お手元にお持ちかつお暇な方は探してみて下され。
第13章と言えば、誰の台詞かはモロバレル。
察しの良い方は多分手元に無くても分かるかもしれない…
これからもちょいちょい原作と違う展開が入ると思います。
でも基本的な流れは同じです、多分…。『秘密の部屋』までは。
『アズカバンの囚人』に関してはまだ構想中なので、何とも言えませんが。
まーた2万字越えちゃったけどこれでも削った方なんですよ…(泣
"―――夢を見る。ゆめを見る。ゆめをみる。"
"繋ぎ合わせた手、無機質な建物、真紅の光、引き裂かれる痛み、交わした契約。"
"……嗚呼、ボクは一体、何の為に、ここに。"
「"彼"が来た」
ホグワーツ敷地内に存在する、広大な森林地帯である『禁じられた森』。
夜の帳がすっかり落ち、暗闇の支配下となったその森の一角で、とある生き物は一人呟いた。
その正体は、半身半馬の姿を持つ知的生物―――ケンタウルスだった。
サファイアの光が宿った、宝石その物を連想させるその目は、夜空を覆いつくす星々へと注がれている。
観察というよりも、まるで監視するかの様な鋭い目付きは、傍から見ると少し恐怖を感じる程だった。
天然のプラネタリウムをじっくり数分間眺めていたかと思うと、不意に視線が別の方向へ逸らされる。
己の真正面。ケンタウルスは徐に、変更した視線と同じ方角へ歩き出した。四足に携えた蹄が漆黒の土を踏み締め、馬と変わらぬ足音を響かせる。
視界を遮る木々の間をしばらく進むと、開けた丘へと出た。森の中とはいえこの場所であれば、遠くに聳え立つホグワーツ城の全貌を捉える事が可能だ。
キラキラと輝く窓が光源となり、城の窓だけを見ると人工的な星座に見えた。その窓の一つへ、ケンタウルスの視線は射抜く様に向けられる。窓の内側に居るであろう、『何か』を見通そうとしているかの如き様子だった。
再び、己以外は虫一匹居らぬ静寂に満ちた空間で呟く。
「天は―――惑星は、
独り言は悩ましげに、不安げに紡がれた。ユラリと、一度だけケンタウルスの尾が揺れる。
サファイアの瞳が、品定めするかの様にすっと細められる。しかしそれは一瞬の事で、すぐに元通りに開かれると、視線は頭上に広がる星空へと再び上がった。
「"死を越えし契約者"―――どんな者であれ、見極めねばなるまい」
星空に、一体何を視ているのか。それは、彼らケンタウルスにしか解らぬ事だ。
そうして城と空を行ったり来たりしていた彼の瞳が、やがてそのどちらでもない物を捉えた。
城が見える方向とは反対の、森の方。ただでさえ、日中でも生い茂る樹木のせいで暗い森は、夜の帳によって益々暗黒を湛えている。しかしこの森で生きるケンタウルスにとって、それは大した問題では無かった。
闇に慣れた視覚を以て、大木の根本に倒れ伏す生き物を認識する。ケンタウルスと同じ四足を持つ姿。額から生える立派な一本角以外は、普通の馬の様に見える。
美しい鬣と毛並みを併せ持つその生き物は、悲しい事に、既に息絶えていた。胴体から流れる血液と、ダラリと弛緩した長い足がそれを明白に証明している。
ケンタウルスはその有様を、慈しむ様な、悼む様な目で見つめながら近付いて行った。
周辺には、死に達する痛みから暴れたせいで付いたであろう、生き物の血痕があちこち付着している。見ているだけで痛々しいものであった。
「『捨てた名を与えられた者』、『新しき名を創造した者』……やはり、惹かれ合う運命か」
ズルリ、と、闇の奥で何かが蠢く音がした。
そちらへ目を向けると、落ち葉の上に点々と、シルバーブルーの液体が丸い染みを作っていた。あの生き物の血だ。
命を長らえさせる、『ユニコーン』の血―――それを目的として、何者かが彼の生き物を襲撃し
ユニコーンが寿命で死したならば、血飛沫が撒き散らされる事など無いし、まるで足跡の様にこうして血痕が残る事もあるまい。
ケンタウルスは、同じ森に棲む生き物の死骸を前にして、その何者かを追随する事はしなかった。あたかも必要が無い、とでも言う様に、沈黙を保ったまま立ち尽くしていた。
そうして、何者かが去った先に広がる闇をしばらくの間眺めていたかと思えば、不意に踵を返す。
「"彼"
一頭のケンタウルスが立ち去った森の奥深く。
黒いマントで全身を包んだ様な漆黒の影が、
まるで、ご馳走が運ばれてくるのを待ち切れないという視線を、ただひたすらに。
森の向こうに聳え立つ古城へと注いでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ハリー・ポッターは闇の中にいた。
より詳しく表現するならば、組み分け帽子を頭にすっぽりと被せられて、視界には闇しか映らなかった。
待ちに待ったホグワーツ魔法魔術学校の入学式。
新入生が必ず通る最初の道である、組み分けの儀式。今はその真っ最中である。
あの後、ハグリッドから引率の役目を引き継いだマクゴナガル先生によって、新入生一同は組み分けと食事を行う大広間へと案内される事になった。
先生はハリーの姿に気付くと、一瞬だけウインクをしてくれた。覚えてくれていたらしい。今まで除け者にされ続けてきたハリーにとって、それはあっという間に顔を真っ赤にさせる原因となった。
無意識に、ポケットの中の友人の感触を片手で確認しながら、ハリーは他の子供達と共に在学生と先生方が待つ大広間の方へと続いた。
大広間への入口である大きな扉の前まで来て、マクゴナガルは子供達に振り向くと挨拶と簡単な説明をした。
「ホグワーツへの入学、おめでとうございます。早速ですが、新入生の歓迎会の前にやるべき事が一つ。これから四つある寮への組分けが行われます。今日この日から、ここホグワーツが貴方達の家と言っても過言はありません。そして、寮生は家族の一員とも言えます。もう一つの家となる寮に貴方達を組分けする大事な儀式ですから、真摯に臨むように」
他にも、寮に関する説明を聞かされた。
ホグワーツでの善行―――所謂、授業で良い成績を取ったり、評価される行動をする―――を重ねると、その生徒が所属する寮に得点が与えられる事。
ホグワーツでの悪行―――学校の規則や校則違反を重ねると、それを犯した生徒の所属する寮が減点されてしまう事。
学年末の時点で一番得点の高かった寮は、名誉ある寮杯を授かる事。
『寮杯を目指して切磋琢磨し、己が寮にとっての誇りとなれるよう過ごすように』
最後にそう付け加えて、マクゴナガルは一列になって付いてくるよう促した。
ようやく扉が開かれ、新入生達は流れる川の様に大広間へと入って行った。
大広間の光景は、ハリーにとって一生忘れられない程素晴らしい記憶となった。
空中に浮かぶ数多の蝋燭が広大な部屋を照らし尽くし、電球などとは比にならないレベルで明るく幻想的な空間を作り出している。
並べられた四つの長テーブルには既に上級生達が着席しており、黄金に輝く皿や杯が準備されていた。それらに反射した光が、キラキラと網膜を刺激して目が眩む程だった。
驚くべきは、天井。
屋内の筈なのに、頭を上げるとそこにはテレビや本などでは絶対に見られない、無数に煌めく星とそれを際立たせる夜の闇が広がっていた。雲一つ無く、天文学に精通している者ならば涎が出る勢いで歓喜に震えたに違いない。マグル顔負けの、天然プラネタリウムである。
「本当の空に見える様に魔法が掛けられているのよ―――」
新入生の列の中から、誰かが得意げに説明している声が聞こえた。声の高さからして、女の子だろう。
入学前から事前知識を溜め込んでいるなんて、意識の高い子もいるんだなぁと、ハリーは天井に心を奪われながらそう思った。
ふと気が付くと、いつの間にか新入生達は、先生達の座る長テーブルの手前辺りまで引率されていた。
マクゴナガルが新入生達の前に、スツールと、その上に古臭いボロボロのとんがり帽子を置く。
トムやドラコから聞いていた、組分け帽子だ。あれを順番に被っていき、自分がどの寮に適性があるのか調べられ、組分けを受けるのだ。
周りを見回すと、不安げな表情をした子達が何人かいる。組分けで一体何をするのか知らぬ子もいるのだ。確かに、いきなりこんな継ぎ接ぎだらけの帽子を出されても、困惑するだろう。
上級生達や先生方は、全員帽子の方をじっと見つめていた。ハリーもそれに倣い、帽子を見る。新入生達も閉口し、大広間は完全な沈黙に包まれた。
その沈黙は、ひとりでにモゾモゾと蠢き出した帽子によって破られる事になった。なんと、帽子の皴が口の様に開いて、声帯も無いだろうに歌い始めたのだ。
私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽子は真っ黒で
シルクハットはすらりと高い
私は彼らの上をいく
ホグワーツ校の組分け帽子
君の頭に隠れたものを
組分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住う寮
勇猛果敢な騎士道で
ほかとはちがうグリフィンドール
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう
スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
かぶってごらん!恐れずに!
おろおろせずに、お任せを!
君を私の手にゆだね(私に手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!
帽子の独り歌唱が終了すると、拍手が巻き起こった。スダンディングオベーションと言う程では無かったが。
「ABC順にこれから名前を呼びますので、椅子に座り組分けを受けて下さい」
再び物言わぬ道具となった帽子を持ち上げながら、マクゴナガルが手元の羊皮紙に書かれているであろう生徒名を読み上げた。
「アボット、ハンナ!」
記念すべき最初の組分けだ。ハリーは目を見張って彼女の様子を観察しようとした。
金髪をおさげにした少女が、椅子に座り帽子を頭に被せられる。
「ハッフルパフ!」
一瞬の沈黙の後、帽子が叫んだ。つい先程も声を出していたので、ほとんどの新入生達は今更驚かなかった。
四つの内、一番右のテーブルから歓声と拍手が沸き起こり、少女はそちらへ向かい着席した。あそこがハッフルパフの席なのだろう。
やはり、帽子を被るだけで寮を決められるのだ。特に準備しなければならない事はない。ハリーはほっと息を吐き、自分の番が来るのを今か今かと待った。
レイブンクローと言われた子は、左端から二番目のテーブルに着いた。帽子の歌通り、賢そうで物静かな雰囲気の生徒が集っている。それでも、新入生を拍手で迎えている辺りはフランクっぽい。
グリフィンドールは一番左の席らしい。何故かやけに目に入る赤毛の双子が、新入生が来る度に口笛を吹いていた。どことなく、明るい雰囲気だ。
ドラコが望んでいるスリザリンは―――正直、遠くから上級生達を見ているだけでは、雰囲気を掴みづらかった。他の三つの寮とも、何となく空気が違う気がする。
帽子はすぐに寮の名前を上げるだけではなかった。組分けに時間を掛ける子が何人かいるのだ。中には、帽子を被ったまま一分過ぎた少年もいた。この時間差は何なのだろう、とハリーはそこだけが心に引っ掛かった。
ヒキガエルを探していた、どことなく自信なさげな男の子は時間の掛かる部類だった。それでも遂にはグリフィンドールと叫ばれ、覚束ない足取りでテーブルへ向かっていく。
そして、汽車で知り合ったドラコの番がやって来た。
他の新入生と違い、呼ばれると威厳たっぷり自信たっぷり、何も恐れていないという表情を浮かべて帽子の元へ歩いて行った。
ハリーは素直に感心した。誰だって、いくら事前に何をするか分かっていても、いざその時となると不安に駆られるものだ。それを隠しているのか、本当に気に掛けていないのか定かではないが、ああも自信満々に組分けに臨めるのは羨ましいと思った。
帽子は、ドラコに完全に被せられる寸前、頭に触れるか否かといったところでスリザリンの名を上げた。
椅子を降りたドラコは、やはり満足げにスリザリンのテーブルへズンズン歩き、入学前からの友人なのだろう二人組の男の子の隣に座った。その目が、一瞬チラリとハリーの方を向いた気がしたが、こちらから見ても背の高い上級生に隠れて良く分からなかった。
段々と残っている生徒が少なくなっていったところで、ようやくハリーが呼ばれる時が来た。
「ポッター、ハリー!」
心臓が口から飛び出そうになるかと思った。フルネームで呼ばれる機会などほとんど無いので、耐性が付いてないのだ。
それでも必死に、先程のドラコの様子を思い浮かべ、緊張をひた隠しにし前へ進み出る。彼の事を思い出すと、少し勇気が湧いてくるみたいだ。
やはりというか、広間中がハリーと呼ばれた自分に向けて、一斉に無遠慮な視線を送って来た。ひそひそ声もあちこちで上がる。
分かっていた事だが、いざこんなに注目されると、『英雄』の名など捨ててしまいたいと頭の片隅で望んだ。
赤子の自分に出来る事など何も無かっただろうに、勝手に有名人扱いするのはやめて欲しかった。何せ今でも、『英雄』だなんてあまり自覚が無いのだ。とても恥ずかしい。
そんなハリーの心中を知ってか知らずか、マクゴナガルは歩いてきたハリーに向けて微笑んだ。途端に緊張が半分程解けた気がする。ハリーは軽く会釈をして椅子に座った。
帽子が、遂にその身をハリーの頭に乗せた。
瞼の上まですっぽり被せられて、ハリーの視界はこちらを眺めてくる上級生達ではなく、暗闇を見る事となった。正直この方が有り難い。
『フーム、こいつは難しい……』
頭の中に、低い声が響いた。
他の子達の様子を見ている限りでは、帽子は寮の名前以外は口にしなかった筈だ。だとすれば、これは恐らく帽子を被った者にしか聞こえない、帽子からの語りなのだろうか。
どちらにせよ、自分にしか聞こえていないのであれば、むしろそっちの方が良い。ハリーは闇の中で言葉の続きを待った。
『非常に難しい。勇気がある。頭も悪くない。才能を持っているし、自分の力を試したいとも思っているね?なるほど、面白い……さてさて、どこに入れたものかな?』
ハリーはただ黙り込んで、受け身の姿勢で帽子からの言葉を待つだけだった。
なのに、それを遮る不思議な事が起こった。
闇の中。
帽子に視界を覆われている為、目にしているだけの暗闇なのに、そこに突然青白い人間の顔が浮かび上がったのだ。ハリーは飛び出そうになる悲鳴をかろうじて呑み込んだ。
謎の顔は、霧がかった様に霞んでいる。老若男女の判別もつかない。何者か解らぬそいつは、酷く掠れた声で喋り出した。
『スリザリンに……それが運命なのだ……』
有無を言わさぬ圧力を放ちながら、青白い顔が距離を詰めてくる気がした。逃げ出したくてたまらなかったが、今は大勢の視線の中であり、組分けの最中だ。そんな事は出来なかった。
むしろ、これは全員に起こる組分けの試験だから、逃げてはいけないのかもしれないと、ハリーは場違いにもそう思い込んでいた。
帽子を被るだけとはいえ、被った後何が起こるかは何も聞かされていないから、ハリーはとんでもない勘違いをしていたのだ。
『スリザリンに入らなくてはいけない……』
ますます近付いてくるその顔に、試験だと思っているハリーも流石に限界だった。
頭が、心が、本能が叫んでいる。この声に従ってはいけないと―――!
『嫌だ!!!』
叫んだと思ったその大声は、しかし自分の口から紡がれる事は無かった。帽子が頭の上でピクリと跳ねた気がする。
『スリザリンは嫌かね?』
あ、とハリーが我に返り、弁明をするよりも先に、帽子が語り出す。いつの間にか、青白い顔は跡形も無く消えてしまっていた。
『スリザリンに入れば、君は偉大になれる可能性がある。間違いなく、その道が開けるのだ。それでも嫌かね……?』
思わず否定してしまったが、あれは条件反射みたいなものだった。
本当は、帽子の告げるままに従う筈だったのに。
しかし、すっかり混乱の最中に落とされたハリーは、咄嗟にそんな返事を返す事は出来なかった。
折り合いのつかないグルグルとした思考と、貫かれる沈黙を、開心術に長けた帽子は『拒絶』の意と受け取った。
『ではよろしい。君が望むのであれば……』
ハリーが止める間もなく、帽子は広間で高々と叫んだ。
「グリフィンドール!」
ぱっと瞼に差し込む強い灯りに目を開けると、いつの間にかマクゴナガルがハリーの頭から帽子を取っていた。
数秒茫然としていると、彼女が「グリフィンドールはあちらですよ」とハリーを優しく立たせたので、さっきの現象を告げる事も出来ず、ハリーは未だ混沌とした思考の中でテーブルへふらふらと向かった。
何が起きたのか、自分でもさっぱり分からない。
そんな考えばかりに囚われているハリーは、自分を歓迎する盛大な歓声に気が付かなかった。
何とかテーブルに辿り着くと、監督生だと名乗ったパーシーという上級生が、ハリーと握手をして席に案内してくれた。
「まさか君が来てくれるなんて、嬉しいよ!これからよろしく、ハリー!」
赤毛の双子も口笛だけでなく、「あのポッターを取ったぞ!」と大声ではしゃいでいた。その様子に、ハリーのズブズブに沈みまくった気持ちがいくらか浮上してくる。
ふとスリザリンの席を見ると、ドラコが目に入った。
彼は上級生と既に馴染んでいるようだった。魔法界で有名なマルフォイ家なので何らおかしくはないし、彼自身そういう繋がりを重視していた。
楽しそうに会話に興じているドラコが、同じ様にこちらに目を向ける。上級生が視線を外した一瞬の間だけ、ハリーに手を振ってくれた。
反応の遅れたハリーが慌てて手を振り返すと、ドラコの口角がさっきよりも上がった気がする。別の上級生に声を掛けられ、ドラコの視線はそれきりスリザリン以外に向けられる事は無かった。
「グリフィンドール!」
自分と同じ寮の名前が聞こえてきて椅子の方を向くと、赤毛の男の子が心底ほっとした様子でこちらへやって来るのが見えた。
ハリーもグリフィンドールの一員として、皆と一緒に拍手をして迎える。男の子は隣に座った。
「ロン、やっと来たな。偉いぞ」
パーシーがロンと呼ばれた子を元気付ける様に声を掛けた。
話を聞く限り、どうやら双子とパーシーとロンは、同じ血を引く兄弟で純血のウィーズリー家らしい。一番下の妹だけが、まだホグワーツに入学していないんだとも聞いた。
「ウィーズリーはみーんなグリフィンドールだったんだ。ロンも選ばれて安心したよ!」
「うわっ、スゴいね。兄弟全員同じ寮って、縁起が良いんじゃない?ね、えっと……ロン?」
ドラコ以外の同年代の子と話すのは初めてだ。ハリーはロンに恐る恐るといった調子で話し掛けた。
「ロナルド・ウィーズリー。ロンでいいよ……君、ホントにハリー・ポッターなんだね……僕、さっき思わず耳を疑っちゃった」
ロンの青褪めていた頬に血の気が戻っていく。グリフィンドール以外に選ばれたら、とでも不安になっていたのかもしれない。
「ねぇ、あの傷跡って、その、あるの?今も……」
「うん、ほら、額のここに……」
興味津々な様子のロンの顔が、こうしている間にも健康的に戻っていくのを見て、ハリーは素直に前髪をかき上げて額を晒した。それを見ていたグリフィンドールの面々が、感嘆に似た声をあちこちで漏らす。
「うわーお、ちゃんとあるんだ!おったまげー!」
「こらロン、見世物じゃないんだぞ。こういう場所でそういうのは慎めよ」
パーシーが監督生らしくロンを窘める。ロンも「そりゃそうだ」といった感じで、申し訳なさそうに肩を竦めた。ハリーも自分に注がれる好奇の視線に気付き、すぐに前髪を下す。
そうこうしている間にも組分けが進んでいく。
最後の組分けを飾ったのは、Zの名を持つ「ザビニ、ブレーズ」だった。彼はスリザリンに振り分けられた。マクゴナガルが帽子と椅子を片付け始める。
スリザリン……もしも自分が否定しなければ、あそこに……
そんな思考に囚われかけたハリーを、くう、という腹の虫が邪魔をした。そういえば汽車でお菓子を口にしてから、何も食べていない。
トムとの筆談で少なからず魔力を消費している事もあり、空腹感を認識してからは途端に全身の力が萎んでいくのを感じた。
その気持ちを見透かしたかの様に、校長であるアルバス・ダンブルドアが立ち上がって晩餐の開始を告げた。半月型の眼鏡を掛けた、長い髭を蓄えた老人だ。ザ・校長といった感じが、見るだけでヒシヒシと伝わってくる。
彼の合図と共に、空だった皿に料理が一瞬でどっさり盛られる。一体どうやって食べ物が出て来たんだ、という疑問は、空腹に耐え兼ね刺激された己の食欲によって頭の隅に沈んでいった。
ハリーは初めて目にする大量の料理を、少しずつだが確実に自分の皿に取ってがっついた。ダーズリー家では満腹感など夢のまた夢だったのだ。多少みっともなくても、この食欲は今日いっぱい抑えられそうにないし抑える気は無かった。
「美味しそうですねぇ」
その声と謎の悪寒を感じ振り向くと、銀色に輝く男性が宙に浮かんでいた。少し透き通っているその体は、不完全な実体化をするトムを連想させた。そのせいか、ハリーは不思議だと思ったものの特別驚かなかった。
「ゆうれい?」
ステーキを頬張りながら尋ねると、ひだ襟服を纏った男性は自己紹介をしてくれる。
「グリフィンドール塔に住むゴーストです。私の様なゴーストが、それぞれの寮に一人ずついるのですよ。おっと、名乗るのを忘れていました……私はニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿。もう食事も出来ない身ですが、やはり美味しそうな表情を浮かべる子供達を見ると、懐かしいものですねぇ…」
食事が出来ない事を嘆きつつも、紳士的な口調で名乗ったニコラスにロンが横槍を入れる。
「ほとんど首無しニックだ!」
物騒な単語が聞こえたが気のせいだろうか。しかし、「どうしてほとんど首無しなの?」と尋ねて来た別の生徒の声によって、それが気のせいではないと思い知らされる事になった。
「つまり、こうだからですよ」
ニコラスが自分の左耳を引っ張る。するとどうだろう、頭が首から外れ、箱が開く様にパックリと割れたのだ。首の皮一枚、というより首の皮1cmのところでギリギリ繋がっているのがまた恐ろしい。見慣れている上級生は苦笑を浮かべ、新入生は声を上げて驚愕を露わにする。
どうやら切れ味の悪い斧で処刑されたお陰で、完全に切断されなかったらしい。そんな生涯を終えた人間が、よくもここまで自分の惨状を晒せるものだと新入生達は皆思った。
やはりホグワーツは不思議な事でいっぱいだ。ハリーは、広間を飛び交う様々なゴースト達の様子を楽しみながら食事に勤しんだ。
ニコラスは、スリザリンに六年連続で寮杯を取られているから、今年こそは頑張って欲しいとグリフィンドールの新入生らに激励を飛ばしていた。
スリザリンのゴーストは血みどろ男爵と呼ばれていて、名前の通り衣服が銀色の血に塗れている。マルフォイの隣に座っていて、彼は何だか寒そうにしていた。ゴーストというのは、近くにいると体感的に気温が低くなった様な錯覚をさせられるが、あの様子を見る限り錯覚じゃないのかもしれない。
お腹が膨れてくると、体は正直だ。空腹が満たされると、今度はまだ満たされていない睡眠欲が顔を出してくる。重くなってきた瞼を擦って、ハリーは眠気覚ましにと、先生達が座るテーブルの方を観察する事にした。
ハグリッドはハリーと目が合うと、飲みかけのゴブレットから口を離してサムズアップしてきた。
マクゴナガルはダンブルドアと何やら話している。校長と副校長の立場だ、学校に関する何かの話だろうか。
紫のターバンを頭に巻いた謎の先生も、別の先生と会話をしていた。
見る者に陰気な雰囲気を与える先生だ。ねっとりした黒髪に、真っ黒な長袖とマント。全身真っ黒で、「実は悪い魔法使いだ」とカミングアウトされても何もおかしくはない男が、不意に無数の生徒の中からハリーだけを見付け目を合わせてきた。
「あ、イタッ……!」
目が合った瞬間、ハリーの額が痛みを訴え出した。反射的に片手で傷を抑える。
「ハリー?どうした?」
パーシーが顔を覗き込んで来る。痛みはほんの一瞬の事で、すぐに消え去ったので「なんでもない」と返事を返した。
そういえば、トムに触れられた時もこうして傷が痛んだ記憶がある……。あの現象と、何か関係があるのだろうか?
考えても答えは出ず、むしろ痛みのお陰で良い眠気覚ましになった、と気持ちを切り替える事にした。
しばらくあの黒い先生を見ていたが、彼はもうこちらに目を向ける事はしなかった。何の先生かは分からないが、授業でいつか逢う事になるだろうか。
そう思って、ハリーはパーシーに先生について質問するのはやめた。彼ならきっと、快く答えてくれたに違いないだろうが。
やがて食事の時間が終わり、テーブルから料理が忽然と姿を消した。
ダンブルドアが立ち上がったので、生徒達が私語を打ち切る。
「新学期を迎えるに辺り、新入生に知らせておかねばならん事がある。『禁じられた森』には立ち入らぬように―――何人かの上級生にも同じ事を注意しておこう」
その言葉に、双子が互いに目配せをするのをハリーは見た。パーシーとロンの会話にも、二人は度々悪戯などで先生に叱られているとも聞いた。どうやら、学校からは問題児という認識をされているようだ。
それから、廊下で魔法を使わない事。
今学期の二週目に、クィディッチ―――魔法界のスポーツ―――の選手選抜があるので、参加希望の生徒はマダム・フーチに連絡しておく事などを告げて、最後におかしな事を注意した。
「痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下には入らぬ事じゃ」
痛い死に方を遂げてしまう場所が、何故子供達でひしめく学校内に存在するのか。
ハリーは問いたくなる気持ちを抑えていたが、それはパーシーも同じらしい。立ち入り禁止の場所がある時、必ず説明があったそうだ。こういう風に理由を伏せられるのは、彼にとっても初めてで難しい顔をしていた。
ダンブルドアは注意事項を全て伝えると、校歌斉唱を促した。
各自好きなメロディーで歌って良いそうだが、生憎ハリーの眠気でボケかけた頭では、上手い事歌うのは無理だった。歌い終えた時、歌詞など最早覚えていなかった。
ただ、全員バラバラに歌っていて、最後に葬送行進曲で歌っていた双子が残ったのは記憶に残っている。
校歌斉唱が終わると、ダンブルドアは新入生の歓迎会も終了した事を告げた。
各自、それぞれの監督生達が新入生を案内し、寝室となる寮へと連れて行く。
グリフィンドールの一年生はパーシーに続いて大広間を出た。
階段を上がったり、隠しドアを通り抜けたり、また階段を上がったり。疲労困憊の足を何とか引き摺り、遂に廊下の突き当りに辿り着いた。
そこには一枚の肖像画が掛かっていた。ドレスを着ている太った婦人の絵だ。
「合言葉は?」
なんと、絵が動いて喋った。これも魔法なのだろうか。
ゴーストが飛び回る学校だ、いちいち驚いていては身が持たない。というか、眠くて驚く気力も無い。
微妙な反応をしているハリーの前で、パーシーが婦人に向かって合言葉を唱える。
「カプート ドラコニス」
すると肖像画が開いて、丸い穴が姿を現した。そこを潜ると、ようやくグリフィンドールの談話室へと出る。円形の部屋に、ソファーの様な肘掛け椅子がたくさん設置されている。
「荷物はもう届いているから、心配はいらないよ。今日はゆっくり休んで、明日から始まる授業に備えるようにね」
パーシーがそう言って、先に一年生を部屋に続くドアへ案内する。
常識というか当然というか、部屋は男女別だった。ハリーやロンは男子寮のあるドアへ入り、螺旋階段を上っていく。
てっぺんまで上がると、天蓋付きのベッドが五つある部屋へ辿り着いた。
荷物であるトランクはベッドの傍に置かれている。ハリー達は自分のトランクがある近くのベッドに向かう。
疲れているのはハリーだけではないようで、同部屋となった4人も同じだった。皆トランクからパジャマをさっさと取り出し、すぐに就寝の準備へと取り掛かっていく。
「今日はスゴかったね。あんなに食べたの、僕初めて」
ハリーはベッドのカーテン越しにロンに言った。ロンが頷いた途端、彼の腕に抱かれているネズミがシーツに噛み付いた。
「コラ、スキャバーズやめろ!」
ロンのペットらしい。スキャバーズと呼ばれたネズミはハリーを見付けると、急に大人しくなってロンの腕に戻った。
「何だこいつ、いきなり暴れたり大人しくなったり……。家と違うから興奮してるのかも」
ロンはスキャバーズの体調管理の為か、一言「おやすみ」と告げるとカーテンを閉めて床に入った。ハリーも挨拶を返し、同じ様にカーテンを閉める。
あまり時間を置かず、他のベッドから規則正しい寝息が聞こえてきた。
ハリーはというと、疲れている筈なのに中々寝付けなかった。スキャバーズの様に、ダーズリー家とは違う環境に放り込まれて興奮しているせいかもしれない。
しょうがないので今日の報告も兼ねて、日記帳へ書き込みをする事にした。トランクから羽根ペンとインク壺を引っ張り出す。
『トム、やっと組分けが終わったよ』
"おっ、それでどうだった?"
『グリフィンドールだった』
"お、おぉ……"
何か微妙な反応を返された。
"ドラコと仲良くしてるから、僕はてっきりスリザリンに入れられるかと思ったけど……余計な心配は要らなかったみたいだな"
『スリザリンだと駄目なワケ?』
"別に駄目じゃないけど……君の両親を殺した奴の出身寮だぞ。本当に、何とも思わず、スリザリン行きは受け入れられるって言える?"
『それは……その……』
ハリーは、組分けの最中に起こったあの出来事を話そうか迷った。
突然途切れた書き込みに、トムが心中を察したのか先に問うてきた。
"……何か迷ってる?"
図星だ。文字の途切れだけでここまで気付くなんて、彼は相当目聡い。
"ハリー……何かあったね"
『何で分かるのさ?』
"だって文字が平常時より震えてるから。どうしたんだ?グリフィンドールだったからって、フォイフォイに陰口でも言われた?"
『それは絶対無かったよ。震えてるって、別にいつも通りの文字だって。何言ってんのトム』
"僕は君と違って、書き込まれた文字を目視してる訳じゃないんだよ。意識に直接入って来るんだ。細かい筆跡もばっちり筒抜けだからね?"
こうも具体的に説明されてしまっては、隠し通す事も無理だろう。ハリーは大人しく全部白状する事にした。
"ふん……ふんふん……顔が出て来て、スリザリンに行けと……"
『あれって……やっぱり変、だよね?』
"僕も知識だけで、組分けされた体験は無いけど……そんな現象が起きるなんて、聞いた事も無い。多分、君だけに起こったんだと思う"
『でも、多分他の人に言っても、信じてもらえないよね』
"うーん…………"
『それに、結局反発しちゃって、スリザリン行きは無くなったし』
"うーん…………………"
『何ウンウン唸ってんのさ』
"考えてるんじゃないか。そっちこそ情けない顔するなよ。いつもの元気はどうしたんだ?"
『今のトムは目が視えないよね』
"視えなくても分かります。どうせ今頃、便秘のメガネザルみたいな顔してるんだろ"
『あっそう。便秘で悪かったね。僕はトムみたいに、変にカッコつけて猫被ったりしないから、すみませんでした』
"僕のどこが猫被りなんだ?"
『ズルズルの猫被り人間じゃん。動物園の蛇でも、もうちょっと化けの皮脱いでるよ』
"蛇……僕を蛇だって?単細胞メガネザルの癖に"
『残念でした。今は眼鏡掛けてませーん。メガネザルじゃありませーん』
"君から眼鏡を取ったら何が残るんだよ。むしろ眼鏡が本体だろ?"
彼はハリーの迷いを紛らわせようとしたのだろうが、ハリーが土俵に乗っかり悪口の応酬に走った為、二人は傍から見れば漫才の様な筆談を繰り広げていた。
いつの間にか段々と話が脱線していき、スリザリンに行けと言う謎の顔の事もあって、今度はその寮出身のヴォルデモートの話題になっていった。
『何でヴォルデモートは死の呪いを使ったの?それが跳ね返るなんて予想外だったのは分かるけどさ。他の呪文で僕を殺そうとすれば、跳ね返されたところで、いくらかマシな生き残り方が出来たんじゃない?』
"確かに、人を殺すなら別に死の呪文じゃなくても可能だけど……。ハリー、人間っていうのは、感情で生きてるみたいなところがあるからね。憎しみとか殺意が強ければ強い程、相手を綺麗に一回で仕留めたいって思う訳だ。そういう時ってやっぱり、それに最も適した呪文を使うもんじゃないか。「野郎ぶっ殺してやる!」っていう気持ちって、行動にも表れるんだよ"
『なーるほど。流石、トムは憎まれたりするのに慣れてるね』
"そうそう。僕なんて、もうあちこちで憎まれて……ちょっとコラ、失礼じゃないかハリー"
『でもその感情の結果で返り討ちに遭うなんて、ヴォルデモートも不運だね』
"全くだ。当たるかどうかも判らない「予言」を妄信して、逆に死に掛けるなんて本末転倒だな。殺人なんてナイフ一本でも出来るんだから、殺意に任せて死の呪文なんて使わなければ、あんな事にならなかったんだ。遠くから火の呪文を飛ばして家ごと焼死させるとか、赤子を川に放り込んで溺れさせるとか、生活用水に毒を撒いて一家全滅を謀るとか、返り討ちに遭わない方法は他にもあった筈なのに"
『君ってホント、よくもまあ、過激な考えと言葉がスラスラ出てくるよね。どっちがヴォルデモートだか分かんなくなるよ。ある意味尊敬する』
"いやあ、それほどでも……コラ、コラコラ、失礼だって"
『ヴォルデモートは力を失ってから隠れてるみたいだけど、もし見付けられたら逮捕出来るのかな』
"大量の前科持ちに加えて、禁じられた呪文を人体使用してるからね。闇祓いにしょっぴかれて当然だ。そうでなくとも、僕が絶対にムショにぶち込んでやる"
『トムの場合、どう考えても捕まえる方じゃなくて、捕まる方じゃないの?』
"なんて事言うんだよハリー。何で僕が捕まったりするんだ?"
『詐欺さ、詐欺罪。本性隠して猫被って、人を信用させて懐に入り込もうっていう、典型的な詐欺師タイプじゃん。信用詐欺とかやってたんじゃないの?』
"うわっ、ハリーこそ、アズカバンにでも入ったら?"
お互い軽口を叩き合っていると、欠伸が出て来た。そろそろ限界かもしれない。
ここらで今日は寝ようかな、と考えていると、視界の端で光の粒子が弾けるのを捉えた。
いつ出て来たのか。そういえば、眠気で数分程書き込みが止まっていた気がする……。
粒子の流れをノロノロと追っていくと、カーテンの向こうに人影が立っているのが見える。まさかと思い、クタクタの体を叱咤してベッドの外へ出る。
案の定、そこには実体化したトムがおり、何かの本に目を通しているところだった。ハリーのトランクが、いつの間にか開いている。恐らくここから取り出したのだろう。彼は物に触れられない筈だが……
「トム……何、ふわぁぁぁ……してる、の?」
再び欠伸をかましながらも、ハリーは同部屋の子達を起こさない様小声で尋ねた。こんなところを見られたら、一体どうするつもりなのだろうか。
『今は皆寝てるだろ。僕が居たって、誰も気付かないさ』
「ふわぁーん、だからって、ふわわわ……大胆過ぎるんじゃ、ふわぁ……あー、眠い。ふわーあ」
『ハリー、人と話す時は欠伸をし終わってからにしてくれる?』
「何の本読んでるの……?また魔法史?」
『生き抜くための叡智が詰まった書物さ』
「生き抜く?え、もしかして、ヴォルデモートと戦う為の呪文集、とか?」
好奇心を刺激する単語に、眠気に支配されかけた頭が冴えてくる。
『むむぅ…………しかし、謎だ。この僕でも解読出来ない物があるとは……うーん、謎だなぁ』
「だよね、だよね。魔法界って、謎だらけだよね」
『本当に解らない。何でマグル界の株価の暴落に対して、魔法省は手を打ってないんだ。マグルの通貨を魔法界用に両替出来るシステムがあるのに。マグル生まれの魔法使いの金銭事情は、知ったこっちゃ無いってか。全く何を考えているのやら』
「はぁ?」
『やっぱり、魔法界の銀行がグリンゴッツしか無いのは痛いよな。うーん、何でここまで放って置いたのかが謎だ』
「トム、君は何の話をしてるの?」
尋ねながら、トムが読んでいる本の表紙をチラリと見てみる。
『魔法界の為替相場―――近代における経済情報』という、何とも難解そうなお堅いタイトルが自己主張していた。
そういえば、ダイアゴン横丁の書店であんなのも買った気がする。あの時は、とにかく魔法界に関する本をかっ込んでいたから、あんな難しい物も入っていたなんて気にも留めなかった。
それを、彼は杖を振るってページを次々捲っている。直接触れられないから、この方法で読んでいるのだろう。トランクもああやったのかもしれない。
これだけでも貴重な魔力を消費するから、彼は今までやらなかったのだ。今やっているという事は、余程重要な事なのか?
しかし何と言うか……捲るペースが速い。あれで内容が頭に入っているらしいから不思議だ。
魔法界も色々と謎だらけだが、彼のスペックも本当に謎である。
割と何でも出来る雰囲気を感じさせておきながら、「あれ」を前にすると酷く弱体化するし、変なところで抜けているし、ふとした瞬間に子供っぽい発言をかますし。その名前が示す通り、彼は実に
『株だけど、株。これで一儲け出来ないかなって考えてるんだよ。僕が実体化出来た暁には、生身の人間と同じ状態になるかもしれないだろ。衣食住を確保しなきゃいけない可能性もあるし、資金に関しての備えは大事だ。どう?ハリー、一口乗らない?まだグリンゴッツに貯金残ってたろ』
「あ、え、いや……確かに、衣食住は大事かもしれないけど、君、その歳で株って、」
『遠慮しなくて良いさ。僕に預けてくれたら、半年後には倍にして返してあげるよ、ふふふ』
ハリーは躊躇なくパーでトムの後ろ頭を軽く叩いた。彼にこうして触れられるのは、今のところ自分だけの特権である。パシッとやけに良い音が響いた。
『いてッ、何するんだよいきなり』
「もう、どっかの悪徳事業家みたいな真似しないでよ、この詐欺師。株って、子供がズブズブに手を出すもんじゃないでしょ。バーノンおじさんだって、浅く広くやってたのに」
『ふん、お生憎、僕はその辺の何も出来ないお子様と違うんでね。自分独りで生きてきたんだ。大人に頼るなんて情けない事はしない。こういうので収入を得てたんだよ』
「はっ?収入って……。君、親が居たんじゃないの?」
『居たけど、引き籠ってからはちゃんと自分の力で金銭のやりくりしてたからね。親のすねかじりなんてゴメンだったからさ。親の名義を借りて、こう、株とか色々と……』
「はぁ………君の世界って、未成年でも稼げたワケ?」
『まあね。株以外でも、ネット記事とかサイト運営の広告費で食ってる人間も居たし。家から一歩も出ないで稼ぐ事が出来るのさ。魔法界じゃ想像もつかないだろうね、こういう文化は』
軽い調子で語っているが、ハリーはその言葉の端々から、断固とした意志の響きがあるのを感じ取った。
保護なんか受けない。同情も要らない。自分は独りで構わない。生きていく事に関して、他人には頼らない。甘えない。
それは彼の意地だった。
大人の庇護下でぬくぬくと過ごしていくより、独りで自分の思うままに生きてみせる。
その意地を、この世界でも彼は恐らく貫くだろう。
意地っ張り。
彼の性格を悪く言うのは容易だったが、ハリーはそういう面も彼の一部として、何となく嫌いになれなかった。自分には真似出来ない強い生き方だと思う。
ただ、親の助け無しで生活するなど、環境が環境とはいえ逞し過ぎやしないか。
自分の意志で閉じ籠り、外界との繋がりを断ち、大人の援助も受けず生きていく。
確かに、それは誰にも迷惑を掛けてはいないのだが、子供が送るにはどうかと思う人生だと思う。
それを簡単に言ってのける彼は、気にしていないというのだろうか。強がっているのだろうか。
表情を観察していても、彼の心情は全く読み取れない。何だかそれが、酷く哀しかった。
……彼はまだ、その身に抱える闇の全てを、自分に見せてはいないのだ。
その事実だけが、はっきりとハリーの脳内に浸透していく。
「でもでも、独りでなんて大変でしょ。誰かの手を借りるぐらいの甘えは、したって良かったんじゃない?」
『必要無い。自分独りでやるのに慣れている。いつでも独りで生きてきたんだ。だから―――』
不意に、言葉が途中で止まる。
一体どうしたのか、彼は自分でも不思議そうに両目を瞬かせている。それは、己の言葉に何かしらの疑問を抱いている様子にも見えた。
彼は一瞬だけ眉を寄せたかと思えば、場を濁す様に話題を打ち切った。
『ま……お金に関しちゃ、急ぐ必要は無かったか。ハリーの教育にも悪いし。明日は記念すべき初授業、だろ?早い内に寝よう』
経済の本を杖の一振りで閉じると、続いて横薙ぎに振るった。閉じられた本がハリーのトランクへと向かい、その中にポトリと落ちる。次いでトランクもガチャリと閉まった。
『今日は遅いし、ここで解散。僕も地味に魔力使ったし、もう戻るよ。おやすみハリー』
「あ、うん……。おやすみ、トム」
その言葉を最後に、彼は一瞬の内に姿を消した。日記帳に戻ったのだ。
ハリーはしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。開けっ放しのカーテンの向こうにある、ベッド上の日記帳を見つめる。
「……トム、ホントに戻ってる?」
日記帳は閉じられ、沈黙したままだ。
「まさか、狐寝入りじゃないよね。君、騙すの得意だけど毒も持ってそうな辺り、どっちかって言うと狐じゃなくて蛇だもんね。トム?トムのバカ、アホ、詐欺師、イジワル蛇男」
連続で悪口を放ってから、ハリーは日記帳を見つめる。勝手に開く事も、文字が浮かんでくる事もなかった。完全無反応である。
日記状態の彼は、ページに書き込まれる文字や垂らされるインクでしか反応が出来ないので、当然の事だ。
それを解っていても、ハリーは何だか説明し難い虚無感を味わっていた。何でもいいから、最後に憎まれ口の一つでも叩いて欲しかった、と思ったのだ。
どうしてこんな事を考えているのか、自分でも解らなかった。別に、ベッドに潜って朝を待てば、明日もまたそこに居るのに。
どうにも晴れない己の心に無理やり蓋をして、ハリーは滑り込む様にベッドに入った。そのままの勢いで布団を頭まで被って、両目を閉じる。誰にも見られる事のないよう、日記を両腕に抱え込む。
このモヤモヤを抱えたままだと上手く寝付けないと思っていたのだが、汽車による初めての長距離移動と、入学式での緊張と興奮のせいか、体は肉体的にも精神的にも疲労を溜め込んでいたらしい。ハリーは、闇の沼にゆっくり引きずり込まれる様な感覚と共に、夢の中へと誘われていった。
ハリーはその夜、奇妙で不可思議な夢を見た。
知らない街に、一人ポツンと取り残されている夢だ。
ダーズリー家のある、プリベット通りから碌に出た事の無い自分にとって、知らない街並みが夢に出てくるなどあり得ないと思った。記憶に無い街が、妙にリアルに存在しているのは奇妙としか言いようが無い。
その街は、ハリーが知っている光景や想像出来る範囲からは、どうも離れていた。全体的に古めかしいのだ。建物もそうだが、通り過ぎゆく人達の格好も、何となく古臭いと感じた。
体感的には、一昔前にタイムスリップでもしたみたいだった。今も目の前を、牛乳を運ぶ馬車が横切っている。馬なんて見た事も無い筈なのに。
次に正面を見上げてみると、高い柵に囲まれた建物が見えた。ぱっと見た感じだと、何だか陰気臭い。遠くからでも、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。牢獄か何かの施設かもしれないと、頭の中で呟いた。
それでも、ハリーの足はいつの間にか、そちらへひとりでに動いていた。歩道を悠々と、他者の存在を気にせず歩いていく。
道行く他の歩行者とぶつかりそうになるが、これまた不思議な事に、ハリーの体は彼らと触れる事は無かった。
正確に言うと、すり抜けてしまったのだ。まるで霧の様に、自分が接触する寸前に、歩行者達はその姿を消してしまう。
霧人間と化した街の住人達の傍を通り過ぎ、ハリーはズンズンと柵の向こうの建物へ向かった。
恐怖感は一切無い。心のどこかで、どうせ夢だと自覚しているから、かもしれない……。
鉄の門を潜り抜け、中庭らしき場所へ出る。正面に見える石段の上に、建物の入口であろうドアがあった。
……そのドアの手前に、誰かがこちらを向いて立っている。影になっていて良く見えない。
男の人?女の人?
疑問が浮かぶが、判断がつかない。建物ははっきり見えるのに、いくら目を凝らしてもその影は黒いままだった。
「誰?あなたは、誰―――?」
問い掛けてみる。何故か、そうせざるを得なかった。自分は、この人の事を知らなければいけないと、義務感にも似た何かに突き動かされていた。
怖くはない。不気味だとも感じない。
ただ、何者なのか教えて欲しいと思う。どうか……
そう念じながら立ち止まっていると、不意に影が揺らめいた。一瞬だけ、輪郭がくっきり見えた気がした。
どうも背丈が低いように感じる……これは、子供?
黒い影の子供らしき存在が、こちらへ近付いてくる。影の塊が小さく上下している動きから考えると、恐らくは歩いているのだろう。しかし、やはり表面に塗りたくられた様な黒い影に邪魔されて、その姿の詳細を捉える事は出来なかった。
やがて、自分から1メートル先程の距離で、影は止まった。そして、すっと手が差し伸べられる。何の前触れも無く、唐突に。
伸びきったその腕に、空からの光が当たった。闇を許さぬかの様な鋭い光が、影を切り裂きその内側を暴く。
「ひっ―――」
喉の奥から悲鳴が上がった。
その腕は―――皮を無理やり剥がしたかの様に、ザラザラと生々しかった。
肌の表面は恐ろしい程赤黒い。脂肪や筋肉を、根こそぎ抜き取られてしまったかの如く痩せ細っていて、骨の形が分かる程だ。ダーズリー家でまともに食事を取れなかった自分でも、ここまでなった事は無い。
光が当たって影が晴れているのは腕だけなので、全身がどうなっているかは想像もつかない。ただ、腕だけでこんなにも酷い惨状を晒しているのだ。この影が、健康的な体を持っているとは到底思えない。
生まれたばかりの赤子を、食事も何も与えずに放置したらこうなるのだろうか―――という考えが過ぎる程、余りにも未熟で醜く、貧相極まりない体の一部を持つ『影』。
目の前の『影』が、人間の形をして、生きて、動いて、こうして手を差し出している現状が、理解出来ない―――
それほどまでに、『死』を強く感じさせる『何か』を内包している。
思わず影が伸ばしている手から視線を外すと、別の存在を視界が捉えた。
さっきまで居なかった『それ』は、影の斜め後方辺りに立っていた。
ハリーと子供らしき影の様子を見守るかの様に、少し離れた場所で両者に視線を送っている。
『それ』は最初の影よりも、随分とはっきりその姿を認識出来た。全身を影に覆われていない。これなら分かる。
―――人間だ。ちゃんとした、人間だった。
黒髪の、整った顔立ちの青年が、こちらをじっと見ている。
黒いローブを身に纏っていて、それが背後の建物の陰気臭い雰囲気と、絶妙にマッチしていた。我ながら失礼な感想だと思ったが、残念ながらこれくらいしか出て来なかったのである。
彼の瞳は仄暗い。どことなく光を失ってしまったかの様にも見えた。しかしそこには、離れていても痛いぐらい伝わってくる程の、憐憫の情を秘めている。
どうして、あんなにも哀しい目で見つめてくるのだろう。
ハリーは、まず第一にそう思った。
あの人とはどこかで逢った気がする。でも、一体どこで―――?
何だか無性に問い質したくなって、無意識に後退っていた足を、差し出された手の方に。少し遠くにいる青年の方に。
一歩動かそうとしたその時―――
「あッ―――!?」
足を、何かに掴まれた。
ガクリと体が沈む。慌てて後ろを振り向くと、
「うわぁぁぁッッッ!!」
情けないと分かっていても、声を上げずにはいられなかった。
骸骨の様に白い顔、切れ長の真っ赤な目、蛇の如く平らな鼻。
それらを併せ持った『化け物』が、地面から土竜の様に頭だけ出して、その白く細長い五指でハリーの足首を掴んでいた。
射殺さんばかりの真紅の瞳が真っ直ぐに、ハリーの恐怖に塗れた顔へ注がれている。口元は何かを叫んでいるのか、裂けるんじゃないかと思わせる程大きく開いていた。自分の絶叫で、『化け物』が何を言っているのか聞き取れない。
助けを求めて再び正面へ顔を戻すと、もうそこにあの『影』はいなかった。どういう訳か、完全に姿を消してしまっている。
しかしただ一人、青年だけはこの場に留まってくれていた。心底不快だと言いたげな目付きで、ハリーを地面に引きずり込もうとしている『化け物』を黙って見ていた。
ハリーは恥も外聞も無く、青年へ向かってがむしゃらに叫んだ。もうこれ以上、1秒でも長く『化け物』に触れられていたくない。
「助けてッ助け―――!!」
だが、それを『化け物』は許さなかった。
頭だけでなく上半身も地面から出して、もう片方の手を伸ばしハリーの首を絞め始めたのだ。呼吸と発声を担う部位を襲った圧迫感に、言葉が途切れる。
足を掴んでいた手は胴体に回され、最早逃げ出す事は不可能だった。闇雲に体を捻ろうとしても、一向に拘束は緩まない。
こうして無駄な抵抗している間にも、首の骨をへし折らんばかりの握力が、ハリーの呼吸を遮り刻一刻とその命を葬ろうとしてくる。
『化け物』の腕の中に完全に閉じ込められたハリーは気付かなかった。
『化け物』はハリーを殺そうとしながらも、同時に正面の青年にも殺意に満ちた視線を向けていた。赤い瞳が、同じ様に睨み返す青年を映す。
「………………」
青年は動かない。ただ、ハリーを拘束する『化け物』を忌々し気に睨んでいた。
まるで、自分にはどうする事も出来ないと悟っているかの様だ。
ハリーが涙混じりの瞳を、助けを請う視線を送っても、青年は終ぞ一歩たりとも動く事はなかった。
それでも。
死に瀕したハリーを見兼ねたのか、絞り出す様な声色で言葉を放った。
「―――助けてはあげられない」
その言葉を耳にして、失いかけたハリーの意識が僅かに戻る。
それは残酷な宣言の筈だったのに、続く言葉を聞き洩らしてはいけないと何故か必死にさせた。
「君を助けるのは、"
直後に、ぐにゃりと目の前の景色が歪み始めた。意識すらも闇の中に溺れていく。
夢から解放されるその寸前。
ハリーの目に焼き付いていたのは、憐れむ様な瞳と悔しげな表情を浮かべている青年だった。
翌朝、目覚めた時。
ハリーはその夢を全く覚えてはいなかった。
本編でハリーは「狐寝入り」と言っていますが、英語圏だとどうやら
日本語で言う「狸寝入り」を「狐寝入り」と表現するらしいので、そうしています。
『原作ハリー』って割と、気に入らない奴を平気で罵倒したり、他人の容姿を悪く表現したり、結構ビシビシと思った事ぶっちゃけるタイプなんですよね。
ダドリーを「豚がカツラ付けたみたい」とか、ヘプジバを「お綺麗からは程遠かった」とか表現してるし(この辺読んだ時リアルで笑いましたw)
それらを取り入れた結果、『対トム君特化型ツッコミ少年』となりましたとさ。
早い内に会話相手と逢えた影響を考えて、原作よりかはちょっとマイルドなツッコミキャラにしました。
トム君が『賢者の石』開始前に居なかったら、ダーズリー家でのぼっち虐待生活が続いてて、原作通りキツめのぶっちゃけキャラになってたんじゃないかな。
「朱に交われば赤くなる」と言いますから、ちょっとした出来事で性格や言動が変わるのはあり得そう。
交わった結果、"その性格や言動"に
……いえ、別に誰が、とは言いませんが。
馴染む事は、悪い事じゃありませんしね。
それに囚われ過ぎず、『自分』を見失わなければ良いだけですから。
人間は『自分』の『本心』すら良く解っていなかったりするので、簡単ではないですけども。
次回は授業とか色々出来れば良いなぁ。