A.「作者が魔女教 大罪司教『怠惰』担当だからです。脳が震える」
気になる所で更新停滞をやらかす投稿者の屑。
リゼロ2期の放送延期、やっぱつれぇわ…。
そんな悲しさと切なさと心強さを胸に書き上げました。どうぞご覧下さい。
挿絵は50年経てば色が付きます。多分。
『―――ねぇ、ねぇ、』
突然、後ろから声を掛けられた。
まるで、道端で偶然出会った友人に対する様な、随分と気軽な調子の声だった。
『―――ねぇ、そこの君』
ハリーは心臓が飛び跳ねた錯覚を感じた。いや、夢なので本当に錯覚なのだろうが。
どうにも、自然と警戒心が再び沸き上がって来る。ハリーがこの世界で初めて出くわしたのが、あの悪意の塊の様な存在なのである。例えあれとは別人でも、この世界で出逢う存在と親しく会話に応じる気持ちなど、最早皆無だった。
というかそもそも、体は未だに自由を奪われていて、後ろの何者かの方を振り向く事も出来ないし、返事を返す事も出来ない。
そんな風に、固まったままでいるしかなかったハリーに気分を害したのか、何者かの声は少々棘を含んだ物になった。
『―――あのさ、君、耳付いてる?』
声は相変わらず後ろから聴こえてくる。
―――一体、この声の主は何者なのだろう。
不機嫌そうな様子だったが、不思議とこの声の主からは先程の黒炎の様な、負の感情は感じられなかった。ハリーは何とか首だけでも後ろへ動かそうとする。
と、声の主が近付いて来る気配がした。見えない力で拘束されているハリーは、黙って接近を許すしかない。
声の主が無言で近付いて来て―――そして、ハリーの正面に回り込んできた。
『―――こんにちは?』
声の主が、首を傾げながら挨拶を送ってきた。
ハリーの目は、もしも自由だったら見開いていただろう。
何故なら、声の主は―――全身がぼんやりとした霧の様で、色とシルエットしか認識する事が出来なかったからだ。
何となく、服を身に着けているのは解る。黒いローブの様な物―――そう、まるでホグワーツの制服の様な。そして、ローブと同色である黒髪。短いので、恐らくは男―――だと考えられる。
いきなり現れ、一方的に挨拶を送られ、思考が追い付いていないハリーをしばし眺めて、目の前の霧人間は目を細めた。……様に見えた。
『―――ん、言葉違ったかな……』
ボソリと呟くと、彼は再び挨拶を掛けてくる。
『ハロー、ハロー』
―――だが、幾ら返事をしたくても、今のハリーにはそんな簡単な事すらも不可能だった。
『―――ちょっと、いい加減聴こえてるだろ?無視するのも大概にしろよ。普段大人しい奴を怒らせたら怖いって、世の常だからな?』
一向に返事を返さないハリーに痺れを切らしたのか、霧人間の怒気が徐々に膨らんでいく。ハリーは内心焦りを募らせるものの、口が動かないものはどうしたってしょうがない。
ふとそこで、表情が引き攣っているハリーの顔を見て、ようやく異変を感じ取ったのか霧人間が訝し気に首を傾げてハリーとの距離を詰めた。
『…………ああ、いや、そういう事か。動きを制限されてたのか。そりゃ、返事したくても無理だよな。ごめんごめん』
あまり申し訳ないという感情が籠っていない様子だったが、ハリーには反論も出来ない。そんなハリーの目の前で、霧人間は何処かから―――そう、本当に何処かから杖を取り出した。気が付いた時には彼の手にそれが収まっていて、取り出した瞬間を捉えられなかったのだ。
相変わらず霧に包まれている謎の男だが、手中に現れた杖だけははっきりと視認する事が出来る。それはこの世界に溶け込むかの様な白い色の、骨を連想させる不気味なデザインの杖だった。
―――何処かで、こういう杖を見た気がする。
ナイフの様に突き付けられる杖先。自身を呑み込まんとする緑色の光。脳裏に浮かんだそれを、身動きの出来ない状態のまま必死に振り払う。―――ハリーは知らないフリをした。
霧人間はその杖を振り上げ、ハリーの頭目掛けてゆっくりと振り下ろした。コンコンと、まるで手品師がやっている様な仕草で二度叩いた。―――地味に痛かった。
すると、どうだろう。叩かれ終わった瞬間、ハリーは全身の拘束が解けるのを感じた。
いきなり自由を取り戻したせいで、その場でたたらを踏む事になった。よろめき躓いて霧人間に衝突し、反動でようやく元の体勢に戻る事が出来た。
名も顔も解らぬ霧人間にいつの間にか救われる形になって、ハリーは何かを言おうとして……出来なかった。舌が上手く回らない。驚きの余り、何を口にすべきか言葉が見付からないのだ。
「―――、―――ッ」
『……はい、初対面の相手にまずする事は何?』
そんなハリーを窘め、霧人間は憮然とした態度で問い掛けた。数秒間両目を見開いて霧人間を凝視した後、冷静さを取り戻したハリーは素直に挨拶を返した。前にマクゴナガル相手にしたのと同じだ。礼儀を以て接してきた相手には、自分も同じく返さねばならない。
「こ、こんにちは……」
『はい、こんにちは。で、君は助けてもらった立場な訳だけど、こういう時は何て言うんだっけ?』
「あ……ありがとう……?」
『良く出来ました』
日常的なやり取りを終え、満足そうに頷き、霧人間はそれからハリーの頭から爪先までゆっくり見下ろした。そしてあろうことか、先程の救出劇を帳消しにする様な失礼な言葉を投げてきた。
『――――――、ふーん。何だ、実物は随分とチビだったんだな』
ピキリ、と。
思わず、ハリーの額に青筋が走った。割と気にしていた事を、グサリと突き刺してきた相手に怒りが湧いてくる。
一応、ハリーはまだ子供とはいえ男なのだ。身長というデリケートな話題には敏感なお年頃なのである。男たるもの、「チビ」という冒涜的な言葉に屈してはならない。断じて屈してはならない。人は未来に目を向けるべきなのだ。これから大木の様に成長する可能性だってあるのである。
「な、な―――、きっ気にしてる事を。このボヤボヤ悪魔!」
『誰がボヤボヤ悪魔だ、誰が!』
ハリーが怒鳴ると向こうも躍起になって言い返してきた。今までの雰囲気から一転して、実に子供っぽい。脅す様にハリーの額に杖をグリグリと押し付けてくる。だが、不思議と恐怖感は無かった。そもそも危害を加える気なら、ハリーを助ける事無くとっくにやっている筈だ。
しばし無抵抗のハリーの額を弄った後。落ち着いたのか相手は一つ咳払いをして、改めてハリーに向き直った。
『んじゃ、動けるようにもなったし、とりあえず行こうか』
「え?行くって……どこに?」
『あの世』
平然と言われた。
そんな所は実在しないと頭の中で笑い飛ばしても、一瞬の遅れもなく返された言葉に、妙な現実味を感じてハリーは後退る。
しかし、霧人間はそんな行動も見逃さず、いつの間にか片手でハリーの腕をガッチリとホールドしていた。まるで、容疑者を連行する警察官の様な動きである。無駄に手際が良かった。
心なしかにっこりと微笑んでいる様な気がする霧人間は、ハリーの腕を掴んで引き摺る様に歩き出した。抵抗の余地すらなく、ハリーは引っ張られていく。
『あ、ちなみに今のは―――何だ、その、冗談だから。そんなに怖がらなくても良いだろ。ほら、キビキビ歩いて』
「い、嫌だ。ちょっ、待ってって―――助けて、誰か―――ッ」
『騒ぐなよ。誰も居やしないんだからさ。……ていうか、縦に加えて横も貧相だな。折れるかってぐらい細腕だぞ。君、もうちょっと栄養取った方が良いんじゃないか』
「な、なな―――」
強制連行とさり気ない罵倒のダブルパンチに、ハリーは心を傷付けられ反論する事も出来ず、ただただ引き摺られていった。男としてこんな事を言われるなど面目丸潰れなのだ。確かにダーズリー家で送ってきたお粗末な食生活のせいで、ハリーは男子の平均的な体格から少しかけ離れてしまっているのは事実なのだが、こんな直接的な言い方はちょっとばかし酷いのではないだろうか。デリカシーも何もあったもんじゃない。
白い世界をズンズンと横断していく霧人間に連れられて行くハリーは、その時ふと、確かに聴いた。
ガタゴトという汽車の走行音と、到着を知らせる汽笛。やけに現実的な突然の物音にドキリとした。慌てて世界を見回す。
有り得ない。ここには、確かに何も無かった筈―――しかしハリーの目が何かを捉える前に、テレビのチャンネルを切り替える様にして、景色はパチンと全く別の光景に切り替わっていた。
―――街だ。古めかしい街並みが、瞬きを終えたハリーの視界に忽然と現れた。
まるで、白紙のキャンバスに街だけを描いた様に―――空は相変わらず真っ白なまま、街だけが空間を埋めていた。足元へ目を向けると、自身の足は地面の無い白ではなく、しっかりとコンクリートを踏み締めている。
「な、え……?どういう―――?」
夢から覚めて、現実に戻ってきたのだろうか。でも、空は青でも橙でも黒でもなく、真っ白だ。現実では有り得ない色。となれば、これはやはりまだ夢の中なのだ。
振り返って景色を見回してみたが、先程の音の正体であろう汽車は何故か見当たらなかった。―――あれは空耳、だったというのか。
「ねえ、これ、何がどうなって、―――、」
黙って自分を連行している霧人間の腕を叩いて説明を求める。振り向いた相手の姿を見て、ハリーは驚愕と共に一瞬息が詰まった。
こちらを振り向いた霧人間は、霧人間では無くなっていたのだ。
姿が、顔が、はっきりと認識出来る。
黒髪に端正な顔。充血した様な赤みがかった
ハリーは目を白黒させて、しばらく目の前の青年に視線を奪われていた。
―――どうしてさっきは姿が見えなかったのだろうか。どうしてスリザリンの制服を着ているのだろうか。
疑問が次々と浮かんでは訊ねる事無く消えていく。何となく、思った事を訊ねても答えてはくれない気がしたからだ。
『……そんなに人の顔をジロジロ見るなよ。失礼だろ』
青年は鬱陶しい蠅を追い払うかの様な目付きになった。不健康そうな赤い双眸が真っ直ぐに射抜いて来る。ハリーははっとして視線を逸らす。確かに少々不躾だったかもしれない。対して青年は鼻から息を吐き、プイっと横を向いた。
『まあ、見られて減るもんじゃないけど……。……嫌いなんだ、自分の顔は』
「……、どうして?」
どう考えても、最上級に位置する容姿だ。異性との交遊に一生困る事は無いんじゃないかと思う程、青年は美しい顔立ちをしていた。それなのに、当の本人が否定するとはどういう事だろう。
『……ボクが最も嫌いな人間にそっくりだからだよ』
何かを思い出す様に青年の目に仄暗い闇が灯る。その様子から正の感情は感じられない。ハリーは失礼な事を訊いてしまったと悟り、慌てて話題を変えようとした。
「ね……ねぇ。僕、今すぐ戻らなきゃいけないんだ。こんな所に居る場合じゃないんだよ……。ここから出る道って無いの?お願い、知ってたら教えて!」
『―――』
縋る様なハリーの視線を受けて、しかし青年は特に返事を返す事なく真顔のままハリーを見つめ返した。何を考えているのか、全く読み取れない表情だ。
ここで折れる訳にはいかない。今、自分よりこの世界に詳しいのは間違いなく目の前の青年だ。頼れるのは、最早彼しかいないのだ。ハリーは必死になって青年を懇願の眼差しで見つめ続ける。
ふと、青年がクスリと笑った。嘲笑う様な人を不快にさせる感じではない。思わず笑みが零れてしまった様な、日常的で他愛のない笑みだった。
『―――あぁ、うん。―――知ってる。勿論、教えてあげても良いけど……でも、一つ条件がある』
「……条件」
ゴクリと息を呑む。条件とは何だろうか。まさか、この状況で無理難題を押し付けられるのだろうか?何か妙な事を命じられるのだろうか?微笑んでいる表情とは裏腹に、真剣さを孕んだ青年の声にハリーの胸は不安で満たされていく。
しかし、青年はそんなハリーの胸中を見事に裏切ってきた。まるでハリーの思考を読み取ったかの様に、ヒラリと手を振って言う。
『別にそんなに難しい事、君みたいなお子様に要求しないよ。君はただ何もしないで、ボクの相手をしてくれれば良い』
「あ、相手する?まっ、まさか、耳に冷たい水流し込むとか、トイレに頭を突っ込ませるとか、玉ネギのすり下ろしたヤツを傷跡に塗るとか、そっ、そんなコトを……やっ、やめてよね」
『君、どんな家庭生活送ってきたんだよ。誰がそんな下品で野蛮な真似するか』
ハリーにとって何もしないで誰かの相手をするというのは、人間サンドバッグになるという事と同義だった。ダーズリー家での悪夢が甦り目をウロウロさせるハリーに、哀れみを感じたのか青年は目を伏せて溜息を吐いた。心の底から同情している感じだった。
『そういう意味じゃなくてだな……。君、今―――暇だろう?ちょっとこの世界に付き合ってくれよ』
「―――は?」
言っている意味が瞬時に理解出来ず、瞬きを繰り返すだけのハリーを気にする事無く、青年は再びハリーの手を取って歩き出した。有無を言わさぬ再びの連行に、ハリーの心臓は縮み上がる。
「わわっ、ご、ごめんなさい。傷跡に玉ネギ塗るのだけは、勘弁して!」
『だから、誰もそんなアホ臭い事しないっての』
悪意の感じられない青年の言葉のお陰で、幾らか動揺が鎮まった。冷静に現況を分析すると繋がれた手に圧迫感は一切無く、振り解こうと思えば容易に出来る程優しい握り方だった。しかしそんな秘められた温情とは真逆の、異常に冷たい青年の手の温度にハリーは困惑を隠せない。この冷たさは、まるで―――死人の様だ。死人の手なんか生まれてこの方、握った事は無いけれども。
『ここは見ての通り誰も居ないから、凄く退屈なんだ。退屈で
「でっ、でも、元の世界が―――ッ」
『大丈夫。現実の君はぐっすりおねんねしてるよ。何も異常は無い。…………うん、もうしばらくは【あいつ】も
またあの黒炎が戻って来たら―――そう思うと呑気に過ごしている場合ではないのだが、青年はどういう訳か黒炎の動向を把握しているらしい。しばらくは大丈夫、という言葉に心も体も軽くなる気がした。
―――正直、夢という名の非現実空間で、それも初対面の相手に付いていくというのは冷静に考えてかなりやばい選択肢のような気もするのだけれども。
今、これに勝る他の選択肢は無い。ハリーは大人しく青年に従う事にした。
怪しいとは思うけれど、危害を加えられる気配も予感も全くしない。何も無い白の世界で縛られていた自分を救ってくれた恩人だ。拒絶するより一緒に居た方が得策かもしれない。もしもまたあの黒炎がやって来た時……一人きりで対峙するなんて、とても恐ろしいだろうから。
『…………怖い?』
心中の恐怖を見透かしたのか、強張った表情を見て青年が振り向いたまま問う。誰がどう見ても今の自分の顔は、はっきり分かる程恐怖の感情が滲み出ていただろう。ハリーは無意識に俯いて小さく答えた。
「……正直、うん。あんな目に遭って、怖くない人なんていないと思うけど」
『ふーん、確かに。現実で漏らしてないと良いね?』
……何でこの青年はちょくちょくこういった妙な事を言い出すのだろう。黙っていれば魅力的なのに。外見と違って、意外と内面は捻くれているのかもしれない。
ハリーが内心で好き勝手な感想を抱いている間にも、青年は前を向いて再び歩き出す。歩道を横切り、日当たりの良さそうなベンチの傍を通り、二人はゆっくりだが確実に街の中を進んでいく。ハリーは一度だけ振り返ってベンチを眺めた。あそこで日向ぼっこでもすれば、とっても心地良さそうだな……と、どうしてかそう思った。
「……あいつは、一体何なの?」
歩きながら至極当然の疑問を口にしてみる。形は人間の様だったが、あれは一体誰なのだろう。顔を確認出来なかったのもモヤモヤする。
『……解り易く説明するなら、あれは…………君の敵さ』
回答を貰うのに少し時間が掛かった。青年はどう説明すべきか、極力慎重に言葉を選んだようだった。
「敵……?僕の?」
『そう、敵。決して解り合える事のない敵。だから……話し合って仲良くしようだなんて考えない方が良い。良い様に利用されるだけだ。解ったね?』
青年は子供に言い聞かせる大人の様に語る。仲良く出来るなんて到底思えないし、ここは彼の言葉を鵜呑みにするのが正解だろう。
「……あいつは……何をしようとしてるの?」
『何を、か……うん。そうだなぁ。あいつは、
青年の様子はどういう訳かまるで他人事だ。空を見上げて、呆れる様な溜息と共に憂いを帯びた呟きを漏らす。その視線の先には、高い鉄柵に囲まれ陰鬱な雰囲気を放つ建物があった。いつの間にかこんな所まで来てしまっていたようだ。
ハリーはその建物を見た瞬間、背筋にとてつもない寒気を感じた。自分は前にここで物凄く怖い目に遭った気がする。仔細は思い出せないが、何か奇怪な代物に襲われた様な記憶が―――あるようでない。
青年と共に鉄門をくぐった辺りで僅かに逃げ腰になってしまう。そんなハリーの様子を察した青年は、そっと繋いでいた手を離した。
『はい、着いたよ。……と言いたいところだけど、その様子じゃ入るのは難しそうだな』
青年はハリーを置き去りにしてあっという間に石段を登り、建物の入口であるドアの前まで辿り着いた。ハリーの方へ向き直り、建物を背にして閉じられたままのドアに凭れ掛かる。
……こんな光景を、確かに目にした気がする。この建物と、こちらを見つめる人間…………あれは、いつの記憶だっただろう。
『どうする?話なら外でも出来るけど……君にはちょっと見せたいモノがあってね。……中にあるんだけど、そんなに近寄りたくないんなら、やっぱりやめとこうか?』
失礼な事ばかり口にするかと思いきや、どうやら他人への配慮も出来るらしい。気遣うようでいてこちらの好奇心を煽る様な視線を受け、ハリーは可能な限り記憶を辿りながら訊ねてみた。
「あの、ここ…………変な生き物とか、いたりはしない、よね」
『変な、という曖昧な表現じゃ解りかねるんだけど』
「例えば、地面から化け物が飛び出して来たり……しないよね?」
その言葉を聞いた途端、青年は背筋を折り曲げて哄笑した。二人きりの空間に笑い声が響き渡り、陰鬱な建物の雰囲気が少しだけ明るくなった気がした。
『く、くくっ……ははっ。やっぱり
「えっと、あの?」
歓喜に震えているのか自虐で笑っているのか判別しにくい青年の態度に、ハリーは両目を点にして戸惑うばかりだ。今の言葉のどこに笑う要素が混じっていたのか、微塵も理解出来ない。
『あー、いきなりごめんごめん。でもさ、君……しっかり思い出せたじゃないか。大事だよ、『記憶』ってのは。思い出せない『記憶』というのは思い出せなくなっているだけで、決して跡形も無く消えたりはしないんだ。……君の言う通り。ここには―――捉え様によっては「化け物」と呼べてしまうモノが棲んでいる。お見事、正解だよ』
おどけた様な乾いた拍手の音。サラリと揺れる青年の黒髪。ハリーは脳天に針を刺された様な感覚と共に、忘れ去っていた『記憶』を取り戻した。動揺で縺れる舌を何とか動かす。
「あっ……?あ、ああっ、ここ……あれ?あれッ!?夢の……き、君はあの時に……!!」
いつか、グリフィンドールの寝室で見た不可思議な夢。
一昔前の古い街並み、陰気臭い建物、大地を裂いて姿を現す化け物、化け物を睨んでいた青年……
思い出せば思い出す程、その記憶は段々としっかりとした形となって甦ってくる。バラバラになったジグソーパズルのピースが、一枚一枚在るべき場所にはまっていく。
『正解正解。―――改めて、また逢ったねぇ。あの日の夢見は良かった?いや、あれも悪夢に違いないだろうけど。とにかく―――ちゃんとした話は、中でしようか?』
クスクスと笑う青年が目線の動きだけで建物の中に入る様に促してくる。訊きたい事は山の様にあった。あの時の『化け物』が棲んでいる、という言葉は凄く気掛かりであるが今はそれより重要な事がある。ハリーは小走りで青年へと近付いた。
「ねえ、ちゃんと説明してくれるの?あ……そう、名前、名前とか!まだちゃんと聞いてないよ」
『……え?名乗ってなかった?そうだっけ……。あー、ボクは□□□□□□だよ。別に難しい名前じゃないだろ?』
……何だ、今のは。
青年が名前であろう言葉を口にした瞬間、その部分だけが不自然に途切れて全く聴き取れなかった。青年の形の良い唇はしっかりと動いていたが、肝心の声が一切入っていないのだ。
その事に青年も気付いたのか、僅かに目を見開いて口元を片手で押さえた。
『……あぁ。そうか、ごめん。ちょっとボクは……歪な存在でさ。やっぱり、
「な……何それ?」
『ううん……何と説明すれば良いんだか……。うん……そう。制限。制限みたいな物が掛かっていてね……自分を名乗れない状況にいるんだ』
一体どういう状況なのだ、それは。
『まあ……名前なんて何でも良いじゃないか?どうせ名乗ったって、君は
「文字に書いてみたら?あ、でもペンが無いや……」
『……いや、多分文字でも駄目だろう。ボクはどうやったって君に名前を伝える事は出来なくなってるんだよ』
事情は複雑怪奇。非常に入り組んでいてそう簡単に解決出来る問題ではないようだ。とりあえず名前に関しては黙殺してくれ、と頼まれてはしょうがない。ハリーはとりあえず名前への追及を取り止める事にした。
……そういえば、前に授業で「魔法界に於いて『名前』は重要な役割を果たす事がある」と習った。『名前』は呪術や儀式に必要な材料の一つでもあり、信用に値しない魔法使いには、自身の『名前』をおいそれと明かすべきではない、とも。こういう法則が関係しているのだろうか?
とにかくもまずは中へ、と促され、ハリーは口を閉じて先導する青年に続き建物へ入る。
中は特別珍しい内装でもなかった。何かの施設らしいが無人なので、具体的にはどういう場所なのか想像もつかない。
白黒タイルの張り巡らされた玄関を通過し二階へ続く階段を上る。踊り場を通り抜け、扉がいくつも立ち並ぶ廊下の、一番最初の扉の前で青年は立ち止まった。どうやらここが目的の部屋らしい。
『ここだ。……入るよ』
青年の言葉はハリーにではなく、まるで既に中に居る誰かに向けたもののように感じた。
「……普通の、部屋だ」
ハリーの呟きの通り、中は特筆すべき物など無いただの個室だった。家具と言えば簡素な鉄製のベッド、机と椅子、そして洋箪笥。……誰も居ないのに、何故かあの洋箪笥の中から生き物の気配がするのは気のせいだろうか?
『開けてごらん』
いつの間にやら、青年は勝手知ったる様子でベッドに腰掛け足を組んでいた。まるで自分の部屋であるかの如き寛ぎ方である。といってもホグワーツの寮にある様な上質なベッドではないので、寝心地は決して良いとは言えないだろう。何だかこういう横着な寛ぎ方には酷い既視感がある。彼もまたハリーと同じく洋箪笥へ視線を注いでいた。
「……、うん…………」
少し躊躇いはしたが、これこそが青年の言っていた「見せたいモノ」なのだろう。ハリーは素直に指示に従い洋箪笥へ両手を添える。中から微妙な振動が伝わって来るが、心中の恐れに無理やり蓋をし押し込んで、ハリーは勢い良く洋箪笥を開け放った。
中に入っていたのは、生き物だった。
一言で表すなら裸の赤子。
醜悪な、歪な、形容し難い赤子の様な謎の生き物が、生に縋り付く様に蠢いて、苦し気な声をひたすらに―――まるで怨嗟を圧縮した呪詛の如く垂れ流していた。
「ひえっ、気持ち悪っ!」
反射的に、配慮もクソも無い罵倒が出てきてしまった。
バターン!と派手な音が響くのもお構いなしに、全力を込めて箪笥を閉めた。
洋箪笥から視線を外せないまま素早く数歩後退って十分な距離を取り、乱れた呼吸を整える。しばしの時間を置いて抗議の意を込めた睥睨を青年に注ぐと、彼は肩を竦めて苦笑した。
『ま……誰だってそう思うよな』
一体あれは何なのだ。
赤子……にしては、何だか今にも死に掛けている様な危険な状態だった。いや、人生の中で死に掛けた赤子なんて目にした事は無いのだけれども。
驚愕の余韻ですっかり固まってしまったハリーの耳に、青年の淡々とした説明が流れ込んでくる。
『あれは…………ある人間の成れの果てさ』
「成れの果て、……って?」
『元々あんな醜い生き物じゃなかった。―――
言葉通りに考えれば、元は人間だった者が自分を傷付けたせいで辿り着いた末路が、あの赤子という事だろうか。……あんな風になるまで、自分を傷付けてしまったというのか。
『……哀れ、だよな。アレは死を恐れた。命の喪失を嫌った。ならば
青年の声は低い。あの生き物を非難している様にも、同情している様にも聴こえる。
ハリーは彼の言っている内容の全てを理解出来はしなかったが、何となく、あの生き物を気味の悪い不快な赤子、とは思えなくなっていた。そんな単純な言葉で片付けて良い存在ではないと、心の何処かで叫ぶ自分がいる。
『君は……アレを見てどう思った?』
「どう、って」
『正直に言ってくれ。ボクは君の本当の気持ちを聞きたい。だからここまで来て貰ったんだ』
初めて青年の瞳が険しく細められた。真摯なその眼差しに見つめられ、ウッと息が詰まる。きっと、偽りの回答など彼は容易に見透かすだろう。そうでなくても、この場で嘘を吐く気など更々無かったが。
ハリーは数十秒、たっぷりと思考を巡らせる。
自分の気持ちを言葉にするのって、こんなに難しい事なんだ―――改めてそう思った。一つ大きく息を吸い込んで、在りのままの想いを吐き出す。
「えっと。…………僕は、助けてあげられないかな、って―――あの子を、元の姿に戻してあげられないかなって、思った」
ハリーの言葉を聞いても、青年の表情に変化は無かった。ほんの僅かだが、ピクリと眉が動いた様に見えただけだった。
『何で……そう思うんだ?君はアレが誰かなんて知らないだろ。身内や友人だったならまだしも、名前も素性も知らない赤の他人の醜い成れの果てを、何で助けたいって思うんだ?』
青年の言葉はハリーを責め立てている様だった。そんな考えに至るのはいけない、間違っていると―――。
『ああ、他人を助けるのは美徳だろうさ。褒められるし認められる行為だろうさ。でも見捨てる事もまた、決して悪じゃない。人は皆、取捨選択の繰り返しで生きている。自分にとっての「大切」だけを掴み、それ以外を切り捨てる権利がある。弱者を見掛けたら必ず助けましょう、なんて絶対的なルールなんか無いんだ。君は善人ぶっているのか?アレに同情したのか?君がアレを助ける理由なんか、これっぽちも存在しない。例えば、アレの元がもしも悪党だったら―――助けた人間がどうしようもない人殺しだったら、君は後悔しないのか?』
腰掛けていたベッドから立ち上がり、青年が背の低いハリーを見下ろす形になる。滲み出る威圧感が増した。それでもハリーは臆する事無く、青年を見つめ返して答える。彼の赤みがかった瞳の奥深くに、動揺にも似た感情が渦巻いている―――そう見えたから。
「でも、さ。―――
平然とした調子で返すハリーに、青年はパチリと目を瞬かせ掛けた。注視していないと把握出来ない程微細な表情の変化だったが、ハリーにはそれが手に取る様に解った。
彼はきっと、正反対の回答を期待していた。それはハリーの単なる直感に過ぎず、真相は定かではないのだが―――どういう訳かそんな風に思えた。
『…助けたところで、どうなる?君に何も返ってこなかったら?感謝もお礼も出るとは限らない。むしろ、助けた後でこっぴどく裏切られたら?そんな未来に陥る可能性があっても、君は迷わずそう言えるんだな?』
「未来がどうなるかは分からない。でも……僕は、僕はあの子の味方でいたいとは、思うよ」
『何故?どうして?』
「もしかしたら、
青年はハリーの答えに、どうにも満足出来ていないらしい。表情を不満げに顰めた後、嘲笑と共に吐き捨てた。
『ふーん……。ま、精々後悔しないと良いな?自分の出した答えに、生涯一度も後悔しなかった人間なんて少数だし?君がそれで良いならもう何も言わないさ。ああ、そうかいそうかい』
青年はそれだけ捲し立てると、再びベッドにドサリと腰掛けた。何だかふてくされた子供みたいだ。コロコロ変わる青年の態度にどこか懐かしい気分になって、ハリーは思わず唇を歪めるだけの笑みが零れる。
理由は解らないけれど、彼は否定して欲しかったのかもしれない。他でもないハリーに、あの生き物の存在を。
『誰かを救おうとする志しは立派だけどさ。時には他人より自分の事も優先するんだね。でないと、君も本当に……ああなってしまうよ?』
「……それって、」
『昔、
青年はそっと両の
他人事とは思えなかった。自分はまだ子供。これから成長していく過程で、きっとたくさんの後悔を経験する。それは決して気持ちの良いモノではない。だが、きっとそれこそが「生きる」という事なのだ。
そうして、目を閉じたまましばし何事かを思案している青年は、沈黙が下りた部屋の中で唐突に己のローブのポケットをまさぐった。そこから出て来たのは、真っ白な表紙の本らしき物。
本を開き、青年は至近距離にハリーが居るのもお構いなしに、同時に取り出したペンで何かを書き込み始めた。
「えっ……?」
急に始まった謎の奇行に、ハリーは驚きの声を漏らす。一体何をしているのだろう?書き込んでいる……つまりあれは日記の類だろうか?
それよりも、彼が持っているあのペンが気になる。深紅の羽根が付いたペン。己の認識が間違っていなければ、あれはハリーが貰った羽根ペンに付いている物と全く同じ物であった。
何故こんな所に、しかもよりによって彼が所持している?あの紅い羽根は、そこらに落ちている代物ではない。少なくとも紅い羽根を持つ野鳥など、ハリーは見た事が無かった。彼は一体どうやって手に入れたのか。
疑問を口にすべきか迷っているハリーを完全に無視して、青年は執筆を続ける。角度の問題で何を書いているのか見えなかった。しばらくの間それを続けると、ふと顔を上げてようやくハリーの方へ視線を向けた。
『君は、完全に同じ人間って存在すると思う?』
「え?」
先程と質問の方向性が180度変わったので、ハリーにはもう訳が分からない。滑稽な程の間抜け顔を青年に晒してしまう。彼はそれさえも無視して語り出す。
『……例えば、兄弟、姉妹、双子。遺伝的にも環境的にも全く同じ状況で育った人間。そんな人間同士でも、性格、趣味、嗜好……全てが同じに育つ訳じゃあない。不思議だよな。特に双子なんかは姿形もそっくりなのに、中身はそれぞれ違っていくんだ。君も見た事があるんじゃないか?』
「そういえば……そうだけど」
思い出すのは、ロンの兄である双子。悪戯好きで教師を度々困らせる問題児だが、グリフィンドールの中では良いムードメーカーだった。顔がそっくりで全く見分けがつかないが、性格もそっくりという訳ではなかった。アクティブさや冷静さといった細かな部分は、二人共それぞれ違う性質を持っている。
「双子って言っても、二人共同じ性格の双子……って聞いた事、無いね。見た目がおんなじでも、性格まで……っていうのは、無いんじゃないかなぁ」
『……そう、だな。やはり君もそう思うか。元々同じ一つの命でも、分かたれた後もそれぞれが同じ性質を持つという事にはならない。ボク達が
「……?」
『不思議だな。双子なんかよりよっぽど同質と言えるだろうに、ボクと
勝手に語って勝手に納得すると、青年は白い日記と紅いペンをポケットにしまった。
彼が何をしたいのかいまいち掴めない。態度もそうだが発言もコロコロ変わるので少々ややこしい。話をしたいと言っていたが、この会話が彼にとって果たして重大な意味を持つのだろうか。
と、突っ立っているハリーの額に軽い衝撃が走った。
「あてっ、」
目をパチクリさせて見上げると、青年がベッドから立ち上がりこちらを見て笑っていた。どうやらデコピンされたようだ。
『ボヤボヤしてるなよ。そんなんだから【あいつ】に利用されかけるんだろ。……さて、そろそろ時間的にヤバいかな』
「ヤバい?」
『……【あいつ】が戻って来る』
その一言で、喉から心臓が飛び出るかと思った。出来れば二度と逢いたくない最低最悪の来客が迫っているらしい。
『本来、
同居というのは良く解らないが、護りというのは母が命と引き換えに施してくれた魔法の事だろう。その魔法をすり抜けるなどという悪質な技術が、あの黒炎にはあった。だからあんな悪夢に引き摺り込まれてしまったのか。
『ボクはなぁ、【あいつ】と
「えっ、ちょ、待ってよ!まだ色々訊きたいのに!」
声を荒げるハリー。しかし今己の身に迫るのは、あの悪意の塊。逃げなければという焦りと、青年に残りの疑問を問い質したいという願望が胸の内でせめぎ合う。
『いやあ、ボクも応えてあげたいとは思うけど。でも……どっちみち無駄、なんだよな』
「何が無駄なのさ?」
『君は現実に帰れば、全部
だから、それは一体どういう事なのだ。
『難しいところだったんだよ……。ボクが干渉したせいで、君は
「な、何の事さ……」
『君はボクに関わる全ての記憶を、「現実に持ち込めない」。つまり忘れる。ボクが君を助けてしまった事で、【あいつ】に襲われ掛けた事まで君は忘れてしまうんだ。現実の君が目覚めても、【あいつ】の危機を誰にも伝える事が出来ない』
ハリーは驚愕の連鎖で言葉を失う。
助けて貰った事にはこの上なく感謝しているが、現実に帰ったとしても、"彼"に夢で起こった出来事を報告出来ないなんて。
「そんな……」
『これに関しては諦めて貰うしかない。ボクという存在の記憶はね、現実で生きている者全て、憶える事が出来ないんだ。ま、
どういう表情をしていいのか分からず、ハリーは青年を見つめ返す事しか出来ない。
少しだけ、謎が理解出来た。
いつか見た化け物に襲われる夢。青年と出逢ったのはあの時だ。しかし、ここに連れられるまですっかりあの夢を忘れ去ってしまっていた。それはつまり、青年が「そういう存在だから」という理由なのだろう。夢の中でこの青年が関わった時、現実の人間は夢の出来事を憶えていられない。
そして、青年の事を思い出せた理由だが―――夢の舞台は前回も今回も、まさしく此処であった。此処に戻って来た事で、青年の記憶を取り戻す事が出来たのだ。逆を言えば、此処を離れてしまえば再び記憶を失うという事になる。
『そんなしょぼくれた顔するなよ。大丈夫さ。君はもう、夢で【あいつ】に襲われる事は無くなった。「君の友人」に感謝しなよ。こういう事態を防ぐ為に「あんな物」まで作って、君にわざわざ渡したんだぞ?』
「へ?」
『本人もまさか、君が早い段階でこんな目に遭うとは思っていなかっただろうな。でも心配ない。
「言ってる意味が、解らないけど、」
『そもそも解らせるつもりがないからな。丁寧に説明してやったって、君はどうせ忘れるし』
めんどくさそうな青年の表情を目にし、ハリーは問い詰める事を諦めた。確かに、そうなのだ。此処で教えて貰った事全て忘れてしまうなら―――質問攻めをしたって、時間の無駄になる。
「何となくだけど、解った……。【あいつ】の事を誰にも伝えられないとしても、また襲われる事は、この先無い……って事で良いんだよね。だから、忘れてもそこまで問題じゃないって事だよね?」
『そうそう。だから安心して帰りなよ。【あいつ】のせいで悪夢に引き摺り込まれる、なんて事はもう起きないからさ。……うーん、しかしその可能性が消えても、君は根っから夢見が良い類の人間に見えないよなぁ。これから先の人生、ナチュラルに悪夢に悩まされそうだ。ご愁傷様』
地味に失礼な事を言われたが、ハリーはもう気にしない。というか、普段からこういった失礼な悪口は言われ慣れている。
青年は渋々納得の意思を見せたハリーを見て頷き、わざとらしく大きな音を立ててパン、と両手を叩いた。
『はい、という訳で―――一名様、お帰りだよ!』
まるで誰かに呼び掛ける言い草。しかし此処にはあの赤子以外、誰も居ない筈だ。
そう思って不思議そうに部屋の中を見回しているハリーの耳に、どこからともなく歌声が聴こえてきた。
それを聴いていると、背筋を気色の悪い手付きで撫でられる様な悪寒が襲ってきた。歌声は段々と大きく鮮明な物となってハリーの鼓膜を振るわせる。鼓膜だけでなく、肋骨さえも震えている感覚がした。
何とも言えない精神状態で声の主の登場をひたすらに待つ。青年の方を見ると、彼も彼でどこか不快そうに半目になっていた。それでもその視線は、部屋の閉じられた窓をしっかりと見据えている。
歌声が近付いて来ると青年が再び白い杖を取り出し、軽く横に振るう。同時に窓はひとりでに外側へ開き、室内へとある生き物の来訪を許した。
―――それは、美しい羽毛を輝かせる一羽の鳥であった。
大きさは白鳥程の深紅の鳥。金色に煌めく尾羽と鉤爪と嘴が、とても印象的だった。
優雅に翼を羽ばたかせ、その鳥は寂然と窓から入って来る。広くはない部屋の空中でくるりと身を翻し、青年がすっと差し出した腕の上を止まり木とした。端正な青年と美麗な生物が並ぶその様は大層魅力的で、どこかの美術館に展示されていてもおかしくなさそうな、絵画の一部を切り取ったみたいだった。実際に今の光景を何処かの芸術家にでも描かせれば、良い値が付きそうだ。
そんな、美しくも人ではない生物の登場に、ハリーは唖然としていた。
この鳥は、青年のペットか何かであろうか。現実ではないこんな空間で、果たしてペットなど飼えるのだろうか?―――この世界で起きる出来事について、あれこれ考えるだけ最早無駄なのかもしれない。
腕に鳥を乗せたまま、青年は事も無げに語る。
『不死鳥は死を経験すると同時、現世に蘇る唯一の存在。生と死の世界を往来し得る能力者。こう捉えると―――こいつは「死を越えし生物」、とも呼べるよね』
「え、……う~ん……?」
どう答えて良いか解らず、ハリーは曖昧な返事をした。この鳥の正体は不死鳥というらしい。初めて聞く生き物だ。あの深紅の羽根は、まさかとは思うが……。
……心なしか彼の腕に止まっている不死鳥が、こちらを真っ黒な目でジロリと観察する体勢になった気がする。
青年は大した返事を期待していないのか、口籠るハリーを差し置いて不死鳥へ顔を寄せた。彼の唇が囁く様に動く。まさか、鳥と会話をしているのだろうか?
『……うん、そう。…………あぁ、………じゃあよろしく』
二言三言呟いた後、青年が不死鳥の止まっている腕を振り上げた。同時に、その反動を利用するかの様に不死鳥が彼の腕からバサリと飛び立った。力強い羽ばたきを繰り返しながら不死鳥は、入室した時と同じく窓から出て行った。白き虚空を飛行し、その美しい深紅の体を小さくしていく。一体何処を目指して飛んでいるのか、ハリーには想像もつかない。
「あの……」
『あ、あれが気になる?あの子は一足先に
この世界で、鳥にお使いなんて出来るのか。ハリーはそう思ったが、今更口に出す事はやめた。
『じゃ、準備も整ったし……そろそろ君を帰してやる時だ。さてと―――』
「あ、待って!」
ハリーは慌てて青年を止めた。どうしても問いたい事があったのだ。
「……また。また、逢える?」
飄々としていて掴みどころのない人間だったが、それでも色々な事に詳しく、そして絶体絶命の状況を壊してくれた恩人。そんな相手に再び逢える機会が無いか、訊ねたくなるのは自然な事だった。
神妙な面持ちのハリーとは対照的に、青年は一瞬だけきょとんとした愛嬌のある表情を浮かべると、すぐに可笑しそうに吹き出した。
『……ははっ。
「え、え?」
―――「今更」、「いつも逢ってる」、一体どういう意味だろう。青年とは夢の中でしか逢った事は無く、その回数もたったの二回。矛盾している。
『……おっと、いい加減さっさとしないと本当にヤバいな。杖を握ってくれるか?』
青年はそれ以上説明する事をやめ、ハリーに自身の持つ杖を向けた。残り時間が少ないのなら仕方がない。やむを得ず疑問を呑み込む。無言で頷き、ハリーは杖の先端を軽く掴んだ。
……やはり、この白い骨の様なデザインの杖を、確かに己は過去で目にした事がある。……いつだったか思い出せそうにもないが。
「これは……この杖……って……」
思わず口に出していた。記憶を掘り起こす様に目を細めたハリーを見て、青年は静かに説明を語り出す。
『これは……借り物なんだ。ま、実物でもないけどね』
「実物じゃない?」
借り物。これは彼の物ではないという事か。しかし、実物ではないというのはどういう意味だろう。
『考えてもみなよ。ここは現実じゃないだろ?本来なら魔法も魔力も道具も存在しない。……ボクは【ある奴】から、それらを使えるようになる反則技を
反則技というのも気になるが、それを訊ねてもはぐらかされそうな気がしてハリーは口を噤んだ。とにかくも、この青年の自分を助けようとする意志は信用に価すると思っていいのだろう。名乗れなかったり、存在を記憶出来ない特性があるしで百パーセント信じられる訳ではないが、真っ向から疑う気になれないのもハリーの本音だった。
「……どうして、助けてくれるの?」
当然の疑問をぶつけてみる。自分を助ける事によって、彼にどんなメリットが存在するのだろうか。そもそもほとんど初対面の様なモノなのである。わざわざ気に掛ける必要性が見当たらない。
青年は疑念で脳内を埋め尽くしているハリーをじっと見つめながら、ゆっくりと瞬きを終えて口を開いた。
『……ボクは、ね。君がどうなろうが本当は静観するつもりだったんだけれども。だけどな。やっぱり、こんな始まったばかりで躓かれても面白くないと思ってさ―――』
「始まったばかり?面白くない?」
『君達がどんな道を辿るのか、それを安全地帯から観賞するのがボクの唯一の娯楽ってところさ。その唯一をあっさり奪われるのは耐え難いからなぁ。この際言っておく。ボクは善意だけで君を助けてる訳じゃあない。だから……君、あんまりボクに気を許さない方が良いぞ?』
クスリと悪童めいた笑みを浮かべる青年。その独特な―――意地悪さや人を小馬鹿にした様な―――酷く見覚えのある表情を目にし、ハリーに電撃の様な衝撃が走った。
まさか、いや、有り得ない。……だとしても、
まさかこの人物の正体は―――
「もしかして。―――君は……!!」
『―――はい、これで帰り道は出来た。後はどうにかしてやるから……君はさっさと帰るんだな』
ハリーの言葉を遮る様に、いや、完全に遮るのが目的だったのだろう。青年は皆まで口にする事を許さず、ハリーに握らせていた杖を引き抜くと片手でトン、と軽い力で彼の肩を押した。意表を突かれる形だったのでハリーは軽い力にも関わらず、あっさりと突き飛ばされ体勢を崩す羽目になった。背中から地面に落ちる様な浮遊感に襲われる。青年の姿が視界から消え去っていく。
「まっ―――」
待って。
その言葉を言い切る事は叶わず、ハリーは下へ落ちていった。無限に続く下へ―――
『さて、と』
青年は顔を上げた。目の前にはもう、小さな魔法使いの姿は無い。当然の現象だ。己が送り帰したのだから。
誰もいなくなった個室の中で、青年は一息吐くと杖を振るった。同時に青年がいる建物は歪み、消失し、再び世界は白き空間へと変貌していた。
地平線の無い白の世界。代り映えの無い退屈な白をぐるりと見回し、青年はある一点に視線を集中させた。そこには何も無い。ただ白が有るだけだ。しかし青年は己の赤い双眸を、瞬きすらせずにその一点へ注ぎ続ける。
数秒の後、青年が見つめている場所に何かが現れた。
炎だ。黒い炎が突然燃え上がり、蹲っている人のシルエットへと姿を変えた。黒炎は蹲った姿勢から徐に立ち上がると、何かを確認する様に周囲を見回す動作をした。そして―――自身が現れる前から監視していた青年を発見し、訝し気な声を発する。
【―――お前は?】
初対面である筈だが、溢れ出る警戒心を全面に押し出した様な言葉だった。明らかに青年を端から疑っている。
青年は唇の端だけで微笑むと、いきなり現れた黒炎に驚いた素振りも見せず、淡々と挨拶の言葉を掛けた。
『初めまして……かな?いや、ある意味間違いか。まあどっちでもいいが……そうか。お前が
黒炎は苛立ち気に言葉を遮る。
【何者だと訊いている。お前は―――何だ?】
『……せっかちな奴だな。大体、そっちが挨拶するのが筋なんじゃないか?先にここに居たのはボクの方なんだぞ』
【そんな事は訊いていない。質問に答えろ。お前は何者だ】
有無を言わさぬ圧力を滲ませ、黒炎は声を荒げる。顔は揺らめく炎で隠れているが、恐らく青年を睨んでいる様な目付きになっている筈だ。だが、青年は一切動じない。
『悪いけど、答えるのは無駄になるから言わない。残念だけど、ボクの存在は誰の記憶にも残らないし、残れない。それは、
【何だと……?何を言っている?】
『今のボクは……そっちの世界に
―――こいつは死人なのか?
黒炎は青年の言葉を真に受けず、全てを疑ってかかった。
死人だとしたら、何故此処に存在する?此処は死者の世界ではない。こいつは一体何処から来て、どういう存在なのだ?
そんな黒炎の疑心を見透かしたのか、青年は表情だけの嘲笑を浮かべた。ハリーに見せる事の無かった、他者を見下す悪辣な笑み。
解り易い挑発の態度。透けて見えるその思惑に、みすみす乗ってやる義理は無い。黒炎は青年の正体を探る事への執着を一旦捨て去り、当初の目的を果たさんと話題を変えた。
【……あの少年は、何処だ?】
己が利用しようと目を付けた人間―――即ち、ハリー・ポッター。それが―――何処にも居ないではないか。極め付きは、こいつだ。誰も助けに来れない筈のこの空間で、何故こいつは我が物顔で立っている?
黒炎は青年を見付けた時から、概ね予想はついていた。恐らくこいつがあの下らない英雄を救い出したのだろうと。とても忌々しい事に、己の計画はこいつに狂わされたのだ。完膚なきまでに―――。
『あの子なら、とっくに帰したよ。ちょっとした裏技を使って。―――残念だったな?お前の企みは呆気なく崩壊したよ。悔しいか?』
【…………………】
『沈黙は肯定と受け取ろう。さて、次はどうする?自棄になってここで暴れるか?もう一度、その悪知恵を働かせて別の計画を練るか?ボクとしてはどっちでも構わないけど』
黒炎は、返事を寄越さない。沈黙を貫いて、ひたすら思考を巡らせている様だった。
青年はそれを好機とでも見做したのか、畳み掛ける様に語り出す。
『お前は単にハリーを利用しようとしたんじゃない。気に入らなかったんだろ。お前が一番下らないと思っている
【馬鹿?何を言っている?】
嘘を混ぜ込んだ―――その単語に一瞬反応しそうになるも、踏み止まる。こいつは一体、どこまで知り得ているのか。
『だってそうじゃないか。お前があそこまでペラペラ喋る必要は無かった、違うか?時間の無駄だった。お前は無駄な事を嫌う人間だった。これが証明だ。なのにあんな話を、嘘を混ぜてまでハリーにした。少しでも絶望を与えたかったからだろ。そんな無駄な事をせずに、とっとと乗っ取っていれば良かったのにな。そうしていればこうはならなかった筈だ。抵抗も出来ない無力な子供相手に、無駄な時間を使って……それがお前の馬鹿なところだろ』
【黙れ】
青年は、黙らない。
『確かに、お前がハリーに語った内容には真実もあった。それと同じ様に、嘘も混じっていた。……「本来なら友人になれなかった」?「わざわざ友人に仕立てた」だって?よくもまあ、大胆な嘘を混ぜたもんだなぁ。あの子もすっかり信じ込んで、解り易くショックを受けていたようだし。お前はその様子を眺めて、さぞかし愉快だったんだろうよ』
黒炎は、反論を紡がない。
『それからもう一ついいか?少し脱線するけど……。お前は、自分で自分を愛せなかった人間だ。自分の能力に自信があっても、自分の「命」は嫌いだった。自分という「命」を生み出した真相を憎んでいた。……そして、どんな力があっても、自分は自分だって周りに言えなかったんだろ。お前自身、内心で他人と違う事―――「普通」じゃない自分にビクビクしていたんじゃないのか。そういうのは駄目だな。自分を愛せない奴が、他人を信じたり愛せる筈が無いよな』
【お前、何なんだ?お前如きの戯言で、人を勝手に語るなよ】
『へえ、まだ人と思っているのか。魂を弄っておいてよく言えるもんだ。そんなお前だからこそ、こうしてわざわざ教えてあげてるんだよ。お前は何も解っていないからな。解らないから、復讐なんてして喜んでたんだろ。いや、嬉しくなんかないんだろうな。疲れて虚しいだけだろ。嬉しいフリをしているだけだ。ほんと、悪知恵ばっか磨いて、他の大事な事を学ばずにやって来たんだな。情けない』
【もういい。下らないお喋りはここまでだ】
不毛な会話を切り上げようとする黒炎に青年は忠告を送る。
『生憎だけど、戻ったところでボクに関する「記憶」は消し飛ぶぞ。お前は此処での出来事を忘れる』
【何も問題は無い。お前なんぞの記憶などなくとも、目的は達成させる】
『ああ、そうかい。どうぞご自由に。達成出来れば良いけどな』
【……どうせ、お前はこれ以上何も出来ないんだろう?邪魔をする気だったら、とっくにしている筈だ。そうしていないのは、何か出来ない理由があるからじゃないのか?】
『…………』
無表情のまま沈黙する青年の様子を見て、黒炎は勝ち誇る。不協和音を思わせる嘲笑が響いた。
【図星か。おかしいと思ったんだ。……お前は一見あの下らない英雄を守った様に見えるが、無意味だ。お前のせいでこちらが注いだ魂は排斥されてしまったが、またやり直せば良いだけの事。今度は、お前の様な邪魔者の入る余地を消して】
『―――お前、本当に馬鹿なんだな。あいつが―――お前の同居人が、何も考えてないと思うのか?』
青年はローブの懐から深紅の羽根ペンを取り出し、仰々しく見せびらかした。それを見た瞬間、黒炎は動揺が走ったのか僅かに身を揺らす。
【―――それは】
様子の変化を悟らせまいと平坦な声を漏らす黒炎の内心を見透かした青年は、口元をニヤリと歪ませてこれ見よがしに語った。
『これには複雑な術式が組み込まれている』
『所有者の魂の流出を防ぐ、といったものだ。まさかこんな物を作り上げるなんて、こっちも驚いてるけど。ハリーはこれを渡されてから、ずっと日記への書き込みにはこれを使っている』
『―――ハリーの魂は、途中から保護されていたんだよ。お前は
『だから、もうハリーは日記へ魂を注ぐ事は無い。どれだけ分霊箱に心を許しても、その魂が侵される事はこの先無い。そして、お前が注いでいた魂もハリーから追い出された。……言っている意味は解るだろ?』
『お前の目的は、とっくに達成不可能になったんだよ』
【―――問題は、無い】
青年の語りを聞いても、黒炎に何かを諦めた様な態度は見られない。
【『別の相手』にすれば良いだけだ―――あの小僧に干渉出来ずとも、肉体を手に入れる手段なら他にある。まだ終わってはいない】
『……本当に諦めが悪いな。何がお前をそこまでさせるんだ?』
肩を竦めて腕を組んだ青年は、呆れた様子を隠そうともせず問い掛ける。あの少年に危害が向かう事はもう無いが、代わりの相手が存在するとなると安堵は出来ない。
【"彼"がいれば果たせなかった野望も実現出来る。諦める理由などありはしない】
『あいつの事なんてもう放って置いたらどうだ?お前の野望なんて、お前だけでも果たせていたじゃないか。あいつがお前に協力する様に見えるのか?解り切っているだろうに』
【解っていないのはお前の方だ。"彼"の存在にどれだけ価値があると思っている】
『お前、他人に興味が無いんじゃなかったのか?』
【『未来』で起こる出来事を識り、『許されざる呪文』を容易に成功させ、『魔法』に短期間で馴染む。これ以上ない素晴らしい人材を、みすみす手放すと思うのか?】
『手放す、ねぇ。もう自分の物にしたつもりか?―――お前は、自分に並び立つ人間も許せない奴だと思うんだけどな』
【さっきからお前の尺度で解った様に計るなよ。誰にも理解させはしない。お前が何者なのかはこの際どうでもいい。戻って別の手段を考えるだけだ】
クルリと後ろへ身体の向きを変える動作の後、黒炎は青年を無視して動き出した。歩いているのだろう。
『……結局、自分の事は自分だけが知っていれば良い、か。お前だって、あいつの事を矛盾してるだの言える資格なんてないんじゃないか。本当は理解されたがっている癖に、いざ理解される立場となると怒りを示す。そんなんだから、お前は―――』
青年は黒炎の背中に向かって声を飛ばすが、言い終わらない内に黒炎は一つ大きく揺らめいて、あっという間に鎮火してしまった。後に残る物は何も無く、そこにはただ白い地面が広がるだけだ。
『―――痛いとこを突かれたら退散、か。大人ぶってる様に見えて、随分と子供っぽい奴だ。いや―――そういえばまだ、子供だったな』
皮肉を無人となった白の世界に投げ付けると、青年は額に片手を当てて眠りに落ちるかの様に目を閉じた。
―――閉じた瞳に映るのは、とある人物の視界。
暗闇の中、石造りの廊下で放心し、虚ろな瞳を虚空に注いでいる光景。力の抜けた手元に見えるのは、
『……あーあ。変に惑わされないと良いけど』
目を開けて、何処とも無く歩き出す。その足が向かう先には、いつの間にやら古めかしい街並みが再び形を成して広がっていた。たった一つ、空だけは相も変わらず無限の白を携えて、際限無く世界を包み込んでいる。
在るべき場所へ還る、ただそれだけの為に、青年は歩く。そうして辿り着いたのは、先程と同じ―――醜い成れの果てが居た個室の中。
そこで青年は右手に白い日記帳を、いつ取り出したのか、左手に『黒い日記帳』をそれぞれ持っていた。手の中の黒い日記帳へ追想の籠った視線を注ぐ青年は、静かに部屋の真ん中で佇んでいた。
『―――あの鏡には、
一言だけ、誰に聴かせるでもなく独り言を呟いて。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ある存在が、思案に耽っていた。
―――『闇の帝王を打ち破る運命を背負いし子の元へ、死を越えし契約者が現れる』
かつて"見た"記憶が鮮明に呼び覚まされる。
『忠実な一人の部下』によって献上された有用な情報。未来に起こるであろう出来事を告げる、『予言』。
実に忌々しいとも表現出来るそれには、しかし己の興味を引く言葉が一部含まれていた。
―――『その者の携える闇の全てが奪われし時、帝王を越える怪物が羽化を遂げる。その時こそが帝王の終焉となり、新たな帝王の誕生となるであろう。帝王よ、己が破滅を逃れるならば、その者を看過してはならぬ。運命の子の元より略取せよ。同じ時を歩ませてはならぬ……』
女の口から流れる似つかわしくない野太い声。それを盗聴していた己の部下。その光景は腹立たしい事に途中で途切れている。『予言』の全容を聴き取る事が出来なかった不完全な記憶。
不完全ではあるが、重要な部分はしっかりと入っていた。故に当時の己は、その部下の失態を不問に付したものだ。
あの時、『予言』で言及されていた謎の存在。一体何処の誰なのか、あらゆる可能性を挙げてみても、終ぞその正体に辿り着けなかった。だがつい先日、あの『英雄』の
【―――さあ、クィレルよ。今こそ俺様の信頼を取り戻す好機だ】
闇に満ちた森の中、低い声が響いた。声の発生源を中心として、ドロリと澱んだ空気が周囲を汚染していく。箱の中に一つだけ紛れ込んだ腐った果実が、周りの新鮮な果実まで腐食させていく様に―――。
【俺様は満足している。よくぞこの城にて
鬱蒼と生い茂る林の真っ只中を、一人の青年が闇を恐れる事無く疾駆していた。翻るローブは四方を埋め尽くす枝葉に何故か引っ掛かる事は無く、スルリと透過していく。灯りも無く碌に舗装もされていない危険地帯であるのに、ただの一度も速度を緩めず何かから距離を取る様に足を動かし続けている。その揺るぎない動作からは、暗闇や視界不良により誰しも抱く筈の恐怖といった類の感情は感じられない。
勇ましいともふてぶてしいとも言えるその姿に、沸々と湯沸し器の様に黒い執着心を掻き立てられる。
―――そうだ。やはりこうでなくては。闇に身を
【己の所有物は、己の手元へ取り戻さねば―――な】
その時。
長年捜し求めていた獲物を捕捉した様な、悪意に塗れた粘着質な気配を察して―――青年は後ろを振り向いた。
しかしそこには何者も居らず―――
闇と同化している黒いローブで全身を包んだ人間が、振り向いた青年の背後で亡霊の如く立っていて。
人間離れした血色の悪い五指が、青年に向けてゆっくりと伸ばされた。
やめて!一か月後にゼノブレリメイクを発売されたら、プレイに命を懸けてる作者の休日が燃え尽きちゃう!
お願い、潰れないで休日!
あんたが今ここで潰れたら、ただでさえ遅くなったこの作品の更新はどうなっちゃうの?
発売までまだ日にちはある。ここで執筆に集中すれば、更新頻度は上がるんだから!
次回「更新死す」
デュエルスタンバイ!
…というのは冗談で、
次話はやっと出来上がりました