伯爵令嬢は、契約結婚した俺にいつ恋をする?   作:カタイチ

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 屋根の上にそびえ立つ煙突さながらの()()()、魔法士であり、剣士でもあるグレイは、無類の女好きだ。

 

 その彼が、発想の転換をしてはどうかと言うのだが──

 

「旦那さま、エディットさまが思いもよらないものを選んでみるのはいかがです?」

 

 と、言いながら、グレイは俺の前に左手を差し出した。

 

 いったいどこから取り出したのか。彼の手のひらには、ビロード張りの小箱が載っていた。それをこちらへ向けて、パカリと開く。

 

 中から現れたのは、大つぶの蒼玉(サファイア)をつけた指輪であった。

 

 ……なるほど。

 

 思わず唾を飲んでしまった。妻の誕生日に宝石を贈る。考えてもみなかった。確かにこれは盲点かもしれない。

 

「うーん、でも……」

「お気に召しませんか?」

「エディットは、指輪なんかしないでしょうから……」

 

 結婚指輪でさえ、鏡台の引き出しの中にほっぽらかしなんだよ?

 

 背高従者はうなずいた。

 

「そこが細工のしどころです。旦那さまも、()()はご存じでしょう?」

 

 グレイは笑顔で振り返って手招きした。招かれたバルバラは、わたし? と、人差し指で自分をさす。グレイは指輪をつまみ上げ、優しく侍女の手首をつかんだ。

 

「ちょ、ちょっと! なにするのよ!」

「まあまあ、旦那さまのためですから。少し()を貸してください」

 

 などと言いながら、くい、とバルバラの手指を仰向かせ、薬指に指輪をはめようとする。

 

 けれど、

 

「やあ、残念ですね。サイズが合いません。──失礼、旦那さま。よろしいでしょうか」

 

 今度は俺の手首をつかむ。戸惑う暇もなく、俺の薬指は指輪の中に押し込まれた。放り出されたバルバラが、「なんなのよもう!」と叫んでいる。

 

「これが魔石なんですか?」

 

 と俺が尋ねた、そのとき。

 

 パアッ──と、指輪の蒼玉から、まばゆく真っ青な光が差した。

 

 青い光は輪を描き、薬指を中心に、俺の手の甲、手首から腕まで、どんどん大きく広がってゆく。おう、と皆がどよめき、俺の全身は、みるみるうちに宝石と同じ色の輝きに覆われた。

 

 魔法剣士が俺の前に片膝をついた。せつなげで、かつ、ひたむきな瞳がこちらを見上げてくる。

 

「ああ、いとしい()()()()()……あなたのいない未来など、私にはとても想像できない……」

「えっ、グレイさん」

「あなたこそが私の人生。あなたこそが私の魔力。私のすべてをあなたに捧げよう。この石は、今宵の月より美しいあなたの瞳」

「グレイさん、あの」

「どうかひと言、許す、と。慈悲深いあなたが私を愛するようになるまで、いつまでも待ち続けることを……」

 

 グレイは(こうべ)を垂れた。──彼が立ち上がり、呆然と動けずにいる俺から指輪を抜き取ると、俺を包んでいた青い光も瞬時に消える。その場の空気に味がついていたわけではないのだが、俺は詰めていた息を、大きく吐き出していた。

 

「と、まあ、こんな具合に、ロマンチックな雰囲気(ムード)を演出するのに使うんです。いかがですか、旦那さま」

「え」

 

 まさか今のを、この俺に()()と? エディットに?

 

「よろしければ、魔石の作りかたをお教えいたしましょうか」

 

 魔法剣士はのどかに俺を見下ろす。──魔石って作れるの? ていうか、オリヴィアって誰? グレイの今の彼女? いや、そんな話をしてるんじゃなくて!

 

「いろいろありがとうございます。考えておきます……」

「ご用の際は、いつなりとお申し付けください」

 

 グレイはきりりとうなずいた。

 

 ──翌日の午後、俺は(あお)の塔を訪れた。

 

 最近の俺は、晴れた日なら馬車を使わず馬でお城へ向かう。従者たちに教わって、乗馬の稽古を始めたのだ。キトリーへ旅立つまでのあいだに、駆け足くらいはできるようになりたいなあ、と思う。

 

「わたしの欲しいものですか?」

 

 ユーリ=ローランドは、栗色の瞳を軽く見開いた。

 

「そろそろインクが切れそうなので、今のうちに補充しておきたいとは思っていますけど……」

 

 彼女の前に広げられた帳面には、きたるべき魔法の会に向けて、演目の候補が書き連ねてある。かたわらに置かれたガラスのインク壺は、実際残りわずかなようだ。ユーリは、ぽん、と手を打った。

 

「あ、暖炉(ストーブ)用の薪も頼んでおかなくちゃ」

「備品の話じゃないんです。ユーリ先生が欲しいものですよ」

 

 すると案の定、「ティ坊ちゃま、どうしてそんなことを()くんですか?」と問い返された。今の俺には彼女のつっこみを悠長にかわしている余裕がない。エディットの誕生日が近いことをおずおずと打ち明けると、思いがけなく優しい微笑みが返ってきた。普段から小さな声をさらにひそめて、ユーリは言う。

 

「……わたしだったら、この前、王立大学のワーグマン教授が発表した論文を読みたいですね」

「論文ですか……」

「ええ。この大陸の、迷宮の成り立ちについての新説なんですよ」

「………………」

「欲しいものって、人によってぜんぜん違いますから」

 

 そりゃそうだ。そりゃあそうだ。大変ごもっとも。

 

「カイルくん」

 

 向こうの棚の陰から、オドネルが咳払いをひとつして、俺を差し招いた。行ってみれば、こちらもやけに小さな声だ。

 

「……彼女はなんと言っていたのかね?」

「えっ?」

「ローランドくんだよ。欲しいものはなんだったのかね?」

 

 なに食わぬ口ぶりに聞こえるが、彼のまなざしは真剣だ。──ちらりと振り返ると、ユーリはすでに書きものに戻っていた。王宮魔法士は、静かながらも烈々たる気迫で俺を押してくる。口を割らずにはいられない。

 

「ワーグマン教授という人の、新しい論文だそうです……」

「おお!」

 

 オドネルは、安堵したように息を吐く。

 

「聖人ガリーナが刻んだ金無垢(むく)の獅子の像にかけて! 教授になら伝手(つて)がある。覚えておこう」

 

 ローブの右手を伸ばして棚の本を下ろしながら、オドネルはご機嫌だ。──もういっぺん振り返ってみる。ユーリが、すいと瞳をそらした……ようにも見えた。さっきまでと同様、真面目な面持ちで帳面になにか書きつけている。

 

 なに? この二人、もしかして、今までと雰囲気違ったりする?

 

「──魔石というのは、私も悪くない考えだと思うがね。きみだけの、この世にひとつしかない贈りものになる」

 

 情報収集に協力したお礼のつもりだろうか。おやつの段になって、オドネルまでが言い出した。

 

 魔石とは、魔力を帯びる石の総称だ。使い道はさまざまで、自分の魔力の補充用に持ち歩いてよし、描いた魔法陣の効果を高めるために配置してもよし、腕のいい魔法使いなら、離れた場所まで術を及ぼす仕掛けに使ったりもすると聞く。

 

 天然ものは掘り尽くされたといわれ、今の時代、お目にかかることすらまれではあるのだが。

 

「魔物や精霊が宝石を好むことは、カイルくんもローランドくんも知っているね?」

 

 昔々、この大陸各地の迷宮には、たくさんの財宝が眠っていた。迷宮に金銀宝玉が集まっていた理由のひとつは、棲みかにしていた魔物たちが集めたからだ。

 

「魔物が触れた石には、触れた魔物の魔力が蓄えられる。透明度の高い鉱物ほど吸った魔力が溜まり、魔石になりやすい。──伝説の(ドラゴン)が卵とともに(いだ)いた金剛石、などといえば、天然の魔石にも劣らない高値がついたものだよ」

 

 つまり、天然石の鉱脈が尽き果て、魔物の巣にもたやすくおもむけない昨今、魔石が欲しい魔法使いは()()()()()

 

「おそらく、旦那さまが思ってらっしゃるよりもずっと簡単ですよ。適当な石に、自分の魔力を流し込むんです」

 

 中身がとろけそうにやわらかいチーズタルトをフォークで切り分け、ほおばったグレイが、手近な棚から水晶玉を取り上げる。玉は無色透明だ。それを彼が両手で包むようにして持つと、丸い玉の中には絵の具を溶かしたみたいに青みが広がってゆく。

 

 水晶玉が海のような青に色濃く染まるまで、いくらもかからなかった。この青は、グレイの魔力の色なんだそうだ。

 

「カイルくんなら、赤系統の石を選ぶといい」

「人造ものは、時間が経つと魔力が抜けてしまうんですよ」

 

 二人の魔法士から口々に言われ、俺は首をひねった。確かに俺が魔力をそそいだ魔石なら、そこらで買えるものとは違う、ひとつきりの宝石だ。エディットにちょっとした魔法を見せる触媒にもなるだろう。

 

 でも……

 

 これだとただ単に、俺が()()()()()()になっちゃわない?

 

「──グレイさん」

 

 屋敷への帰り道、俺は馬上から従者に頼んでみる。

 

「明日、蒼の塔へ行く前に寄り道をしてもいいでしょうか」

「どちらへ?」

「どこか、宝石をあつかう店へ」

「かしこまりました、旦那さま!」

 

 馬の(くつわ)を引いて歩むグレイの足取りが、うれしげに軽くなった。

 

 そうと決まれば俺はますます忙しい。帰宅後は執事のワトキンスに宝石店を教えてもらい、侍女のバルバラからは宝飾品の意匠(デザイン)の解説をしてもらう。──俺の魔力は()だそうだ。のちのち色あせないよう、赤色の石を選ぶ。

 

 エディットは、俺が選んだ贈りものを見て、どう思うだろう。

 

 俺たちの結婚指輪を作ってくれた宝石商が、彼女の指のサイズを知っていた。とびきり大きな柘榴石(ガーネット)を、ひと晩で指輪に仕上げてみせます、と請け合ってくれる。

 

 エディットはきっと、大げさなお祝いを好まない。お二人だけのほうがいいと思います、とバルバラが言う。姫さまがお帰りになったらすぐおわかりになるよう、大扉のベルの鳴らしかたを変えてみましょう、とは、彼女の従者、ドワーフおじさんの思いつきだ。料理長のネロからも、いっそお部屋でお食事になさってはいかがですか、と提案された。給仕もおかわりも、呼ぶまでこない。そのほうが、いいかもしれない。

 

 王都の本邸では、今まで彼女の誕生会を開いたことがないらしい。みんなそれぞれに浮き足立ったふうで、ずいぶんと楽しそうだ。

 

 でも、エディットは喜んでくれるだろうか?

 

 俺は届けられた指輪の石に触れ、自分の力をそそぐ。俺にはグレイほどの魔力はないから、ほんの少しずつ、ゆっくりと。この指輪が、俺の助けになってくれるよう祈りながら。

 

 そして、エディットが十九歳になった日の夕べ。

 

 カラ、カララン──玄関の大扉で、合図のベルが鳴った。居間に隠れていた俺は、急いで廊下に飛び出した。今夜はちょっとおしゃれをしてしまった。黒の正装に、俺が贈る指輪と同じ、濃い赤のタイ。

 

「おかえりなさい」

 

 俺が一人で出迎えたから、制服姿で腰にレイピアを下げたエディットは、驚いたように目を(みは)った。カラン、と音を立てて扉が閉まる。お供のドワーフおじさんも、裏口へ回るために姿を消したのだ。玄関ホールには誰もいない。俺と彼女の、二人だけ。

 

「……みんなは?」

「さあ」

 

 いつもより静かなホールをぐるりと見回して、エディットが問う。俺は口元が笑ってしまうのをどうにかこらえた。彼女の手を握る。

 

「エディット、十九歳のお誕生日おめでとう」

「あ、ああ。ありがとう」

 

 戸惑いを隠せない彼女を(いざな)い、階段をのぼる。──俺たちの部屋には橙色の明かりが(とも)り、すでに晩餐のしたくも調(ととの)っている。だが、まずは長椅子にかけてもらう。俺はエディットに見せたいものがあるのだ。

 

「わたしに?」

「はい」

 

 ここでようやく、あ、と気づく。彼女はまだ、着替えてもいなかった。自分の性急さに顔が熱くなってしまったが、エディットは、くすっと笑って俺の唇にキスをする。

 

 俺が差し出した小箱を開けたとき──きらめく赤い宝石を目にした彼女の頬には、小さなえくぼが浮かんだ。(すみれ)の瞳が興味深げに瞬く。

 

「これは、カイルが選んでくれたのか」

「はい、あの」

 

 彼女は自分の身を飾るものに興味がないと思う。でもこれは、そうじゃなくて。

 

「これは、僕の魔法を助けてくれる魔石なんです」

 

 たとえわずかでも、俺の力を増やせるようにと作った。──俺が彼女に『夢幻(ぷりるーど)』を見せたのは一度きり。二度目もうまくいくとは限らない。今日だけは、絶対に失敗したくない。

 

「……受け取ってください」

 

 俺からの、誕生日の贈りもの。

 

 エディットは、俺が彼女の薬指に指輪をはめるあいだ、じっと赤い石を見つめていた。その石に、俺は左手を重ねる。右の手は、彼女の白い頬へ。

 

 魔法の力はわが手に宿る。

 

「『目にも見よ 行き過ぎるもの』……」

 

 こんな偽物のまぼろしなんて、エディットは喜ばないかもしれない。つらい思いをするだけかもしれない。でも、彼女の欲しいものはなにか、ほかに思いつかなかったから。

 

 俺たちは毎日見ている。図書室の手前の壁にかかった大きな肖像画。結婚式のときの、エディットの()()()姿()

 

『夢幻』の魔法は、彼女の心に働きかける。

 

「……『父の名はセドリック 母の名はエルヴィン』」

 

 俺が思い描く姿を、彼女にも見せられるように。

 

「『いまひとたび われらの前へ』……」

 

 詠唱を終える。エディットは壁ぎわの書棚に顔を向け──息をのんだ。

 

 ──ランプの明かりのもとに、絵画から抜け出たような二人の姿があった。

 

 指輪を介して、エディットの記憶が、それとも願望が、俺の中に流れ込んでくる。大人になった姿を父母に見せたいと思う強い願いが、俺の想像(いまーご)に入り交じる。

 

 エルヴィン夫人が、真っ白なドレスを広げて椅子にかけていた。高く結い上げた銀の髪。宝石をちりばめた豪華な髪飾り。濃い紫の瞳が俺たちのほうを向く。形のいい唇が、ひどくうれしそうに弧を描く。

 

 かたわらに立つ黒髪の青年──セドリック卿は、たいそう驚いたと言わんばかりに灰色の瞳を見開いた。二人の影が絨毯に落ちる。彼らは亡くなったときより数年若いはずだ。エディットよりもいくつか年上なだけに見える。

 

 ──あなた、見て。エディットだわ。

 

 エルヴィン夫人の瞳がうるんだ。レースの手袋をはめた両手を震わせて、口元を覆う。

 

 本当だ、私たちの娘だよ、と、セドリック卿もうなずいた。

 

 ──大きくなったんだね。それに、とてもきれいになった。

 

 ──お隣は、どなた?

 

「…………」

 

 エディットは、自分の目に映るものが信じられないと言うように、呆然と二人を見つめていた。やがて、ゆっくりと、深く息を吸いこむ。

 

「わたしの、夫の……カイルです」

 

 ──まあ、あんなに小さかったエディットに、旦那さまがいるなんて!

 

 月光の精にたとえられたというエルヴィン夫人は、少女のように可愛らしく声を立てて笑う。もっとひっそりとした、ガラス細工みたいに繊細な女性かと思っていた。けれど、俺たちの前に現れた彼女は、優美でありながらあでやかな笑みを見せる。

 

 ──もっとよく顔を見せておくれ。

 

 セドリック卿が言った。彼が手を取ると、エルヴィン夫人も立ち上がった。繻子のドレスのきぬずれが、静まり返った室内にさやさやと響く。

 

 長椅子にかけたまま動けずにいるエディットの前へ、エルヴィン夫人が膝をついた。手袋をはめた右手が、彼女の腕に添えられる。びくり、と、俺の妻は身を震わせた。

 

 ──幸せそうね、エディット。

 

「え、ええ」

 

 ──旦那さまは、あなたに優しくしてくださる?

 

 エディットが、わずかに顔をこちらへ向ける。「はい、とても」

 

 ──よかったわ。いつまでも、二人で仲良くお暮らしなさいね。

 

「はい」

 

 エルヴィン夫人はセドリック卿の手を取って立ち上がった。去ろうとする夫妻の後ろ姿へ向かい、エディットがあえぐように声をかけた。

 

「お父さま、お母さま。わたしのおなかには、赤ん坊が」

 

 二人はそろって振り返った。いとおしげなまなざしでエディットを見つめ、それから顔を見合わせて、くすくすと笑い出す。

 

 セドリック、わたくしたち、もうおじいさまとおばあさまなんですって──

 

 鈴の()みたいにかろやかな、エルヴィン夫人の声が最後だった。二人の影がだんだん薄くなる。まるで書棚に吸い込まれるように、まぼろしは消えた。

 

「………………」

 

 しばらくのあいだ、エディットは口をきかず、立ち上がりもせず、二人が姿を消した辺りを見つめていた。

 

「……エディット?」

 

 名を呼ぶと、エディットが俺を見た。──どきりとする。エルヴィン夫人と同じ、菫の瞳。彼女の美しい微笑みは、母親の笑顔とそっくりだ。

 

「カイル」

「はい」

「そのうち、また……父と母に、会わせてもらってもいいだろうか」

 

 俺はうなずいた。「……はい」

 

 着替えてくる、と、エディットは席を立った。大変だ。もたもたしていたせいで、せっかくのネロの料理が冷めてしまう。グレイが魔法で冷やしてくれたワインも、ぬるくなっているかもしれない。俺もあわてて立ち上がった。

 

 ()()()給仕の俺がどうにかワインの栓を抜いたころ、着替えをすませたエディットが居室へ戻ってくる。──わあ、珍しい。夜会服(イブニングドレス)なんて持ってたんだ。しかも、左手の薬指に輝く指輪の色と、ぴったり釣り合った赤のドレス。

 

「遅くなって、すまなかった」

 

 顎に指をかけられ、深々と接吻された。

 

「十六歳の誕生日おめでとう、カイル」

 

 え。

 

「先月だったんだろう?」

「は、はい、そうですけど」

「これは、わたしから、あなたへの贈りものだ」

 

 リボンをかけた紙包みを手渡される。急いで開いてみれば、黒い革の手袋だった。それも、乗馬用の。サイズもあつらえたようにぴったりである。

 

「言ってくれればよかったんだ。わたしも誕生日を祝う習慣を忘れていたんだが」

 

 わざわざしつらえてもらった食卓の椅子に腰をおろしながら、エディットはすねたように唇をとがらせる。だって俺の誕生日は、ちょうどクララさまのガーデンパーティーの日だったから、言い出しにくかったのだ。あんまり驚いたので、俺は彼女の椅子を引くのを忘れてしまっていた。

 

「でも、どうして知ってるんですか?!」

「じつはわたしも魔法が使えるんだ」

 

 すました顔で言う。遅まきながら気がついた。俺に指輪をはめるとき、グレイが俺の手の大きさを測っていたのか。

 

 俺が何色の石を選んだのか、みんななら知っている。──待てよ、それにしてはドレスの仕上がりが早い。まさか、こうなることを見越して魔石を勧めたの?

 

「カイルも座ったらどうだ?」

 

 俺を見上げる彼女の瞳がいたずらっぽく瞬いた。もー、みんなして俺をだまして。俺、一応ここんちの主人なんだけど? ひどくない?

 

 ともあれ、俺は食堂の長テーブルで食事をするときと同じように、九十度の角度でエディットと隣同士に腰を下ろす。ワイングラスを合わせる前に、彼女の瞳を見つめ、そっと口づけを交わす。

 

 ──お誕生日おめでとう、エディット。

 

 

 

 

 

 


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