伯爵令嬢は、契約結婚した俺にいつ恋をする?   作:カタイチ

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「──なにやってるのよ、このダメ従者!」

 

 俺がお世辞にもさわやかとは言いがたい気分で、食堂をあとにしたときである。

 

「旦那さまのお食事、もう終わっちゃうわよ! 早くしなさいってば! ほら、寝ぐせ──あっ!」

 

 玄関ホールで出くわしたのは、侍女のバルバラと、彼女に引きずられた従者のグレイのでこぼこコンビだった。

 

「お、おはようございます、旦那さま」

 

 小柄なバルバラは、そばかすの散った頬を赤らめた。金茶の髪を肩でそろえ、メイド服よりもっと似合う衣装がありそうな、男の子みたいにきつい瞳をしている。年はエディットとそう変わらない。

 

「ふぁ、ふぁんなさふぁ、おふぁようふぉざいふぁす」

 

 ()()()()が全長二メートルの体を深々と折り曲げた。(かんが)みるに、朝の挨拶であるらしい。同じく挨拶を返しながら「遠心力」という言葉を思い浮かべた俺は、別にひがんでいるわけじゃありません。

 

 グレイはくわえていたソーセージをすごい速さで、ごっくり、と飲み込んだ。即座に真顔に戻る。

 

「──遅くなって申し訳ございません。寝過ごしてしまいました」

 

 いいえ、ぜんぜん。

 

 今さらキリッとしたところで、彼からにじみ出るのどかな空気は、簡単に消せるものではない。

 

「旦那さま、お具合のほうはいかがですか?」

 

 グレイはさっそく俺といっしょに歩き出した。おいてきぼりにされたバルバラが頬をふくらませるのを横目に、階段をのぼる。

 

「ありがとうございます。もう平気です」

 

 いつもの朝ならグレイは俺を起こし、着替え、洗顔、朝食と、大きくて人なつこい犬みたいに、いちいちあとをついてくる。つまり今朝、彼は遅刻をしたわけだ。

 

 一人でいるのが得意な俺にとって、グレイにつきまとわれるのは決して喜ばしいことではない。しかも本日の俺には約束がある。さて、どうやって彼を()()か。

 

 まずは図書室へ出向く。エレメントルート伯爵家本邸の図書室は、たくさんの肖像画がかけられた廊下の突き当たりにある。比べるのもおこがましいが、蔵書の質も量も、実家のそれとは桁違いだ。書架にならぶ本は、政治とか、軍事、武術といった種類も多い。エディットが騎士だからかもしれない。

 

 俺にも読めそうな物語や旅行記などを、適当に抜いてゆく。届かなければお付きの()()()が取ってくれる。役に立つ男である。

 

「や、今日はこんなにお読みになるんですか、旦那さま」

 

 俺がグレイに持たせた本は、十冊を超えている。

 

「はい。読みます」

 

 にっこり。

 

 俺は笑顔で従者を見上げてやった。寝ぐせがあっちを向いた金髪も、ひょろ長い体つきも、剣を帯びてはいるものの、てんで迫力がない。──ようするに、このときの俺は、彼をくみしやすい相手だと思っていた。

 

「グレイさんは本を読まないんですか?」

「読みませんねえ。せっかく大人になったのに、今さら勉強はごめんですよ」

 

 彼には娯楽として読書をする習慣がないらしい。それはますます好都合。

 

 いったい誰がこんなになるまで読んだんだろう。──グレイが抱えた本の一番上、手ずれのした表紙には、『人ならざるものを妻にした()る王の物語』と、かすれた文字で書いてある。

 

「……ずっと僕といっしょにいるのって、退屈でしょう?」

「へえ?」

 

 目尻の下がった青灰色の瞳が、ぱちくりする。

 

「いやあ、そんなことは……まあ……ありますかねえー、ははは」

「ですよね。僕も一人のほうが集中できますし」

 

 あせるなよ、俺。さりげなく、さりげなーく。

 

「僕は部屋でこれを読みますから、グレイさんも好きなことをしていていいですよ。──確か、彼女がいるんですよね? いいなあ」

 

 妻がいる俺が言うのもどうかと思う台詞だが。

 

 グレイは照れたように頭をかいた。

 

「ややや、ご存じでしたか。旦那さまも意外に耳がお早い」

「よかったら、また午後から出かけたりしたらどうですか?」

「えっ? よろしいので?」

 

 よろしいもなにも。

 

 あっというまに話はまとまった。グレイは八百屋の彼女とデートに出かける。俺は自室でのんびり過ごす。このことは誰にもしゃべらない。

 

 こんなに他愛なくて、この人本当にエディットの従者が務まってたのかしら。

 

 どの本から手をつけようか。俺が自室で迷うころ、大扉のベルが鳴った。──バルコニーから前庭を見下ろしてみると、エディット姫のお出かけである。今日は休日というわけではなく、単に出かけるのが遅かっただけのようだ。

 

 助かった……俺は胸をなで下ろした。隣の部屋にずっと居座られていたら、落ちつかないもん。

 

 結局俺は、異国の王子と二人の魔法使いがこの大陸を旅する冒険譚を選び、午前中を費やした。

 

 イメージって大事だなあ、と、つくづく思う。毎日一度は必ず図書室へ寄り、本を持ち帰る俺である。読書と称して部屋にこもっても、どこからもつっこみは入らない。これなら昨日、仮病なんか使う必要なかったかも。

 

 ──昼食後、俺はなんなく屋敷を抜け出した。

 

 行き先はもちろん王宮の、(あお)の塔だ。通用門では衛兵のケンが、あきれたみたいにぎょろ目をむいた。

 

「本当にきたんだな」

「はい!」

 

 今日は堂々とオドネルの通行証を見せられる。俺が広げた紙を見下ろして、ケンはため息をついた。

 

「なあ、坊主。おうちの人にはなにも言われなかったのか?」

「ええ、特になにも」

 

 おうちの人にはないしょだからね。

 

 通用門を抜けた人々は、それぞれに用がある建物へ散ってゆく。蒼の塔は、十二の塔の中で一番門に近いが、入口へ至る細い通路に向かうのは俺一人だ。

 

 (ひさし)の下の大きな木製の扉は、今日はきちんと閉まっている。それを、トントントン、と、たたいてみた。

 

「XXX! XXXXXXX!!」

 

 中からなにやら叫んでいるのは、たぶんユーリだろう。あの人は声が小さいから、なにを言っているのかさっぱりわからない。

 

「開けますよー……」

 

 礼儀としてひと声かけ、丸い金属の輪をつかむ。ガチャ、と引けば、今度ははっきりとユーリの声が聞こえた。

 

「待ってー! まだ開けないでー!!」

 

 一歩踏み出すと、ポコン、と、やわらかいものが、俺の頭に落ちてきた。

 

「ティ坊ちゃま! 早く閉めて! それ、外に出さないで!」

 

 見れば足元には、白くて丸いふわふわした毛のかたまりが転がっている。手を伸ばしてつかんでみると、()()は嫌がるようにびくっと身じろぎした。

 

 わ、これ、生きものなの?

 

「坊ちゃま! 早く閉めてくださいってば!」

 

 あわてるほどすばやいようには見えないが、ユーリの切羽詰まった声につられ、俺は急いで扉を閉めた。

 

 あらためて腕の中のそれを見る。大きさは両の手のひらに載るくらい。毛に埋もれて、目鼻があるのかどうかも定かじゃない。手足やしっぽも見当たらない。まん丸で、やわらかくて、あったかい生きもの。

 

 うわあ、もっふもふ……

 

 俺は毛玉をそっと、なでてみた。キュロロロロ……と、高く澄んだ音がする。これの鳴き声のようだ。

 

 顔を上げて驚いた。白、黒、茶、ぶち、灰……さまざまな色の、大きさも子どもの握りこぶしほどから丸まった猫くらいまで、数えきれないほどの毛のかたまりが点々と散らばり、棚や机の上はもちろん、壁や天井にまで張りついている。

 

 オドネルが山盛りの毛玉を両腕いっぱいに抱えて、俺の前をよたよたと横切ってゆく。

 

「こんにちは、オドネルさん。これ、なんなんですか?」

「やあ、カイルくん」

 

 昨日と同じくローブ姿のオドネルが、弱々しい笑みを見せた。

 

「これはね、トレブール、あるいはビンキーとも呼ばれる魔物の一種で──」

「ティ坊ちゃま、早くそれ、こっちに持ってきてください!」

 

 向こうでは、大きな木箱を前にユーリが仁王立ちだ。「外に出したら大変なことになりますよ!」

 

 こんなにおとなしくて可愛いのに?

 

 もふもふをなでていると、なんとなく気分が穏やかになってくる。トレブールのほうも俺の手に慣れてきたのか、震えが収まり、ロロロ、ロロロ、と美しい声で鳴き続ける。

 

 オドネルが箱の中へ、どさどさと毛玉を投げ入れた。

 

「いやあ、伝承と実際とは、案外異なるものだねえ」

 

 言いながら、年寄りじみたしぐさで腰をたたいている。

 

「金剛石より堅いマクラレンの盾にかけて、問題は起こらないと思ったんだがね。()()は十二時間に一回と書いてあった。それが……」

「口を動かしてもいいですから、手も動かしてくださいよ、師匠」

 

 と、ユーリが恐ろしい声を出した。

 

「千年も昔の記録が、あてになるわけがないでしょう。なんとしてもいっぺんで(かえ)すんです。これ以上増える前に、全部集めなきゃ」

「ゆうべ遅くに、古代の召喚獣を呼んでみようと思いついてね。トレブールなら狂暴性もないし、うってつけだと思ったんだが……」

「トレブールは、おなかに子どもが入った状態で生まれてくるうえ、一回の繁殖で一匹が十匹の子を産むんです」

 

 ユーリは右手で黒、左手で白のトレブールを拾い上げ、ため息をついた。

 

「わたしがきた時点で千匹を超えていたと思います。繁殖周期はおそらく四、五時間程度、このまま次がきてしまったら……」

「一万匹ですか?!」

 

 俺もつい、声が大きくなった。王宮魔法士とその弟子は、そろって力なくうなずいた。──と、そのとき、オドネルの顔がパアッと明るくなった。

 

「ローランドくん、私はひとつ思いついたんだがね」

「なんですか? これを時空のかなたに放り出すいい方法でも思いつきましたか?」

「いやいや、そうじゃない。いにしえのルクトレア帝国が滅んだ理由に、まだ定説はないだろう? トレブールが増え過ぎて食料を食い尽くしてしまったから、というのはどうかね?」

 

 ユーリ=ローランドの辛抱強さは尊敬に値する。彼女は唇に笑みさえ浮かべて言い切った。

 

「なるほど。では、まもなくアセルス王国(うち)もルクトレアと同じ運命をたどることになりますね。──師匠、これ以上くだらないことを言い出したら、わたしは帰りますから。そのつもりで」

 

 

 

 

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