ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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ふふっ。つまり、そういうことさ。

 

 

 

 

 

 

 

 シェイクスピア曰く、『この世は舞台、人はみな役者』。

 

 私は舞台に魅せられ、今まで様々な役を演じてきた。

 王子はもちろん、村人Aや怪盗役、動物というのもあったし、おままごとだったとはいえ、幼い頃にはお姫様の役だってしたものだ。

 

 そんな私をして、人生で最大と言える大舞台。それが、『ハロー、ハッピーワールド!』。

 世界を笑顔にするために日夜活動するハロハピの一員。これほどまでの大舞台は、今後私の人生において、そう立てるものじゃない。まさかそんな舞台に、瀬田薫の名で立つことになろうとはね。現実は小説より奇なり、ということか。

 

 誰もが自分の役を演じなければならないのだと、リア王(シェイクスピア)は言った。

 私は、私という役を演じている。

 皆もそうだ。自分という役を、自分で演じている。本物だとか、偽物だとか、そういう話じゃない。これは人間という動物の(さが)なのだろう。皆、“何者か”になりたがっている。

 

 ──いや、少し違うか。自分が何者でもないことを恐れている、と言った方が正しいのかもしれない。『自分』という(外壁)を作り、社会という檻の中で、必死に自らを守っているのだ。

 

「それもまた儚く、健気だ...」

「突然なに呟いてんですか、瀬田先輩。やべーやつ認定されますよ。...いやもう手遅れか」

 

 この目の前の少年は、非常に多彩な役柄と言える。

 

 ある時は、ただの男子。何気ないことで一喜一憂し、友人と過ごす青春を謳歌せんとしている、ただの男子。

 そしてある時は、導者。迷える子猫ちゃんに手を差し伸べ、歩むべき道を示し、導く者。

 またある時は、道化師。ピエロのそれとは多少異なるが、敢えて滑稽を演じて他者を笑顔にする姿は、まさに道化師。

 

 この世というたった一つの舞台の上で、“彼”という役は様々な顔を持っている。それは稀有な才能で、そして重要な役柄だ。

 

『愛は万人に、信頼は少数に』。

 私は全ての子猫ちゃんを愛しているけれど、信頼している者はと聞かれれば、そう多くは数えられない。

 家族やバンドメンバーや幼馴染。そして、彼。私が信頼する、数少ない特別な人(仔犬くん)

 

 彼は私に、様々なものを与えてくれるだろう。

 私は彼に、それに見合うものを返そう。

 

「フッ...共に歩もう、この果てしなき旅路を!」

「いやだから。なんなんスか急に」

 

 嗚呼っ、儚い!!

 

 

 ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 これは詳細を省くが、結論だけ言うと俺はミッシェルの弟になった。

 は?(は?)

 

 あまりにも意味が不明すぎてあいきゃんのっとあんだすたん。

 助けてくれブラザーと兄(ミッシェル)に視線を向けるも、その昏い瞳はどこか慈愛を含んだ温かい目をしていた。なんでやねん助けろブラザー(真)。

 

 

 それじゃあここでみんなお楽しみ、回想のお時間だ。

 え? 別に楽しみじゃない? そんなこというなよ、悲しくなるだろ。ちょっとだけだから。先っちょだけ。な?

 

 ほら行くぞ! ほわんほわんせきぐち〜(効果音)

 

 

 

『ミッシェルには弟がいるって聞いたわ! どんな子なのかしら? あたし、すっごく気になるわ!』

『ふーん。.........え、待って。え、え? なんスか黒服さん方。なんでそんな腰落として俺を取り囲んで.....ちょまっ、アッ───!!』

 

 

 

 ほわんほわんせきぐち〜(終了)

 

 

 とまぁ、こんな具合だ。

 

 あまりにも意味が不明すぎてあいきゃんのっとあんだすたん。ニーブラッ!!!じゃねぇんだわ黒服よお...。

 助けてくれ兄者。...あっ、こら! 顔背けんな! 今絶対笑ってんだろミッシェル兄ちゃん!!

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 かくして、ミッシェルの弟ミッケルとなった俺は、わけも分からずハロハピのライブのステージに立たされた。

 言わずもがな、例によって、恒例の。まーじでやめて欲しいランキング上位入賞必至の『ドキドキ! ぶっつけ本番の即興ハロハピカバーライブ!』である。本当にやめて欲しい、脳が震えそう(オーバーヒート)

 

「やぁ、はじめまして、ミッケル。聞いたよ、キミはミッシェルの弟なんだそうじゃないか!」

「そっすね」

「おや...? ふむ、どこか具合でも悪いのかい? そんなに気落ちした声で」

「いや、別に」

 

 突然の出来事すぎて展開に付いていけていない俺は、ほとんど何も考えずに瀬田先輩へと返事をする。

 そんな俺が今回弾くのは、ギターではなくキーボード、シンセサイザーらしい。なんでさ。

 いやまぁ少しは弾けるけどさぁ。マイシンセ持ってるし、暇な時はピコピコ練習してるし。でもライブでぶっつけ本番はダメだろぉ。いやギターであってもやめてほしいんだけどな?

 つーかミッケル(きぐるみ)の太いふわふわの指じゃ鍵盤なんて押さえられるわけないだろ、いい加減にしろ!

 

「ミッケルはミッシェルの弟、つまりオスという設定なので、爪が出ます」

「爪」

 

 設定って言っちゃったよこの黒服。

 

「上上下下LRLRBAで爪が出ます」

「なんて?」

 

 お前それどこのコナ〇コマンド.....うわっほんとに出たぁ...。

 

「うんうん。コ〇ミコマンドを使いこなしてこそ、真のふわキャラだよ」

「そんなふわキャラは嫌だ」

 

 というか俺は真のふわキャラなんて目指してない。奥沢さんと一緒にしないで。

 

 ため息混じりに、俺はシンセを軽く弄る。

 今回俺が使わせてもらえるのは、ROLANDが出してる『FANTOM-8 MUSIC WORKSTATION』ってやつらしい。シンセのことはよく分からんからこれが良いのか悪いのかは知らないけど、なんでこれ八八鍵なんですかね? 普通バンドで使うってやつなら六十一鍵だろうに...。

 まぁ楽器は全部黒服さんたちが運んでくれるし、重量的なアレは問題ないのか。

 

「ふーん...。ちなみになんの曲やるの? これ」

 

 音色の数がアホみたいに多いことに軽く引きつつ、隣でドラムのセッティングをしていた松原さんに聞いてみる。

 

「え? 聞いてないの...?」

「まったく」

「ふぇ...ごめんね、いつも本当にごめんね...!」

「まぁそろそろ慣れてきたんで」

「ふえぇ...目が虚ろだよお...。え、えっとね、今日のセトリは、『えがおのオーケストラっ!』、『ハピネスっ! ハピィーマジカルっ♪』、『キミがいなくちゃっ!』それから『にこ×にこ=ハイパースマイルパワー!』だよ?」

「ふざけろ」

 

 バカヤロウ 伴奏じゃねぇか バカヤロウ。

 シンセってより普通にピアノバリバリあるじゃねぇか!! 本当にいい加減にしろ!

 

 ...い、いや、落ち着け俺。元々ハロハピにシンセはいなくて、そこは全部DJミッシェル(お兄ちゃん)が打ち込みの音源を流してるんだ。なら俺は最悪立ってるだけでも...

 

「あー...ごめん弟よ。シンセの打ち込みの音源、なんか機材トラブルとかで流せないんだよね」

「ガッデム!!!」

 

 神は死んだ!

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 さて、そもそも何故ハロハピのために奮闘しなければならないのかと本気で思い始めていた俺だったが、まぁこれも乗りかかった船。

 松原さんのあざと可愛い「ふえぇ...」と、お兄ちゃんのいつも以上に低い腰に勝てず、結局ライブには付き合うことになった。

 

「えーっと...? 右右下下上左上左で.....ホントに譜面出てきた...」

 

 さすがに今から全ての譜面を覚えるのは不可能だったので、ここはミッケルとかいうきぐるみの性能に頼る。

 俺の視界に楽譜がホログラムみたいな感じで投影され、気分はさながらモビルスーツの搭乗者だ。このきぐるみ本当にギミックが満載だし、多分ビームくらいなら撃てるだろ。

 

「ふふふ、関口くんもコナ〇コマンドを使いこなしてきたね...! これでまた一歩、一流のふわキャラに」

「近付いてません」

 

 どうにも奥沢さんのテンションがおかしい。ふわキャラ仲間ができて舞い上がってるんだろうか? なら残念。俺は絶対そっち側には行かないからな。

 

 漫才はこの辺にして、そろそろ本番の時間だ。

 今日の舞台はとある保育園。月に一回ハロハピが行っているという定期ライブ。

 ハロハピ、本当にいろんな施設で定期ライブやってるしゲリラライブもやっててマジですごい。ライブ経験ってだけならRoseliaにも負けてないんじゃないかな。

 

「みんなー! 久しぶりねー!」

 

 お嬢が笑顔で声を上げると、観客である園児達が割れんばかりの歓声を上げる。声変わりなんてしてるわけもなく、全員が全員めちゃくちゃに高い声だ。耳がキーンってした。

 

「うんっ、みんなすーっごく元気ねっ! それじゃあ早速行きましょう! 『えがおのオーケストラっ!』」

 

 声に合わせ、松原さんのカウントが始まる。

 まずは俺、シンセの出番だ。ピアノの音とは違い、少しだけエフェクトをかけた音色。それを、目前に流れる譜面を追って弾いていく。

 するとすぐにお嬢の歌が入り、そこからは俺もピアノに近い音に変えて演奏する。シンセで足りないところはお兄ちゃんが音源を流し、補っていた。

 つーかそれ、シンセだけ機材トラブルで流せないとかありえる? 今更だけどさ。ぜってー黒服さんの仕業だろ。

 

 まぁ始まってから文句を言っても仕方がない。

 今はハロハピのため、そして何より目の前の観客(子供たち)のために精一杯の演奏をしなければ。

 

 意外と意志通りに動く爪を使い鍵盤を叩いていると、いつもの如くお嬢がこちらに寄ってきた。バク転しながら。びっくりするからやめてほしいって何回言えばいいかな。

 

「つないだー手を、繋いでこー!」

 

 サビに入り、お嬢が(ミッケル)の左手を取った。

 

「え、ちょ」

「にこにこ顔、咲かせよう!」

 

 うっさい演奏させろ!!

 

 何故か瀬田先輩も寄ってきたし北沢も寄ってきた。そんでなんか知らんけど手を繋ぎはじめた。ばーか! 演奏しろお前ら!

 

 そんな俺たちを松原さんは苦笑いで、お兄ちゃんは淡々と足りない音を足しながら、園児たちはキラッキラした顔でキャッキャッしながら、それぞれ見てくる。いやまぁ、観客側が楽しいならそれでいいけどさぁ...!

 

 

 

「う〜んっ! みんな元気がた〜っくさんねっ! 次も笑顔で、元気にいきましょう! 『ハピネスっ! ハピィーマジカルっ♪』」

 

 二曲目。またしても(シンセ)から始まる曲だ。

 跳ねるように鍵盤の上で()を走らせ、軽快なテンポで弾く。

 

 ハロハピの曲は楽しいものが多い。観客にとってはもちろん、演者にとってもだ。

 なんだかんだ言って、俺も演奏を楽しんでいる節がある。まぁ苦悩もあるんだが、それはそれ。楽しい時は楽しい。

 慣れないきぐるみの体をテンポに合わせて左右に振り、軽く頭なんかも振ってみる。楽器弾いてる時は自然とこうなっちゃうけど、ハロハピのは明るい曲だからいつもより余計にるんっ♪て感じで体が動くんだよね。

 

 子供たちも楽しいらしく、もはやじっとはしていられない。

 ステージから降りて客席(保育園の教室)を駆け回るお嬢とともに、演者側とコミュニケーションを取りながら飛び跳ね、走り、笑顔の花を咲かせて回っている。

 

 これこそがハロハピの真髄、最大の魅力だ。

 演奏技術は、残念ながらそこまで高いわけじゃない。だが、そんなものは関係ないとばかりに音楽を楽しみ、笑顔を満たしていく。「世界を笑顔に」だなんていう夢物語も、彼女たちなら実現してしまうんじゃないかと、そう思えるほどの“笑顔”の波状攻撃。

 

 ああ、本当に──

 

「巻き込み癖さえなければなぁ」

 

 

「さぁ! もっとも〜っと笑顔になりましょう! 『キミがいなくちゃっ!』」

 

 またピアノからかコンチクショウ。

 しかもわりとマジの伴奏じゃんやっべぇ。指よく回ったな俺...。

 

 

 

 この後、『にこ×にこ=ハイパースマイルパワー!』のピアノソロを死ぬ気で弾ききった俺は、当然の如く追加された曲に翻弄され、そして真っ白に燃え尽きた。

 

 もう無理。あと一週間はキーボ触んなくていい。

 

「明日はあたしのおうちでライブよ! なんとか大統領? さんも来るの! 明日も楽しみましょうね、ミッケル!」

「嫌だ! 俺は故郷に帰らせてもらうッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか大統領、めちゃくちゃ日本語上手かったです。

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 なんとか大統領とSNSで繋がってしまってから数日後。

 

 十月も暮れ。

 ハロウィンを間近に控え、世間も少し浮き足立ってくる季節。

 高い空に浮かぶ白い粒状の雲を見上げつつ、俺は学校からの帰り道を歩いていた。

 あのうろこ雲、正式名称なんだったっけな。巻積雲とかだったっけ。

 

「あ゙〜...焼き芋食いてぇ」

 

 落ち葉でも集めて焚き火して、そこで芋焼きたい。風情だよなぁ。まあ今のご時世、無許可で焚き火なんかしたら通報されそうだけど。

 九州の田舎にあるじいちゃんの家に行けばできないこともないんだろうけど、ここ都内だしなぁ。

 

「おや? 仔犬くんじゃないか」

 

 妥協してスーパーで焼き芋買うか、などと考えていた俺に、そんな声がかけられた。

 

「あ、瀬田先輩。お疲れ様です」

「ふふ、お疲れ様。偶然だね、今帰りなのかい?」

「はい。ちょっとスーパーに寄ってから帰ろうかなと」

 

 振り返り、背景に薔薇のスタンドか何かを発動させながら近寄ってくる瀬田先輩に挨拶する。

 羽丘の貴公子にして、姫を守る王子にして、自称世界を彩る役者にして、怪盗ハローハッピーにして、ハロハピのギター担当にして、荒唐無稽の一人芝居者。もう訳が分からないよ。

 

「スーパーか...何か買い物でも?」

「ちょっと焼き芋でも買おうかと」

「焼き芋! いいじゃないか。あのホクホクとした食感。ミルクと一緒に口に含めば、口いっぱいに儚さが広がるハーモニー!」

「そういうことです」

 

 ちょっとよく分かんないけど、多分つまりそういうことさ。

 

「ふむ...仔犬くん、私もご一緒させてもらってもいいかな? 想像したら食べたくなってしまってね」

「いやまぁいいですけど...貴公子が焼き芋なんて食って、女子(信者)からイメージ崩れませんか」

「大丈夫さ。ここには君しかいないことだしね」

 

 壁に耳あり障子にメアリー。

 やつらの目はどこにあるのか分からない。まぁ俺には関係ないけど。

 瀬田先輩って普段から本能レベルのキャラ作りしてるけど、本当は雑煮が好きな人だからなぁ。焼き芋が好きでも不思議じゃない。

 

 そういや、焼き芋食べたらおならが出るとかいう話もあったな。なんだっけあれ、デンプンが消化されづらくて食べガス作りやすいとか、そんな感じだったっけ?

 アイドルもトイレに行く時代だが、王子はトイレに行かないらしい。ひまりがそう言ってた。

 そんな王子が放屁なんてした日には、瀬田信者たちはどうなっちゃうんだろうな。いやまあ、瀬田先輩だって人間だし、おならくらい普通にするだろうけど。

 

「私がトイレに行くのか気になるのかい? ふふ、いけない子だ」

「勝手に人の心読んだ上に変質者扱いみたいな発言するの止めてください、はっ倒しますよ」

「.....キミはたまに、とても強い言葉を使うね」

 

 お互い様だと思う。

 まあ、こうやってふざけられるのも、俺と先輩の仲が友好である証拠。さすがにあんまり親しくない人に向かって「はっ倒す」なんて言わない。

 

「では行こうか、仔犬くん。放課後デートだ、エスコートは任せておくれ」

 

 

 

 とまぁ、見知った商店街で俺が決めた目的地までの道のりを謎にエスコートされ、俺たちはスーパーに着いた。

 入口付近に置いてある石焼き芋を二つ取り、ついでに牛乳とコーヒーもカゴに入れて、会計を済ませる。

 

 退店してすぐ、あちあち言いながら芋の皮を剥く俺と先輩。黄金色をした綺麗な実が現れた。

 湯気と共に漂ってくる甘い香りに腹を刺激され、欲望を抑えることはせず、無言でかぶりつく。

 

 またもやあちあち言いつつ、瀬田先輩は牛乳を、これはコーヒーを流し込む。

 

「「うまぁあ.....!」」

 

 あまりにも至高がすぎた。嗜好の中の至高。やはり食欲の秋が大正義か。バターも買っときゃよかったな。マヨネーズはそんなに好きじゃない。お母さんと姉ちゃんはマヨネーズかける派だけど。

 

「舌で小踊るGood smell... 洗練されたるperfect harmony!」

 

 なんて?

 

 

 しかしまぁ、こうして瀬田先輩とならんで焼き芋を食う時が来るとは。想像もしてなかったな、マジで。

 焼き芋食って華々しいスタンドを発生させる瀬田先輩を横目で見て、やっぱり男よりイケメンだなと再確認する。焼き芋食ってる姿が映えるって何事よ。

 ファンになる女子たちの気持ちもよく分かる。下手な俳優よりイケメンな上に、全てのファンを労り気にかける気概の持ち主。

 手の届かない推しより、会えて喋れる神を信仰するのは必然の理。って牛込さんが言ってた。あの子、たまに豹変するよな〜。やっぱり牛込さんもポピパの一員なんだなって思う。

 

 うまうま言いながら焼き芋を食べ歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえてきた。柔らかく、心地の良い、とても綺麗な音色だ。

 

「おや、見てみなよ仔犬くん。路上ライブだ」

 

 瀬田先輩が指す方を見る。

 そこには小さな人集りと、電子ピアノ、キーボードを弾く一人の男の姿があった。同学年くらいに見える。キレ目の、とても整った顔だ。目に少しだけかかった艶やかな髪は、ちょっとだけ青みがかっている。染めてるのかな。

 風に揺れる髪の間から見える耳には、これでもかとばかりにピアスが付けられていた。バッチバチじゃん、かっけぇ。

 

「へぇ...上手いっすね」

「そうだね。とても奇麗だ」

 

 特に立ち止まることはなかったが、パッと聞いただけでもその実力は分かる。表現力が凄まじい。音の強弱はもちろん、運指が綺麗で正確だからか、いわゆる『粒』が揃っている。小川の流れのような、繊細な音色だ。

 弾いているのは、何かのクラシックだろうか。そっち方面は全然詳しくないから分かんないけど、どこかで聴いたことがあるような、ないような。どっかの店のBGMとかで聴いたのかな。

 

「ピアノかぁ。うちのバンドにも欲しいなぁ」

 

 俺にお嬢や香澄くらいのコミュ力があれば、蒼髪の彼に声をかけたかもしれない。知らんやつを突然自分のバンドに誘うとか、俺できねーよ。こういう時はお嬢や香澄のことを心底尊敬する。

 

「キミは弾かないのかい? 仔犬くん。随分と上手いじゃないか」

「いやぁ、俺はやっぱりギターの方が...」

 

 .....あれ?

 

「瀬田先輩、俺がピアノ弾けるって知ってたんすか?」

 

 俺がピアノを弾けることを知ってるのは、幼馴染連中と、カプリベルテの二人くらいだ。あいや、ポピパも知ってるかな。夏休みに俺の部屋に何回か入ってるし、俺がキーボードを持ってるくらいのことは知ってる。

 

 けど、瀬田先輩にそんな話をしたことはないし、部屋に入れた記憶もない。唯一見せた時だって、ミッケルとして弾いただけだし.....。

 

「...まさか先輩、ミッケルの正体────」

「いやぁ、ひまりちゃんから聞いてね。キミはピアノも上手いのだと。羨ましいよ、私はギターだけで手一杯だ」

 

 俺の言葉に被せるように...というのは、俺の考えすぎだろうか。

 焼き芋を最後まで食べきった先輩は、何事も無いような様子で俺の少し前を歩く。

 軽く振り向いた先輩の顔は、いつも通りキラキラに輝いていた。

 

 

 ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 世の中は儚いもので満ちている。

 青く高い空、彩り舞い散る落葉、肌を撫でる緩やかな風、焼き芋。

 今目に見えるものだけでさえ、数え切れず、そして計り知れない儚さが溢れている。

 

「...まさか先輩、ミッケルの正体────」

「いやぁ、ひまりちゃんから聞いてね。キミはピアノも上手いのだと。羨ましいよ、私はギターだけで手一杯だ」

 

 

 私はそれを愛で、尊び、守る存在でありたい。

 

 

「『天は自ら行動しない者に救いの手を差し伸べない』」

「? つまり?」

「そういうことさ」

「???????」

 

 ふっ、儚い(名言の引用に特に意味は無し)

 

「ほんと先輩、そういうののストックは尋常じゃないですよね」

「そういうの? ああ、シェイクスピアの言葉かい? 彼の詩集は常に持ち歩いているんだ。暇があれば読んでいるよ」

 

 いわゆる、私のバイブルというやつだ。

 

「シェイクスピアはいいよ、実に儚い」

「あ〜、うん。儚いっすね、儚い」

「.....キミはたまに、千聖のようになるね」

 

 私を雑に扱う子はほとんどいない。...というと、少し驕りが過ぎるかな? 私は別に他人より優れているわけではないからね。

 だが、新鮮な経験ではある。それに彼や千聖は、仲が親密だからこそ私を雑に扱うのだ。そう考えれば、うん。とても儚いじゃないか!

 

「シェイクスピアか〜...そっすねぇ。正直なところ、ちゃんと読んだことはないんですよね。あいや、ロミジュリの劇くらいは見たことありますけど」

「おや、そうなのかい? ではちょうど良い。実はここに、明後日公開される舞台のチケットがある。演目はハムレットだ。どうだい? 運命を感じるだろう」

「なんたる奇遇。まるで狙ったかのよう」

 

 疑わしげな瞳をぶつけてくるが、これは本当に偶然だ。

 千聖と一緒に、とパパから貰ったんだけれど、千聖はスケジュールが合わなかった。ハロハピの誰かか、演劇部の誰かを誘おうかとも思っていたけど、仔犬くんにシェイクスピアを知ってもらう良い機会だ。

 

「ふふ。それじゃあ明後日、時間を空けておいておくれ。迎えに行くよ、仔犬くん」

 

 

 

 

『運命は、最もふさわしい場所へとあなたの魂を運ぶのだ』。

 運命という方舟に乗り、私は進もう。

 ハロハピと共に、どこまでも。

 幼馴染を乗せ、どこまでも。

 そして彼と並び、どこまでも。

 

 私の旅路は終わらない。世界が私を呼んでいる。私を必要としている子猫ちゃんがいる限り、私の旅路はまだまだ終わらないのだ。

 

「方舟を押す風は、もう吹いているのだから」

「ちょ、瀬田先輩黙って。もうすぐ開演なんだから。俺まで変な目で見られるでしょ」

 

 嗚呼っ! なんて儚いんだっ!!!

 

 

 

 

専門用語とかマイナーすぎるバンド名とかについて。

  • 伏字で出されても分かんねぇわ!辞めろ!
  • 好きにやってええんやで(菩薩)
  • 全然分かるけど辞めな
  • 分かるからそのまま続けて、どうぞ。
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