ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。 作:怜哉
「あ゙〜〜...さっぶ...」
朝。
登校するために家を出ると、冷たい風が肌を刺した。カチカチと鳴る顎を隠すようにマフラーを巻き、エレベーターに乗って一階へと降りる。
「...やっぱなんか違和感あるんだよなぁ」
エントランスを抜け、通学路に入ったところで左耳を軽く触った。
一昨日、半ば無理矢理ぶち開けられたピアス穴。まだ少し痛みがあるが我慢できないほどではなく、痛みよりも違和感の方が強い。
そのうちピアスも付けてみたいなとは思っていたが、こんなに早い段階で付けることになるとは思っていなかった。
「あ、そうだ」
思い出し、スマホを立ち上げる。
昨晩、俺が寝た後に届いたらしいひまりや丸山さん、リサさん、松原さん、それから須田からのLINE通知が画面に表示されていた。軽く確認するが、どれも特に緊急性はない他愛のない内容。すぐに返信する必要はないだろう。
そう判断し、それらを一旦無視してとある人物へ電話をかける。
「あ、もしもし黒服さんですか? おはようございます。ちょっとお願いしたいことがあって......はい、はい...また校則を変えたくて......はい、ええ、対価は前回と同じお嬢のワガママに文句を言わず付き合う券三枚で。はい、よろしくお願いします」
ということで黒服さん(弦巻家の威光)を頼り、学校側にピアスを許可させる準備を始める。
まぁ準備とは言っても、俺がやることはここでほとんど終わり。あとは黒服さんたちが万事上手くやってくれるだろう。
信号待ちしている間にLINEの返信を打つ。
「『クラゲドリーム館、俺も気になります。機会あれば行きましょう』、っと。松原さん、ホントにクラゲ好きだな」
クラネタリウムなるクラゲ展示がされているという、クラゲドリーム館という愛称の水族館。山形県にあるらしいその水族館が気になって今度一緒に行ってみたいと言う松原さんに、同意する返信をする。
にしても山形は遠いなぁ。電車じゃしんどそうだし、行くならやっぱ誰かに車を出してもらうのが良いか? 姉ちゃん...はダメだな。いや、ダメっつーか嫌。対価に何を要求されるか分かったもんじゃない。
まぁその気になれば弦巻家が車でもヘリでも出すだろう。俺は最近色んなことお願いしすぎて気が引けるから、松原さんがお願いしてくれないかなぁ。
「あ、海くん! おっはよ〜!」
信号が青になり、横断歩道を半分ほど渡ったところで後ろから声をかけられる。
振り向けば、ギターを背負った香澄が小走りでこちらに来ているのが見えた。その後ろにはいつものように市ヶ谷さんもいる。
「おはよ。市ヶ谷さんも」
「お、おはよ...」
走ったからか、若干息を切らしながら挨拶を返してくる市ヶ谷さん。
「今日も寒いねー!」
「全然寒そうじゃねぇけどな」
香澄は体温高そう。
市ヶ谷さんは逆に低そうだな。
「すっごい寒いよ? ほら!」
そう言い、香澄が自分の手を俺の首筋に当ててくる。
うーん、まぁ冷たいけど十分温かいんだよなぁ。
...いやそうじゃない。
「やめろ、そんな簡単に男の子に触れちゃいけません」
「え? なんで?」
なんでじゃねぇんだよこの女。
「おい香澄、お前マジそういうのやめろって。それでも年頃の娘か?」
年頃の娘て。市ヶ谷さんらしいといえばらしい言い回しだなぁ。
「え〜? でも海くんの首、温かいよ? 有咲も触っていいよ! ほら!」
「はぁ!?」
「いや、つーか俺の首なんだが。なんで香澄が許可出す側なんだよ」
一歩横にズレて香澄の手を離す。
香澄の手、というか指は案外硬かった。ギターの練習を頑張ってる証拠だな。えらいえらい。
「思春期男子はそういうの敏感なの。分かれ」
「あ! ピアスだ!」
「な、ピアス!?」
「聞けよ」
香澄の手を無理矢理離したからか、マフラーが少しズレて左耳が露出した。目敏く...ってわけでもないか。クラスメイトが土日挟んでピアスぶち開けてきたらそりゃ気付くよな。
「いつ開けたの!? 土曜日は無かったよね?」
「土曜の夜」
「いいなー! 私も開けよっかな」
「つーかウチの高校ピアスって良いのか?」
「良くする」
「良くするってお前...」
「大丈夫。俺達には弦巻家が付いてる」
「......それ、ダサいからやめた方がいいぞ」
関口の メンタルに 100の ダメージ!
ダサい...ダサいかなぁ...使えるものは使った方がいいと思うんだけどなぁ...
若干凹みつつ、香澄と市ヶ谷さんと歩く。
話題は俺のピアスの話から来月のライブの話へとシフトしていた。
「お願いされてた曲、昨日出来たよ!」
「お、マジか。ありがとな」
「んーん、全然! ってゆーかすっごく素敵だと思ったし!」
グリグリの卒業ライブに向けてポピパに依頼していた曲。それが完成したということで、仕事の早さに感服する。
「曲書くのは賛成だったけど、わざわざ私らに頼まなくても関口たちが自分で作れば良かったんじゃないか?」
「俺たちだと雰囲気崩れそうだから。ほら、俺らって作詞のセンス終わってるし。それに曲のコンセプト的にはバラード系がいいじゃん? 俺らよりポピパの方がそっちの曲は得意だろ。あと牛込さんいるし」
「私がどうかしたの?」
「うおっ」
不意に声をかけられ、思わず声が漏れる。
振り返れば、こてんと首を傾げる牛込さんの姿が。ついでにその後ろには須田もいる。最近ほぼ毎日一緒に登校してない? さすがに今度須田を
「りみりんおはよー!」
「おはよう、香澄ちゃん。有咲ちゃんに、海くんも」
「はよ〜」
「おはよ、牛込さん。須田も」
「おっす」
五人になり、並んで歩くのは周りの迷惑になるため前列
「いや、この前ポピパに頼んだ曲の話してて。俺らが作るよりポピパの方が合ってるし、何より牛込さんがいるからって話してたの」
「あ、そうなんだ」
というか。
「昨日って俺おたえと遊んでたけど、いつの間に作ったの?」
昨日俺はおたえと渋谷で遊んでいた。
渋谷と言っても別にキラキラした1〇9なんかに行ったわけじゃなく、楽器屋やCDショップを巡っただけだけど。めちゃくちゃ楽しかったな。ディスク○ニオンにはヘヴィメタルのCDがいーっぱい♡
けど、曲を作るならおたえは絶対に必要なはずだ。確かポピパの作詞はおたえがやってるって聞いた記憶があるし、ギターアレンジも最終的にはおたえが決めるはず。
「一昨日の夜、有咲の家でお泊まり会やったんだ! その時に作ったの!」
ほえぇ。そうだったんだ。
時間もあるのにわざわざ泊まってまで。
「おばあちゃんが作ってくれたご飯美味しかったな〜。夜差し入れにおまんじゅうくれたし、それも美味しかった!」
「お前はまんじゅう食ってすぐ寝たけどな。作ったのはほとんどりみとおたえだ」
「えへへ〜」
マジのお泊まり会じゃねぇか。
「徹夜で作ったんだけど、朝起きたらおたえちゃんもういなくて」
「私は会ったよ! おばあちゃんの作ってくれた朝ごはん一緒に食べたんだ〜」
お前食ってばっかだな。
紗夜さんレベルのバーサーカーじゃないにしろ、ポテトもよく食べるだろ。紗夜さんもだけどなんでそれでそんなに細いの? いや香澄は意外と胸がゲフンゲフン。
「みんなおはよ」
朝から妙な思考に陥りそうになっていたところ、またも声がかかる。おたえだ。
「おはよっす」
一度立ち止まり、おたえと合流する。
ギターを背負っての駆け足だったが、息切れをしている様子もない。さすが、気が向いたら朝ランニングしてるだけあるな。体力がある。
「昨日ネットでピアッサー注文したんだ。今日届く」
突然なんだ???
「昨日海がピアス開けてるの見ていいなって思った。私も空けたいなって」
行動力。
「え? あ、ホントだ! 関口くん、ピアス開けてる!」
「マジじゃん。不良だ」
すごい速度でバレていく。
一応マフラーで隠してたんだけどな。香澄め。ま、教室に着いてマフラー外したらバレただろうから別にいいんだけど。
「海、今度私の耳に開けて」
「なんでだよ」
「自分でやるの怖いから」
「なら病院行ってこい」
無理だよこえーよ他人の体に穴ぶち開けんのは。自分の体ですら無理なのによ。ひまりに開けて貰った時、俺がどれだけ暴れたと思ってんだ。
...いやまぁ? 全然痛くなんてなかったですけどね?(←幼馴染に半べそを公開した人)(無駄な強がり)
「大丈夫、怖くないよ。怖いのは一瞬だけ。大丈夫。大丈夫」
「なんでお前が励ます側なんだよ、おかしいだろ」
「こう、プチッとやってくれればいいから」
「そんなカワイイ音は出ねぇよ。ピアッサーのガシャンって音しか聞こえん」
「そうなの? 耳たぶのお肉がプチプチって音鳴らすのかと思ってた」
「おい止めろよおたえ、朝っぱらから痛い話すんな」
市ヶ谷さんが顔を顰めて耳を押さえながら言う。
「そうだぞ。せっかく天気が良い朝なんだ。もっと楽しい話しようぜ。メタルとか」
「楽しい話はどこいった、楽しい話は」
「メタルの話は楽しいだろォ!!!??」
「デケェ声出すな」
よし、楽しく話せたな(話題変換)
俺のパーフェクトコミュニケーションが炸裂し、そのまま音楽の話題に移る。
「だからな、香澄? ランダムスターを使ってるなら絶対にL〇UDNESSのコピーをやるべきなんだ」
「そうなの? なんで?」
「L〇UDNESSのギター、
「つってもそのバンド、メタルバンドなんだろ?
「そんなこたあない! メタル女子は良いだろ! 良さしかないだろ! おたえもそう思うよな?」
「L〇UDNESSやりたい。STAY WI〇Dとか」
「いいねぇ〜〜!!! あれ完全にジュ〇ダス*1だよな。激アツ。ということでポピパにはL〇UDNESSのコピーをやってもらいます」
「おー!」
「やらねぇよ」
「やってもらいます」
「やらねぇって」
「おー!」
「おたえは黙ってろよ。このギターお化けめ」
「えへへ...」
「照れんな褒めてねぇっての」
ギターお化けはわりと褒め言葉の部類では?
まぁポピパとL〇UDNESSの雰囲気が合わないは完全に同意だ。けどやれ。キーボードがない? 俺が
そんなことを話しているうちに学校に着く。
こんなにも寒いというのに、校門の前には風紀委員の面々が立っていた。あの人たちも大変だなぁ。あ、紗夜さんだ。
「須田。これ耳、見えてない?」
「別に見えてねぇけど。なんで?」
「風紀委員に見つかるの、ちょっと避けたい」
「なるほ。まー時間の問題だとは思うけどな」
それな。
まぁ時間稼ぎができればいいんだ。もうすぐ校則変わるから。
ちょっとだけドキドキしながら校門に向かう。
「紗夜さーん! おっはよーございまーっす!」
香澄が元気な声を張り上げ、ついでに手も上げて紗夜さんに挨拶する。
先陣を切った香澄に続き、俺達も紗夜さんやほかの見知った風紀委員に挨拶をした。
「戸山さん、皆さんも。おはようございます。服装は...問題ないですね」
それぞれの格好を上から下まで確認した紗夜さんが、満足そうに頷く。
実は肌着に黒のバンTを着てたりなんならピアスなんていうゴリゴリの校則違反をカマしている俺も、少しだけある罪悪感とアウターを着ているのだからバレるはずがないという確信の元、満足して紗夜さんの横を通り抜けた。
「あら? 海くん、今日はいつもよりマフラーを厳重に巻いているのね」
目敏すぎる...!
「き、今日は寒いですからね」
「そうですね。風邪をひかないよう、十分注意してください」
セーーーッフ!
おいこら須田、笑ってんじゃねぇぞ。
低気温とは別の寒さに襲われながら昇降口まで逃げ切った。マジで危なかったな。
「...? 紗夜さん、海のこと『海くん』なんて呼んでたっけ?」
おたえもおたえで目敏すぎんだよ。普通気付かな......いや、呼び方は気付くか。俺も須田が牛込さんのことを『りみ』って呼び出した時はすぐに気付いたしな。
「まぁ色々あって、名前で呼び合うようになったんだよ」
「色々?」
深掘るな深掘るな。
市ヶ谷さんも「ふーん...? 別にぃ...?」じゃねーんだわ。別に特別なことはねぇよ。...多分。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
放課後。
『一年A組、関口海くん。関口海くん。今すぐ生徒会室まで来なさい』
帰り支度をしていたら校内放送で生徒会室に呼び出され、待ち構えていた紗夜さんに「貴方、少しそのマフラーを外してみなさい。早く」とピアスが即バレして普通に怒られつつバレンタインチョコの感想を求められるというアクシデントはあったものの、黒服さんの活躍で事なきを得た後。
今日は特に用事もないので真っ直ぐ家に帰る。
「おかえり弟よ。ついでだからコンビニでアイス買ってこいよ。雪見だいふくな」
「なんのついでだよ」
リビングのコタツで亀になっていた姉ちゃんから謎の命令が飛んでくる。
訳が分からん。俺今帰ってきたばっかりだぞ。外は寒いんだ。もう出たくない。
「行ってこい」
「......うす」
俺は!! 弱い!!!!
弱い弟は姉の一睨みに逆らえない。逆らったらプロレス技が飛んでくる。マジで暴君だよ理不尽だ。弟は奴隷じゃあねぇぞッッッ!!!!
なんて心の中で文句を垂れつつコンビニに行き、雪見だいふくと自分の分の肉まんを購入。肉まんを頬張りながら足早に家に帰る。
「ほいアイス」
「あり〜。あ、お釣りはあげるわ」
「そもそも金を貰ってないんだが」
「そうだっけ?」
そうだよ(憤慨)
でもまぁたまに昼飯奢ってもらう時もあるしな。別にアイスくらい奢る。けどパシリはやめろ。
肉まんの包みをゴミ箱に投げ入れ、これ以上何か命令されたくはないと逃げるように自室に向かう。
あーあ、寒かった。部屋で暖房効かせてギターでも弾こ。
そう思い部屋のドアを開け、
「あ、海! やぁっと帰って来たのね!」
勢いよく閉める。
あれ? おかしいな。今お嬢が見えたな。声もした気がする。
いやいや、そんなわけがあるめぇ。ここは俺の家、俺の部屋だ。まして今の今まで部屋主の俺が家にいなかったってのに、お嬢がいるわけがない。
きっと疲れてるんだな。幻聴幻覚だ。うん、そうだ。きっとそうに違いない(暗示)
気を取り直してもう一度。
ギィ...(ドアを開ける音)
「やぁ仔犬くん! 今日も寒いね。シェイクスピアいわk」
ダァアアン!!!(ドアを閉める音)
増えとるやんけ!!!!
まてまてまてまて。まて。まって。落ち着け俺。いや世界。百歩譲ってお嬢は認めよう。さっき見えたし。けど瀬田先輩は居なかっただろ。絶対に居なかっただろ。なんだ? 弦巻家はとうとう『どこで○ドア』でも開発したのか? だとしたら今度俺にも使わせてください。
理解が追い付かないと頭を抱えていると、トイレの水が流れる音がする。
「さっむぅ......あ、関口くん。お邪魔してまーす」
ウチのトイレからクマが現れた。
「奥沢ァアアア!!!!」
「オクサワ? ボクハ、ミッシェル!!」
うるせぇ!!!!!
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
「で?」
自室で仁王立ちをキメて、正座させた馬鹿
「遊びに来たわ!」
「聞いてんのはそれじゃねぇ。不法侵入についてだこの野郎」
正座させられてるのに楽しそうにしてんじゃあねぇよ、このお嬢様が。
「あ、いやね関口くん。部屋に勝手に入ったのは悪いんだけど、一応関口くんのお姉さんに許可は貰ってて」
は?
「おいコラ姉ちゃんッ!!!」
リビングにいる姉ちゃんに大声で批判を飛ばす。
あの姉何やってんだ。男の子の部屋に準備もなく女子を入れんな。今回は何も無かったから良かったものの、隠すものが多いんだよ男の子は!
「あー? あー。安心しろってー。ひまりちゃんには言わないからさー」
ひまり? 何の話だ?
それより部屋主の許可無しに他人を入れたことに対して謝罪をしろ。
まぁ姉ちゃんが俺に謝るわけがないか。
「はぁ...」
「いや、ホントごめん」
姉ちゃんではなく、クマ(奥沢さん)が謝罪してくる。
事情を知った今、奥沢さん達が悪くないということも分かった。
「いや、別に大丈夫。おk...ミッシェル達が悪いわけじゃないってのは分かったし、むしろ怒鳴ってごめん」
「フッ。シェイクスピア曰く『喜怒哀楽の激しさは、その感情とともに実力までも滅ぼす』。つまり、そういうことさ」
どういうことだってばよ。
相変わらず意味分かんない引用してくる人だな。
「で? ホントに何しに来たの」
「遊びに来たわ!」
どうしてまた急に。
というか今日は三人だけなのか? 松原さんは今日確かシフト入ってたはずだからそっちにいるとして、北沢も家の手伝いとかなのかな。
「今日はチョコを持ってきたんだ。バレンタインのチョコを渡すと言って、まだ渡していなかっただろう?」
「あ、ボクも美咲ちゃんから預かってきてるのがあるよー」
そう言い、瀬田先輩はちょっと高そうな包みに入ったものを、おk...ミッシェルは手作りっぽいクッキーの入った袋を渡してくる。
「まじ? ありがとうございます」
思ってもいなかったことに一瞬戸惑ったが、貰えるっていうなら有難く貰おう。
奥沢さんの手作りクッキーも嬉しいし、瀬田先輩からチョコ貰えたってのは後でひまりと牛込さんに自慢しとこう。
さて、これで用事は終わったわけだが。
「わぁ! 海の部屋には小さなアンプがあるのね! どうして小さいのかしら? もっと大きいほうがかっこいいわよ!」
お嬢がちょこまかと部屋の物色を始めやがった。
別にその辺は見てもいいけど本棚の一番上の棚は絶対に漁るなよ。マジで。
「ミニアンプつってな。デカいスピーカーなんて家じゃ使わねぇし、そんくらいで十分なんだよ」
「どうして使わないの?」
「どうしてってお前、家じゃアンプからデカい音なんて出せないだろ」
「どうして?」
どうして???
あっ、いや、お嬢の家はデカすぎるから別に隣の家に騒音迷惑かけるとか考えなくていいのか。ハロハピのバンド練習も普段弦巻家内のスタジオでやってるって聞くしな。ブルジョワジーめ。
「こちとら壁一枚挟んだ向こう側は別の家庭だからさ。デカい音出したら迷惑だろ」
「そうなのね! 隣の家の人のことを考えられて偉いわね、海!」
俺、もしかして今バカにされてんのかな?
いやまぁお嬢だし、素直な意見なんだろうけどさ。
「でも、海くんってちょくちょくアコギの弾き語り配信とかやってるよね? あーいうの、アンプ通してなくても結構大きい音出るんじゃない?」
ミッシェルが聞いてくる。
てか奥沢さん俺の配信見てるのか。なんか恥ずかしいな。
「アレはアコギって言ってもセミアコだからね。アコギほど生音はデカくないよ。多少は引く時間を考えたり、壁にダンボール三重に張り付けたりして対策はしてるし」
うちが角部屋だってこともある。今のとこ怒られてはいない。いやもしかしたら怒られてないだけで音は聴こえてるのかもしれないけど、怒られてないならセーフ。気にしすぎも良くない。
「海の配信、あたしも見たわよ! ハロハピの皆と、黒服さんたちで!」
なんでだよ。
「弦巻家特大シアターで見たねぇ」
なんでだよ!?
そんな大層なもんじゃないだろ俺の配信は!
「美咲も見てるって言ってたわ!」
あー。一緒に見た時はミッシェルだったのか。まだ気付いてないの、三周くらい回って逆に凄いな。さすがお嬢。北沢もか。
「あたしたちも海と一緒に“はいしん”をしたいわ!」
なんでだよ。
一緒にする意味なんて一つも─────
「準備致します。十分ほどお待ちください」
「ありがとう、黒服さん!」
早いよねぇ。行動がねぇ。
つーか今黒服さん俺のベッドの下から出てきたか? 何。どこで○ドアじゃなくてどこでもベッド裏ってこと? 怖いんだけど。良かったー、ベッドの下とかいうド定番の場所に隠してなくて。
「え、てかホントにやるの? あんま俺乗り気じゃ......」
「関口様。我々は花咲川高校の校則を二つ変更するお手伝いをさせていただきました」
「あっ」
逆らえないよねぇ。これはねぇ。
承知しましたー(諦め)
てなわけで。
「おいっすー。これ聞こえてんのかな」
配信が始まった。
You○ubeでのゲリラ配信。人が集まるか不安だったが、十数人も見てくれている。
黒服さんから「マイクOKです」とカンペが出される。テレビかよ。
なんか照明も用意してくれたし、防音材も壁に貼ってくれてるし。いたせりつくせりだな。
「これが“はいしん”なのね! ...それで、何をするのかしら?」
「ノープランかよ」
お前が始めた
コメントもぽつぽつ出てきたな。えーっと?『まーた女と一緒にいるよこいつ』『パスパレじゃないじゃん。でも可愛い』『なんだろう。嫉妬とかじゃなくてこう......燃やしたい』『どうして公式の男の周りにはこんなに美少女が集まってるの?』『誰か千聖様に通報してー』『彩ちゃんこいつやってるよ!!』って何だこいつら。
「ふむ。それじゃあここは一つ、私が
「ギター弾きますねー」
「仔犬くん。私は一応、キミの先輩なのだけれど」
うるせぇ。俺のチャンネルだぞ。侵略されてたまるか。いやまぁもうだいぶ侵攻されてるけど。
「何弾く? ハロハピのやつ弾くか」
「え、弾けるの? うちの曲、けっこーピコピコ鳴ってるけど」
「まぁアレンジだけど、やれないことはない」
「いやもうほんと、すごいですねぇ」
えへへ。それほどでも。
まぁ十年もギターやってればできるようにもなるさ。
スタンドからセミアコを取り、シールドを繋げる。繋ぐ先はオーディオインターフェース。配信をする時や録音をする時なんかはこれでPCに楽器を繋ぐ。ついでにマイクも繋いでおこう。
ちなみに今日使っているインターフェースは俺のものじゃなく、黒服さんがどこからともなく用意してくれた質の良さそうなやつだ。端子もたくさん付いてる(小並感)
正直オーディオインターフェースの善し悪しは分かってないけど、わさわざ黒服さんが用意してきたってことはきっと高いやつなんだろう。壊しでもしたらって思うと怖いなぁ。くわばらくわばら。
さて。
セッティングも終わり、軽くコードを鳴らしてチューニングを合わせ、弾く準備が整った。
「じゃ、何やるよ?」
「うーん...」
ミッシェルが大きな頭を傾かせる。
どうでもいいけど、この部屋にそのデカい着ぐるみは存在感がありすぎだな。流れてるコメントでも『クマおる』『デカ』ってやつが若干あるな。
「『わちゃ・もちゃ・ぺったん行進曲』などはどうだろうか?」
瀬田先輩が提案してくる。
俺が朗読をぶった斬ったのにちゃんと参加意欲は見せてくるのか。すごいなこの人。
「んじゃそれで。歌は三人でお願いします。いや、あれ? あの曲って松原さんとお嬢の二人だっけ?」
「その辺はこっちで勝手にパート分けするけど...え、もう弾けるの?」
「うん。前にハロハピのライブに突然ぶち込まれた時に弾いたことあるし、ある程度の構成は覚えてるから」
「すごいね」
えへへ。
まぁ十年もギターをやってれば以下略。
それにこの曲、結構バンドサウンドだしな。シンセ爆乗りDTMやストリングス激鳴りのジャズ風味の曲より全然やりやすい。ファントムシーフとかだったら十分くらい時間貰ってたかも。
お嬢もやる気らしく「分かったわ! 楽しみね!」なんて言っている。瀬田先輩やミッシェルもだけど、これ一応全世界に向けた配信だってのに全く緊張してる素振りがないな。まぁどこぞの大統領やお偉いさんと話したり、その人ら相手にライブをしたりもしているバンドのメンバーだ。この程度じゃもう緊張しないのかもしれないな。
「んじゃ行きまーす」
ギターのボディでカウントを取り、弦を
ボディを叩きバスドラの音を出し、拳を開く要領で弦を鳴らす。フレットを手のひらで叩いてミュートしつつスネアドラムっぽい音を出し、拳を握るような動きでアップストローク。
イントロが終わり、お嬢の歌が入ってくる。
突然始めた俺が言うことじゃないけど、よく一発で上手く入れたなお嬢。あと歌がうめぇ。特にトレーニングしてるわけじゃないって前に奥沢さんが言ってたけど、やっぱスペックオバケなんだなぁ。それに加えて歌声から伝わってくるこの「楽しい」という感情。「世界中を笑顔にしたい」という野望からくるものだろうか? 普段から色んなところでライブをして相当な場数を踏んできた余裕もあるのかもしれないな。
松原さんパートはミッシェルが入ってくる。ミッシェルも歌が上手いんだよなぁ。
続くお嬢パートだが、今回は瀬田先輩が入ってきた。ぶっつけなのにアイコンタクトで息を合わせてきているし、やっぱり瀬田先輩も上手い。
なんだかんだ言ってちゃんとレベルは高いんだよなぁ。瀬田先輩は演劇なんかで発声が出来てるってのもあるけど、お嬢とミッシェルはそういう土台がなくてこれだ。結構な練習をして歌を習得した俺としては、こういう才能を前にしたら普通に凹む。俺ら凡人が何年もかけるものをたった数ヶ月でものにしちゃうんだから、才能ってやつは恐ろしい。
が、そこに羨望はあっても嫉妬があるわけじゃない。
才能は才能。そこを妬んでも仕方がないと知っている。才能がないならそれ相応の努力で賄えばいい。好きなら努力なんて惜しくはないし、何より上達する楽しみがあると思えば凡才も悪くない。才能があろうがなかろうが、音楽を楽しむことは誰にだってできる。
それに、天才は天才で俺ら凡人には分からない苦労もあるだろう。隣の芝は青く見えるってわけじゃないが、才能も苦悩も人それぞれだ。
ま、そんなことは今考えることじゃない。
お嬢の思いつきに振り回されて始まった配信ライブ。乗り気だったかと言われれば素直に頷けないが、楽しくないと言ったら嘘になる。
今はただ、笑顔をばら撒くお嬢達と一緒に楽しく音楽をやる。それだけでいい。
「そうだわ! ドーンとバーンすればもっとキラキラになると思うの!」
やめてくれ。
何を言ってるのか何一つ分からないがやめてくれ。
海「そういや、その着ぐるみでどうやってトイレいったの? うちのトイレ、そんな幅無いけど」
美咲「うわ、それ聞く? セクハラだよ」
海「えぇ...」