転生したら分霊箱だった件   作:@ゆずぽん@

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皆~スネイプ先生の魔法薬学教室始まるよ~!
5年生になったら、OWL試験で『優』を目指して頑張っていってね~!

某氷の妖精とは一切関係ありません


Page 18 「スネイプのパーフェクトまほうやくがく教室」

 ―――腹が空いた。

 

 闇の中で、何かがウゾウゾと這いずり回っている。

 暗い森の奥深く。森番のハグリッドさえも中々足を踏み入れる事の無い場所で、全身を黒いマントで覆われた様な生き物がいる。

 生い茂った草の絨毯の上を舐める様に這いずって、何かを当ても無く探して移動を続けていた。

 

 ―――獲物が居ない。

 

 『それ』は生き物である以上、餓えを満たす必要があった。

 活動の為のエネルギー供給。必須となるその行動を果たす為には、この森は余りにも目当ての獲物が少な過ぎる。

 しばしば訪れる森番の男も、森を歩く時は常に護身用の武器を携帯しており、おまけに半分とはいえ巨人の血を引いている。襲撃したところで、返り討ちに遭いかねない。

 そもそも、『それ』の得意としている「獲物を仕留める方法」は、堂々と活動している人間を襲うというものではない。

 故に、『それ』が襲撃を掛けるのに最も適した条件を満たす人間は、この森に誰一人として存在しなかった。

 このままでは飢えを満たせず息絶えてしまう。

 

 【そんなに欲しいのか】

 

 不意に、森番以外来訪する事のない森で人間の声が響いた。

 威圧感を含んだ、低い声だった。

 何者かが、下手をすれば自分が襲われかねない状況で、『それ』に向かって声を掛けたのだ。

 

 這い回っていた『それ』は、突如として降ってきた声に気味の悪い動きを停止させる。

 獲物―――狩られる側が、あろうことか自分の位置を無防備にも報せた。『それ』は歓喜に震えた様に蠢いた後、返答に応じる事無く声の主に向かって飛び掛かった。

 本来なら、この様な方法で獲物は狩らない。が、ただでさえ空腹だった。加えて、丸腰にも見える声の主の様子を見て、『それ』に躊躇など無かったのだ。

 

 例え、目の前の人間が()()()()()()()使()()だとしても。

 

 さっきまで確かに丸腰であった筈なのに。

 『それ』の思考を覗いたとしたら、きっとそんな考えが浮かんでいただろう。

 

 バシッ!と害虫を払うかの様な音が響き渡った。

 純粋な魔力による暴風が収束し、『それ』へ向けて一直線に放たれた。

 しかし、その効果はあくまでも弾くだけだ。『それ』に対して、有効打にはなっていない。

 弾かれ、吹き飛ばされるも、『それ』は何のダメージも負った様子は無く、空中で身を翻しては再び地面に這い蹲った。

 しばしの間、両者が睨み合う。ここですぐさま、再度襲撃を仕掛ける程『それ』も知性が低くは無かった。

 

 【お前を殺す気は無い。むしろ、そんなに欲しいのなら獲物を用意してやってもいい】

 

 やがて、声の主が杖を下ろして口を開いた。

 目の前の生き物が、人語を理解出来る最低限の知性がある、と把握しているかの様な口ぶりだった。

 

 【解るか?お前の獲物だ、獲物。こちらが用意してやろうと言っている。()()()()()()()をだ】

 

 一方的に話を続ける声の主に、『それ』は動きを止めたまま耳を傾けていた。……耳という器官があるかは謎であったが。

 

 【活きが良すぎて、()()()()()()()は出来ないかもしれないが……まあ、問題は無いだろう。襲われたところで何も出来ない、無力な人間を用意するのだから】

 

 ―――人間ならば最早何でも構わない。

 

 発声すらもしていなかったが、『それ』の思考を見透かしたかの様に、声の主は哄笑した。

 

 【あぁ、良いだろう。その望みを叶えてやる……精々狩り尽くすといい。用意するのに少々時間を貰うが、それでも良ければな】

 

 『それ』はまるで肯定の意を示すかの如く、声の主を見つめたまま数センチ程後退ったかと思うと、後ろを振り向き地面を這いずって森の奥へ姿を消した。

 同じ様に暗い森の中では、さっきまで確かに居た筈の『人間』もとうに姿を眩ましていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが、おかしい。

 

 

 

 

 ホグワーツ城の中で、窓の外に広がる森を眺めながらトムはそう思った。

 

 

 

 

 『物語』とは異なる流れが起きてしまっている。

 

 まず、ドラコとの邂逅により、スリザリンに対して少なからず良い印象を持ち始めていたハリーが、グリフィンドールに選ばれた。

 それだけならば『物語』通りなので、何もおかしくはない。ただ、ハリーが言っていた謎の現象のせいで、スリザリンからグリフィンドールに『修正された』のだ。

 

 あの時、組分け帽子は『物語』通り、最初にスリザリンを勧めていたのも教えてもらった。しかし、何とも不気味な事に謎の現象が、ハリーに対してスリザリン行きを強要した。

 ハリーは恐怖心と反射的な抵抗心から、思わず拒絶の声を上げてしまったという。それを感じ取った帽子は、もう一つの適性を持っていたグリフィンドールにハリーを入れたのだ。

 あの現象さえ無ければ、きっとスリザリン行きは確定していたのかもしれないのに。

 

 別に、トムにとってはハリーがグリフィンドールだろうがスリザリンだろうが、特に支障は無かった。

 そもそも、彼には彼の人生がある。どこの寮に入るも、誰と親しくなるのも、彼の自由だ。忠告はすれども、そこを侵害するような意思は無い。

 だからトムは、あの時押し入って来たドラコを、忠告した上で放置した。あそこまで脅しておけば『物語』の様な、どうしようもない捻くれた態度も少しは改善すると思ったからだ。

 そしてハリーと良い感じの仲になれば、『物語』で何度も起こした嫌がらせや問題行動も無くなり、自分達の動きが効率的になるとも思ったからだ。

 

 ……打算的な考えだが、許されて良いだろう。少し脅しただけで、そこまで深い干渉はしていないのだから。トムはそう思っていた。

 

 そうして、ハリーもドラコと共にもしかしたら、『物語』通りの流れを断ち切ってスリザリンに入れられる可能性も高まっていたのに。

 なのに、あの現象だ。『物語』には無かった、謎の現象が『この世界』では起きた。

 少なからず、『物語』に存在しなかった自分の影響もあるだろう。だが、それを差し引いても、ハリーを襲った現象は謎過ぎる。ドラコと違い組分けの儀式に関しては、自分は何も干渉していない。

 明らかに、『物語』とは違う何かが干渉してきている……様に感じる。

 

 そもそも、『何者かの意思』が存在すると仮定して、ハリーに「スリザリンに入れ」と強要したのは何故だ?

 たくさんの人間に囲まれた中で、帽子を被ったハリーに向けて放たれた正体不明の声。

 仮に『誰か』の仕業だとしても、一体誰が出来たというのだろう。悪意を持った誰かの仕業ならば、あの場にいたダンブルドアが見破って、大事な『英雄』のハリーを護りそうだが……。

 あるいは、ダンブルドアも気付けなかった現象だというのか。

 考えれば考える程、正解が遠のいていく。

 

 ……いや、実は一つだけ、可能性が高そうな答えに辿り着いてはいる。

 

 しかし、『これ』を正解だと断ずるには……余りにも不確定であるし、気味が悪過ぎる。

 『これ』が正しいのならば、間違いなく今後も、あのような現象にハリーは悩まされるに違いないだろうから。

 だからといって、目の前の答えに目を背き続けるのは良くない。

 

 『……良い度胸だ。この際、何でもかかって来いよ』

 

 この先も、『物語』とは違う現象が起きて、流れが異なったとしても。

 決して屈してはやらないし、諦めてもやらない。

 『誰か』の思い通りに動かされる事は、この世で一番嫌いなのだ。

 『物語』の中で終始ハリーを苦しめ続けた『予言』にも、本体であるヴォルデモートにも。

 自分は絶対、誰の思い通りにもならない。

 

 しかしもう一つ、どうしても解らない謎があった。

 

 トムがポケットから白い紙片を取り出す。

 ドビーと初対面した時にようやく気付いた、あの紙だ。

 短い謎の命令文が記された、謎の紙。

 ついでに言うと、触れる時点でただの紙じゃない事も確かであるが、その辺の細かい事を気にしていてもしょうがない。

 人間の中で唯一、ハリーにだけ触れられる理由もよく解っていないのだ。屋敷しもべ妖精に関しては憶測だが、彼らは「杖無しで魔法を行使出来る全身魔力生物」みたいなものだから、きっと触る事が出来たのだと考えている。理由がどうであれ、彼にとってはドビーに触れられるなら何でも良かったが。

 

 後になって発覚した事だが、何とこの紙には()()にも文字が書かれていたのだ。

 

 『……何だよ、「T・Y」って?』

 

 裏面には、シンプルにアルファベットの大文字で『T・Y』とだけ書かれていた。

 筆跡を見る限りは、表面と同じっぽい感じがする。

 正直言って、何の略称か全然解らない。

 

 『TシャツとYシャツの略か?いや、そんな馬鹿みたいな事を書くとは思えない……』

 

 幾つか推測を立ててみたが、結局何一つとして正解が不明だった。

 USA、みたいに国の略称か何かだとしても、T・Yの名を冠する国名など存在しない。

 この文字の並びは見覚えがある気がするのだが、この世界に来てからどうもそういう『既視感』は要所でチラホラ感じるので、己の感覚がいまいち信用出来なかった。人間というものは、初めて見る筈の物にさえ、既視感を感じる事があるのだから。

 

 そもそもとして、これを書いた奴は何処の誰で、何故己のポケットに入っていたのか。

 この世界に来た時からあったとして、どうやって?

 考えられる原因は、今のところ一つしかないが……

 

 『おいお前、これやったのお前か?』

 

 【最早、勝手に付けた渾名ですら呼ばなくなったね……。こちらに訊かれても、心当たりは一切無いのだけれど】

 

 『嘘吐きには針億本飲ます』

 

 【増やさないでくれるかな?何度訊かれても、知らないモノは知らない。むしろこっちが知りたいよ。君はそれが一体何だと思う?】

 

 『そうか、知らないか。んじゃ、役立たずにもう用は無い。シッシ』

 

 【……君は独裁者になったら成功するね?】

 

 嫌味には完全無視を決め込み、トムは紙をポケットに戻す。

 奴でも知らないのであれば、今は答え探しに躍起になってもしょうがない。

 

 何の意図が込められ、誰の仕業かは微塵も解らないが、こうしてここにある以上、絶対に何らかの意味はある筈だ。一応、このまま所持を続ける事にした。

 そうしたところで、答えが見えてくるとも思えないが。

 命令文に書かれていた事は、紙の存在に気付く前からずっと継続中であったし、特に大きな問題も無いだろう。

 

 そんな思考を巡らせながら、トムが窓の外を眺めていると、

 

 

 

 

 「どうしたのトム、顔が怖いよ。トイレで紙が無かった時のおじさんみたいだよ」

 

 『どうして、そう下品な例えしか出来ないんだ?』

 

 場違いにも程があるハリーの間抜けな言葉に、つい溜息が零れた。

 今は、午前中の授業が行われる教室へ向かう途中だった。

 

 いつも通り人目が無いタイミングを見計らっては実体化し、道案内すがら、50年前と変容した部分の城内の間取りなどを調べているところでもある。

 幾ら1000年以上続いている学校だからといって、教室の位置や部屋の数が変動しないとも限らない。肝心な時に迷子になるような失態を犯さぬ為にも、こういう確認作業は大事である。

 

 トムは、いつの間にか近付いてきていた少年に振り向く。

 この少年と一緒にいると、棘を削がれるというか、角が取れるというか、そんな気分にさせられるのだ。

 それが、この世界では何となく心地良くて、彼の前では『向こうの世界』で取り繕っていた性格をつい解いてしまう。

 

 『向こうの世界』では、終ぞ出逢えなかった類の、人間。

 一度死んでようやく巡り逢うなど、己の運命は何とも捻くれている事か。

 

 他人の事は正直どうでもいいけれど、彼やマートルの様な人間に関しては別だ。

 どちらもヴォルデモートの被害者であるし、彼らを何とかしてやりたいと思う気持ちは本物だ。

 ……マートルには、口が裂けても今更正体を明かせないが。

 

 ―――ヴォルデモート。

 

 どうしても早めに調べたい事があって、過去の『記憶』に入り込んでしまったが、彼は死ぬ程後悔していた。

 自分の知らない情報が詰まっているとはいえ、他人の『記憶』を調べるなどするべきではなかったのだ、と。

 やはり『記憶』を調べるのは、どうしようもなく手詰まりになった時だけにした方が良さそうだと、改めて再認識させられた。

 

 ……ヴォルデモートの過去は、観ていて決して気持ちの良いものではなかった。

 得られた情報もあるにはあったが、マイナスの方が多かったと思っている。

 手を出したこちらが悪いとはいえ、『古傷』を抉られる様な気分にさせられて心底不快だった。

 あの残忍なラスボスの裏に、まさかあんな『記憶』が存在したなんて思いもしなかったから、事前回避のしようもなくて余計苛立ってくる。普通、予測出来ないだろうと内心で毒づく。

 

 思い出すだけで何だか負の感情が沸き上がってくるのだ。

 しかし、落ち着かなければ。感情の制御も出来ない人間が、魔法を扱える訳がない。

 感情の乱れは魔法の行使にも影響を与える。現に、雑念があったり激情を抱えている時は、呪文の発動が失敗してしまった経験もある。

 

 ……しかし、何か一つ、()()()()()()()()()()()()()()()を忘れているような気がしていた。

 

 駄目だ。これ以上、鮮明にあの時の事を思い出そうとするのは自傷行為だ。忘れるべきだ。

 トムはそう思い込む事にした。

 

 「トム」

 

 『何だ?』

 

 「君、何か……具合でも悪いの?」

 

 『はぁ?』

 

 「だって、そう見えるから。顔色が優れない?っていうか……なんとなくそういう感じがして」

 

 ハリーの心配そうな表情を見て、トムは「あぁ」と相槌を打った後、わざとらしく両手で胸を押さえて弱々しく言った。

 

 『実は僕、小さい頃から肺が弱くて、二十歳まで生きられるかどうか分からないって医者から申告されてるんだよ』

 

 「息をする様にウソ吐かないでくれる?トムの肺なら鋼鉄製で、おまけにウロコも生えてるでしょ」

 

 『何だよウロコって。僕の内臓は爬虫類か、アホが』

 

 そもそも呼吸してないクセに、という根本からの突っ込みを付け加えると、トムは肩を竦めてから、ハリーを納得させる説明をした。

 

 『今は生身じゃないんだから、風邪も引かないし菌に感染すらもしないんだ。僕に限って体調不良になる訳ないだろ』

 

 「じゃ、何でそんなに苦しそうなのさ」

 

 『苦しそう?僕が?』

 

 言葉の意味が解らない、とでも言う様に、トムが数回瞬きする。

 ハリーは何となく、彼が嘘を吐いているのだと悟ったが、それ以上踏み込んでも絶対に本当の事を言わないと思い、深く追及はしなかった。

 

 話題を逸らそうと、ハリーは次の授業の話に移す事にした。

 次は地下室で行われる、グリフィンドールとスリザリンとの合同授業だった。

 これは入学してから判明した残念な事実なのだが、どうもホグワーツでは、グリフィンドールとスリザリンの仲は決して良好とは言えなかった。

 特に同室で、入学初日から自然と仲を深めたロンなんかは、スリザリンに対する不満感を隠そうとはしなかった。

 

 『「魔法薬学」ねぇ……。ハリーにとっちゃ……最初の躓きポイントだな』

 

 「え?やっぱ、そんなに難しい?」

 

 『さぁ。僕馬鹿だから解んないなぁ』

 

 「ウソツキ。いっつも『周りの奴らはバカばっかりでイライラする~』とか見下してたクセに」

 

 『あれれ、そんな事申しましたっけ?』

 

 「絶対、バリバリ、正真正銘100%、申してたよ。今更取り繕っても遅いっちゅうの。大体、自分で主席だって言ってたじゃん」

 

 『ふん、そんなの最初だけさ。ハリー、学校という学びの場で、他人の好感を得る人間って、どういう奴か知ってる?』

 

 「え?いきなり言われても。テストで満点取る人?」

 

 『まあ……間違っちゃいないけどね。ただ、そういう奴は一緒に妬みの対象にもなりやすい。本当に好感だけ抱かせる人間ってのは、平均的な奴なんだよ。あくまで僕の私見だから、例外もあるだろうけど』

 

 「平均?」

 

 『外面だけ善人ぶっても駄目駄目。知性レベルもちゃんと下げて、時には()鹿()()()()()()()。こういう併せ技で、妬み嫉みの的から外れられるのさ。満点なんて以ての外。勿論テストでも、丁度平均点になるように回答しなきゃね』

 

 「はぁ。それで、わざと主席の座から下りてたってコト?なんかもう、猫被りも徹底過ぎて呆れちゃうんだけど」

 

 『猫被り言うな。処世術だ』

 

 すかさず突っ込みを入れたトムを、ハリーは改めてマジマジと眺める。

 彼に関する逸話を聞く度、思わず呆れてしまう事もあるのだが、それ以上に感心する点も幾つかあった。

 

 本当の彼は嫌味で、意地悪で、他人を見下した様な態度を取る人間だ。

 

 でも、そんな彼のもっと底にある、優しさだとか、寂しさだとか、思いやりだとかが、入学前に共に過ごした時間の中で少しずつ解ってきた。

 出逢った当初はまだ柔らかかったが、いや、的確に表現するならば猫を被っていたのだが―――こんな事を言えばまた「処世術だ」と突っ込まれるが―――、物置で筆談する内に段々と、自分の前で素顔を晒していく彼の事を、面白い子だと思った。

 

 勿論、素顔の彼は他人から快く思われる人間ではないだろう。だからこそ、他者の好感を得る存在を演じていたのだから。

 それでも、そんな打算で作られた仮面を脱ぎ捨て(たまに少々脱ぎ過ぎだとも思うが)、素顔で接してくる彼が、ハリーにとって大事だった。

 ハリーに対して、優しくするとか、思いやるとか、そんな柔らかな感情を腹の底に抱え込んで、嫌味で意地悪な男の子になる彼が好きだった。

 

 「トム、僕、時々思うんだけど、君ってスゴいよ。僕には、そんな出来ないフリとかして嘘を貫くなんてコト、無理だし。スゴいよ。天性の詐欺師というか、超絶演技派というか、ずる賢さナンバーワンというか、やっぱり化けの皮ズルズルだったというか、とにかくスゴい」

 

 『それ、褒めてんの?貶してんの?』

 

 「めちゃくちゃ褒めてるよ。自分の素顔を隠して、相手を欺く―――なんか、スパイとか、潜入捜査官っぽくてカッコいいじゃんか」

 

 『えっ?そう……そうかなぁ。そんな風に考えた事は……無かった』

 

 思いがけず与えられた称賛の言葉に、トムは驚きを隠せなかった。今の今までだって、その様な言葉を掛けてくる相手などいなかったのだ。

 他人に対して素顔を隠す事を、「カッコいい」と表現する人間は少ない部類だろう。

 

 「でも、魔法は難し過ぎてそんな平均演じる余裕無いよ。魔法族生まれの子……ロンとかでも、幸先良いスタートってワケじゃないみたいなんだ」

 

 『まあ、魔法学校のホグワーツは例外中の例外だな。魔法ってのは、ほんとに扱いが難しいから』

 

 そこで、ハリーの表情を見たトムの目が細められた。

 

 『ハリー、考えただろ』

 

 「へ?」

 

 『(やま)しい事。魔法を上手く習って、帰ったらダドリーを脅かしてやろう、なんて考えただろ』

 

 図星を突かれて、ハリーの顔が少し赤くなった。

 ちょっとした呪いなら、もしかしたら使用した事がバレずに、ダドリーに今までの仕返しが出来るかもしれない―――そう考えていたのだが、彼は見事に的中させた。

 本では、人の考えている事を見透かせる魔法もあると書かれていた。それを使われたという事だろうか。

 

 「トム、君、何で人の心の中を覗くのさ。そんな私欲で魔法使っちゃいけないって注意してたの、君でしょ」

 

 『覗いてないもん。魔法なんて使わなくても、ハリーの考えてる事、顔を見てれば解るもーん』

 

 「ウソ」

 

 『嘘じゃない』

 

 トムの顔が、小馬鹿にする様な表情から、驚く程突然真面目な固い表情になる。彼の両手がハリーの肩を掴み、真正面から向き合う格好になる。

 

 『あのね、ハリー、前にも言ったかもしれないけどね、僕達魔法使いは、マグルに存在を知られちゃいけないんだ。未成年が魔法学校の外で魔法を使うと、厳しく罰せられる。だから、注意しないといけない。君はただでさえ、マグルと距離が近いんだから。僕達って、危険な爆弾を自分の中に持ってる様なモノなんですよ。一時の感情でマグルを魔法で襲ったりしないよう、魔力を暴発させない為に力を抑えたりとか、そういう自己抑制やコントロールのやり方を、ホグワーツでちゃんと吸収しなきゃ駄目なんです』

 

 「トム、あの―――」

 

 『いいえ、ハリーの言いたい事も解ります。自分の中にある魔力をコントロールしていくのは、口で言う程簡単な事じゃありません。でも、泣き言言わずにやっていかないと、最悪の事態―――魔法がマグルの眼前で暴発して、退学処分になるかもしれない。そうなったら嫌ですよね?折角アホなマグルの連中から離れられたのに』

 

 「トム、あ、あのさ―――」

 

 『良いんです、解れば良いんです。偉そうに言ってごめんなさい。でも、これからも起こり得る事ですから、お互い気を付けましょう。大丈夫、いつか慣れるから。ふふっ、ね、僕が傍に居て見ていてあげるから、ハリー、安心して』

 

 「解った、人前で魔法を使っちゃダメなのは解ったから。それより君、何で丁寧語になってるワケ?」

 

 『え?』

 

 「しかも何さ、その『ふふっ』とかいう見え見えの作り笑いは」

 

 『嫌だなハリーってば。僕って、いつもこうじゃないですか』

 

 トムがハリーの肩から手を離し、またふふっと爽やかに笑う。それを見て、ハリーは溜息を零した。この光景だけを切り取れば、他人からは礼儀正しく、人懐っこそうな優しい人間としか見られないだろう。

 きっと『向こうの世界』でも、こうやって人前で好青年を演じていたのだと考えると、その豹変ぶりにやはり呆れてしまうのを隠せない。

 

 『それに僕だって、魔法に関しちゃまだ出来ない事もあるし』

 

 「出来ないコトって?」

 

 ハリーが訊くと、トムは死んだ様な目を明後日の方に向け、蚊の鳴く様なとてつもなく小さな声で呟いた。

 

 『……守護霊呪文』

 

 「え?何だって?」

 

 訊き返すと、トムは有無を言わさぬ勢いでハリーの背中を押し、人の気配がする廊下の方へ押し出した。

 

 『そんな事より、そろそろ授業が始まるだろ。ほら、魔法薬学の先生は厳しいんだからさっさと行きなさい』

 

 「えぇー?何か怪しいな、怪しいな。まあいいや。じゃ、また後でね、トム」

 

 お茶を濁す様に実体化を解いたトムに別れを告げて、ハリーは小走りで教室へ向かった。

 

 しばらく走ると、数人の生徒達が歩いている廊下へ出た。

 そこで、先に到着しようとしたロンを発見して声を掛け合流し、教室へと一緒に入って行く。

 

 案の定というか、やはりロンはスリザリンと合同という点に、不満をブツブツ漏らしていたが。

 ハリーはそんなロンを「まあまあ」と宥め、まだ先生が来ていない内に、互いに隣の席へと座る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 「魔法薬学」の教室。

 

 その教室は地下牢に存在し、他のどの教室よりも体感的に寒かった。

 壁に並んだガラス瓶の中で、アルコール漬けにされた謎の生き物達がお出迎えをしてくれる場所でもある。

 まあ一言で表すならば、不気味という言葉で片付くのだ。

 それだけで、「魔法薬学」の授業はしんどいと錯覚してしまいそうだ。人間というものは、哀しいかな環境に左右されやすい生き物なのだ。陰鬱な教室での授業など、普段通りに臨む事は難しい。

 

 「魔法薬学」の授業を担当する先生は、セブルス・スネイプ。

 ちゃんと湯浴みをしているのかと心配になるような、ねっとりした黒髪。おとぎ話にでもいそうな、悪い魔女の象徴的な鉤鼻。血色が良いとは言えない土気色の顔。そして全身黒づくめの格好をした、見ただけでザ・悪者と勘違いされても文句は言えない男であった。

 まあしかし、どれだけ怪しさ満点だとしても、ホグワーツで教鞭を取っている人物だ。生徒が彼の授業を受けなければいけない事実からは、逃れられない。

 だからこそ、彼に対して良い印象を持たないハリーさえも、この教室に入らざるを得なかった訳である。

 

 彼の授業は、まず出席確認から始まった。

 それだけならば他の授業と何ら変わりない光景なのだが、彼はハリーの名前を呼ぶと違和感丸出しの猫撫で声で冷やかした。

 

 「ハリー・ポッター。我らが新しいスターだね」

 

 まさか教師とあろう者が、授業にも拘わらず、他の生徒達の前で堂々と個人を冷やかすとは。

 ハリーは咄嗟にそう思ったが、彼の冷やかしもあながち否定出来なかった。

 だって自分は、何もしちゃいない。全ては母の護りの力が悪を祓い、図らずも自分を英雄の座に押し上げたのだ。「英雄」なんて名で知られちゃいるが、本当の自分はマグルの世界で育てられ、マグルに虐げられていた惨めな子供だったのだ。

 スネイプは何故かそれを見透かしていて、真実のままにハリーを小馬鹿にしているのだ。

 「お前が生き残ったのは、お前自身の力じゃない。調子に乗るな」、とでも言う様に。

 

 「このクラスでは、魔法薬学の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 

 出席を取り終わって、スネイプが説明を始める。その間私語は一切発生しなかった。彼の前でそんな蛮行に走れる愚者は、1年生に居なかった。

 存在するとすれば、恐らくそれはグリフィンドールのとある双子くらいではなかろうか。

 

 「最初に言っておこう。杖を振り回すようなバカげた事はやらん。これを魔法かと思う連中が多いかもしれん。ふつふつと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。吾輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である―――但し、吾輩がこれまでに教えてきたウスノロ達より諸君がまだマシであれば、の話だが」

 

 彼の大演説は、明らかに生徒達に対する罵倒も含まれていたが、それを除けば魅力的で解り易いものでもあった。伊達に教師を名乗ってはいない。

 教室の中でただ一人、グリフィンドールの女の子だけが、自分はウスノロではないと証明したがるかの様に、ウズウズしている。

 

 「ポッター!」

 

 突然過ぎる呼び声に、ハリーは目に見えて分かる程椅子から数センチ飛び跳ねた。

 声に含まれる威圧的な感情に押され、内心アワアワである。

 

 「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると何になるか?」

 

 皆が互いに目配せしたり、考え込む様な仕草に入ったが、その全員が最後にはお手上げの表情になった。いや、やはり女の子だけは違っていて、全力で挙手している。

 ロンが心配そうな視線を向けてきたので、ハリーは僅かに頷いてスネイプと目を合わせた。

 彼の、トンネルを思わせる黒く暗い瞳と視線が交差する。正直言って、すぐに目を逸らしたくなったがもう引き返せない。

 

 「えっ……と。出来上がるのは、えー……、『眠り薬』、です、はい。調合の際成分を多めにしてしまうと、投薬の結果、二度と目が覚めなくなる場合もあるので、『生ける屍の水薬』という別名があります、はい。他の材料は確か……催眠豆と、ナマケモノの……そうだ、脳味噌、を使います……はい」

 

 他の先生の前ではここまでならないのに、スネイプ相手だと無駄に焦燥して舌が縺れそうになる。

 しどろもどろで、やたら「はい」を連呼してしまったが、何とか答えられた。混乱していたせいか、訊かれてもいない他の材料についてまで説明を加えてしまったが。

 

 「魔法薬学」に関しては、入学までの間に教科書を読み込んでいたし、トムによる個人授業(授業料として余分に魔力を取られた)のお陰で、たくさん知識がついていたのだ。

 トムは、学生時代の【本人】が「魔法薬学」のクラブに所属していたせいもあってか、その記憶を盗み見て魔法薬に関する知識が豊富だった。実際に調合が試せない事を悩まし気に話してもいた。

 勿論彼と同じく知識だけで、実技は材料の問題とダーズリー家での生活もあって不可能だった為、そっちはからっきしだ。故に、今日この日でも、「魔法薬学」の授業に不安を覚えているのは確かである。

 

 スネイプは、円滑ではないが、非の打ちどころの無いハリーの回答に眉間の皴を寄せた。

 どうやら、答えられないと思われていたらしい。ハリーもハリーで、今のは1年生の内容じゃないなと心の中だけで呟いておいた。

 入学したての生徒に回答不可能な質疑に応じさせる程、この教師は捻くれているという事だろうか。

 

 「ほう……事前に教科書を見ていたようだな。予習は確かに重要だ。それについては認めてやろう」

 

 普通なら答えられない問題を出しておいて、随分上から目線の世辞である。

 隣のロンは表情だけで「お見事」という意思を伝達してきていた。座席の位置関係上見えなかったが、スリザリンの席ではドラコが少しだけ驚きの感情が籠った視線をハリーに注いでいた。

 

 ほっと一息ついているハリーを無視して、スネイプが再び問うてきた。

 

 「では次だポッター。ベゾアール石を見付けてこいと言われたら、何処を探すかね?」

 

 女の子が座ったまま、限界まで手を高く挙げる。しかし、スネイプは彼女に質問のターゲットを変更する事は無かった。あくまでもハリーを晒し物にしたいらしい。

 ハリーはなるべく頭を冷静に保ち、およそ5秒の沈黙の末、脳内で目当ての答えを発見した。

 

 「ベゾアール石の在り処は……えぇ……や、山羊の胃の中……、です。これは解毒剤としての効果があります、が、全ての毒に効くワケではないので、過信してはいけない物、でもあります」

 

 またまた訊かれていない範囲まで答えてしまった。生存を左右する解毒剤だからと、万が一の為にも絶対覚えておけ、とトムから念入りに頭に叩き込まれていたせいだ。

 ロンが口笛を吹き掛けては、スネイプの睨む様な眼差しを受けて慌てて口を引き結ぶ。ドラコの瞳は驚きから感心へ変化している。女の子は、「どうして指名されないんだ!」と言わんばかりに悔し気に顔を歪めて手を下した。

 

 「どうやら、随分熱心に教科書を読み込んでいたようだな、ポッター?」

 

 「分かりません」の返事を期待していたらしいスネイプは、不満げな声色を隠そうともせず、嫌味ったらしい口調と冷たい視線を投げてくる。だからといって、それから逃れる為に知らないフリで授業に臨む程、ハリーはトムの様になれなかった。折角彼が教えてくれた知識に対して、そんな裏切る様な真似はしたくなかったのだ。

 

 「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いは何だね?」

 

 ここで初めて、ハリーは冷や汗を噴き出した。女の子が「今だ!」というオーラ全開で、とうとう椅子から立ち上がっての挙手に移った。当然ながらターゲット変更は無い。

 

 ハリーは、今までの様に容易に答えを出せずにいた。いや、思い出せないだけだ。確かに覚えていた知識だったのだ。必死になって、脳内の自分が記憶の引き出しを駆けずり回る。

 露骨に様子を一変させたハリーに、スネイプは喜ぶでも訝しむでもなく、ただじっと暗い目で見つめていた。それがまた不気味である。

 

 「あ、えっ、えと……っ、ちっ、違いは、なくて……二つとも、同じ植物だったと思う、んですけど……」

 

 スネイプのねっとりする様な視線に晒され、ハリーの呂律はいよいよ機能低下を見せ始めた。どうにか違いはない、という正解を引っ張り出せたが、何の植物かまでは出てこない。

 対してスネイプは、ハリーから視線を外し、鬱陶しい虫を見るかの様な目付きで女の子を流し見してから、「座れ」と一言。そしてハリーの答えられなかった部分を説明し出した。

 

 「左様。同じ植物である。この二つはどちらもトリカブトの事を指している……。モンクスフードとは、修道僧の被っている帽子だ。トリカブトの花が帽子の形に似ている事から、この別名で呼ばれている。ウルフスベーンは狼の死を意味しており、これはかつて、トリカブトの毒を利用した毒矢で狼を殺していた為だ。名の由来まで遡れば、これといって難解な問題ではあるまい……」

 

 そうだ、そうだった。

 

 説明を聞いて初めてハリーは思い出した。

 しかし植物の名前を答えられなかった……また嫌味を言われるのだろうか?ハリーは椅子の上ですっかり縮こまっていた。

 意外にも、掛けられた言葉はハリーを貶す様なものではなかった。

 

 「……どうやら、我らのスターは名ばかりではない事を証明したようだ。さて、諸君?諸君らは今のが解っていたというのかね?何をしている。さっさとノートに書き取らんか!」

 

 スネイプは、どんな感情が籠められているのか読み取れない目をハリーから逸らし、他の生徒達を見回して言った。皆が一斉に羊皮紙とペンを取り出す。

 ハリーはその瞬間だけ、ようやくスネイプの冷たい瞳から憎悪以外の何かを感じ取った。何か、までは推測不能な程、彼の瞳は読心されるのを拒絶していたが。

 それでもやはり、スネイプはハリーに対し決して良い感情を持たぬ事実を後々証明する事になるとは、この時思いもしなかった。

 

 「ポッター。皆が解らぬ問題をよくぞ回答出来たものだ。グリフィンドールに一点」

 

 その言葉に、グリフィンドールとスリザリンの席、両方からどよめきが起こった。即座にスネイプが一睨みをお見舞いすると、瞬時に沈黙が降りる。

 スリザリン贔屓が激しいと言われているスネイプが、グリフィンドールに加点したのだ。どちらにとっても驚愕ものである。

 ハリーだけは初めて貰った自分個人への加点に、口角が上がるのを隠し切れなかった。これから何が起きるかも知らずに。

 

 

 

 

 その後、「魔法薬学」の授業は座学から実技へと移った。

 今回は二人一組となって、「おできを治す薬」を実際に調合する。ハリーはロンと組み、材料を計ったり砕いたりの細かい作業に入った。

 

 「あ、ロン、素手で触っちゃダメだよ。イラクサって、葉や茎に毒があって、肌に付くと腫れちゃったりするんだ」

 

 「え、そうなの?あっぶないところだった、良く知ってるねハリー」

 

 「友達が教えてくれたもんで。僕が計るから、ロンは蛇の牙砕くのお願いしていい?」

 

 ハリーは知識通りに材料を適切な方法で取り扱い、材料の加工はロンに任せる事にした。

 調合というものは、材料の下ごしらえの段階だとそこまで難しいものではなかった。少なくとも自分にとっては。ハリーは表情に出ない様、安堵の息を吐いた。

 

 一方、スネイプは生徒一人一人の作業を見て回り、材料の扱い方や手順の間違い等を注意していった。ほとんど皆がダメ出しを食らったが唯一の例外は、ドラコであった。どうも、スネイプは彼がお気に入りらしい。スリザリン贔屓の噂は本当なのかもしれない。

 ハリーの所まで来た時、彼はその手元を一瞥すると、

 

 「……ほう、流石、我らがスターは順調なようだな、ポッター?」

 

 またしても、見下す様な視線と共に嫌味ったらしい言葉を投げてきた。間違ってはいないなら、どうして褒めるかそっとしておいてくれないんだろう、と思っていると、それを見透かしたかの様に彼の目が吊り上がった。

 

 「ウィーズリー。牙の欠片が大き過ぎる。もっと細かく砕けぬか?英雄のポッター殿は教えてくれなかったか?」

 

 矛先がロンに行ってしまった。ハリーは、慌ててスネイプの視線から庇う様にロンの傍に移動し、どれくらいのサイズに仕上げるか説明に入った。その様子を見て、スネイプが満足気にフンと鼻を鳴らした……気がする。

 他の生徒の元へ去って行ったスネイプの背中を睨んで、ロンが口を尖らせる。

 

 「スネイプは意地悪だって、本当だったんだな。ネチネチネチネチ、ホント、意地悪帝王だぜ」

 

 「ロン、聞こえるよ」

 

 ハリーも言い方に思うところはあったが、彼の指摘もまた事実であったので、なるべく考えないようにした。間違いを正すのは、教師として当然だ。不満を言っては駄目だ……そう思い込んで気持ちを何とか鎮める。

 だが、余りの彼の理不尽さに、気持ちを鎮める余裕が無くなる程の出来事が起こってしまった。

 

 「諸君、見たまえ。マルフォイが角ナメクジを完璧に茹でているだろう……」

 

 スネイプが手本として、マルフォイの大鍋に他の生徒達の注目を集めたその時、それは突如として起こった。

 

 教室中に毒々しい緑色の煙が広がり、何かが焼け爛れる様な悍ましい音が耳を劈いた。

 音の発生源へ顔を向けると、ネビル・ロングボトムとシェーマス・フィネガンの二人組の大鍋が、見事に溶けて捻じれた塊の様に変貌していた。そのせいで鍋から零れた薬液が床へ散乱し、今度は近くに立っていた生徒達の靴を溶かし始めた。

 

 「うわわ、何じゃこりゃ!」

 

 「ろ、ロン!こっち!」

 

 ハリーは自分達も餌食にならない様、ロンの腕を引っ張り椅子の上へ避難した。他の皆も同様にして床の薬を回避する。

 一番近くの―――もとい、この騒ぎの首謀者とも言えるネビルは、頭から薬をモロに被ってしまったようである。肌が露出していた部分におできがびっしり吹き出して、傍から見ているだけで痛々しい有様だ。当の本人は止め処なく涙を流し、悲痛な呻き声を上げている。

 

 「馬鹿者が!」

 

 床の薬が、スネイプの怒鳴り声と共に消失する。彼の杖の一振りで、それ以上の被害は食い止められた。

 

 「大鍋を火から降ろさない内に、山嵐の針を入れたのだな?」

 

 原因をあっという間に特定し、スネイプはネビルと組んでいたシェーマスに、彼を医務室へ連れて行くよう言いつけた。

 それだけで良かったのだが、スネイプはネビルの組の隣に居たハリーとロンに顔を向けると、理不尽な事を言い出した。

 

 「ポッター……何故、針を入れてはいけないと注意しなかった?吾輩の質問に答えられた君ならば当然、この事は知っていような?彼が間違えれば、自分の方が良く見えると考えたつもりか。グリフィンドール一点減点だ」

 

 プラスマイナスゼロにされてしまった。自分とドラコじゃ対応がまるで違う。

 スネイプの余りにも身勝手なこじつけに、流石のハリーも言い返そうとした。が、ロンがハリーをこっそりと小突き、小声で「やめた方が良い」と忠告してきた。

 

 ここで反論したところで、きっとスネイプはどんな理由を引っ張り出してでも、ハリーを貶すだろう。

 スリザリン贔屓の彼がグリフィンドールに与えた最初の加点は、この時の減点の為の布石だったのかもしれない。どうせ後で減点してやるから、とでも企んでいたのか。まさに禍福は糾える縄の如し、である。

 ロンの提言で、ハリーは黙って減点を受け入れ、退室していくネビル達の背中をぼうっと見送っていた。

 

 そんなハリーは気付かなかったが、スネイプに贔屓されているドラコは、何とも言えない面持ちで沈んだ表情を浮かべるハリーを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の帰り道、ハリーはトムに愚痴を零す為に無人のトイレへと寄っていた。

 途中まで一緒に付き添ってくれたロンは、「兄である双子達もスネイプには減点を食らっているから気にするな」、と励ましてくれた。

 

 筆談でも良かったのだが何故かトムは実体化してきて、水気の無い手洗い台の所で何かを置いて、作業する様に手を動かしながらハリーの愚痴を聞いていた。

 

 「スネイプ先生、どうしてか僕を憎んでるみたいなんだ……」

 

 『ハリーはまだ、校則違反も何もしてないだろ。理由も無しに憎まれたりなんて考えられないな』

 

 「そっか……。トムなら十分考えられるけどね」

 

 『そうそう。僕なら、しょっちゅう誰かに憎まれて……だからコラ、失礼だって』

 

 一言突っ込んでから、トムは今までせっせと動かしていた手を止めた。

 そして、ハリーの鞄に向けて杖を振って羊皮紙とインク壺を取り出し、持っていた『何か』をインク壺に突っ込んで、羊皮紙に『何か』で文字を書き始めた。

 黒い線が軌跡を描き、羊皮紙の上に流麗な文字を生み出す。ハリーはそれを見て、思わず疑問をぶつけた。

 

 「ねぇ、何してるの?何でトムが文字を書けるワケ?」

 

 彼はペン等の筆記用具に触れられない筈だ。故に、文字を書くという簡単な事さえも不可能なのだ。魔法を使えば物を浮かしたり壊したりは出来るだろうが、今みたいにインクを使用して文字を書くなんて……。

 

 『うーん、ちゃんとインク道は出来てるなぁ。完璧完璧。ん?これ?僕でも触れる特別な羽根ペンさ。綺麗だろ?今出来上がったんだ』

 

 トムが持っていた『何か』を見せてくる。それは見るも美しい、燃え上がる様な深紅色の羽根ペンだった。ペン先から、漆黒の雫が滴っている。

 普通の物に触れられない筈の彼の手は、しっかりとペンの持ち手を握っていた。特別な羽根ペンというのは本当らしい。

 

 『魔法でカットしたり割れ目を入れたりして作ったんだ。こいつは魔力を通す。はいハリー、これあげるよ』

 

 「え?」

 

 言いながら、トムが羊皮紙に残りのインクを吸わせてから羽根ペンを差し出した。手に触れるととても暖かい。これで羽毛布団なんか作ったら最高だろうな、と思わず余計な想像が働く。

 

 『もうとっくに過ぎてしまったけど、遅めの誕生日プレゼントってところかな。さっきも言ったけど、特別な物だからお守り代わり。そうそう手に入る材料じゃないから、手荒く扱わないように』

 

 「えっ、えっ、ホント?うわ、ありがとう。まさか、ヘドウィグの他に誕生日プレゼントを貰えるなんて思わなかった……。嬉しいよ、ありがとう」

 

 ダーズリー家では碌なプレゼントは貰えなかったのだ。突然のサプライズに、魔法薬学の授業で味わった辛酸がすっかり吹き飛んでいった。

 

 『良いって事よ。まあ、折角()()()()()()()()材料だし、有効活用しようって感じで作ったから。どうせなら、君にあげようと思ってね』

 

 「()()()?」

 

 『おっと、企業秘密。さあ、もう出るぞ。あんまり長居すると、大きい方だと思われるだろ。こんな精密作業したの久しぶりだから疲れた。ちょっと休む』

 

 「今更だけど、日記帳の中ってどうなってるの?」

 

 『永遠の闇。体験したい?』

 

 「いや全然。遠慮しとく」

 

 『そっちから訊いといて失礼な』

 

 トムの突っ込みを流しながらも、ハリーは彼から貰った羽根ペンを大事そうに鞄の中にしまい込んだ。

 

 そうだ。まだホグワーツでの日々は始まったばかりなのだ。入学して間もないのに、落ち込んでいる場合ではない。

 嫌な事だって体験するけれど、それと同じぐらいに良い事―――ロンやトムの様な、元気付けてくれる友達が傍に居てくれる。寮が変わった為、話す機会があまり作れないドラコだって、一応友達だ。

 ヴォルデモートの事は……当分の間は大丈夫だという言葉を聞いて、とりあえずは考えないようにした。

 

 

 

 

 自分の新しい生活は、これからなんだ。

 

 

 

 

 ハリーは、明るい気持ちを胸に歩き出した。

 

 

 

 

 




羽根ペンは切り裂き呪文の《ディフィンド》で作りました。
実際、羽根ペンはハサミやカッターがあれば簡単に作れますので。

フォイフォイ、君にはちゃんと見せ場があるから待っててくれ。

Page2の後半辺りで、主人公がほざいてたとある文章が今回で見事に矛盾してますが、まあつまりは『そういう事』です。
これからも「おめー序盤で言ってた事と矛盾してるじゃねーか!」という事実がちょこちょこ出てきますが、全部『そういう事』になります。深く考えなくて大丈夫です。
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