ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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あ、あけましておめでとうございます...(小声)


受験期前半は団体戦、後半はバトルロイヤル

 

 

 

 

 

 

 二月になり、始めての土曜日。

 

「おー、寒」

 

 極暖のヒートテック、裏起毛のパーカー、保温性の高いアウター。下にはこれまた裏起毛のズボンという完全装備でもなお寒い。

 

 大寒を過ぎ、あとは温かな春を待つだけ。

 夏と冬どちらが好きかと聞かれれば夏だと即答する俺としては、早く暖かくなって欲しいところだ。こうも寒いと命の危機を感じる。地球温暖化とやらはどこに行ってしまったんだ。

 

 さむさむ言いながら駆け込んだのは、羽沢珈琲店。

 今日は幼馴染ズに呼び出されたわけでも、つぐパパの節分限定スイーツを食べにきたわけでもない。

 なんと珍しく、五十嵐に呼び出されたのである。

 

「いらっしゃいませ。おや、海くん。今日はつぐみはいないよ? Afterglowの練習とか言ってさっき出ていったけど」

 

 店に入るなり、つぐパパがそう教えてくれた。

 

「こんちゃっす。いや、今日はつぐに会いに来たわけじゃなくて...」

 

「おい関口〜。こっち」

 

 奥の席から声がかけられる。

 見ると、いつも俺らが特等席にしている窓際の席で五十嵐が手を挙げていた。

 

「今日はあいつ()と待ち合わせっす」

「あ、そうなんだ。ゆっくりしていってね。飲み物はコーヒーでいいかな?」

「あ、はい。お願いします。あとミートスパゲティを一つ」

「分かったよ。ちょっと待っててね」

 

 つぐパパにお辞儀し、五十嵐の待つ席へ向かう。

 

「悪いな。急に呼び出して」

「別にいいけど、どしたの」

 

 五十嵐から呼び出されたのは初めてだ。

 須田はたまにあるけどな。三人で遊び行こうぜって。

 

「ちょっと勉強教えて欲しくて」

「勉強?」

 

 学期末テストが近いからか?

 つっても五十嵐はそこまで成績悪くないだろ。良くもないが。赤点は回避し続けてるはずだ。

 

「俺はいいんだ。今回も多分ギリギリなんとかなる」

 

 それもどうかと思うけどな。余裕を持つのは大事だぞ。

 にしても、五十嵐は大丈夫ってことは、()()()ってことか?

 

「ぐっち〜!! 勉強おじえでぇー!!」

 

 何故か泣き声で必死に懇願してくる女子(・ ・)

 クリーム色の長い髪を巻き、ド派手なネイルを施したギャル。

 

 五十嵐の彼女、澤田美穂だ。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「古文とか漢文とかまぢイミフ! どーして現代人のあたしらが昔の人の言葉勉強しなきゃいけないの!? てゆーか漢文に至っては中国の昔の言葉ぢゃん! どこで使うんだってーの!」

 

 喚き散らす澤田さんを横目に、俺はミートスパゲティを口に運ぶ。

 うーん、美味い。さすがつぐパパだな。スイーツ以外も絶品だ。

 

「大学受験かなぁ」

「そんなん知らんし! あたし理系行くもん!」

「美穂は数学とかも苦手じゃねーか」

「そぉだけどぉ〜!」

 

 理系でも古文漢文は使うと思うけどな。センター試験とかで。私立なら使わないところもあるのか?

 ま、それはそうと。

 

「澤田さんって勉強苦手だったっけ?」

 

 そんなイメージまったくないんだが。

 補習とかも受けてないだろ。香澄とかと違って。

 

「ニガテだよ〜。いっつも赤点ギリギリ! ヤマカンが奇跡的に当たってるから赤点は回避してる!」

 

 ヤマカンが当たって赤点ギリギリ...?

 相当だな。

 

「でも、なんで突然勉強する気になったの?」

「パパが『次のテストで平均六十点以下ならお小遣いを減らす』とか言い出してさ〜」

 

 なるほどな。

 

「弟が今年受験なんだけど、その横で遊びすぎたから怒られてぇ〜」

 

 そんな理由で。

 俺が高校受験の時、姉ちゃんは隣でずっとゲームしてたけどな。当時お母さんは何も言わなかったが、他人の家だと怒られるのか。

 

「てか澤田さん、弟いるんだ?」

「いるよ〜。四月から高校生。花咲川受験するって言ってた」

「へ〜。なら受かったら後輩だ」

「弟は勉強ちょー得意だから、絶対受かるよ。男子の先輩としてよろしくね〜」

 

 へぇ。弟さんは頭良いのか。

 まぁ身内贔屓の可能性もあるけど。

 

「あ、そういやあたしの弟、最近メタル聴き始めたんだ〜。っていうかあたしが勧めた。ぐっちーに教えてもらったやつ全部」

「全部」

「そ、全部。けっこー好きらしくて、勉強中も聴いてるっぽいよ」

 

 逸材だな。入学してきたら仲良くしよう。してこなくても仲良くしよう。

 

「でもそのせいで最近ちょっと勉強に集中しきれてないっぽい」

「澤田さん戦犯すぎるでしょ」

「巡り巡って責任はぐっちーにあるから。責任取ってあたしに勉強教えて」

「あ、俺も頼む。成績上げて親に臨時の小遣い要求するから」

 

 なんだこいつら。

 まぁ勉強を教えるのは構わない。自分自身の復習にもなるしな。

 

「ぐっちーって成績良いよね? いつもどのくらいなの?」

「この前の期末は学年七位」

「ヤバ、キモ」

「帰るぞ」

「わー! ごめんごめん! キモくない、キモくないから!」

 

 キモいってなんだよ。ただ勉強頑張っただけなのに(泣)

 まぁ最近は俺のメンタルも強くなってきたからな。キモいとか蘭とか日菜さんからしょっちゅう言われてるから慣れたわ。...嫌な慣れだな。泣きそう。

 

 ミートスパゲティを食べきり、口元に着いたソースを拭き取ってからコーヒーを啜る。

 

「んじゃやるか。澤田さんは古文漢文と数学、あと何が苦手なの?」

「えっとね、現代文と英語と世界史と公共と生物基礎!」

「全部じゃん」

「全部じゃないし! 保健体育と家庭科は得意だし!」

 

 何それ、ちょっと卑猥。

 

「まぁいいけど。五十嵐は?」

「英語以外は自信がない」

「むしろ英語は自信あるのか」

「ああ。俺、将来はメジャーリーガーになるから。英語はちゃんと勉強しなきゃな」

 

 なるから、って決定事項かよ。すげー自信だな。

 つーかそこまでの気持ちがあるのに高校野球はしなくて良かったのか? 甲子園とか、全野球経験者の憧れじゃないの。

 

「花咲川に野球部があったらやってたけどな。今はお前らとバンドしてるのが楽しいし、トレーニングは一人でも十分できるから」

 

 そもそもなんで花咲川に来たんだって話だが...まぁそこまで他人の事情に踏み込むこともないだろう。あっちから話してくることがあれば聞く、くらいのスタンスで。

 っていうか何だかんだ嬉しいこと言ってるしな。俺らとのバンド活動は楽しいか、そうかそうか。ふへへっ。

 

「そんじゃとりあえず数学やるか。俺何も教材持ってきてないけど、二人は持ってきてる?」

 

 というか持ってきてなかったら詰みだが。

 

「数学ノートと青チャートだけは持ってきてるよ」

「俺も」

 

 十分だ。

 

「んじゃあチャート解いていこう。分からないとこあったら教えっから」

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 翌日。

 今日は朝からバイトだ。

 

「らっしゃっしゃせ〜」

 

 日曜日の朝は比較的空いている。

 昼に近付くにつれて混み合ってるくるが、今日はひまりも丸山さんもいないから、長居する奴などは減るだろう。

 

「そういえば、最近あの子を見ないねぇ」

 

 昼のピークも過ぎ、ようやくありついた飯をむしゃむしゃ食べていると、奥で作業をしていた店長が呟いた。

 独り言のようだが、それにしては声が大きいし、もしかしたら俺に話しかけているのかもしれない。

 

「誰っすか?」

「あの子だよ。勉強してた、白髪の女の子」

「あー」

 

 そういや確かに最近見ないな。

 まぁファストフード店での勉強って中々集中できないし、自宅なり図書館なりで勉強しているんじゃないだろうか。

 あ、そういや羽沢珈琲店にもちょいちょい出没してたんだっけ。あっちはどうなんだろ。

 

「うちの娘、受験のストレスからか、最近僕へのあたりが強くてねぇ。クソ親父とか言われちゃって。僕は高校は推薦で行ったからあんまり分からないんだけど、中々精神削るらしいね。あの子のことも心配だよ」

 

 あんたの娘さんのはストレスってより正常な思春期だと思うが。

 俺の姉ちゃんも中学高校くらいからお父さんへのあたりが強くなった。お父さんの下着と一緒に洗濯しないでって言ったじゃん! みたいな生易しいもんじゃない。本気でゴミを見るような目を向け、無視し、お父さんが仕事から帰ってくるたびに舌打ちしていた。

 

 店長の娘さんもそのうちそうなるかもしれない。そう思ったが、俺は優しいのでそんなことは言わない。「受験が終わったら遊園地に連れて行ってあげるんだ。喜んでくれるかなぁ」と幸せそうな顔している中年を地獄のどん底に叩き落とすことは俺にはできない。

 

「あんまり過保護にならないほうがいいっすよ」

「無理な話さ! だって目に入れても痛くないくらいだからね!」

 

 俺の父親もそんなこと言って姉ちゃんに嫌われてた。

 まぁ、何があっても強く生きてくれ。健闘を祈ってます。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 バイト帰り。

 見たいテレビがあったため駆け足で帰路につく。

 今日は白鷺千聖がゲストで出るバラエティ番組があるんだ。録画もしているがリアタイでも観なければ。

 

 そんな(はや)る気持ちがあったからだろうか。曲がり角で向かい側にいる人に気付かず、出会い頭に衝突してしまった。

 

「うわっ、と!」

「きゃっ!」

 

 容姿は確認できなかったが、声からして相手は女性。俺の方が体格が良く、相手は尻もちをついてしまった。

 

「やっべ...! す、すいません、大丈夫っすか!?」

 

 慌てて声をかける。

 怪我でもさせていたら事だ。場合によっちゃ慰謝料案件。そうでなくても女の人に怪我をさせるとか最低すぎる。

 

「いたた......あ、はい、大丈夫です...」

 

 良かった。

 とりあえず胸を撫で下ろし、手を貸そうとしたところで、相手の顔をちゃんと認識する。

 

「...あれ、倉田ちゃん?」

「え? ......あ、ファストフード店の...?」

 

 ぶつかった相手は、例の受験少女。

 最近見ないなと店長が心配していた、倉田ましろちゃんだった。

 

「ごめんね。前、ちゃんと見てなくて。立てる? 怪我とかしてない?」

「あ、はい。ほんとに大丈夫です...」

 

 遠慮がちに俺の手を取ったので、そのまま引き上げる。

 

「あの、私の方こそすみません。私も前見てなくて...」

 

 スカートに付いた汚れを手で払い、おずおずと謝ってくる。

 元気がないようにも見えるが、この子はいつもダウナーだ。

 どのくらいダウナーかというと、うちのバイト先で「メランコリック受験ガール」っていうあだ名がついているくらいにはダウナーだ。

 だが今日は、いつにも増して元気がないように見えた。

 

 まぁ受験のストレスもあるんだろう。

 何しろ彼女の志望校はあのお嬢様学校、月ノ森だ。偏差値も花咲川なんて目じゃないほど高い。

 前に店長命令でちょっと勉強を見た時は十分合格できるレベルだったが、安心出来ない毎日に精神を削られているんだろう。

 

 なんだかんだ、俺は余裕を持って受験に臨んだ身。確かに不安もあったが、よっぽどじゃなければ落ちないという確信もあった。

 そんな俺が彼女に言えることなんてない。何を言っても気休めにもならないだろう。

 

 が、やはり気にはなるし、多少関わりを持った年上の身としては少しくらいお節介も焼きたくなる。

 

「倉田ちゃん、この後って空いてる?」

「え? あ、はい。帰って勉強するくらいですけど...」

「じゃあちょっとだけ時間貰ってもいいかな。そこまで長くはならないから」

「え?」

 

 困惑した様子の倉田ちゃんに、精一杯の笑顔を見せてみる。

 大丈夫だよ〜怖くないよ〜ふへへっ(不審者)

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 倉田ちゃんを連れ、赴いたのは近場のカフェ。

 ここには二度訪れたことがある。最初は姉ちゃんに連れてきてもらって、二回目は松原さんと来た。

 

「ここ、コーヒーが美味いんだ。倉田ちゃんはコーヒー飲める?」

「あ、はい」

 

 良かった。うちの店でコーヒーを飲んでいる姿は見たことがなかったし、もしかしたら苦手なのかも、と思ってた。

 

「コーヒーだけじゃなくて甘味も中々だから。まぁ羽沢珈琲店程じゃないけどね。大きな声じゃ言えないけど」

 

 飲んでいる姿を見ないってことは、少なくとも好んではいないということ。さすがにそんな子を相手にコーヒーが美味いだけの店へ連れてくるほど考え無しじゃない。

 俺はコーヒーを、倉田ちゃんは甘い物を食べればいい。そう思って連れてきた。甘い物は幸せホルモンを分泌するらしいしな。まぁ甘い物が苦手って言われたら泣いて謝罪するけど。

 

 俺はコーヒーとチーズケーキを、倉田ちゃんはコーヒーとチョコレートケーキを注文する。

 

「今日も勉強帰り?」

「あ、はい」

 

 なんか萎縮してるな、倉田ちゃん。

 バイト中暇な時は勉強も教えてたしちょっとは懐いてくれたかと思ってたけど、やっぱりまだ怖いのかなぁ。まぁ年上の男なんて怖いよね。

 

「頑張ってるんだね。偉いね」

 

 とりあえず優しく褒めておこう。イメージするのは最強のお母さん。

 俺はお母さんに“優しく”褒められたことなんてないけど、ひまりやひまりママには何回かある。あれをトレースすれば多少の警戒心は薄れるんじゃないだろうか。俺はそうだった(バブ)

 

 まぁ俺じゃママには役不足だし、あんな包容力は出せないけどな。「怖くないよ」ってことが伝われば良いんだ。

 怖くないよ〜。

 

「......あ、はい」

 

 ......やめよ、ドン引きされてる気がする。

 

 暫く無言の時間が続く。

 元来俺はコミュ力のある方ではないし、倉田ちゃんも自分から話すタイプじゃない。

 蘭とかとなら無言の時間でも何ら気まずくないが、倉田ちゃんとの無言は少しばかり気まずかった。何か話題を探さなければ。

 

 ...ないな。倉田ちゃんの趣味も知らないし、話題が思い付かない。こういう時須田とかならいろいろ話せるんだろうな。そういうとこは素直に尊敬する。

 

 仕方ない。さっさと本題に入るか。

 

「えっと...勉強の方は順調? 何か分からないところがあれば教えるけど」

 

 受験生の暗い表情。それは九割が受験、進路関係だ(当社調べ)

 倉田ちゃんも自信がなくて不安になっているんだろう。そう思ってこの場を設けた。立ち話で出来るような話題じゃないしな。

 

 倉田ちゃんの志望校の受験日は二月の頭。来週だ。ぶっちゃけ今から焦って勉強したところで結果はほとんど変わらないだろうが、第三者から見て、倉田ちゃんは十分合格ライン。緊張に押し負けず本来の実力が発揮できれば問題はないはずだ。

 

「べ、勉強の方は...大丈夫とは言えないですけど、やれることはやりました」

 

 ...ふーん?

 なんだ、案外落ち着いてるな。まぁ確かに倉田ちゃんは頑張っていた。やれることはやった、というのも決して過大評価じゃないだろう。

 けど、だったらなんでこの子はこんなに沈んだ表情をしてんだ?

 勉強の“方は”って言ってんだ。何かほかに理由があるんだろう。

 

 もしかして友人関係とかか? そういうデリケートな問題だとちょっと手に負えない可能性があるな。

 

「......何かほかに気になることが?」

 

 意を決して聞いてみる。

 ド地雷の可能性もあるが、ここまで来てもらった以上、何もしないというのも後味が悪い。

 困ったらひまりか巴を呼ぼう。あいつらも倉田ちゃんのことは知ってるし、力になってくれるはずだ。

 

「───......その、自分についてなんですけど」

 

 少しの沈黙のあと、倉田ちゃんは口を開く。

 俺が覚悟を決めたように、彼女も考え、話すことを決めたのだろう。

 だったら、それを聞いてやるのが先輩としての務め。いや俺から聞いといて話も聞かないとかありえないけど。良い解答が出せるかどうかは別としてね。

 

「私、自分を変えたくて月ノ森を受験しようって決めたんです。私には何も無いけど、あそこには眩しい人達がたくさんいるから、もしかしたら私も変われるのかもしれない。何か特別な存在になれるかもしれない、って思って」

 

 まぁ確かに、あそこはお嬢様高校だ。色んな人間がいるだろうし、英才教育なんかを受けた特別な才能の持ち主も大勢いるだろう。そもそも住む世界すら違うから、交流次第で様々な価値観を知ることができるはずだ。

 

「でも、やっぱり私、自信がなくて...私なんかが変われるのかなとか、周りのキラキラに押し潰されちゃうだけなんじゃないかなとか、そういうのばっかり考えちゃって......」

 

 変われるかどうかなんて結局は自分次第。どれだけ特別な場所にいようと、受動的なようであれば結果は変わらない。

 頼るのはいい。自分一人で難しいと感じるなら、他人や環境に頼ることは悪いことじゃない。だが、『ここにいれば、この人と一緒にいれば、自分も勝手に変わることができる』なんて、そういう風に考えるのがダメなんだ。

 自分を変えることができるのは自分だけ。能動的に考えて行動しなきゃ何も変わりゃしない。

 

 

 

 ...なんて、知ったような口で高説垂れることもできるんだろうが、そんなことをしても意味はないだろう。

 そも、俺がそれを実行できていない。

 俺もコミュ障な自分を変えたいと思ってはいるが、結局はいつも他人頼り。流されているだけだ。

 

 小学校の頃に俺が孤立しなかったのはひまりのおかげだし、中学の頃も幼馴染連中のおかげで友達ができた。

 

 ひまりたちに頼りすぎはよくない。自分の力で友達を作ろう。

 そう思った高校でも、結局俺から声をかけたのはおたえくらい。しかもギターを弾いてたからほぼ反射的に話しかけただけで、翌日はロクに目も合わせなかった。その時はあっちから声をかけてくれたから今の交流がある。

 入学当初、須田が話しかけてくれて、あいつ経由でクラス内でも何人か話せるやつができた。おたえの紹介でポピパと交流を持った。

 

 俺の人生、あいつらがいなけりゃ友達もバンド仲間もできず、孤独で寂しいものになっていただろう。

 

 日本人は変化を恐れる。ちょっと主語が大きいかな? けどまぁ全体的にそうだろう。自分を変えたいなんて思っても、変わることを怖がってしまう。

 その変化は失敗にも言い換えられる。「話しかけたいけど、上手く話せなかったらどうしよう」みたいなことを想像し、怖くなって結局何も行動に移せない。

 

 

 まぁ要するに、そんな変わること(失敗)を怖がっているチキンな俺が『自分を変えることができるのは自分だけ』なんて言ったところで説得力なんぞ皆無だ、ということ。

 倉田ちゃんが聞きたいのはそんな上っ面を見繕った、正しいと見せかけただけの言葉じゃないはずだ。

 

「...ふーん。ま、なるようになるでしょ」

 

「.........え?」

 

 上手なことは言えない。倉田ちゃんの不安を一発で拭い去ることができる言葉は持っていない。

 だからせめて、素直な感想を伝えておこう。

 

「変わることだけが正解じゃないとは思うけど、倉田ちゃんが変わることを望んで、変わることができそうな環境に行こうと頑張ってるんでしょ? なら、あとはその環境に頼るだけだよ。少しは自分でも頑張んなきゃだろうけどね。なるようになる。うん、俺の好きな言葉だ」

 

 倉田ちゃんは唖然としている。

 俺が励ましの言葉でも贈ると思っていたんだろうか。もしくは、もっと的確なアドバイスでも投げるのかも、と。

 申し訳ないが、そんな人間じゃないんだよ、俺は。

 

「失礼しまーす。ブレンドコーヒー二つと、チーズケーキ、チョコレートケーキになりますー」

 

 男の店員さんの少し間延びした声とともに、注文した品が運ばれてきた。

 テーブルの中心に置かれたチョコレートケーキとコーヒーを倉田ちゃんの前に配膳し直し、俺も自分の分のケーキとコーヒーを取る。

 

「俺もさ、変わりたいなって思って、でもまだ変われてない人間なんだ」

 

 さすがに「なるようになる」とだけ言うのも違うかと思い、続けて話す。

 

「俺は思ってただけ。だからなるようになった。変わってないまま、変われないまま日々が過ぎてる」

「...変われない、まま...」

 

 今倉田ちゃんが一番恐れているのはそこだ。

 変化は怖いけど、でもそのままなのも嫌。だから頑張ってるのに、それでも変われなかったらどうしようと。

 少し飛躍するかもだが、努力しても結果が得られないと、自分の価値に疑問を覚えてしまうことだってある。

 

「でも、倉田ちゃんは俺とは違う。最終的には他人頼りになっちゃうとしても、そこまでの過程で努力してる人間だ。世の中結果が全て、なんて言う人も大勢いるけど、過程だって大事だよ」

 

 コーヒーを啜り、一息ついてから話を続ける。

 

「それに、変われるかどうかなんてのは、今考えることじゃない」

「...え?」

 

 コーヒーをじっと見つめていた倉田ちゃんが顔を上げた。泣きそうじゃん、ごめんね俺が悪かった。なんかデジャブがあるな*1

 

「考えたり、悩んだり。それは『変われなかったあと』でいいんじゃないかな。変わろうって思ってる時に『もしかしたら変われないかも』なんて、そんなのは皮算用だよ。変われなかった時に、それでもまだ変わりたいと思うか、そのまま身を任せて変わらないままの自分で生きていくのかを悩んで、考えて、結論を出す。それでも遅くなんてないと思うよ」

 

 まだ十年やそこらしか生きてない俺が言っても説得力なんてないが、俺らはまだ若い。今はただ信じて頑張ればいい。努力が報われなかった時のことは、その時に考えれば済む話だろう。

 

「大丈夫、なるようになるさ。結果に満足出来なかったら、その時また考えて、また頑張ればいい。だから今は、愚直に頑張れ。気楽にいこう。不確定な未来を憂いても、それこそ何も変わらないよ」

 

 言いたいことは言った。あとは全部、倉田ちゃん次第だ。

 

「...なるように...なる......考えるのは、その後で...」

 

 倉田ちゃんは再び俯き、うわ言のように呟いている。

 今悩んでいる人間にかける言葉として、決して正解とは言えない俺の解答。勇気を出して、もしかしたら俺を頼ってさらけ出した不安への解答がその程度のもので、落胆してしまったかもしれない。

 

 けど、俺に言えることはこれだけだ。

 ごめんね、頼りにならない先輩で。

 

 心の中で謝りつつ、チーズケーキを頬張る。うーん、羽沢珈琲店(つぐパパ)ほどじゃないけどやっぱ美味いな、ここのチーズケーキ。

 

「...あの、ありがとう、ございます」

「んぁ?」

 

 二口目を頬ばろうと口を開いたところで、倉田ちゃんがお礼を言ってくる。

 

「お礼言われるようなことしてないよ。むしろごめんね、的確なアドバイスとかできなくて」

「い、いえ。ちょっと、私が思い詰めすぎだったかなって思いました」

「そ。まぁあれだ、何度も言うけど、なるようにしかならないからさ」

 

 考えすぎても鬱になっちゃうだけだ。気楽にやったほうが楽だし楽しいよ。

 倉田ちゃんもチョコレートケーキに手をつけ始めた。

 お、いい顔するね。実は甘い物好き? ここのケーキは美味しいだろ。でも羽沢珈琲店の方が美味しいから、合格したら合格祝いとして奢ってあげよう。

 

「あ、あの、ところで...」

「ん?」

 

 次はコーヒーを啜ろうとしていた時に話しかけてくる倉田ちゃん。タイミング悪いね。それかもしかして狙ってる?

 

「さっき、『俺も変わりたいって思ってた』って...関口さん、もう完璧に見えるんですけど......」

「んなこたあるめぇ」

 

 俺が完璧? 笑わせる。ダメなとこばっかりだよ。

 ...なんだよその「信じられない」みたいな顔は。キミ、俺の事なんてほとんど何にも知らないだろ。

 

「そうだねぇ。ダメなとこはたくさんあるけど...俺って若干コミュ障なとこあってさ」

「...? 関口さんが...?」

「そ。一人じゃ初対面の人どころか、何回か会ったことある人にも話しかけられないの」

 

 クラスメイトでも怖いし、他クラスや上の学年なんて以ての外。三回以上話したことのある相手じゃないと自分からなんて話しかけられない。

 ひまり曰く、俺は典型的な内弁慶。特定の人間にだけ懐く野良猫みたい、なんだそうだ。俺は猫より犬派だから犬でありたいんだけどな。

 

「で、でも、私に話しかけて...」

「倉田ちゃんは、うん、なんか大丈夫だった」

 

 同類の匂いを感じたからだろうか?

 あとは年下の子だし、年上として〜っていう見栄や義務感みたいなものもあるだろう。

 

「倉田ちゃんとは仲良くなれそうだしさ。高校生になってからも、たまにでいいからうちの店に顔出してくれると嬉しいな」

 

 俺だけじゃない。店長も喜ぶだろう。

 ひまりや巴も倉田ちゃんのことは気にかけてたし、遊びに来てくれたら嬉しいんじゃないだろうか。

 

「まぁ何にせよ、まずは受験だよね。来週だったっけ?」

「あ、はい」

 

 最後のチョコレートケーキの欠片を咀嚼し終えたことを確認してから声をかける。

 

「平常心で臨めば、倉田ちゃんの実力ならきっと合格できると思うよ」

「は、はい...ありがとうございます...」

 

 締めに入ってきたし、これ以上倉田ちゃん(受験生)の時間を奪うわけにもいかない。

 

「もう大丈夫? おかわりとか」

「あ、はい。大丈夫です」

「ん。じゃあ帰ろっか。ありがとね、時間くれて」

「い、いえ...こちらこそ、その、ありがとうございました」

 

 伝票を取り、立ち上がる。

 倉田ちゃんもお金を出そうとしてくるが、年下の、しかも中学生に金を出させるほど甲斐性無しではない。「俺が誘ったわけだし」と言い、出させる前に会計を済ませる。

 

「あ、...ありがとうございます、ご馳走様です」

「いーのいーの。じゃ、またね。合格したら店に報告来てよ。店長、すっげー喜ぶと思うよ。ポテトとか、もしかしたらバーガーも奢ってくれるかも」

「い、いえ...! そんな、ねだるみたいな...!」

 

 バーガーくらい店長なら払えるよ。大人だもん。

 でもその心は優しくて良いと思う。そのまま純粋でいてほしい。モカに爪の垢煎じて飲ませたいくらいだ。

 

 最後までペコペコしていた倉田ちゃんに手を振る。

 

 合格できるといいな。

 そう願いながら、俺は白鷺千聖が出ている番組の最後くらいはリアタイで観れるかもと少し足早に帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
41話『音楽を愛せよ、さすれば救われる。知らんけど』のチュチュ




次回、バレンタイン回です。
年度内には投稿しろ。
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