転生したら分霊箱だった件   作:@ゆずぽん@

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お久しぶりです。『賢者の石』編の続きです。
今回の話はリハビリ感覚で書き上げたので短いですが、ご勘弁を


Page 29 「Wriggling in the Dark」

 さて、状況を整理しよう。

 

 今後城内を動きやすくする為に、と校長室近辺を探索していたところ―――何故か待ち構えていたクィレル・イン・ヴォルデモートに自分は襲撃された。

 辛くも逃亡を成功させ空き教室に隠れ潜んだ時である。奴らの仕込んだ罠が発動してしまい、その影響でしばし意識を飛ばす羽目になったのだが……。

 

 (何だったんだ、あの光景は)

 

 そう、恐らく意識の無い間に自分は夢としか言いようのないモノに沈んでいた。その夢らしきモノに現れた、謎の人物。

 見窄らしい女が意味の解らぬ言語で何かを「お願い」してきたかと思ったら、消えてしまった。せめて標準語で喋れ、と文句の一つでも言えば良かったと今になって悔やむ。例え現実じゃなくたって、自分が何を思ったかを相手にしっかり表明するのは重要ではないかと考えている。

 

 (多分―――あれは、蛇語だったんだよな……)

 

 あの瞬間、どうしてあの女の言葉を理解出来なかったのか。

 それは単純に、あの時の自分は『本来の自分』に戻っていたからではないか、と思う。

 実際あの時、己の姿を確認してみればスリザリンの制服を着用していなかったし、手首には懐かしい古傷がこんにちはしていた。

 『本来の自分』は魔法使いでもなければ、蛇語使いでもない。ならば蛇語を喋る人間の言葉を聞き届ける事など不可能に決まっていた。

 

 ―――では、何故意識の無い間に自分は『本来の自分』に戻っていたのだろう?

 

 今までこんな事は一度たりとも無かった筈だ。現実だろうが夢だろうが、元の世界の姿で誰かと相対した事など無い、筈だ。そもそもこの世界に来てしまった以上、最早元の自分の姿に戻る事など決して有り得ない。この世界に自分本来の肉体など存在しない。それこそ(あるかどうか分からないが)世界の壁でもぶち破って物理的に元の世界へ赴き自分の死体を運んでくるでもしない限りは。

 ……運んで来たところで、今の分霊箱としての肉体を捨てて本来の肉体に移れるかどうかなど分かりゃしないが。

 そもそも元の世界の自分はとっくに死んでいる。この世界と元の世界とで時間の流れがどうなっているかを知る術はないが、今頃はとっくに火葬でもされて骨壷に放り込まれているに違いない。火葬場の職員は、目の前で骨だけとなった少年が世界を超えて第二の人生を送らされているなど想像もしないだろう。

 

 (誰だよあの女)

 

 一番の謎は、どういう訳か『本来の自分』に向けて語り掛けていた見窄らしい女の正体である。

 誓ってあんな知り合いはいない。蛇語を喋っていたので、絶対に元の世界の知り合いではない。ではこの世界で蛇語を喋る女の知り合いがいるかというと―――やはり、ノーだ。

 何故心当たりのない女が突然現れて語り掛けてきたのか。そして、伝えたい事があるのならどうして蛇語しか使用しなかったのか。こちとら元の体に戻っているのだから、そこんとこ配慮して解る言語で喋って欲しいものだ、全く。

 女の表情を観察する事で大雑把だが伝言の内容を掴めた―――気がする。『何か』、を頼まれたらしいのだが肝心の『何か』の正体はまったくもって不明である。お願いします、みたいな感じで丁寧にお辞儀をされたが、自分はあの時了承の返事も何も寄越していない。随分身勝手で一方的な要求だ。

 何というか、たったあれだけの時間でも女がどういう性質なのか解らされたと思う。

 女はきっと、昔から自分の事で手一杯で―――周りの他人が何をどう考えて動いているかを悟れない、狭い視野の中で生きてきた人間なのだろう。それは単に女が傲慢で他人に配慮する気がない、という意味ではない。他人の事を考える余裕のない状況で生きる事を強いられてきた様な、哀れで惨めな人生を想起させるのが、あの女の姿だった。

 

 (あ~~~クソッ、何も解りゃしない。元々この世界で起こる事なんて、解らせる気の無い現象ばっかだけどな)

 

 なんかもう……この瞬間に全てをほっぽり出して、海外にでも飛んでヴォルデモートとか死喰い人とかの目から逃れられる安全な場所で、永遠に引き籠もっていたくなった。望んでもないのに分霊箱となって生かされるというのが、どれ程絶望的で途轍もなく面倒臭い事なのか、誰かに延々と愚痴りたくなる。

 自らの死後にこの世界に飛ばされて分霊箱になりたい、と願う誰かがいるならば、喜んで今の立場を交代してあげよう。……そんなの絶対不可能だけど。

 

 (崇高な目的も特別な野望も何一つ有りやしない。本当に、何で自分なんかがこんな体に……)

 

 こういうのは普通、相応しい素質だかを持った人間に白羽の矢が立って転生するのが相場と決まっているんじゃないのか。例えば分霊箱に生まれ変わってヴォルデモートに従って助力したいとか考えてる変人とか、逆に主人公側に寝返ってなるべく誰も死なない結末に導きたいとか考えてる正義感に酔った奴とか。生憎だが自分はどちらにも当て嵌らない。

 何を基準にして自分がこんな目に遭う人間として選ばれたのかは解らないが、どう考えても選ばれる筈のない類の人間だと思うのだが。

 

 ―――本当に何もかも面倒だ。今すぐホグワーツに隕石でも落ちてヴォルデモートごとぶっ壊れないかな。

 

 一瞬だけ過る物騒極まりない願望が叶う訳ないと知りつつ、やおら立ち上がる。湧き上がる欲求を一つ一つ諦めざるを得なかった五十年を過ごしてきた身だ。諦観は最早慣れている。

 立ち上がった体はどこにも異常は見受けられない。同居人の協力もあってか、奴らの『罠』はどうやら不発に終わったようだ。全く小賢しい真似をしてくれたものだ。この報復はタダじゃ済まさない。

 

 『おい、生きてるか?死んでても構わないけど』

 

 【……やあ。どうやら、お互い無事でなにより】

 

 声に出して安否を問うと、殆ど間を空けずに返ってくる言葉。今更気味悪いなんてわざわざ口に出すのも面倒だ。

 

 『お前だけは別に無事じゃなくても良かったんだが……』

 

 【功労者に向けた台詞とはとても思えないな。君はもっとこちらの存在に感謝するべきじゃないかと思うんだよね】

 

 『多分この国の魔法使いの九割はお前が無事じゃなくなる方に感謝すると思うんだよな』

 

 【その九割もいずれ無事である事に感謝する日が来るから問題無いよ】

 

 『お前の減らず口ってホント誰に似たんだ?あのくそったれマグルの父親か?』

 

 【……そのくそったれマグルも二度と減らず口を叩けない結末を迎えたのだから、この議論に意味は無いんじゃないかい?】

 

 マグルの父親という単語に反応したのか、声は僅かな怒りに震えていた。……様に聞こえた。しかしどういう訳か、発言者のこちらではなくマグルの方へその滲んだ怒り全てが注がれているのを感じた。

 不平不満があるなら感情のままに吐露してしまえばいいのに、相変わらず相手は全てを押し殺して、気の置けない友人の様な態度を崩そうともしない。一体何故ここまでして本性を隠し通そうとしているのやら、理解出来ない奴だ。

 まるで、自分を殺してでもこちらと懇意にする意味があるとでも言いたげな……。

 

 (……あのくそったれマグル、何でこんな子供を作る羽目になってんだか)

 

 記憶の中で遭遇したあのマグルは、どう見ても息子に対して歓迎的ではなかった。あんなにも毛嫌いしているなら、どうして魔法使いの女と子供を作るなんて奇想天外な関係に発展したのやら、である。

 

 ―――なんかこいつもこいつで出生が複雑で謎過ぎるよな。深く知りたくないけど。

 

 自分の出生を棚に上げて他人の出生に関し口を出せる立場ではないと思い出して、それ以上考えるのをやめた。自分が生まれた瞬間に起こった騒動の話を思い返すと、とやかく言えたものではなかった。

 ただ一つ、確かな共通点がある。……大人共はいつだって、『手前勝手な理由』で子供を欲する生き物なのだ。そうやって産み落とされた子供が、どんな絶望を味わい続けるかも想像しないで。

 

 (……、……でも、こいつには居場所が)

 

 だが、自分と違ってこいつには―――あったのだ。

 特別な力を受け継いで生まれた事を尊び、受け入れ、肯定してくれる居場所が。

 あの緑と銀を基調にして構成された部屋の中で、確かに歓迎された筈だ。実際のこいつがその扱いをどう捉えていたのかは知らないが、それは大なり小なり正の感情のいずれかを齎した筈なのだ。

 ……当たり前の事実だ。こいつの世界に『能力者を受け入れる施設(ホグワーツ)』はあって、自分の世界には無かった。

 

 (こんな事……考えて何になる?……馬鹿馬鹿しい)

 

 今、この胸の内に黒く沸き上がったものの正体は、何だ。

 嫉妬?まさかこんな奴相手に?

 ―――有り得ない、絶対に。

 

 狂った様に頭を振り乱して今し方脳内を巡った思考を全て霧散させる。こんな感情は、何かの間違いだ。きっと一瞬質の悪いゴーストにでも取り憑かれていたに違いない。……分霊であるこちらが取り憑く側だという突っ込みは無しだ。

 還暦を迎えた老人の様なみっともない溜息が思わずこぼれた。いや、実年齢を考えると自分はとっくに還暦を越えちゃっている訳だ。

 ……改めて考えるとこれ以上虚しい事ってあるだろうか?未成年の時に一度死んで、生まれ変わったらしい世界では若い姿のまま老人の仲間入り。

 

 ―――誰も見てない所でひっそりと泣きたくなってきた。違う、今薄ら目頭に滲んだヤツはインクだ。断じてインク以外の何物でもないよ、これは。

 日記帳の分霊箱として与えられている固有能力がインクの無限生成とか、それはそれで泣いても良いと思う。本当にしょうもない能力だ。幾ら相手の力を奪うのに必要な意思疎通手段の為のものだとしても、本当にしょうもない能力だ。

 

 『何か、色々疲れた……。しばらく何もしたくない』

 

 【それには少し同意出来るけれど、あまり悠長にはしていられないと思うな。君は先程逃避に近い考え事をしていたみたいだけど……】

 

 『逃避?』

 

 この身に染み付いた閉心の力は、あの黒い感情まで読み取る事を許さなかったようだ。悟られぬ範囲で安堵を覚えつつ返事を飛ばした。

 

 【いや、君はさっき「遠くへ逃げたい」といった思考に陥っていた気配を感じたから……。非常に残念な事実なんだけどさ、それは絶対に叶わないんだ】

 

 『何の事実があるって言うんだ?』

 

 【君は唯一自律思考の可能な分霊箱として作られているから、他の分霊箱と違ってその……色々扱いが厳重というか。言ってしまえば、居場所を把握される機能があって。仮に君がどうにかして城外やら国外やらに逃げたところで、やろうと思えば()()()は、君がこの世界の何処に隠れているかをいつでも知る事が出来るんだよ】

 

 『…………ん、何で???』

 

 思いがけない事実を伝えられた頭は、少しだがショートしかけた。だって、自分の中にある知識にはそんな情報微塵も生えてなかったのだから。勿論、その可能性を考えた時はあった筈だが、自分が知る物語では居場所を把握する描写なんて無かったし……。

 

 【そりゃあ君、元は一つの存在なんだから、魂を通じて分霊箱の居場所を掴むなんて不可能な(わざ)じゃないさ。まあ、決して容易という訳でもない。居場所が判るのは精々、一番最初に作り、一番重要だと考えているこの日記帳だけだろうね】

 

 『なんの気休めにもなってないんだが???』

 

 【ああ、すまない。事実を説明しているだけで、別に気休めのつもりで言った訳じゃなかったんだけど―――】

 

 『このたわけがッ!!そんな重大な情報は早く吐きやがれよ!ああそうだよ褒めてやるよ!マジで人を苛つかせる天才だよお前は凄い凄いねぇ!!』

 

 【……これやっぱり言わない方が良かったかな】

 

 あまりにも絶望的な情報をいきなり与えられ、襲撃から来る疲労感の半分程が吹き飛んで体から去って行った感覚がする。同時に、襲撃を無事かわした事で緩みかけた精神を、解けた靴紐を結び直す様にしてぎゅっと引き締める。

 こいつはやはり油断ならない。今の今まで―――五十年という人間として過ごすには長い年月の中で、この情報を一度も明かさなかったのだ。それは遠回しに、余程の事が無ければ明かす心算が無かった事を意味している。下手すれば永遠に自分の中だけでこの情報を完結させる気だったのかもしれない。

 

 (ああ、これは多分あれだ―――何処かに逃げても無駄だって、こいつはそれを伝えたかったんだ―――畜生め)

 

 逃げる事で何かが解決するかもしれない、といった安直な思考を見透かされている。

 ヴォルデモートに立ち向かう事や秘密の部屋開放の使命を放棄して逃げの一手に走ったところで、いずれ奴は自分に辿り着くと言外に説明しやがったのだ。

 いや、むしろ逃げるという選択肢が一番最悪なのだと教えてくれた、とも言えるのか?

 こいつに教えて貰わなければ―――逃げを決め込むと最終的に戦闘や抵抗に発展する事すら叶わず奴の手中に落ちるという事を、己は知る由も無かった。

 もしもこいつが同居人として存在せず、自分が呑気に海外にでも逃げる事を選んでいたら―――いつか己の元に現れるであろうヴォルデモートの驚異すら考えず、対応も出来ずに捕まっていたに違いない。

 

 ―――この先何があろうと、逃げるという選択肢は除外せねばならない。

 それは自身を酷く憂鬱な気分にさせてくれた。

 意識した事は一度も無かったのに―――己の首に、不可視の『首輪』がぴったりと嵌められている感覚を先程から拭う事が出来ない。……とても屈辱的だ。

 いや、実際最初から奴は『首輪』を付けたつもりなのだろう。考えてみれば、自我も思考もある己の分身に『首輪』を付けない馬鹿はいない。奴の様に狡猾で慎重で―――臆病な人間ならば尚更。

 

 (……何故、)

 

 ふと、襲撃を仕掛けてきたターバンの男の姿が浮かび上がる。

 奴にとって、他人など己の秘密を明かしていい存在ではない筈だ。

 それなのに手駒にされているあの男は、恐らくは第一目標の『賢者の石』強奪を後回しにしてまで自分に襲撃を仕掛けてきた。

 

 (こんなにも確実な『首輪』があるならば、何故……不死の秘密を他人に明かしてでも僕を狙うんだ?)

 

 すり、と己の首元を撫ぜる。脈拍など、とうの昔に―――魂を引き裂かれた時から機能を停止している。触れたところで、脈動を知らぬ仮初の肉がそこに存在するだけだった。

 

 (分霊箱を狙うのは、『賢者の石』を手に入れて……自分の肉体を取り戻してからでも良かった筈だ……)

 

 ジリジリと、熱と冷が入り混じった不快極まりない焦燥感が背筋を這い上がってくる。連動して過呼吸に近い吐息が口から零れていく。五十年もこの身で過ごしてきたというのに、生者と同じ呼吸の動作を止める事がいつまでも出来ない。

 

 考えろ。

 一体どうして、奴らはあんなにも早急にこちらを狙う事に決めた?

 日記帳の分霊箱に、如何程の価値が秘められている?

 『本来の物語』では、この分霊箱が失われても奴らは順調に目的を果たしていたというのに―――何故今現在、軛の外れた獣の如く飛び付いてくるのだ?

 

 自分一人では答えの出せない疑問が、次々浮かんでは胸中のあちらこちらに沈殿すると同時、蓄積していく。決して溶ける事の無いヘドロが排水溝に引っ掛かって不快な悪臭を放つ様に、それらは己の精神に多大なる負荷だけ蔓延させて、建設的な道標を与えてはくれない。

 

 (どうにかして……いつか、この『首輪』を壊さなければ―――)

 

 ぎり、と己の首を己の手で軽く締め付けた。脈打つ血管も無ければ、気道が圧迫される苦痛も無い。

 人の形をしておきながら、人の体の構造を無視して現世に顕現する不死の碇。

 誰よりも『死』を恐れる闇の魔法使いが(よすが)として『首輪』を括りつけた、都合の良い道具。

 ……望んでこんな存在になった訳じゃない。

 だからこそ、今自分が置かれている状況は―――本当に、絶望としか言い様のない―――救い様のないものだった。

 

 【そうだね―――『首輪』なんて全く品が無い。いつか壊してしまえばいいさ】

 

 囁く様な小さな声が、物理的な距離など無いに等しいだろうに、どうしてか遥か彼方から聞こえてくる。

 

 

 

 

 【僕なら、首なんて品の無い場所にしない―――君の魂に付けてあげるから】

 

 

 

 

 ―――その後に続く、とても微かな声を自分が聞き取る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【クィレル、この愚か者めが!!】

 

 ―――ガンガンと頭の中と部屋の中に響き渡る凍てついた怒声が、ただひたすらに己を苛んで止まる事は無い。

 

 【解るか?貴様に与えられたそのちっぽけな頭で理解しているか?貴様は二度も失敗したのだ―――二度も!流石の俺様もここまで使い物にならん愚図だとは思わなかったぞ、貴様!】

 

 絶える事なく溢れる罵声の数々は、最早凶器だった。切り刻み、突き刺さり、穿ち抜く。さながらそれは十徳ナイフの如く、次々と姿形を変えてはクィレルの心身を容赦なく損傷させてゆく。

 主人の言葉の一つ一つは、決して間違っていなかった。故に反論も弁明も許されない。クィレルは捕食者を前に動けぬ愚かな蛙の様に蹲り、自らの鼓膜に全ての罵詈雑言を受け入れる事しか出来なかった。

 内耳の奥から出血するのではないかと思う程の罵声をしばらく受け続けた後。ようやくクィレルに発言の機会が与えられた。

 

 【クィレル……なぁクィレルよ、俺様は慈悲深い。貴様に申し開きがあるというのなら、聞いてやっても良いと考えている……】

 

 怖気の走る冷たい猫撫で声。清々しい程の飴と鞭。これ幸いとクィレルは片隅が痺れた頭のまま、矢も楯もたまらずその言葉に飛び付いた。

 

 「ごっご主人様……!わたし、私はッ、貴方の仰る通りに尽くしました。貴方の命じた通りに、全ての準備を整えて―――」

 

 【その結果がこのザマだと?】

 

 「ヒッ、しっしかし、確かに私の仕掛けた罠にあの者を陥れる事には成功した、と……」

 

 【―――愚かな。貴様が仕込んだ罠などとうに破られておるわ。感じるぞ……、微塵も影響を受けてはおらぬ。アレは今も健在だ】

 

 「馬鹿なッ……!?ご主人様、私は確かにこの目で見たのでございます!あの者は、あの者は―――ッ」

 

 【……、はッ、破ったか……クク】

 

 主の御前ではしたなく狼狽の様を晒すクィレルを差し置いて。何故か満足気な響きを含んだ低い笑い声が一つ、鳴った。

 

 【解るか、クィレルよ。貴様が精魂注いで作り上げた罠をアレは破ったのだ。見た事も無い魔法の筈だったろうにな……】

 

 「は、は…………?」

 

 何を言わんとしているのかまるで気付けぬクィレルは、曖昧な返答の声を上げるばかりだ。つい先刻これでもかと貶されたちっぽけな頭を必死に稼働させたとて、やはり主人の思考を計り知る事は出来ない。

 

 【成長……進化、と呼ぶべきか?今この瞬間も、アレはこの時代で生まれゆく魔法に適応しようとしている……俺様がそう設計した。果たして、どうだ?アレは設計通りどころかその枠すらも越えようとしておる】

 

 「……せっ、設計……、罠を破る事すら想定出来たと……仰るので……?」

 

 【フン……貴様が一度で捕らえるに越した事は無かったがな。まさか、あの魔法をその身に受けて尚無効にされるとは思わなんだ。―――そして、俺様の存在を認識しておきながら、俺様の元へ素直に戻ってくる殊勝さは無いときた】

 

 「……ッ」

 

 クィレルの肉体に取り憑いた亡霊が何事かを呻く様にもぞりと身をくねらせたようだった。何とも言えぬその感覚に、彼は未だ慣れる事が出来ず表情を歪ませる。決して心地の良い感覚ではない。

 

 【『首輪』を付けた事が余程気に食わなかったのか、別の目的でも生まれたかは知らぬが―――。俺様がこうなった以上、やはり奴には帰還を優先させねばならん。クィレル……言いたい事は、解るな?】

 

 「―――、はい……」

 

 【尋問も躾も、捕らえた後で幾らでも出来る……まずは貴様が回収を遂行させねば話にならんのだ。二度も俺様の前で失態を晒した愚図の貴様に任せるなど、全く見下げ果てたものだが……】

 

 ―――この時、クィレルの中では確かな炎が渦巻いていた。

 勿論、その中にはようやく巡り会えた主を失望させてしまったという恐怖の炎も焚かれていたが―――それよりも激しく火花を散らす程燃え盛る炎が、火傷を負わんばかりに彼の心中で暴れ出そうとしていた。

 すると、蹲ったままの下僕に向けて初めて感心した様な声が掛けられた。

 

 【……ほう?貴様の考えている事は解るぞ、クィレル。貴様がそんな事を思っていようとはな?】

 

 「ッ!」

 

 【怯えずともよいわ。責めはせぬ。クク―――貴様は貴様で随分と殊勝になったものだな】

 

 主人の機嫌を損ねてしまったかと大きく肩を跳ねさせたクィレルに、しかし亡霊は愉しそうな笑い声を混ぜながら歌う様に語っている。一体己の何が気に入ってもらえたのか、下僕が知る由はない。

 

 【だが見苦しいぞ。俺様の欠片に嫉妬などするものではないわ。フン―――それ以前の問題であるだろうに】

 

 「し……嫉妬などと、ご主人様。私は、決してその、そんなつもりでは」

 

 嘘だ。

 クィレルはどうしようもなく抑えられない炎の中、声を出さず自虐的に呟いた。

 自分は―――紛れもなく、主人の片割れという少年に嫉妬を覚えていた。

 やたら反抗的で、ほんの少しだって従う素振りすら見せず、あちらこちらを逃げ回って、姿を隠す―――……自分自身である存在を裏切るにも等しい一つ一つの行為を目にする度に、この炎はそれらを火種に大きくなっていったのだ。

 こんな自分と違い主人から随分と気に入られていて、大人しく手中に収まれば栄誉も褒美も称賛も容易く受けられるだろうに―――まるでこちらが生涯の敵だと言わんばかりの睥睨を向けるばかりで、自分勝手な行動を続けるあの少年が―――酷く、酷く妬ましい。

 クィレルには手に入れるのが困難なモノを、手に入れられないだろうモノを手に出来る立場にある癖に、主人の意に背く事しかしないアレが、どうしようもなく妬ましい―――。

 

 【―――何か、言いたそうだな?】

 

 そんな下僕の様子に、慈悲深いと自称する王はわざわざ反応をしてやった。下僕は徐に顔を上げ、はっきりとした口調で答える。其処には、主人からの罵声に蹲るだけだった情けない男の姿は見えなかった。

 

 「……ご主人様。アレは―――貴方がこんな目に遭っているというのに、一向に馳せ参じる様子がありません。私が、私こそが貴方の真の手足となり、『賢者の石』でお体を取り戻して頂く―――それでは、いけないでしょうか……」

 

 【愚問だ、クィレル。貴様には貴様の役目が、アレにはアレの役目がある。貴様にアレの代わりなど務まる訳がなかろう。だがその心意気は悪くない……】

 

 「アレを捕らえたところで、貴方の王命に従うとも思えません―――それでも、宜しいのですね」

 

 【くどい。愚問を繰り返すものではないわ。クククッ…………アレがどれだけ俺様に反抗しようとな、全ては無駄、無駄な事よ。いずれ俺様の側で永遠の舞台に立つ宿命―――全てはアレを生み出した時から決まっているのだ。時が来ればアレも己が使命を受け入れるだろう。なればこそ、今の短い『反抗期』など―――舞台の余興に丁度いいとは思わぬか?】

 

 クィレルはそこでようやく反論を口に出す事無く素直に頭を垂れ、主人の言葉を受け入れた。片割れの『反抗期』すら余興だと明言した主人ならば、これ以上下僕が提言する事など何一つない。

 

 立ち上がった下僕は、一片の迷い無くホグワーツの城を縫う様に歩いていく。

 今し方頭に浮かんだ、主人の片割れを今度こそ連行する計画を実行に移す為に。

 

 

 

 

 ―――主人の片割れは、十六歳のスリザリン生だという。

 反抗する生徒を直々に対応する。

 それは曲がりなりにもこの城で教師を務める自分こそが相応しい。

 

 

 

 

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