ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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何であれ、やるからには負けちゃダメ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある土曜日。

 俺はアルバイトに明け暮れていた。

 

「関口くん。ちょっと配達(デリバリー)が忙しくなってきたから、関口くんも配達に行ってきてくれる?」

「うーっす」

 

 店長に言われ、揚げ場を後輩(歳上)に任せて(スタッフルーム)に戻ってから防寒着を着る。

 今日は快晴だけど、風が冷たいし、バイクは普通に寒いんだよな。早く春になってほしい。

 手袋とネックウォーマーも装着し、覚悟を決めてスタッフルームを出る。

 

「じゃあコレとコレとコレ、お願いね」

「はーい」

 

 渡された商品を手に外へ出て、バイク置き場まで向かう。

 

「あ〜...さむ」

 

 (かじか)む手で社用スマホを操作し、配達場所を確認する。

 ちょっと遠いな。三件持ちで、帰ってくるまで三十分はかかるか?

 頭の中で出来るだけ信号の無い順路を考えながら、バイクに跨る。

 

「...関口くん?」

 

 いざ出発とエンジンをかけたところで、名前を呼ばれた。

 声のした方を向いてみると、そこには氷川さんの姿が。

 

「あ、氷川さん。こんちゃっす」

「はい、こんにちは...ではなく。何をしているんですか?」

「え? いや、普通に仕事ですけど」

 

 制服着てるんだから...あ、いや、制服は今見えないのか。防寒着着てるから。

 でも店のロゴが入ったバイクに乗ってるんだから、仕事中だっていうのは分かりそうなもんだけどな。

 

「それは見れば分かります。そうではなく、何故バイクに乗っているのか、ということです!」

 

 何をそんなに怒って......あっ。

 

「我が校では在学中の免許取得を原則禁止としているはずです! 貴方、免許を取ったの!?」

 

 そうだった。そういやダメじゃん、氷川さんの前でバイク乗っちゃ。

 弦巻家を間に挟んだ学校側との交渉()で免許取得OKにしてもらう話は付いているが、正式な施行は来年度からだし、校則が変更になるって公表されるのももう少し先だった。

 

「氷川さん」

「なんですか、開き直りがあれば聞きますが」

 

 開き直りて。

 

「いつも思ってたんですけど、私服、素敵ですよね」

「......は?」

「制服とかバンド衣装でのスカートもいいですけど、今日みたいなパンツもすごく似合うと思います。やっぱり氷川さんには青系統ですよ」

「な! 何を言って...!」

 

 よし、いいぞ。

 いい感じに動揺している。

 氷川さんは褒められることにあまり耐性がないみたいだしな。日菜さんと比較して卑屈になってるところあるし。褒め殺しは成功だ。まぁ私服が素敵なことは事実なんだけどな。

 もっといくぞ。

 

「あと白のシャツも、フリルが付いてて可愛いです。控えめなのが良いですね。アウターも大人っぽいし、あとマフラーで後ろ髪がモフってなってるの、俺的に(へき)です」

「そ、そうですか...?」

「そうですよ。今日はポテトを食べに?」

「え、ええまぁ、そうですが...」

「Lサイズが安くなってるのでぜひ。それじゃあ自分仕事戻るんで、ごゆっくり」

 

 言って、俺はバイクを走らせる。

 数秒遅れて「あっ! ま、待ちなさい!」という氷川さんの声が聞こえてくるが、待てと言われて待つ罪人がどこにいるのかという話で。

 

 

 フハハハハ! 生身でバイクには追いつけまい! 逃げるが勝ちだ!

 

 

 ......帰ってきたらたくさん怒られるんだろうなぁ。どーしよ。憂鬱だ。このままどっか遠くに逃げちゃおっかな。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 まぁ、当たり前のように逃げられるわけもなく。

 

「アルバイトが終わったら私のところまでくるように」

 

 配達から帰ってきた俺は、ポテトを頬張っていた氷川さんから呼び出しを受けた。

 憂鬱すぎる。仕事が終わったら説教が待っているんだ。

 そう思って非常に落ち込んだまま仕事をしていたら、松原さんに心配された。優しすぎる。一緒に着いてきてくれないかな。そしたら氷川さんもそこまで怒らないと思うんだ。

 

「ごめんね。私、この後ハロハピの定例会があって...」

 

 泣いた。

 

 

 

 仕事終わり。

 結局俺は一人で氷川さんのもとに向かう。

 足が重い。こんな気持ちは中学の時に悪ぶって学校をサボったのがお母さんにバレた時以来だ。

 

「お、お待たせしました...」

 

 背中を丸めつつ、氷川さんの待つ席の前に立つ。

 てかこの人、ずっと店にいたな。あれから三時間は経ってるんだが。延々とポテトを食べていた。

 なんでそんなにポテト食ってんのにこんなに痩せてんだこの人? どんな体質してるんだろう。ひまりが聞いたら泣くぞ。

 いや、実は着痩せしてるだけとか?

 ...これ以上は止めておこう。乙女ってだけで扱える謎パワーで心を読まれた挙句、丁寧に殺されそうだ。

 

「お疲れ様です。どうぞ、座ってください」

 

 言われ、向かいの席に座る。

 ここだけ生徒指導室みたいな雰囲気があるな。ファストフード店なのに。

 

「早速本題です。関口くん、あなた免許を取ったわね?」

「い、いえ、取ってません」

 

 とりあえず誤魔化してみるか。

 もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。

 

「交差点で左折する時は?」

「巻き込み確認」

 

 ...あっ!

 

「免許を取っているわね?」

「取ってません」

 

 い、いや、まだ大丈夫だ。

 無免許でそのくらい知っていてもおかしくない。

 

「バイクは重いと聞きます。車体が倒れた時、女の私でも起こせるかしら」

「大丈夫ですよ。腰を落として車体にしっかり体を密着させれば、脚の力だけで簡単に引き起こせます」

 

 ...あっ!

 

「やっぱり免許を取っているわね?」

「取ってません」

 

 ズルいぞ!

 これが風紀委員のやり方か!

 

「嘘はやめなさい、佐藤」

「う...は、はい...ごめんなさい...」

 

 ...いや、佐藤って誰だよ。

 

「いつから持っているの? 免許」

 

 ポテトを一本食べて一息ついた氷川さんが、再び聞いてくる。

 どうでもいいけど、氷川さんにとってポテトってコーヒーとかお茶みたいな存在なのか?

 

「えと...年末から...」

「法律は守っていたのね。ひとまずは安心しました」

 

 法を犯していると思われてたのか。

 失礼な。俺は従順な国民だ。犯罪なんて、落ちてる金を拾って自分の財布に入れる程度しか犯してないぞ。

 

「では校則違反ということで。その免許は没収します」

 

 なんの権限があって!?

 さすがにそれは越権行為だろ。一般高の風紀委員にそんな権力があってたまるか。

 

「いや、話を聞いてくださいよ姉御」

「誰が姉御ですか!」

 

 あんただよ。

 

「これには非常に綿密に組まれた抜け道があってですね」

「抜け道と言っている時点でダメでしょう」

 

 確かに(納得)

 

「学校側とは話が付いてるんです。そのうち免許取得OKになる予定なんですよ」

「...は?」

「証拠が......あ、これです」

 

 スマホを取り出し、ボイスメモを流し始める。

 

 

 

 海『学園長! PTA長! 自動車免許の取得を許可してください!』

 

 PTA長『ダメです』

 学園長『PTA長がダメって言うならダメ』

 

 海『...そんなことを言ってもいいんですか?』

 

 PTA&学園長『?』

 

 海『こっちには弦巻家がついてるんですよ?』

 

 PTA&学園長『!!』

 

 海『何を隠そう! 俺は弦巻家と懇意だ!』

 海『ほらほらどうします? 認めますか? 認めますね?』

 

 PTA&学園長『ぐぬぬ...!』

 

 海『弦巻家からの出資がひとーつ、ふたーつ...』

 

 PTA長『! ...仕方ありません。許可しましょう』

 学園長『PTA長がそういうなら』

 

 海『やったぜ』

 

 

 ふっ。弦巻家()の威は偉大だったぜ。

 

「脅しではないですか!」

「違います。説得です」

 

 説得の真髄は(パワー)だ。

 やはり力は全てを解決する。俺も力持ちになりたい。

 

「それに実際、免許が解禁されたら助かる人は多いと思いますよ? 特に俺らの学年は」

「...それはなぜ?」

 

 いい質問だ。

 

「俺らの代から、花咲川は共学になりましたよね?」

「ええ」

「男共がこぞって受験、入学してきましたよね?」

「そうね」

「男共は夢を見たんですよ。元女子校共学化の第一世代になれることに」

「はあ...そうなんですか?」

 

 そうなんですよ。

 

「その結果、うちの男共は遠方から通っているやつも少なくありません。俺の知ってる中で、一番遠いやつは成田から来てます」

「は?」

 

 さすがの氷川さんも呆れてるな。

 俺もソウナノ。男ってバカだよね。

 

「電車だとバカ遠い。そこでバイクです。高校付近の狭い道でも、バイクならするする抜けられるので、だいぶ時間短縮になります」

 

 まぁ嘘だけど。

 電車がない、ないし本数が少ない田舎ならいざ知らず、成田から都内っていう長距離なら確実に電車の方が早い。

 けど、こうやって自信たっぷりに言うことで相手に「本当にそうなのでは?」と思わせることができる。

 現に、氷川さんも「うーん、確かに...?」と少し納得し始めている。

 もうひと押しだな。

 

「さらに! 今ならなんと────」

 

 

「おねーちゃーん!!!!」

「きゃっ!?」

 

 突如横から飛び込んできた水色の物体が氷川さんを急襲する。

 誰が物理的に押せっつったよ。つーか押しすぎだバカ。氷川さん、椅子から落ちちゃっただろ。

 

「もー! おねーちゃん帰ってくるの遅いよー! 迎えに来ちゃった!」

 

 元気いっぱいに、水色の物体───日菜さんが氷川さんに頬擦りして感情を表現する。

 百合じゃん。いいぞ、もっとやれ。

 

「ひ、日菜!? 静かにしなさい、あと離れなさい! 公共の場よ!?」

 

 公共の場じゃなきゃ触れ合って良い...ってコト?! うーん、これは上質な百合の匂い(グッドパルファム)。供給ありがとうございます。

 

「あれ? 海くんじゃん。何幸せそうな顔してるの?」

 

 俺の存在に今気付いたのか。本当にお姉ちゃん(氷川さん)のことにしか興味がないんだろうなぁ。だがそれでいい。

 

楽園(エデン)を見ることができたので」

「アハ! 相変わらずキモいこと言ってる〜!」

 

 最近は俺のメンタルも強くなってきた。

 ちょっとくらい日菜さんに罵られたからって落ち込んだりしないぞ。むしろ心地良く感じるくらいだ(才能開花)

 

「ところで、お姉ちゃんと二人で何の話してたの?」

「え? ああ、えっと...───っ!?」

 

 突然悪寒に襲われ、大きな身震いをしてしまう。

 え、何、殺気?

 日菜さんからじゃない。いやまぁ日菜さんからも多少は感じるが、それとは別に複数のものを感じる。

 チラっと店内を見回してみると、何人かがこちらを睨むように見ていた。

 ストローを噛んでいる人、ハンバーガーを握り潰す人、指をバキバキ鳴らしている人。

 

 突然なんなんだと思い困惑する俺だったが、すぐに原因に思い至る。

 

「ねぇねぇ〜、何話してたの〜?」

「日菜、とりあえず抱きつくのはやめなさい」

「え〜? なんで?」

 

 目の前に広がる楽園。

 これは“百合”と呼ばれる文化遺産であり、純金にも勝る価値を持っている。当然、傷付けることは許されていない。ましてや不純物()を交ぜるなど、極刑すら生温い罰で裁かれて然るべき。

 

「............。」

 

 スッ、と身を引く。

 殺気が少しだけ柔らかくなった。

 

 日菜さんはお姉ちゃん(氷川さん)にしか興味がないし、氷川さんは日菜さんの相手で俺への注意は散漫になっている。

 

 

 やはり俺じゃあ(百合の世界に介入するのには)役不足だったようだぜ!(男なので)

 ここは明日また改めて出直すとすっか!

 

 関口はクールに去るぜ。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 ってことで翌日。

 放課後、俺は生徒会室に呼び出されていた。

 

「なにも校内放送で呼び出すことないでしょう。...あ、お茶ありがとうございます」

「いえ」

 

 生徒会長である鰐部先輩に温かいお茶を入れてもらうという贅沢を甘受しつつ、若干の不満を漏らしてみる。

 

 そう。今日俺は、突然校内放送で名指し呼び出しを食らったのだ。しかも学年クラスまでしっかり名言して、だ。

 

 普段からアイドルと行動したり、プロのアーティストのサポートをやったり、弦巻家とつるんだり、と色々目立ってしまっている自覚はあるが、こういう「明らかに悪いことしただろ」みたいな注目は浴びたくなかった。

 いや、確かに俺が悪いのかもしれないが。

 

「そうしなければ逃げるでしょう、あなたは」

「いや、逃げないっすよ」

「昨日は逃げたでしょう?」

「クールに去っただけです」

「同じことよ」

 

 違うもん。

 

 落ち込んだようにしゅんとして見せると、ちょっとだけアワアワした氷川さんが見れた。可愛い。

 面白いからもう少しだけ落ち込んだフリをしておこうと思ったところで、生徒会長から大きめな咳払いが一つ。

 

「生徒会室は痴話喧嘩(イチャコラ)するための場所ではないのですが」

 

「な────ッ!」

 

 お、氷川さんが茹で上がった。この人本当に年上か? 可愛いなぁ。

 

「ちっ、違いますっ! 私と彼は付き合ってなんていませんっ!」

 

 慌てて否定に入る氷川さんさん。そりゃそうだ。だって本当に付き合ってないんだから。俺なんかが氷川さんと付き合うとか烏滸がましい。

 

 けどまぁ、それはそれとして。

 

「え...いや、そんな全力で否定しなくてもいいじゃないですか...」

「えっ」

 

 嘘泣き...はできないので、目一杯消沈した表情を作る。

 冷静に考えれば『付き合ってもいないのに妙なことを言い出す面倒な奴』なのだが、氷川さんはドがつくほどの生真面目さんだ。

 一瞬困惑したあと「いや違うんですこれは...!」とか言い出して、目に見えて焦り散らしている。

 ホントに面白い(かわいい)なぁ、この人。

 

「...氷川さん。あなた、彼に遊ばれてるわよ」

「!?」

 

 鰐部先輩が呆れながら氷川さんへと真実を告げる。ここが引き際ってことか。

 氷川さんを見れば、握った拳が震えている。これ以上はヤバか─────

 

「かっ、彼はそんなことをする人ではありませんっ!」

「「!?」」

 

 なんだなんだ、どうしたどうした。

 怒りでとうとうおかしくなっちゃったの?

 

「彼は確かにバカなことを言いますし」

 

 うっ

 

「よく奇行に走りますし」

 

 ぐえっ

 

「学校のルールも守れないダメな子ですが!」

 

 ピッ

 

「根はいい子です! 女性を弄ぶだなんて、そんなことをするような人間ではありません!」

 

「...え、っと...何か勘違いしてる...?」

 

 意味不明で唐突なオーバーキルを食らって膝をついた俺と違い、鰐部先輩は冷静に、かつ呆れて氷川さんの勘違いを指摘していた。

 つまりなんだ。氷川さんは、俺が鰐部先輩に「お前は女を弄ぶクズ男だ」って言われたと思って怒ってくれてるってこと?

 何それ嬉しい。けどなんでそんな結論に行き着いちゃった? あとなんかお母さんみたいな言い方が気になる。

 

「ですよね、関口くん!」

 

 訴えかけるような目で見てくる氷川さん。鰐部先輩の言葉は耳に入っていないらしい。この人もたまに結構な暴走列車になるよな。日菜さんとの血の繋がりを感じるわ。

 

 さて、ここでとある問題が出てくる。

 それは「俺が女を弄んでいる」ということが、あながち間違いってわけでもないことだ。

 

 いや、別に色々な女の人を引っ掛けて何股もかけてるとかではなく、氷川さん単体を弄んでいる。

 弄ぶっていうと聞こえが悪いな。氷川さんをからかって遊んでいることを「弄んでいる」と表現され、そこを否定はできないって感じだ。

 

 けど、ここで「いや俺は氷川さんのこと弄んでますよ」なんて言ってみろ。とうとう話の収集がつかなくなる。それはめんどくさい。

 

「...オレ、イイコ」

「ほら!」

 

「...もう好きにしてください」

 

 とりあえず氷川さんには三日ほど仕事を休んでもらおう。

 俺と鰐部さんで話して、そういうことになった。

 

 

 

 

 

「それはそれとして、本題に入りますが」

 

 近所のコンビニまで甘いものを買いに走り、氷川さんに献上した後。

 温かいココアとチロルチョコを食べて落ち着いたらしい氷川さんは、改めて俺の前に座った。

 

「あなたの運転免許取得に関する話の続きを───」

 

「ああ。それなら昨日校長から通達がありましたよ。運転免許の取得を全面的に認める、と」

 

 書類を捌いていた鰐部先輩が、書類から顔を上げることなくそう言った。

 一瞬の沈黙。突然の情報を処理しきれていないのか、氷川さんは固まってしまった。

 コッ、とハンコを押す音が生徒会室に響いたところで、氷川さんの意識が戻ってくる。

 

「い、いえ...でも関口くんは以前から免許を──」

 

「それも問題ありません。現時点で取得している者には反省文を書かせるように、とのことです。元々、あってないような校則ですからね。校則を無視して免許を取る人達は多かったですよ。まぁさすがにお咎め無しとはいきませんが、そこまで重い罰を与える必要もないだろう、との判断でしょう」

 

 その他、通学に使用する場合には申請が必要なこと。事故を起こしても学校側は一切の責任を持たないことなど細々としたことはいくつかあるらしいが、今は「自動車免許の取得が解禁された」ということが分かれば良い。

 

 氷川さんが再度固まる。

 まぁ、生真面目な人だからなぁ。校則違反者に対する、学校側のだいぶ緩い対処に思うところがあるんだろう。

 だが、古いルールに縛られてばかりでは進化は望めない。組織には改革が必要なのだ。要するに「とりあえず言ってみよう」の精神は大事、ということ。

『校則を塗り替えた男』...ふふっ、どこかのタイミングで誰かに自慢してみよう。後輩とかに。

 

「ふっ。弦巻家の権力は世界一ィイイ!!」

「くっ...!」

 

「うるさいですよ関口くん」

 

 鰐部先輩に怒られちった。今のは俺が悪い。

 勝ち誇り、俺は席を立つ。これからバイトなのだ。胸を張って配達業務に勤しむとしようじゃないか!

 

「ああ、そうだ。関口くん。それから氷川さんも」

 

「はい?」

「なんでしょうか」

 

 悔しそうに俺を見てくる氷川さんへ全力の笑顔を向けていると、鰐部先輩から呼び止められた。

 ところでなんで氷川さんはそんなに悔しそうなの? 俺を叱れなかったから?

 

「お二人に...あ、いえ。CapliberteとRoseliaに、グリグリ主催ライブへの出演依頼をしたいのですが」

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 翌日。

 昼休み。

 

 教室の一角で机を連結させ、ポピパとカプリ、あと澤田さん(五十嵐の彼女)という結構な大所帯で昼ご飯を食べていた。

 

「あ、そういやライブの出演依頼受けた。グリグリの主催ライブ」

 

 うちのタコさんウィンナーと市ヶ谷家の卵焼きを物々交換しながら、俺は須田と五十嵐に言う。

 あ、こらおたえ! ハンバーグ取るな返せ!

 

「おっけ。来週とか?」

 

 おたえとの激闘の末、ハンバーグの代わりにブロッコリーが俺の弁当箱の中に放り込まれる。

 敗北の味を噛み締めていたところで、須田が軽い調子で返してきた。

 

「お前、最近毒されすぎだぞ。普通ライブの出演依頼って二、三ヶ月前くらいにはしとくもんなんだからな」

「けど俺ら、別に問題なくライブできてるじゃん」

 

 いや、問題が何も無いわけじゃないんだけどな?

 けど確かに、毎回なんだかんだで何とかしてしまう。してしまうから「Capliberteはギリギリの依頼になっても大丈夫」とか言われるんだ。

 一回大きな失敗をしないと学ばないんだろうな。

 

 まぁそれはともかく。

 

「今回のライブは大体一ヶ月半後。三月の頭にやるらしい」

 

「おー。良心的な期間じゃん」

 

 タッパーいっぱいに詰め込まれた白米をかき込んだ五十嵐が、感心したように言う。

 こいつも手遅れだったか。

 この誘いを受けた時、鰐部先輩「少し急な話で申し訳ないですが...」つってたんだぞ。正直俺も全然余裕のある期間だと思ってたけど、世間一般じゃ1ヶ月半前でも遅いくらいなんだよ。

 いや、できるできないの話じゃなく、普通に礼儀として。

 数日前とかに突然連絡してくるCiRCLE(まりなさん)がイカれてるんだ。

 

「それ、私たちも出るよ!」

 

 香澄が元気に手を挙げて発表してきた。

 どうでもいいけどお前口の中のもんちゃんと飲み込んでから話せ。

 

「香澄、お前何回言わせる気だ? 口の中にものがある時に喋るな。口の中のもんが飛ぶだろ」

「うっ...はぁい。ごめんなさい有咲ママ」

「誰がママだ!!」

 

 こいつら、いつも楽しそうでいいなぁ。

 

「ポピパが出るのは聞いてる。あと出るのがアフグロとハロハピ、返事待ちが俺ら、Roselia、パスパレらしいな」

 

 完全に身内フェスだ。

 

「俺らも出るって返事していいよな?」

「おう」

「大丈夫」

 

 一応二人に確認してみるが、二人とも快諾だった。

 さっそく鰐部先輩に連絡しておこう。

 

「ところでポピパ。お前らに相談があるんだが」

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 放課後。

 今日はバイトも無く、バンドも無く、友人との予定も無い、完全のオフの日だ。

 最近はこういう日がなかった。常に何かしらの用事が入っているのは嬉しい反面、少し疲れてしまうこともある。

 

 今日くらいは大人しく家に帰って、暖かい部屋で年末年始に撮り溜めたテレビを見ながらギターでも弾くか。

 そんなことをぼんやり考えながら昇降口で靴を履き替えていると、少し前に見知った背中を見つける。

 

「氷川さん。お疲れ様です」

 

 少し大股で歩いてその背中に追いつき、声をかけた。

 俺の声に驚いたのか、氷川さんは若干肩を跳ねさせてから振り向く。

 

「お疲れ様です。......おや、今日は一人ですか?」

「そっす。年がら年中誰かと一緒じゃないっすよ」

 

 どっちかっていうと陰キャ側だしな。

 本来人と関わるのってそんなに得意じゃないんだ。音楽の話ができる人は除くけど。

 

「そうですか? 基本誰かと一緒にいるイメージですが。特に女子と」

「あはははは面白い冗談ですね」

「いえ、冗談でも何でもなく」

 

 そんなわけあるめぇ。

 

 昨日はバイト帰りに丸山さんに捕まってカラオケに行って。

 一昨日はバイト終わりに氷川さんから逃げた後ひまりや巴と飯食いに行って。

 その前はおたえと楽器屋行って。

 そのまた前は放課後松原さんとカフェ巡りして。

 

 ...いや、女子しかいねぇなぁ。

 なんだ俺。リア充か?

 

「はぁ。今日の獲物は私ですか? 節操がないですね、このバンドマン」

「はっ? えっ、いやっ、ち、違うっすよ!?」

「冗談です」

 

 キレッキレすぎるだろ...血圧上がった気がする。

 

「今日はアルバイトやバンドの方は?」

 

 鼻から息を深く吸って高鳴る鼓動を抑えていると、氷川さんが聞いてきた。

 

「今日は何にも予定無しっすね。直帰します」

「おや、珍しい」

 

 そうかなぁ。

(最近の放課後を回想中)

 そうかも。

 

「氷川さんは?」

「私も直帰です。駅まで一緒に帰りますか?」

「え、」

 

 何それ、罠?

 ここで「是非!」なんて返した日には「やっぱり節操のない人なんですね」とか言われそう。

 かと言って断るというのも失礼な気がするし、何より氷川さんと一緒に帰ることは嫌じゃない。

 一体どう答えるのが正解なんだ...!

 やはりNOだろうか。冗談だったとはいえ「節操がない」「バンドマン」と二つも悪口を言われているのだ。いや、バンドマンは悪口じゃないけど。

 

 うん。少し考えたが、一旦柔らかく断って

 

「嫌ですか?」

「ご一緒しまァす!」

 

 女性のお誘いを断るなんて男じゃねぇよなぁ!?

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 冷たく、そして透き通った空気を肺に入れる。そこから吐き出す息は白く、暫く漂った後に溶けていった。

 

 迎春だなんて言うけれど、当たり前のように一月は寒い。悴む手を(さす)り温める。

 

「俺の手袋使いますか?」

 

 隣を歩く男の子、関口くんが黒い手袋を差し出してくる。

 手袋を渡される、という経験が母親以外に無かったため、私はそれを受け取る前に一瞬固まってしまった。

 

「...あ。いや、ちゃんと昨日洗濯したばっかで今朝も使ってないやつなんで全然汚くないというか嫌なら全然大丈夫なんスけど」

 

 それを変に解釈したのか、関口くんは焦ったように、若干早口で弁解のようなものをしてくる。

 そこが可愛らしい、と思う私は、随分と彼に絆されてしまったのだろうか。

 

「いえ、そこは気にしていませんよ。関口くんは使わないんですか?」

「俺は大丈夫なんで」

 

 そう言われると、断るのも悪い。

 

「では、ありがたく使わせてもらうわね。ありがとうございます」

 

 手袋を受け取り、手にはめる。とても温かい。

 と、その瞬間、私のスマホが鳴った。

 LINEの通知で、画面を見ると相手は日菜だ。今日は仕事だと言っていたが、早めに終わったので今から一緒に帰れるか、という連絡だ。

 

「日菜さんからですか?」

「他人のスマホを盗み見るのはマナー違反ですよ」

「あ、いや、ちょっと目に入っちゃって...すいません」

 

 まぁ、私だって他人のスマホの画面が目に入ってしまうことくらいある。

 こちらの不注意、相手の不可抗力。こんなことにまで腹を立てるほど、私は余裕がないわけではない。

 

「日菜から『今仕事が終わったから一緒に帰ろう』という連絡です」

 

 日菜は今東京駅の方にいるらしい。

 今から合流するのでは、お互い少し面倒な動きをすることになるだろう。『もう学校を出て暫く歩いたので、一緒には帰れない』と返し、仕事を終えてきた日菜へ労いの言葉も送っておく。

 すぐに返信がきたが、どうせ文句の言葉が書かれているだけなので、これに対する返信はしないでも良いだろう。

 

「本当に仲が良いですね、氷川さんと日菜さん」

 

 感心したように言う関口くん。

 このような姉妹になれたのはごく最近で、姉妹仲修復に至る私の心境の変化には当時の関口くんの言葉などが少なからず関与しているのだが......それよりも。

 

「前から思っていたのだけれど、関口くんは日菜のことを名前で呼ぶのね。私のことはいつまでも苗字なのに」

「えっ」

 

 実際に気になっていたことだ。

 日菜だけじゃない。湊さんや今井さん、宇田川さんのことも名前で呼ぶ。この扱いの差のようなものは一体なんなのだろうか?

 

「いや、日菜さんは、えっと、苗字で呼ぶとお姉ちゃんと被って分からないから名前で呼べって言われて、その」

 

 焦っているのが目に見えて分かる。

 普段は飄々としていて、余裕ぶって、年上の私をからかうことすらある彼だが、こういう一面も持っていると分かると、途端に「ああ、この子も年下の男の子なんだな」と思える。

 

「日菜のことを名前で呼ぶなら、私のことも名前で呼ぶべきなのではないかしら。どちらも『氷川』なのだから」

 

 たかが呼び方、されど呼び方。

 些細なことだと分かってはいるが、それ一つで目に見えない“壁”を感じてしまう。

 彼とはそれなりの仲だ。

 喧嘩するほど仲が良い...というわけではないが、基本的に人見知りで他人を尊重する彼がわざわざからかってくるくらいには仲が良いと自負している。

 腹が立つこともあれば呆れるようなことも多いが、ギターでは教わることも多いし、私やRoseliaが困っている時などの頼もしさと言ったら、本当に年下なのか分からなくなるほど。

 

 そんな彼との間に、ありもしない“壁”を感じるのが嫌だった。

 

 それに、

 

「日菜は良くて、私は駄目なんですか?」

 

 仲が修復されたとはいえ、日菜に負けるというのも嫌だった。

 いや、別に勝ち負けのある話ではないのだが、なんとなく、あっちは名前呼びで自分だけ苗字呼びなのは負けた気がする。

 

「いや、駄目ってことは...」

 

 日菜だけじゃない。

 湊さんにも、今井さんにも、宇田川さんにも。

 何も競うようなものでもないのに、()()()()()、負けている気がして、嫌だった。

 

「この際です。今後は私のことも名前で呼んでください。紗夜、と」

「あいや、さすがに呼び捨ては...」

「そこまでは求めません」

 

 今はまだ。

 

「さん付けでも、先輩付けでも。名前で呼んで欲しいんです。駄目ですか?」

 

 ...思ったよりも大胆なことを言っているんじゃないだろうか、私は。

 こんな風に言う予定じゃなかった。もっとこう、自然に。さりげなく名前呼びをしてもらう方向に運ぶつもりだったのに、どうしてこうなった。

 

「いや、駄目とかじゃ全然、えと、はい......」

 

 けどまぁ、これはこれで良かったのかもしれない。

 キョドる、というのかしら。落ち着きの無い様子でオロオロとしている関口くんを見るのは、少し新鮮で面白い。

 熱くなる頬と、ニヤけてしまう口を、マフラーで隠す。

 

 暫く関口くんを観察していたが、十秒ほどして、彼は意を決した様子でこちらを見たあと、すぐに地面に視線を落とし、躊躇い気味に口を開く。

 

 

「.........さ、紗夜...さん......」

 

 絞り出した声。少し震えているのは、寒さとはまた違う理由があるのだろう。

 

「はい。海くん(・ ・ ・)

 

 相手に名前で呼ばせる以上、こちらも相応の対価を支払うのが世の習わし。

 家族以外の人を名前で呼ぶのなんていつぶりだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、私は彼の名前を口にした。

 

 彼の頬が紅潮していくのが分かる。なんとも可愛らしい反応だ。少し苛めてみたくなる。

 

「こうして『名前を呼び合う』という行為に特別な雰囲気を持たせることで女の子を誑かしてきたのですね。このバンドマン」

 

「それはさすがにあんまりでは!?」

 

 赤かった顔を途端に青くさせ、こちらに抗議してくる関...いえ、海くん。

 彼の言う通り、私の言い分はあまりに酷い。

 だが、いつも悠然としている彼が慌てる姿は、見ていてとても気分が良い。

 

 

「ふふっ。冗談です」

 

 

 彼との関係は心地が良い。

 腹が立つし、呆れることも多々あるが、それを考慮してもプラスになるほど、彼の存在は大きなものだ。

 

 

 

 

 一緒にいると心が安らぐ。他人と比べて“壁”を(負けていると)感じることに不快感がある。

 

 

 

 ......ああ、なるほど。

 そうか、これが。この感情こそが─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結局1ヶ月も間が空いての投稿になって申し訳ありませんの気持ち。

あとこれはどうでもいいんですが、海くんを投入したぼざろ二次創作を書きました。
https://syosetu.org/novel/304075/
若干パラレルな未来のお話ですが、ご興味がある方はぜひ...

それでは皆さん、良いお年を!
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