ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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まん丸お山に彩りを


とびだせエゴサーチ!

 

 

 

 

 

 彼と出会ったのは、とある雨の日のことだった。

 

「あの...これ、良ければ」

 

 雨に打たれて全身びしょ濡れだった私に傘とタオルを差し出してくれた人。それが彼だ。

 

 当時の私は、はっきり言って限界に近い状態だった。

 長く険しい研鑽を経てようやく拓けた夢への旅路は音を立てて崩れ去り、絶望の崖に追いやられ、それでも努力し続けることしか出来ない日々。

 

 やつれた心に鞭を打ち、まだ自分に出来ることはないかと模索した結果のチケット手渡し販売も、人々の心無い声の前に打ちのめされる。

 いつか報われると信じた努力は泡と消え、虚脱感が全身を襲っていた。

 

「.....この前のライブ、見ました」

 

 ビクッ、と体が震える。

 夢への第一歩となるはずだった、私たちの初ライブ。

 人々に夢と希望を届けるはずだった夢の舞台は、残念ながら、それとは真逆の失望を与える結果となってしまった。

 誰が悪いなどと言うつもりはないが、それでも後悔は残ってしまう。

 もっとこうしていたら。もしああしていたら。

 そんな思いは意味を成さず、零れた水はもう戻らない。

 

『まだやってたのか』『解散したのかと思った』

 

 もう何度言われたのかも分からない、そんな言葉。

 傷つかないわけがない。悲しくないわけがない。

 

 そんな言葉を、またぶつけられるのだろうか。

 不安に駆られ、渡されたタオルをギュッと握ってしまう。

 けれど、彼の口から出た言葉は、今まで聞いてこなかったものだった。

 

「頑張って、ってのは失礼かもっスけど.....それでも、頑張ってください。応援してます」

 

 そう言った彼は、お金を私に渡してくる。

 そしてライブのチケットを取り、駅の方へと駆けて行ってしまった。

 

 

 それが、彼と私のファーストコンタクト。

 絶望の淵にあった私を掬い上げてくれた、優しい会合。

 悪口になんて負けない。忘れられてやるものか。

 少なくとも、応援してくれてる人はいるのだから。

 

 そう思える、折れない強い芯を持つきっかけにもなった出会いだった。

 

 

 それから一年ほど経って、私は彼と再会することになる。

 高校の、そしてバイト先の先輩後輩として。

 彼が年下だったのには驚いたけど.....正直、一緒にいるとどっちが年上なのか分からなくなってくる。

 彼はどこまでも大人で、私の憧れの一つで、そして救世主。

 

 ついつい頼りにしてしまう私の大事な後輩は、今───何故かパスパレの所属する事務所にいた。

 

 

 

 ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 オッス、オラ関口!

 オラの演奏が世に出回っちまってから何日か経ったけんど、オラの青い鳥の垢がヤッベェことになったぞ! ふぉろわーっちゅーんが一気に千人規模になりやがった! へへっ。オラ、人気者になっちまったぞ! ...え? 瀬田先輩は昨日十万を越えた? うっせぇぶっ〇すぞ。

 次回! 死ぬな須田! 暗雲漂う体育祭!

 みんな、ぜってぇ見てくれよなっ!

 

 

「というわけでですね。関口くん...あぁいえ、海くんには我が事務所のアイドルユニット、Pastel✽Palettesと共演していただきたく思いまして」

「はあ...。はぁ?」

 

 羽丘女子学園の文化祭が終わった日、つまりは俺が全国配信された日から約一週間ほど経った土曜日の昼。

 バイトも、バンドの練習もない今日は一日家に篭って映画を見るんだと意気込んでいたのだが、仕事中のハズのお母さんが家に帰ってきたかと思えば強引に拉致され、ろくに説明もされないままあれよあれよと事務所の偉いっぽい人と会い、そんで今に至る。

 

 ちょっと頭が追いついてない。

 

「ええ、息子も快諾しております」

「いや、待ってよお母さん」

「そうですか! それは良かった」

「え、いやだから待っ」

「では私は次の予定があるのでここで。息子は好きに使ってください。じゃあね海、今日の晩ご飯はおでんだよ」

「このクソ暑い中おでん食うの???」

 

 夜もまだ残暑厳しいぞ。

 

 ...とまあ、俺の知らないところで話が進みきってしまった。

 去年もこんなことあったっけな。なんか収録するとか言われてアコギ弾かされたやつ。

 もしこれを断れば、俺はお母さんから何をされるか分かったものではない。我が家のヒエラルキートップはお母さんなのだ。ちなみにお母さんの次が姉ちゃん。最下層に俺とお父さんがいる。男は辛いよ。

 

「悪いね、海くん。先週流した動画、思ったよりファンから好評でね? これを逃す手はないと思ったんだよ」

「はあ...」

「ああ、でも安心して欲しい。別にテレビに出演して欲しいとか、大きなフェスに出て欲しいとかじゃないんだ。うちの所有する劇場で、Pastel✽Palettesのサポートギターとしてちょっとしたライブをして欲しくてね?」

「はあ」

「さ〇り×MY FIRST ST〇RYのレイ〇イって曲をやって欲しいんだけど」

「それは大丈夫なんですか?」

 

 著作権的なアレは。

 

「はっは。大丈夫大丈夫。元々はさ〇りのコピーをやる予定のライブでね。許可は取ってあるんだ。ほら、最近は有名アーティストのカバーなんてのも人気だろう?」

「...まあ」

 

 コピバン縛りのライブがあるくらいだしな。

 ABCなんかはカバー曲しか収録されてないアルバムをいくつも出してるし。

 

「ベースの子も誘えれば良かったんだが、うちのベーシストはもう決まっているしね。その点、ギターならうちは一人しかいないから増やしても問題ない、ってなったわけさ」

 

 ついでだからギタボもさせちゃえ、ってなったのか。

 なんつーか...色々すげーな、この事務所。

 

 まぁ白鷺千聖と一緒に演奏できるっていうメリットは確かに大きい。が、あまり気が乗らないのも事実。

 パスパレのファンの前で、パスパレに混ざって演奏なんかしてみろ。ファンから何言われるか分かったもんじゃない。

 ただでさえ先週の一件でパスパレのファンからは睨まれているはずなのだ。まだ直接的な誹謗中傷はないとはいえ、今回の件は火に油を注ぐ結果を招きかねない。

 ファンから好評、なんて言ってたけど、過激派は確かに存在する。

 

 まだ間に合う。

 お母さんだって、無闇に俺が傷付くことを良しとはしないはずだ。そう信じたい。

 ならまだお母さんに泣きついて、今回の件は白紙に戻すことも可能だろう。

 

 失礼を承知で俺はスマホを取り出し、お母さんの携帯番号を打ち込み───

 

「ちなみに今回、海くんが必要だと思った機材は全てこっちで用意するし、それは報酬として海くんに差し上げるよ」

MXR の EVH5150 が欲しいです(喜んでお受けします)

 

 あとディレイも欲しいし〜...あ、レ〇メイやるならアコシュミも必要だよな〜。え? 不特定多数からの誹謗中傷の可能性? 知らねぇよ俺は負けない(欲には負けた)(安定の作中No.1チョロイン)

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「というわけで、サポートギターとして一緒にライブすることになりました。関口です。よろしくお願いします」

「どういうわけなのかしら.....」

 

 右手で頭を押さえる仕草をする白鷺千聖は、はぁと嘆息した。それすらも絵になる。しゅきぴ(長年のファン)

 

 依頼を受けてから一時間後。

 現在俺がいるのは、事務所内に数個あるスタジオの一つだ。

 俺と、それからパスパレの全員がそこに集まっていた。

 

「へ〜。もう一人サポートのギター呼ぶって聞いてたけど、それ海くんのことだったんだ。よろしくね〜」

「まぁ先週の動画、再生回数が百万を越えたらしいっスからね〜。海さんが呼ばれるのも納得です」

 

 まぁスタジオに集まったからといって、今から練習をするわけではない。

 さすがに一時間じゃあどう足掻いてもある程度のコードくらいしか覚えられないし、そもそも俺は今日ギターを持ってきていない。

 てか契約書みたいなのに目を通したりサインしてたりしたら一時間なんてあっという間に過ぎ去った。

 というわけで、とりあえずの顔合わせの場として選ばれたのが、たまたま空いていたこのスタジオだったのだ。

 

「またカイさんと演奏できるの、私ウレシイです! よろしくお願いいたしますっ!」

「はぁ.....まぁ、決まってしまったものは仕方がないわね」

 

 女優も所属する事務所のスタジオってだけあって、このスタジオは随分と広い。壁面には大きな鏡も貼られており、どちらかというと演技なんかを練習する用のスタジオに思える。

 まぁこの事務所でバンドやってるグループなんてパスパレくらいだろうからな。専用の音楽スタジオを用意するより、兼用にしてしまったほうが費用的にも楽だったんだろう。

 

「ホントに海くんとライブできるの!? うぅ〜...嬉しい! 私、頑張るね!!」

「丸山さんは頑張るとえげつない失敗しそうなんでほどほどにしといてください」

「そんな!?」

 

 ひまりと似たにおいがするんだよなぁ、丸山さん。

 まぁそれが丸山さんの売りではあるんだけど。

 

「それじゃあとりあえず顔合わせは終わったってことで...日菜さん」

「んー? なぁにー?」

「譜割りしましょう。音源貰ってきたんで」

「え〜? めんどくさーい! あたしはビュン! って感じで弾くから、海くんはジャン! って感じで弾いてよ」

「いや、ちょっと分かんないんで。俺が不安だからちゃんとやっときましょう」

「ぶー」

 

 頬を膨らませる日菜さんの隣に座り、さっき事務所の人に渡されたWALKMANを起動する。

 ポチポチとボタンを押して操作して曲を再生させようとしていると、イヤホンの片方を日菜さんに持っていかれた。

 え、何この人。自分だけ聴くつもりなのん?

 

「これスピーカーに繋ぐんで、イヤホンしなくても大丈夫っすよ」

「えー? でもイヤホンの方が音良く聴こえない?」

「そうですけど、イヤホンだと一人ずつでしか聴けないじゃないっすか」

「片方ずつ付ければ問題ないって! ほら!」

 

 そう言っは日菜さんはこちらに寄ってきて、もう片方を俺の耳に突っ込んでくる。

 と同時、別のツッコミも飛んできた。

 

「ちょっと日菜ちゃん! そういうのは辞めなさい! 異性との必要以上の接触は...」

「ダイジョーブだよ千聖ちゃん、ここ事務所の中だし」

 

 俺の心臓が大丈夫じゃないんですが。

 えっ、近い近い近い。肌触れてるんだけど。氷川さんと同じいい匂いがする。そりゃそうか、双子だもんな。同じシャンプー使ってても不思議じゃないし、少なくとも柔軟剤は同じだろう。

 

 ...違う、そうじゃない。

 

「日菜さん、ちょっと離れて...」

「えー? でもこのイヤホンのコードそんなに長くないし、これくらい近付かないとだよ」

 

 と、更に近寄ってくる日菜さん。

 辞めてほしい。いや辞めないでほしい(男子高校生の(さが)

 柔らかい感触に身を任せたい気持ち(本能)と、周りからの視線を気にする気持ち(理性)

 これがもし二人っきりだったら甘んじてこの状況を受け入れたのだろうが、ここには俺たち以外に四人もの目がある。軽蔑の眼を向けられたくはない。けどこの感触を自分から拒絶するのは絶対的に不可能。

 

 健全なる己とのシーソーゲームに決着が着く前に、外部からの物理的な干渉があった。

 

「日菜ちゃんっ! えと、その.....そ、そう! 私も曲聴きたいから、スピーカーにしよ! ね?」

 

 丸山さんだった。

 俺と日菜さんの間に入り、少々強引に引き剥がす。

 

「そうですね〜。ジブンも確認のために聴きたいですし、みんなで聴きましょう!」

 

 大和さんの助け舟もあり、この場では丸山さんの提案が通される。

 そっか〜、と何事も無かったかのような顔で離れていく日菜さん。

 俺はホッと安心したような、どこか口惜しいような、そんな複雑な心境に苛まれる。

 

 WALKMANをスピーカーに繋ぎ、曲を流す。

 速い一瞬のドラムロールから始まり、すぐにギターとベース、そしてピアノも入ってくる。

 十秒ほどのイントロが終わり、まずはさ〇りの歌からAメロが始まった。

 この曲はさ〇りがギタボ、マイファスのボーカルであるhir〇がピンボだ。しかし俺たちは違う。俺がギタボで、丸山さんがピンボ。

 俺の難易度は上がってくるが...まぁユ〇ゾンほどじゃないな。いける。

 Aメロが終わり、サビへと入った瞬間。一瞬だけ演奏が無くなりボーカルだけになる瞬間があるのだが、よく聴いたらアコギの弦を(はじ)く音が一音だけ聴こえる。ここは気をつけるポイントだろう。

 ここが無くても観客は気付かないかもしれないが、物足りなさというか、そういうものがある気がする。ちょっと言葉にしにくいな。

 まぁぶっちゃければ俺が満足したいからきちんと気を付ける、ってことだ。やっぱりアコシュミは絶対用意してもらおーっと。

 

「うぅ...この曲、ハモリとか多いんだよねぇ...」

 

 と、サビの途中で丸山さんが唸った。

 確かにこの曲、ハモリやユニゾンが多い。歌唱力の問われる楽曲だ。

 前にも聴いたことがあるかのような口振りだが、知っていた曲なんだろうか?

 それなら少しは練習も楽になるだろう。知らない曲を一から覚えるのと、知ってる曲で細部を詰めていくのとでは、その労力が桁違いだ。

 

「その辺もしっかり合わせなきゃですね。こればっかりは個人より二人で練習した方がいいと思うんで、空いてる時間は一緒に練習しときましょ」

「う、うん...!」

 

 そうこうしているうちに、曲はBメロへと入った。

 一瞬だけ入ってくるベースのスラップかっけぇ、とか思ってたらBメロも終わり、サビへと差し掛かる。

 今回のサビの入りはアコギの音ではなくエレキ。ピックスクラッチ*1だった。かっこいい(かっこいい)

 

 サビは一番とほぼ変わらない。

 遠くから聴こえてくるピアノが気持ちいい。

 

 サビが終わると、次はCメロだ。

 軽いギターソロが入ったあとに、さ〇りのラップへと入る。

 ここではアコギの存在が大きくなる...ってか、ほぼアコギとピアノしか鳴ってない。

 しかし、ここは簡単なコードしか使われていない。本来ならさ〇りが弾きながら歌っているシーンなのだから、そこまで難しい譜面にはできなかったのだろう。

 

 Cメロが終わる。

 Cメロが終わるとどうなる?

 知らんのか。ラスサビが始まる。

 

 あとはそのサビを駆け抜けて終わりだ。

 

 曲が終わる。

 停止ボタンを押して次の曲が始まらないようにしてから、俺は一息ついた。

 

「...日菜さん。俺ジャン!って感じで弾きますね」

「うん。じゃああたしはビュン!って感じで弾くね!」

「「「!?」」」

 

 若宮さん以外が驚愕に染まった顔でこちらを向いてくる。なんでそんな感性のみの擬音でどうにかなると思ってるんだ、とでも言いたげな目だ。

 けど、これは仕方のないことなんだ。

 自分から譜割りしようなんて言っといてなんだが、この曲めちゃくちゃ分かりやすかった。

 いやまじ。多分もう弾けるもん。そのくらい単純。あ、サイドギターの話な? ほかのパートは知らん。

 

 問題は歌だな。

 歌唱力にはそれなりに自信があるが、今回はプロの世界だ。生半可な完成度じゃ認められない。

 友希那さんに師事でもしてみようかな。断られるかもだけど。

 

「あ、そういや聞くの忘れてたんですけど、ライブっていつなんですか?」

 

 事務所の人が垂らした餌(my new gear...)に簡単に釣られてしまった俺は、肝心のライブの日程を聞いていない。

 後で聞こうと思ってたんだが、今の今まで忘れてた。

 

「えっ...? 関口くん、貴方、ライブの日程を聞かされていないの...?」

「そーなんすよねぇ」

 

 顔を青くしながら、白鷺千聖が聞いてくる。日程の確認を怠ったことがそんなにダメだったろうか? ...すまない。本当にすまない(怯え)

 まぁ今日から練習始めるんだし、きっと三週間後とかそんなもんだろう(楽観)

 

「ライブ? 明後日だよ」

「なんですって?」

 

 なんですって?(絶望)

 

「ライブ、明後日、夕方」

「.........りありぃ?」

「りありー」

 

 日菜さんにより明かされる衝撃の真実。

 最近こういうの多くない? ねぇ多くない?

 いや弾けるとは言ったけどさ。違うじゃん。詰める時間が欲しいじゃん。事務所バルス。

 

「その反応...本当に聞いていなかったのね」

 

 呆れたような、憐れむような。

 そんな表情を白鷺千聖に向けられる。

 

「えっ、てかそれ大丈夫なんスか? 俺だけじゃなくて皆さんは...」

「私達はもう練習していて、貴方抜きで合わせ練習もしているの。あとはサポートギターの方を迎え入れるだけだったのよ、元々ね」

「ちくしょう!!」

 

 そりゃ丸山さんとかが「この曲聴いたことあるよ」的な反応してるはずだわ!! だって練習してるんだもんな、知ってて当然だわチクショウめ!!

 

「ちょ、俺すぐ家帰ってギター持ってきます!!」

「あ、待って! この後は私別の仕事が───」

 

 白鷺千聖が何か言っていたが、聞いていられない。

 全速力で帰宅し、ギターを担ぐ。

 体力には多少自信があったが、まだまだ暑い今日この頃。

 少し西に傾いた太陽は未だ容赦を知ることなく、俺の体力をジリジリと奪っていく。

 

 やっとの思いで事務所へとんぼ返りした俺は、とりあえず自販機でお茶を買ってからスタジオへ向かった。

 疲れたが、疲れたと言っていられる状況でもない。

 事務所と家の往復で、サブスクを使ってスマホに落としたレイ〇イを聴いていた俺は、もうある程度のコード進行は覚えた。

 あとは全体で合わせて細部を詰めていく。そうすれば、たった二日の練習期間でもどうにかなるだろう。

 

 スタジオの重い扉を開ける。

 空調で冷えた空気が頬を撫でて心地いい。

 

「すいません! 今戻りまし...た?」

「あ、おかえりなさーい」

 

 スタジオにいたのは、ピンク髪の先輩ただ一人だった。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 汗だくの海くんに私の持っていたタオルを渡して、とりあえず楽器は下ろしたら?と提案する。

 

「えと...ほかの皆さんは?」

 

 お茶をがぶ飲みした海くんは、汗を拭いながら不思議そうに聞いてくる。

 

「えっとね? 千聖ちゃんはドラマの収録、イヴちゃんと麻弥ちゃんは雑誌のインタビュー、日菜ちゃんは...ポテト食べに行くって言って...」

「最後の完璧にサボりじゃねっすか」

 

 呆れたように言う海くんに、私はあははと乾いた笑いを送るしかない。

 乱れた息を整えた海くんは、さて、と立ち上がった。

 

「まぁいないもんは仕方ないッスよね。このスタジオ、いつまで使えるんですか?」

「えっと...確かあと二時間は使えたハズだよ」

「ならとりあえず俺たちだけでも練習しましょ」

 

 そう言って、海くんはマイクのシールドをミニ卓に繋ぐ。

 ボリュームやゲイン、あとよく分からないツマミをいじいじした後、私に別のマイクを渡してきた。

 

「テキトーに声あててください。こっちで調整するんで」

「あ、うん」

 

 言われるがまま、マイクに向かって声を出す。

 いつも練習の時は麻弥ちゃんがやってくれるし、ライブとかでは現場のPAさんが全部してくれてた。

 手際良く作業を進める海くんの後ろ姿を、思わず見つめてしまう。

 

「んー...まぁこんなもんっすかね。んじゃ早速始めましょう」

 

 そうして、私と海くんの二人っきりの練習は始まった。

 ちょっとどころじゃないくらいドキドキしてたけど...すぐに別の意味でもドキドキしてしまうことになるとは、この時の私はまだ知らない。

 

 

 

 

 

「丸山さん、今のとこ音ズレてます。もう一回」

 

「丸山さん、今のとこ入りズレてます。もう一回」

 

「丸山さん、歌詞の意味を考えながら歌いましょう。もう一回」

 

「丸山さん、息継ぎのタイミングが変です。あと一小節ズラしましょう。もう一回」

 

「丸山さん、今のとこ」

 

 

 びっっっっくりするくらい海くんスパルタだった。

 海くん本人がミスした時はすごく謝ってくるしとても反省するんだけど、私の方がたくさんミスしてる。割合的には一対九くらい。

 え、ちょっと海くん歌上手すぎない? ボーカルは副業なんだよね?

 

「友希那さんっていうバケモンを間近で見続けてたら前よりもずっと上手くなりました」

「な、なるほどぉ.....?」

 

 海くん曰く、妥協を決して許さないRoseliaの演奏に口を出し続けた結果、アドバイスとかに遠慮というものが無くなってしまったらしい。

 下手をしたらボイスレッスンの先生より厳しい海くんと練習すること二時間。次は何を注意されるのかとドキドキしっぱなしの二時間だった。

 

 

 次にスタジオを使う予定だった人達が来たのでスタジオから退散し、今日のところは帰ろうという私の提案が通り、今は帰宅途中の道すがら。

 木々の緑は所々赤茶に変わってきていて、暑い中にも少しだけ秋が感じられる。

 

「ふえぇ〜...つ、疲れたぁ...」

 

 何度も私と一緒に歩いたことのある海くんは、こちらの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれていた。

 気遣いが嬉しい反面、その優しさがもう少し練習にも回されないかなぁ、と内心思う。

 いや、ズバズバ言ってくれるのはとってもタメになるからいいんだけどぉ...。

 

「明日は合わせ練習できるんですっけ?」

「う、うん...十三時から、えと、今日と同じスタジオ、だよ...」

「.....そんなビビんないでくださいよ。悪かったですって、今日のは」

 

 バツが悪そうに、海くんは頭をかく。

 

「でも、今日だけで歌はほぼ完璧になったじゃないですか。楽器隊は多分完璧に仕上げてるんでしょうし、もう今日みたいに突っつくことはないですよ」

「ほんと...?」

「ほんとほんと」

 

 それなら一安心...できないよねぇ...。

 私が明日も失敗したらまた注意されるんだろうなぁ。うぅ...今日の夜、ちゃんと復習しとこ...。

 

「あ、そうだ」

 

 結構本気で恐れていると、海くんが思い出したように手を叩く。

 

「さっき借りたタオル、洗濯して明日にでも返しますね。ありがとうございました」

 

 さっき私が貸したタオル...ああ、あのタオル!

 

 あのタオル──市販されてる、どこにでもあるような青色のタオルは、実は私が買ったものじゃない。

 あれは、元々は海くんのものだ。

 

 一年くらい前の雨の日。

 雨に打たれてた私に海くんが渡してくれたタオル。それがあの青いタオルだ。

 ドラッグストアとかでまとめ売りされてるような品だから、海くんが覚えてないのも無理はない。

 まぁちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、覚えてて欲しかったなー、とは思うけど。

 

 本来なら、あのタオルは海くんに返すべきだ。あと傘も。

 でも、

 

「...うんっ。よろしくね」

 

 私はきっと悪い子だ。

 あのタオルを手放したくないと思ってる。

 

 あれは、証だから。

 私が夢を与える偶像(アイドル)であるための、大事な証。

 私が私として立っているための、必要な証。

 私は一人じゃない、応援してくれている人は必ずいると思い出させてくれる、無くしてはいけない証。

 

 

 大事な大事な繋がりは、まだ持っていたい。

 私はまだまだ一人前にはなれなくて、支えがなければ倒れてしまうほどに脆いから。

 

 だから、彼に助けていてもらいたい。

 これは私のわがままだけれど、それでも。

 

 

 これからもよろしくお願いします。

 

 心の中で私は囁く。

 私の大事な後輩に。私の大切な友人に。

 私の、かけがえのない存在に。

 

 

 

 

*1
弦にピックを当てて、ギターのベッドの方向に擦らせて音を出す奏法。キュウゥウーーーーン、っていう高音が鳴る。かっこいい(かっこいい)




パスパレは全員分メイン回終わりましたね(2回目が無いとは言ってない)

以下、蛇足です。



1:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
【速報】例の男、公式になる

2:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
ま?

3:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
先週のアレじゃないの

4:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>3 それもだけどそれじゃない

5:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>3 今日のライブに例の男出てきた

6:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>5 ま?

7:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>6 ま

最後の曲にだけ出てきたんだけど、普通に歌もギターも上手かった

8:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
男が出てくる時の彩ちゃんのMC、どっかで聞いたことある気がしてならない

9:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>8 どんなMC?

10:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>9 「(前略)そんな私達を支えてくれた、大切な仲間を一人...紹介してもいいでしゅか......い、いいですか!!」

11:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
安定の可愛さ

12:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
あら〜〜噛んじゃったの〜〜
彩ちゃんはかぁい〜ねぇ〜〜

13:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>10 本家達がレ〇メイやった時のMCじゃん?

14:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>13 ま?

15:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>14 ジーマー

つべで『レイ〇イ ライブ』って調べれば出てくる

16:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
てかあの男の人だれ?
どっかのアイドル?

17:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>16 https://twitter.com/.ocean_guitar

その男のブルーバードの赤

18:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
青い鳥の赤という矛盾

19:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>18 揚げ足取り乙

20:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
その男、彩ちゃんのSNSにちょくちょく出てくるやつ?

21:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>20 多分そう

22:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>21 日菜ちゃんのインスタにも出てきたやつだよ

23:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>20 >>22 ま?

24:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>2 >>6 >>14 >>23 お前、さては同一人物だな?(名推理)

25:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>23 まじだわよ

26:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
今後もパスパレのサポートとして出てくるのかな

27:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
どうだろ?

28:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
露出は増えそう
音楽センスはめちゃくちゃありそうだし、顔もそれなりに良いし

29:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
パスパレとどう繋がってくるのかは問題だよな

30:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>26 パスパレ専属のサポートってのは無いんじゃない? てか俺が許さんのだが?

31:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>30 お前はパスパレの何なんだ

32:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>26 その男、自分のバンドあるっぽいよ
そっちで頑張るんじゃない?

33:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>32 なるほど

自分のスキルアップのために色んなバンドのサポートしてるのかもな
Roseliaとかアフロとかのサポートもしてるし

34:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>33 納得

パスパレを経験値(踏み台)にされるのにはちょっと思うところがあるけれど、でもそれならまだ許す

35:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>34 だからお前はパスパレの何なんだ

36:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>35 一介のファンですが何か

37:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>36 怒んなよ、、、

38:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
でも、その男と一緒にステージに立ってる彩ちゃん、めちゃくちゃ楽しそうだったよね

39:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>38 分かる

イヴちゃんはいつもよりぴょんぴょんしてたし、麻弥ちゃんはずっとフヘヘしてたし、日菜ちゃんはるるるるんっくらいしてた

40:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>39 おぬし、我らが千聖様を忘れてはおらぬか...?

41:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>40 千聖様は終始微妙な顔してたよ

42:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>40 おんし、まさか伝説の千聖教信者なのかえ...?

43:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>42 え、何その怖い宗教
ごめんなさい違います

44:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
えっ

45:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>44 アンカー付け忘れるくらい焦ってるのか

46:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>43 なんか分からんけど謝っとけ、白鷺千聖を信仰してる宗教徒を敵に回すとヤバいぞ、多分

47:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
どうでもいいけど、例の男は白鷺千聖の昔からのファンらしいじゃん

48:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
あっ

49:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
あっ

50:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
あっ

51:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>47 >>48 >>49 待て、お前ら何を察した

52:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>47 >>48 >>49 何の察しなのかいっちょん分からん

53:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
奇しくも炙り出された千聖教徒の明日はどっちだ!!

54:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>53 何言ってんだこいつ

55:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>53 「奇しくも」の使い方間違ってますよ

56:名無し:20xx年09月13日(月)IDxxxxxx
>>54 >>55 うっへぃ辛辣ゥ...

専門用語とかマイナーすぎるバンド名とかについて。

  • 伏字で出されても分かんねぇわ!辞めろ!
  • 好きにやってええんやで(菩薩)
  • 全然分かるけど辞めな
  • 分かるからそのまま続けて、どうぞ。
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