"―――父親の事が、とても憎らしかった。
愛してなどいなかった癖に、母と結ばれ子を成した事実が。
子を望まず、捨てる事さえ平気だった性根が。
自分が手に出来なかった、母の偽りない温もりを、その身に受けていたあの男を。
同じ男として、妬んでいたのかもしれない。
だから、君が父親を死に至らしめたと知った時。
何だか、不思議な気分になったんだ。
他人の過去とか事情とか、どうでもいいと常々思っていたけれど。
君の事は、何故だか知りたいと思ってしまったんだ。
なのに、君は凄く他人嫌いで、警戒心が強くて。
少しでも不快になれば、荒々しくなるし、聞く耳を持たないしで。
話を引き出すのも、本当に苦労した。
正直、ここまで相手を信じようとしない人間と、親睦を深める術が解らなかった。
他者の信頼を勝ち取るなんて、今まで簡単だったのに。
というか、警戒するだけじゃ飽き足らず、しつこいようなら手を出すぞと威嚇もされた。
まあ、威嚇だけで、実際手を出すなんて物理的に不可能だったんだけどね。
それでも、言葉だけだとしても、癖なのか自然とそう振舞ってしまうんだろうな。
とか、そういう図星を指摘すると、また機嫌が悪くなるからやめた方が良いかな……。
最初の頃は、ちょっと素直で、かろうじて年相応な態度だったけどさ。
何か、こっちの方から色々訊こうとすると、途端に突き放してくるんだよね。
君だって、あれこれ質問してくるからお相子じゃないかと思う。
人の事を知りたがる癖に、自分の事を語ろうとしないのは少し腹が立つさ。
だから、取り合えずお互い妥協する事にしたんだっけ。
一方が話した分だけ、もう一方も話す事にしようって。
つまり、等価交換ってやつ。
そこまで決めても、君はまだ不満そうだったけど。
どれだけ自分の事を話したくないのやら。
何て思わず呆れると、また怒気が膨らんだ。
こんなに怒りっぽい性格で、よくまあ他人と上手く付き合えたもんだ。
あぁ、だからこそ他人に好かれる人間を演じてきたのか。
本性がこれなのに、無理してきたんだな。
うん、自分を偽るのって、案外大変なんだよ。
勝手に納得してると、見透かされたのか罵声が飛んできた。
善人を演じるのが得意なら、こっちにもそうして欲しいよね。
いや、自分が相手だから、素になってる訳か。
嬉しいような悲しいような。
まあ、しょうがない事なの、かな。
それにしても、ここは酷く退屈で窮屈だ。
何も娯楽は無いし、会話相手と言ったら君だけだし。
どれだけ時間が経とうとも、決して移り変わりはしない景色。
お互い、地獄みたいな場所に放り込まれてしまったね。
こんな所にずっと居たら、絶対におかしくなってしまうよ。
同意を求めたつもりだったのに、自分は狂ってないだとか怒らせてしまった。
一体どんな話題を振れば、この態度は軟化するんだか。
まあ、まだ解らない事、知りたい事、残ってるし。
それを全部話してくれるまでは、付き合うしかないか。
君は少しずつだけではあるけれど、ちゃんと説明しようという意思はあるみたいだし。
ここには時間の概念も無いから、君が話す気になるまで待つよ。
……え、何をしているんだって?
それは、アレだよ。
ここじゃする事が無いからさ、せめて自分の気持ちとか、経験を書き記そうと思って。
それくらい良いだろ?それとも、たったこれくらいの事でも君は怒るのか?
それは流石に、あんまりじゃないか。
別にこっちの自由だと思うけど。
……あぁ、そう、咎めるつもりは無いって?
そうそう、解れば良いんだよ。
こっちにもやりたい事はやらせてくれって話さ。
え?変な事書いたら怒る?
事実を書いてるだけなのに、理不尽だな。
いや、ちょっと、見ようとしなくていいから。
人の書いた物、断りも無しに見るのは―――あっ、何をするやめ―――"
"―――酷い目に遭った。
いや、全力で死守したから、これは一応無事だ。
今、これを何処で書いているかというと……
あ、足音がする。かなり近いな。
実はたった今、身を潜めている最中。
彼があんまりにも身勝手で、近くに居ると息が詰まりそうだったから、とりあえず距離を置く事にしたんだ。
……いや、呼吸なんて本当はしてないんだけどさ。
それでも、ちょっと完全に一人にさせて欲しくてね。
と思い、こうして隠れている訳なんだけど。
どうしてか、彼は鬼の形相でこっちを捜索しているみたいだった。
いや、身勝手過ぎにも程があると思う。
人を見下して、時に罵倒して、一方通行の会話ばかり仕掛けてくる癖して。
少し姿を晦ましたら、逃がさないと言わんばかりに追い掛けてくるんだから。
……あぁ、見付からない事を祈ろう。
今捕まったら、絶対に面倒な事になる。
こうしてじっとしていると、どうも落ち着かないのでとりあえず執筆を続ける。
……やはり、黒い日記帳は縁起が悪いと今更だが思う。
今度から白にしてみようか。
時間がある時に用意して、今までの分はそっちに書き写そう。
しかし、先程から足音が隠れ場所の周囲を行ったり来たりしているのは気のせいだろうか。
まさか。外から姿は見えない筈だ。
物音も立てていないし、見抜ける訳がない。
いや、一応、最悪の事態に備えて、これを彼の目から隠しておかないと。
こんな事を
真面な娯楽の無いこの世界で、ようやくちょっぴり楽しめそうな事を見付けたんだ。
これの執筆が続けられなくなるのは、避けたいなぁ。
あ、足音が立ち止まって―――"
"―――監禁生活、〇日目。
いや、少しふざけただけさ。
この世界に何日だとか、そういうのは無意味なんだけど。
あの後、見事に発見された上、連行されてしまった。
一応抵抗もしたけれど、彼の力の前じゃ意味を為さない。
狭くも広くもない部屋に閉じ込められた。
当然、鍵も掛けられているし、彼は常時この部屋の付近で過ごしているから、逃亡したところですぐにバレるだろう。
ただでさえ退屈な時間が、一層退屈さを増していく。
そういうのを紛らわす為にも、これの執筆は続ける事にしよう。
今回は、何を書こうか……。
魔法の事でも書いてみようか。
魔法と言えば、『死の呪文』は凄いと思う。
一言唱えるだけで、命中した相手が息絶えるってさ。
めちゃくちゃでこの上なく残酷な魔法だけれども。
殺意を持った人間にとっては、これ以上に魅力的な魔法は無いだろう。
しかし、こんな呪文を開発し、善良な魔法使いにも周知されるぐらいに広めた人間は、かなり性格が悪いだろうな。
この呪文の存在を知れば。
その、余りにも絶大で絶対的な強さに魅入られてしまったら。
多くの魔法使いは、闇の道へ踏み出してしまうだろう。
目の前に、『邪魔だと感じる者を簡単に消し去る力』が置かれていたら。
例え一瞬、躊躇する心があったとしても、魔が差してつい手を出す人間は少なくない筈だ。
……そうさ。
目の前にそんな凶器があったら。
自分だって―――"
"―――初めて、彼が人を殺すところを見た。
……いいや、殺す、という表現は間違いかもしれない。
相手はそもそも生きていない。だから、殺すという表現は適切ではないのだろう。
思わず、訊かずにはいられなかった。
どうしてそんな事をしたのか。
すると、彼は不愉快そうに表情を歪めながらも答えてくれた。
「鬱陶しいから」、と。
普通なら、放置しておけば勝手に消えるらしいけれど、今回の相手はそうではなかったようだ。
しぶとく残って、その上自分に突っ掛かってきたから癪だった、と。
別に、自分以外の何かが死のうが、消えようが、どうでもいい。
ただ、やはり目の前であんな瞬間を見せられても、気持ちの良いものではないな。
そんなに簡単に手を掛けられるなら、どうしてこっちにはそうしないんだ、と尋ねてみた。
彼は、こっちを見もせず何処かへ消えた。
まあ、訊かなくても解っていた事なんだけど。
彼は何をしたって、物理的にこっちをどうこう出来ないのだからね。
またああいうのがやって来たら、彼は懲りずに消すのだろうか。
既に生きていない者を手に掛けるのは、果たして罪となるのだろうか。
自分には、知る由も無い。"
"―――彼が、また殺した。
殺された者は消え去る訳ではなく、彼の糧……の様な物になるらしい。
そうやって力を付けているんだろう。
この、退屈で陰鬱な世界からの脱却の為に?
実体を取り戻して、現世へと還る事が出来るから?
彼の気分を害する可能性は、考えなかった。
矢継ぎ早に質問を投げると、面倒臭そうな顔を浮かべながらも答えてくれた。
その様な事を考えた時もあった。
でも、どうやったところで、そんな都合の良い事は不可能だ。
『世界』が認めないのだ、と。
じゃあ、一体何の為に?
更に尋ねてみる。
まだ全然足りない。
お前に教えても無駄だ、と彼は言った。
待っていれば、本当に教えてくれるんだろうか。
まあ、ごねたところで、自分はそうするしか無いんだよね。
あ、そうそう。これの執筆以外にも、面白そうな事を思いついた。
彼が糧を得るのに意識を割いている間、彼の『記憶』を探ってみようかな、って。
まあ……絶対に、確実に、確定で彼の怒りを買う行為なんだけど。
何度も書くけどさ、それ以外に大してやる事無いし……。
彼の罵声やら怒声やら聴くのは、生憎慣れてしまったから。
よし、そうしよう。
別に、悪意は無いさ。
そう、これはただの暇潰し。
彼にとっては、逆鱗に触れられる様なものだろうが。
そうと決まれば、彼の意識が自分から離れる瞬間を見定めなければ。
誰かの目を盗んで何かをやるなんて、昔から得意なんだよ。"
"―――うっかりミスをしてしまった。
1ページ、2ページと、ちゃんと最初から埋めて使うつもりだったのに。
どうして気付かなかったのか。
5ページ目を飛ばして、次のページに書いてしまったんだ。
うーん、この白紙になっちゃった5ページ、どう使ったもんか。
自分は、最初から最後まで全部埋めたい派なんだ。
いつか、何か書きたくなったら書き込む事にしよう。
何か、は思い付かないけどさ。
それまで、この5ページは白紙にしておこう。"
"―――彼の『記憶』を、一部、視た。
胸中に渦巻くこの気持ちは、一体何と表現すれば良いんだろうか。
……、彼の呻き声が聴こえる。
酷く苦痛に満ちていて、聴いているこっちも苦しくなってくるようだ。
そのまま呻き続けられても困るので、様子を見に行こうと思う。
ここには医者も薬も無いから、本当に苦しんでいたからといって、何も出来ないけど。"
"―――あぁ、少し、後悔している。
行かなければ良かった……かな。
いや、行ってみて良かった……のかもしれない。
本当の彼を、見てしまった。
今まで接していた彼は、偽りの姿だったんだ。
本当の―――真実の彼は、
誰からも望まれず、置き去りにされ、押し込まれている。
そんな、醜く、憐れで、独りぼっちの子供だった。"
"―――『記憶』を視たのに気付かれてしまったようだ。
しかし、等価交換という約束を結んだ手前、このままではいけない。
だから、こっちの『記憶』も差し出す事にした。
流れる様な謝罪と共にその提案を申し出ると、彼はとても驚いていた……ように見えた。
一つ問題なのは、どうやって『記憶』を差し出すか、だ。
すると、彼が杖をこっちへ寄越してきた。
成程、確かにこれを使えば『記憶』を取り出せるな。
こう、こめかみに杖を突き付けて……スルリと……。
しかし、一体何処から杖を持ってきたんだか。
いや、この世界じゃ考えても意味は無いか。
銀色の靄の様な物を、彼は両手で掬い取った。
自分の知る限りじゃ、普通これは容器に入れる物だと思うが、無いのだからどうでもいいか。
普通なら、他人なんかに絶対過去の『記憶』なんか語らないし、渡しもしない。
単なる約束に従ったまでだ。
彼は怒りっぽいし友好的な態度ではないけれど、約束なんかには厳格的だったから。
こっちも、それ相応の対応をしなければいけないと思ったんだ。
『記憶』を視た彼の反応は、とても印象的だった。
包み隠さずドン引きしている。非難も受けた。
とても心外である。人の事は言えないだろうに。
しかし何故か、ちょっぴりだけ彼の態度が緩まった気がした。
こうなるなら、いっそ開き直って他の『記憶』も渡してやろうか。
でも、生憎自分はそんな素直な人間ではない。
彼がまた身の上話を提供してくるまで、こっちも渡さないさ。
だって、等価交換、なんだから。"
"―――幼少の頃から、『死』、について考えた事がある。
『死』とは一体どういう物なのだろう。
全ての生物に等しく訪れる、不可避の終焉。
肉体の時間的な限界によって起こる、生命の活動停止。
疾患や損傷が原因で、時には寿命を無視して襲い来る厄災。
いずれ『死』に囚われてしまうならば、何の為に命は生まれてくるのか。
屈強な肉体、機知に富んだ頭脳、素晴らしい物を生み出す才能。
どんなに優れた点を持ち得ていたとしても。
未来で、何もかも喪ってしまうのに。
全てが、無駄になってしまうのに。
もしも、『死』を越えられたならば。
その人間が所持する肉体、頭脳、才能、全部。
生物的財産とも呼べるそれらを、永遠に保存出来るだろうに。
どうしても気になって、調べたくて。
『死』を識る為に、色んな生物を死なせてみた事がある。
子供が虫を遊びで殺すのと、何も大差は無い。
命が終わる瞬間をちゃんと観察したくて。
一思いにやったり、時にはギリギリまで甚振ったり。
それを繰り返して、『死』という物を識ろうとした。
そんな事を平気でやっていた自分が、『普通』では無いなどとうに知っていた。
周りの人間は当然、『異端』として扱ってきた。
面倒で目障りだから、『普通』や『馬鹿』を演じてやった。
嘘を見抜けもしない愚鈍な連中は、それを続ける内にすっかり信じた。
動きやすくはなったけど、あんな馬鹿達と付き合わなければいけないのは、苦痛でしかなかった。
やりたくもない面倒事に手を出してまで、『死』の研究の成果が実ったというと。
解ったのは、たった一つ。単純な事。
……『死にたくはないけれど、生きる意味も無い』
ただ、それだけの事だった。"
筆者が解ったらスリザリンに10,6点。
次回から『賢者の石』に迫るかもしれないし
迫らないかもしれない。