。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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38『スノウ・ホワイトの逆襲』

天姫side

 

私達は選んだ。進むという道を。

個々に選び取った道は、目指す方向は同じでもそのルートは違っていて、今まで共に歩んだ記憶すら懐かしむことも振り返ることも許されないもの。

 

小狼君は、次なる羽根を求めて、別の世界へ渡った。本当は、この世界には二つの羽根があった。タワーと都庁にそれぞれ一つずつ。でも都庁の羽根はサクラちゃんの中へと戻ったので、今まで都庁を守っていた結界は消えてしまい酸性雨に打たれ続けることによって都庁そのものの形が崩れようとしていた。そんな時、封真の来訪と突然の取引により今までの対決は終わりを迎えた。封真は羽根を都庁側へと返す代わりにタワーにいる人々を迎え入れて欲しいと願い出る。水が少なくなっている以上、これ以上の争いは無意味に等しい、互いに生き残るための最善の策だと諭すように言う。

都庁側のメンバーも無駄な争いをしようとは考えておらず、その願いを受け入れた。

互いに足りないものを補い合う。

生き残るために争い合っていた人同士が共存の道を選んだ瞬間であった。

 

そして、羽根を手放すということを選んだサクラちゃんは水の対価をして、本来黒鋼がやるべきであった対価を自分が行うと名乗り出た。その強気意思を宿した瞳に皆、やめろ!

とは言えなかった。いや、サクラちゃんはたとえ泣きつかれて行くなと乞われようともやめることなかったはずだ。

侑子からの対価の内容は、人地であるところにあるものを取りに行くというもの。

夜の登場は昼間よりも危険度はグッとまして命の危険すらある。そんな中を今まで戦闘経験皆無なサクラちゃんが行けるはずがない。

誰もがそう考えていた。私も最後まで反対していた。

この世界の服装に着替え、防護マント、そして太ももにホルダーに護身用の銃をセットしたサクラちゃんに私は、

 

「サクラちゃん……本当に行くの?」

「はい」

「…サクラちゃん…」

「天姫さん……いっぱい、泣いたんですね…」

「え?」

 

サクラちゃんは私の目元にそっと自身の指先を手袋越しに当てた。

 

「ここ、赤くなってるから」

「あ…」

 

そう切なげに指摘され、私は思わず声を小さく漏らした。

 

「ごめんなさい……、いつも天姫さんや皆にばかり辛い思いばかりさせてしまって…」

「そんなこと…!」

「ありがとうございます…。でもわたしに行かせてください。わたしがやらなきゃいけないことなんです」

「わかったわ。でも無理だけはしないでちょうだい。お願いよ」

「はい」

 

私はサクラちゃん頬を両手で挟んた。びっくりするサクラちゃんのおでこに自分のおでこをピタリとくっつけた。

 

「貴方に蒼龍の加護がありますように」

 

力は言霊となる。私の想いを汲んで蒼龍がきっとサクラちゃんを助けてくれる。

それが微々たるものだとしても、サクラちゃんの負担を少しでも軽くできたらなら。

 

「…蒼龍…」

「私の龍が微力ながらもサクラちゃんを守ってくれるはず。私ができるのはここまで。……どうか、気を付けて。いってらっしゃい」

「はい、行ってきます!」

「俺たちは、ここでお前が返ってくるまで待っている」

「黒鋼さん……。はい!」

 

私達に見送られて、サクラちゃんは夜の東京へと出て行った。

 

もう一人の小狼は…、私はどう声を掛けていいのかわからず、とりあえず夜は冷えるから中に入らないか?と誘ったものの彼は「大丈夫だ」と視線はサクラちゃんが消えた方を見たままこちらを見ることはしなかった。モコナも彼に付き添う様子だったので私はファイの容態が気になり申し訳ないが、少し足早に彼に元へ向かった。

 

「おはよう、黒鋼」

 

ファイは、初めて黒鋼を、黒鋼と呼んだ。

それが、彼の、ファイの皆との線引きの証だった。

 

「天姫ちゃん、心配かけたね」

「…ファイ……」

「でも大丈夫、大丈夫だよ。オレ」

 

何がだ丈夫よ。その顔が。

まるで仮面じゃない。

私が知る彼じゃなくなった。

 

「大丈夫なわけ、ないでしょう?」

「天姫ちゃん、泣かないで」

 

本当は、私がファイを慰めなきゃいけないのに。

でもその資格すら、私にはない。でも彼の深い悲しみが胸を打つ。

ファイは虚勢張って無理してる。

 

「アンタが、泣かないからじゃない」

「ゴメンね」

「謝んないでよ、謝らないで……、もっと悲しくなるから」

 

私は、役立たずだ。

いざって時に何もできない。この身が口惜しい。

傷ついて、死にそうになっている人さえ、助けられない。

今もサクラちゃんは身を粉にして、対価の為に一人、この東京の夜で頑張っているというのに、私は泣いて泣いて泣くことばかり。

 

私は。少し、少しだけ、自分が今いる、目的を見失いかけた。

 

 

「「サクラちゃん!」」

 

ファイトと私が同時に声を上げ重なった。皆がサクラちゃんの無事であることに喜びをかみしめる中、彼女の掌に収まるほどの卵を大事そうに抱えてるサクラちゃん。ボロボロだけれど、ファイに抱き留められる中でサクラちゃんは

 

「……天姫さん、ただいま…」

 

と苦しそうに荒く息を吐きながらもそう言ってくれた。私は涙ぐみながらサクラちゃんの手を取って、

 

「お帰り、お帰り!」

 

と何度もそう答えた。ところどころ傷が目立つものの、大きな怪我はなさそうで蒼龍が彼女を守ってくれたんだと実感できた。その証拠にサクラちゃんは教えてくれた。

 

まるで誰かに導かれるようにここまで来れたこと。

帰り道、卵を手にしたまではよかったが、暗闇の中羅針盤も壊れてしまい方向が分からずじまいだったとき、ふと小さな鈴の音がサクラちゃんを誘うように何度も、何度も鳴り響き、それを追うように歩けば戻ってこられたらしい。

 

蒼龍が守ってくれたことに感謝の想いでいっぱいになった。

 

喜びに浸る私達を侑子は通信越しに温かく見守って待っていてくれた。

 

全員が無事に揃ったところで、侑子はついに語りだす。

 

このたびに仕組まれていた計画を―。

そしてある男の願い。

黒鋼のお母さんを殺した目的。

サクラちゃんの羽根の意味。

小狼君の存在。

ファイの―――秘密。

 

彼らは、サクラちゃんが無事に羽根を取り戻せるよう護衛の役目を担っていた。けれど侑子がその計画を阻止するために、クロウ・リードと創ったモコナを共に送り出した。飛王の願いは、決して誰もかなえられない願い。

侑子は淡々と語る。私の、この旅での意味を。

 

『天姫、貴方の存在は飛王にとって予想外の参加者だった。クロウの血を受け継ぐ飛王でさえ、予測できなかった蒼龍の神子という存在。ゆえに貴方の存在は邪魔なものでしかなかった。けれども世界の創造主に近しい龍神、蒼龍の寵愛すべき神子にすぐ手を下せる手立てはすぐには見つからない。けれどある隙が天姫に訪れた時、飛王はその機会を逃さず天姫を狙った。貴方は覚えてないことだけれど、天姫は一度命を落としかけ、そして彼によってその命は繋がれた。飛王の中では、あの瞬間に天姫は死んでいることになっている。けれど天姫は生きているわ。だからこそ、飛王は今度こそ貴方を確実に殺す手を打ってくるでしょう。どうする、天姫。貴方はこの旅を続ける?貴方が払うべき対価は。…分かっているでしょう?この旅をし続ける理由は、貴方にまだあるのかしら?』

 

理由。そう、どこでやめようとも私の終わり方は同じ。

このまま旅を続けていてもいずれ、そうまもなく私は飛王に殺されるかもしれない。だからこのまま旅を続けていても苦しみを長引かせ、自ら首を絞めに行くようなものだ。ならばいっそのこと、ここで『脱落』してしまえば自らの引き際を自分で決めることはできる。

でもね、侑子から突き付けられるような言い方されたけどひどく冷静でいられたんだ。どうしてか、自分でもわからない。きっと、皆と出会う前の私だったら、誰とも関わりたくない。これ以上煩わしいのは御免だって降りてたと思う。でも私は選択した。

 

「私は、旅を続ける」

 

皆が、それぞれの譲れない新たな願いの為、私の願いは最初から最後まで一つだけだと思ってた。ずっとあの子の為にって思ってたから。

でも、もう一つ、増えたよ。私の願い。

 

皆が、揃って、生きること。

誰か一人欠けるなんて考えられない。

同情なんかじゃない、責任感からとかなんかじゃない。

 

私が!神崎天姫という女が、この旅を続けたいと願っている。

誰が私の道を阻もうが関係ない。そんなものへし折ってやる。

 

この想いに文句なんか言わせてたまるか。

 

「私は、旅を続ける!絶対、私の成すべき瞬間まで」

 

私たちは旅を続けることを選んだ。

この先に待ち受けるであろう、災厄を受け入れて、砂の国を後にした。

【変わる心こそ、大事なれ】

 

◇◇◇

 

天姫side

 

私は真実を知った。

だから、だからこそ知ってしまったからこそ、私は動かなきゃいけない。

ショックなのは事実だ。私が―――だという事実は私自身を否定するものだから。

 

でも、だからってここで廃人同然の抜け殻になっていたら今までたくさん積み重ねてきた私の意味が消える。

サクラちゃんたちのためにも。彼女たちは体に心に傷を負っても、あがき続けている。

だから私も身を削って彼女たちを助ける。

 

私の血を精製して作り上げられた薬。もともと賢者の石を介している私の血は万能薬にもなる。侑子に願い出たのだ。彼らの傷を癒す薬が欲しいと。

 

そうしたら侑子はある対価を求めた。それは私の血。

私は毎夜毎夜、ナイフで自分の手の甲を傷つける。

そこから小指ぐらいの小さな小瓶に自分の血をぽたぽたと注ぎ、翌朝まで待つ。すると小瓶の中には私の血の代わりに数グラムしかないだろうが、さらさらとした粉が代わりに存在している。

 

この小瓶は入れたものを粉にする機能が付いた代物。

毎日貧血との格闘だけど大丈夫。これくらいなんてことはない。

 

サクラちゃんや、小狼君、黒鋼やファイが負う痛みに比べたら。

私はそれを内緒で料理に混ぜて彼らに食べさせる。決して私は彼らとの晩餐に加わることはしない。けれど、翌朝、朝食を作るためにキッチンに立つと、夕食の残りがないことにほっと安堵するんだ。

今日も彼らが無事であること。

少しでもこの身が役に立てていることを。

他人には到底、理解しがたい幸せに浸り、私は今日の夜も町へ出る。

 

彼に、たどり着くための情報を得るために。

 

【血に濡れる子猫】

観光都市、インフィニティ。

 

ビジョン家が主催するチェストーナメントと題した、人を駒とする違法な賭け事。

その優勝賞金を手に入れるために、サクラちゃんは『マスター』として、小狼、ファイ、黒鋼が『駒』として戦闘に参加した。

この戦いの勝利を左右するのは、『マスター』であるサクラちゃんの精神力。

それにより、『駒』である三人は思う存分自分の力を発揮できる。

だが、このチェストーナメント。

裏世界でも名の知れたマフィアが主催するだけあって、その敗け方に対するデメリットもおぞましいものだ。敗けた『駒』および、その『マスター』は廃人になるという死に近しい代償になんて卑怯な!なんて、怒鳴り込んでやりたい気持ちもあった。

 

でもそんなの言えなかった。

 

サクラちゃんの有無を言わせない瞳に気圧されたから。

 

『優勝賞金を傷ついた国の復興に役立ててあげたい』

 

そう、侑子に願いでるサクラちゃんはどこか必死めいていて、反対なんかできなかった。あの国の惨状には、私だって目を背けたくなるくらいだったから。

小狼君の被害を受けて、いくつの世界が壊れたことか。

 

きっと、そのたびにサクラちゃんは胸を痛めていたに違いない。

いや、それ以上だ。きっと私が考える以上に追い詰められていたのかも。

 

この世界に至るまで、いくつもの世界を目にしてきたが、そのどれもが凄惨な世界だった。ただ羽根を手に入れるマシーンと化した小狼君は、目的遂行のため殺戮を繰り返し、また次の世界へ渡るという移動を行っているようだ。私たちがたどり着いた頃には、彼の姿は影も形もない。

 

どうして、今なのか。

この旅に果たして、光照らされることなどあるのだろうか?

 

確かに、私達は旅を続けることを選択した。

けれど、その強気想いをくじけさせるように現実は厳しいもので、繋がっていると信じてきた絆は、少し、切れかかっていると疑ってしまったのは私だけだろうか。

 

バランスが、崩れてきたんだ。

笑うことが極端に少なくなり、暗い顔をするようになったサクラちゃんを筆頭に。そんなサクラちゃんを守る騎士のごとく、常に傍に寄り添うファイ。サクラちゃんと距離を置いては辛そうに何かを堪えている小狼。いつもツッコミやかましかった黒鋼は黙ることが増えて、モコナはチェストーナメントに参加する四人の帰りをひたすら信じて待ち続けている。

私は、私は。

そんな皆と距離を置いた。

わざと彼らがトーナメントに出かけている間は不安がるモコナを肩に乗せて、皆が少しでも快適に過ごせるように部屋などを掃除し、買い物に出かけて、食事の支度をしたりする。少しだけモコナと一緒にベッドに横になる。そして、彼らが勝利して帰ってくると信じ、「行っちゃうの?」と自分の手に縋りつくモコナを胸にギュッと抱きしめて、もうすぐサクラちゃんたちが帰ってくるからと安心させるように告げ、私は部屋から出る。

 

私はボンゴレ十代目という男を探すため夜の町へと繰り出した。情報収集に事欠かないこの世界は、マフィアという集団がそこらじゅうに闊歩している状態だ。

 

「ボンゴレというマフィアに聞き覚えは?」

「アァ?何言ってるんだこの女」

 

次。

 

「ボンゴレ十代目という男を知らないか?」

「知らねぇな、しかっし、そのなんたらかんたら探すより俺の相手してくれよ、げへへへ」

 

次、次!

 

「ボンゴ十代目を知らないか?」

「知るわけねぇだろ、俺たちグロリアスファミリーを軽んじての発言か。生きて帰れると思うなよ」

 

どれもハズレばかり。

丁度帰る時間には、朝日が昇り始める頃で、私は、合鍵をポケットから取り出して鍵を解除する。人の気配はあるけど、起きている様子はない。

私はそっと忍び足で、台所へと向かう。皆の朝食を作るためだ。

 

あ、でもその前にシャワー浴びなきゃいけない。

 

今日も、何人殺してきたのかわからないくらい、血を浴びてしまったから。

料理作る前に、血はタブーよね。

※※※

 

ファイに血を与え終わった後、黒鋼は天姫の部屋の前まで行った。

その部屋の主は外出中で、部屋の鍵は開けっ放し。ドアノブを握ってその部屋を押し開くと、黒を基調とした内装に置かれているベッドの上に、明かりもつけずにモコナがその部屋の主が来るのをじっと一匹で待っていた。

 

「…黒鋼…」

「おい白まんじゅう。バカ娘はどこ行った」

 

黒鋼からの問いかけにモコナはふるふると頭を振った。

 

「天姫、……用事があるって町に行ったの。でも怒らないで!皆のご飯とか作ってくれてるし、その、天姫。モコナの傍にずっといてくれてるの。モコナが行かないで!って頼むとぎゅっとしてくれるの。……天姫、泣きたいのに、泣くの我慢してるから。……だからモコナも天姫が帰るの待ってる。天姫、一人にさせてたくないの」

「………」

 

シーツを小さな手でぎゅっと握るモコナは、それ以上喋ることはなかった。

黒鋼は、小さく「どいつも、こいつも…」とぼやいて部屋から出て行った。

※※※

 

今日も惨敗。収穫はなし。

これで何度目だろうか、数えるのも嫌になるくらいの同じ行動で私は寂れた一角に立つ、アパートの上階を目指す。疲労がたまった体に鞭打って階段を一段一段上がり、ようやっと目的の階にたどり着き、部屋を目指した。ポケットから合鍵を取り出して起きていないか気配で探る。

 

大丈夫、誰も起きてない。

 

私はほっと安堵して、鍵を解除する。そして、毎日やっていることをこなしてシャワー浴びて、自分の部屋に戻る。ドアを開いた先、私のベッドにはいつもモコナが待っていてくれた。眠そうな顔を我慢して「お帰り」と迎えてくれる。

 

私はそんなモコナが可愛くて、いじらしくて口元に笑みを浮かべて、「ただいま」と返して髪を乾かすのも早々にモコナを胸に抱いてベッドに横になる。

完全に熟睡することはできないけど、少なくとも少し頭を体を休ませられている。

 

モコナの温かさのお陰で。

 

でも、そのモコナの姿は今日のベッドにはいなかった。

きっと、サクラちゃんか、小狼の所にでもいるんだろう。

モコナは皆の癒しだから仕方ない。

私は、濡れた髪にタオルを当てては水気を取る。

でも、それも面倒でぽいっと床にタオルを落とし、ベッドに腰かけた。

キャミ一枚にタンクトップと、これで裏路地歩いたもんならどうぞ襲ってくださいと言っているような恰好だ。でも誰も部屋に来ないだろうから、これでも十分だ。

 

心の中で念じると、瞬時に私の右手に現れる愛刀、月光。

 

月光も手入れしているけれど、毎日毎日斬っていると刃こぼれでもしてくるんじゃないかって心配になりもするけれど、この『月光』は私の為にだけに打たれた刀。

手入れは怠っていないが、初めてこれを手にした時と同じ煌きを放っている。この世界で欠かすことのない私の分身ともいえる武器。

「ボンゴレ、十代目か」

 

もし仮に会えるとしたら、どうするつもりなんだ、私は。

ただ闇雲に探したところで意味はないはず。でも探さずにはいられない。

 

私を死に追い込んだ存在。

私の真実を知りうる人物。

 

マフィアであることはわかっている。だがこの町だけじゃ情報は集まらないのか。

もしかしたら、この世界ではないのだろうか。

 

突然の訪問者はいきなり人の許可なしにやってくるもんだ。

 

「……勝手に入らないで。許可した覚えはないわよ」

 

私は、一応釘を刺してみる。が、相手には、通じてない。

 

「……テメェ、どれだけ狩っていやがる。ぷんぷん匂うぞ」

 

今日も、勝利してきた彼。黒鋼の方だって『血』の匂いをぷんぷんさせている。

それと、左手の掌からも血の匂い。

きっと、ファイに【食事】を与えていたんだろう。

 

この三か月…ずっとすれ違いの生活だ。

彼は私に声を掛けることもないし、私も彼と話すことは無くなった。

無視、じゃなくて、お互い意図的に距離を置いているんだ。

 

彼も、私を疎ましく思っているのか。

それとも、精神的に不安定なサクラちゃんを支えることだけで手一杯なんだろう。

 

寂しい、だなんて贅沢すぎる感情だ。同じ環境にいられるだけでも恵まれている方のに。

この気持ちは、彼を縛り付けてしまう。

境界線の向こうに佇む彼に、私は届かない。

 

……気にするな、私。今はこの男を追い出すことを考えろ。

 

私はファイ関連のことは頭から放り出して目の前の問題を片づけることに集中した。

 

「乙女のたしなみとしてシャワーは欠かしてないけど何のことかしら」

 

と、一応ぼけてみせるが、黒鋼にはやはり通用しないらしい。

問い詰めるような厳しい視線は、確かに私の身を案じてのことなんだと、今までの付き合いから感じ取れた。

 

「何を考えている」

「それを話す必要があると?」

 

でも、私ははぐらかす。

知られるわけにはいかないから。

「……夕食になんか混ぜてるだろ。怪我が翌朝には治っていやがる」

「お呪いみたいなものよ。変なものは入れてないから安心して。私が神子だと知っているでしょう?そういうの得意なのよ」

 

私を神子だと知った彼は、わかるはず。加護を受けた者は、それなりの縛りがあることを。

 

「……距離を置いた理由はなんだ」

「愛想をつかした、ではご満足いただけないかしら」

「嘘つけ」

「……答える義理はないわ。これ以上の会話は無意味よ。出て行って」

 

まるで尋問されているようで胸糞悪い。

だが、黒鋼は出て行こうとはしなかった。

 

「……」

「出て行ってよ、『消えてって言ってんのよ』」

 

多少の殺気を込めて『言霊』として言い放つ。だが黒鋼は若干、たじろいだ様子はあったが、すぐに元通りの調子を取り戻す。

なんて奴、と感心すると同時に少し私は焦った。

 

力が弱くなっているのか?

血が足りなくなっている所為で能力的にも半減しているのかもしれない。

少し、回復する必要があるな。

 

「……何を恐れている…」

「恐れる?馬鹿馬鹿しい、今の私に恐れるものなんか」

 

吐き捨てるように顔を背ける私に黒鋼は傍まで歩み寄ってきた。

私にはそれが、私の領域【テリトリー】にまで侵入されているようで不快で仕方なかった。だからか、仲間である彼に、私は攻撃態勢を取った。ベッドの上という不安定な場所ながら、片膝ついて、左手で鞘を支え柄を握りしめ少しだけ、数センチ引き抜いた状態で黒鋼を睨む。

 

「下がりなさい、これ以上の侵入は認めないわ」

 

私からの警告に、黒鋼はまったくどこ吹く風といった表情をし、私との距離を詰めた。

 

「アイツとの絆か」

「そんなもの、あるようで最初からないものじゃない。今の私達には過ぎた言葉よ」

「アイツが、お前を拒んだからか」

「……最初からよ。そんなの、彼は誰も選ばない。私も誰も選ばない。それだけのこと」

「だったら何?アンタがファイの代わりにでもなってくれるっての?」

「誰が」

 

黒鋼は鼻先で笑った。

 

だろうさ、私だって、御免だ。

「でしょう。わかったらさっさと「といいたいところだがな」っな!?」

 

隙を突かれた。意識を逸らした瞬間、私は黒鋼にベッドに押し倒され、月光を放り投げられ組み敷かれた。

 

「なんの、つもりよ!」

「性欲処理にはうってつけだな」

 

黒鋼の目は、獲物を前にした獣のそれと同じだった。

 

信じられなかった。黒鋼が、私をそんな風に見ていたなんて!

 

裏切られたという絶望感を感じたと同時に、腹の底から猛烈な怒りが沸き上がった。

 

「っふ、ふざけんな!人を売女【ばいた】扱いするんじゃないわよ!」

「テメェもその気があるからさっきあんなこと言ったんじゃねぇのかよ」

「ちがっ、私は!」

 

黒鋼が、私の首筋に顔を近づける。

吐息が、肌に触れて…怒りが急に冷めて、恐怖を感じて体が震えた。

 

「……いや、嫌………やめて……おねが…」

 

懇願しても、抑え込まれた腕は離してもらえず、足蹴りしてやろうとしてもそれも先手を取って封じられ、身動きすら取れない。

私は無意識に助けを求めていた。

黒鋼は、

 

「い、ぁぁ……!」

 

肌にぬるりと舌を這わせては強くその部分を吸い込んだ。

ぞくぞくと鳥肌が走る。

 

「や、やだ」

 

いや、怖い。嫌だ!

ふぁいじゃなきゃ、やだ!

やだ、やだよぉ

 

「…たす、…て……ファイ!」

 

瞼をぎゅっと閉じて黒鋼から顔を背けていた私に、黒鋼は吐き出すように言った。

「……ちゃんと言えるじゃねぇか…」

「…………?」

 

黒鋼から拘束されていた手が外されて、圧迫感がなくなった。

ベッドの端っこにどすんと座る感覚がして、私はそっと瞼を開いた。

先ほどまで私を組み敷いていた黒鋼は、私から離れて頭をガシガシかいていた。

私には何が何だかわからなくて、ゆっくりと体を起こして呆然と黒鋼を見やった。

 

すると、黒鋼が私を見つめて、

 

「アイツの名前……、無意識に助けよぶくらいにな」

 

といった。

 

「……アンタ、わざと…!?最低よ、こんなやり方して」

 

パシィーん!と小気味よい音がした。

私は、思いっきり平手打ちをかましたんだ。

でも黒鋼はよけようとはしなかった。

 

「出てって」

 

涙を滲ませて、私は黒鋼を睨み付けた。

黒鋼は、ベッドから降りて無言で部屋を出て行った。

 

私は鏡台の前まで歩み寄った。

鏡に映る私の胸元には、アイツがつけたキスマークがあって所有物みたいでいやだった。

その箇所をそっとなぞる。かなり強く吸われたからしばらくは消えないかもしれない。

 

「……ファイ…」

 

じわり、とまた涙が沸き上がった。

 

この痕が、ファイからのものなら、どんなに良かったのに。

 

私は鏡台から崩れおちるように膝をついた。

 

「ファイ、…ファイ……」

 

求めるように私の口から洩れる彼の名。

 

こんなに傍にいるのに、こんなに彼を愛しいと求めているのに。

私は彼の傍にいる資格はない。

 

気づきたくなかった。この気持ちに。

自覚したくなかった。切なくなるだけなのに。

 

早く、終わってと私は願った。

もう、私にはこの苦しさに耐えきれるだけの時間は、もう、ない。

 

【堰かれて募る恋の情】

 

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