。ケ咲イ狂テウ狂リルク   作:サボテンダーイオウ

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39『ラ・プティット・シレーヌの鉤爪』

ファイside

 

吸血鬼となって、どれくらいたったか。今のオレにはみんなと同じ食事は必要ない。黒鋼から提供される食事に抵抗がないと言えば、嘘じゃない。でも、オレは飢えて【血】を求める。黒鋼だけの血を。静かに食事を楽しむ時間もない。だって、

 

「誰かに見張られているね」

「ああ」

 

向かい側のガラスから丸見え。こちらを覗き込む望遠鏡の光がちらつく。

向こうはわざとわかるよう装ってやっているのか、それともその程度の輩なのか。どちらにせよ、

 

「誰にも、これ以上奪わせは、しない」

 

あの時のような想いはもう、御免だ。

天姫ちゃんも、サクラちゃんも、傷つけさせたくない。

 

ぺろりと黒鋼の血をこぼさないように丁寧に舐め上げ、自分の手にも付着した血を舐める。ある程度の食事を終えたオレは、ソファにドカリと座って酒を手に、一人で酒盛りを始める黒鋼に確認するように尋ねた。

 

「天姫、ちゃん……、妙な事してるよね」

「ああ。オメェもわかってるだろ。『チェス』で受けた傷が翌朝には治っていやがる」

 

そう。この三か月、毎夜毎夜、トーナメントは行われている。それだけこのチェストーナメントはお偉いさんたちの娯楽に等しいものなんだ。一夜で億万長者になるものもいれば、反対に無一文になるものもでる。人の人生さえ一夜にして変わってしまう、

無傷だなんて日はないに等しい。

 

「…うん、サクラちゃんは何か気付いているみたい。でも普通に食事してるよ」

「姫は、バカ娘が神子だと知った。だからだろう」

「神子……、それってどんなものなのかな?」

 

オレの世界に神子というものはいない。だからどういった役割を担う存在なのかいまいちピンとこなかった。黒鋼はそこらへんに詳しそうだし、以前、天姫ちゃんは黒鋼と似た世界かもねなんて言ってたのを思い出した。

黒鋼はめんどくさそうな顔しながらも、隣に座るオレに説明してくれた。

「『蒼龍』とかの加護を受けてんだとよ」

「蒼龍、…。黒鋼は覚えてるかい?前に天姫ちゃんが『蒼龍姫』って呼ばれてたのを」

 

オレは頷きつつ、前の春香ちゃんの件で関わった秘妖のおねーさんのことを黒鋼に伝えた。

彼女は天姫ちゃんのことを『龍の娘御』と敬意を込めて呼んでいた。

操られていたとはいえ、敵対関係にある初対面の天姫ちゃんに、だ。

あれだけ優遇を受けるということは相当身分が高い。それも異世界を通じて人種問わず、天姫ちゃんの存在は多方面に知られている。蒼龍というのは、ドラゴンというよりは龍という尊い存在で、その龍が守護を与えその神子はその龍の宣託を受ける、という解釈でいいのかな?でも、天姫ちゃんの場合はそれと少し違うような、気がする。

 

「おしとやかな神子というよりも、天照みたいなやつだと思うがな」

「天照って知世姫のお姉さんだよね。戦神子って感じかな?……夜な夜な出かけては、いつも血の匂いを纏っているし…」

「分かるか」

「分かるさ、だってオレ吸血鬼だし」

「フン」

 

黒鋼に確かめたいのはそれだけじゃない。実のところ言うと、こっちの方が本音かも。

 

「…昨日の夜、…天姫ちゃんの部屋で何してたの」

「アア?」

「……悲鳴みたいなの聞こえた。何してたの」

 

オレの問い詰める口調に、黒鋼は

 

「お前はもう、いらねぇんだろ?」

 

天姫ちゃんをモノ扱い。

 

まるで、皮肉にもとれる言葉をオレに投げつける。オレは歯を食いしばって、低い声音で牽制と込めて言う。

 

「…いくら黒鋼でも彼女を傷つけることは許さない…」

「精々、『痕』つけたくらいだ。天姫に、な」

「!」

 

その名を、初めて黒鋼から聞いたオレは、オレという理性を失った。

黒鋼の血が唯一であるオレにとって、黒鋼は刃向かえない相手だ。だから絶対あっちゃならない。

黒鋼を殺そうとするなんて。

オレの吸血鬼化した能力で伸びた爪が黒鋼の頸動脈狙って今にも皮膚に突き刺さる寸前で何とか止められた。オレは片手を抑えてソファから立ち上がり、じりじりと後退して、微動だにせずオレを見つめる黒鋼に弱弱しい声で訴えた。

 

「ゴメン、でも抑えるの一杯一杯なんだ。部屋からすぐ出て。じゃないと、気持ち、抑えられないから」

「………」

「お願い」

 

オレの苦し紛れの懇願にようやっと黒鋼はソファから立ち上がってくれた。

だけど、黒鋼は立ち去り際、オレをあざ笑うような顔してこう言った。

 

「取り乱すくらいなら、手放すんべきじゃなかったオメェを恨め」

「………」

 

オレは、何も言い返すこともできないまま、黒鋼がいなくなるのを呆然と見送るしかできなかった。

 

オレたちの関係性は、きっとどこかに置き去りにしてしまったのかもしれない。

※※

オレたちは順調にトーナメントを勝ち進んでいった。

 

試合中に仕込み武器を使う相手と出くわしちゃった時も、サクラちゃんが迷うそぶりを見せたことでオレと黒鋼は連動して痺れて動くことが困難となってしまった中、小狼がサクラちゃんに言い聞かせるように勝つとはっきり宣言したことで、迷っていたサクラちゃんは意識を集中させることができた。彼のお陰で勝利を収めることができたオレたち。

その日の夜、オレはいつもと同じようにサクラちゃんが寝るまで傍に寄り添っていた。

ベッドに顔を俯かせてるサクラちゃんの横に座り、オレは彼女を見守る。

 

サクラちゃんは、吐露するように呟く。

小狼と小狼君が違うことを。

でも仕草や表情、それだけじゃない部分も似ていることにことごとく思い知らされる。

ジレンマを感じてしまう。

 

どうして、目の前にいるのが、小狼君、ではなく、小狼なのかと。

オレには、ただ寄り添うことしかできない。

そっとサクラちゃんの手に己の手を重ねた。サクラちゃんは拒むことはせずしばしオレ達の間に静寂が訪れた。

 

そんな時、セレス国に残してきたチィから連絡が来た。

 

『――ファイ、ファイ?王様が、起きたよ――』

 

ついに、封印が解けた。

 

オレは、胸元の服を握りしめて、応えた。

 

『わかったよ、ありがとう、チィ――』

 

サクラちゃんは体を起こして、オレを見やる。

 

「何かあったんですね」

「何が?」

 

笑みを浮かべてはぐらかそうとするオレを射貫くような瞳で

「無理に笑わないで、辛い時にまで笑うなんて、天姫さんみたいで嫌なんです」

「……オレが、天姫ちゃんみたいに?」

「ええ、そっくり。……本当に、苦しくなる、くらいに…。私はそんな顔、嫌いです……。今のファイさんも、天姫さんも、嫌い……」

「そっか、…ゴメンね……。でもサクラちゃんには嫌われたくないなぁ。だってオレのお姫様だし」

「ファイさんにとっての本当のお姫様は、天姫さん、でしょう?」

「……でも、オレはお姫様の手を突っぱねちゃったからね。きっともうチャンスはないよ」

「…ファイさん…」

「だからオレは君の願いを叶えたい。教えて、一体『何が欲しいの』?」

「…絶対、欲しいものがあるんです」

「それは、彼らには知られたくないモノ?」

「はい」

 

オレは、向かい合うサクラちゃんの手を取って、軽く触れるキスを送る。

 

「そっか、じゃあ。オレは全力で姫のその願い、叶えてみせるよ」

「ありがとうございます」

 

きっと、時間は残り少ないかもしれないけど。

 

 

サクラちゃんがビジョン家の当主に晩餐にと誘われた。サクラちゃんにそう伝えた男はサクラちゃんがてっきり断るものだと考えていたらしく、あっさりと了承するサクラちゃんに驚いた様子でもう一度聞き直すくらいだった。

でもサクラちゃんの意思は変わらずyes。当主の仕えらしき男は小さくため息を吐いて「物好きな…」と零した。

 

「…それと、もう一人呼んでいる。君たちの連れだ」

 

男が示した先に、オレたちも驚く予想外の人物が待っていた。

 

「サクラちゃん」

 

白と黒の花柄模様ビスチェ型のフレアードレスを身に纏い、黒の手袋に首元には小粒の白のパールが連結されたネックレス、耳元には大粒のパールが花模様にあしらわれたイヤリングで登場した可憐な少女。いや、女性だった。

 

「天姫さん!?」

 

正直、驚いた。なんで、どうしてって。沸き上がる疑問もあったけど、何より、その姿に、見惚れてしまった。

 

殺伐とした会場の中で、ひと際輝きを放つ、彼女独特の色香。

化粧が施された彼女は、オレが知る天姫ちゃんじゃない。

 

『女』の顔だ。

 

天姫ちゃんが、少し先の階段途中に立っていた。

 

「サクラちゃん、行きましょう」

「天姫さん、どうし……はい。皆は先に帰って休んでいてください」

 

そう言い残すサクラちゃんがオレたちから背を向けると、小狼は急にサクラちゃんの腕を掴んで行かせまいとした。サクラちゃんは驚いた顔をしたけど、すぐに表情を作って「先に、休んでいてくださいね」と声を掛けて小狼の手をそっと外した。

 

「……いってらっしゃい、サクラちゃん」

 

オレは天姫ちゃんの名を呼ばず、手をひらひらと振って笑顔で見送った。

ちらりと天姫ちゃんはオレたちを一瞥しただけで、サクラちゃんに手を貸して階段を下りて行って姿は無くなった。

 

オレは、黒鋼に行くぞと声を掛けられるまで、その場に立ち尽くしたままだった。

 

なぜ?着飾る必要がある。

どうして?彼女が面識もないビジョン家の当主の晩餐に招かれる。

理由は?分からない。彼女がわからない。

 

後を追うことも、あの腕を取ってこちらを向かせることもできた。

けど、できなかった。

 

彼女の、天姫ちゃんの、凍てついた瞳がオレを拒絶しているようで怖かった。

オレが彼女を突っぱねてしまったから、彼女はオレを疎ましいと思うようになってしまったのか。だから、オレはもう眼中にない。

ただの旅を続ける仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 

黒鋼に何かされたことだって、オレに助けを求めることもできたのに、彼女は何もなかったかのようにすれ違いの日々を続ける。オレを意図的に避けて。

 

オレは、こんなにも嫉妬の炎で気が狂いそうなのに。

怖いんだ。怖気づいたんだ。

 

オレはいらないと、君に宣告されるのが。

 

【鳴かぬ蛍は身を焦がす】

 

◇◇◇

 

覚えていませんか?私のこと。記憶の波に埋もれていませんか?私のこと。

 

その少女は何度も何度もオレに尋ねてくる。可哀想なほど必死に必死に。憂えた瞳に何かを宿して。

 

『ごめん、オレは君を知らないよ。だって君は君じゃないだろ?』

 

そう、少女に伝えると少女は両手で顔を覆ってさめざめと泣きだした。

 

『そうよ、私は私じゃない。貴方の知る私はすでにこの世界には存在していないもの。でも私はいるわ。貴方が気づかなくても、貴方が見えなくとも、【ここ】に存在しているの。この気落ちをくれた貴方に見捨てられたら私はどうやって歩けばいいの?

 

貴方が私を放っておけばよかった。

貴方が私を見つけなければよかった。

 

出会うことが必然ならば最初から私は創られなければよかった。

 

苦しいの、息ができないの。

貴方を思うごとに苦しくなる、この想いから解放される術は、一つだけ。

 

私が貴方の前から消えるだけですむ』

 

少女は顔を上げて、両手を下して紫紺の瞳でオレを見据える。

 

『私は、消える。貴方の前から』

 

オレは、見ず知らずの少女のくだらない戯言と気にも留めなかった。少女がオレに手を差し伸べようとしたのを、手で叩き落として拒絶した。

 

『オレは、誰も受け入れない。君が君でなくともそれは変わらない。オレは君を受け入れない』

 

少女は拒絶された自身の手を刺すって、また顔を俯かせた。

 

『そうね、触れられないのは当然ね。私と貴方には境界線がある。私はそれを越えられないし、貴方も境界線をまたぐことはない。たった一本の地面にひかれた線なのに。その一本の線が私を貴方を分かつ境目。私が臆病で貴方が怖がりで、だからこの線は消えない』

 

少女は、『でもね』と言葉を続け、一歩足を踏み出した。オレを目指して少女はまた一歩、一歩と進む。

 

『私には、ゆっくりと、ゆっくりと進むことしかできない。貴方に触れるためには、貴方に伝えるためには貴方の目の前に行くしかない。でも貴方は、変わることを恐れているのでしょう?失うことを恐れているのでしょう?

大丈夫、私は最初から消えることが決まっていたから。貴方が悲しむことはないし、恐れる必要はない。

 

だから今から伝えることは忘れてください。

貴方の耳に入った瞬間から忘れていいんです。

私は伝えるだけ、貴方は忘れるだけ。

 

ね?ほら、簡単なことでしょう?』

 

少女は、朗らかに笑う。

 

『私は消えます。貴方の前から。

貴方の無事を願って、貴方の健やかなる未来を祈って。

 

私は、貴方が―――です。

 

どうか貴方の行くべき道を進んで。

大切な仲間と共に。たとえ、困難が待ち受けていようとも、あの子が言うように

 

―絶対、大丈夫だよ――。』

 

オレは少女の言う通り、耳に聞こえる言葉を次々と忘れていった。

それがオレの意思で行われていないとしてもオレは抗うことができなかった。

 

少女の特徴も、少女の容姿も、少女の声も。何もかもが消えて、

最後には、何も、思い出せなかった。

 

侑子から託されたという本。開いてみれば、なんてこたぁない。

 

日記だ。

そのある『女』または『少女』、または『幼児』または、ごみだめの『女』、余命幾何もない『少女』、自分を知らぬ『女』、愛の為に身を捨てた『女』、愛の代わりに『死』を男に与えた『少女』、悪戯に産み出されたことを嘆いて狂ったあげく笑いながら死を選んだ『少女』、彼女の代わりとなるものを見出した未来の『女たち』、結局は誰かに寄生するしか能のない『少女』、依存だけを愛する孤独な『女』。

 

とにかく様々な条件の中で足掻いて、血反吐吐いて、のたうち回って、我慢して、苦しんで、堪えて、泣き叫んで、狂って、吐き出して、呪って、絶叫して、もがいて、もがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてモガイテもがいてもがいてもがいてモガイテもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてモガイテもがいてもがいてもがいてモガイテもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいたのを、

 

私は、知っている。

 

知っている、はずだ。いくつもの時を、時間を経過してもなお、色あせることのない記憶の証。この中には、いくつのも生があり、いくつもの死が書かれている。

 

「これ、は」

 

そう、なんてこたぁない。

私の口元が歪に歪んで口角を上げた。

 

「天姫、さん」

「天姫さん!」

 

サクラちゃんが、私の意識を引き留めようと私に縋りつく。

私の名を何度も何度も声を張り上げては、涙交じりの瞳で私を見上げる。

 

「はは、ははは!あははははっ」

 

私は、ウザったくて絡みつく視線が邪魔でサクラちゃんを振り払う。サクラちゃんは私に振り払われた反動で背中から地面に倒れ込む。「きゃあ!」とか弱い悲鳴をあげた。でもサクラちゃんはめげずに立ち上がって私の腕に抱きついた。

「天姫さん天姫さん!」

 

ああ、五月蠅い『音』だなぁ。

煩わしい其れは私の琴線に触れるほどではないが、邪魔だ。

だが手を出すにしても、今の私が興味を引くものは彼女ではない。好きにさせておこう。

だが五月蠅いのに変わりはない。どれ、一つ黙らせてみようか。

か細い肩を掴んで、私の胸に引き寄せた。

 

「天姫、さっ」

「黙れ」

 

有無を言わさず、私の胸に押し付けたサクラちゃん。彼女は私の顔を見るな否や、また涙を流した。

 

「天姫、さん…」

 

サクラちゃんは切なそうに私の名を呼び、その頼りなさげな白い手で、私の顔に手を伸ばし包んだ。

 

「泣かないで」

 

何やら戯言を呟いてる。だが気にする必要もない。

問題はこれを、

 

これをどう、処理するかが問題だ。

 

「私の、」

 

誰が、こんなもの欲した。

誰が、私の終わりを欲したんだ。

 

「私の、にっきだぁ」

 

ふみつぶしてやろうか、燃やしてやろうか、おりまげてやろうか、つぶしてしまおうか、ひねりあげてしまおうか、ぬりつぶしてやろうか、ちぎってしまおうか、きざんでやろうか、しばりあげてしまおうか、谷底になげてきてやろうか、塩水につけてやろうか、ヤギの餌にしてやろうか、

 

どんな手段を用いたとしても認めない。

認めてなるものか

 

#name2#天姫が生き、そして死ぬまでの日記。

another・Diary、

 

を。

私は目玉をぎょろり、ぎょろぎょろと動かして動かして脳みそフル回転させた。

潰す方法を、考えあぐねいているのだ。

 

認めてなるものか。

誰が、私の死を認めてなるものか!

誰が、私の誕生を認めてなるものか!

 

誰が、私の創造を認めてなるものか!!

 

「壊してやる、全部壊してやる、全部、全部っ!」

 

この世界そのものすら私にとって歪んだものだった。

私も、私を創った奴も、私を形どったオリジナルも、

どれもこれもが、壊すに値するもの。

 

「っ!」

 

己の腕の中にいる対象に力を籠めすぎて、少女は小さな悲鳴を上げ必死に痛みに耐えていた。私は力を緩め、自分のほうが痛いだろうに、それ以上に痛ましげな視線で私を見つめた。

 

「私が何だか知ったね。私がなんであるか知ったね。君の瞳には何が映る」

「天姫さん、……わたしは、私は」

 

『写身』だとサクラちゃんは私に打ち明けた。

 

「私と天姫さんは一緒です。…創り上げられた理由は違うかもしれない。天姫さんと私じゃ立場も違う。けど、貴方だけじゃない。貴方だけ一人で苦しまないでください。私は貴方の傍にいます。私は貴方が貴方であると信じています。だから」

 

サクラちゃんは背伸びして私の目元を指で拭う仕草をした。

 

「泣かないで」

 

慰めではない、その言葉は私の荒れた心に一滴の水滴を落とした。

 

「泣いているのね、私は」

「はい。でも私が拭ってあげます。天姫さんが苦しいのなら、私もその苦しみを共有します」

「サクラちゃんも、苦しんでいるのに?」

 

そう返すと、サクラちゃんは迷わず「はい」と頷いた。

 

「秘密を共有しあう仲って、たまにはいいですよね?」

 

しまいにゃ、茶目っ気たっぷりに舌を出してこんなことまで言うサクラちゃんに、私はたまらずに苦笑した。

 

「なんだかいい意味でサクラちゃんも変わったね」

「はい、皆と出会えたからです。勿論、天姫さんとの出会いも、私を変えたんですよ?」

 

一人で絶望感背負ってた顔してたのが、馬鹿みたいにサクラちゃんの言葉はすんなりを荒んだ心を癒してくれる。

納得するには、まだ混乱しているし、正直、まだおかしくなるかもしれない。

でも、私が私でいる意味はある。

「そっか、……この必然は、意味のあるものだったんだね」

「はい。……だから、助け合いましょう?」

「……そう、だね……」

「納得、できませんか?」

「……ちょっと、でもサクラちゃんが望むなら、私は」

 

私は自身に起こる最後の結末をサクラちゃんに打ち明けた。そしてサクラちゃんも夢見で得たこの先に起こる悲劇を教えてくれた。

 

「私は、天姫さんに生きて欲しい」

「私もサクラちゃんに生きて欲しいよ」

 

私とサクラちゃんは見つめ合いながら、同時に声を揃えた。

 

「「でもそれは私の望む形じゃない」」

 

何かを失って何かを得るなら、私は失う方を選ぶ。

私自身を失う側にする。そうすれば、助かる命がある。

 

私はサクラちゃんが望むことを手助けする。サクラちゃんは私の秘密を守る。

ためらいがなかったかといえば、嘘じゃない。

 

「……本当に、いいのよね…」

 

迷う素振りを見せる私にサクラちゃんは辛そうな顔で

 

「…ごめんなさい、天姫さんを巻き込んでしまって」

 

と申し訳なさそうに謝ってきた。私は「違う!」と慌ててサクラちゃんをぎゅっと抱きしめ寄せた。

 

「ゴメン、ゴメンナサイ!一番辛いのはサクラちゃんなのに、私が迷ったら余計辛いよね、ゴメンね…」

「天姫、さん……」

「辛くないわけない、…気休めな言葉だけど、今なら泣けるから。後じゃ泣けなくなる。だから泣こう?泣けるうちに、ね」

「…っ…」

 

後頭部に手を回して、ぽんぽんと軽く叩いた。サクラちゃんはおずおずと私の背に腕を回して、しばらく。小さく嗚咽を漏らす声がした。

 

「一緒に、頑張ろう」

「……は、い……!」

 

私達の皆を欺き始めたのはこの日からだった。

 

【原作通りの展開を】

 

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