転生したら分霊箱だった件   作:@ゆずぽん@

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今更ですが、「賢者の石」編はちょいと長いです。
未だに箒に乗ってない時点でバレバレですけど。
「秘密の部屋」編が速攻で終わりそうな作品である為、そこら辺を考慮した結果長めとなってます(「秘密の部屋」編が短くなるとは言っていない)
微戦闘パート有り。

身勝手な解釈でお似合いの将来を決め付けられる事程、
ありがた迷惑な話って無いですな。

あ、そうそう。
嘘吐きの言葉を全部鵜呑みにする必要は無いですよ。


Page 22 「鏡が語らう真実は?」

 ―――あぁ、一体私はどうすればいいのだろう。

 

 

 

 

 無意識に()()()()()()()()()を整えながら―――整える程乱れてはいなかったが―――動揺の余り無駄な行動を挟みつつも、静まり返った廊下を早足で歩く。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、周囲に人間は()()以外に居なかった。傍から見れば挙動不審に見える己の無様な姿を、誰かに目撃されずに済んだのは本当に助かった。

 

 と、混乱の最中に巻き込まれている己の思考へ、()()()()()()()高い声が響いた。地の底から這い出て来る様な、何とも形容し難い恐ろしい―――畏れ多い、主人の声。

 

 【―――クィレルよ、解っているだろうな?】

 

 その声には威圧的な響きが込められていた。例えではなく、本当に己の全身を絞め殺さんばかりの威圧に耐えられず、絶え間なく稼働していた足が止まる。その場に蹲り、主の言葉を遮る無礼を働くまいと、余計な口を挟まず次の言葉を待つ。

 

 【先刻説明した通りに事を済ませるのだ。まさかこのタイミングで"アレ"と出くわすなど、俺様でさえ想定外の事態だ。貴様が狼狽するのも無理もない事。だが、失敗は許さん】

 

 「は……。でっ、ですがご主人様、いえ、あのっ……し、質問をお許し願えませんか?」

 

 【ふむ……よかろう。今の俺様は()()()()が見付かって気分が良い。それくらいの事は許そう】

 

 「ま、誠に光栄でございます……。し、して、お聞きしたいのですが、……"アレ"は一体、何なのですか?」

 

 我が主に嘘や誤魔化しの類は通用しない。下手に遠回しな言い方は、逆に機嫌を損なう恐れがある。故に、随分と直球な訊き方となってしまったが致し方ないだろう。

 

 つい先程、対面した"アレ"。主人はその正体をすっかり掴んでいるようであったが、己には何者なのか皆目見当がつかない。存在がまるで雲の様に掴みどころがなく、不気味という三文字の印象しか抱けなかった"アレ"。

 スリザリンの制服を身に纏いながら、監督生バッジを付けておきながら、己の記憶に存在しない謎のホグワーツ生。鮮血その物を浴びたかの様な、あの妖しくも美しい真紅の双眸は、まるで、まるで―――

 

 【貴様が知る必要は無い】

 

 ギリ、と、心臓に不可視の縄が食い込む錯覚を感じた。ブワリと湧き出る冷や汗に背筋を震わせていると、思いがけず上機嫌な様子の声が続いた。

 

 【まあこの言葉で片付けても良かったのだが……。先程も言った様に、今の俺様は気分が良い。特別に教えてやろうではないか】

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 一つ息を吐き、呼吸を整えた。どうやら機嫌を損ねずに済んだらしい。感謝の言葉を忘れずに添え、主の言葉に全力で耳を傾ける。

 

 【"アレ"は俺様の欠片なのだ……そして同時に、俺様の未来を左右する存在でもある】

 

 欠片?"アレ"が、主の欠片?

 だとするならば、"アレ"もまた、我が主という事になるのだろうか?

 

 【まさか、()()()()()()に居るとはな……。だが、お陰でようやく知る事が出来た。未だに信じ難い事であるが……『死を越えし契約者』、"アレ"を指していたとは……これはこれは、何とも奇妙な因果よ】

 

 「ご、主人様?」

 

 【どうやってあの小僧の元に渡ったのかは興味深いが……いや、訊き出せばいずれ解る事だ。さて、俺様の捜し求めていた者の正体が判ったところで、早急にやらねばならん事がある。クィレルよ、忘れてはいないだろうな?貴様は"アレ"を回収せねばならない。あの忌々しい『英雄』の手から引き離さねばならない。愚鈍な貴様でも、これくらいの事は出来るだろう?】

 

 己の返事を待たずして、一方的に捲し立てられる。まだ訊きたい事、確かめたい事が多々あったが、口答えは許されない。口を噤み、これまでなんどもそうしてきたように、忠実にイエスの返答を告げる。

 

 【いい子だ、クィレル。俺様は未だに『賢者の石』に辿り着けぬ貴様に辟易していたところだ。―――さあ、これまでの失態を取り返せるな?】

 

 「勿論でございます!で、で、ですから、どっ、どうか…………どうか私めを、ご主人様、」

 

 【それは貴様の努力の結果次第だ。クィレル、貴様が何の為に俺様を受け入れたのか忘れなければ、失敗はせぬだろう?】

 

 そうだ。自分は選ばれたのだ。 

 闇の帝王に。

 偉大な魔法使いであるこの方に。

 ならばこそ、彼の命令を遂行する事こそが喜びであり、生きる意味となる。

 

 ―――"アレ"を回収し、『賢者の石』をも奪取する。

 

 『賢者の石』は腹立たしい事に、巧妙な手で守られているお陰で未だこの手に収める事が出来ていない。が、あの石と違って"アレ"は厳重な罠や魔法で保護されている訳ではない。すぐに回収に取り掛かれば達成出来るに違いない筈。

 その為には、禁じられた森の『奴ら』も利用するとしようではないか。

 思いがけず、『奴ら』を手懐けておいて本当に良かった。()()()()と違って、《ある一つの呪文》でしか対処出来ない怪物共。『奴ら』の望み通り、餌の準備をするとしよう。

 

 そこまで思考を巡らせて、不意にゾクリと悪寒が走った。

 背筋を冷たい氷が滑り落ちていく感触。

 思わずその不快さに声を上げてしまいそうになるが、ぐっと堪えて振り払う様に立ち上がる。

  

 「………ッ」

 

 両耳を塞ぎたくなる意思を必死に抑え込みながら、再び早足で歩き出す。これ以上、主の前で無様な姿を晒す訳にはいかなかった。

 けれども―――忘れたくとも忘れられない出来事が、疲弊している己の精神を酷く苛む。

 

 あの時、"アレ"が向けてきた、心情を見透かす様な―――真っ赤に染まった不気味な瞳。

 その瞳の奥深くで。

 射殺さんばかりの視線と感情を、確かに誰かが己に注いでいたのを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【―――お前如きが、手に入れられるとでも思っているのかい?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()とはまた違う―――魂すらも凍り付く様な恐ろしい謎の声が、今でも己の耳にこびり付いている。

 

 それが単なる幻聴だとしても。

 

 この先一生、忘れ去る事など不可能なのだろうと、主人にも感知出来ない思考の隅で呆然とそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――痛い。頭が痛い。力を吸い取られてしまったかの如き倦怠感も、おまけで付いている。

 

 

 

 

 ハリーは軽減されたとはいえ、未だにジクジク痛む傷跡を抑えながら、クィレルの後ろ姿を見送っているトムを見上げた。

 当の本人は大胆な行動を見せた後とは思えない程、ケロリとしている。完全にクィレルの姿が見えなくなると、床に落ちていたハリーの鞄を拾い上げ、座り込んでいる彼の元まで戻ってきた。

 

 トムが自分の前にしゃがみ込んだと同時に、ハリーは残存体力を振り絞って彼の頭を引っ叩いた。

 

 『いてっ、何するんだよ。僕は平和主義者なんだ。暴力・殺人・強盗には断固として反対するからな』

 

 「どこが平和主義さ。僕以外に見られないよう、日記の取り扱いには気を付けろっていっつも言ってたクセに、クィレル先生の前に堂々と姿見せて、会話して、何考えてんの」

 

 当然の疑問だった。彼の意図が解らず、ハリーは真っ先に追及を始める。

 だが、トムは持ってきたハリーの鞄の中身を確認していて、ハリーの方に顔を向けない。しばらくして、わざとらしく訊き返してきた。

 

 『うん、全部ちゃんと入ってる。え?何だって?何かおっしゃいました?』

 

 「だから、何であんなコトしたのって訊いてるんだよ。誰かに見られない様にって言ってる君の言葉と、実際にやってるコトが全く違うじゃん」

 

 『解んないなら、よーくお考えになったらどうです?』

 

 素知らぬ顔ではぐらかしを続けるトムの手を掴み、ハリーは真正面から再度問い掛けた。

 

 「何で教えてくれないのさ?さっきのあれ、どう考えても悪手だって、僕でも解るよ。どういうつもりか教えてくれたって良いでしょ」

 

 『ハリー、頭ってのは、眼鏡を掛ける為にあるんじゃないんだぞ』

 

 「知ってるよ。頭が無かったら、歩く時にバランスが取れないもん」

 

 『そういう問題じゃない』

 

 「あっ、美容院は皆潰れちゃうよね。クィディッチでヘディングも出来なくなるし……」

 

 『このアホ。素でボケるな。頭―――脳って言うのはな、物事を考える為にあるんだ。ちょっとは自分で考えなさい。ほら、この後、あいつはどう動く?』

 

 トムの言う通り、ハリーは真面目に考えを巡らせてみたが、想像もつかなかった。そもそも、向こうはトムの正体を掴んでいるのかも分からない。クィレルにとっては、完全に正体不明のスリザリン生にしか見えなかった筈だ。

 

 「解んない。解んない。解んない。ねぇ、いい加減焦らさないで教えてよ。気になってしょうがないんだから」

 

 しかし、彼はまるで遊戯を楽しむかの様に笑いながら、チッチと指を振った。

 

 『ふん、答えはしばらくお預け。もうちょっと自分で考える事』

 

 その様子から緊張感も真剣味も感じられなくて、ハリーは口をへの字に曲げながら窘める様に言った。

 

 「トム、この状況だよ。面白がってる場合じゃないでしょ」

 

 『馬鹿だな。先の長い人生、面白がった方が勝ちだ。深刻に悩んだって、グダグダ足踏みしたって、問題は何も解決しないしな。だったら、これから先に起こる事を楽しみに待ってるぐらいの、そんな気位でいた方が良いに決まってる。そんなに不安にならなくても大丈夫だって。大体―――』

 

 そこで少し言葉に詰まり、トムはハリーから視線を逸らした。横を向いて、フンと鼻を鳴らす。

 

 『大体、僕がついてるだろ。君が独りきりであいつに挑む訳じゃないんだから』

 

 「トム」

 

 そうだ。本当にそうだ。自分は独りじゃない。不安になる必要も怯える必要も無い。自分達は、二人なんだ。

 少し胸が熱くなってくる。やはり、彼は自分の一番の友人だ。改めてそう思った。

 

 『二対一なら戦う時の勝率も必然的に上がるさ。それに、こっちの内一人は呪いに対する護りの力を持ってるし、もう一人は超絶好青年で賢くて、魔法の腕が抜群だし』

 

 「調子に乗りたがる捻くれ者で、コロコロ態度の変わる詐欺師で、常日頃から意地悪な男だけどね。トム、解ったよ。ヴォルデモートを止められるなら何でもいい。君の考えに任せる。今この学校で、あいつを止められるのが僕達しかいないんだよね。僕達なら、出来るんだよね」

 

 『そうだ。僕達の魔法は飾り物じゃない。肝心な時に、叶えたい事を叶えられる力なんだよ。ハリー、大丈夫。魔法は感情の制御が大事なのさ。心を静かにするんだ。落ち着いてやれば、あいつらが襲い掛かってきたとしても反撃出来る。怖くないさ、僕がついてるよ』

 

 「いや、怖くはないけどさ。トム、君、今更僕相手に猫被りしても、ムダだとか思わない?この状況で優等生ぶったって、とっくに正体バレてるよ」

 

 『うわ、ハリーってば、僕がいつ猫被りなんかしたんだよ。全く、冗談きついなぁ』

 

 笑いながらハリーの片耳をギリッとつねった後、トムは背中を向けて語り出した。

 

 『ハリー、僕はな、たくさんの友達とか仲間とか欲しくないんだ』

 

 「うん」

 

 『僕はな、』

 

 「うん、トム、解ってるよ」

 

 しかし、次に出てきたのは予想だにしない発言だった。

 

 『僕にとっては、ドビーが一番大切なんだよな』

 

 「そうだよね、やっぱりドビーが一番で……はあ?ドビー?誰それ?」

 

 『ドビーが傍に居て、思う存分モフモフさせてくれれば、それで満足なんだ。そうさ、他には何も望んでないんだよ。あぁ、僕って本当に気高い精神の持ち主だな。余計な物を欲しがらない究極の誠実人間なんだ。その辺の凡人共と比べて、格って物が違うのさ。自分の高尚っぷりに自分で感心する。さっ、寝室に帰ろ帰ろ』

 

 トムが独り言を並べながらハリーの先を歩いて行く。呆然としているハリーなどお構いなしだ。

 

 ―――全く、とんでもない奴だ。どこをどう捉えれば自分の事を高尚だと言えるのか。コショウでも被っちゃえ。

 

 ハリーはホグワーツに来てからここ一番のため息を吐いて、未だに気怠い体を引き摺る様にして彼の後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――あら、こんな夜遅くに、一体何処に行っていたの?」

 

 帰り道。グリフィンドールの寮へ繋がる入口の扉を担っている、『太った婦人』の肖像画が夜中に寮から出ていたハリーを見て、訝し気に問うてきた。何故か先行していたトムは姿が見えなかったが、ハリーは気にせず婦人に合言葉を唱えた。

 

 「な、何でも無いよ―――。カプート ドラコニス」

 

 肖像画が前に開いた。重い体を動かし、何とか談話室へ入り込む。

 それから螺旋階段を上り―――今のハリーにとっては地味に辛い道のりだったが―――ようやくベッドまで辿り着く事が出来た。既に同室の四人は深い眠りに落ちており、ハリーの来訪には気付かない。

 

 だが、ここに来てやっと、ハリーはとんでもない大ポカをやらかしていた事に気付いた。

 

 ポケットの中に、自分の杖が入っていない事。

 トムが拾ってくれた鞄の中にも、入っていない事。

 

 何となくローブや鞄の中をまさぐってからその失態に気付き、慌てて(いつの間にかハリーのベッドを占領していた)トムに事情を告白すると、思い切り頭を叩かれたのは説明するまでもない。

 

 

 

 

 「ちょっとトム!気安く叩いたりしないでよ。君、馬鹿力なんだから、頭蓋骨が割れたら大変でしょ」

 

 『馬鹿とは何だ、馬鹿とは』

 

 「んじゃ、アホ力」

 

 『うわっ、うわっ、ハリーに馬鹿だのアホだの言われるなんて、雄鶏にチキンの作り方教わる様なもんだろ』

 

 「意味不明なコト言わないで。そもそも―――」

 

 いつもの様に口論がしばし続いて(同室のロン達を起こさない様、防音呪文を掛けながら)、しかし容態の優れないハリーはその内言い返す気力も無くなり、ベッドへ溶けたスライムの様に沈んでしまう。

 

 『…………はぁ。全く、手のかかる……』

 

 そんなハリーにそれ以上の追撃は行わず、トムは実体化を続けたまま、心底めんどくさそうな表情をして一人で出て行った。

 

 

 

 

 ハリーはその後ろ姿を見送る途中で全身の倦怠感に抗えず、そっと瞼を閉じた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――青年が、見える。

 

 気が付けばハリーは何処かの屋内―――恐らくは一軒家の中に突っ立っていた。

 灯りが点いていないのか薄暗く、部屋の全貌は把握出来ない。しかし、そんな薄闇の中で自分以外にも人間が立っているのが見えた。

 それは青年だった。黒髪の整った顔立ちの青年が―――ゾっとする程冷たく暗い表情をして、何かを見下ろしていた。まるで道端に捨てられたゴミを見るかの様な、冷酷な光を湛えた双眸を一点に注いでいる。尋常ではないその様子に、声を掛けようとした口が固まる。

 

 ―――あんな、あんなにも恐ろしい顔をして、一体何を見ているんだろう?

 

 青年の視線の矛先がこちらに向けられるのが怖くて、ハリーは彼に気付かれぬ様呼吸を浅くする。足音も立てられないので、動かずにじっとしている事にした。

 それでも青年の見ている物が気になって、首だけを動かして何とか確認しようと試みる。

 

 かろうじて分かったのは―――男の人だろうか。

 男の、それも大人だ。大人の男性が―――腰を抜かしたのか、尻餅をついて青年を見上げていた。恐怖に塗れた瞳が、青年の冷たい視線を見返している。青年が見ていたのは、この男性だったのだ。

 決して若くはないが、老いているとも言えない大人の男性は、ガタガタと震えている。ただただ視線を注いでくる青年に怯えているのだろうか。確かに、誰だってあんな視線を注がれたらたまったものではない。体が竦むし、思わず身震いだって起こしそうだ。

 

 ―――二人の間に、何があったのだろう?

 

 彼らはハリーに気付いていないようで、互いに視線を交わし合っている。ハリーが動く事も出来ずに見守っていると、やがて青年が先に口を開いた。

 

 「……ははっ」

 

 嘲笑だった。声は掠れている様に感じたが、そこには確固たる憎悪が込められていた。

 青年が動きを見せたせいか、男性はビクリと肩を跳ねさせた。しかし、青年の機嫌をこれ以上損ねまいとしているのか、声を上げる事はしなかった。

 

 「……怖いか?今更?母さんを捨てようとした癖に。そんな性根のアンタが、今更あの女の息子を怖がるのか。おかしな話だよね」

 

 クスクスと茶化す様に青年は笑い声をあげる。場の雰囲気を一新させる様なふざけた態度だったが、目は一切笑っていない。男もそれを把握しているのか、恐怖に引き攣った表情を崩さなかった。

 男は数秒の間、青年の笑っている様子に沈黙を貫いていたが、やがて息も絶え絶えに一言を絞り出した。

 

 「……お前なんか、息子じゃない……ッ」

 

 とてつもなく小さな声だったが、青年はその声を皮切りにピタリと笑うのをやめた。一瞬目が細められるも、すぐに見下す様な目付きへと戻る。

 

 「そうだな。()()()()()()、アンタが父親だなんて反吐が出そうだよ」

 

 視線と同じ冷たい声だった。青年はつまらなそうに一息吐くと、男から視線を外し部屋の隅へと歩き出した。彼が男の傍を通り過ぎる時、解り易いくらい男の全身が強張るのが見て取れた。

 一体何処へ向かうのだろうとハリーが考え掛けたその時、パチンという音と共に突然部屋が明るくなった。何事かと青年を見れば、片手で壁に付けられているスイッチを押していた。どうやら、部屋の電気を点けたらしい。

 闇から一転、光の中へ。今まで薄暗かったせいで、慣れない眩しさにハリーの目が眩む。そうこうしている間に青年は男の近くへ戻ると、闇が晴れ()()()()()()()()()()()()()()()を再び覗き込んだ。

 

 「―――ねぇ、どうして母さんと一緒になった?アンタみたいな人間が、何で母さんと一緒に()()()?」

 

 質問を投げている間も、青年の視線は男の顔から一度も離れなかった。貪る様な目付きだった。

 男は答えない。少しでも青年と距離を取ろうと足掻いているのか、震える足を動かして尻餅を付いたまま後退しようとしている。

 青年は返事を寄越さない男に対し、不思議と怒りは見せなかった。しばらくの間、口を閉じたままの男を見つめて―――答えを得たかの様に、満足気に声を漏らす。

 

 「……何だ。結局、そういう事か。下らない。……本当に、下らない真実だ」

 

 最後の言葉は半ば投げやりに感じた。見れば、青年の瞳は空虚で満たされている。充血でもしているのか、彼の瞳は赤かった。

 

 「()()()()()()()()()

 

 ポツリ、と、誰に向けるでもなく、青年は呟いた。

 自分で自分の事を確認するかの様な言葉だった。

 

 「母さんはきっと否定したかもしれないけど―――ずっと考えていた可能性は、()()()()()()()()()。結局、アンタ自身に()()()()()は無かったんだ」

 

 さっきの質問は何かの答え合わせだったのだろうか。青年は勝手に一人で満足すると、再度男を最大限の憎悪と共に見下ろした。

 男は、これから何かが起きると勘付いたのか、慌てて声を上げ出そうとする。

 

 しかしハリーに分かったのはそこまでだった。突然目の前の光景がグニャリと歪み出し、青年と男が姿を消してしまう。

 あまりにも突然の変化に、思考が追い付かない。

 

 

 

 

 そして景色は歪み続け―――あっという間に、舞台は真っ白な空間へ早変わりしてしまった。

 

 

 

 

 白い。何も無い。地面も無いのに、ハリーは景色が変わる前と同じ突っ立ったままの体勢だった。とても不思議な事だ。

 そこまで認識してようやく、固まっていた体を動かして周囲を見回す。けれども、事態は変わらない。真っ白な世界が、地平線も無く続いている―――ただ、それだけだった。

 

 「ここ……どこ……」

 

 声に出しても意味が無いと解ってはいた。それでも呟いていた。

 何か、何か行動しなければと、固まっていた足を動かそうとする。

 

 何だか全身がフワフワする―――これは、やっぱり夢?

 

 現実じゃあり得ない空間に自分がいる。ハリーはここが夢という推測を立てつつ、真っ白な世界を探索しようと足を踏み出して―――

 

 不意に、それを遮る様にして、目の前に黒炎が現れた。

 人の形をした―――この白い世界とは正反対の、黒炎がハリーの進路を塞ぐ形で立ち昇ったのだ。シルエットが人間なのは解るのだが、全身が陽炎の様に揺らめいている。当然、顔も体格も性別も年齢も、判別出来ない。

 いきなり異物が登場した事により、ハリーの足が黒炎に接触する一歩手前で停止する。これは、一体なんだ?

 

 動揺して再び固まるハリーに応える様に、黒炎から人間の声が発せられた。

 

 

 

 

 【―――やあ、小さな魔法使い君。初めまして、かな?】

 

 

 

 

 挨拶の言葉としては丁寧な部類だったが、その声からは人を見下した様な感情が感じられた。ハリーは何となく不快になり、その心情を包み隠さず不躾に問い掛けた。

 

 「―――あなた、いや、君?は……誰?僕に何の用?」

 

 対して人型の黒炎は、腕を顎に当てる様な仕草をした。会話が通じる点と姿形からして、燃えている様に見えるだけで目の前にいるのは―――どうやら自分と同じ人間らしい。

 

 【ふむ……こちらの事をどう紹介しようか?そうだ……例えば……、君と一緒に居る……彼と親しい友人―――なんてのは、どうだい?】

 

 自分と一緒に居る彼、とは誰だろうか。

 もしかして、トムの事だろうか。

 

 ハリーはそこまで考えて、少し語気を荒げて言い返した。完全な直感だったが、目の前の「人を見下した様な気持ちが透けて見える何者か」が、彼と親しいなどとは考えられない。

 

 「ウソだ。君みたいなヤツと仲良くなるような人じゃないよ。そんなの、僕だって解る。バカにしないで」

 

 【少なくとも、君よりは彼と過ごした時間は長いんだけどね?】

 

 一体何を言っているのか。彼が、自分以外と過ごした人物は他にいただろうか?

 その様な話は、聞いた事が無い。ハリーの不信感は益々募ってゆき、知らずの内に黒炎を睨み付けていた。

 

 そんな視線を物ともせず、黒炎は両手を広げて唐突に語り出した。 

 

 【ねえ、彼は素晴らしい闇の魔法使いになれるとは思わないかい?】

 

 ―――やっぱり、何を言っているのか微塵も理解出来ない。

 

 ハリーはここが夢かもしれないという思考も捨て去り、静かな怒気を孕んだ声で否定する。

 

 「……思わない」

 

 【彼なら、きっとなれる。有象無象共を排し、腐り切った世界に変革を齎し、闇を蔓延させる。そんな魔法使いになれる素質が、十分に有るんだ。導いてあげれば、その道をきっと歩んでくれるだろう】

 

 「やめてよ!……た、確かに闇の魔術に向いてるような性格してるけど、だからってそれが悪者になる素質だとか、勝手に決め付けないでよ」

 

 精一杯の反論だった。

 

 お世辞にも善人とは言えない彼の事だ。闇の魔術方面の素質があると言われて、全てを否定する事は出来なかった。けれども、彼が『そっちの道』へ堕ちるとも思えないのもまた事実だった。

 彼は確かに捻くれているが、ヴォルデモートとその配下の死喰い人の様な、闇の魔法使いに対してははっきりとした嫌悪感を示しているし、魔法を悪用して人間を直接害した事など一度も無い。悪用と言えば、精々魔法の便利な面を利用し、怠惰な使い方をしているくらいだ。そんな人間が、闇の魔法使いになるだって?全く思えない。

 そもそも、彼の目的が闇の魔法使いが行う様な悪事だったら、自分の元になど来てはいない。とっくにヴォルデモートの方を訪れ、彼に協力している筈だ。

 

 「僕は思わない。捻くれた面もあるけど、ヴォルデモートみたいな……へ、平気で人を傷付けたり、殺したりする様なヤツじゃないよ。君だって彼を見てきたんなら―――それくらい解るんじゃないの?」

 

 そういう素質があるからといって、必ずしも『そっちの道』に堕ちるなんて断定出来ない筈だ。

 出来たとしたら、スリザリン生は皆闇の魔法使いになっている。魔法界がそんな酷い惨状になっていない事など、自分にだって解っている。スリザリンにだって善良な魔法使いはいるし、過去にグリフィンドールから闇の魔法使いが出てしまっている事実もある。一概に全てをこうだと決め付けるのは間違いだろう。

 

 「もしそういう道に走りそうになっても、そんな事させない。僕が許さないから」

 

 【へえ、なら君に何が出来るんだい?これといって特別な魔力も持たない君が、どうやって彼の歩む道に指図が出来ると言うのかな?】

 

 「そ…それは……」

 

 【彼には彼の、もっと相応しい道があるんだ。君の言う通り―――彼はここまで、その道を踏まずに来ているけどね。―――だが、こちらが誘導してあげれば済む話さ。それにはやっぱり、君が邪魔だ。君に憑いているその『欠片』も】

 

 『欠片』。

 この黒炎は、自分の知らない事ばかり語ってくる。何が何だかさっぱりだ。

 

 慄いているハリーを差し置いて、黒炎は返答も待たずに一方的に捲し立て始めた。

 

 

 

 

 【君達は気付いていないだろう。まあ、()()()()()()()()もなかったから当然なんだけど。どうして、君達はここまでの仲を築けたと思う?誰に対しても心を閉ざす彼が、生き抜く為に必要な『通過儀礼』だとしても―――どうして君と友人の様な関係になれたんだと思う?】

 

 【君が特別だから?境遇が似ているから?仲良くする方が効率的だったから?……違うね。彼は『同じ』なのを嫌うんだ。嫌でも思い出してしまうから。本当は、君みたいな境遇の人間に親しみなんて感じやしない。()()()()()()()()()()()()。……ねえ、彼の『暗い感情』は、一体()()()消えたのかな?】

 

 【君達が友人になれる道なんて、本当は存在しなかった。―――だから、用意してあげたんだよ。そうとも知らずに友人面をしている君は見ていて滑稽だったけれど、やはり少々目障りだね。君にはここで退場してもらおう】

 

 

 

 

 聞き逃せない単語が出て来て、ハリーは目を見開いて大声を上げた。両手が自然と握られる。

 

 「さっきからワケ解らないコトばっかり!お前なんかの思い通りになんかならないよ!させない。早く伝えなきゃ―――」

 

 この不気味な夢から逃れようと、ハリーは振り返って走り出そうとした。夢から覚める方法なんて知らないが、やってみなければ分からない。

 

 そうだ。早くこんな夢から覚めて、彼に伝えなければ。この、邪悪な何者かの邪悪な企みを、彼に―――

 

 だがハリーの体は、縫い付けられたかの様にピクリともその場から動かなかった。自分の中ではとっくに走り出している筈なのに、どうして。

 

 ―――まさか、こいつが、こいつが邪魔をしている?

 

 【……君はどうしようもない馬鹿ではないんだろうけど、それでもこの場じゃ実に馬鹿だね。何の為に、わざわざこちらの思惑を君に晒したんだと思う?】

 

 顔を顰めながら、それでも不可視の拘束に抗おうとしているハリーへ近付いて、黒炎は囁く様に語る。

 

 【どうせ君の意識はこちらと成り代わるからだよ。元々、日記帳(アレ)には()()()()()()()()()()()()()()()。君の排除と彼への直接的な接触、この二つが同時に達成出来る日を、ずっと待っていた】

 

 「――――――、」

 

 【そんなに怯えなくても大丈夫さ。死ぬ訳じゃない。彼の友人はこちらが代わりにやってあげるから、安心しなよ】

 

 平然と恐ろしい事を口にする何者かが。

 何でもない事の様に説明している何者かが。

 ハリーには、理解出来ない。

 

 「どう、して……」

 

 段々と口の自由さえ奪われていく中、ハリーは掠れ掛けた声で、何とか叫んだ。

 

 「どうしてそんなに彼に拘るの……?お前みたいなのに、騙される様なヤツじゃないのに……!」

 

 【―――彼が、必要な物を全て持っているからだよ】

 

 ハリーの言葉もサラリと受け流して、酷くゆっくりとした速度で近付いて来る。まるで、わざと恐怖を感じる時間を長引かせている様に感じられた。

 

 【それに、呆気なく嘘に踊らされる様な馬鹿な人間には興味が無いんだ、生憎ね。彼を導くのは楽ではないだろうけど、それでこそやりがいがあると思わないかい?これでも教師を目指していたんだ、信じられないだろうけど】

 

 「さ―――さっきから―――導くとか道を用意するとか、トムはお前の物じゃない!」

 

 【―――君が、『その名』を口にするなよ】

 

 声のトーンが、明らかに低くなった。

 さっきまでの、どこか見下す様な、嘲る様な調子とはまた違う―――別次元の、負の感情が滲んでいた。ハリーの言葉が完全に止まる。

 黒炎は平常心を取り戻す様にヒラリと片手を振ると、ハリーに向き直った。

 

 【まあ、いい―――特別に許してあげるよ。今からしっかり貢献してもらうのだからね。さあ……消える覚悟は出来たかい?】

 

 ふざけるな、そんな覚悟、誰が決めるものか。

 

 ハリーの言葉は、しかし紡がれる事は無かった。

 

 【君の体を貰うよ。こうでもしないと彼に逢えないからね。この時の為に、君達を()()()()友人に仕立て上げたんだ。精々役に立ってもらおうか―――ハリー・ポッター】

 

 人型の黒炎が手を伸ばしてくる。体が動かない。

 

 ―――嫌だ、誰か……ッ!!

 

 どうにも出来ないと解っていても、ハリーはせめてもの抵抗として、目を閉じる事はしなかった。

 ―――そんなハリーだからこそ、確かに捉える事が出来たのだ。

 

 

 

 

 触れられる寸前で、黒炎が弾かれた様にその手を引っ込める瞬間を。

 

 

 

 

 【――――――、っと…………。まさか。このタイミングで、邪魔が入るとは……】

 

 顔は相変わらず確認出来ないが、ハリーは黒炎が忌々しそうに表情を歪めるのが手に取る様に解った。

 まさに九死に一生を得たと言っても過言ではないハリーは、何が自分を救ったのかも知らぬまま、黒炎を再度睨む。こんな奴に、屈したくは無い。

 

 【命拾いしたね。まあ―――先延ばしになっただけだ。精々、今の内に残り時間を謳歌していなよ】

 

 状況を把握し切れていないハリーを置き去りにして、まるで鎮火してゆく炎の様に、向こうはその形を白き世界から消してしまった。

 

 ハリーは黒炎の言葉から、()()()()()()()()()()()()()()()()()事を悟り、何とか拘束されたままの体を動かそうともがき続ける。

 

 

 

 

 ―――その様子を、ハリーの体勢からは絶対に見えない後方で。

 

 難しい表情をしたまま、まるでハリーを見守る様にして眺めている、ローブを纏った黒髪の青年がいた事には気が付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーをベッドに送り届けた後、トムは再び校内を歩き回っていた。

 

 倒れた時に、もしかしたら廊下に杖を落としたかもしれない―――と騒ぐハリーを見兼ね、こうしてわざわざ探してやっているのだ。

 あの容態のハリーを下手に動かす訳にもいかない。杖は魔法使いの命とも言うし、失くしたらそれはそれで一大事だ。今回ばかりは捜索を引き受けてやる事にした。

 

 ハリーが倒れた廊下へと足を運ぶ。

 時間帯から考えて、誰かが通り掛かって持ち去る、といった可能性は少ない。もし本当に落としていたのなら、容易に見付けられる筈だが―――

 

 そうして、特に警戒する事も無くマイペースに歩いていた時だった。

 

 

 

 

 『―――ッ!!!』

 

 

 

 

 突然、後頭部を鈍器で殴られる様な衝撃が襲った。

 

 痛みは無かったが、衝撃と共にトムの頭がグラリと揺れる。片手で頭を押さえ、衝撃の正体を確かめようと振り向いた。

 

 廊下の先―――曲がり角の所に、黒いローブで全身を包んだ何者かが杖をこちらに向けたまま、立っていた。顔は隠れて見えない。こちらの視線に気付くと、フード野郎が僅かに肩を揺らしたのが見えた。―――怯えている?

 フード野郎は数秒間たじろいでいるようだったが、やがて身を翻して曲がり角の向こうへ消えた。

 

 いきなり襲撃された状況を高速で整理している頭の中で、若干驚きの感情が込められた声が聴こえてきた。

 

 【―――これはこれは、驚いたね。まさか、いきなり《服従の呪文》を掛けてくる人間がいるなんて】

 

 この声を聴くのも地味に久方振りだ。

 何故こちらが受けた呪文をこいつが分析出来るのか、いや、こいつの置かれている状況から考えれば何もおかしくはないか―――という思考は隅に追いやり、慌てて質問を飛ばす。

 

 『な……何だって?《服従の呪文》?』

 

 【うん。……何で解るかって?いや、そこは今重要じゃないだろう。とにかく、分霊箱の身で良かったね?生身の人間だったら、今のでとっくに終わっていたよ】

 

 正体不明の魔法使いにそんな呪文を挨拶代わりに送られるとは。何て奴だ。いや、向こうの正体は大体見当がついているので、そこに驚きはしてない。

 肝心なのは、掛けられた呪文である。

 《服従の呪文》。詠唱すると《インペリオ》。対象に多幸感を与え、術者の命令に従う事を幸福な事だと思い込ませ操る、『許されざる呪文』の一つに名を刻んでいる代物だ。

 幸運だったのは、こちらが分霊箱であるという事。分霊箱はほとんどの魔法や呪い、物理的損傷を防いでしまう。一部の例外的な手段でしか危害を与えられないのだ。衝撃を感じるだけで済んだのは、自分が分霊箱だったからだろう、多分。

 

 何故、いきなり襲われたのか。

 

 何故、《服従の呪文》を掛けてきたのか。

 

 とにかく、今すぐフード野郎を追って締め上げる必要が急遽出てきた。

 人目だとか、ダンブルドアの監視網だとか、そんな物は思考の外にポイ捨てだった。

 

 『あ……あったまきた。あの野郎、絶対とっ捕まえて《クルーシオ》の特盛セットをお見舞いしてやる!』

 

 先制攻撃をしておいて、詫びも入れずに敵前逃亡とは、随分と舐められたものだ。

 これは捕まえた後、自分が誰に喧嘩を売ったのかしっかりと思い知らせてやる必要がある。

 

 そうと決まれば一直線。

 まずはこんな時間帯でも誰かの目に入る事を考慮し、自身に《目くらまし術》を念の為掛けておく。これは対象をカメレオン状態にする様な魔法だ。色や質感を周囲に同化させ、溶け込み、認識を防ぐ、文字通り目くらましの術。透明になるという訳ではないが、誰かに接触しなければそんなものは問題ないのである。モーマンタイである。

 

 ちなみに、こんな魔法あるのならとっとと使っとけよという意見もあるかもしれないが、生憎彼がこれを習得したのはつい最近である。50年間、主に「戦闘用の魔法」の習得に集中していたので致し方ない。

 

 疑似的な透明人間状態へ移行すると、トムはノータイムで走り出しフード野郎の後を追う。呼吸の必要が無いので常に全速力を保てるものの、今の自分が行動に使用するのは体力ではなく魔力だ。下手に魔力切れにならないように気を付けなければいけない。

 身体強化の魔法でも使えばもっと早く走れるだろうが、魔力消費も馬鹿にならない。ここは落ち着いて、魔法に頼らず動く事にする。

 

 【流石に性急過ぎないかい?相手の正体も解らないのに―――】

 

 『正体は大体解ってる。確かに性急なのは自覚してるさ。けど、モタモタして結論を先延ばしにする事こそ愚の骨頂だ。わざわざ下手人を取り逃がすなんて大失態だろ!』

 

 【ふむ……確かにそうかもしれない。ある時は慎重に、ある時は大胆に動けるのが君という人間か――】

 

 何か、同居人が勝手に一人で納得する様に呟いているが、気にしてはいられない。

 ただいま絶賛、脳内で『天国と地獄』が流れている。夜のホグワーツで、追いかけっこが静かに幕を開けた。……静かに、なのだろうか?

 

 (あいつはダンブルドアに気付かれない様に行動している筈。つまり、あいつの通るルートは誰も監視していないって事。この時間に限っては、多少城内を動き回っても誰かに見られる心配は無いだろう―――保険で《目くらまし術》も掛けた。なりふり構わず動かせてもらう!)

 

 曲がり角をスピードを緩めずに曲がる。その先―――階段をスルスルと滑る様に上がっていく影が見えた。恐らく奴だ。

 よりによって上に逃げるとは、馬鹿な奴だ。いや、ここは魔法界。高い所へ追い詰められても、いざとなれば空を飛ぶ術や、高所から安全に着地する方法が存在する。となると、一見愚策にも見えるこの行動も、馬鹿には出来ないのかもしれない。

 

 (逃がすか!ええと、こういう時に使える呪文は―――)

 

 『《インペディメンタ》!』

 

 相手の動きを遅らせる呪文。より多くの魔力を使えば、完全に動きを止めたり、吹っ飛ばす事も可能だ。

 連続で数発お見舞いしてやる。放たれた閃光は、しかし悉く外れてしまった。寸前で相手がヒラリと階段を上り切ってしまったのだ。思わず舌打ちが出る。

 

 【いや、今のは良い線を行っていた。相手に何の呪文か知られてしまったのが痛かったね】

 

 『ああそうかい!悪かったな、無言呪文が使()()()()()!』

 

 【――――――、】

 

 向こうは何か反論したげな様子だったが、構っている余裕はない。

 

 つい力んで、相手に聴こえる様大声で詠唱してしまったのが失敗要因らしいが、反省は後だ。

 何の呪文か知られても、当てれば良いだけの話である。

 

 同じようにこちらも階段を上り終えると、少し開けた広間の中央を中々の速さで突っ切っているフード野郎の背中が見えた。

 好都合だ。この広さなら、()()が出来る。

 

 『―――《インペディメンタ》、《インペディメンタ》ッ、《インペディメンタ》!』

 

 即ち、偏差射撃。FPSで鍛えられたこのエイム力を以て、相手を仕留める!

 

 前世では割と上位に名を連ねていたFPSプレイヤーでもあったのだ。抜群の射撃力と優れたステルス行動で、戦場を毎回阿鼻叫喚の嵐へと導いていた頃を思い出す。

 ちなみにその時のハンドルネームは、思いつきで考えた『アガサクリス・T』。別名『サイレントキラー』というあだ名が当時のFPS界で崇められていた。

 「リアルでは絶対ヌルフフ言ってる殺し屋」だとか、冗談でも誤解を招かれない噂まで流された事もある。誠に遺憾である。誰が殺せんせーだ。ヌルフフとか言ってねーわ、アホか。

 

 ―――あれ?今、『本名』を思い出しかけた?

 

 昔使用していたハンドルネームについて考えていると、それに引っ張られて前世での本名が脳内でチラついた気がする。確か、本名から取って付けたネームの筈だ。

 いやいや、今は全く無関係な事ではないか。余計な思考は取っ払い、呪文が命中したかどうかを確認する。

 

 相手の移動先へ着弾する様に連続で放った呪文は、確実に命中―――とまではいかなかったが、相手のフードの裾を掠った。一瞬動揺したのか、僅かに足が縺れかけたのがこちらにも分かった。その隙を、二発目が見事に捕らえてくれた。

 フード野郎の、恐らく右肩の部分を閃光が襲った。相手は無言で身悶えし、動きを鈍らせている。

 畳み掛けるなら今しかない。

 

 『《ステューピファイ》』

 

 動きを鈍らせたなら、確実に行動不能へ陥らせるしかあるまい。

 失神呪文を背中へ向けて思い切りぶち込む。この状況なら外しようがないだろう―――と、どこか余裕ぶっていたトムを、相手は見事に裏切ってきた。

 

 「―――《フィニート》」

 

 初めて、相手の肉声を耳にした気がする。

 

 呟かれたのは、呪文の効果を強制終了させる《フィニート》という呪文。

 それにより、一時的な拘束から逃れたフード野郎は、地を這う大蛇の様に低い体勢のまま、広間を通り過ぎて狭い廊下へと姿を消した。

 

 まさかあっさり抜け出されるとは思わなかったこちらの慢心を、まんまと突かれてしまった。

 呪文を連続で使用した事による疲労感で止まっていた足を、慌てて再稼働させる。

 

 『ま、待てこのッ……臆病者!』

 

 精一杯の皮肉は、果たして向こうに届いただろうか。

 しかしまあ、開かれた距離が大き過ぎる。このままでは逃げ切られる事だろう。嫌でも解ってしまう。

 

 焦燥感と共に廊下へ飛び込み、相手の姿を見付けようと目を走らせ―――走らせ―――

 

 『だーッ、何処に隠れやがった……!扉多過ぎるだろこの……ッ』

 

 廊下には、いくつもの扉が並んでいた。

 どれも似た様な形で、多少開き掛けている物、ぴったりと閉じられている物、亀裂だらけで隙間から向こう側が見えてしまい、扉としての役目をちゃんと果たしているのかと心配になる物まで、実に様々な扉の皆さんがお出迎えしてくれた。

 

 勿論相手がこの廊下を通り抜けている可能性もあるが、この中の扉のいずれかに身を隠した可能性も捨て切れない。となると、扉の中を一つ一つ捜索する必要がある。

 

 『……捜索してる間に逃げられる気もするけど……』

 

 自分が扉Aの中を調べている隙に、扉Bに潜んでいた奴が中から出てきて無事逃亡―――という展開も起こり得るっちゃ起こり得る。

 だが運が良ければ、「最初に調べた扉の中に実は居ましたよ」、という展開も起こり得るだろう。

 気分は、完全にガチャの気分だった。鬼が出るか蛇が出るか、レアを引くかコモンを引くか。

 

 【―――あの扉なんかは、どうかな?】

 

 自分が目に付いた扉の一つに視線を向けた瞬間、声を掛けられた。

 単なる提案だ。嘘も真実も無い、他愛のない提案。否定する理由も特に無かったので、今回ばかりはその言葉に乗ってやる事にした。

 

 まずは、その扉へ近寄る。

 しっかりと閉じられている奴だ。こういう開かれた形跡が無さそうな所に限って、それをカモフラージュに利用し、犯人が潜んでいたりする事は割とあると思う。

 

 扉を開けた瞬間、正面から呪文をぶち込まれるという事態にならない様、警戒心を最大まで引き上げて―――魔法で扉を一思いに開け放った!

 

 

 

 

 『……ッ、…………』

 

 緊張で思わず声が漏れたが、想像していた事態には発展しなかった。

 

 中はガランとしていて、家具や小物はほとんど置かれていない小部屋だったのだ。暗くて全貌は見えないが、人間の気配もしない。―――要するに、外れだ。

 

 『はぁ…………』

 

 肩の力をストンと抜き、緊張感を逃がす様にため息を吐き出す。

 

 しかし、自分と同じ様に《目くらまし術》を使って隠れていましたよ、という可能性もあるので、一応部屋全体をしっかりと見ておく事にした。

 

 『《ルーモス》』

 

 灯りを点し、杖を左右に動かして部屋の中の暗闇を暴いていく。

 ついでに、《フィニート》と唱えてみた。何も変化が起きないので、フード野郎が《目くらまし術》などで隠れている可能性は完全に消え去った。

 

 『ん…………何だ、これ』

 

 灯りを使用して初めて気付いたが、どうやら部屋の中には一つだけ、何かが設置されていたらしい。

 

 大きめの何か―――これは、鏡、か?

 

 灯りの先に現れたのは、天井にぶつかるんじゃないかと思うくらい高い、金縁の立派な鏡だった。金額にするとさぞお高いに違いない。だが、その立派さを少々打ち消してしまう要素がある。埃被っているのだ。ここにしばらく放置されていたのか?

 

 『うわっ、触れる……』

 

 そっと手を当ててみると、見事に接触出来た。という事は、何らかの魔法道具、だろうか。

 にしても、暗闇の中にポツリと立つ姿見など―――ホラー映画でしか見ない。実に不気味だ。幽霊が映ったり化け物が映ったり、まさかそういう代物じゃないだろうな、という考えが場違いにも出てくる。

 

 『ていうか―――僕、映ってないし』

 

 こうして手を当てている自分が、鏡の中に見えない。誰も映っていない。明らかにおかしい。

 

 まさか、本当に幽霊なんかが映り込んだりして。などと考えていると、鏡の中に異変が起きた。

 

 グニャリ、と―――ほんの一瞬、鏡の中心が歪んだ気がした。そして、歪んだその後―――先程まで何も写さなかった魔法の鏡に、何かが映っていた。

 

 『うん……?何だ?《ルーモス・マキシマ》』

 

 何かの正体を確認するには、光量が足りない。トムは灯りを強くして、鏡の中を再度覗き込んだ。

 

 『―――うわ、何だよ、これ……』

 

 

 

 

 映っていたのは、―――死体、だった。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()が、()()が人間だという事は理解出来る。人間が、グッタリと脱力して、目を見開いたまま仰向けに倒れている光景が映っていた。

 

 ―――何と趣味の悪い鏡だろうか。まさか、本当にこんなホラーじみた物を映すとは。

 何となくぶっ壊してやろうかと思い始めていると、再び鏡の中心が歪み出した。

 

 『今度は、何だ?』

 

 歪みが収まると、死体はもう消えていた。代わりに、今度は性別も年齢もはっきりと判別出来る人間達が、鏡の中で()()()()()のだ。

 

 

 

 

 大人の男女が一人ずつと、少年が一人。計三人が、鏡の中で生き生きとしていた。

 

 

 

 

 女性が少年の頭を愛おしむ様に撫でている。

 少年は解り易く喜ぶと、女性の手を離れて男性の方へ飛び付いた。いきなり飛び付かれた男性は驚きこそしたものの、すぐに微笑み、少年を抱き上げて肩車をし出した。少年の表情が興奮で彩られるのが、嫌にはっきりと見えてくる。

 

 その時、自分でも知らずに後退りしているのに気付いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いつの間にか、襲撃犯を追跡する事すら忘れて―――鏡の中の光景を、眺めていた。

 後退りしながら、後ろ手で部屋の入口を探る。目線は鏡に囚われたまま、己の体はこの部屋から離れようとしていた。矛盾している行動に、自分でも理解が追い付かない。

 

 そんな彼を嘲るかの様に―――鏡は三度、歪んだ。

 

 次の光景が映し出される。そこには、一番初めと同じ物が在った。―――死体だ。

 唯一の相違点は、死体の前に人間が立っている事だった。

 

 黒髪の青年が、全身が血に塗れている青年が―――死体を背にして立っており、光を失った瞳で、無表情のままこちらを覗き込んでいる。

 ただの鏡像の筈なのに、青年はこちらの顔をしっかりと捉え、一瞬たりとも目を外さなかった。

 

 『―――、――――――ぁ、』

 

 掠れる様な声を漏らしたその瞬間。

 

 

 

 

 ―――鏡の中の青年がこちらを見つめたまま、唇を半月型に歪めて―――嗤った。

 

 

 

 

 その表情を見た己の頭が、そこに詰められた感情を勝手に分析し始める。

 

 

 

 

 これは。

 

 この表情は。

 

 

 

 

 他者の不幸・苦痛・絶望を―――心の底から愉しんでいる、邪悪な笑みだ。

 

 

 

 

 それを理解した瞬間。

 

 青年の足が動き出し、彼の手がまるで獲物を捕えんとする蛇の様に、こちらへ伸ばされる。

 鏡の中から抜け出そうとしているその動作に、反射的に杖を鏡へ突き付けた。

 

 『―――《レダクト》!!』

 

 叫んだ呪文は、ほとんど悲鳴に近かった。

 

 鏡が破壊されたかどうかは、解らない。

 確認する前に、己の脚は部屋を飛び出していたからだ。

 

 

 

 

 最早、襲撃犯を捜す、などという考えはとうに抜けていた。

 

 廊下へ転がる様に飛び出して―――数十秒か数分かは解らない。もしかしたら、数十分だったかもしれない。しばらくの間、トムは廊下の真ん中でへたり込んでいた。

 きっと、正真正銘本物の―――何の魔力も無いただの鏡には、驚く程虚ろな表情をしている自分が映っていたに違いない。

 

 『―――本当に……』

 

 鏡に映った三つの光景。

 それらが頭の中で、浮かんでは消えてを繰り返している。

 

 

 

 

 死体。

 

 団欒。

  

 ―――自分を見て嗤う、()()()()()()青年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『悪趣味な鏡だな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰に聴かせるでもなく、呟いた独り言がホグワーツの暗闇に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【さて、本当に難しい。

  どの様に導けば、相応しい道を歩いてくれるのか。

  これでも悩んでいるんだよ。

  何せ、今まで一度も経験した事のない壁なのだから】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせして申し訳ありませんでした。
新年初の投稿です。今年もこんな拙作をよろしくお願い致します。

割と状況がヤバくなってきましたが、こんな序盤で詰みにはなりません。
「彼ら」を観測しているのが、悪意ばかりじゃないのはもうお分かりかと。


隠れ文章を発見した生徒には50点


4/4追記
更新停滞について、詳細を活動報告に載せました。
更新は近い内必ず行います。
お待たせして申し訳ありません。
お詫びにトム君がこの先酷い目に遭う予定なので許してね
この世界線にデルフィーニちゃんが入って来た場合もう収拾つかねえなこれ
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