転生したら分霊箱だった件   作:@ゆずぽん@

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今回は転生の真相に迫ったり迫らなかったりする話前編


Memory 2 「まだ何者でもなかった君達に告ぐ(前編)」

 「―――本当にこの少年が?」

 

 男性の落ち着いた、しかしどことなく力強くもある短い一言が室内に響く。

 ひんやりとした心地良い冷気が絶え間なく供給されている一室で、二人の成人男性が向き合っている。こじんまりとした事務所、みたいな場所であった。パソコンと事務机とオフィスチェアがセットになった物が二台程横に並ぶ形で配置されていたが、男達はそこに座ってはおらず部屋の前方奥に鎮座する執務机を挟んで互いに立っていた。机の奥、椅子のある側で腰掛ける事も忘れて立っている男の方は頭髪に白い線が疎らに見受けられるので、机の手前側の男より年上だと思われた。彼は今し方、若い方から手渡された四角い紙―――このご時世で珍しい、現像された生写真を手にしている。

 

 「特に、おかしな点のない子に見えるが?」

 

 手元の写真に閉じ込められたある少年の姿を目にして、年上の男は真っ先に浮かんだ疑問を口にした。

 目元の隈を隠す様にしてやや雑に伸ばされた黒い前髪と、この年頃にしてはやたら横に狭い体躯が、若くして不健康に見える印象を強めてはくるものの、何もおかしくはない。寧ろ顔だけは整っている部類なので、どこかでひっそり人気を得ているマイナーな学生モデルの写真でも渡されたのではないか、と正直思ってしまう。それ程までに写真の少年は外見だけなら異常なところなど何一つ存在してはおらず。一体、何故こんな人物の写真を渡されたのかと男は困惑していた。

 気になった点を無理矢理にでも挙げるとすれば、生写真にも拘らず少年は母親の胎に感情を置いてきたかの様な無表情をしており、ポーズすら取らずに棒立ちであるところだろうか。撮影した際の光の加減に因るものか、赤みのある昏い瞳が、カメラではなく明後日の方向を向いている。まるで全てに興味が無いとでも言う様に露骨にずらされた視線は、確かに気にはなる。しかし、ただそれだけだ。もしかしたら撮影時、少年の目を奪ってしまうモノ―――例えば通りすがりの誰かとか、近くを飛び回る虫とかがその場に居ただけなのかもしれない。

 

 「そりゃあそうでしょうね。見た目だけなら―――、……好かれる子ですから」

 

 意味深な言葉を発する若い男の方は、対照的な反応だ。写真の少年に向ける表情を、嫌悪の色がちらりと窺える表情を、隠していない。

 

 「君の提供してくれた情報を全て確認したが、俄かには……信じ難いものだ。そして、情報の中心にいる『この子』の事も」

 

 「送った情報は全て事実です。全て―――()()が行った結果ですよ」

 

 若い男から吹き出す少年に対する剥き出しの嫌悪。改めて写真に目を通したが、年上の男には何故この子供がここまで嫌われているのか知り得ない。

 

 「私も最初はね、馬鹿げていると思いましたよ。あんな事が現実に起こる訳がない……これは幻覚か白昼夢ではないかと、ね。でも、事実だった。都合良く目を背けても、()()はいつもいつも……」

 

 吐き捨てる様な言葉はそこで一度区切られた。男は居心地悪そうにもぞりと体を動かす。

 

 「……まあ、そういう訳で……。信じられない、というそちらの意見は理解出来ますよ。しかし、いつも間近であれを経験してきた私の立場も理解して欲しい。私とて簡単に信じる訳にはいかなかったのだから」

 

 「ふむ……。君に、そこまで言わせるのか……『この子』は」

 

 「疑うのなら、ご自身の目で確かめればよろしいのでは」

 

 その一言が遠くはない未来を確実に歪めてしまうものだとは知らぬまま。

 男は、口にしてしまった。

 写真を眺めていた男が顔を上げる。その原因を引き起こした張本人は平然と佇んでいた。

 

 「()()が本当に情報通りの子供かどうか―――私だけ知っていても、誰かに信じて貰えないのは無意味なので」

 

 「…………」

 

 写真を持つ男は答えない。ただぱたりと瞼を閉じ思案を続けて、重たい腰を下ろして背面で待機していた椅子に座り込む。部屋に訪れたのは少しばかり長い沈黙のベール。

 

 「……自分の目で確かめる、確かに大事な事かもしれない。君がそこまで言うのならば―――」

 

 不意にそれを破った犯人の顔を、若い男は感情の読めない瞳で見つめ返した。その瞳は、写真の人物と相対を繰り返す上で身に付けられた、手放しでは喜べない能力でもあった。

 

 『―――何で母さんと結婚したの?』

 

 昔、いつだったろうか。

 いつか昔に、写真と同様の昏い瞳を携えて問われた記憶が鮮やかに蘇る。写真と比べて、まだ半分程の背丈の時だったかもしれない。()()は、何の前触れもなくそう問い掛けてきたのだ。

 あの時、何と答えたのかは、最早憶えていないけれど。

 

 「そういえば、『この子』の名前は何だっただろうか」

 

 淡い回想の旅路を切り裂く様に響いたその声に、今度は別の過去の記憶を辿ろうと若い男は目を閉じた。

 名付けに興味の無かった、いや、そもそも名付けるつもりすら無かったこちらを気にする様子もなく、あの女が心底嬉しそうに与えていた贈り物。その記憶を呼び起こす為に。

 

 「―――ああ、そんなにおかしな名前では無いですよ。()()の名前は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえねえドラえもん聞いてよ!バジリスクが倒せないよぉぉぉ~~~助けてよぉぉぉ~~~」

 

 「全くしょうがないなぁのび太くんは」

 

 「ぜんっぜん似てないし作り声が気持ち悪かったから二度とするなよ」

 

 「よし解った後で捻り潰す。刑法199条なんか関係無いからな」

 

 昼下がりの穏やかな午後とは裏腹に、穏やかではない会話が繰り広げられるがらんとした教室の中。そこでは三人の男女がそれぞれ木製の椅子に腰を預け言葉を交わしていた。

 仄かに鼻腔を擽る柔らかな樹木の香りが、この空間が生み出されて間もないという事を控え目に主張している。白亜の壁も雀色の床も傷一つ見当たらないので、ピカピカという音を伴って輝いている様に見えた。黒板の下面に取り付けられている粉受けに横たわる人差し指大の長いチョークは、まだ誰の手にも収まった事が無く、一度たりとも縮まった経験が無いという喜びが溢れ出していた。

 換気の為に半開きになった窓から差し込む白んだ陽光が、天井の蛍光灯の代理人だと言わんばかりに三人の元へ光と薄暑を送り届ける。まだ、この季節特有の鳴き声は聞こえてこない。

 

 授業の無い土曜日である筈なのに三人が教室に集結しているのは何故かというと、単純明快、それは『部活動』の為だからだ。もっとも、この部は昔から存在していた訳ではなく、少女から依頼を受けた少年が得意技である口車によって教師陣を説得した結果誕生した、という異例中の異例であったが。

 

 「こいつ強過ぎるってば調整ミスってるってば。即死攻撃って雑魚がやるから許されるカテゴリーの攻撃だよね?何で大ボスがディレイ無しで叩き込んでくるの!」

 

 「ボスなんだから強いのが当然では?それに正面に陣取るから即死の噛み付きに引っ掛かるんだろ……。普通に考えて解る事だろ、解らないのか?毒牙っていうのは敵の口、つまり正面に存在するんだ。正面に立っちゃいけないって初心者でも察せるのに?」

 

 「いやいやいやっ、だからって背面に回ったら範囲クソヤバ尻尾ぶん回しがお届けされちゃうんですけど!どないせえと?前も後ろも駄目ならどないせえと?」

 

 「プレイヤーの立ち位置によって敵の攻撃パターンは変化するんだよ。君が引っ掛かってるのは背面に立たれた時限定の薙ぎ払い攻撃だな。縄跳びの要領でジャンプすれば良いだけの話。そのままジャンプから派生するコンボを叩き込んでヘッドアタックでスタンを取ったら雑魚だから」

 

 「かっ、簡単に言ってくれますなあ。それが出来たら苦労しないってーの。もぉ~、バジリスクぶっ殺したら裏ボスが出てくるって聞いたから頑張ってるのに!攻略情報の第一発見者がこいつだなんて世も末だぜ……」

 

 先程から声を荒らげながら表情豊かに語る赤毛の少女は、目の前で雑に足を組んで背もたれに寄りかかっている黒髪の少年に向けて苦笑と溜息を送った。

 実際には赤みがかった黒髪なのだが、光の当たり具合と見る者の角度によっては、セミロングまで伸ばした彼女の髪色は燃えるような赤毛に誤認させてくる。そんな一種の錯視を引き起こす彼女に、珍妙な動物へ向けるのと同等の視線を届けていた少年は、気怠そうな瞬きを一つ終えると片手に掴んでいる薄い板へ向き直る。何気ないその仕草が妙に様になっている。

 本当は性格態度、どれを取っても最低最悪な彼が何故異性に持て囃されるのか。少女の中で長年すくすくと芽を伸ばしていた疑問の種子、その一つが理解という名の開花を遂げて枯死に至った。成程、何をしようがこの生意気な小僧も外見だけ観察していれば魅力的な美男子にシフトチェンジという訳だ。

 

 「……君達は、さっきから何の話をしているんだい?即死だとかぶっ殺すだとか、とても物騒な単語を憚りもなく使っているけれど」

 

 黒板近くの椅子に座って二人の様子を静観していた三人目の人物が、ふと問い掛けてきた。二人と同い年くらいに見える少年で、何とも言えない表情を浮かべて首を傾げている。

 不思議な事に、その少年は先程から少女と会話をしている少年とそっくりな容姿をしていた。

 黒髪に、紅い瞳。口の悪い少年の方の瞳は一部が充血した様な染まり方をしていたが、もう片方、三人目の少年は瞳その物が完全な真紅色に染め上げられた様に見える。両者共に同じ紅を秘めているけれど、よく観察すれば微妙な差異をしっかりと確認出来るのだ。

 そしてこれまた不思議な事だが―――顔も瞳の色も似ているというのに、これまで誰もが二人の関係に何か疑問を持つ事は無かった。

 こんなにも酷似しているのに、どうして似ているんだとか、血の繋がりがあるのかとか、そういった些細な疑問すら誰一人として尋ねる事は疎か、抱いた事も無い。第三者が二人に感じた印象はいつだって、「単に交流を持つ他人である」、というものであった。

 少女もまた、その一人。知り合いそっくりの顔を持つ少年が突如として現れた日だって、二人に何かを尋ねる事は無かった。まるで、疑問を生じさせる心の動きを抑制されている様な―――脳の認識能力を弄られている様な、そんな感覚だった。……誰もそれを自覚する事は出来ない。

 二人が唯一違う身体的特徴といえば、身長だろうか。口の悪い少年よりも頭一つ分高い少年を見上げて、少女は説明口調で語り出す。

 

 「全くこれだから留学生は……。リドルの国じゃあまり知られてないのかね。巷で大流行中のアクションRPG、『Dive To Fantasy』通称『ダイファン』の攻略情報じゃないですかやだー」

 

 「その口調、かなりムカつくんでやめてくれない」

 

 「どこかだよ、来世でバジリスクの餌になってろ」

 

 口を挟んでは少女の機嫌を損ねた少年は、二人に目もくれず薄い板を人差し指で突き続けている。リドルと呼ばれた少年はその様子を曖昧に笑いながら見ていた。

 

 「はは……えっと、その、バジリスクっていうのは……その『ゲーム』?とやらに出てくる生き物……の事だよね?」

 

 「ま、有名なファンタジー生物だからねぇ。色んなゲームの敵として採用されてんのさ。でも『ダイファン』のバジリスクはマジでうんこ!何でこんなでっかいだけの蛇がラスボスより強いんだよ!」

 

 「仮にも生物学的に女の人間が汚物の単語を平気で口にするな」

 

 「仮にも生物学的に女って何?生物学以外だと私は女じゃないの!?」

 

 またまた少年が挟んだ突っ込みによって少女の機嫌は更に急転直下。椅子から勢い良く立ち上がり少年に殴りかかってもおかしくない体勢を取る。そんな彼女をリドルはまあまあと宥めては着席させた。背が高いせいかすぐ口争いに発展する二人よりも年上に見える。

 椅子に座っても尚、少女が所有する感情の湯沸かし器は沸騰したまま冷めはしなかった。無遠慮に人差し指を突き付けて少年の糾弾へと移行する。

 

 「人の事言えない癖して!聞いてよリドル、こいつはねぇッ、もっと小さい時、犬のフンに木の棒突っ込んで虐めっ子に向かって」

 

 「待て待て待て待て待て、待て。な、なん、急に何を言い出すんだ!その話についてはもう触れないって約束が―――」

 

 「知るかボケ!貴様の恥ずかしい過去話を赤裸々に語り散らしてくれるわッ。私独自の脚色を大いに加えてな!」

 

 「それじゃあ言わせてもらうけど、そっちだって通学中に空を見上げたら目薬をさす感覚で鳥のフンが目に入って」

 

 「あっ待って待って待って、お願いそれだけはやめて言わないで聞こえちゃう聞いてる聞いちゃってる人が居るからァッ!」

 

 互いが互いの秘密を暴露したが為に自滅して瀕死に追いやられている目の前の珍事に対して、唯一の傍聴人であるリドルは悩ましげな表情と重量感を含んだ溜息を二人に贈呈した。

 

 「……君達が過去にこっ酷い痴態を晒したのはよーく解ったから、取り敢えず落ち着こうね?」

 

 「誠にごめんなさいでした」

 

 「本当に申し訳ない」

 

 二人が口にした一見何の変哲もない謝罪の言葉。実はこの国の一部界隈で有名なふざけた台詞でしかないという事を、留学生である彼が知る由は無い。

 

 「二人の話を聞く限りだと、それに出てくるバジリスクは相当な強さを誇っているようだね」

 

 「毒がね、毒がう―――、いやクソなの!どれだけ体力が残ってても即死なのだ!ズルいズルいクリフトも見習えってレベルでズルい!」

 

 「当たらなければどうという事はない」

 

 「流石、『ディバインジェノサイド』のイベント大会で紙装甲にも拘らず皆殺しにしてランキング一位を取った奴は言う事が違うね!すっごく腹が立つ!」

 

 少女の口から再び新しいゲームタイトルが出てきた瞬間、少年の指がピタリと動きを止める。そのまま過去の記憶を辿る旅を始めた。その隣でリドルがギョっという音が聞こえてきそうな様子で目を見開き少年を見つめている。

 直訳するとしたって『神の大量虐殺』なんて名前。例え現実で行ったものでないとしても、遊戯の中の話でしかないとしても、そんな物騒極まりないお遊びで殺戮の末一位を勝ち取ったらしいという話を聞いて、要注意人物に遭遇してしまった様な視線を向けていた。そういった遊戯に一度も触れた事の無い彼としては、二人の語る『ゲーム』という娯楽装置がどういう代物なのか、どのようにして遊ぶ物なのかをまだ完璧に理解出来ていないのだ。

 

 「あー……、あれね……。確かあの時、同じ学校の誰かもやってたな……」

 

 横で向けられている訝しげな視線に気付いているのかいないのか。少年は顔を上げずに辿り着いた記憶の断片について口にした。

 

 「うっそマジで?流行的に廃れちゃったバトルロイヤル系だし、今時やってる若年層なんて絶滅危惧種じゃん。誰だった?」

 

 「誰、だったか…………。あんまり覚えてないな。男子だったのは……まあ判るけど」

 

 「はいはい出ました。全く、君ってホントに『他人の名前忘れ太郎』だよね」

 

 「人を勝手に改名させるな。『太郎』なんて名前を付けられた日には余りのダサさに自殺モノだろ」

 

 「……この国じゃ、その名前はそんなにも酷いモノなのかい?」

 

 確固たる意思を以て放たれた言葉に、リドルは何故か自分の事でも無いのに苦虫を噛み潰した様な顔で問うた。何となく消沈している様にも見えるのはどうしてだろうか。

 

 「酷いってモノじゃないな。芋臭い、時代遅れ、在り来たりの三拍子揃うってヤツだ」

 

 「へぇ…………そうなんだ…………。成程ね…………」

 

 何故か説明すればする程彼の顔は陰りを増しており、その様子はどんよりといった文字が全身から溢れ出しているみたいだった。今の話題は『太郎』に関してなのに、傍から見て彼がダメージを受けているのは意味不明である。

 「そういえば君の名前って妙ちきりんだよな」、と口にしかけた少年は瞬時に噤む事にした。隠す事無く落ち込んでいる人間に追撃を放つ程空気の読めない人間ではないのだ、と自身に言い聞かせる。いつもいつも誰かに余計な一言をぶっ込んでは痛い目に遭ってきたのだ、流石にもう懲りたし過去の自分と同じ轍は踏みたくない。

 

 (…………ん、そういえばこの学校、留学生の受け入れなんてやってたか?)

 

 ふと、思った。

 肩を落として俯いている目の前の少年を眺めていると、そんな疑念の水流が生まれて己の脳内をひたひたと満たしていった。

 こんな田舎の、しかも進学校でもない平々凡々な学校に、留学生なんて存在を受け入れる仕組みなんて無かった筈、だが。

この国から近い東洋系諸外国の生徒ならまだしも、この少年は外見も名前も完璧に西洋人のものだ。実際自己紹介の際にはロンドン育ちだとか言っていた。わざわざ遠方の西洋から、これといった特徴のない田舎の学校に留学とはこれいかに。

 しかしどうしてだろうか。こうやって脳内で推量を続けている内にその疑念の貯水が、浴槽の栓を引っこ抜くように頭の外へ排出されていくのだ。いつの間にか、こんな謎などどうでもいいと思ってしまう。

 

 ―――そうだ。こんな事考えたってしょうがない。

 

 職員の誰かのコネでやって来たのかもしれないとか、田舎なりに奮闘して留学生の受け入れに力を入れ始めているのだろうとか、己には全く関係の無い事だ。

 最悪、この学校のクラスメイト全員が実はこの星を乗っ取る為子供に擬態している未知の地球外生命体とかだったとしても、心底どうでもいい。いや、これは流石に空想が過ぎるだろうか。この『オカルト部』創設者とも言えるあの少女の影響か、こんなB級パニック映画にでもありそうな設定がつい思考に浮かび上がってきてしまう。滑稽極まりないそれらを吹き飛ばす為に目の前の薄い板、もとい液晶画面に神経を集中させる。

 

 「攻略サイト、掲示板……全部目を通してるのに、まだ誰も裏ボスについて言及してないな……。流石に発売から一ヶ月も経っているんだから、誰か数人はとっくに裏ボスに辿り着いてるものだと思ったのに……」

 

 「いや、超絶最凶クソクソ難易度のバジリスク様を唯一撃破してる君の方が異常なだけ。普通にプレイしてたらまだ絶対倒せない領域なの!有名なプロゲーマーだって動画上げてたけど、余裕でフルボッコされてましたが……?」

 

 「下手クソなだけじゃ?」

 

 「あっ、やっぱこいつどうしたってムカつくわ。後で靴の中に画鋲入れとこ」

 

 「何の面白味もない古典的ないたずらはやめろ」

 

 冷静に考えれば割と残酷な部類入るいたずらの筈だが、面白味がないという言葉で少年はそれを一蹴した。まるで今までに経験があるからこそ見飽きたのだとも聞こえる言葉。彼は未だ気怠げな態度を隠そうともしなかったが、少女を一瞥する事無く淡々と、自身が知り得る情報を整理して助言を与えてやった。

 

 「バジリスクの即死攻撃、実は無効化出来ない事も無い。前準備がクッソ面倒だけど……やる?」

 

 「やりますやります!ついでに貴様も後で殺ります!」

 

 「ああいつでもかかって来い。じゃあ教えてやるけど―――そうだな。まず素材を集めないと。即死毒無効化装備を作る素材」

 

 「お店はあそこだっけ?あー……、ワールドマップ左上の隅っこ……ツーグ・ホーの城塞街!あそこにしか装備作ってくれる店無いよね」

 

 少年は、彼女の何気ない言い方に耳聡く反応を示してじろりとした視線を象徴的な赤毛に注いだ。

 

 「その歳にもなって北西って言えないのか……そんなんだから知能指数が低く見られるんだろ……」

 

 「意味は同じだろ?あ?同じ意味の言葉なのに何でいっちいち難癖付けてんだコラ?貴様はスコップとシャベル、フォールとオータム、ウォーターとアクアの違いを説明出来んのか?」

 

 「そもそもスコップとシャベルには明確な違いがあるし秋に関してはイギリスの言葉かアメリカの言葉かの違いだし最後に至っては元々が英語とラテン語という違いでしかない」

 

 自分が引き起こした癖に、少女の怒気を孕んだ抗弁を早口で捌いた少年は特に気にした様子もなく続きを語る。彼は少女よりも大人であると勝手に思い込んでいるので、見え透いた挑発に乗りかかって喧嘩に発展させようとは思わないのだ。

 対して少女は日頃から常々疑問に思っていた単語の違いを、挑発のふりをして聞き出せた事に大満足だった。馬鹿正直に教えを請うたところで、捻くれ者の彼はこちらを見向きもせずに「自分で調べれば?」の一言しか返して来ないのだ。この、無駄に知識だけは有り余っている腐れ縁は時々このように煽る事で自身の知識向上に利用させてもらっている。

 

 「素材の話に戻るけど……まず用意するのはベビーバジリスクの含毒舌と溶毒血液。これらはベビーバジリスクを倒した際に確定でドロップする」

 

 「ふむふむ、倒した際に確定ドロップの素材ね、ふむふむ」

 

 「次にトキシックパイソンの堅牢毒牙。出現場所はリリンザス沼山脈。具体的な位置は麓と中腹で出現率も低くないから……足を運べば簡単に見付かる筈。こいつの厄介な点は、堅牢毒牙を確定でドロップしてくれないところだな」

 

 「レア泥って事?わーだるいわね」

 

 「いや、実際はちゃんとした条件があって……。堅牢毒牙のドロップ条件、それはトドメの一撃に物理攻撃を使用しない事。これ満たしてないと倒してもドロップしないんだなこれが」

 

 「は、はー!?物理職はまず無理ゲー!?わ、私脳筋剣聖(ソードマスター)だが!」

 

 「魔法職のフレンドに手伝ってもらうという選択肢は?」

 

 「アイアム・ソロ・ボッチ」

 

 「安らかに眠れ」

 

 解り易く縮んで萎んだ赤毛に哀悼の意を表し、薄い板とのにらめっこに戻った少年の額へ向けて少女は軽めの手刀を放った。ズビシっとささやかな衝撃音が静かな部屋に一つ鳴る。

 

 「君ぃそこはさぁ!『じゃあボクが手伝ってあげます』の一言ダルォ!?どうせ休日暇な癖してッ!か弱い女の子の悩みを解決しようとする意思は無いのかねッ!」

 

 「ッ……、う…………」

 

 手刀を放って奇怪な体勢を取っていると、そこで少女は少年の異変に気付いた。てっきり同じ様に動いて物理的な反撃を食らわしてくるかな、と内心身構えていたのだが、一向にそれが行われる気配が無かったからだ。いつでもかかってくるがいいさ、とファイティングポーズを晒して抗戦の準備をしていたのに拍子抜けだ。少女は改めて攻撃を与えた少年の額をじっと見つめる。先程の一撃は、確かに軽度のものだった筈だ。それなのに彼は声を呑み込む様な呻き声を漏らしたかと思うと、居心地悪そうに俯いている。

 

 「……もしかしてぇ、もしかする……?」

 

 「う、うるさいな。いきなり殴りかかってきたからびっくりしただけだ!こっち見るなよ」

 

 少年は今までの余裕ぶった態度から一転して動揺を全身で表現していた。どう足掻いたって今更取り繕えないと理解したからこそ、隠そうという素振りが見えないのだろう。それでも尚、彼の右手だけは手刀の放たれた先、己の額に添えられていた。まるで其処に存在する何かを隠蔽する様にして。

 

 「『前の傷』、まだ治ってないんだ」

 

 少年の必死の隠蔽を無残にもばっさり斬り捨てる様に、少女は核心を突いた言葉を解き放った。彼女は知っている。通常ならば彼の前髪に被さって見え辛いもの―――痛々しく深い裂傷が、未だそこに刻まれているのだと。

 元々長めだった彼の前髪が、ここ最近また少し長くなった様に感じたのは気のせいではないのかもしれない。恐らく、隠しておきたい物が目元の隈に加えて増えてしまったから。

 目が悪くなりそうだしやめておけ、と言いたかったのだが、腹立たしい事に彼の視力は検査の結果いつもいつも最上位をキープし続けている。というか視力だけじゃなく色んな感覚器官が異常発達している気がする。前に膝カックンを決めてやろうと忍び足で背後に迫った事があったが、こちらを振り返る事もなく力加減をセーブされた肘打ちのカウンターを食らったのだ。お前はゴルゴ13かよ、と思った。

 多分、男女関係なく許可を得ずに彼の背後を取った者は皆同じ末路を辿るんだろう。いや、校内ならば猫を被っているし誰にでもやる事じゃないのかもしれないが。

 

 「『前の傷』って?」

 

 わざわざ触れなくていいものを、興味を持ったらしいリドルが少女の後ろから少年を覗き込む。こうなったからには誤魔化すのも無理があると判断し、少年はちろちろと視線をあらぬ方向へ逸らしつつ歯切れ悪く白状した。

 

 「あ、あー……っと……、その。夜に外を彷徨いてたら……あれだ。酔っ払い、酔っ払いに絡まれて、その時に」

 

 「いや普通に傷害罪でタイーホ!お姉さんが警察に連絡したげよっか?」

 

 「それをやった暁には朝日を拝む事が出来無くなるぞ」

 

 「善意で言ったのにどうして私は脅迫されているのでしょうか?リドル氏、翻訳をお願いします」

 

 「つまり『余計な事をする人間は嫌いだ』って言っているんだよ」

 

 「アッハイ」

 

 それはこれ以上ない程美しく非の打ち所がない翻訳だった。それを耳にして珍しく素直に引っ込んだものの、少女は無意識の内に少年を内心で追い詰める言葉を言い放ってしまった。

 

 「しかし、被害者の癖に警察沙汰になるのが嫌だなんて……真犯人みたいな事言うんだねぇ」

 

 「…………ッ」

 

 少年は誰にも気付かれまいと俯いた拍子に表情を覆い隠した前髪の奥でぎゅ、と眉を歪めた。そのせいで自身の視界に映らなくなったリドルが、何かを探る様な色を湛えた瞳でこちらを眺めている事を認識出来なかった。

 

 「大袈裟な事を言うものではないよ。彼は……単に騒ぎを広めたくないだけ、そうだろう?君だって共感出来ないかい?」

 

 リドルは急激に口数の減少した彼を擁護する言葉を掛けて、少女の疑惑を解こうと試みたようだ。果たしてそれは無事に成就し、少女はあっという間にその言葉に乗っかった。

 

 「にゃるほど、それもそうか~。こんな田舎じゃー噂なんてすぐに広まっちまうもんなぁ」

 

 「住民は少ないイメージだけど、そんなに広まるものなのかい?」

 

 「田舎の民はね、娯楽に飢えてるのよ。電子機器に疎いジジババ共って、私達みたいなピッチピチの学生と違ってやる事が無いから、噂話で暇を潰すってワケ。結果、人がすくねぇ癖に噂があっちゅうまにバラバラ拡散」

 

 「田舎も大変なんだね。僕は……殆ど都会暮らしみたいなものだったから、新鮮だよ」

 

 「私は正直この村、嫌!来世はロンドンのイケメン男子にして欲しい!ねっリドル、イギリスって昔から魔女とかスピリチュアルな文化に富んでる国じゃん?なんかこう、好きなものに転生する術とかおまじないとか、伝わってないの?」

 

 「えっ、それは……そっ、そうだね、えっと……。あー、あんまり知らないなぁ、そういうのは。力になれなくて残念だけど」

 

 突然額と額がくっつくぐらい接近されたせいか、激しく動揺した素振りでリドルがさっと顔を背ける。冷静に観察してみれば異性に迫られて戸惑っているというよりも、訊かれたくない話題についてピンポイントに追求されたからのように見える。彼の両の瞳はうろうろと酩酊者の如く遊泳していたが、刹那、未だ俯いて沈黙気味な少年の顔を一撫でしていった。その瞬間だけ彼の瞳は、収監されている囚人が背負っている様な、激しく澱み、黒く重苦しい罪悪感に満ちていた。

 

 「はっ、しかし、成功してもロンドンに彗星が落ちてくるかもしれない……」

 

 そんな様子も知らぬまま、少女は元の適切な距離感に戻っては何やら思案を巡らせている。何故都会の男子に生まれ変わると彗星が落ちてくるなんて話に発展するのか理解出来ないが、リドルは自然と止まっていた呼吸を再開させて気を落ち着かせる。それでも尚、彼が浮かべる針の筵の様な暗い表情が完全に晴れる事は無かった。

 

 「やっぱり人間に生まれ変わっても大変なだけかなぁ?せめて鳥だな。よし、来世の第一志望は鳥で、第二志望は人間にしよう」

 

 「……そんな風に来世を信じてる人は初めて見たよ」

 

 「鳥の中でも鶏とかペンギンは駄目ね!飛べない鳥はただの鳥肉。飛べるヤツ―――カラスとか良いな!雑食でしぶとく生きるカラスが最強!」

 

 「いや、君の来世はダチョウだろ。太いし、いっつも喧しくドタドタ動き回ってるから」

 

 少女が来世への希望で満ち溢れている最中、その空気をぶち壊さんと少年が憎まれ口を叩いてきた。あーあ、とリドルが呆れた溜息と共に感情を削ぎ落とした無表情になる。何度も心中で反省しようが、この少年の余計な一言を口走る癖はこれからもきっと治る事は無いのだろう。

 カクリ、と首を傾ける音。少女はちょっと無理がある角度で斜め後ろに振り向くと、般若の如き形相で力強く片手の中指だけを立ち上げた。一応彼女の名誉の為に言っておくと、どこからどう見ても平均体型であるのでどうか安心して欲しい。

 

 「ぶちころがすぞ貴様ッ!今ッ!貴様の来世がゴキブリになる呪いを掛けてやったからなァッッッ!!」

 

 「来世なんかある訳ないだろ。人は死んだら骨になるだけだ」

 

 「うるせーバーカ!人類の敵になって精々苦しむんだなァ!クソモヤシがッ!」

 

 最早収拾がつかなくなった二人の口喧嘩を前に、リドルは今度こそ仲裁に入るのを諦めて腕を組むと傍観者の体勢を取った。実際の光景がどんなに低俗で暴言に塗れていたとしても、思った事をそのまま言い合い、それでいて徹底的に破壊される事のない二人の関係性は、とても得難いモノであると感じた。

 

 「……君達の寸劇、見ていて飽きないけど、誰かが来る前に程々で終えるんだよ」

 

 大声で罵り合いに展開しゆく二人に聞こえてはいないだろうけど。

 誰からも疑問に思われる事のない、人間としては有り得ない紅い瞳を静かに光らせて、その少年は密やかに呟いた。

 

 もう一人の少年は何も知らず、少女と揉み合っている。

 「人類の敵になって苦しむ」という少女の言葉が、遠からぬ未来で現実になってしまうとも知らずに。

 

 

 

 




・少年
口が悪い。額に傷がある。
他の生徒の前だと猫を被っている

・少女
口が悪い。実はとっくの昔に本編に登場している。
少なくともpage28より前の話のどこかにいる

・リドル
留学生らしい。
少年と少女の様子を観察するのは楽しい

・Dive To Fantasy
聞き覚えのある単語が出てくる気がする人気ゲーム。
製作者に曲者が混じってるだけかもしれない

・ディバインジェノサイド
殺し合いの末最後に生き残ったプレイヤーは
筋肉モリモリマッチョマンのハゲ


解り易いお化けとかよりも日常に混ざり込む異物の方が恐ろしかったりしません?
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