トム君(中の人)が出演してて笑う
ちなみに今作品のトム君は、映画通り『秘密の部屋』の
石田リドルだと思って頂いて問題ありません
ただいま、生誕の地よ。
『秘密の部屋』の入口が隠された、ホグワーツ3階の女子トイレにて、頭の中だけで呟いた。
『50年経ってもほとんどお変わりなしって、どんな建築技術なんだか……匠の技ってヤツ?』
今でも鮮明に思い出せる。
この世界にやって来る羽目になった、あの出来事。
湿気と陰気に満ちた空間、物言わぬ死体となった少女、歓喜に震える青年、全身を駆け巡った激痛―――。
あの時と違って、現在は死体など無い。当たり前だ。とっくの昔に少女の遺体は葬儀の為に運び去られている。そして彼女はゴーストとなって、今もこの地を彷徨っている筈、なのだが。
トイレ中を見回しても、ゴーストどころか人っ子一人居ない。彼女が棲んでいるトイレなので、利用者がほとんどいないのも納得はいく。誰だって、用を足す場所にゴーストが陣取っていたらやりにくいだろう。だが、その彼女自身も今はお留守のようだった。
彼女は原作でも浴室とかにお邪魔していたし、ある程度は自由に校内を飛び回っているに違いない。
ちょっと残念だ。50年ぶりの挨拶も兼ねてここに来たのに。
まあ居ないモノは仕方ない。
それに、彼女の前で
トイレの入り口付近と、トイレ内に誰も居ない事を個室の一つ一つに至るまで念入りに確認してから、奥へと入って行く。ハリーやマートルならまだしも、彼ら以外に目撃される訳にはいかない。
あの時のヴォルデモートも同じ気分だったのだろうか。もしも誰かに見られたら―――とかビクビクしていた時期もあったのだろうか。
そう考えたら、何だか胸中のモヤモヤが晴れていく気がした。ざまあみろ。
まああいつの事だろうから、そんな恐怖など微塵も感じていなかったかもしれないが。結局、在学中は終ぞ自分が犯人だとバレる事なく、完全犯罪を成し遂げたのだから。
それでも、あいつにだって無様な面もあったと想像したい気持ちは止められない。ていうか想像させろ。
人間だもの、誰だってみっともない姿の一つや二つ、晒した事があるに決まってる。晒せよ、おい。
【どうしてそんなに嫌っているんだい?】
『はい出た、ナチュラル読心野郎。最近音沙汰無かったから、てっきり自然消滅したかと思いたかったけど……お前みたいな奴に限ってしぶとく残るんだよな』
善良な人間は早死にし、消えて欲しい奴は何故か長生きする。
これは本当に世界の七不思議の一つに数えても良いと思います。バミューダトライアングル?知らんなぁ…。
『お前が絡んでくると本当にイライラして……って、おい、コラ?』
【何かな?】
こいつがしゃしゃり出てくると、いつも謎の苛立ちが心を満たしてくる。
ふと思い付いた疑問への答え合わせとして、問うてみる。素直に答える奴じゃないと解っているから、適当な感じで。
『お前のせいじゃないのか、このイライラ』
そう指摘した瞬間、胸中に渦巻く説明し難い不快感というヤツが、雨水で流れゆく泥の様に霧散した……気がする。
いつもならすぐ返って来る返答も、数秒間しっかり沈黙を保ってやがった。
……これはもう、肯定しているも同然だろう。
『……言い訳があるなら訊こうか』
【……君がこちらの話に耳を傾けてくれるのは珍しいね】
『傾けてるんじゃない、これは一方的な尋問なんだよ、解る?お前は自分に都合の良い解釈しかしない主義なの?とんだおめでた頭だな』
【相変わらずつれないなぁ…。まあ自力で気付いた事を讃えて、大人しく白状しようじゃないか。そうだよ。君の『それ』、半分程はこちらのせいさ。こちらが行っている精神干渉の影響を受けて、君の魂が抵抗に成功している結果、不快感として表れているってところだね】
こいつ、サラっととんでもない事暴露しやがった!!!
精神干渉?つまり自分はずっと、こいつに精神汚染されかけてたって事?
こいつと対応してる時、何か機嫌が悪くなるのはそういう理由もあったん?
えっ、ちょっと初耳。ぶっ飛ばすぞコラァ!!
『もう半分は何になる訳?』
【それは……多分、単純に、君自身がこちらに苛立ってるだけだと思うけど】
『あっそう』
【否定はしないんだね……】
『否定してもらえると思ってる時点で、本当におめでたい奴だな』
くっそう、めっちゃ腹立つ。いや、これもあいつの影響を受けていた訳で……いや、半分は自分自身の感情でもあって……あれ?何が何だか解らなくなってきた。とにかく腹立つ!クソが!
こいつの表情さえ目にすれば、
お…落ち着け。自分は大人だ、大人なのだ。大人の対応をするのだ。
もうあれから50年も経っているのだから。精神的にも成熟している筈なのだ。え?してない?誰だそこ、アバダすんぞ。あっ、冗談ね。
前世だって18にもなってたんだから、もう大人の仲間入り寸前だったのだ。
あれ、今のこの魂は16歳なんだっけ?マジ?この世界だと、年齢退行しちゃってる訳?
うっそー、何が悲しくて2歳分戻されなきゃいけないの?2年って短いようで長いよ?
そこのあなた、今から2年間独房に入れと言われて平然と頷けますか?嫌でしょ?そういう事よ。2年でも馬鹿にしちゃいけないの。分かる?
ん?年齢退行……どっかでそんな奴と逢った気が……。
まあ、いい。
精神干渉して何をする気だったのか、小一時間程問い詰めたいところだが。
こいつにホイホイ回答を求める程、馬鹿じゃないのだ。どんなに情報が欲しくてもがっついてはいけない。特にこういう詐欺に通じてそうな奴には。あ?特大ブーメラン?何の事?
だから今まで自分は、細心の注意を払って最低限の事しか質問しなかった。与えられる情報が全て真実とは限らないしね。まあ今の情報には、嘘は混じっていなさそうだったけれど。
本当に、こいつの目的が見えなさ過ぎる。
今の情報から考えて、本気になればもっと手っ取り早く精神汚染する事も出来るんじゃないかと思うのに、それをしてくる様子は無い。なんかイライラするのは、あいつが語ってる時だけだったし。
自分の予想が外れている可能性もあるがね。
……よし、切り替え切り替え。
今の自分の目的は『秘密の部屋』への入室だ。それ以外の思考は切り捨てる。
別にホグワーツに居る間なら、タイミングはいつでも良かったんだけど。
開くついでにマートルにも会おうかなと思って、今日やって来ただけ。
『賢者の石』編真っ最中の今の時期、無理して『秘密の部屋』に入る必要性は無いが、折角ここまで来たんだ。時間を無駄にしない為にも、一応開いておこう。
えーと、どうやって開くんだっけか……。思い出すからちょっと待って……。
【
こいつ、何か正体隠す気マジでゼロだよね。
こういう時だけ自分から助言してるし、マジで何なの。
『蛇語で唱えるなら誰でも良いって訳にはいかないだろ。お前みたいな、邪悪、不気味、陰険なんて声してたら、自動ドアでも開かないさ』
【君にそういう事を言われるのは心外だなぁ】
はぁ。蛇語の話し方なんて存ぜぬが、まあ物は試しだ。
この体で50年も過ごしているのだ。とっくに馴染んでしまっているし、この身に備わったスキルならそんなに苦労せず使いこなせると…思う。
だがその前に。
『ちょっと今から盛大な独り言、言うね。そう、これは独り言だから』
【―――?】
一つ、大きく息を吸い込んで、
『―――あぁ、本当にバカバカしいよな。「穢れた血」の排除だか淘汰だか知らないけど、そんな面倒な仕事やりたがった誰かさんさぁ。崇高な仕事とか認識はしてる癖して、自分で手は下さなかった手抜きさん。やりたくてたまらないのに、一人殺しただけで自分の仕業だって露見するのを怖がって、手の平返した様に仕事放り出したんだもんな。偉大なる?スリザリン様も草葉の陰で泣いてるだろうね、さぞかし。それで何だっけ?騒ぎを収めれば学校に残れるからって、スケープゴートをとっ捕まえて壮大なマッチポンプってか。あぁアホらしい。そんなに学校から締め出されるのが嫌なら、最初からやるなって話。で、やりかけた仕事の引継ぎを、自分の分身に押し付けてトンズラか。間抜け過ぎて欠伸が出るな。
ふうっと息を吐く。鏡も無いので自分の表情は確認出来ないが、多分、してやったりのドヤ顔を浮かべているんじゃないだろうか。
一方、相手はしばらく反応を返してくる事は無かった。
今のを聞き流したか、無反応を貫くつもりか―――
不意に、ズグンと、眼窩の奥を熱が燈った感覚が襲った。
熱い。火傷してしまうんじゃないかと錯覚するぐらい、両眼が尋常じゃない高熱に呑まれる。
思わず呻いて瞼を固く閉じる。その上を片手で更に覆うと、確かな熱が五指に伝わってくる。今まで、体温という概念の無かった筈のこの身の一部が、熱を帯びているのだ。
痛みは無い。ただ圧倒的な熱量を、両眼が放出している。確認すら出来ないが、何となく理解した。
―――きっと今、己の双眸は、鮮血の様に濃厚な赤に染まっているのだろう。
どうしてこのような現象が起きているのか。
心当たりなどとうについている。
これは、この熱の発生源は、
【……君は性格が悪いと言われた事があるだろう?】
『僕だって、
数秒後に掛けられた念話に、先程の独り言と変わらないトーンで応じた。
途端に、眼球に冷や水を浴びせられたかの様に、熱が引いていくのを感じる。熱さを訴えていた手の平から、温度というものが消え失せる。元の冷たい体に逆戻りだ。
―――あれは怒りなのだろうか。
人は、己の心の内を暴かれると怒りに支配されるものだ。自分だってそうだ。実際、50年前に同じ事をやられたのだから。
これは、ただの意趣返し。
のつもりだったが、思わぬ収穫を得てしまったようだ。『情報』という名の、棚から牡丹餅の如き収穫。
それを気取られぬ様、湧いてくる感情を押し潰して呟いてみた。
『……僕の事、殺したいとでも思った?』
自然と嘲笑が零れる。別に煽る気は無かったが、こいつの前だと自然とこうなってしまうのが己の性らしい。
対して、返って来た言葉からは、嘘の様に平静しか感じ取れなかった。
【そんな訳ないだろう?】
頭の中に響く声は、相も変わらず聴覚で認識している訳ではないので、そこに込められた感情を探るのは困難だ。
それでも、集中して脳内で拾ってみれば、僅かでも感知する事が出来た時もあった。
だが今は、「動揺も激情も感じられない」。全く持って平静で平坦な声色であると、己の脳が理解を示している。
【君が、今までもこれからも―――何を言おうと、どう行動しようと、君を害する様な心算は無いよ】
断言だった。
確固たる響きがあった。
同時に、意図してかそうでないか―――確実な『情報』を漏らしていた。
(その気になれば、
心のどこかで、50年前から予想していた事だった。
こいつは、こうして語り掛けて来たり、心を覗こうとしてくる以外にも、何か出来るんじゃないかと。
現にさっきも―――
予想が当たったという収穫を、素直に喜ぶべきか否か……。
とりあえずそれは保留する事にした。今は別件に集中しなければならない。
切り替えが得意な人間で良かったと、心底思う。
決して後回しでも、気付いていないフリでもない。うん、そう。そういう事にしといて。
本音を言うと、当たって欲しくない事が当たったからもう何も考えたくない(切実)
『あぁそうですか。随分有り難い宣言ですね。僕だったら、平気でお前なんか―――』
いつもの軽い調子で煽ってやろうかと思ったが、続けようとした言葉が何故か出て来ない。途中で止まる。
……あれ?今、どんな言葉を続けようとした?
その言葉を口にするのは違うと、自分の中の何かが訴えている。思考が乱される。
【―――平気で?何だと言うのかな?】
『………………別に、何でも無い』
【うーん?言い掛けて止めるのは珍しいじゃないか。気になるけれど、……まあ追及しないでおくよ】
こっちの性格を解っているからか、向こうはそれ以上続きを促す事は無かった。
そうだ。こいつなんかに関する事で時間を取られたくない。下らない事に集中してないで、今は当初の目的を果たすべきだ。
『秘密の部屋』―――図らずも、『物語』通りに分霊たる自分が開く。
そうしようとして、蛇口の脇にある蛇の彫り物の所まで歩み寄ろうとした時―――
『トムーう!!!』
頭の中で、第三者の言葉が文字となって刻まれ、キンキンと響いた。
こんな現象を起こせるのはたった一人だけだ。
ため息を吐いてこめかみを押さえながら、返事となる言葉を思い浮かべて『向こう』に飛ばした。
"うるさいよハリー!だから感情を込めて大文字書くなって言っただろ!君にとっちゃ、ただ白紙にペンを走らせてるだけなんだろうけどね、こっちは響くの、意識に!日記帳は僕の魂その物なんだよ、もっと丁重に扱ってくれる?このメガネザル!"
湧き立つ苛立ちを隠そうとせず、迸る怒りを乗せて文字を送る。
『同居人』の存在に悩まされるこの日記生の中で、彼の前なら惜しみなく本心を晒せるのが、本当に救いだ。
こうして日記帳から離れ実体化していても、書き込まれた文字は自分の意識に送られる。自分もまた、日記帳に文字を浮かばせる事が出来るのだ。
現代風……いや、マグル風に表現するならば、所謂『メールの送受信』が常に可能な状態、という訳だ。
単なるメールとの相違点は、日記帳は魂を封じた分霊箱であり、それに文字を書くという事は「魂に文字と、そこに込めた感情を直接刻み込む」のと同義である。
当然、書き込まれる魂の方は文字に込められた感情や、文字を書く際の力み具合等の影響をモロに受ける。『触覚』に至っては意図的に閉ざす事も可能だが、今は開いていた為、乱暴に文字を書かれる感覚がダイレクトで意識を揺さぶってくる。
原作の分霊はこの性質を利用して、日記帳の持ち主から注がれる感情を喰らって魂にも接触し、実体化を企んでいた。しかしその必要は自分には無い。そもそもハリーは有りのままの本心を文字に乗せて来るし、自身もヴォルデモートが遺した余剰魔力をしっかり貯蓄しているのだ。完全な実体化には程遠いが、とりあえず行動するには十分な状態だ。
『だって緊急事態なんだもん。丁寧に書いてる暇も無かったし、許してよ』
返事の主であるハリーが、少々悪びれた様子で、今度は平均サイズの文字で書き込んでくる。そこから伝わって来る感情は、確かに焦燥を秘めているようだ。
仕方が無いので話に応じる事にする。
"緊急事態だって?誰かが隠れて蜘蛛を飼ってたとか、女子トイレで死体が発見されたとか、教師の後頭部に顔が付いてたとかか?"
『バカにしないで聞いてね』
"内容によります"
『その、道に迷っちゃって……授業に遅刻しそうで、道案内してもらおうかと』
"はぁ???"
思わず現実でも実際に言葉に出しそうになる。
確かに、この学校は広いし、階段は動くし、条件を満たさないと開いてくれない扉はあるしで、普通の学校よりかは目的地に辿り着くのが困難な構造をしている。
だからって、人の意識を揺さぶっといて、用件はそんな事か……。
"上級生に道ぐらい教えてもらわなかった訳?"
『あ、そういえば、そうすれば良かった。忘れてた』
〈……腹が減ったぞ―――こんなに長ぁい間……〉
"頭悪いね、ホント"
『トムの性格ほど悪くないもん』
〈殺してやる……殺す時が来た……〉
"残念ながらその言葉は今は禁句だよ。よし決めた。一番お腹空いたタイミングで
『それだけはやめてくれる』
〈継承者様よ……開放と粛清を……!私の部屋へ御出で下さい……穢れた存在を今こそ八つ裂きに……〉
〈うるっさいなこのボケが!!!人が筆談してる時は黙ってるのがマナーだろうが!八つ裂きが何だって?返り討ちにしてやろうかァ!!〉
先程から聞こえてくる、人の集中力を搔き乱す様な謎の冷たい声に向かって全力で叫ぶ。
叫んだつもり、だったのだが、気のせいだろうか。自分の口から出て来たのは、言葉ではなく奇妙な息遣いだったような……。
はっと我に返った時には、いつの間にかトイレは元通り静寂に包まれていた。
『トム?返事見えてる?』
"えっ?あ、あぁ……ちゃんと感知してるよ"
ハリーの書き込みで、沸騰していた激情が急速に遠のいていく。彼の、こちらを心配している感情が文字と共に流れ込んで来るからだ。
周囲を見渡して、誰一人いない事を確認する。
もう、何も聴こえない。そもそもあれは女子の声ですら無かったと思う。
―――よし、幻聴だな。
そう結論付け、実体化を解除する事にした。
ハリーが日記帳を手元に持ってさえいてくれれば、一旦実体化を解除して日記に帰還し、再び実体化を行えばすぐにハリーの傍に瞬間移動が出来る。
少し手間だけど、さっさと道案内してやろう。勿論、誰にも目撃されないよう、スマートに。
周囲に誰もいないか探るのは前世からの得意技術だ。ダンブルドアにさえバレずに校内を動ける自信がある。
まあ、少し遠目に見られたぐらいだったら、「通りすがりのスリザリン上級生A」のフリをしてれば、大丈夫だと思いたいけど。
これは面倒なのだが、実体化する時の魔力配分を調節し直せば、50年前と同じ様に疑似的な透明人間状態に一応戻れる。
いやでも、本当に面倒なので、例え効率的でもやりたくない。
何食わぬ顔で実体化してたけど、実体化時の魔力配分を設定するのって、すんごいめんどいの。
今はヴォルデモートの余剰魔力と、ハリーが注いだ魔力を、それぞれ良い感じに合成した配分に設定しているままだ。これを弄るのは、ゲームのお気に入りのセーブデータを消去するのと同義。手を出しにくいの、きっと伝わるよね。
しかも、セーブデータをコピーして取っておくなんて都合の良い事、出来ないし。一度弄って、もし調節に失敗した時はパソコンみたいに「元に戻る」ボタンとか無いから。やりたくない。
さて、じゃあいっちょ、ハリーの道案内を担当するとしましょうか。
――――――――――――――――――――――――――――――――
『確かに、迷うなこれは』
「でしょでしょ。授業を受ける前からクタクタになっちゃうよ」
人の気配の無い廊下で、二人は並んで歩いていた。
他の生徒は用事が無いのか、今この時間、教師さえもこの場に立ち入ってはいなかった。
ハリーは防犯上、日記帳を常に持ち歩いている事もあり、教室への移動時はなるべく一人で行動しようとしているらしい。
確かにそれだと、何かあった時実体化したところで周りに目撃される危険性は減るが、一人で行動しているからこそ迷子になるのではないか。
トムはそう思ったが、一理あるっちゃあるので突っ込まない。
『こういう迷いそうな場所、例えば森の中だと、オカリナの音色辿っていけば正解の道だったりするんだけどなぁ……』
「音色?」
『待てよ……音色……楽器……何か忘れてるような……』
楽器が奏でる音色、その心地よい音楽で、眠りに落ちる怪物。
一連の記憶が甦る。数秒後、電流の様に衝撃が走った。
『そうだ、「賢者の石」!!』
「ちょっ、声が大きいよ、トム」
慌てるハリーを無視してトムはその手をふん掴み、教室とは違う方向へ引っ張っていく。
目的地とするのは、立ち入り禁止と警告された廊下がある四階。
「あっ、ト、トム、何すんの。人気の無いとこに連れて行って……まっまさか君、ダドリーだけじゃなくて、僕のコトまで襲う気?そっそんな趣味は無いからね」
『アホか。君みたいなメガネザル襲って、僕に何の得があるんだよ。そんな事よりもハリー、前に話した事覚えてるだろ?ヴォルデモートが復活を狙ってるって話』
「へ?あ……あれね。でも、まだ全然その時じゃないんでしょ?今、関係があるの?」
『バリバリあります。いい?この学校の優れた所は何も、魔法使いを育てるってだけじゃない。安全性にも突出してるって訳だ。だから、ヴォルデモートが復活の為に必要な物品を隠すのに最適な場所って事』
「はぁ……復活の為に、一体何が必要になるワケ?」
『「賢者の石」』
「え?犬でいっぱいの、あれ?」
『それは
「じゃあ、車を検査するあれ?」
『それは
トムは段々と早足になりながらも、淡々と説明していく。彼に呼吸の概念が無いからこそ出来る芸当だった。ハリーは既に息が荒くなっている。
『「賢者の石」の効果は、命の水を生み出す事。他にもなんだ、何かあった気がするけど、こっちは問題じゃない。命の水ってのは、飲んだ奴を不老不死にするとか言われてる。とても魅力的だろ?死に掛けてヒイヒイ言ってる誰かさんにとっては』
「あっ」
そこまで聞いて、ハリーは声を上げた。
『賢者の石』。俄かには信じ難い程凄まじい物品だが、ここは魔法界。「常識じゃ考えられない事象を現実たらしめる」場所だ。
死に掛けている誰かさん―――ヴォルデモートの現状と、彼の話を統合して推測すれば、予想はつく。
自身に掛けた死の呪いを跳ね返され、肉体を失い、それでもゴーストの様に生き永らえている存在。それが、命の水とやらを手にしてしまったら。
「……ヴォルデモートは力を取り戻しちゃうね」
『そう。だからこそ、この学校の教師達は全力でその石を隠す事にしたんだ。グリンゴッツから移送して、ホグワーツにね』
グリンゴッツ。その単語を聞いて、ハリーの脳内に一つの映像が浮かび上がった。
ダイアゴン横丁に連れられ、マクゴナガルとハグリッドの二人と共に、グリンゴッツへ向かった日の出来事―――。
あの時、ハリーの金庫の次に訪れた七一三番金庫。そこに保管されていた、謎の小さな包み。
マクゴナガルが回収し、「忘れなさい」と言われてしまった、あの好奇心をそそられる物品。
「……僕、もしかして、『賢者の石』が運ばれるとこ、見ちゃったのかも」
『ん?あぁ……そういえば、
「マクゴナガル先生だったけどね。そっか。先生は、ダンブルドア先生の指示で、隠し場所を移そうとしてたんだね」
『は?マクゴナガル?何か変わって……まあいいや。そう。グリンゴッツより、ホグワーツの方が安全だと思ったんだろうさ。離れた銀行より、手元の学校ってとこかな。そして、その隠し場所は、この廊下の先にある』
「えぇ?何でわか……あ、そっか。トムは
『正解。ただ、保管場所を移すのは正しい判断だけど、敵が抜け穴を突いて来るってところまでは、あの爺さんは予想出来なかった、……と思う。まさか、ヴォルデモートが他人に取り憑いて校内に侵入してくるなんて、ね』
「とり、つく?」
『どうやったかは本人にしか知らないだろうけど、肉体の無いヴォルデモートは他人の体に取り憑く事が出来たんだ。取り憑かれたそいつは、この学校の教師の一人だよ』
「教師!?」
ハリーは声に出して、そっと片手で口を覆った。しかしその必要が無い程、廊下には誰も居らず、静まり返っている。
教師。
そう告げられて、入学式の時に見渡した、先生達の座るテーブルの光景を思い出してみる。
校長であり、石を守る立場のダンブルドアと、石を護送した副校長のマクゴナガル。そのマクゴナガルに付き添っていたハグリッド。この三名の可能性は、まずあり得ない。
次に思い出すのは、バカバカしいターバンを頭に巻いた、見た目だけで記憶に強く残る男の先生。そして、彼と話していた、全身黒づくめの怪しげな先生……。
ハリーの中で、絶対にこの二人のどちらかだという確信が生まれた。
ちなみに今の心境だと、どちらかというと黒づくめの方に疑わしいという気持ちが傾いている。
彼と目が合った時、どうにもその瞳には、こちらに対する憎悪の様な感情が渦巻いている気がしたのだ。正直に言って、あまり良い印象を持てない。
「ねぇ、もしかしてその教師って―――」
『シッ!ストップ!』
『立ち入り禁止の右側の廊下』。……へ続く廊下の入口であるドアが曲がり角の向こうに見えた所で、唐突に足を止められた。ハリーは指示通りに口を閉じる。
その後のトムのジェスチャーに従って曲がり角に後退し、顔だけを出して向こうを窺う。
誰かがそのドアの近くを、足音を忍ばせて滑る様に歩いているのを発見した。
その人物はハリーが全身を確認する前に、すぐにドアを開けて向こうに消えてしまったが、やけに目に付く紫色が尾を引いて視界に残った。
「あれは―――」
小声で呟くと、トムが確信を得た口調で答えを出した。
『―――クィリナス・クィレル』
その言葉を聞いて、ハリーは一瞬、誰だったか思い出そうとした。
というかそもそも、今日は記念すべき授業初日で、まともに名前を憶えている先生など、マクゴナガルとダンブルドアぐらいしかいない。
ハリーがいくら思い出そうとしても、クィレルとやらが誰で何の教科を担当しているのか、出てくる事は無かった。
ただ、あの紫色の事を考えると、クィレル先生はあの『黒づくめ』と同一人物ではない―――。
うんうん思考を巡らせるハリーを差し置いて、いつの間にやらトムがドアの手前まで近付いていた。
瞑目し耳を澄ませる。しばらくそうしてから、彼はドアをすり抜けて廊下へと入って行ってしまった。ハリーはすっかり、彼が壁や扉をゴーストの様にすり抜けられるのを忘れていた事に気付いた。
驚いて立ち尽くすハリーの目の前で、付いて来ない事に気付いたのか、トムが腕だけをドアの向こうから出して手招きする。ハリーはようやく足を動かし、恐る恐るドアを開けて中に入った。
中に広がる廊下は、無人だった。窓の無い長い通路が、奥まで伸びている。
不思議な事に、ここに入った筈の人物、クィレルの姿は何処にも見当たらなかった。
『この廊下は一本道だ。足音も良く響く。さっき、とても小さいけど確かに聴こえた。ここに来たんなら、そうそう見失う筈ないけど……』
「でも、どこにもいないし何も聴こえないよ。先生、どうやって姿消したんだろ」
『という事は……這いずったのかもね、
「トム、蛇じゃないんだから、人が廊下を這うワケないじゃん。適当なコト言わないでよ」
『ちょっとハリー、失礼な事言わないでくれる?僕の母方の伯父は、「最速匍匐前進競技大会」の国内最高記録保持者なんだよ。人間も鍛えれば、物音出さず素早く地面を這えます。軍人にとっても必須スキルなんだから。それに、僕の父方の祖父の隣人の弟の友人の父親にあたる人は……』
「トムは廊下でも地面でも這い回って、一生地上を歩いてこなきゃいいでしょ。そもそも『最速匍匐前進競技大会』って、ホントに実在するの?」
『僕が嘘吐くと思う?』
「うん、体感的に99%」
『なんて事言うんだ。……ふん、まあいいさ。あのドアが怪しいな』
廊下の奥に目を向けると、突き当りにポツンとドアがあるのが見えた。姿を隠すとしたら、あの向こうにしかない筈だ。
しかし、この廊下は一本道。身を隠す場所も遮蔽物も無い。もしも今、あそこからクィレルが出て来たら、ばったり対面してしまう。
こんな無人の廊下で、『賢者の石』を狙っている様な人間と無力な子供が出くわしたらどうなるか―――想像が出来ない程ハリーも馬鹿ではなかった。
長い廊下の半分程まで進んでから、ハリーは尋ねる。
「…どうする?飛び込むの?他の先生に知らせた方が―――」
『……いや、今日は引こう。どこら辺に「賢者の石」の保管部屋があるか知れただけでも、十分な収穫だ。ハリー、この事は誰にも言っちゃ駄目だよ』
「どうして?入った瞬間を見たワケじゃないけど、クィレル先生があの中にいるのはほぼ決まりみたいなものでしょ?」
『ハリー、こういうのは、確かな物証が無いと告発なんて無駄なんだよ。例えば今、君が「クィレル先生が立ち入り禁止の廊下に入った」と言いふらしても、他の教師は取り合わない。むしろ、「先生なんだから校内を見回っているのは当然だ」と一蹴されて終わりだろうね。「賢者の石」は、一応教師全員で守っている事になってるから。その教師の一人が石の周辺をウロウロしてるからって、怪しいって証明にはならないし、ヴォルデモートが取り憑いているって証拠にもならない。だから無駄なんだ、今は』
『賢者の石』はホグワーツの教員が守っている。だから、その教員が石のある場所に入っても疑わしい事にはならない。
確かにその通りだった。他の先生達からしたら、そんな当たり前の行動を、「石を狙っている」と密告したところで、誤解されているとしか思わないだろう。むしろ、どうして生徒が極秘情報である石の事を知っているのだ、と逆に追及されかねない。
とはいえ、目の前で堂々と盗みを企んでいるヴォルデモートinクィレル先生を放置するのも、簡単に容認はし難い。
『今鉢合わせたら面倒だな。ここは立ち入り禁止区画に近いし……見付かったら罰則は免れない。早いとこ退散するよ……ハリー?』
「ねぇ、大丈夫だよね。今はまだ、『賢者の石』は誰にも盗めないんだよね?」
『そうだよ。
「じゃ……ここで僕が引き返しても、問題無い?」
『問題無し。いやむしろ、さっさと教室に行かないとこっちの方が問題大アリなんだけど』
ハリーはその言葉で、自分が今授業に向かう真っ最中だった事を思い出した。
初日から遅刻して怒られるなど、今日はそっちの方がヴォルデモートの悪事より耐え難かった。
「どどどどうすんのさ!こんな長い廊下、今からじゃ走っても多分間に合わ―――!」
『どうどう、落ち着け。これに関しちゃ付き合わせた僕が悪いから、手伝うよ。はいハリー、荷物はしっかり持った?』
「へ?う…うん。教科書、筆記用具……ばっちり」
『次は「魔法史」の授業って言ったっけ。場所は……うん、2階のあそこか。階段までぱぱっと送ってあげるから、後は自分で行く事、いい?送った後は日記帳に地図描いてあげるから、どうしても分からなければ見ればいい。んじゃ、今送るから、荷物を落とさないようちゃんと持っててね』
「何を……?」
するつもりなの、という言葉は続かなかった。
こちらの返事を待たずに、いつの間に取り出したのか彼が杖をヒュンっと振るって、杖先を突き付けて来たからだ。
『はい、《シレンシオ》』
相手の声を出せなくする呪文をハリーに掛けてから、再び、杖を今度は少し違う振り方で振った。
その行動に抗議を上げようとしたハリーだが、それが叶う前に突然の浮遊感に襲われ、一瞬何が起きたか分からなかった。
気が付けば己の体は宙を舞っており、しっかりと抱え込んだ荷物と共に、廊下の入口まで吹っ飛ばされている最中だった。
初めて体験する長距離飛行(強制)に、ハリーは喉の奥から悲鳴を上げた―――筈なのだが、その声が廊下に響く事は無かった。事前に《シレンシオ》を掛けられているからだ。お陰で廊下の奥、『立ち入り禁止の右側の廊下』に居るであろうクィレルに存在を気付かれる事なく、ハリーの体は開いたままだった廊下のドアを抜け―――階段の手前まで吹き飛ばされて到着した。
両手が塞がっていて、受け身を取れなかったせいで背中から着地する。痛みに呻いた声も、当然掻き消された。
長い長い廊下を一瞬で渡り切る事が出来たが、説明も無しにいきなり吹っ飛ばされたハリーの心境は穏やかでは無い。
日記帳に抗議文を書き連ねようとも考えたが、今は一分一秒が惜しい。遅刻を回避する為にも、ハリーは痛む背中に極力意識を向けないようにして、急いで起き上がり階段を駆け下りた。
(トムのバカ―――!!)
まだ《シレンシオ》の効果が続いているので、その罵倒は実際に声に出される事は無かった。それでもハリーは、口をパクパクさせながら全速力で教室へと向かって行った。
『賢者の石』やクィレルの事が気掛かりだが、記念すべき初授業の前ではそんな問題も吹き飛んでいった。
その後ろ姿を見送ってから、トムは背後の奥にあるドアを振り向く。
『物語』通りならあの廊下には、石の番人である『三つ首を持った巨犬』が居座っている筈だ。
そして、クィレルはまだその巨犬の突破方法を発見してはいない。
今頃はきっと、実際に巨犬を自分の目で確認して、どうしようかと考えを巡らせているところなのだろう。
『―――、』
ヒュッ、と、刹那。
僅かに靡いた己のローブに、咄嗟に廊下のあちこちに視線を巡らせる。
窓は無い。風など入り込む筈は無い。では、今の空気の乱れは一体どこから。
そう訝しんでいると、足元に何かが落ちている事に気付いた。灯台下暗し―――果たして、これはいつここに現れたのか。
屈み込んでそれを拾ってみる。―――羽根だ。
そこまで考えて、ある一つの推測が浮かび上がった。
この羽根の正体。
ゆっくりと頭を上げてみる。
無人の廊下で。
彼の頭上を、深紅の風が通り抜けていった―――。
『賢者の石』をハリーに認識させるの回。秘密の部屋RTAは当分おあずけ。
今無理して入ってもやる事無いので。
バジちゃんの毒の力を利用しての分霊箱破壊も、完全な実体化出来てないので、探索も自由行動も不可能だし。
バジちゃん仲間にして校内に解き放っても、ダン爺にバレるし。
原作でフォークスが部屋にやって来た事を考えると、ダン爺は多分秘密の部屋がどこにあるか、大体の見当がついてたんじゃなかろうか。それともフォークスが勝手に動き回って部屋を発見したんだろうか。
トム君が50年経っても尚、老成した様子がまるで無いのは、2歳分の年齢退行がずっと魂に響いている的なあれ。
これからいくら時間が過ぎようと、思考回路が老人っぽくなる事はありません。永遠の16歳?
精神的な成長の余地はあるけれど。
フラッフィーにサリアの歌聴かせたら、眠るどころか踊りそう