ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。 作:怜哉
「くぁ……」
欠伸とともに、冷たい空気が肺一杯に広がる。
冬。快晴。朝の通学路。
「あー…さみ」
痛いくらいの冷たい空気が頬を撫でた。
とはいえ、そこまで嫌悪感はない。むしろ身が引き締まり、気持ちがいいまである。
冬は寒いので嫌いだが、よく晴れた冬の朝はそこそこ好きだ。
冬はつとめて、とも言うしな。
大都会・東京の汚れきったきったねぇ空気でも、冬の朝なら少しは澄んでいる気がする。
それに今日は、すこぶる気分が良い。
疲れがあるし、体は本当に辛いが、それよりも。
「昨日のライブ、ほんと気持ち良かったなぁ」
昨日の余韻が、一晩経った今でも抜けきらない。
人生で最高と言っても過言ではない時間だった。
自分のやりたい音楽を、同じ価値観を持つ人々の前で、好きなように表現する。
本当に最高だ。
場を用意してくれたまりなさんには感謝だな。
「あ、海くんだ! おはよ〜!」
一人で勝手に悦に浸っていると、後ろから大きな声をかけられた。
朝っぱらからこんなデケー声をかけてくる奴ってのは限られてくる。お嬢か香澄だ。
ワンチャンひまりってパターンもあるが、登校中はないな。道が違うし。
そんでくん付けってことは、十中八九香澄だ。
フッ、朝から推理が冴えてるな。いや声で分かることではあるんだが。
振り返れば、俺の名推理(笑)通り、ギターを背負った香澄が満面の笑みで駆けてきていた。
「はよ」
香澄の後ろにはポピパの面々、そして須田の姿もあった。
各々と挨拶を交わすも、なにやらおたえの様子がおかしい。
どこか不機嫌そうというか、挨拶も返してこないしこっちを見ようともしない。
「おい、おたえ」
「つーん」
この調子である。
つーん、なんて言うくらいだから本気で機嫌が悪いってわけじゃないんだろうが、何かしらが気に食わないのだろう。
なんだろ、朝から俺と会ったから、とか言われたらさすがに泣いちゃうぞ?
「山吹さん、おたえのやつどうしたの」
「あー...あはは。いやまぁ、昨日ちょっとね」
「昨日? ...え何、俺が悪いの?」
「うーん…まぁ、悪いっちゃ悪い? 感じ?」
まじ?
心当たりとか一つもないんだけど。
「おたえ。俺が何したってんだ」
「つーん」
「あれか? 帰りにお前らに挨拶せずに帰ったことか?」
「違うよ。つーん」
なんだこいつ。
あまりの面倒くささに辟易していると、市ヶ谷さんが呆れたように言ってくる。
「おたえのやつ、昨日のライブでお前がゆりさん誘ったのが不服なんだよ」
「は?」
「違うよ。ゆりさんを誘ったことじゃなくて、私を誘ってくれなかったのが嫌だったの。つーん」
「は?」
「同じ意味だろそれは。つーわけで、関口はそんなに悪くねぇよ」
そんなに、なのか。
全面的に悪くない気がするけど。
ふぅむ...何が悪かったのかは一切分からんが...あれか? 友達に遊び誘って貰えなくて悲しい、みたいなやつか? それならまぁ、分からないでもないか。アフグロ全員で遊んでんのに俺だけ誘われなかったらちょっと悲しいような気がしないでもないしな。
まあ何にせよ、とりあえず謝っておこう。こういうのはこっちが折れないといつまでも好転しないからな。十数年もの間、姉ちゃんの相手をし続けて学んだことだ。
「あー...悪かったよおたえ。次やる時はお前誘うから」
「絶対だからね。約束」
「え? あ、おう」
なんか圧があるな。
まぁおたえなら全然
「え、おたえちゃん入れてライブやんの?」
牛込さんと話してた須田が、こっちの話に首を突っ込んでくる。
「ああ。そうなった」
「そうなったのだった。ぶい」
ぶい、じゃねーわ。楽しそうだなお前。
ひまりもそうだが、女子ってのはどうしてこう機嫌がコロコロ変わるんだろうか。難しすぎるんだが。
「いーじゃんいーじゃん! 何やる〜? つーか次のライブいつやる? 来週?」
「なわけないだろ。落ち着け」
こいつ、感覚が狂ってきてやがるな。
普通そんな短いスパンでライブなんかやんねぇんだよ。せめて一ヶ月は空けろ。
だが、今はその一ヶ月後ですらライブの予定がない。
まぁどうせ間近になってからまりなさんに出演依頼を受けるんだろうけど。『来週ライブがあるんだけど、出演予定だったバンドが一組出演できなくなっちゃって。Capliberte、出演できない?』とかな。ははっ(建築)
Prrrr…
ん? 電話?
俺のスマホだな。
「はい、もしもし」
『あ、もしもし海くん? おはよ〜。えっとね? 来週開催するライブに出演予定だったバンドが一組、インフルエンザで出演できなくなっちゃって。急で申し訳ないんだけど、Capliberte、出られない?』
学べよ、関口海。
言霊は存在するってことをよぉ…(回収)
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
例の如く突然舞い込んだライブ出演依頼。
いつもなら断る(断れた実績は無し)ところだが、今回ばかりは都合がいい。
昼休み。
須田と五十嵐、そしておたえが俺の机に集まってきて、緊急会議が開かれる。
「来週のライブに出ます」
「「「おお〜〜」」」
何の感嘆だお前ら?
まぁいいや。
「まーたまりなさん経由の急な出演依頼だけど、まぁなんとかなんだろ。な?」
「毎回言うけど、曲による」
そう言いつつも毎回完璧にこなしてくる五十嵐、好きだよ(告白)
「何やる〜? ベビ〇タ?」
「テメェは俺らを殺す気か」
気軽そうに毎回エグいこといってくる須田、怖いよ(ガチ引き)
まぁベビ〇タはやりたいので次の機会ってことで。シンセも連れてこなきゃだからな。今回は間に合わん。
やるなら白金さんと友希那さん連れて来ようぜ。メギ〇ネとかギ〇チョコやりたい。
ギミチョコやるなら丸山さんとかにも声かけてみっか。大所帯だな。
「んじゃ関口は何がいいんだよ」
「俺? んー…フーファ〇ターズとか?」
「あ〜〜『水』だァァァ〜〜〜〜〜来たァァ───!!! チュルチュルヂュル〜〜ッ!」
「お、おたえちゃん!? おい関口! おたえちゃんが壊れたぞ!」
「この『水たまり』はもう全てわたしなのだァァァ!!!」
「関口!?」
「諦めろ須田。こいつらは理解できる奴らじゃあないんだ」
まったく、おたえは最高だぜ!
「まぁそれはともかく、スタンドじゃなくてバンドな。バンドのフーファ〇ターズ」
「びっくりするから突然正気に戻るのやめろお前」
五十嵐の冷めた目が痛い。
でも(ふざけるのは)やめられないとまらない。だってロックンローラーだもの。テキトーにラリってる方が人生楽しいよ、いやホントに。お嬢みたいなのはちょっとやり過ぎだけど。
「はい。コピーなら私、A〇/DCやりたい。ランドセル背負ってギター弾く」
「おいおいおたえ、ブレザーと半ズボンも忘れんなよ?」
「もうホント怖ぇよこいつら」
須田に本気で怖がられたでござる。解せぬ。お前の方が怖ぇよ(才能的な意味で)
まぁ、モカ然り日菜さん然り、天才はいるからな。悔しいけど(トウカ〇テイオー)
それに比べ、狂人はそうそう見ない。本当はたくさんいるんだけど、みんな正常なフリをしてるからな。そういう点でオープンクレイジーな俺やおたえは目立つんだろう。
お嬢? アレは次元が違うから。
香澄? あいつは…そうだな、あいつは
つーか須田。「大きい音しゅきなのぉおおお!!」とか言ってるお前も十分“こっち側”だからな? 分かってんのか?
「話が進まん。とりあえずなんだ、フーファ〇ターズとA〇/DCを一曲ずつ、それとサ〇サイを一曲やる。これでいいな?」
デカめのため息をついた五十嵐がテキトーにまとめに入る。
うぅむ、さすがにふざけ過ぎたかもしれない。そろそろ真面目にやるか。
「そうだな。俺らの持ち時間、転換込みで二十五分らしいし、三曲でちょうどいいだろ。俺はThe Pret〇nderがやりたい。FFの方な」
「ファイナ〇ファンタジー?」
「フーファ〇ターズ」
須田さんよぉ。こっちが真面目にやろうって時になんでお前がボケ始めるんだ。空気読めや(棚上げ)
「んー…やりたいのはたくさんあるけど、私はやっぱりBa〇k In Blackかな。伝説、海たちと
お、なんだなんだ。そこはかとなく嬉しいことを言ってくれてないか?
よろしい、ではやろう。
「そんじゃあその二曲は確定で。それでサ〇サイはどうする?」
またサイ〇イやるのか。
なんで?(困惑)
まぁやるけど(楽しい)
つかそろそろ公式から連絡きそうだな。お叱り系のやつが。
「おたえもやるか? サイ〇イのコピー」
「うん、やろうかな」
「歌うか?」
「ううん、海が歌うのが正解だと思う」
不正解なんだよなぁ。
なぜ女子がいるのに女子が歌わないのか、これがワカラナイ。
でもまぁいいか。ちょっとやってみたいこともある。
そんなこんなで、とりあえずやる曲は決まった。
ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、英語教諭が教室に入ってくる。
ライブはライブ、勉学は勉学。
曲がりなりにも俺らは学生、勉強が本分だ。授業はちゃんと受けなきゃな。
オラ香澄。まだ授業始まってもないのに机に突っ伏して寝る準備始めんな。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
放課後。
眠い眠い古文の授業をなんとか切り抜け、少しばかり清々しい気持ちで帰り支度を済ます。
今日は三時間だけバイトをして、そこからは自由。さっさと帰ってギター弾かなきゃ。スタジオに入るのは明日だ。
「そーいやお前ら、バイトとかしてんの?」
上履きから靴に履き替えながら、隣にいる須田と五十嵐に聞いてみた。
「俺はやってないな〜。家の手伝いくらい?」
「須田ん
「飲み屋」
須田の高いコミュ力の根源が見えたな…
「五十嵐は?」
「俺はやってるぞ、バイト。トレーニングジムの受付」
「トレーナーじゃないのか」
「そっちもたまに。けどまぁ、俺じゃまだ知識が足りねぇからなぁ」
五十嵐のデカい筋肉の真髄を見た。
てかいつバイトしてんだこいつ? いっつも俺らとバンドしてるか澤田さんとデートしてるかだってのに。
「関口だっていつも俺らといるか女の子侍らせて遊んでるかだろ。お互い様だ」
「侍らせてはないんだよなぁ」
テメェに分かるかよ。目が覚めたら「知らない天井だ...」ってなるあの時の気持ちがよ。
ずいぶん長いこと一緒にいるのに案外知らなかった友人のバイト事情を知りながら、正門に向かって歩く。
と、正門の陰から、何やら小さな影が飛び出してきた。
「Hey! やっと来たわね、Capliberte!」
ここらじゃ見慣れぬ制服を着た、ネコミミ型のヘッドフォンを堂々と頭に引っ付けている女の子。
昨日声を掛けてきた自称・音楽プロデューサー、チュチュちゃんだった。
「チュチュちゃん? 昨日ぶり〜、どしたの急に」
「“ちゃん”って付けないで!」
手を振りにこやかに笑う須田と、それに反抗するように毛を逆立たせて威嚇するチュチュちゃん。うーん、思春期の兄弟感があるなぁ。
「まぁまぁそんなに怒んないでチュチュちゃん。ほら、カルパスいる?」
「チュチュちゃんゆーうーなー!!」
怒りつつもカルパスは貰うのか。かわいいなこの子。つーか須田はなんでカルパスなんか持ってんの?
「そんで? ホントに何しにきたの、チュチュちゃん。こんな他校の前にまで」
「貴方までちゃん付け…! ふん、まぁいいわ。話が進まないし、今日だけは大目に見てあげる。今日だけだからね!」
「分かったよ、チュチュちゃん」
次からも絶対ちゃん付けで呼んでやろ(芽生える嗜虐心)
「私が来たのはほかでもないわ。Capliberte! 貴方たちに昨日の答えを聞きにきたのよ!」
偉そうにふんぞり返るチュチュちゃん、子供臭くてかわいい。
にしても昨日の返事──ガールズバンド時代を終わらせるために俺らをプロデュースしてやる、だったな。
「それなら昨日断ったはずだけど」
「But! 昨日渡した音源。それを聴いてから考えて、と私は言ったわ」
「あー、これな」
言いながら、俺はカバンからネコ型のUSBメモリを取り出す。
てかこの子、ほんとネコが好きだな。友希那さんと気が合うんじゃないか?
ま、趣味の話は置いといて。
本題は
「聴いたよ。昨日、三人で。いや、本当に凄かった。正直圧倒された」
二人に同意を求める目線を向けると、しっかりと頷いていた。
それを見たチュチュちゃんは、非常に満足そうに、ニンマリと笑う。
「そう。なら───」
「だが断るッ!!」
「ピャッ!? い、いきなり大きな声を出さないで!」
ごめんね(素直)
「というか今あなた、断るって言った…?」
「ん? ああ、うん」
チュチュちゃんの才能は本物だ。音楽プロデューサーを名乗るのも頷ける。というか、今まで無名だったのが不思議なレベルだった。
だが、それとこれとは話が別。
「Why!? どうして!? 私の音楽は最強よ! 絶対に売れる!」
「そこだよ」
「What!?」
そのルー大柴みたいな話し方、どうにかならない? いや面白いからいいんだけど。シリアスぶってるときは止めてほしいかなって。
Prrrrr…
電話? 俺だな。
相手は…店長?
「ごめ、バ先の店長から電話だ。出ていい?」
「はぁ!? …まぁ仕事なら仕方がないわね。出なさいよ。But! 電話が終わったらきちんと理由を教えなさい! 私が納得するまで、今日は帰らないんだから!」
キミは帰らないのか。
俺は帰るけど。
まぁどの道、
とりあえず今は店長か。
なんの用だろ。牛乳買ってこいとか、お使い系かな?
「んじゃ失礼して。……はい、関口です。お疲れ様です〜。はい、はい………は? あいや、はい、分かりました。急いで向かうっす」
電話を切り、今言われたありのままをチュチュちゃんに伝える。
「最近入った新人が『バイトなんか辞めてやるよ!!!』って叫んでどっか行っちゃったから早く来てって、店長から
さすがに行かせてくれた。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「あっさした〜〜」
数分前まで客がいた席をダスターで吹き、気の抜けた挨拶で客を送り出す。
今日は丸山さんこそいないものの、ひまりと松原さんが出勤している。それ目当ての客も多く、平日にしてはそれなりに混んでいた。
つーか今日飛んだっていう新人くん、丸山さん目当てでうちのバイトに応募してきたらしい。
最近は丸山さんも本業(アイドル業)が忙しくてシフト減らしてるからな。それを知って、作業量と給料が見合わないと逃げ出したって話だ。
志望動機と仕事放棄はまぁ別として、給料云々の話は新人くんが正しい気がしないでもない。マジで給料上げてくれ。本当に見合わん。
「Waiter! ナゲット追加!」
退勤まであと三十分。余程忙しくならなければもう少しで自由の身だ。
そう思いながら床に落ちていた食べカスを掃除していると、少し離れたところから声が投げかけられた。
今フロアに出ているのは俺だけだし、何よりこれは俺の知っている声。ウェイターとは、まず間違いなく俺のことだろう。
「ご注文はカウンターでお願いしますね、お客様」
ため息混じりに、そう返答する。
声の主。それは、もう三時間近くも店に居座り続けているチュチュちゃんだ。
「Sorry. 日本の文化に疎いもので」
「嘘つけ」
まだ店内にはお客の姿がチラホラあるものの、満席というわけではなく、カウンターで注文待ちをしている人もいない。
比較的暇だったので、少し話すかとチュチュちゃんの席の傍まで歩く。
「つーかチュチュちゃん、さっきから食べ過ぎでしょ。チーズバーガー二つにポテトのL、ナゲットももう三つめっしょ? 晩飯食べれなくなるよ?」
「いいのよ。今日はこれをディナーにするから」
ファストフードでもディナーと言えば多少は高級に見える...わけもなく。
「お母さんに怒られるよ」
勝手に外食して帰り、用意されていた夕飯には手を付けない。俺がそんなことをした日には、お母さんに軽く引くほど怒られる。
チュチュちゃんのためを思って忠告していたが、何やらチュチュちゃんの顔がだんだんと暗くなっていった。
「...怒られないわよ。ママはいないもの」
......えっ。
え、マジ? 俺地雷踏んだ? 罠すぎるだろこんなの。普通気付かねぇよ。
「今頃、あっちは昼かしら」
っぶ〜〜〜!
あーね、あーね、そっちね。海外暮らし的なサムシングね。いや焦った、マジで焦った。
心臓に悪いから紛らわしいこと言わないでほしい。
「んじゃお父さんだ。その歳でお父さんに怒られるって中々しんどいものあるだろ」
「...怒られないわよ。パパもいないもの」
......うーん、これはどっちだ?
いや、多分母親と一緒に海外なんだろう。
「あっちは今頃夕方かしら」
「どっちだよ」
わっかんねーよ(プチおこ)
こっち(日本)も今夕方だから。
え、残業でいっつも帰り遅いとかそんな感じなん?
わっかんねーよ(二回目)
「どうでもいいでしょ。それより早くナゲットを持ってきて!」
「だからそれはカウンターで頼め」
つーか海外被れだろうと注文の仕方は変わんないだろ。ウチの本社があるのアメリカだぞ。
ったく。
このままわーきゃー騒がれてもたまらないしな。
ちょっとばかし癪だが、代わりに注文してやろう。ナゲットくらい奢ってやんよ。
ため息を一つ残し、カウンターに向かう。
「松原さん。ナゲット一つお願いします」
暇そうにカウンターに立っていた松原さんにナゲットを要求する。
財布はロッカーの中なので手持ちの金はないが、あとで払えばいいだろう。こちとら従業員だ、そのくらい許されるだろ。電話番号や家の住所を抑えられてるんだ、逃げようもないしな。
「あれ? 海くん、もう上がり?」
不思議そうに聞いてくる。
こんな静かな店内で、さっきのチュチュちゃんの大声が聞こえていなかったんだろうか。
「いや、あの子がナゲットナゲットうるさくて。黙ってもらう代わりに奢ることにしました」
「え?」
何言ってんだこいつとばかりに松原さんから見つめられる。
理由はどうあれ、かわいい人に見つめられると照れちゃうな。オイやめろよ、純粋無垢な男の子を弄ぶなよ(邪心)
「まぁアレっす。別に知らない中でもないですし、一応俺の方が歳上っぽいんで、ナゲットの一つでも奢ってやるかと」
騒がれると他のお客さんにも迷惑なので黙ってもらいたいし、別にナゲットを奢るくらい、今の俺の収入ならわけがない。
歳上の威厳ってやつを見せてやるぜ。
松原さんからナゲットを受け取り、チュチュちゃんの元へと届ける。
「ほら、ナゲット。奢りだよ」
俺はドヤ顔でそう言った。
「......ナゲット程度で大きな顔しないでくれる?」
「ぶん殴ったろかテメェこの野郎」
なんちゅーガキだ。親の顔が見てみたいな。
金のありがたみを知らんのか。ナゲット奢りを笑うやつはナゲット奢りに泣くぞ。
「施しを受ける気はないわ。はいこれ、代金」
施して。お前は若宮さんか?
差し出されたのは三枚の硬貨。三百円だった。
「ナゲット代にしては多いけど」
「Chipよ。ただでさえサービス外の仕事をさせてるんだもの」
ほえぇ。そこんとこはちゃんと洋風だし律儀なんだな。
まぁいらないけど。
「いらないよ。奢りって言ったろ」
「そういうわけには──」
「いいんだって。確かにたかが二百円だけど、奢られる側は黙って感謝でもしときな。それが礼儀ってもんだよ」
「...そうなの?」
「そうなの」
お父さんが言ってたもん。
まぁあの野郎、俺の金でラーメン食ってる時にそんなこと言ってたから、手首に二回しっぺしてやったけどな。
「...それじゃあ、ありがたくいただくわ。ありがとう」
「どういたしまして」
素直にお礼を言ってナゲットを口に運ぶチュチュちゃん。
俺も昔、つっても去年とか一昨年とかの話だけど、姉ちゃんの友達や当時の彼氏さんに肉まんとか奢ってもらってたからな。
奢られた分は誰かに奢り返す。こうやって社会は回ってんだよ。知らんけど。
ちっぽけなプライドを磨き上げ満足したやっすい俺は、気持ち良く仕事に戻る。
つってもやることなんてほとんどないけどな。掃除もほとんどやったし、客もこないし。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「「お疲れ様でした〜」」
「お疲れっす〜」
「はい。お疲れ様、ひまりちゃん、花音ちゃん。海くん、キミは最近私に対する言葉遣いが悪いね。減給だ」
「あ、俺もちょっとバイト飛びたい気分だな〜」
「誰だい減給なんて言ったのは。海くんはこんなにも頑張って働いてくれているっていうのにね? 安心しなさい。誰がなんと言おうと、キミの給料はそのままだ」
「上げろや」
バイト終わり。
深夜シフトの大学生の人達と交代で退勤し、店長に挨拶をしてからスタッフ控え室を出る。
最近は店長とも仲が良くなってきて、少しくらいならナメた口を聞くことができる仲になった。
まぁ年上相手に普通に失礼なんだが、これを許してくれる店長は寛大な心の持ち主ということだろう。
でも給料は上げろ(プチキレ)
「やっと退勤? 遅かったわね」
さて帰ろうとしたところで、チュチュちゃんにそう声をかけられる。
この子まじでずっといたな。暇なんか?
「あれ? 海、この子知り合い? ちっちゃくてかわい〜! 何これ、ネコミミフォン? かわい〜!」
「な、何よあなた...!」
やめろひまり、チュチュちゃん怖がってんだろ(保護者)
松原さんも「あ、さっきの」とチュチュちゃんに興味を抱く。まぁ同僚が勤務中に飯奢ってたからな、記憶にも残るだろ。
「知り合いだから、無理に撫でようとすんのやめろひまり」
「え〜」
注意されたひまりは、残念そうに手を引いた。
ひまりってそんなに子供好きだったっけか。今度お嬢の幼稚園ライブに参加させてみるか。
頭の端っこでそんなことを考えながら、俺はチュチュちゃんに声をかける。
「そんで、夕方の続きだっけ? 話、今する?」
「する。そのために待ってたんだもの」
ふむ。そんなにか。
明日とかでもいいと思うんだけど、待っててもらったのに帰るのもなんだか可哀想だな。
仕方ない、と俺は店内を見渡す。
幸い、席は十分に空いていた。
「んじゃ、ちょっとだけな。ひまり、松原さん。俺、ちょっとこの子と話あるんで、先帰ってもらって大丈夫っす」
そう言い、二人を見送る。
ひまりはこっちの話に興味があったらしいが、松原さんに連れて帰ってもらった。
これは俺らCapliberteとチュチュちゃんの話だからな。部外者が聞いていて楽しい話じゃないだろうし、聞かせる気もない。
店から出ていく二人に手を振り、俺は空いている席に腰を下ろした。
それに続き、チュチュちゃんも対面にちょこんと座る。
「単刀直入に聞くわ。なぜ私の誘いを断るの?」
座るが早いか、チュチュちゃんは早々に切り出した。
ちょっとコーヒーでも買ってこようかと思ってたんだけど...まぁいっか。
「やり方が違うから」
「やり方...?」
訝しげに顔を覗いてくるチュチュちゃんに、俺はまっすぐに答える。
「昨日、俺らも話し合ったんだよ。んで、これはCapliberteの総意ってことになる」
おふざけは無しだ。真剣にいこう。
「まず、俺たちはガールズバンド時代なんてもんを潰す気は無い」
音楽の流行に反逆するつもりはあるけどな。
「...売れたくない、ってこと?」
「そうじゃない」
なんでそこがイコールになるのか。これが分からない。
まぁ価値観の違いなんだろうけどな。
「売れたくないか、って聞かれたら、そりゃ俺らだって売れたいさ。自分らの表現が世間に見向きもされないのは誰だって辛い」
「なら!!」
「でも」
チュチュちゃんの声を遮り、しっかりと目を見て言葉を続ける。
「誰かを踏み台にしたいとか、時代に勝ちたいとか、そういうのじゃないんだ。まして金を稼ぎたいってわけでもない。そんなもんは俺たちの音楽じゃない」
「そんなの矛盾よ! 売れるっていうのは、生存競争で勝ち残るということ。ほかに勝たなきゃ、売れたとは言わない!」
わけが分からないと、チュチュちゃんは叫ぶ。
当然、周りの目を集めるわけだが...もういいや。注意されるまでは続けよう。
「感性で勝ち上がる、才能で有象無象をねじ伏せる、自分という存在を世界に認めさせる! それが音楽、それが表現ってことでしょう!?」
違う、とは言えない。
むき出しの感情を乗せた音楽は、認められることで満たされる。そういう側面も確かにあるから。
けどやっぱり、それは“俺たちの音楽”じゃない。
「音楽は勝ち負けよ! 勝つことで生き残る、生き残った音楽に
「それは違う」
正面から否定の言葉を浴びせられたからか、チュチュちゃんはビクッと身を引き、言葉を詰まらせた。
悪いことをしたかもしれない。まだ幼い女の子にとって、高校生の男に否定されるというのは怖いことだろう。
そして何より、彼女は立派な表現者だ。
己の価値観を否定されるのは、自分の生き方を否定されるのと同義。何も思わないわけがない。
だがそれでも、俺は彼女の今の言葉を認めたくない。
「確かに、売れるってのは重要なファクターだ。大勢の人に知ってもらいたい、聴いてもらいたい。それを満たすためには、売れることが大前提になる」
「なら...っ」
噛み付こうとしてくるチュチュちゃんを目で黙らせ、話を続ける。
「でも絶対に、そう、絶対にだ。『売れないモノが無価値』だなんて、そんなことは絶対にない。ありえない」
それだけは、表現者として絶対に言っちゃいけないことだ。
売れなきゃ金にはならない。
そういう面では確かに価値が薄いのかもしれないが、そうじゃないだろう。
俺たちが好きになった『音楽』は、もっと自由だったはずだ。
「音楽は楽しむものだ。自分の欲を満たすって意味じゃ同じだけど、優劣を決めて悦に浸るものじゃない」
まぁそんなもの、チュチュちゃんは分かってるはずだけどな。
彼女が持ってきた音源は、本当に素晴らしかった。
自分の感情を落とし込み、煮詰め、最後にはひっくり返す。『自分』をさらけ出した、まっすぐで、泥臭くて、それでいて綺麗な音楽。
あんな音楽を作れる人間だ。
音楽が好きで好きで、たまらなく好きで。
ひたむきに音楽に向き合ってきたはずだ。
チュチュちゃんは俯いている。
その表情は分からないが、明るい顔でないことだけは確かだ。
「もう一度言うよ、チュチュちゃん。俺たちはキミの
ふるふるとチュチュちゃんの体が小刻みに震え出した。
怒っているのか、泣いているのか。
その辺は分からない。どっちの感情もが混在して、より大きな感情となっているのかもしれない。
可哀想ではあるが、俺にだって譲れないものはある。
だからこそ、俺は彼女にこう言うのだ。
「それよりチュチュちゃん。俺たちと
なんだこいつ(主人公)