ガールズバンドが人気な時代ですが、男も頑張ってみます。 作:怜哉
彼は昔から、いつも私たちのお兄ちゃんだった。
年は同じで、たまに変なことをするけど。いつも私たちを優しく包んでくれる、頼れるお兄ちゃん。
傷付いた時、落ち込んだ時、壁にぶつかった時、喧嘩をしちゃった時。私たちが真っ先に頼るのは、親でも先生でもない。彼だった。
「聞いてよ海! 蘭ったらまた───」
こんなひまりちゃんの声を聞いたのも、もう何度目か分からない。
そんなひまりちゃんの不満を受け止めるのは、いっつも彼。
コーヒーに角砂糖を一つ入れてマドラーでかき混ぜつつ、相槌を打ったり短い返答をしたりしてひまりちゃんの話を聞く。
一見まともに聞いているように見えないけど、話を聞き終えた彼はすごく的確なアドバイスをするのだから驚きだ。そのおかげか、小さな小競り合いは何回かあっても、私たちの中で喧嘩といえるような喧嘩はあまりなかった。喧嘩になりそうな時は彼が仲裁に入ってくれたし。
──だから、こうなったのかもしれない。
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まだまだ続く梅雨の時期でも、晴れる日はわりとあったりする。湿度が高い上に太陽が出ると気温も上がるからやめてほしい。
昨日今日と快晴が続き、夏が顔を出してきたような気温が人間を襲う。地球が人間をバイ菌だと思って体温(気温)を上げてる『地球の免疫力』説、あると思います。
「映画観たい」
冷房の効いた学校の図書室で、俺はふと呟く。
「映画、ですか...?」
俺の声に反応したのは、この図書室の主(仮)である白金さん。
期末試験まで残り二週間となり、正式なテスト範囲が発表された今日。本格的に勉強を始めるため、俺は図書室に足を運んでいた。
時間は放課後ということもあり、図書室を利用する人はほとんどいない。というか俺と白金さんの二人だけだ。
「アメリカン・ア〇マルズって映画やってるんですけど、それ気になってて」
英単語帳をパラパラめくって、分からない単語があれば付箋を貼る。
チラッと受付に座る白金さんの方を見れば、彼女は本に視線を落としながら口を開いた。
「アメ〇カン・アニマルズ...動物の映画ですか?」
「いえ、クライム映画ですね。アメリカの大学生四人が起こした実際の窃盗事件を題材にしてて、なんか本人達も出演してるらしいんすよ」
俺が好きなのは何も音楽だけじゃない。趣味が広い、という自覚はある。読書も好きだし球技も好きだ。あと散歩と将棋と温泉。おじいちゃんかな? それに最近は奥沢さんにフェルトも習ってる。
そんな数ある趣味のうちの一つに、映画鑑賞がある。
「ほ、本人って...犯人が、ですか?」
「はい。まぁ犯罪者っていっても窃盗犯ですからね。もう十年以上前の事件ですし、普通に刑期終わって出所してきたんだと思います」
「それでも...斬新、ですね...」
「そうなんですよー」
他にも観たい映画はいくつかある。この前キ〇グダムを観たから、アメリカ〇・アニマルズを入れてあと四作品、観たい映画が残ってるわけだが...金が飛ぶなぁ。
少し待てばDVDが出るとか、テレビで放送されるとか、そう言われることもたくさんあった。けど違うんだ。そうじゃない。映画館で観るからこその感動、そこでしか感じられない昂奮があるんだ。
「...あの」
「はい?」
誰に向けてというわけでもなく、心の中で語っていると、白金さんが本から視線を上げてこちらを向きながら、おずおずと口を開いた。
やめて本で口元隠さないで。照れてんのかなんなのか知らないこどこっちが照れちゃう。
「その映画、観にいきませんか...? えと.....一緒に」
「...はい?」
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
土曜日、バイト終わり。
あいにくの曇り空が広がる池袋で、俺は待ち合わせをしていた。
「お...おまたせ...しまし、た.....」
スマホを弄って時間を潰していた俺に、息も絶え絶えな声が届く。
顔を上げて声のする方を見てみれば、顔を青白くした白金さんが焦点の合っていない目でこちらを見ていた。
「.....大丈夫ですか?」
「少し、大丈夫では...ないかと...」
白金さんは人混みが大の苦手だ。
そんな彼女がなぜ人でごった返すこの街に来たのかというと、
『今のままじゃ...ダメなんです...。苦手を...克服、したくて...』
らしい。
そのためにまずは映画館みたいな静かな場所で慣らしていきたい、と。一人じゃ無理だけど、人と一緒ならなんとか挑戦できるのだとか。あとなんかア〇メイトで買いたいモノもあるらしいので、今日はアニメ〇トも映画館もある池袋に集合したのだ。
まぁ、映画館に行く前にすでに満身創痍だけどな、この人。
「映画始まるまでもう少し時間ありますし、先にアニ〇イト行きましょうか」
「は、はい.....」
大丈夫かこの人? もう目ぇ回しそうになってる...つか、もう回してるけど。あ、いや。大丈夫じゃないってさっき言ってたな。
電車が辛かったんだろうか。確かにこの時間帯の電車、下手したら昼間よりも混んでるからなぁ。
「辛いようだったら今日は無しでもいいですけど...。映画はもうしばらく上映してますし。最寄りの駅までは送って行きますよ」
「い、いえ...頑張りたいんです...!」
白金さんの表情に決意の色が現れる。
なるほど、この人は本気なんだろう。人見知りを治したいと本気で思ってるんだ。
なら、それの手伝いくらいならいくらでも付き合おう。
「じゃあ、とりあえずア〇メイトに向かいますね。周りの人混みが辛いなら、俺の背中だけ見といてください。多少は楽になるかと」
「あ、ありがとう、ございます...」
高所恐怖症の人が、高い場所で下を見ないようにすれば多少マシになるのと同じだ。周りの人を視界に入れなければ、少しは落ち着けるかもしれない。
人見知りが人混みを怖がる理由は、周りの視線が気になるから。自分がどういう目で見られているのか、それを常に気にしてしまうからだと思う。
まぁ白金さんの場合、実際に周囲の目を集めるからな。容姿は上の上。おっp.....スタイルも抜群ともなれば、当然のように周囲の目を集める。特に男の。俺だってこんな人と街ですれ違ったらチラ見するわ。そういう視線を敏感に感じ取ってしまうことも、白金さんが人混みを嫌う原因の一つなのだろう。
根本的に人見知りなんだろうけど、白金さんの容姿が更に彼女を苦しめる。やっぱかわいいって罪だよな、色んな意味で。
と、そんな厨二みたいなことを考えながら歩きだそうとすると、シャツの裾が引っ張られる感覚がした。
「...あの、白金さん」
「? なんですか...?」
「あ、いえ。なんでもないです。行きましょうか」
上目遣いは反則、はっきり分かんだね。
案の定というか、シャツの裾を引っ張っていたのは白金さんだった。ギュッと握ってるわけじゃなくて、親指と人差し指でそっと摘んでる。身を小さくしようとしているのか、背中をちょっと丸めて腕は前に出しているのだが、それがなんだかグラビアのポーズみたいで...なんだっけあれ、雛ポーズだっけ。それに加え、トドメに少し潤んだ瞳での上目遣い。なにこの生き物、可愛すぎるんだが???
昨晩は「フゥーッ!! 明日は美人とデートだぜ、フゥーッ!!」とか騒いでお母さんにうるせぇと怒られるくらいにはテンションを上げていた俺だが、こんなにドキドキするとか聞いてない。可愛い。
事前に色々心構えとかして準備してたのにこんなにドキドキしてるのはおかしい。かわいい。
チラッと後ろを向いたらちょっと震えた手で俺のシャツの裾を掴んでおどおどしながらもギュッと口を結んで俺の背中を見つめている小動物がいた。KAWAII。
そんなこんなで軽く混乱していると、あっという間にアニ〇イトに着いた。
未だビクビクしている白金さんを連れて入店する。すると、入ってすぐの右側にNFOのグッズがズラリと並んでいるコーナーがあった。
「白金さんが欲しいのってコレですか?」
「は、はい...。ここでグッズを買ったら...レシートにQRコードが付いてきて...そのQRコードを読み込むと、限定の水着衣装が...入手できるんです...」
「ほぇぇ」
知らんかった。あー、最近水着衣装のプレイヤーが増えたのはそういう...。どっかのクエスト報酬か課金アイテムかと思ってたら、こういう感じで入手できたのか。
俺もそれなりにNFOにはハマってるし、白金さんやあこちゃんと一緒にプレイとかもしている。俺が選んだ
「関口くんも...買いませんか...?」
「んー...男キャラで水着もなー」
そう、俺がメイキングしたキャラクターは男なのである。男の水着とか誰かの得になっても俺の得にはならない。
逆に白金さんのキャラクターは女で、容姿も整っている。さぞ水着衣装が映えることだろう。
白金さんは少し残念そうにしたが、強要するつもりなどないらしく、グッズを物色し始めた。
どうやら衣装の種類はいくつかあり、レシートに付いてくるQRコードはランダムらしい。白金さんの欲しい衣装が付いてくるのはどれかを真剣に悩んでいるようだが...QRがレシートに付いてるならグッズ見ても意味無くない?
「...ん」
悩みに悩んだ末、白金さんは一つのぬいぐるみを手に取った。ゲームの中でも割と人気のある、味方NPCキャラのぬいぐるみだ。
意を決したようにレジに並ぶ白金さんを見て、ふと思う。
「あ、俺いなくてもレジ並べてんじゃん」
目的のためなら苦手すらも気にしない。
まさにゲーマーの鑑といえる人だな。
と、そこで俺の視界にとあるポスターが写る。
どうやらNFOの水着衣装の種類についてかかれているらしい。ビキニにスク水、レオタード。浮き輪が付いているものもある。中には貝殻だけの水着もあるんだが、あれは大丈夫なんだろうか。十八禁とかにならないの? つか男物ないじゃん。...あ、端っこに『男性キャラクターの水着は後日公開』って書いてあんな。
まぁとりあえず。数えてみれば、水着衣装は全八種類。八分の一は中々に厳しい数字だ。
...ふむ。
「あ、おまたせしました〜」
レジの横でレシートを大事そうに持ちながら立っていた白金さんに声をかける。
「...? 関口くん、何か買われたんですか...?」
「ちょっとキーホルダーを。好きなキャラのがあったんで。あ、これレシートです」
そう言って、俺はQRコードの載ったレシートを白金さんに渡す。
八分の二、まぁつまり四分の一でも不安は残るけど、十二・五%より二十五%の方がいいだろう。というわけで俺も商品を買ってレシートを白金さんに渡したのだが...。
「あ、あの...とても、ありがたいの、ですが...」
なんだろう。なんで白金さんは何か言い難そうな雰囲気を出してるんだろう。まさかありがた迷惑とか、そんなふうに思われた...?
「その...プレイヤー一人につき...入手できる...限定装備は...一つまでなので...その...頂いても使えないというか...」
「え゛っ」
この後めちゃくちゃ集中して映画を観た。
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「面白かった」
小並感極まりない感想を呟きながら、俺は映画館を出る。なんかこの前も似たような感想言ってた気がすんな。やだ...もしかして俺、ボキャ貧...?
アメリカン・アニ○ルズの感想をめちゃくちゃ簡単に言い表すとすれば、『クソ雑魚四人組がオーシャンズしてた』だろうか。
セリフ回しも良かったし、音響もいい。これは観て正解の映画だったな。
「なんだか...ハラハラ、しました...」
「っすね。主人公達がどこまでいっても所詮素人っていうか、何をしでかすか分かんなくて目が離せなかったっていうか」
普通じゃない刺激を求める大学生の悲惨な末路。
少し前から話題になっている、学生が過度な悪ふざけ動画をSNSに上げて炎上したやつと似ていると言えば似ているかもしれない。
いやしかし。本当に面白かった。監督の力も大きいだろうな、これ。
白金さんと映画の感想を言い合いながらしばらく歩いていると、すぐに駅に着いたのだが、あまりの人混みに白金さんがとうとう本格的に目を回してしまった。
そんな白金さんに付き添い、白金さんの家の最寄りまで送る。
電車の中ではNFOの話をした。今やってるイベントクエストが難しいだとか、報酬が豪華だとか。ちなみに俺のレシートは明日の練習時にあこちゃんに渡すことにした。女性専用の装備持ってても使い道皆無だしな。
改札を出ながらお辞儀する白金さんを見送り、俺はどう帰ればいいのかを調べようとスマホをポケットから取り出す。
と、そこでスマホの電源が入っていないことに気付いた。映画館に入る時に電源切ったまんまだったな。
スマホの電源を入れ、パスワードを打ち込む。
すると、見慣れたホーム画面が出てきた。出てきたのだが...なんだこのLI〇E通知の数。百超えてんのとか初めて見た。
不審に思いつつも、俺はアプリを開く。
「...蘭とモカとひまりとつぐと巴...? なんだなんだ」
いくつかの公式アカウントやら須田やらからもメッセージが届いているが、そっちは今は無視。
Afterglow全員からメッセージが届くとか何事だ? ひまりやモカとは普段からL〇NEのやり取りをしてるけど、一度に十何件も送られてくるなんてことは今までなかった。それに電話も何件かかかってきている。急用だろうか。
それより驚いたのが、蘭からLI〇Eが届いていたということ。たった一件だけだが、普段は返事すらろくにしない蘭から届いているってのは少し異常だ。
気になって、とりあえず蘭から先に返信しようと蘭とのトークルームをタップしようとすると、不意に画面が切り替わった。
「つぐ?」
画面には『羽沢つぐみ』と『拒否』、『応答』の文字。
つぐから電話がかかってきたのだ。
蘭のことも気になるが、とりあえず今はつぐの電話に出ようと『応答』をタップする。
『あっ! 繋がった!! どうしよう海くん、このままじゃ私達...私達...!!』
焦ったつぐの声が、俺の耳を貫いた。
✿ ❀ ✿ ❀ ✿
カランカラーン、とベルが鳴る。
お店の出入口に付いている、お客さんの出入りを知らせるベルの音だ。
「おまたせ」
そこから入ってきたのは、関口海くん。
私達の幼馴染みの一人だ。
「ごめんね海くん、急に呼び出したりしちゃって」
「気にすんな」
まだお客さんがチラホラと残ってるけど、もうすぐ閉店時間だし、席はたくさん空いてる。
その空いている席のうち、私が腰掛けていた席に海くんも座った。
特に注文はしていないけど、お父さんが気を利かせてくれて、私と海くんの前にブレンドコーヒーが出てくる。
海くんはお父さんにお礼を言って、角砂糖を一つ、コーヒーに入れる。中学校に上がったくらいから、これが海くんのお気に入り。ウチに来る時はだいたいこれを頼んでる。
マドラーでコーヒーを混ぜながら、海くんは口を開いた。
「話はだいたい把握してる。ほかの連中からも連絡入ってたし、移動中にひまりから電話で話を聞いた」
「そっか...」
今日海くんを呼んだのは、とある問題が発生したから。
今日の夕方頃。私達Afterglowは、近くに迫った大きなライブに向けて、スタジオに入って練習していた。
けど、練習の途中に蘭ちゃんに何度も電話がかかってきて、その度に蘭の顔は暗くなる一方。いっそ苦しそうに見えた。電話の相手は、蘭ちゃんのお父さん。多分お家のことで色々言われちゃったんだろう。蘭ちゃんのお家は華道の家元で、そこには私達じゃ分からない苦悩があるんだと思う。
その事がきっかけになって、蘭ちゃんと巴ちゃんがケンカしちゃって...蘭ちゃんが飛び出していってしまった。
その後も、バンド活動を休止しようとか、そういう言葉も出てきて...。
バンドが蘭ちゃんを苦しめてるなら、そうするのがいいのかもしれない。辛い思いをしてる友達を放ってはおけない。けど、私はバンドが好きだ。Afterglowが大好きだ。辞めたくない。けど蘭ちゃんは.....
...こういう時はいつも、海くんが仲裁に入ってくれていた。
いつも海くんがなんとかしてくれていた。
だから、今回も頼ってしまう。
これは私達の問題なのに。自分達で解決しなきゃいけないことなのに。私には、どうするのが一番いいのか分からない。
「ふんむ.....悪いんだけどこれ、俺の手に負えるモンじゃねぇわ」
「.....え?」
私は耳を疑う。
コーヒーを啜りながら海くんが言った言葉は、私が望んでいた言葉じゃない。いつでも頼りになる、お兄ちゃんの言葉じゃ───
「単なる口喧嘩だけならまだしも、バンドの話となるとな。その活動休止っての、蘭抜きで話したことだろ?」
「う、うん...。あとモカちゃんもいなかった。モカちゃん、すぐ蘭ちゃんのこと追いかけていったから...」
「なら、まずはそのことについてしっかり話し合うべきだ。そんで、つぐはそこで本心を言え。蘭の気持ちは
コーヒーカップを軽く回しながら、海くんは言う。
『
...そうだ。うん、その通りだ。
どうすればいいのか分からない、なんて甘えたことを言ってる場合じゃなかった。崩れようとしてるのは
「...ごめんね、海くん。ありがと」
「ん」
短い返事をしたあと、彼は残っていたコーヒーを飲み干して席を立つ。カップとソーサー、マドラーを返却口に置いて、食器類を洗っていたお父さんに挨拶してから、彼は出入口へと向かう。
慌てて私もコーヒーを飲み、海くんを追いかけた。
「明日、みんなで集まって話をしてみるね」
「ああ。こういうの結構しんどいだろうけど、ちゃんと向き合わなきゃいけないことだからな。...ま、お前らなら大丈夫さ。思う存分、気持ちをぶつければいい。その程度で関係が崩れるほどヤワじゃないだろ? 仲良し幼馴染み」
さっきまでは少し厳しめだった彼の口調が、柔らかいものに変わる。私を安心させるように。私を後押しするように。
そんな気遣いをされてることがむず痒くて、でも嬉しくて。
どこか締まりのない顔をしていると自覚しながらも、私は彼と目を合わせる。
「うんっ! たとえどんな結果になっても、後悔だけはしないように...私、ツグっちゃうから!」
少し独自構想入れてますけど、Afterglowバンドストーリーです。
次話に続きます。
専門用語とかマイナーすぎるバンド名とかについて。
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伏字で出されても分かんねぇわ!辞めろ!
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好きにやってええんやで(菩薩)
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全然分かるけど辞めな
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分かるからそのまま続けて、どうぞ。