転生したら分霊箱だった件   作:@ゆずぽん@

10 / 51
The Philosopher's Stone
Page 8 「そして英雄と日記帳は出逢った」


 ―――思い返せば、物心ついた時から実に惨めな人生だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親が交通事故で死んでから、身寄りの無い僕はロンドンのプリベット通り四番地にあるダーズリー家に預けられる事になった。

 引き取ってくれる先があっただけでも、僕の様な孤児にとっては感謝すべき事なのだろう。

 けれども、そこで待っていたのは本当に最悪な10年間だった。

 

 部屋と呼ぶのもおこがましい、暗くて狭い階段下の物置。

 そこが僕の―――"ハリー・ポッター"の居場所だった。

 いいや、そもそもこの家の何処にも僕の居場所なんて無かったのかもしれない。

 ここだって、単なる寝床だ。寝起きする場所を自分の居場所と言うのは、違うと思う。

 

 もっと、暖かくて、居心地が良くて、ずっとここに居たいと思える―――そういうのを、自分の居場所と言うならば。

 

 "僕の居場所"は、僕が生まれた時に無くなってしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 バーノンおじさんは僕を小さな奴隷の様に扱い、些細な事でも怒鳴り散らし、何か妙な事をやらかしてしまえばすぐに物置に閉じ込めた。

 ペチュニアおばさんは、「質問は許さない」と最初に言い放って来たので、右も左も分からない内はとても辛酸を味わされる羽目になった。

 ダドリーは僕の事をお気に入りのサンドバッグだとでも思っているのか、しょっちゅうパンチを食らわせる運動に付き合わされている。

 

 この環境を改善させたいという努力もしてみたけれど、その努力は実を結ぶ事は無かった。

 

 不本意な事なんだけれど、僕の周りではいつも"おかしな事"が起きていた。

 

 床屋から帰ってくれば、散髪する前と全く同じ状態に髪の毛が戻ってしまっていたり。

 お古のセータを着せようとさせられた時は、セーターの方がどんどん縮んで、遂には到底着られなくなるぐらいの大きさになってしまったり。

 

 他にも色々な、『絶対にあり得ない事』が度々起きてしまっていた。そのどれもが必ずといって言い程僕の近くで発生する為、皆は犯人を僕だと決めつけていた。

 いくら無実を訴えても、誰も僕の言う事なんか信じてはくれない。いや、信じる理由も彼らには無かったのだろう。

 どれだけ人畜無害だという事を証明しようと、全ては徒労に終わっていた。

 おかしな事が起きる度に、僕を裁く為のお仕置きが実行される。そんな人生だった。

 

 学校にも通っているけれど、そこにだって居場所など無い。

 何故なら従兄のダドリーが軍団を率いて、いつもお気に入りのスポーツ「ハリー狩」に興じるからだった。

 追い掛けてきては、捕まえてサンドバッグにされる。まるでヒーローが悪者を打ち倒すような、顔面パンチなんて最早日課だ。

 そんな日々の繰り返しで、唯一の相棒とも言える丸眼鏡は、セロハンテープで補強しなければならない程にダメージを抱えてしまった。

 

 極め付きは、額に刻まれた稲妻形の傷だ。赤ん坊の時からあったらしい。ペチュニアおばさんが言うには、交通事故の時のものなんだって。

 好きで傷を作った訳ではないけれど、それだけで醜いと罵倒の対象になってしまっていた。僕自身は、まるで"誰かと繋がっているもの"みたいで気に入っていたんだけど。

 馬鹿みたいな妄想かもしれないが、何だかこの傷が、"誰か"と僕を巡り合わせてくれるような―――そんな事をいつも考えていた。

 

 本当に、下らない夢物語だって自分でも思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――でも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……これ、って」

 

 

 

 

 それは、夢物語なんかじゃなかったんだ。

 

 

 

 

 

 「……ほ、ん?」

 

 

 

 

 

 ある日の夜、いつものようにダドリーに殴られ、じんじん痛みを響かせる頬に苦悩しながら物置の寝床に突っ伏そうとした時。

 狭くて目新しい物も無い為、物置に"今まで無かった物"が、否が応でも視界に入ってきた。

 

 黒い革塗りの表紙に、金字で『TOM MARVOLO RIDDLE』と書かれている、少し古びた薄い本の様な物だった。

 少し不気味さを感じさせる真っ黒なその本は、僕がいつも使っているベッドの上にポツンと、閉じた状態で置かれていた。

 

 あり得ない。あんな本を買ってもらった覚えなど無い。

 誕生日に貰える物だって、大体は誰かのお古だった。そもそも今日は自分の誕生日ではない。

 それに、この家族は読書というものとはほぼ無縁な人類だし、どう考えてもおかしい。

 

 

 

 

 もしかして、また何か"おかしな事"を起こしてしまったのだろうか?

 

 

 

 

 だとしたら、皆に見つかったら―――お仕置きされて、何日も物置に閉じ込められる?

 

 

 

 

 そこまで考えて、慌てて正体も判らぬ本に飛び付いた。

 こんな物が物置に突然出現したなんてバレたら、間違いなく"おかしな事"認定だ。例えどんなに些細なものでも、おじさんはいつも、決して妥協せずお仕置きを執行するのだ。

 嫌だ。今日は既に顔にダメージを負っているのだ。これ以上の折檻はきっと耐えられない。

 

 どうしよう、どうしよう。

 隠さないと。でも何処に?ベッドの下?服の中?いや、どうしたって見つかる。

 こんな物置でも、ダドリーがたまに不意打ちで侵入しては僕を殴りに来るのだ。この家で安全な場所など無い。隠し物はいつか見つかってしまう。

 

 本の金字を見る。明らかにダーズリー家とは無縁の名前だと判る。これは一体何処から紛れ込んで来たというのか。

 "おかしな事"は、遂に他人の物を引っ張ってくるような『犯罪』レベルにまでグレードアップしたというのか。

 

 「……あれ?」

 

 本の出所を確かめる為、出版社や蔵書票でも載ってないかと開いてみると。

 そこには、最初から最後まで真っ白なページが連なるだけだった。

 何も、書かれていない。

 

 「……日記?」

 

 ここまで白紙ならば、きっとメモ帳や日記帳の類だろう。

 ますます分からない。何で誰かの日記帳が僕なんかの寝床にあるんだ?

 

 「…っと、ボグゾール通り…?」

 

 裏表紙にはボグゾール通りの新聞・雑誌店の名前が印刷してある。

 少なくとも、ロンドンで作られた物のようだ。

 これまでの情報から推理すると、"ロンドンの何処かに住むトムさん"の所有物なのだろうという事が判るけれど、やっぱりここに置いてある原因がさっぱりだ。

 

 ―――もしかして、ダドリーの悪戯?

 

 いや、ダドリーはこんな回りくどい悪戯なんかしない。そもそも、こんな白紙の日記帳を誰かからくすねるような行為だってしないだろう。誰だって、こんな大金になりそうもない古い日記帳なんて、盗む理由が無い。

 ぐるぐると考えを巡らせるけれども、答えはちっとも出てこない。

 どうしたものかと逡巡している内に、ふと衝動が沸き上がってきた。

 

 

 

 

 ―――どうせ白紙なら、貰ってもいいよね…?

 

 

 

 

 古びているけれど、破れたりはしていないし白紙だし。普段お古ばかり押し付けられる僕からすれば十分新品だ。

 トムさんには申し訳ないけれど、購入してから何も書いていないのだから、僕が書き込んでもいいよね?

 …直接対面して、盗んだ訳じゃないし。僕は悪くない…ハズ…。

 

 謎の高揚感を抑えきれず、思わず鼻息を荒くしながら、隅に追いやられていたペンを引っ掴む。

 

 日記帳だし、まずは日付を書いた方がいいかな?

 

 「えー、今日は、1991年………あれっ?!」

 

 意気揚々とペンを走らせ、日付を記入しようとした時だった。

 年を書き終わったところで、今日が何日かをど忘れしてしまい、途中で手を止めた途端。

 

 まるで吸い込まれるように、今しがた書いた文字が、すうっと濃淡を失い消えてしまったのだ。

 文字自体が、水に入れた粉末のように溶けて無くなってしまった。

 

 何が起きたのか理解出来ず、パチクリとその場で瞬きを繰り返していると。

 

 今度は、"僕のものではない筆跡"で、白紙のページに文字が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "―――ちょっと、遅いよ!何手間取ってんの!パッパとやってパッパともう!"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑に書き殴ったような文字が、こちらを叱咤するような内容の文章が、眼前のページに綴られる。

 

 

 

 

 ……ポカン、と。

 

 

 

 

 開いた口が塞がらない今の僕の顔は、きっとダドリーが見たら爆笑ものだったに違いない。そしてついでにパンチが飛んできたに違いない。

 

 最早、今起きている事が何なのか微塵も理解出来ない僕を置いて、謎の日記帳は不可思議な現象を続けていく。

 先程の書き殴られた文字が、僕が書き込んだ時と同様に薄くなって消えていった。

 白紙に戻ったページに、再度文字が浮かび上がってくる。

 

 "何で今日の年書こうとしてんの!今関係無いだろ!時間は有限なんだから、寄り道しないでさっさと……ん?"

 

 誰かに怒鳴っている模様の文章が、そこでピタリと『停止』した。

 文字が消え去り、数秒の沈黙の後に、今度はゆっくりとした動作で綴られていった。

 

 "…筆跡が違う…?あれ、もしかして……あれ、ちょっと待って"

 

 何だか自問自答を繰り返すような文が浮かび上がった後、少し震えたような文字が綴られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "そこの君。たった今、『僕』に触れている君。―――君の名前を書き込んでくれる?"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――――ッ!!!」

 

 

 

 

 そこまで読んで、ドクンと心臓が脈打つのを感じた。

 

 目の前で起きている現象が解らない。

 

 それでも、この"日記帳"は―――さっきから見た事もない筆跡で文字を浮かばせている"誰か"は、こちらを認識している!!

 

 思わずページの上に乗せていた腕をばっと除ける。

 冷汗が頬を伝ってくる。

 

 混乱していた僕の頭は、それでも"誰か"に向かって"返事"をしようと、止まっていた手にいつの間にか命令を出していた。

 汗ばんだ手で、慎重に、書き間違いがないように、自分のフルネームを書き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 『ハリー・ポッター』

 

 

 

 

 

 

 

 たった今書き込んだ文字が、白紙に溶けていくのを凝視する。

 いつの間にか、喉はカラカラに乾ききっていた。

 不快感から思わず唾を飲み込んだその時、文字が浮かび上がる。

 

 

 

 

 "―――ハリー、ね…。『君』は『ハリー・ポッター』。間違いない?"

 

 

 

 

 まるで迷子になってしまった子供に確認を取るかのようなその文章は、さっきよりも震えている気がした。

 何だかその様子に、不思議と頭の片隅で安堵感が滲んでくる。

 この日記帳の"誰か"は、こちらに対しての敵意や悪意というものを持ち合わせていない。

 今の文章で、それだけはしっかりと僕にも理解出来た。

 

 

 

 

 "―――僕はトム・マールヴォロ・リドル"

 

 

 

 

 

 今度の文字は、しっかりとした形を成していて、それでいて謎の親近感を感じさせるような筆跡で。

 

 "誰か"は、僕に対して自己紹介をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "ハリー・ポッター。僕は【君に逢う為】にここへ来たんだ。―――しばらく、お暇してもいいかな?"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は。

 

 

 ハリー・ポッターは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日この日この時。

 

 

 

 

 

 

 

 苦楽を共に分かち合い、同じ時間を歩み、時にはぶつかり合い、本音を打ち明けるような。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな『友達』が。

 

 

 

 

 

 

 

 生まれて初めての、かけがえのない『友達』が出来たんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、数日が経った。

 

 謎の日記帳はトムだと名乗った。

 何でも、「僕に逢う為に来た」らしく、その為に"誰か"の手を借りて物置にやって来たんだって。

 

 トムはまず最初にこう言った。

 

 

 

 

 ・自分は日記帳に封じられた"魂"で、元々人間であった事。

 

 ・自我があり、書き込んだ人間に返事が出来る事。

 

 ・この日記帳は、書き込んだ人間の力を次第に奪っていく代物である事。

 

 ・自分の意思に関係なく、微量ながらも力を奪っていってしまうので、1日に書き込む文章量は一定に保って欲しい事。

 

 ・誰かの力を奪わずに"人間"に戻りたいので、協力して欲しい事。

 

 ・今は何も出来ない状況なので、一緒に機会を待っていて欲しい事。

 

 

 

 

 という説明をしてくれた。

 

 正直全部理解するまで少し時間が掛かったけれど、数日も経てば自然とトムの事を受け入れていた。

 何より、『元人間の日記帳』という、おじさん達が知ったらすぐに処分されそうな物品とはいえ。

 こんな僕の会話相手になってくれたし、僕の事を頼ってくれたし。

 こんな事は生まれて初めてで、どうしようもなく嬉しくって。

 

 僕も、何とかしてトムに応えたいという考えが離れなくなったんだ。

 

 そういう事を書き込む度に、トムは「そんなに張り切るな」と窘めてくれるけど。

 そうやって僕なんかを心配してくれるのも、初めてで、余計歓びが抑えられなくなって。

 あまりにも会話を続けてたら具合が悪くなって、「今日はもう寝ろ!」と怒られたっけ…。

 

 

 

 

 あれから、おじさん達に虐められる日々は何一つ変わっていないけど。

 誰にも見つからないよう細心の注意を払いながら、夜の物置でトムと秘密の会話を繰り広げていた。

 

 トムの言う、"機会"が来るまで。

 『友達』が居たら、きっとこんな話をするんだろうなっていう、他愛もない話を書き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "ハリー……君はホントに英雄だね…。普通の子供だったらそんな環境に居たら絶対グレる。いつかブチ切れて何かやらかしてるよ"

 

 『英雄なんかそんなんじゃないよ…。僕の居場所、ここにしか無いもん』

 

 トムはこの家を最低最悪だと言って、そんな中で日々耐え忍んでいる僕を『英雄』だと呼んだ。

 流石にちょっと持ち上げ過ぎで、そう呼ばれる度に顔が赤くなってしまう。

 恥ずかしいからやめてと言っても、トムはいつも「尊敬する」と僕の事を褒めてくれる。

 

 トムの言葉があるから、僕はきっとこの生活にも耐えられているんだよ。

 

 

 

 

 "…大丈夫。近い内に君だけの居場所は出来るから"

 

 『え?それってどういうこと?』

 

 "友人に囲まれて、素敵な人に出逢って、恋をして。そんな『当たり前』の日々が、いつか君の元へ舞い込んで来るから"

 

 まるで『予言』めいた事を言われて、書き込む手が少し止まってしまう。

 トム以外の友達が出来たり、恋するような相手が出来たり。そんなもの、考えもしなかった。

 自分には絶対あり得ない事だと、いつの間にか諦めていたから。

 

 『……ありがとう。想像でも嬉しいよ』

 

 "想像じゃ……いや、何でもない。今の君には、夢物語だよね……ごめん"

 

 謝罪をさせて、何だか申し訳なくなってしまい、慌てて話題を変える。

 

 

 

 

 『実は今日、食事抜きにされちゃったんだ、お仕置きで』

 

 "食べないと人は死んじゃうだろ!?ねぇ食べないと人は死んじゃうだろ!?"

 

 …僕はまだいまいち話題の変え方が分からず、こうして逆に心配を掛けるような会話に移行させてしまう。

 今まで碌にこういう平凡な会話をした経験が無いから、しょうがないのかもしれないけど。

 

 『僕が悪いんだもん…。動物園で、僕の目の前で蛇が逃げ出したんだ。おじさんはカンカンさ。僕がやったと思われてる』

 

 "はっ、蛇?猛獣ならともかく蛇で騒いでんの?うちの父親は子供の頃、蝮を見掛けたら手当たり次第に叩き殺してたぐらいだけどね"

 

 『えぇっ!そんな、ひどいよ。蛇だって生きてるんだよ?こ、殺すなんて』

 

 "何でも蝮が毒持ちで、人間を前にしても逃げ出さずふんぞり返ってるから、腹が立つんだってさ。普通野生の蛇って、人間が近付くと逃げていくらしいんだけど、蝮はどっしり居座るからムカついてんだろうね"

 

 『そうなんだ…。僕が見たのは、ボアコンストリクターって蛇だったよ。多分、逃げた後は原産地のブラジルに行ったんだと思う』

 

 あの蛇、大丈夫かな。やっと自由になれたんだから、元気にやってるといいな。

 蛇をお喋りしてたなんて、おじさんに気付かれた時は心臓が縮み上がったけど。

 

 "ブ、ブラジル?蛇の足で国境跨げるもん?あ、蛇に足は無いか"

 

 『無事着いてるといいな』

 

 "誰かに駆除されないと良いけどね"

 

 『トムは蛇、好きなの?』

 

 僕は蛇と意思疎通出来たから、自然と蛇の事が好きになっていた。

 トムも蛇好きだったらいいな。

 

 "うーん…。小さい頃、テレビの白蛇を見て「可愛い」って言ったら、家族から変な目で見られて以降、蛇が好きって公に言うのはやめた。世の中には口に出さない方が良い事もあるって学んだよ"

 

 『えー、僕は良いと思うよ、蛇好きでも。ペットとして飼ってる所もあるみたいだし』

 

 "毒が無いなら飼ってもいいかもねぇ。ま、日記帳にペット飼育は無理な話なんだけど"

 

 『あぁ、ごめん。そんなつもりは無かった』

 

 そうだ、トムは日記帳に封じられたんだから、今は何も出来ないんだった。

 気分悪くさせちゃったかな。

 

 "いちいち気にするなって。それより、何とかして食料を確保しないと君、マズいだろ"

 

 『う……。こうなったら、皆が寝静まったのを見計らって盗み食いするしか…』

 

 "そうしよう。焦る必要は無い。人間が飲まず食わずで生きられるのは3日間だから、まだ猶予がある"

 

 『逆に焦っちゃうよ…その話聞いたら』

 

 トムは僕よりも年上みたいで、色んな知識を知っていた。

 そういう知識を聞かせてくれるのも、僕の毎日の楽しみになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、僕の周りで起こる奇妙な出来事について話した。

 そしたらトムも、自分にも似たような事があったんだって。

 

 "一度ふざけて『ひとりかくれんぼ』なる呪術を試した事があるんだけど、マジでヤバかった。多分今現在も呪いの効果が続いてるんじゃないかってぐらい。ハリーも、どんなにちっぽけな呪いでも簡単に手を出しちゃいけないよ"

 

 『そんな事言われたら余計気になっちゃうよ…。「ひとりかくれんぼ」ってなんなの?』

 

 "ぬいぐるみをかくれんぼの鬼に見立てて行う降霊術らしいけど、僕の故郷じゃ都市伝説みたいな扱いだったんだよね。適当なぬいぐるみに米やら自分の体の一部やら詰めて、風呂に沈めてナイフで刺したり…。あれ、正しい手順で終わらせないと呪われるんだってさ。実際やって怪奇現象に襲われた人、いるみたいだよ"

 

 『うぇぇ、何かえぐそう。トムはちゃんと終わらせたの?』

 

 "さあ…。あれさ、何か、正しく終わらせても呪われる事があるとか聞いて、マジふざけんなって思ったよ。どっちにしろ呪われるんかいって話だよね"

 

 『そんなの、よくやる気になったね…』

 

 僕だったら到底出来ない。そもそも、家の中で勝手にそんな事をしようものなら、間違いなくおじさん達にボコボコだ。

 ただでさえ何もしなくても、僕の周りではおかしな事が立て続けに起きるのだから。

 …もしかして、記憶に無い内に僕も『ひとりかくれんぼ』みたいな事をしてしまったのだろうか?

 

 "暇でやる事が無かったから、つい。他にも『くねくね』とか『きさらぎ駅』とか『さとるくん』とか、故郷じゃ色んな怪奇絡みの都市伝説が一杯あってね…"

 

 『そういうの好きなの?』

 

 "まあ、ね。ホラー系の話って面白くない?外に出るのは嫌いだったから、肝試し系は全然だったんだけど。ちなみに『くねくね』は正体不明の妖怪みたいなもんで、うっかり見ちゃったら精神がおかしくなるらしいから気を付けてね"

 

 『見ちゃったらダメなの!?そんなの、防ぎようがないよ』

 

 "『きさらぎ駅』に迷い込むと、無事に現世に帰ってこられるのは数年後だとか"

 

 『ちょっと、夜中にそういうのやめてよ』

  

 "『さとるくん』は呼び出せばどんな質問にも答えてくれるけど、後ろを振り返ったり質問しなかったりすると、連れ去られてしまうんだって"

 

 『ちょっと!もう怖がらせないでって!寝られなくなっちゃう』

 

 『さとるくん』に限っては返事が返ってくるこの日記帳に似てるけど、連れ去られるなんて怖い追加要素があって全然親しみが沸かない…。

 

 "うーん、残念。こういう話は夜中だとヒートアップするものなのに…"

 

 『別に怖い話はヒートアップしなくていいよ…』

 

 "じゃあ、学生時代に面食いのストーカーに誘拐されかけた話を…"

 

 『ホラーじゃなくても怖い話なのは変わりないじゃん!』

 

 トムがたまにこういう話をぶっちゃける度に、一体どんな壮絶な人生だったのかと心底聞き出したくなる。

 明るくふざけた雰囲気で書いてくれるけど、僕は何となく察していた。

 きっと、僕と一緒で辛く酷い時間を過ごしてきたのだろうと。

 でも、そういった話をトムが自分から書くまで、余計な追及をしないように気を付けた。

 …相手から先に『過去』の事を質問されるのは、トムにとってとても嫌な事に違いないだろうと思ったから。

 

 "世界で一番怖いのは怪奇現象なんかより、『生きた人間』だって事を早めに教えてあげようと"

 

 『僕がこの世で一番怖いのはおじさんの折檻だよ……』

 

 "それは一応同意出来る"

 

 『一応ってなにさ一応って』

 

 "僕は肉親に暴力を振るわれた経験まで無いから…"

 

 『トムが羨ましいよ』

 

 "いや、家庭内暴力が無いからって、必ずしも幸せな家庭とは言えないからね"

 

 『ど、どんなフクザツな家庭だったの?』

 

 思わず聞きたくなってしまい、素早くペンを走らせる。僕にとっては暴力が無いだけでも、十分羨ましいんだけどな。

 

 

 

 

 "まあ………………。……ハリーにならいつか教えてあげるよ。いつかね"

 

 

 

 

 かなり悩んだのか、沈黙の文章が続いたけれど、トムはそう書いてくれた。

 「いつか」。だとしても、トム自身の事を教えてくれるなんて嬉しかった。

 いつも僕が一方的に書いた話に返事をしてくれるから、トムの話も訊きたくてうずうずしていたのだ。

 

 『ホント?』

 

 "ホントホント。じゃ、怖い話はやめて明るい話題に移ろうか?"

 

 『出来れば空腹が紛れるような話をお願いね』

 

 "そんな事言われたら、飯テロ話(フードポルノ)を放出したくなっちゃう"

 

 ……トムはたまに自分が食事出来ないという理由の意地悪で、空腹感を増長させるような文章を見せつけてくる。

 

 『や、やめてー!そういうの地味に辛いから!』

 

 "「ほかほかと立ち昇る湯気、ふんわり香るスパイシーな獣臭さ、ジュウジュウと滴るデリシャスな肉汁……高級ポークステーキ」……もぐもぐ"

 

 『やめてー!!新手の拷問だー!!』

 

 "ふふふ、こっちは食べたくても何も口に出来ないんだからね。せめてもの憂・さ・晴・ら・し"

 

 『トムのばかー!』

 

 "まあまあまあ。いつか人間になれたら、美味しい飲食店にでも一緒に連れて行ってあげるから"

 

 『絶対、約束だからね!!』

 

 "オーケイハリー、任せとけ"

 

 

 

 

 この時の僕は、まだトムが夢の中の住人のような存在で。

 

 

 

 

 トムの事を信じていない訳じゃなかったんだけど、やっぱり心の何処かで、夢物語かなと思っていたんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、後にこの約束がちゃんと果たされるなんて、思いもしなかったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました
やっとこさ我らが英雄、ハリー・ポッターのご登場まで来ました

賢者の石編を飛ばすと思 っ て い た の か ?
もちろんやります。
ちゃんと原作に沿って書けるか不安でしょうがないですが

海外では飯テロの事、フードポルノと呼ぶらしいですね。
蝮はガチで笑えない毒を持ってるので、皆さんも田舎道ではお気を付けを。



どうやってトムがダーズリー家の物置に来たのか。
ネタバラシは次回の予定です。
勘の良い人ならこの時点で気付いちゃうかもしれないけど
 
あ、今まであった冒頭文は分霊箱の数と同じで終わりです。
今回からスタートはいきなり本文からになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。