ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。   作:怜哉

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イベント事にはとりあえず便乗しとけ

 

 

 

 

 

 

 バレンタインの起源は今から十数世紀前、三世紀頃にまで遡る。

 時のローマ帝国皇帝・クラウディウス二世の時代。「故郷に愛する者がいると士気が下がる」という理由で兵士の結婚が禁止されていた中、密かに兵士達の結婚式を執り行っていたキリスト教司祭・ヴァレンティヌスが処刑された。

 後世の人々は司祭の功績を称え、彼を『聖バレンタイン』と祀るようになった。

 

 そして、そんな『聖バレンタイン』が処刑された日こそが、二月十四日。この日を『聖バレンタインの日』とし、お祈りするようになったと言われている。

 

 

 要するに、バレンタインデーとは聖人の処刑日、命日なのだ。

 

「聖バレンタインは拷問された上で撲殺された、なんて話も聞く。そんな日にチョコ、チョコと騒いでさ...日本人は宗教のイベントを何だと思ってんだ。つーかそもそも日本人のほとんどは神道系だろ。クリスマスといい、都合のいい時だけキリスト教にあやかりやがって」

「そーだそーだ! 関口のゆーとーりだ!」

 

「オタク共がまたなんか騒いでらぁ」

 

 五十嵐の処刑日も二月十四日でよろしいか? よろしいな?

 明日を楽しみにしてろよ。震えて眠れ。

 

 

 

 

 というわけで二月十三日、金曜日。朝。

 バレンタインデーなどという愚の祭典を明日に控えた今日、登校途中に二人と会い、須田と共に五十嵐の調理方法を考えながら学校までの道を歩いている。

 

 須田はともかく五十嵐が俺らと一緒に登校するのは珍しい。普段は登校中に顔を合わせても澤田さんと二人でいることを優先する奴だし。まぁ正しい判断ではあると思うけどな。

 

 ではなぜ今日は五十嵐が俺らと一緒にいるのかというと、いつも一緒の澤田さんがいないから。

 じゃあなぜ澤田さんが一緒じゃないのかと五十嵐に聞いたところ、今日はバレンタインのために一日休んで準備するからとかなんとか。いやマジかあのギャル。何作るつもりだ?

 

 とまぁそんな話の流れがあり、そもそもバレンタインは何なのかという話題になった。

 

 

「やっぱり東京湾かな。近いし。それとも足を伸ばして富士の樹海にする?」

「いや、それじゃ芸がないな。微妙に遠いけど奥多摩湖とかどうだ?」

「多摩かー。運ぶのが面倒だけど、生かして連れてってあっちでシメればいいか」

「殴殺でいいかな。バールのようなものなら護身用で持ってるけど」

「お前の護身怖ぇよ。でもそうだな...あ、前に漫画で見たんだけど、氷塊で殴れば指紋とかも残らないらしい。湖だし溺死させるのもアリだと思う」

「溺死の方がより苦しむかな」

 

「お前らウキウキで俺の殺害方法話し合うのやめろ」

 

 楽しい(楽しい)

 

「てかお前らもチョコ貰えるだろ」

 

 俺らが貰える貰えないの問題じゃない。別にお前が澤田さんからチョコを貰えるから殺ろうとしてるわけじゃないんだよ。煽ってきたからやり返そうとしてるだけで。

 むしろ付き合ってるのに貰えなかったら憐れむわ。そのあと全力で笑ってやるけど。

 

 つーか俺貰えるかなぁ?

 幼馴染連中とか姉ちゃんとか、身内からなら貰えるかもだけど。

 ひまりとつぐは毎年くれるけど、『友チョコ』だしな。姉ちゃんからは彼氏(候補)に渡す用のやつの味見役として渡されるだけで、アレらで「バレンタインにチョコ貰った!」って言うのはチョコ0より悲しくなるからヤダ。モカに至っては要求してくる始末だしな。

 

 須田は牛込さんから貰えるだろうな。羨ましい。幸せになれよ。

 

「関口は貰えるだろうな」

「須田だって貰えるだろ」

「.........」

「.........」

「「へへっ、そ、そぉおぉ?」」

 

「なんだお前ら気持ちわりぃ」

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

 そんなこんなで学校到着。

 いつもより早い時間に登校したからか、普段登校中によく会うポピパやハロハピの面々に会うこともなく校門を抜けた。

 

「...なんか今日、人多くね? 特に男共。いつももっと始業ギリギリに来てるだろ、こいつら」

 

 五十嵐が訝しんで周囲を見渡す。

 確かに、いつも俺より遅くきてる連中もチラホラ見受けられる。

 五十嵐は普段からこの時間に登校しているらしく、違和感に気付いたのだろう。

 

「今日がバレンタイン前最後の登校日だからじゃね? 全員浮き立ってるんだろ」

 

 須田の言う通りかもしれないな。

 みんなどこかソワソワしてる。手鏡なんか持ってずっと髪型をイジってる奴も何人かいるな。バレンタイン当日にそんなことして何か効果あんの?

 

「ったく...どいつもこいつも落ち着きのない。製菓業界に良い様に使われてるだけだって気付けよな」

「関口の言う通りだ。恥を知れ、恥を」

 

 まったく。同じ男として恥ずかしい限りだぜ。

 

「ああ、だからお前ら二人も今日は朝早かったのか」

「チガウヨ」

「ソンナワケナイダロ」

「もっと隠す努力しろよ」

 

 違うもん。ね、須田。

 アホの五十嵐の呆れたような、憐れむような目を全力で無視し、下駄箱に向かう。

 

「ん? なんだあいつら、下駄箱の前でソワソワと」

 

 五十嵐の言葉で周りを見渡すと、確かに何人かが下駄箱の前でソワソワと落ち着かない様子だ。

 ウロウロしていたり、何度も下駄箱を開け閉めしていたり、膝を着いて項垂れていたり。

 何やってんだろ。

 

「奴らは亡霊だ」

「突然どうした須田」

 

 須田のシリアス顔久々に見たな。

 五十嵐の調理方法考えてる時だってここまで真剣な顔してないぞ。ライブ中より迫真の顔じゃねぇか。

 

「戦いは既に始まってるってことさ。奴らはその戦いに敗れた敗北者。未だ希望を捨てきれない、生きた亡霊に成り下がった哀れな者共」

 

 何言ってんだこいつ。

 わけの分からないことを言い出した須田を横目に靴を脱ぎ、下駄箱を開ける。

 

「つまりだな────」

 

 ぼとり。

 俺の下駄箱から何かが落ちた。

 上履きじゃない。長方形の何か。

 ワインレッドの包装紙、ピンクのリボンで締められた箱。

 名刺くらいの紙が貼られており、そこには「関口へ」というひどく綺麗な文字が。

 

「───下駄箱にはチョコが入っている。そういう可能性があるってことだ」

 

 瞬間、俺は周りの亡霊共に簀巻きにされた。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「......えーっと。これ、どういう状況?」

 

 登校し、教室に入った私───山吹沙綾は、教室内の異様な光景に思考が追い付かず、誰に向けたでもない言葉をぽつりと漏らした。

 

「お、沙綾。おはよ」

「え? あ、うん。おはよう、五十嵐くん」

 

 教室の入口付近で“異様な光景”を遠巻きに見ていた五十嵐くんに挨拶される。

 挨拶ついでだ。五十嵐くんに聞いてみよう。

 

「あのさ、アレ、何?」

 

 “異様な光景”(アレ)────荒縄でぐるぐる巻きにされた関口くんが、何かどす黒いオーラを纏った男の子たちに囲まれて天井から吊るされている光景を指差し、五十嵐くんに説明を求める。

 

「ああ、アレ? 関口への断罪」

「だ、断罪?」

「そ。もっと直接的な言葉を使うなら、関口の処刑だな」

 

 なんでこの人はこうも落ち着いて友人の処刑を見ているんだろう。てゆーかちょっと笑ってない? 五十嵐くんたち、友達だよね?

 

「関口のやつ、チョコ貰ったんだよ。あいつの下駄箱に入ってた。それを見られたから、哀しき亡霊たちに襲われてんだ」

「チョコ? あー、明日バレンタインだから。え、誰から?」

「さあ? 匿名っぽい」

 

 匿名かぁ。まぁ関口くんモテるもんね。

 

 

「やっ、やめろお前ら! 落ち着け! まだ女の子からのチョコだって決まったワケじゃないだろ!? 誰かのイタズラかもしれないじゃん!」

「遺言はそれだけか?」

「遺言じゃねぇよ!」

「詛咒通常都是一種使他人不幸的预言或许愿......」

「何何ナニ怖い怖い怖い怖い! え、俺死ぬの!? 今から俺死ぬの!? お、おい五十嵐助けて! お前の筋肉でこいつらを追い払ってくれ! 頼むから!!」

 

 

 関口くんのあんな必死な顔初めて見た。

 

「...その、助けないの?」

「なんで? 面白いじゃん」

「面白いかなぁ?」

「それに俺、あいつと須田には、いわゆる『リア充イベント』のたびに殺害方法とかウキウキで話し合われてるんだぜ? 助ける義理とかないっしょ」

 

 え、Capliberteって実は不仲なの?

 普段だいぶ仲良さそうに見えるんだけど...

 

「ま、亡霊達(あいつら)も本当に危害を加えることはないと思うし。そこまでバカじゃないよ。...多分」

 

 う〜〜ん......多分かぁ...

 というか荒縄で縛り上げられてるのは『危害』判定じゃないんだ。

 

「もし本当に関口が危ないんだったらさすがに助けるし」

 

 あ、そうなんだ。

 なんだかんだで仲はいいんだ。男の子特有の友情、みたいなものなのかな。私にはちょっと分からないけど。

 

 

「被诅咒的人不必在场,也不必知道他被诅咒了」

「除语句外有时诅咒也伴随有手势」

「诅咒的原因往往是愤怒或者报复或者」

 

「何なんだよお前らはよォ!? 何の血ィ引いてんの!? 全員陰陽師の末裔か何かか!? す、須田! 助けて須田ぁ!!」

 

「須田ならりみとどっかに消えたぞー」

 

「......何?」

「須田罪犯。須田処刑、執行! 執行!」

「落着、須田何処所在不明。誰知?」

「我知! 二階空教室可能性有!」

「了。誉。出発! 出発! 須田罪犯。即処刑、執行! 執行!」

 

「た、助かった...」

 

「関口共処刑! 連行! 二人墓地二階空教室! 或屋上所望? 何方選? 選択肢贈与。選択」

 

「はぁ!? い、嫌だ! おいやめろ、俺は置いてけよ! 須田の処刑だろ!? なぁ!!」

 

 

 ...関口くん、連れて行かれちゃった。

 ごめんね、私じゃ助けられそうにないや。頑張って生き残ってね。アーメン。

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 

「「酷い目に遭った」」

 

 一時間目の休み時間。

 何故か一時間目の現代文が急遽自習になったため、その時間を使って俺と須田はじっくりと処された。自習時間なんだから勉強しろお前らクソがよ。

 

「おい、あんま近付くなよお前ら。呪詛が伝染る」

 

 なんだてめぇ。腹立つな五十嵐この野郎。

 

「まぁ良かったじゃねぇか。亡霊共(あいつら)、アレで満足したんだろ?」

 

 ケラケラ笑っている五十嵐を本気で殴りたくなる。マジで奥多摩湖に連れて行ってやろうか。

 本来なら五十嵐も処刑対象のはずなのだが、今日のところはチョコを貰っていないため無罪放免ということになったらしい。卑怯者め。

 

「で? 須田は無事りみから貰ったとして、結局関口のあれ(チョコ)は誰からだったんだ?」

「全然無事じゃないが」

 

 須田の目が死んでる。

 ずいぶん怖い思いしたもんなぁ。

 

 人間に脳に備わっている忘却機能をフルで使いおぞましい記憶を消しつつ、下駄箱に入っていた箱をカバンから取り出す。

 

「わっかんねぇ。女子からかどうかも分からん。これで男からのイタズラとかだったら本気で許さねぇからな」

 

 俺が処刑を受けた意味が完全に無くなる。

 せめて女子からであってくれ。

 

「お疲れ様〜。大変だったねぇ」

 

 中身を確認してみるかと思ったところで、タイミング良く山吹さんが話しかけてくる。

 あの制裁を見て「お疲れ様」って言葉が出てくるのおかしくない?

 

「おはよ、海。須田くんと五十嵐くんも」

 

 山吹さんに続き、おたえも挨拶してくる。

 そういや今日は生き延びるのに必死でまだ挨拶してなかったな。

 

「おはよ」

 

 挨拶は大事だ。千聖さんもそう言ってた。千聖さんが言ってるんだから間違いない。

 

「さっき、なんで海と須田くんはあんな目に遭ってたの?」

「こいつらがチョコ貰ったから」

 

 俺らは悪くないはずなんだけどなぁ。

 

「......チョコ?」

「バレンタイン前日だからな。関口密かに人気あるし、まぁ貰うだろ」

 

 おい待て、密かに人気あるってとこ詳しく。なんで潜んでんだよ、表に出て来い。

 ...いや、やっぱいいや。周りの男共の目が怖いし、なんだか面倒くさそうだ。好きになった人に好かれればそれで十分。

 

「そういえば匿名って話だったけど、相手、ほんとに分かんないの?」

「分かんないんだよね、これが。俺の苗字だけ書いてあるんだけど、この字に見覚えとかある?」

 

 山吹さんに紙を渡す。

 まぁ字だけで誰かを特定するなんて余程じゃなきゃ無理だろう。マンモス校程じゃないにしろ、この学校に何人の生徒がいると思って───

 

「あ、これ有咲の字じゃない? ねえ、おたえ」

「うん。有咲の字」

 

 マジでか。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「かっ、勘違いすんなよな! 関口には日頃香澄の事とか色々世話になってっからチョコくらいやるかと思っただけで、他意はないんだからな!」

 

 なんだそのテンプレじみたツンデレ発言。

 

 昼休み、いつも通りにポピパ連中と飯を食べるために集合した時、チョコの差出人は市ヶ谷さんなのかと尋ねたところ、そんな返事が帰ってきた。

 

 まぁ確かに市ヶ谷さんは香澄とデキてるから(実現希望妄想)俺への本命って訳じゃないだろ(名推理)

 いくら義理とはいえ直接渡すのは恥ずかしかったから下駄箱に入れといたのだろうか。いじらしい。市ヶ谷さんらしいな。

 

「ずるーい! 私も有咲のチョコ食べたい!」

「お前の分は明日渡すから」

「ほんと!? わーい、やったー! 楽しみ〜」

「お前マジでそのすぐ抱き着いてくんのヤメろ! 人前だぞ!」

 

 やっぱりデキてるじゃないか! 大変ありがとうございます。やるな(満悦)

 

「まぁなんであれ、ありがとね市ヶ谷さん。嬉しいよ」

「あっ、うぅ......」

「? 有咲、顔熱いよ?」

「顔をくっ付けるなぁ!!」

 

 チョコもだけど美しい百合をありがとう。本当にありがとう。

 とりあえず拝んどこ。

 

「海、甘いの好きだったっけ」

 

 てぇてぇ...てぇてぇ...と合掌している俺を若干引き気味に見ている山吹さんの隣から、おたえが聞いてくる。

 

「嫌いじゃないよ。あったら食べる」

「そうなんだ。じゃあ明日私もチョコあげるね」

「マジでか」

 

 マジでか。

 

「チョコ作ったことないから、さーや、今日の放課後作り方教えて」

「え? あ、うん。いいよ〜」

 

 しかも手作り!?

 マジでか!? 『元女子校に入学した俺、ガールズバンドの美少女たちと仲良くなる! ~おたえ√ ~』に突入してる!? どこの選択肢でそうなった。

 

「須田くんと五十嵐くんにもあげるね」

 

 友チョコじゃねぇか。

 まぁ確かに俺とおたえは友達だしな。さすがに残当。そもそもおたえに限らず誰ともフラグ立てた覚えないし。

 

「じゃあ私も作ろっかな。皆にあげる用のやつ」

 

 山吹さんも手作りチョコをくれるらしい。

 友チョコとはいえ嬉しいな、女の子からの手作りチョコ。

 

「明日、海くんたち時間ある?」

「昼にスタジオ入るくらい。CiRCLE」

「じゃあ私たちもCiRCLE行くね。おたえもそれでいい?」

「うん、大丈夫」

 

 バレンタイン当日にクラスメイトの女の子からチョコを貰えるとかいう素敵イベントが発生した。

 やったぜ! 明日、しかもスタジオならバカ共(花咲川男子生徒陣)に見つかることもないだろうし、本当にやったぜ!

 

 

 ピロン(LINE通知音)

 

 

Himari『明日暇?』

 

 

 ひまり?

 昼休みに連絡を寄越してくるのは珍しいな。

 明日ってことは、毎年恒例のチョコか?

 

 

kai『昼スタジオ入る予定あるけど、そのあととかなら』

 

Himari『分かった!』

Himari『じゃあ羽沢珈琲店集合ね!』

 

kai『あいあい』

 

 

 今年のはどんなのかなぁ。

 去年はチョコレートケーキだったっけ。あれ? それは一昨年?

 

 

「海くんたちは明日練習のあと暇? 良かったらそのまま遊び行かない?」

「あ、ごめん。ちょっと予定ある」

「そっかー。残念」

 

 女の子のお誘いを別の女の子との予定で断るとか、俺ってばどんだけ恵まれてんだよ。

 そこから恋愛に発展することはないと思うけど、それはそれとしてこんなにも仲良くしてくれる異性がいるってのは感謝すべきなのかもな。

 

「海、日曜日空いてない? 楽器屋さん巡りたいんだけど」

「日曜はー...バイト終わりなら大丈夫。渋谷新宿の方の楽器屋、ちょっと気になってたんだよな」

「じゃあそこ行こう」

 

 俺、女の子と予定立てすぎじゃない?

 この前の氷k...紗夜さんの言葉が蘇るな。

 

「お前らってけっこーな頻度で楽器屋行ってるよな。何やってんの?」

 

 何やら牛込さんから弁当のおかずを分けて貰っていた須田が聞いてくる。

 

「何ってお前、楽器屋に行く理由なんて一つだろ。楽器や機材を見てるんだよ」

「お前らもう十分持ってるだろ。まだ買うのか?」

「ギターは何本あっても困らないし、エフェクターも同様なんだよ。な、おたえ」

「うん、そう。あんまりお金なくてウィンドウショッピングになりがちだけど、見てるだけでも楽しい。店舗に行ったら試奏もできるし」

 

 それより須田さんや、お前牛込さんと付き合ってんの? 最近距離近過ぎない?

 どうでもいいけど付き合ったならちゃんと報告してね。ちょっとの祝福のあとイジり倒すから。

 

「みんなチョコあげるの? じゃあ私も海くんたちにチョコあげるっ!」

 

「わーいうれしー」

 

「棒読み!? 温度差すごくない!?」

 

「お、すごいな香澄。温度差なんて言葉知ってるのか」

 

「馬鹿にされてる!」

 

 いやまぁ実際嬉しいけどな?

 なんとなく照れくさくて(思春期)

 

 しかし今年は幸運だ。こんなにもチョコをくれるという女の子がいるなんて。

 今年も本命は貰えそうにもないが、そんなのは贅沢だ。そもそも本命を貰ったところで困るのは俺だしな。初めての彼女は好きになった相手がいいんだけど、今んとこ好きな人とかいないし。推しは何人かいるけど。あ、でもリサさんとかに『本命だよっ☆』とか言われたら落ちそう。まぁそんな未来は存在しないんだけどな。残当。

 

 まぁ今はただこの幸運を噛み締めていこう。この世全てに感謝。

 

「有咲〜海くんが冷たいよぉ〜!」

「だからくっ付くなって言ってんだろ!」

 

 本当に...感謝ッ......!

 

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 放課後。

 

「関口〜、帰ろうぜ〜」

 

 鞄を肩に掛けながら、五十嵐が間延びした声で言ってくる。

 

「...お前、もっとほかにかける言葉とかないの?」

「あん? 何がだよ」

 

 いつもと変わらぬ様子で、何ならいつもより無関心そうに五十嵐が返す。

 

「だから────さんざ男共から制裁を受けた俺に対する(いたわ)りの言葉はねぇのかって聞いてんだよ」

 

 体の(・ ・)節々が痛む(・ ・ ・ ・ ・)俺は机に突っ伏したまま、呑気な五十嵐に生気の薄れた目を向けた。

 

 あれはそう、昼休みも後半。昼食を食べ終わり、ちょっとトイレに行こうと教室を出ようとした時だ。

 

 

 

 ほわんほわんセキグチ〜(回想)

 

 

ゆり「あ、海くん」

 

海「ゆりさん? こんちわ。どうしたんすか、一年の教室まできて。あ、牛込さんならさっきお手洗いに行きましたよ」

 

ゆり「んーん、今日はりみじゃなくて海くんに用事」

 

海「俺っすか?」

 

ゆり「そー。今日バレンタインでしょ? あいや、ほんとは明日だけど、明日会えないし。今日チョコ渡そうと思って」

 

 ガタッ!!(起立の音×n)

 

海「ゆりさん、発言には気を付けてください。俺の命がかかってるんで」

 

ゆり「なんのこと? 海くんは相変わらず変なこと言うよねー」

 

海「相変わらずってなんスか。俺はいつだってBe cooler。常識に塗れた健全で清廉潔白な紳士ですよ」

 

ゆり「そういうとこだよ。まぁそんな虚言より」

 

海「そんな虚言より!?」

 

ゆり「はい、これチョコ。あげるね」

 

 男子共『ひとぉつ...』

 

海「......あ。アレですよね? 須田や五十嵐にもあげる、みたいな。おーい須田ー、五十嵐ー」

 

ゆり「あ、いや違くて。須田くんと五十嵐くんの分は(二人とも相手がいるから)用意してないんだよね。私からあげるのは(今彼女がいない)海くんだけ」

 

 亡霊共『ふたaAつ...!』

 

海「なんなんだよそのカウント。怖ぇんだが」

 

ゆり「あ、それとそのチョコ、私の手作りだから。ありがたく食べてね♡」(特に深い意味はない)

 

 悪霊憑依『みmぃT k ぁg っ W k T ぅU!!!!!!』

 

海「!? ヤベェ! 邪神が降りてきた!?」

 

ゆり「...じゃ、私次移動教室だからもう行かなきゃ」

 

海「待って! ゆりさん待って!! ちゃんと説明して! コイツら浄化してぇえええ!!!!」

 

 

 

 ほわんほわんセキグチ〜(回想終了)

 

 

 

 

「授業しに来た塩月(担任教師)が吊るされてるお前を見てそっと教室出ていったのは笑ったなぁ」

「お前に人の心ってもんはないのか?」

「死ぬ事以外はかすり傷っていう名言がある」

 

 この人でなし!!

 人の痛みを知れ(←クリスマスに五十嵐を簀巻きにして東京湾に沈めようとしていた男)

 

「まぁ良かったんじゃねーの? ゆり先輩からチョコ貰えて。お前、年上好きだろ」

 

 ...まぁ、それは正直そう。嬉しかった。

 

「もしかして本命だったり? だとしたら須田と兄弟になれるじゃん」

「そこはかとなくキモいことを言うな」

 

 ちょっと鳥肌立ったわ。

 それはそうと。

 

「中に手紙入ってて、『私たちの主催ライブに出てくれるお礼だよ! ちゃんと義理だから安心してね♡』だそうだ」

「ちゃんとって何だよ」

「俺が知るかっての」

 

 なぁにが「手作りだからありがたく食べてね♡」だ。期待を持たせるだけ持たせといてこの仕打ちですよ。純情な少年の心を弄んで楽しいかよ! でもチョコはありがとうございます大切に食べます。

 それにしても『P.S. 彼女がいる五十嵐くんとりみがいる須田くんには怖くて渡せなかったけど、ありがとうって伝えといて』とか書いてあったが、須田の奴は姉公認の仲なんですか? そこんとこ詳しく。

 

「それはそうと帰ろうぜ。お前、今日バイト無いつってたよな?」

 

 それはそうとって何だよ。

 

「すまん、俺この後ちょっと呼び出し受けてんだよね」

「なんだ、また女か?」

「言葉には気を付けろよ」

 

 殺気を向けるな男共。

 

「ちょっと氷川さんに呼び出されててさ。さっきLINEがきた」

「やっぱり女じゃねぇか」

「言葉には気を付けろっつってんだろバカ」

 

 ステイだ、落ち着けアホ共。まだ慌てる時間じゃない。

 

「生徒会室に呼び出しだよ。心当たりは一切無いけど、また何か悪いことしたんだろ。俺が」

「授業妨害じゃね? お前のせいで五限なくなったし。まぁ俺としては“せい”っていうか“おかげ”って感じだけどな。午後一の授業ダルいし」

 

 俺は悪くなくない?

 あまりにも理不尽だ。妨害したのは周りの男共だろ。俺はむしろ被害者だっての。

 

「ま、つーわけで俺はもうちょい学校残るから」

「りょ。じゃあ今日は俺一人か」

「? 須田は?」

「須田はりみと二人で先に帰っちまった」

 

 俺よりアイツの方が制裁されるべきなのでは?

 関口は訝しんだ。

 

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

「失礼しまーす」

 

 ノックをし、中から「どうぞ」と返事が来てからドアを開ける。

 前にノックをせず入った時、氷川さんに軽く怒られたからな。あれから学んだ。

 

 生徒会室の中には、氷川さんの姿が。ほかの役員の姿は見えない。氷川さんしかいないっぽい。

 

 にしても、今日は何で呼び出されたんだろう?

 もしかして本当に午後の授業の件についてか? だとしたら氷川さんよりも先に教師陣に呼び出されるはずだよな。そもそも俺は悪くないんだけど。

 

「急に呼び立ててしまい申し訳ありません。予定は大丈夫でしたか?」

 

 何にせよ呼び出されたってことは怒られるんだろうな。

 そう思っていた俺の耳に、予想外のセリフが飛び込んでくる。

 

 この感じ...もしかして説教じゃないのか?

 

「あ、はい。大丈夫っす。今日は何も無いんで」

「そうなんですか? 意外ですね。てっきり色々な方に呼び出されるなりしているものかと」

 

 何の話だ?

 あー、遊びに誘われてないのか、みたいなこと言いたいのかな。金曜だし、部活をしてない奴らはカラオケなりボーリングなりに行くことも多い。

 

「そっすね。特に予定も無しで、強いて言えば帰ってギター弾いてゲームしようと思ってました」

「そういえばNFOの新イベント、今夜からでしたね」

「そうなんですよ。限定装備が結構使えるって評判なんで、あこちゃんに一緒に周回しようって誘われてて。あ、氷川さんも一緒にやります? きっとあこちゃんも喜んで──」

 

「紗夜」

 

 ? ......あ。

 

「えっと...その、紗夜さんも一緒にどうですか? あこちゃんも喜ぶと思いますけど」

「そうですね。時間が合えばご一緒させてもらおうかしら」

 

 やっぱまだ慣れないな、紗夜さん呼び。一年近く氷川さんで呼んできたし、無意識に苗字が出てきてしまう。

 

「...とっ、ところでですね。その...え、NFOの新イベントの話なのですけれど、今回は何のイベントだったかしら」

 

 なんか突然雰囲気変わったな。

 どうした?

 

「バレンタインイベントだったと思いますけど」

「そ、そうですね。バレンタイン、明日ですものね。バレンタイン......」

 

 ???

 モゾモゾして一体どうしたんだろう。

 

「......海くんはチョコ、もう誰かから貰ったんですか...?」

「え? あー...市ヶ谷さんとゆりさん、あとクラスメイトからと、前にちょっと話したことのある隣のクラスの女子から貰いました」

「.........そう。結構貰ってるんですね。このバンドマン」

「...その悪口、ブームなんですか?」

「知りません」

 

 プイッ、じゃないんだわ挙動が可愛いなこの人。

 でもなんで不機嫌? 俺が異性関係にだらしの無い典型的なバンドマンだと思っての嫌悪感か?

 だとしたら誤解もいいところだ。

 

「全部義理、っていうか友チョコみたいなもんですけどね。クラスメイトから貰ったやつはクラスの男子全員に渡してたやつですし、市ヶ谷さんのは日頃のお礼、ゆりさんからのは今度のライブに出てくれるお礼だって言ってました」

 

 隣のクラスの女子は「関口くんって芸能界入りするかもしれないんでしょ? だったら今のうちに粉かけときたい!」とか言ってたな。

 芸能界入りする予定とかないし、なんだよ粉かけときたいって。チョコ突き返すのも悪いから一応貰ったけどさぁ。

 

「...そう、ですか。薄々感じてはいたけれど、貴方、中々に疎いみたいですね。感情の機微には敏感なのに」

「?」

「何でもないです。ちなみになんですが、上原さんなどからは?」

「ひまりですか? 明日くれるっぽいですね。これでも十年くらい付き合いがありますし、義理とはいえ毎年律儀にくれるんですよ。三倍返しが狙いだとは思いますが」

「はぁ」

 

 ため息!?

 

「...まぁ、分かりました。貴方はそういう人なんですね。ある意味良かった、というべきか。これは私も気合いを入れていかないとですね」

 

 分かんないけど、何か勝手に呆れられてないかこれ?

 え、何。俺何か悪いことした?

 

「本題に入ります。こちらに来てください」

 

 紗夜さんの反応が理解できず困惑しつつも、言われた通り近寄っていく。

 なんだろ。とりあえず謝っておけばいいかな。

 土下座まですることはないだろうけど一応準備しとくかと頭を下げる決心を固めていたところ、不意に紗夜さんが何かを差し出してきた。

 

 見れば、それはクッキーだった。

 透明なラッピング袋に包まれたクッキーには粒チョコが入っている。いわゆるチョコレートクッキーというやつだ。

 

「...その、バレンタインのチョコです。貴方に渡そうと思い持ってきました。明日は会えないかもしれなかったので、今日」

 

 バレンタインのチョコ?

 紗夜さんが? 俺に? なんで?

 

 ...あ、なるほど。日頃のお礼的な。

 確かに俺、たまに紗夜さんのギター指導したりするしな。普段からお菓子なんかで報酬は貰ってるが、せっかくのイベントだし渡しておこう、と。そういうことか。

 

「言っておきますが、日頃のお礼、などではありません。いえ、そういう側面も確かにありはするのですが...」

 

 ????

 じゃあなんだ? 日頃のお礼(それ)以外で俺が紗夜さんからチョコを貰える道理がないが...

 

「理由は自分で考えてみてください。そう難しいことではないですよ。単純なことです」

 

 えぇ...?

 ...あ、もしかしてあれか。

 手前味噌だけど、紗夜さんと一番仲が良い男の後輩は俺だと自負してる。去年まで花咲川は女子校だったし、今までは渡す相手がいなかった。でも今年はそこそこ仲の良い後輩ができたから、イベントに乗っかってチョコを渡してみよう、と。最近お菓子作りを覚えたこともあるんだろう。

 なるほどね、完全に理解した。

 

「...何か勘違いをしている顔をしていますが...まぁ良いです。今のところはこのくらいで」

 

 何を言う、俺は完璧に読み解きましたよ。

 紗夜さんだって、大人びてはいてもまだ華のJKですもんね。イベント事に振り回されることもあるってもんですよ。俺だってそう。

 

「私からの用事は以上です。それでは、私はこの後Roseliaの練習があるので失礼します」

「あ、紗夜さん」

 

 カバンを肩にかけながら立ち上がる紗夜さんに声をかける。

 どんな理由があるにせよ、言っておかなければならないことがあった。

 

「クッキー、ありがとうございます。紗夜さんから貰えたの、すっごく嬉しいです」

 

 義理だろうが何だろうが、バレンタインにお菓子を貰えることは非常に嬉しい。

 だって相手は、他でもない『俺のため』にお菓子を用意してくれたのだから。

 その感謝は胸の内にしまっておいてはいけない。恥ずかしさはあるが、きちんと言葉にして相手に伝えるべきだ。

 

 気持ちをそのまま垂れ流した言葉に、紗夜さんが振り返る。

 

「───そうですか。喜んでくれたのなら、頑張って作った甲斐がありました」

 

 柔らかく、ほんのりとした笑顔。

 心做しか紅葉を散らしているような、温かさを感じる顔がこちらを覗く。

 

「お返し、楽しみにしていますね」

 

 そう言い残し、紗夜さんは足早に生徒会室を出ていってしまった。

 

 

 ...紗夜さんの刻む足音が消えるまで、俺はその場から動けなかった。

 去り際に見せた紗夜さんの顔が頭から離れず、なぜか思考が上手く回らない。

 

 しばらくしてようやく現実に戻った俺が思ったことは、ただ一つ。

 

 

「...鍵、どうすればいいんだろ」

 

 

 その後、鰐部先輩が生徒会室に来るまで、俺は紗夜さんから貰ったクッキーを黙って食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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