伯爵令嬢は、契約結婚した俺にいつ恋をする?   作:カタイチ

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 健やかなるときも、病めるときも、

 喜びのときも、悲しみのときも、

 富めるときも、貧しきときも、

 これを愛し、これを(うやま)い、これを慰め、これを助け、

 その命ある限り、真心をつくすことを誓いますか?

 

 

 ◆◇◆

 

 ()って、すごい……

 

 馬車の行列は、思わず見惚れるほどだった。玄関前の車寄せにはならびきらず、ひたすら、ひたすら──門を出て、石畳の道の向こうまで、延々と連なっている。

 

 エディットは約束を守った。

 

 これは、エレメントルート伯爵家からバルドイ男爵家へ、結納金という名の支援、もとい、俺の代金の一部だ。

 

 俺たちの婚約が成立するや否や、さまざまな形での援助──現金、物資、人材が、続々とアルノー市へ送り込まれてきた。その行き来を取りしきっていたのが、次兄のマクシミリアンと、三兄のレオンハルトだった。今日が最後の便となり、彼らはようやくうちへ帰ることができる。

 

 王都へ先乗りした二人の兄は、郊外にあるこの伯爵家別邸で、物資の準備に忙殺されていた。俺はあとから到着し、王宮近くの本邸で新生活を始めた。だから、二人と話せる機会はほとんどなかった。

 

「こら、ティ、そんな顔をするな」

 

 いつのまにか、目の前まできていたレオンに、ぐに、と、ほっぺたを引っ張られていた。

 

「……そんな顔って、どんな顔ですか」

 

 俺はぜんぜん、さびしくなんかない。ただ──ただちょっと、その道の角を曲がった先に()()があったらいいのに、と思っただけで。

 

「こんな顔だよ」

 

 レオンは笑い、俺の髪をぐしゃぐしゃにかき回す。──いつも俺のことはほったらかしで、いつも俺に優しい兄さまたち。

 

 別れの場を兄弟だけにしてくれているのか、エディットは一歩下がって俺たちをながめていた。

 

 相変わらずの凜々しい制服姿である。もちろん腰にはレイピア。たばねた黒髪を腰まで流し、完璧に整った顔立ちと、俺よりよほどしっかり鍛えられた体のためか、非常に美しい少年のようにも見える。と思いつつ、いやいや、こんな美貌の男なんてありえないって──と、とかく不思議な気持ちにさせられる女性だ。

 

 俺には彼女の考えることが、よくわからない。

 

 エディットが俺を夫に選んだ理由って、本当はなんだろう。確かに、おとなしくて従順な婿養子がすぐに欲しい、とは言われた。でも、どうして欲しかったの? だって、俺んちにこんなにお金を使う理由がないでしょう。うちの両親なんて、普通に縁談を持ち込まれただけで、息子の三人や五人、箱に詰めてリボンをかけて花束まで添えて差し出しただろうし。──単にエディットが、自分の価値を知らない謙虚な人なだけかもしれないけど。

 

 俺でなければならない理由はともかく、彼女が急いでいた本当の理由、それは結婚式当日の朝にわかった。俺は式の前に、王家の離宮まで連れていかれたからだ。

 

 エディットの花嫁姿を見たがったおばあさまとは、王太后さまだった。王太后さまの娘、つまり、前の王さまの王女がエディットの母親だったのだ。

 

「まあまあ、あなたにはこんな可愛い人がいたの……」

 

 王太后といえば、今この国で一番身分の高い女性である。でも俺たちの前にいるおばあさまはちっとも偉そうじゃない。そればかりか、ベッドから起き上がることもできないくらい弱々しくて、痩せた女の人だった。

 

 あとから知ったんだけど、王太后さまは重い病気で、医師からも神官からも、もう長くは生きられないと言われているそうだ。

 

「これではわたくしのお願いを聞いてもらえなくても、しかたがないわねえ……バルドイ家のご子息なの? 今のご当主は、どなただったかしら?」

「アルフレッド=バルドイどのですよ、おばあさま」

 

 エディットの声音は、いつもの通り凜としていて、涼やかによどみない。

 

「そうそう、バルドイ男爵といえば、アルノーの領主でいらしたわね。でも、アルノーは遠いでしょう。どちらでお近づきになったの?」

「去年の夏、ハーケン領へリュカどのと狩に出かけた折です。男爵ご一家も保養においででしたので」

「じゃ、それからのお付き合い?」

「ええ」

「わたくしにくらい、教えてくれてもよかったのに」

 

 きれいな銀髪のおばあさまが、まるですねた少女のような顔になる。

 

 エディットはにっこり微笑んだ。

 

「カイルがまだ少年でしたから。婚約は、彼が成人してからと決めていました」

 

 ……嘘つき。

 

 俺はあきれ返っていた。

 

 でも、なにも言わなかった。本当のことは俺と父の名前くらいしか口にしていない彼女の紫の瞳が、とてもとても真摯な光をたたえていたからだ。手のひらの中のか弱く美しいものを少しだって傷つけまいとする、そんな強い意思を感じたから。

 

「ねえ、エディット。そんな衣装のときくらい、もう少しだけ女性らしいふるまいをしてもよいのではなくて?」

 

 エディットを優しく見つめるおばあさまの瞳は、彼女の瞳よりいくらか青に近い。夜明け前の空みたいな色をしている。

 

「それは難しい注文ですね」

 

 真っ白なウエディングドレスに、結い上げた黒髪を輝く宝石で飾った美しい花嫁は、男のように肩をすくめた。

 

 おばあさまは、ため息をつく()()をした。

 

「そうね、あなたはエルヴィンの娘ですものね。自分の好きなようにお生きなさい。──でも、いつもそんなでは、旦那さまになるかたに嫌われてしまわないのかしら?」

 

 と、ここで二人は俺の顔を見た。

 

 えっ、俺に振るの? いや、振るなら今か。今しかないか。

 

 俺は答えた。

 

「……そ、そんなことはありません」

 

 じろっ、とエディットににらまれた。俺は胸のどきどきを抑えるのに苦労した。──こちらは今まで家族以外とほとんど口をきいたこともない人見知りである。いっぺん噛むくらいは見逃していただきたいものだ。

 

 やがて医師から病室を追い出された俺たちは、侍女に案内されて長い廊下を歩いた。俺の花嫁になる人は、さやさやときぬずれの音をさせながら、俺の耳元へつぶやいた。

 

「……ありがとう」

 

 どういたしまして。

 

 エディットは約束を守ってくれた。お金や食料、日用品、建築資材、いろんなものをアルノーへ送ってくれた。

 

 王太后さまは俺を見て「可愛い人」だと言ってくれた。可愛いなんて、男が言われて喜ぶ言葉じゃないんだろう。でも少なくとも、「地味」とか「小さい」って面と向かって言われるよりは、ずうっとましだ。

 

 それにこのとき、俺はさんざん歩く稽古をさせられたあの変な靴も、似合わない金髪のかつらも、なにもつけていなかった。ちょっとばかりよそ行きの服を着ていたけれど、ありのままの姿の俺を、エディットはおばあさまに見せたんだ。

 

 だから俺は、彼女の嘘に付き合うくらい、どうってことはない。俺だって、約束は守る。

 

 

 

 

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