伯爵令嬢は、契約結婚した俺にいつ恋をする?   作:カタイチ

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 びっくりした。

 

 執事に案内されて入ってきたのは、なんとまあ美しい──と、あきれてしまうほどの女性である。華やかで、それでいて近づきがたいまでに気高く、端整な顔立ちだった。目尻の切れ上がった(すみれ)色のまなざしが、俺たちをさえざえと見回した。

 

 だが、俺が驚いたのは、なにも彼女がすごい美人だったからだけじゃない。

 

 彼女は軍服に身を包んだ、凜々しい騎士だったのだ。

 

 飾りけのない濃灰色の制服が、すんなりした肢体を覆う。細い腰にはレイピア。鞭と革手袋を手にし、足元は男ものの乗馬靴だ。馬で旅してきたようなのに、なめらかな頬には、わずかの日焼けの跡すらない。

 

「呆然」だったみんなの視線は、いつしか「陶然」に変わっていた。兄たちだけでなく、両親も、兄嫁も。うちの一家は田舎ものだから、こんなに見目うるわしい生きものを見たことなんてなかったんだろう。

 

 彼女はひとつにたばねた黒髪をひるがえし、きびきびとこちらへ歩み寄ってきた。父と母、そろって馬鹿みたいな顔をした兄たちと、順に挨拶を交わす。四歳の姪っ子がスカートの裾をつまみ、可愛らしいお辞儀をする。彼女が唇に笑みを浮かべたので、おしゃまな姪は真っ赤になり、長兄の背に隠れてしまう。

 

「──お初にお目にかかる。わたしはエディット=エレメントルートだ」

 

 まさしく鈴を振るような、愛らしくも凜とした声。でも、話しかたは男そのもの。

 

「……ティ」

 

 兄嫁に肩をつつかれて、われに返った。俺の番になっていた。

 

「カイル=バルドイです」

 

 おや?──という感じで、エディット姫の弓なりの眉のあいだに、ほんの少ししわが寄った。だが、すぐに輝くような笑顔に戻る。

 

「彼と二人きりで話をさせていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろんですとも!」

 

 母が叫んだ。みんなは父の先導で、ぞろぞろと居間を出てゆく。お茶のしたくをしていた執事と侍女まで追い出されてしまった。──人んちで、仕切るんだね。

 

 扉が閉まる。長いまつ毛にふちどられた瞳が、俺を見下ろす。彼女のほうが俺より二十センチは背が高い。

 

「カイル?」

 

 手を伸べてこられても、正直いって気おくれしてしまう。俺は迷ったあげく、男性を相手にするみたいな握手を返した。──白魚のような、と言いたいけれど、意外に()()()が硬い。この衣装には、ちゃんと中身がともなっているようだ。

 

「先ほどは、『ティ』と呼ばれていたように思ったが?」

 

 聞こえてたのか……

 

「はい。『ティ』は、僕のミドルネームです」

 

 俺にも長ったらしい名前がある。俺は、カイル・ティ・アルノー・ディルク=バルドイ。

 

「カイル」とは、昔の(いくさ)でちょっとした英雄になった先祖の名だ。別に先祖を(うやま)っていないわけじゃないが、このところのバルドイ一族には、男の子の名前に困ったらカイルと付けておけ、という風潮がある。ようするに、みそっかすの末っ子用の名前である。

 

 必然的に同じ名前の親族が多くなる。だから、俺たちカイルはみんなミドルネームで呼ばれるのだ。

 

「ふうん……」

 

 彼女の細くて長い指が、こちらに伸びてきた。ちょい、と顎にかけられ、俺は思わず背伸びをするようになる。

 

「まあまあだな」

「な、なにがですか?」

「顔だ。地味でいい」

 

 は?

 

 エディットは俺の頭に、ぽんぽん、と手のひらを載せた。

 

「思ったより小さいな。年は?」

「十五です」

「うん、よし。この辺で手を打とう」

 

 からかわれているのかと思ったが、彼女の目つきはすこぶる真剣だ。なにかこう……俺が市場にならぶ野菜かなんかのひとつで、品さだめでもされてる気分になってきた。

 

「ええと、カイルだったか。それとも『ティ』と呼んだほうがいいか?」

「……カイルでお願いします」

 

 元々「ティ」というのは「おちびちゃん」くらいなニュアンスの言葉なのだ。七人目の男の子にネタが尽きてカイルと名付け、あとで困るといけないから赤ん坊に呼びかける語をそのまま後ろにくっつけた俺の両親は、なかなかに安直だ。

 

 うるわしのエディット姫は、悠然とうなずいた。

 

「ではカイル。──本題に入るが、わたしは早急に結婚する必要がある」

「どうしてなんですか?」

「祖母がわたしの花嫁姿を見たがっているからだ」

 

 以上。

 

 断固とした言いっぷりに、俺は心の中でだけ、そうですか……と相づちを打った。有無を言わせぬ口調って、こんな感じかな。

 

「わたしが結婚相手に求めるものは、まず爵位を持つ貴族の子弟で、ディルク姓があること。つまり、わがエレメントルート家にふさわしい家柄という意味だ」

 

 確かに俺の父は男爵だ。それに、王家と血縁がある家だけが(たまわ)る姓がある。あると言うより、まだ剥奪されていないと言うべきか。

 

 でも、ディルク姓を持つ貴族って結構たくさんいるはずだ。しかもこれだけ美人でお金もあるんだったら、王都でも引く手あまたなんじゃない?

 

 どうやら俺は、そんな顔をしたらしい。エディットは、長椅子に腰を下ろして脚を組んだ。苦笑ともとれる冷ややかな笑みが、薄く頬ににじむ。

 

「我の強い()()()()はごめんでね。わたしの邪魔をしないことが最大の条件なんだ」

「うちには僕のほかにも、未婚の兄が五人いますけど……」

 

 俺の兄さまたちは、みんな真面目で働きものの、ちゃんとした青年ばかりですよ。両親の言いつけもよく聞くし。

 

 だが、エディットはあっさりと首を振った。

 

「今、あなた以外の兄弟が一人でも欠けたら、この町が困るんじゃないのか?」

 

 お気づかいいただきましてどうも……俺の名前を知らなかったわりには、うちの内情をよくご存じのようで。

 

 エディットは突っ立ったままの俺を見上げ、椅子の背に片肘をかけた。

 

「わたしはあなたが気に入った。大抵の人間はわたしを見ると阿呆のような顔をするが、あなたにはそれがない」

 

 なんて美しい、見つめると息が苦しくなりそうな、濃い紫の瞳。

 

「今のわたしに()()は必要ない。だが、()という存在が必要なんだ。あなたがわたしを満足させてくれるなら、この町に必要な物資も、費用も、すべてこちらで都合すると約束しよう。時期さえくれば、別れてくれても一向にかまわない」

 

 珊瑚色の唇から淡々とこぼれる、きれいで、でも情の通わない声。

 

「端的に言う。──カイル、わたしと結婚してくれないか?」

 

 

 

 

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