麒麟ちゃんの特訓が終り、次の特訓する子を呼ぶために一緒に佐々木低の庭に戻ってきた。
理子が考えたライカのスパーリングの相手だった麒麟ちゃんが抜けた為か、麒麟ちゃんの変わりにあかりちゃんがライカのスパーリング相手になっていた。
「ライカお姉様、また間宮様と楽しそうにしていらっしゃいますの・・・」
確かにライカとあかりちゃんはスパーリングしながらも楽しげだ。
自分の
麒麟ちゃんは少し悲しげな表情をしている。
「かったるい・・・」
俺は左手を麒麟ちゃんの頭の上に置くと、右手を上げ――
「おーい! 次はあかりちゃんの番だよ!」
「はーい!」
あかりちゃんを呼ぶと、元気な返事が帰ってくる。
そして俺は麒麟ちゃんの耳元に口を寄せる。
「行って来な! 言いたい事や押さえられない気持ちがあるなら行動あるのみだぜ!」
「はいですの!」
麒麟ちゃんは無邪気な笑顔を浮かべてライカの方に走っていく。
こう言う反応を見ると歳相応だと思うんだけどな・・・
「やれやれ・・・」
「麒麟ちゃんと何を話してたんですか?」
いつの間にかこちらに来ていたあかりちゃんに質問される。
俺は一瞬考え――
「上手に年上に甘える方法をちょっと・・・まっ、ライカなら俺が口を挟まなくても大丈夫だろうさ」
「そうですね」
麒麟ちゃん達はすこし楽しそうに話をした後、スパーリングを始める。
やはり俺の心配する必要はなかったようだ。
「さてと、俺達も行こうかあかりちゃん」
「はい!」
俺の言葉にいちいち笑顔で応えてくれるあかりちゃん。
嬉しいんだけどな・・・佐々木さんが・・・
佐々木さんの方を見ると――
怖ッ!! ハイライトの無い星伽みたいな目で、こっち睨みながら真剣握ってるんだけど!!
真剣を持った佐々木さんを、双子メイドさん達が止めていてくれる間に室内に入ってしまう。
できるだけ時間を掛けず、できるだけ無駄を省いてあかりちゃんに教えられる事を教えよ・・・
俺は今日だけで何個目になったのか、数えるのを辞めたトラウマを更に与えられながらそう決意したのだった。
~side 間宮あかり~
吉野先輩の背中を追いかけるように、あたしは佐々木低の室内に入って行く。
実際に吉野先輩の特訓を受けるのは初めてなので楽しみだったりする。
一体どんな訓練をするんだろ?
そんな事を考えていると目的の部屋についたようだ。
「さてと・・・」
吉野先輩が振り向いたとあたしが認識した時、あたしは吉野先輩に拳銃を突きつけられていた。
「――ッ!!」
この部屋いっぱいに充満した殺気は、間違いなくあたしに向けられている。
それもこの前、1年生の男子達と戦った時の殺気とは桁が違う。
むせ返るような殺気は強すぎ、息が詰まり呼吸ができず、絶対的死の予感が大き過ぎ震えさえ起きない。
「怖いか?」
「――ッ、はい」
あたしはからからに渇ききった喉を動かし声を絞り出す。
これほどの殺気を発する人間をあたしは見た事がない。
と言うより、これほどの殺気を人間が発せる物なのかとすら思える。
「それで良い。その感情は弱さの証だ。けどその弱さを忘れるて言うのは人としての有り方を忘れるってこと、自分と言う人間を見失うってことだ。その感情は大切にしてあげな」
吉野先輩はそう言いながら拳銃を下ろす。
その瞬間、今まで充満していた殺気が嘘のように霧散する。
あたしはその場にへたり込んだ。
「ッ!! はっ! はぁ・・・・」
止まっていた呼吸を再開させ、荒い息を落ち着かせる。
体中から、一気に汗が吹き出しあっと言う間に制服がびしょびしょになる。
「うっ・・・!」
緊張が緩んだからか、胃の中の物が逆流し、その場に吐物を吐き出す。
「ごめんなあかりちゃん。ちょっとやりすぎた」
吉野先輩は優しく囁く様に謝ると、あたしの隣でしゃがみこむ。
そして、あたしが落ち着くまで優しく背中を擦ってくれた。
あたしが落ち着いた後、志乃ちゃんの家の使用人さんに吐物を処理してもらった。
そして、再び特訓を再開する。
「さて、多少事故はあったけど特訓再開するか」
「はい!」
あたしはできるだけ声を張り、元気よく返事する。
ただ、先ほどの殺気も特訓の一部というのなら、この特訓がどう言う物なのかまったくわからない。
あたしは少し首を傾げて考えていると――
「先に説明をすると意味がないと思ったから行き成りやったけど、今から教えるのは向けられている武器や殺気を察知して回避、もしくは無力化する技を学んでもらう」
それなら先ほどの殺気は何だったんだろう・・・
「ならあの殺気はなんだったんだって顔をしてるから言っておくけど、武偵なんて仕事をしてると危険な目に合うなんて日常茶飯事になるから恐怖心が薄れるんだよ。今から教える技は恐怖心をちゃんと持ってないと覚えられないから、ちゃんと恐怖心が残っているか軽い殺気で確認したんだ」
あ、あの量で軽く!? 本気の殺気ってどんな量なの!?
吉野先輩はさもあたり前と言ったような態度で言っている。
どんな生き方をしたら17歳であんなに強烈な殺気を発せられるようになるんだろう・・・
「俺が君に教えるのは生きる方法だ。覚えないと絶対死ぬとは言わないけど、生存確率は格段に跳ね上がる。今から教えるのは全員に教える技の中で1番簡単だけど、1番覚えるのが難しい技だ。覚悟はできてるかい?」
「はい! よろしくお願いします!」
吉野先輩は少し困ったように頭を掻くと、先程の拳銃をベルトから引き抜く。
先程の件があるので、少し怯んでしまう。
「俺は今から殺気に指向性を持たせて銃を向ける。君はそれを避けるなり防御するなりで致命傷を避けるんだ。もし致命傷部に当たればそれは君が死んだという事になる。君は致命傷を避けながら俺に攻撃してくるだけの簡単な話しだ。ただ、これについて注意なのは、防御する事を癖にするんじゃなくて、致命傷を避ける事を癖にするんだ。だから防弾制服を盾にするのは良いけど、制服を着てない時の事も考えて癖を付けるんだよ」
「はい!」
吉野先輩は後ろを向くと、距離を開けるように歩いていく。
ある程度距離を取ると、その場で立ち止まり――
「行くぞ・・・」
吉野先輩はそう言いながら、どんどんその雰囲気を変えて行く。
そして、振り向いたと同時に拳銃を発砲する。
その弾丸を右腕でガードする。
防弾制服を着ているから大丈夫だと思っていた。
そしてその予想は当たっていた。
だけど、本来発砲音であるはずの物がばねがはねた音になっていたり、来るはずだった衝撃がこない事がいやでもその拳銃が偽物である事わからせてくる。
それなのに痛みは本物で、あたしは混乱させられる。
「殺気を弾丸より先に先行させ、脳に本物とほぼ同等の痛みと誤認させる。武偵なんて世界で生きてるから銃の威力は脳がちゃんと理解している。だから実践とほぼ同じ殺気を当てると誤認して銃で撃たれた痛みを感じる。訓練をするには丁度良い技術だ」
つまり、殺気による牽制や誘導する技の応用ってこと?
けど確かに特訓と言う点においては理に適っている。
「見るべきは相手の目と銃の手元、後は気配を感じるんだ。目の前にいる相手以外も注意し、目や手の先ではない、相手が本当に狙っている場所に向けられている殺気を感じるんだ。最効率を選び、余分を削ぎ落とし、最重要を確実に取る。それができてから始めて余分を取り入れた上でそれを有効に活用できるようになる。覚えておくんだ」
「はい!」
こうしてあたしは、吉野先輩に技を貰ったのだった。
~side 佐々木志乃~
皆さんが一通り個人特訓を受けた後、私が一番最後に室内に呼ばれる。
正直私はムカついている。
初対面で行き成り駄目出しを食らったのもそうだが、何より、一番大切な友達であるあかりちゃんと2人っきりで何かしていたと思うと腸が煮えくり返るようだ。
そして、その感情をぶつけようと真剣で切り掛かって見れば、ワザとらしい悲鳴を上げて常に余裕を保って避けられ、それがまた腹立たしい。
そして何より腹立たしいのは、私服にウェイト、プロテクターと、小太刀竹刀をウエストポーチに差すと言うふざけた格好をしているのに、実力は本物だと言うのが本当に腹立たしい。
先程の作戦会議の時も、情報戦における話も確かに道理ではあるし、ふとした時に考え込んでボーっとする時も有ったけど、最後の命令で何が言いたいか理解ができた。ただ、それが理解できてしまう自分が嫌になるほど腹立たしい。
私がそんな事を考えているとは思ってもいないだろう、怒りの原因である先輩は、こめかみを右手の人差し指で一定のリズムで叩きながら何かを考えている。
そして――
「よし、決めた!」
何かをひらめいたのか、少し俯き気味だった顔が、パッと前を向く。
どんな訓練だろうと手早く終らせて、早く双子対策の特訓に戻ろう。
そう思っていたのに・・・
「根競べしようか! 今から1時間、この装備で本気でバトって先に音を上げた方の負け! 1時間経って両方立ってたら引き分け! それでいい?」
「はい」
渡りに舟とでも言えば良いのか、ムカついてる相手本人から自分を叩き潰して良いと言って来ているのだ。
これを受けない手はない。
「じゃ、おいで!」
先輩は軽い口調でそう言いながら右手で小太刀竹刀を引き抜く。
その顔は誰からも警戒され無さそうな、麒麟さんとはまた少し違う、ニコニコと笑顔で――
「佐々木さん! あそぼ!」
まるで友達の家に、遊びに誘いに来た小学生のように言い切った。
その態度が、あかりちゃんの
「ッ!!」
木刀を上段に構え打ち込みに掛かる。
先輩はその場から動かず、木刀を小太刀竹刀で受け止める。
そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとした瞬間、先輩は木刀を受け流しながら遠心力を利用し、凄まじい足捌きで左右の足で重心を交互に変え、回転しながら私の背後に移動する。
それに対処しようと振り向いたときには拳銃を突きつけられていた。
「武器は目に見える物だけとは限らない。戦闘になったら相手の武器を把握して最適なレンジから一方的に攻撃できるようにしておく事、戦闘は自分の得意なフィールドに如何に相手を入らせるかの勝負だ。自分のフィールドを出て相手のフィールドに入ったりしないように」
「はい・・・」
先輩は拳銃をウエストポーチにしまうと、バックステップで距離を取る。
私は先程の動きを警戒して防御的に動く事に決める。
「こっちから来いってか、上等!」
先輩は右手に握った小太刀竹刀を左手に投げ持ち返る。
そして――
「ラッ!!」
上段から振り下ろされた小太刀竹刀を木刀で受け止める。
その時、突然左足に衝撃を受けしゃがみこむ。
「相手が武器を持ってるからって、その武器で攻撃してくるとは限らない。君達がこれから相手にするのは
「はい」
私は足に力を込めて立ち上がり、今度は私が後ろに下がり距離を取る。
木刀を中段に構えて踏ん張り――
「ハッ!!」
私は左手を離し、大きく踏み込み最速の突きを放つ。
私の突きは確実に入ったと思った。
その時、先輩は小太刀竹刀の腹で受け、そのまま右に受け流す。
そして、すれ違いざまに胴に小太刀竹刀で水平に打ち込まれる。
「基本的に敵の戦闘能力は未知数、自分より強いという可能性は捨てるな。可能性を自分の中で確定させると、予想外の事態になったとき動けなくなる。だから可能性を考えるのは良いが、戦闘に絡ませて戦うな」
「はい!」
私は返事をしたと同時に、両手で上段に構えた木刀を振り下ろす。
このタイミングでも先輩は反応し――
「悪く無いけど――」
バキッ!!
そんな音が部屋に響き渡る。
木刀の先30センチほどが無くなり、1目で分かるほどに再起不能になっていた。
「!?」
その違和感を理解しようとした一瞬、小太刀竹刀を捨てた先輩に左手で木刀を持つ手を右に払われ、右手に持った折れた木刀の先を喉に添えられる。
「戦闘には予想外と暴挙が付き物。それに驚いてそこで止まるのは自分の身を危険に晒すという事、だから驚くのはいいが絶対に止まるな。その1つが自分を殺し、味方を危機に陥れる事になるんだ。だから、それだけは忘れないでくれ」
「はい」
この短い時間で吉野先輩に対する考え方が変わって来た。
確かに、この先輩に対して腹立たしさは残っている。
けど、この圧倒的な実力に、1つ1つの行動に対する説明もしっかりとした物であり、その言葉の1つ1つが純粋に私の成長を考えてくれている事が分かる。
吉野先輩に対する腹立たしさは残っているが、それでも、この先輩は信頼できる。
私はそれだけは確信できたのだった。