ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。 作:怜哉
社会の荒波に揉まれ、社会の藻屑になってました。(敗北者)
ホワイトデー。
魔のバレンタインデーと対をなすこのイベントだが、こちらはバレンタインデーと違い一切宗教が絡んでいない、本当の本当に正真正銘お菓子会社の陰謀で出来上がった販売戦略イベである。
時は昭和。西暦1978年の日本。福岡にある老舗のお菓子屋が、「君からもらったチョコレートを僕のやさしさ(マシュマロ)で包んでお返しするよ」というコンセプトで、チョコレートをマシュマロで包んだお菓子を販売し始めたのが始まりだと言われている(諸説あり)。
バレンタインデー然り、日本人ってのは金持ちの手のひらで踊らされるのが好きな人種だなと常々思うが、まぁ貰ったからそのお返しを、というのは当たり前と言えば当たり前の話。
バレンタインデーというイベントで渡されたチョコに籠る気持ちに対し、同じくホワイトデーというイベントに乗っかって返事をする。奥手な日本人にとってはこういうイベントに勇気を貰うことも悪いことじゃないのかもしれない。
イベントにはとりあえず乗っかっといた方が何だかんだ楽しいしな。
それにホワイトデーは、自分が渡す側に回るっていうのが良い。渡す相手も、基本的にはバレンタインデーでチョコをくれた人。女性には悪いが、男性側としてはバレンタインデーの何倍も気が楽だ。まぁ「三倍返し」だなんて言われた日には、人によっちゃ破産してしまうかもしれないが。
と、いうわけで。
「? 海、あんた朝っぱらからそんな大荷物持ってどこ行くの」
寝起きの姉ちゃんに声をかけられる。
縦幅六十センチはあるトートバッグをパンパンにし、靴紐を結びながら返事をする。
「ちょっと“戦い”に、ね...」
「なぁに言ってんだオメー」
無限の彼方へ、さぁ、行くぞ!
✿❀✿❀✿
三月十四日。
ホワイトデー当日である今日は土曜日だ。
ありがたいことにバレンタインデーにいくつかのチョコ等お菓子を貰った俺は、今日複数人にお返しをする必要がある。
バレンタインデー同様、学校があった昨日のうちにお返しをした方が色々と楽だっただろう。
だが、それはしない。いや、出来ない。
ホワイトデーとは、言わば凱旋だ。
バレンタインデーにチョコを頂いた勝者による、明確な勝利宣言である。
しかし、勝者だからと言って生きていられると限らないのは、バレンタインデーに俺や須田が受けた惨劇を見れば明らか。むしろ勝者だからこそ、亡霊たちに無惨な制裁を受ける。
そんな愚行を犯すか? いや犯さない(反語)
昨日は一日大人しく息を潜めていた俺でさえ、亡霊共に冥界へ引きずり込まれそうになった。もし学校で堂々とお返しなんぞをしていたらと思うとゾッとする。
現に昨日、うちのクラスでも二人ほど校内でお返しをしてしまった愚か者がいたが、そいつらは放課後すぐにFF団みたいなやつらにどこかへ連れて行かれていた。恐ろしい限りだ。あいつらの無事を心から祈る。
そういや須田もお返しは土曜にするって言ってたな。なんかソワソワしてたけど、なんかあったか? まぁいっか。
てなわけで、魔の手を神回避した俺は学校が休みでクラスのやつらと遭遇する可能性が低い土日、ホワイトデー当日とその翌日に全てのお返しをすることになったのである。
ふふふ。我ながら完璧すぎるな。
勝利の笑みが零れてしまう。いけないいけない、これじゃ不審者だ。
込み上げる笑顔を噛み殺しながら、自宅マンションを出て、
「あっれぇ? こんな朝早く、そんな大荷物を持ってどこに行くのかなぁ、せーきぐーちくぅん?」
何故かクラスメイト(男)に遭遇した。
何故だ。何故なんだ!!!!
「──────てなわけで、ちょっと匿ってほしいんだ」
「は?」
クラスメイトから走って逃げ、駆け込んだのは流星堂。市ヶ谷さんの家だ。
最初は一人だったのに、逃げているうちに
市ヶ谷さんに「馬鹿野郎来るなら事前に言っとけバカ! えっと、そうだ蔵! 蔵いろ!」と蔵に押し込まれ、待つこと三十分と少し。服を着替えてきた市ヶ谷さんに事情を説明し、今に至る。
それにしてもオシャレな服だな。化粧までして...やっぱり女の子としては、他人の前に出るのに色々と準備が必要なんだろうか。なんか悪いことをした気がしてきた。
「ごめんね市ヶ谷さん。本当は午後にくる予定だったのに」
そう。本来市ヶ谷さん宅に来るのは午後の予定だった。今日は午後からポピパの蔵練があるらしいので、そのついでにみんなにお返しを渡すつもりだったのだ。
「ほんとだよ。さっき香澄たちにも連絡したから、しばらくしたらあいつらも来るとは思うけど」
「まじ? ごめんね、ありがと」
予定とは違うしわざわざ呼び出すみたいになっちゃったけど、まぁこれも成り行きか。
そうなると俺も各位に連絡しなきゃな。
時間がズレる旨を手早く連絡し、了承の返信を受けてスマホを閉じる。みんなレスが早くて助かるわ。
「じゃ、じゃあ...どうする? みんな来るの一時間くらいかかると思うけど...」
何故かモジモジと市ヶ谷さんが言う。
一時間か。立てこもるにはちょうど良い時間だな。
「良ければ待たせてもらいたいな。あ、先に市ヶ谷さんに渡しとくよ。バレンタインのお礼。えーっと...」
そう言い、バッグをゴソゴソと漁る。
今回用意したお返しは全員違うものになっている。最初はみんな同じもので良いかと思っていたのだが、姉ちゃん曰く「あんたバカァ? そーいうのはね、一人一人違うものを用意するもんなのよ」らしい。
市ヶ谷さんのやつはどこに入れたっけな。
お、あったあった。これだ。
「はい、これ」
そう言い、黄色の包みを取り出す。
「えっ...あっ お、おうっ......! あ、いや、ちょっと待て! ...すぅ......はぁ............よし! ドンと来いッ!」
何の気合い溜めだ?
そこまで気合いを入れるほど大層なものは用意してないんだが。なんかハードル上がったな。
ちょっと怖くなったが、今更どうにかなるものでもない。大人しく、用意していたお返しを市ヶ谷さんに渡す。
「バレンタイン、ありがとね。ホントに嬉しかった」
「お おう!」
気合い入ってんなぁ。
差し出したお返しの袋を、市ヶ谷さんが力強く受け取った。
「あっ、開けてみても、いいか...?」
「どうぞ」
今から爆弾でも処理するのかってくらい真剣で迫真な顔つき手つきで開封し始める市ヶ谷さん。
ここまでされるんだったらもうちょい良いものを買ってくれば良かったかな。
「これ.........」
袋を開けた市ヶ谷さんが、中身をまじまじ見ながら呟く。
「緑寿庵○水の金平糖」
「こっ...金平糖、だと...ッ!?」
今なんか雷落ちたな。ここ地下なのに。もしかしてお嬢が変なもの置いていったとか? あるある。弦巻家の技術力なら室内に雷落とすくらい簡単よ。てかアンプ大丈夫かな。
「ちょ、まっ、おま、こんぺ...っておおおおおまっ...!!」
なんだ?
「え、金平糖苦手だった?」
「ハァーー!!? 大好きだがぁあ?!?!!?」
ビッッッッッッッッックリした。
なんなんだ一体......
「お おまっ、お返しで金平糖って......ま まじか? “そういうこと”なのか......?」
そういうこと? どういうことだってばよ。
「いや、市ヶ谷さん、こういう“和”っぽいの好きかと思って。紅茶にも合うやつを店員さんに聞いて買ってきた」
まぁ正確には金平糖は日本発祥じゃないけどな。確かポルトガルだっけ。織田信長が宣教師から献上されて気に入ったとかなんとか。ひな祭りの印象も強いし、江戸時代からは庶民にも広く愛されてるお菓子だ。海外から見た“和”の象徴でもあるHOKUSAIも江戸の人だし、同じ江戸の時代に流行した金平糖もまぁ和と言って過言ではないだろう。いや過言か? まぁどっちでもいっか。
「.........っっっハァ〜〜〜.........」
え、何。
なんかめちゃくちゃ溜めに溜めた溜め息吐かれたんだが。
「......いや、そうだな。お前はそういう奴だよな。分かってた、分かってたよ」
えぇ...
チョイスミスったかな。盆栽グッズの方が良かったか?
望んでいたお返しだは無かったのかと不安になり、それが顔に出ていただろうか。「あ、いや、すまん」と市ヶ谷さんが謝ってくる。
「嬉しいよ、本当に。ありがとな関口」
ほんとか?
まぁ、それなら良いんだけど。
さて、市ヶ谷さんにお返しも渡したし、これから暇だな。
まだ外には亡霊となってしまったクラスメイトたちがいるかもしれないし、何より香澄たちが来ていない。あいつらにお返しを渡すまではここで籠城だ。
ということで暇を潰す必要がある。
何をしようか。会話がない中、俺の視線は自然と蔵の中を彷徨った。
そして、蔵の端っこにポツンと置かれているギターが目に止まる。
「あのギター、誰の? おたえのとも香澄のとも違うけど」
そこにあったのはIba○ezの青いストラトキャスター。
青いギターといえばおたえだが、あいつが普段使ってるギターは一見ストラトに見えて、実はスナッパーというストラトとはまた別のもの。香澄は言わずもがなの変態ギターだし、ポピパにストラトを使うギタリストはいないはずだが、誰のギターだろうか?
「あぁ、あれおたえの。この前『ちょっと調節する』とか言って持ってきて、そのままずっとうちに置いてってんだよ」
そうなんだ。おたえのサブか。あいつ本当に青が好きだな。
......ストラトかぁ。
「弾いていいぞ」
「え?」
まじまじとそのストラトを見ていると、市ヶ谷さんがそう言ってきた。
「いや、そんな。持ち主がいないのに勝手に弾くとか、そんな常識に欠けたこと、俺ぁしないよ」
「そんな物欲しそうな目ぇしといてどの口が。どーせおたえも文句は言わねーだろうし、大丈夫だと思うぞ? 暇だしな」
マジでか。そんなに弾きたそうな目してた俺?
「おたえが置いてったエフェクターもあるぞー。どれが何なのかは知らねぇけど、これも使っていいだろ。多分」
おたえは他人の家の蔵に色々置いていきすぎでは? まぁほぼ毎日この蔵に入り浸ってるって話だし、ボード*1くらい置いていっても問題は無いんだろうけどさ。
シールドも用意してくれて、何だかんだ流れでセッティングが終わった。
最初はアンプだけで音を作り、テキトーにコードを鳴らしてみる。
「おぉ。レスポールと全然違ぇ」
音の質感もギターの弾き心地も全く違う。何気にストラトを弾いたのは初めてだ。...いや嘘。中学ん時にモカのやつ触らせてもらったことあったわ。けどあの一回だけでそれ以外では触ったことがない。
このストラトはシングルコイル*2が二つに、ハムバッカー*3が一つ。定番っちゃ定番の、特に変哲のない仕様だ。
しかし、普段俺が使っているのはレスポール。ハムが二つ付いた“重い”ギターだ。当然、音は全く変わってくる。
「高音、よく出るなぁ」
軽くカッティングをしてみるが、レスポールと比べて音の輪郭がハッキリと聴こえる。鋭く、邦ロックなんかをやるにはちょうど良い音だ。シングルコイルはハムと比べてノイズがするって聞いてたけど、その辺はあんまり感じないな。まぁハードロックやメタルみたいにガンガンに歪ませた時にどうなってしまうのかは分からないが。
触り心地、弾き心地に関してもだいぶ変わる。
まずリアの違いもあり弦高の感じが違う。ストラトの方が低いというか、若干押さえやすくなってる感じだ。まぁこれはストラトだレスポールだって話じゃなく、ギターの個体差な気もするけど。
そんでネックの握り心地。そも、ネックがストラトの方が長い......気がする。多分。じっくり比べた訳じゃないから断言はできないが、いつも弾いてるレスポールより長く感じた。ちょっとだけだけどな。けどフレット数はレスポールと同じ22だし...やっぱり勘違いか? いやでもフレット間が短い気がしなくもなくもない......
ま、どっちでもいっか!(思考放棄)
ギター楽しぃ〜!!(脳死)
エフェクターも歪みをテキトーに踏み、せっかくなのでカッティングを掻き鳴らす。良き良き、たまにはストラトも良いな。やる音楽によっちゃあストラトの方が合う場合もある。金に余裕が出来たら俺も買おっかな〜、ストラト。テレキャスも欲しい。金がいくらあっても足りないな。これだからバンドマンは全員万年金欠なんだ。
「お前ってホント、スゲー楽しそうにギター弾くよな」
「だって楽しいもん!」
「もん、てお前...」
あ、やべ、さすがにちょっと脳死すぎたな。女子の前だ、カッコつけていかなきゃ。
「マジで楽しいよ、ギター弾くの。市ヶ谷さんだってピアノとかシンセ弾いてる時、楽しいでしょ?」
「まぁ...。けど私の場合はポピパでやってるからたの.........あっいやっ!」
市ヶ谷さんは詰めの甘いツンデレだなぁ(満面の微笑み)
そうかそうか、ポピパでやってるから楽しいか。そーかそーか(拍手)
「......なんだよその拍手は!」
「良いものを見させて...いや、聞かせていただいたなって。そうだよね。ポピパだから楽しいんだよね」
「ばっ、ちょまっ、ハァ!?」
「みなまで言うな、みなまで言うな」
いやマジで、これ以上何も言うな。見ててマジで微笑ましいしホント笑顔が込み上げてくるけど、これ以上は市ヶ谷さんが恥ずか死しちゃうぞ。
「誰がそんなこと言ったんだよ! ...お前それほかの奴に、特に香澄には絶対言うなよ!」
「何を言っちゃダメなの?」
「ホァッ!? か、香澄!?」
あーあ(恍惚)
だから言わんこっちゃない。いや面白そうだったから香澄が後ろにいること言わなかったの俺だけど。
「な〜に〜? 楽しそうな話してたの〜?」
香澄の後ろからニマニマした山吹さんも入ってくる。分かる、ニマニマ止まんないよな。
「な、なんもねーよ!! てかほら、二人来たぞ! 渡すもん渡せよ!」
なにそれ、カツアゲか取り立て?
渡すもん渡せとか、そんなセリフドラマやアニメくらいでしか聞いたことないよ。
ま、いっか。乗っかっとこ。
「そんじゃあ……はい、こっちが香澄で、こっちが山吹さんの分ね。例のブツ」
「え、何? なんか危ない薬?」
「私それドラマで見たことあるよ! えっへっへぇ、お主も悪よのぉ」
それちょっと違うな。
「ホワイトデーのお返しね」
悪ふざけもほどほどに、二人へ用意したお返しを渡す。
黄色の袋が山吹さんで、赤色の袋が香澄用だ。イメージカラーがあるってのはいいね。こういう時に悩まなくて済む。俺もイメージカラー欲しいなぁ。名前が海だし、青とかかな。いやでもギターは赤系だし...黒も捨てがたい...うーん、悩む。
「わーい! ありがとう海くん! 開けてもいーい?」
「どうぞ」
いっそ眩しいまでの真っ直ぐな感謝を伝えられ、子供のようにはしゃぐ香澄に思わず口元が緩む。
ここまでストレートに感謝されると余計に嬉しい。用意した甲斐があったってもんだ。
意外にも几帳面に包装を開けた香澄が中の品物を取り出し、「わぁ」と声をこぼす。
「星の砂だ! キレー!」
なんだ、知ってたのか。
まぁそこそこ有名だしな。
「この前お嬢に拉致されて沖縄行ってきてさ。空港でそれ見つけて、香澄、星とか好きだったよなって思って買ってきた」
「星好きー! ありがとね海くんっ!」
うんうん、喜んでくれて良かった。
「つーかほんとナチュラルに拉致られてんな、お前」
「まぁ拉致って言っても国内だったしね」
「そんな『国内なら拉致って程じゃない』みたいに言われてもな...立派な拉致だろ」
立派な拉致ってなんだろ(哲学)
「私も開けちゃっていい?」
「ん、どうぞー」
そう言い、山吹さんも包装を開ける。こちらも丁寧に、破かないよう開けていた。中から出てきたのは黒いポーチだ。
「あ、ガジェットポーチだ。Bellr〇y Desk Caddyの」
「そー。山吹さん、カメラ好きって聞いてさ。あんま詳しくないんだけど、調べたらそういうポーチがあると便利って書いてあって」
「え、わざわざ調べてくれたの? ありがとう、めっちゃ嬉しい!」
うんうん、喜んでくれたなら選んだ甲斐があった。
あとはおたえと牛込さんか。いつ頃来るんだろ。
一旦三人分は渡し終え、とりあえず満足してもらったようなので安心して再度ギターを触る。
「あれ、おたえのギター弾いてるの?」
星の砂の写真を撮っていた香澄が聞いてくる。
どうでもいいけどそれ「海くんからのホワイトデーお返し!」とかSNSに書き込むなよ? お前クラスのやつもフォローしてるだろ。月曜日にヤられるんだよ。俺が。せめて名前だけは伏せてくれ頼むから。
「そー。時間あったから、市ヶ谷さんが弾いていいよって」
「私もギター持ってきたんだ! 一緒に弾こっ! 久しぶりにギター教えて〜!」
「おっけー」
セッションってことなら大歓迎だ。香澄もマジでギター歴一年とは思えない成長具合だし、何より楽しそうに弾くから一緒に弾いててこっちも楽しい。
「あ、じゃあ私もテキトーに叩こっかな。有咲も一緒にやる?」
「ん? まぁ、別にいいけど...」
「二人もやるの? だったら曲合わせようよ!」
復活した市ヶ谷さんも混ざり、まさかの四重奏。ベース無したぁ攻めたバンドだァ...
「じゃあベースは私が弾くよ。ちょっと音は軽くなるけど、まぁテキトーな合わせなら大丈夫だろ?」
そう言い、市ヶ谷さんがシンセの音を調節する。
すげーな、そんな軽くできるのか。白金さんっていう化け物が近くにいるから霞みがちだけど、市ヶ谷さんも高校生って括りじゃめちゃくちゃ上澄みのキーボーディストだよなぁ。
「うし、いいぞ。何やる?」
「新曲!」
「なんでだよ。おたえもりみも居ないし、私はベース弾くんだぞ」
「そっかー」
「そもそも俺入れて新曲ってなんだよ」
新バンドでも結成するつもりか?
...いや、それも楽しそうだな。カプリのことは世界で一番かっこいいバンドだと思ってるけど、色んな人をかき集めてその場限りのバンドで音楽をやるのも面白そうだ。今度なんか機会があったら企画してみるのもアリかなぁ。
「何の曲とか決めずにテキトーにセッション、とかも楽しそうだけど、さすがにか」
「お前はできても私達ができねーよ。香澄に至ってはまだ初心者だぞ?」
「楽しそう! やってみたい!」
「マジでかお前」
お、香澄は案外やる気だな。
「まぁ別に真剣な練習じゃないっていうか、ただの時間潰しだし? 私も大丈夫だよ」
なんだ、山吹さんもやる気か。
じゃあやるっきゃないよな。
「よっし、じゃあキーはCメジャーで」
「きー...?」
「あー...っとね。そんじゃ香澄はテキトーにC→F→G→Amで弾いてみて」
「分かんないけど分かった!」
うーん、不安だなぁ。
まぁ山吹さんも言った通り、これはただの時間潰しだ。上手くいこうがいくまいが、別に構わない。楽しめればそれでいい。
「それじゃー始めるよ〜」
山吹さんのカウントから、まずはドラムが入る。その後すぐにテンポを掴みベース(シンセ)が、続いてリズムギターが入る。
すげーな、あんまり違和感が無い。香澄がちょっとたどたどしいかなって感じではあるが、曲としては成立している。
ただまぁ、このままじゃあまりにも淡白でつまらない。けど、だからこそ
まずはシンプルにスケールをなぞる。
そのまま横に展開していったところで、遊び心が出てきた。
そうだな...こんなのはどうだ。
「? ...あっ! それティアドロップス!?」
香澄が演奏を止めて食い入るように聞いてくる。
ドラムもベースも止まらないので、俺も弾いたままそれに答えた。
「おん。ティアドロのサビのメロディ」
結構アレンジして無理やり入れ込んだけど、さすがに分かるか。
「すごいすごーい! そんなのできるんだ!」
へへっ、そんなに言われると照れちゃうな。
そんじゃ次はこれでどうだ。
「わっ、ときめきエクスペリエンス! すごーい!」
「ふへへ」
既存の、しかもポピパの曲をちょっと盛り込んだだけでこの褒められよう。思わず俺の中の大和さんも出てくるぜ。
そんなこんなでその後もポピパの曲だったり、俺らカプリの曲だったりを弾き倒し、山吹さんや市ヶ谷さんも遊び初めて香澄がてんやわんやになった頃。
「あ! 何かみんなで弾いてる! ズルい!」
開口一番そんなことを言いながら、おたえが蔵に入ってきた。その後ろには牛込さんの姿もある。一緒に来たんだ。
「おっすー。ギター借りてんぞー」
「待って、すぐ私も準備する。あ、でもアンプ足りない...すぐうちから取ってくる!」
「待て待て待て待て」
落ち着け花園ボルテッカー。帰ろうとすんな。待って。
「今日は別に楽器弾きに来たわけじゃないんだよ」
「でも弾いてる」
「いやまぁこれはただの暇つぶしで」
「この前のライブ、楽しかった」
「? え、あ、そう? 良かったね...?」
「楽しいのは何回あっても良い」
「まぁ、確かに?」
「だからちょっと家からアンプ持ってくる」
「今じゃなくていいだろ」
「? この前のライブ、楽しかった」
「ループに入るな戻ってこい」
「むー...」
なぜか不満そうにジト目を向けてくるおたえだが、そんな目をされても知らん。次の予定もあるし、おたえが家に帰って蔵に戻ってくるまで待っている余裕はさすがに無い。
「むぅー...むむぅー」
「分かった分かった、また今度一緒に弾こうな?」
「明日」
「明日も俺予定あるんスよ」
「明後日の放課後」
「バイト」
「しあさ──」
「わーったわーった!! 次の土曜、午後なら空いてるから!」
「分かった、約束だよ」
「へいへい...」
「ふふ、やった。楽しみ」
何がそんなに嬉しいのか、小さく微笑んだおたえを呆れて見る。
おたえの微妙な表情の変化も最近はだいぶ分かるようになってきた。出会った時は感情の起伏が少ないやつだと思ってたけど、そんなことはない。
ひまりほど分かりやすくはないし凸凹ジェットコースターってわけでもないが、おたえも中々に感情豊かな人間だ。
「てか牛込さんおはよ。ごめんね、予定ズラして呼び出しちゃって」
「あ、うん。おはよ。大丈夫だよ?」
もしかしたら須田と予定が入っているんじゃないかと思ったが、まぁ来てくれたってことは大丈夫だったんだろう。
でも午後はポピパは蔵練だろ? 須田はいつお返し渡すんだろ。夜とか? .........あっ。
「え、っとぉ......あ、それじゃあ本題ってことで...」
土曜の夜、つまり翌日が休日である夜。
そして昨日やけにソワソワしていた須田。
それだけで妙な方向に持っていかれた思考を無理やり戻し、バッグを漁る。
「そんじゃ、これが牛込さんの分」
言って、薄いピンク色の袋を渡す。
「ありがと〜。わ、クッキー?」
「そ。この前お嬢に拉致られてフランスに行った時、シャンゼリゼ大通りの店で見つけてさ」
「お前ほんと...」
市ヶ谷さんに呆れられ、山吹さんが苦笑いをしているが、そんなのは一旦無視だ。拉致なんて今更騒ぐようなことじゃない。
「その時は須田も一緒だったんだけど、あいつも美味いって言ってたよ」
「え、誠くんも拉致されてたの?」
「うん。毎回俺だけってのもなんだし、たまには須田とかにも同じ思いをさせようと思って」
「えぇ...」
おかげで須田に見直されたもんだ。「お前、いつもあんな怖い思いしてたんだな。黙って耐えてて尊敬するよ」って。
そうだろう? 寝る前は自分の部屋にいたのに、起きたら空の上でした、って結構怖いだろう?
須田には良い経験をさせた。次は五十嵐だな。なぁにが「お前拉致られすぎ。ちっとは警戒心を持てよ」だ。覚悟しろ。言い知れない恐怖を叩き込んでやる。
「そんじゃラスト、おたえの分」
「ん」
五十嵐拉致計画(自分は拉致される前提)を心の中で立案しながら青色の袋を取り出し、待ってましたとばかりに両手を突き出してきたおたえにその袋を渡した。
「ありがと。開けるね」
あ、確認じゃなくて報告なんだ。
いや別に気にしてないからいいんだけど、さすがおたえって感じするなぁ。
「...! かわいい...」
中身を取り出し、三秒ほど眺めたおたえがそう呟いた。
おたえに渡したのは、うさぎのイラストが散りばめられたギターストラップだ。
「この前一緒に楽器屋行った時、それずっと見てたろ。欲しいのかなって思って」
「うん、とっても欲しかった」
もしかしたらもう自分で買っちゃってたかも? と少し心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
一安心していると、おたえが自分のギターをケースから取り出した。サッとギターに付いていた黒のストラップを取り、今渡したうさぎのストラップを手早く付ける。
「どう?」
ギターを肩にかけ、仁王立ちしながらこっちを向いている。
どう、とは似合っているかっていう質問だろう。
「似合ってる似合ってる。やっぱおたえっつったらうさぎだよな」
むしろ、今まで無地の黒いストラップを使っていたことが不思議だ。
褒められたことで気分が良くなったのか、「ふふん」と自慢げに鼻を鳴らしてクルッと一回転。再び俺の方に体を向け、ストラップに目を落とす。
「嬉しい。ずっと大切にする。大人になっても、おばあちゃんになっても、ずっと使う」
「いやお前、さすがにストラップの寿命って五、六年くらいじゃね?」
「むぅ...でもずっと使いたい。本当に嬉しいし」
少し頬を膨らませ、悩ましげに考え込む仕草をし始める。
そんなに気に入ったんなら次も自分で同じのか似たのを買えばいいのに、とも思うが、そういうことでも無いんだろうか? 無いんだろうなぁ。
...うーん。
「...あー、なんだ。その、そんなに気に入って貰えたなら俺も嬉しいし、ずっと使いたいってのも、まぁ悪い気はしないっつーか」
ポリポリと後頭部をかきながら、おたえから視線を外す。
今からとんでもなく恥ずかしいことを言おうとしてる気がする。やめておいた方がいいかもしれない。後で引きこもりたくなりそうだ。
けど、言った方がいいのかもしれないと、そう思う俺もいて。
「ら、来年とか...はまだ早いけど、アレだよ。またチョコくれたら、ほら、お返しは俺、必ず渡すから」
別に、プレゼントくらいバレンタインなりホワイトデーなりを通さなくても普通に渡せばいい。例えば誕生日とか、クリスマスとか。プレゼントを渡すイベントなんて年に何度かあるものだし。
言った後にそう気付き、顔から火が出るかと思うほど熱くなる。とてもじゃないが、誰にも顔を見せられない。
「...海、耳真っ赤」
絶対に顔は見せまいとそっぽを向いていたが、それだけじゃ足りなかったらしい。
更に体温が上がった気がした。恥ずい、暑い、埋まりたい。静かな部屋で一人ギターと向き合いたい。
マジで引きこもってしまおうかと心がマイナスに突っ走り始めた俺の耳に、「ふふ」と小さな笑い声が届く。
あっ、笑われた! もぅマヂ無理。ギター弾こ。
「うん、分かった。来年も、再来年も。ずっとチョコ、あげるね」
そんなおたえの言葉に、思わず顔を向けてしまう。
そこにあったのは、優しく、柔らかく、温かな笑顔で。思わず見とれてしまい、羞恥とは別の理由で体温が上がり─────
「じゃあ来年はどうしようかな。ストラップはまだ大丈夫だろうから、次はうさぎのギターケース?」
そして思い出す。
そうだ、そうなのだ。勘違いなどしてはいけない。おたえはただ友達としてチョコをくれて、お返しを期待して来年からも渡すと言っただけ。
中学の頃と同じ過ちを繰り返しそうになり、頭が一気にクリアになる。
「ははっ。どっか探せばあるかもな、うさぎのギターケースも」
イベント事でいつの間にか浮かれていた心がストンと落ち、収まるべきところに収まる音がした。
おたえちゃんさぁ...
いや悪いことはしてないんだけど...おたえちゃんさぁ.....
半年以上ハーメルンそのものを開いていませんでしたが、その間にも感想をくださったり、メッセージをくださったりと待っていてくださった方々。ありがとうございます。
続きもできる限り早めに投稿したいと思います。いや本当、もう年単位で待たせるとかは無いんで...本当に...はい......