が待っている。

 

嫌だ、そんなの嫌だ!

 

彼を死なせなくない、それしか私の頭の中はなかった。それだけが占めていたんだ。

 

「ファイを、ファイを助けて!」

「お願い侑子ー!」

 

モコナもぼろぼろと痛々しくも涙をこぼして懇願する。侑子は、何も言わずにじっとファイを見つめた。

 

「侑子、お願いっ!、なんでもするから、私の命あげるからっ、だから!」

『駄目よ』

 

侑子の切り捨てるような言い方に私は怒りを感じられずにはいられなかった。

 

「なんで!?なんでよ!なんでそんな言い方」『貴方に払える対価はもうないわ』

「!」

『貴方は既に対価を払い終わっている。貴方にできることは、何もない』

 

侑子の言葉は、残酷で、冷たくて、でも真実だ。

どうして、私は、大切な人さえ、助けられないの。

 

『それとも、天姫。貴方は救いたい人を変えてしまうの?』

 

侑子の信じられない問いかけに私は、無我夢中で頭をぶんぶんと振って侑子の言葉を否定した。

 

「違う!!違う違うよ侑子!あの子を救いたいのは本当。あの子の為に私は対価を支払った!でも、でもファイも大切なの、失いたくないの!だって、だって」

 

仲間だから。そう続けるつもりだった。でも、侑子の『だって?』と私の言葉の先を促す視線と、まるで【それは本当の気持ち?】と問いかけているような言い方に、私は言葉を詰まらせた。

 

「った……」

 

声が、出ない…。なんで?ただ言えばいいだけじゃない!

 

言えよ、言いなさいよ。

彼は、仲間だって。仲間以上の気持ちなんか、持ち合わせてない。

彼が死にそうなときに何考えてるの、私は。

そうだ、私は……どうせもうすぐ…。

 

『天姫』

 

侑子が私の名を呼ぶ。私は答えられなくて、ぎゅっと胸元の服を掴む。

 

なんで、言わせようとするの?認めさせようとするの?

今まで、蓋をしてきたのに。

きっと、気のせいだって自分に言い聞かせてきたのに。

 

私は、小さく絞り出すような声で言った。

 

「ゆう、こ……卑怯だよ、こんなの…」

 

侑子はいっつも卑怯だ。まるで私のためじゃないようにみえて実は誰よりも私のことを知っている。理解してくれている。

 

自覚、したくなかった。したくなかったんだよぉ…。

だって、私は、もう『終わり』なのに。

なのに、自覚してしまったら、切ないだけじゃない…。

 

視界が緩んで、侑子がぼやけて見えて、私はそれ以上言葉を紡ぐことすら不可能だった。

涙が瞳から溢れ出して、止めることすら無理で、そんな私と侑子とのやり取りに皆は口を噤んでいた。

 

『貴方は正直すぎよ、……そんなところまで、あの子そっくりなんだから。……黒鋼、願いなさい。ファイを助けたかったら』

 

侑子は、ファイを助けられるように指示を出した。黒鋼は黙り込む私を一瞥して、「わかった」と返事を返した。

 

涙を流し続ける私は放心状態に近くてモコナを胸に抱いて、自分の足では立ち上がれず、颯姫さんに支えられてファイから少し離れた所へと移動させられた。

 

ああ、ファイが助かる。

これで大丈夫。安堵していいはずなのに、どうしてファイは諦めてしまっているの。

 

吸血鬼の血と、黒鋼の血がファイに与えられていく。

ぽたりと、両方の血が合わさって、ファイの口元へと流れ込まれていく。

 

侑子は言った。

 

吸血鬼である、神威の血だけを与えれば、無差別に血を欲するようになる。

けど、神威だけではなく、別に第二者の血を混ぜ合わせて与えれば、その第二者の血だけを欲するようになる。

だから、黒鋼には餌【エ】になれと侑子は助言した。

 

黒鋼の血を、糧として今後生かされるファイ。

ファイは、生きることを拒んだ。やめろと、青白い顔して、小狼君に左目を抉り取られて、恨んだっていいはずなのに。それでも彼を庇う。自分の身の心配など何一つせずまま。

 

死を、見つめている。

 

彼が、あのファイが。

 

想像もつかないほど、彼が抱える深いは、私なんかじゃどうすることもできない。

こんなに近くにいるのに。

手を伸ばせるほど近いのに。

 

私は、何もできない。

役立たずなまま、みてることしかできない。

 

ああ、苦しんでる。

吸血鬼の力で、体の造りが変わるって、神威が言ってた。

 

「っ!!」

 

悶絶するような想像を絶する痛みが、ファイの中で蠢いている。

彼を、生かすために。

 

「ど、うして」

 

サクラちゃんも、小狼君も、黒鋼も、ファイも、泣いて、悲しんで、傷ついて、苦しんで、戦っているのに、私は、私だけは。何も、何も変わらない。

 

「なん、で!」

 

こんなに、苦しいくらい想いが溢れてくるのに、息ができないくらい、苦しいよ。

 

「なん、っで……」

「…天姫…」

 

モコナに縋りつくように胸の掻き抱いた。そっと慰めるようにモコナの手が私の頬を撫でてくれる。

 

ゴメン、モコナだって泣きたいのに。ゴメン。

 

自分に腹立たしくて、情けなくて、ファイの痛み全て変わってあげられたらなんて、できもしないことを考えて。くだらない、馬鹿すぎる。

ファイの悲鳴にならない悲鳴が心に突き刺さる。

 

「ファイ…!」

 

私、は。私は、ファイが、――好き、なんだ。

 

【心が惹きつけられてやまない、彼に】

 

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