ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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メリークリスマス!!!!!!(大嘘)


聖なる夜に何を成す

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス。朝の十時頃。

 昨日は疲れ切って帰宅後即就寝。九時頃に姉ちゃんが出ていく音で一瞬目が覚めたが、眠気に負けてそのまま魅惑の二度寝を決め込んでいたところに、インターホンが鼓膜を刺激する。

 

「んぁ.....はい.....」

 

 布団というある種の魔窟からなんとか這い出て、はっきりしない意識の中でよたよたと歩き、玄関を開ける。

 うちの玄関は北側にあるので太陽の光が差し込むことはないが、それでも寝起きの眼に流れ込む太陽の光がとても眩しい。つーかめちゃくちゃいい天気だな今日。

 

 眠気眼が太陽の光に順応するのに一秒程。なんとか目を細めてインターホンを鳴らした人物を視界に収める。

 

「おっはよー、海! いい天気だね!」

「.....ああ、ひまりか。はよ」

 

 目の前には、昨日の今日だというのにめちゃくちゃに元気なピンクの姿が。ひまりが軽く動くたびに動くものを見てしまい、少しだけ眠気が覚める。意識もだんだんはっきりしてきた。別のものもはっきりしちゃうわ気をしっかり持て俺。

 スッと視線を外し、なんとか起床を避けようとする。

 そんな俺をどういうわけか上目遣いで見てくる諸悪の根源は、呆れたように嘆息した。

 ついでに揺れた。何がとは言わんが揺れた。あとカバンの紐がスラッシュしてやがる。あれほど体にフィットするセーターは着るなと...いや、別に声には出してないな。毎度心の中で思ってただけか。

 

「海〜、さては今起きたでしょ」

「起きてない。いや決して、まだ起きてはない」

「何言ってんの? 起きてるじゃん」

 

 起きてないもん(鋼の意志)

 ダメだ、疲れてるな俺。

 一度深呼吸し、朝の冷たい空気を肺に送り込む。

 うん、大丈夫。だいぶスッキリしてきた。いやそっちの意味じゃなく。

 

「すまん、今起きた」

「やっぱり〜! 十時には家に行くからねって昨日言ったじゃん!」

「ごめんて。疲れてたんだよ」

 

 実際、徹夜明けからのライブからの打ち上げ(三次会まであった)は体にくる。若さだけじゃ乗り越えられない限界があった。

 

「つーかひまり、お前よく朝から起きれたな。昨日はお嬢にあれだけ振り回されたのに」

「被害に遭ってたの海だけだし。よく分かんないロボットに乗せられて空飛んでた時は夢でも見てるのかと思った」

 

 ロボット(ソリ型飛行機械)

 きっとライブでガン〇ムネタをやったことが災いしたんだろうなぁ。目をキラッキラさせて「やってみせろよ、マ〇ティー! ガン〇ムだとっ!? キャッキャッ」とか言ってたし。モビ〇スーツじゃねぇよソリだよ(プチキレ)

 まぁお嬢におもちゃにされるのはいつものことだ。慣れてる。疲労は溜まるけど。体は正直ナノ。

 

「あー...ちょっと準備すっから。ひまりリビングで待ってて」

「はーい! あ、紅茶飲む?」

「あ、じゃあ頼む。種類は...」

「アールグレイだよね!」

「ん」

 

 分かってるよねぇ。俺の趣味をねぇ。

 関口家に来ることも多いひまりは、うちのキッチンの配置くらいはほんのり覚えているらしい。聞けば、うちの食材等を触る許しも姉ちゃんから出ているとかなんとか。ティーパックの置き場も知っているし、俺の好みも知っている。さすが幼馴染み、と言うべきか。伊達に長く一緒にいるわけではない。

 

 ひまりを家に上げ、リビングに行くのを見送り、俺は自室に戻る。

 今日どこに行くのかは知らないが、外は年末にしては温かな気温だ。脱ぎ着して調節できる服装がベターだろう。

 

 黒のスキニーに足を通し、上は極暖のヒー〇テックに黒のハイネック。その上にまた黒のパーカーを着る。外に出る時はこれまた黒のライダースジャケットを着る。暑けりゃパーカーを脱いでも別におかしくはない格好。にしても見事にまっくろくろすけだ。だが黒は至高。反論は認める。

 それと、誕生日にひまりから貰ったネックレスを付けて完成だ。パーカーに隠れて見えなくなるが、脱げば見える、

 このネックレス、マジでお気に入りなので風呂と寝る時以外はほぼ常時付けてる。学校では制服の下に隠してるけど、これから温かくなって制服が薄着になってきたらバレそうだ。対策を考えなければ。氷川さんにポテト渡せば見逃してくれないかな。

 

 一度鏡で全身をチェックし、特におかしいところもなかったので部屋を出る。

 リビングに行く前に洗面台に寄って顔を洗い、うがいもしておく。髪は...別に固めなくてもいいだろ。一応櫛だけ通し、寝癖が無いことを確認してからリビングへ向かった。

 

「お待たせさん」

 

 リビングの扉を開け、入る。

 すると、何やらいい匂いが鼻腔を擽った。

 紅茶じゃないな、これ。めちゃくちゃ嗅ぎ覚えはあるけどなんだろ。

 

「あ、ちょーど良かった! 朝ごはんも軽く作ったから食べて食べて〜」

 

 喉まで出かけた匂いの正体が分からずにモヤモヤしていると、キッチンからひまりが顔を出した。

 その手に持っているものは、スクランブルエッグと焼きベーコン。あとプチトマト。嗅ぎ覚えがあったのは焼きベーコンの香ばしい匂いだ。なんかスッキリした。起きてまだ三十分経ってないのにスッキリしすぎだろ、ニュースか?

 

「悪いな、朝メシ作ってもらって」

「いいよ〜! 希さんから卵の消費期限近いから使い切っちゃってって言われてたし」

「俺より関口家の人間してるなぁ」

 

 そもそも冷蔵庫に卵があったことすら知らなかったわ。

 何やらルンルンとエッグたちおかずの乗った皿を机に置き、キッチンに戻って米をよそうひまり。

 白のセーターに赤チェックの膝より少し高いスカート。その上にエプロンを付けている姿は、何となくクるものがある。いやダメだな、まだ疲れてるのかもしれん。幼馴染にこれ以上男心動かされてたまるか。

 

 机に用意されていた紅茶を一口飲み、一旦落ち着く。

 よくよく考えてみれば、女子のエプロン姿なんて見慣れたもんだ。姉ちゃんとか、あと.....姉ちゃんとか。いや女子じゃないかもしれんが。

 

(ブッ転がすぞ)

(ヒェッ…)

 

 何今の寒気、殺気!?

 なんか幻聴も聞こえてきたし...やっぱり疲れてんのかな俺。

 

 まぁ姉ちゃん以外でも、同級生のなら家庭科実習とかで小中高と何度か見ている。そう考えると、別に幼馴染のエプロン姿がなんだこのやろーという感じだ。うん、大丈夫大丈夫。

 

「はいっ、お米もどーぞっ!」

「なんだァ? テメェ...」

「なんで!?」

 

 なんでもないよ(精神統一)

 ひとまずお礼を言い、用意された朝食の前に腰を下ろす。

 

「あれ、ひまりの分は?」

「家で食べてきた!」

「なる。んじゃ失礼して」

 

 いただきますと合掌し、とりあえずプチトマトを口に放り込む。この酸味と甘みが素晴らしい。世の中にはトマトが嫌いな人も多いらしいが、なんともったいない。好き嫌いはダメだぞ。農家の人に土下座しろ。

 あ、セロリ添えてある。どけとこ(好き嫌い)

 

「それで? 今日はどこ行くん」

 

 ベーコンをうまうま齧って米をかっこむ。

 ベーコンはパンにも米にも、そしてパスタにも合い、安い速い美味いと三拍子揃った優れものだ。うんまい。

 

「とりあえずスカイツリー! すみだ水族館行って、お昼はソラマチでご飯食べよ〜!」

「なるほどな」

 

 まぁ妥当なんじゃないか?

 水族館はデートスポットだしちょいとバーサーカるかもしれないが、ペンギンでも見とけば気持ちも収まるだろ。あそこのペンギン、ファンサめちゃくちゃいいし。

 それにソラマチをふらつくってことは、水族館を出てからもすぐに室内に入れる。スカイツリーはただ高いだけの鉄塔じゃない。めちゃくちゃ施設が充実した観光地だ。最悪、そこにいるだけで一日が潰せるかもしれない。

 

「お昼食べたら、次は浅草! 食べ歩きするの!」

 

 昼飯食べた後にまた食べるのか(唖然)

 浅草は寒いしこれまたカップル共がウロついてる場所だが、まぁお台場とかよりはマシだろう。

 

「お参りして〜、そして次は上野公園! 上野の森パークサイドカフェっていうところのりんごのタルトが絶品らしいんだよ!」

 

 まだ食べるのか(困惑)

 ま、まぁ上野公園は大丈夫だ。あそこはカップルっていうより家族連れが多いし、バサカる心配もない。だが寒い。どうにかならんのか(四季)

 美術館とかなら暖房も効いてるしいいんだろうけど、俺もひまりも、小中学校の遠足で三回は上野公園の美術館や博物館に行っている。個人的に行った回数も含めれば二桁はいくだろう。なんなら夏くらいにRoseliaのメンバーと動物園行くついでにも行ってるしなぁ。

 今は特別展もないし、正直あまり唆られはしない。りんごのタルトとやらを食ったら退散して良いだろう。つーか腹に入るかな、タルト。

 

「その次はアメ横で食べ歩きして〜、そのまま東京駅の方まで行って晩ご飯食べちゃおっ!」

 

 勘弁してくれ(満腹)

 いや食べ過ぎだろ。どう考えてもオーバーフードだわ。吐くぞ。街中で。

 ひまりの胃袋は底無しか? 別腹が五タンクくらいありそうだな。いや少なくとも二つは目に見えたタンクがあるわけだが。

 それにしてもよ。ほとんど、つーか最初以外食べてしかいねぇじゃねぇか。水族館の健全さを見習え。初心を忘れるな。

 

「む、ちょっと嫌そう...あんまり良くない? このプラン」

 

 考えが顔に出ていたのか、ひまりがちょっと悲しそうな顔で見てくる。

 ヤメろ、そんな顔しても無理なもんは無理だぞ。胃袋ってもんには限界があるんだ。

 

「いや、なんつーかちょっと無理があるというか」

「無理? あ、移動時間とかの話? だいじょーぶ! 電車使えば間に合うって、昨日すっごく計算したんだから!」

 

 すっごく計算したのか。

 できてないじゃないか!(胃袋のキャパ的な計算)

 

「あの、そうではなく」

「違うの? あ、もしかしてお金の心配? ふっふっふー、安心してよ海! 今日はなんと、お母さんがたくさんお小遣いくれたんだよ!」

 

 違う(違う)

 いやまぁ確かに金の心配もある。そんだけ食べ歩いた後に東京駅周辺で飯を食おうってんだ。さすがに高校生の身分でべらぼうに高い店には入らないだろうが、それでも安い店もないだろう。...え、あるのかな? 東京駅ってすっげぇ敷居高いイメージなんだけど。丸の内OLがブランドで身を固めて跋扈してる大人()の世界ってイメージなんだけど。

 単車買ったから、今は俺も懐に余裕があるわけでもないし、あんまり高いところは勘弁してほしい。

 

「さらに! おじいちゃんにお願いしてお小遣い倍プッシュ! ふふん、今の私は小金持ちなのですよ。どやぁ」

 

 自分でどやぁって言うのがかわいいと思った(小並感)

 おじいちゃんってのは基本孫に甘いもんだからな。いや、うちのじいちゃんはお願いしただけじゃ小遣いなんてくれないけど。将棋か囲碁で勝たなきゃお年玉もくれないからな。なんだよ、「幼き頃より勝負の世界を知るがよい。勝者全取り、敗者に慈悲なし」て。どこの覇王だ。

 

 それにしてもいい笑顔をしやがる。

 これはダメだ、行きたくないとは言えない(脆弱の意志)

 

「...分かった。俺も覚悟を決めよう。幼馴染みの笑顔を守れるのなら、死くらいどうってことないさ」

「何言ってんの?」

 

 いざいかん、暴食の彼方へ。

 とりあえず姉ちゃんの胃薬いくつかくすねてこ。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 電車に揺られること三十分と少し。

 修羅道の前にあるオアシス、すみだ水族館に入館した。

 

「ほえー。クラゲの特設コーナーなんて出来たんだなぁ」

 

 入ってすぐ、前に来た時にはなかったクラゲの展示を眺めていた。

 クラゲといえば松原さんだなぁ、と連想していると、ひまりに脇腹を殴られる。

 

「んだよ」

 

 脇腹パンチは蘭にやられすぎて慣れているのか、あまり痛くは感じない。いや、慣れてるのも嫌だな。

 それでも痛がっている風に殴られた部分をさすってみせる。

 ひまりはとても不服そうに俺を睨み上げていた。こいつ、ちょっと蘭に似てきたな。悪い傾向だ。早く矯正しなければ。

 

「今、花音先輩のこと考えてたでしょ」

「まあ、クラゲつったら松原さんだろ」

「む〜!」

 

 素直に答えたら、今度はポカポカと連打してきた。

 最近加減の無くなってきた蘭の鋭い拳には及ばないが、叩かれていい気分はしない。そっちの道は未開拓だし、開拓する予定もないのだ。

 

「やめろやめろ」

「む!」

「人語を話せ」

 

 いい加減周りの目も気になる。水族館は比較的静かな空間だ。些細な喋り声ならいざ知らず、むーむーと唸り男を殴打する女など、悪目立ちしないわけがない。

 

「ほらひまり、機嫌直せって。行くぞ」

 

 ポカられていたひまりの手を取り、そそくさと順路に沿って移動する。

 もう少しゆっくり見たかったが、クラゲ展はお預けだ。

 

 手を握った瞬間なぜか大人しくなったひまりと歩き、続いて見えてくるのは大水槽の上層部だ。

 この水族館で一番大きいこの水槽は、縦に長い。そのため、二階と一階の両方から見ることができる。

 二階の部分からはエイなどの大型が回遊している姿がよく見える。

 近くにソファもあるが、そちらには座らずに水槽の近くで泳ぐ魚たちを眺めた。

 

「俺、エイって好きなんだよな」

「分かる! かわいいよね」

 

 完全に機嫌の直ったひまりが同意してきた。

 何が原因で機嫌が良くなったのかは知らないが、悪いより断然マシだ。ここは深くは突っ込まず、この流れに任せるべきだろう。

 

「ああ。あのマヌケな顔がなんとも」

「お腹のとこのって顔じゃないんだよ。知らないの?」

「そんくらい知ってるわい!」

 

 キャッキャと笑うひまりは、先程とは打って変わってとても楽しそうに見える。

 本当に、コロコロと表情を変えるやつだ。

 それを面倒だなと思うことも、まぁ確かにある。機嫌が良い時はいいが、悪い時には(なだ)めるのにそれなりの労力を使うからな。

 

 けど、それを差し引いても、ひまりといるのは楽しいと感じる。

 悪く言えば面倒だが、良く言えば、ひまりといると飽きない。

 それに、ひまりのそんな性格に救われたことだって少なくはなかった。

 

「? どうしたの海、黙ってちゃって。あ、もしかしてバカにしたの怒った?」

「バカにした自覚はあるのか」

 

 自慢ではないが、俺は友達を作るのが下手だと思う。

 好きなもの...例えば音楽とか本とか、そういうもので繋がった人となら、好きなものについて話しておけば大概打ち解けることができるからいいんだが、そうではない初対面の人は少し苦手だ。

 現に、今の高校だって、バンド関連で絡んでる奴ら以外の友達はほとんどいない。もしいたんなら、普段から遊んでる。いないから、ひまりたちやポピパなど、ガールズバンド連中と遊んでいるわけで。

 

 須田や五十嵐にしても、最初に声をかけてきたのはあっちだ。

 入学式の日、もしも須田に話しかけられていなかったら。きっと、Capliberte(カプリベルテ)も結成していなかっただろう。

 

 

 そんな俺の、全ての始まり。

 小学校一年生の頃、みんなと何を話せばいいのかと思い悩み、自分の机で呆けながら、仲良さげにおしゃべりするクラスメイトを眺めていた俺に、ひまりは話しかけてきた。

 それがなければ、蘭たちと仲良くなることもなかったはずだ。蘭とは特に。

 

 

「まあ、なんだ。ひまりは今日も元気だなって」

「そう? まぁ楽しいからね!」

 

 薄暗い水族館内でも分かるくらい、ひまりは本当に楽しそうに笑っていた。

 その笑顔を見ると、こちらの顔まで弛んでくるから不思議だ。

 

 外は寒いし、クリスマスってことでカップルもアホほどいるし、正直あまり乗り気ではなかったが───

 

 

「そうかい。俺も楽しいよ」

 

 

 ──来て良かったと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 時間は過ぎ、今はもう夜の七時頃。

 

 ひまりの立てた予定通りに進んできた俺たちは今、東京駅にいた。

 

「あ、ラーメンストリートだって! ここ気になってたんだよね〜!」

 

 ひまりは相も変わらずはしゃいでいる。

 目をキラキラ輝かせてラーメン屋を見るひまりとは対照的に、俺は淀んだ目でラーメン屋を見上げ...そして、込み上げてくる吐き気と必死に戦っていた。

 

 

 水族館を出た後。俺は、来たことを軽く後悔するほど、めちゃくちゃ食べさせられた。

 食べすぎて限界を超えるとお腹痛くなるんだって、俺初めて知ったよ。食べ歩き(暴食ツアー)怖い。

 

 というかひまりはなんであんな元気なん?

 

「海はとんこつ好きだよね! この俺〇純ってお店、とんこつだって! ここにする?」

 

 ええぃ、ひまりの胃袋は化け物か!

 つーか殺す気か!? 俺見るからに苦しそうにしてるだろ、勘弁しろ!!

 

「ひまり...俺ちょっと無理、どっかで休んでくる...」

 

 喚き散らす元気もなく、というか大声を出したら絶対に吐くと確信し、呻くように言う。

 

「え!? ちょ、大丈夫!?」

「だいじょばん......」

 

 

 ここでようやく俺が不調なことに気付いたのか、焦ったようにひまりが駆け寄ってきた。

 おいやめろ、背中さするなマジで。吐くぞ(脅迫)

 

 込み上げてくるものをギリギリのところで塞き止めていると、ひまりが背中をさするのを止め、どこかへ駆けて行ってしまった。

 どこに行ったかは分からない。それを確認する余裕もない。今はじっとしてなきゃマジで吐く。

 

 

 ゆっくりと、そして深く、深呼吸をする。

 三回、四回と深呼吸をしていると、心做しか楽になってきた気がした。

 まだ立ち上がって歩き回るのは危ないかもしれない。そう思い、首を回すだけに留め、ひまりの姿を探す。

 あのやろう、俺を置いてどこ行きやがった。

 

「海〜!」

 

 少し恨みがまじく視線をうろちょろさせていると、ひまりが駆け足でこちらに向かってきているのが目に入った。

 その手にはペットボトルとビニール袋が握られている。

 

「これ、水と袋! 水飲んで、吐きそうだったらこの袋使って!」

 

 近くまできたひまりは、そう言い、水の入ったペットボトルと、某大手コンビニエンスストアのレジ袋を差し出してくる。

 ありがたいが、さすがに駅中で、しかも親しい女子の前で吐くのは俺の沽券に関わってくる。できるだけ吐きたくはない。

 

 一応どちらも受け取りつつ、絶対に吐かないぞという強い意志を持って、再び深呼吸をしてみた。

 

「ありがと。ちょっと楽になってきたから大丈夫」

「ほんと? 吐きたい時は吐いちゃった方が楽だってお父さんも言ってたから、無理して我慢しないでね?」

 

 それ多分二日酔いの時とかの話だな。姉ちゃんもそんなこと言ってしょっちゅう吐いてる。

 

 俺のことを本気で心配してくれているのだろう。大丈夫だっつってんのに、ひまりは俺の背中を優しく摩ってくれている。

 ありがた迷惑とはまた少し違うが、勘弁して欲しい。俺は吐きたくないんだ。

 

 ...あまって。吐きそう。本当に吐きそう。すとっぷ。ひまりすとっぷ。

 

「...おえ...」

 

 塞き止められていたダムが決壊し、中の物が吹き出すように逆流してきた。

 なんとかビニール袋を口元にやり、床にぶち撒けることだけは回避する。

 消化しきっていないあれやこれやが胃液と共にビニール袋の中に貯まっていった。自分のモノとはいえ気持ち悪いな。

 

「よしよし、いっぱい出せたね」

 

 バブみを感じる(瀕死)

 やめろ。ママ感を出してくるな。オギャりたくなるだろ。

 それと言葉のチョイスに気を付けろ。変な性癖に目覚めたらどうしてくれる。責任取れんのか? あ?(錯乱)

 

 

 

 

 この後、ラーメンは食べずに、ひまりに送ってもらって家まで帰った。

 

「じゃあね、海。ちゃんと胃薬飲むんだよ」

 

 去り際まで保護者(ママ)だったひまりに生気のない声で「うん」とだけ返事をし、風呂にも入らず布団に潜り込む。

 

 

 もうお婿に行けない。

 人生十六回目になる聖なる夜、枕を濡らして夜が明けた。

 

 

 

 

 

 




「クリスマスまでには投稿したい」とか言ってたくせにもうバレンタインすら終わってしまったという怠惰作者。何をやってんだ俺は。
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