~side 間宮あかり~
強い風が吹き、あたしは一瞬背中を震わせる。
だがそれが風が寒かったからなのか、吉野先輩の言葉に衝撃を受けたからなのか分からなかった。
「ッ、同族って、どう言う意味ですか?」
あたしが問いかけると、やっと吉野先輩が頭を上げた。
その顔は何所か悪い事をしたのがばれた悪戯小僧のような困った表情をしていた。
「そのままの意味だよ。と言っても武家育ちってだけで流石に間宮ではないけどな・・・」
吉野先輩はその言葉と共に制服の右胸に左手を突っ込む。
その瞬間――
ダダンッ!!
いつの間にかホルスターから引き抜かれ、右手には左手から持ち替えられたS&W M19が握られており、真っ直ぐと右方向に向けられ、銃口から煙が昇っているのが発砲したのを教えてくる。
だが、着弾音が聞こえてこないのに疑問が残った。
「・・・
そう言われ、改めて注意深く吉野先輩の手の先にある手摺を注意深く見てみる。
手摺には確かに
「君のそれと比べたら直接的攻撃でもないし、確実性にも欠ける不完全な技だ」
吉野先輩は少し悲しげに笑う。
この人はこの技で誰かを傷付けた事があるのだろうか。
目の前の彼を見ているとそんな事を考えてしまう。
「こんな技を家で継承してるくせに、君のような存在に気づけなかった。だからごめん」
これは武偵としての謝罪じゃない。
同族として、殺す技を学んだ物として、本来ありえる筈のない状況を気づけなかった事に対する自分自身への戒めにも近い謝罪。
そして、同族としての共感の様な物を感じたが故の謝罪なのだろう。
だから――
「謝らないでください! ばれたのはあたしの自業自得です! 勝手に技を使って勝手にばれた・・・それは吉野先輩のせいじゃない! だから! 勝手に人の失敗を自分のせいにして満足しようとしないでください!」
あたしは叫んでいた。
我慢しきれなかった。
吉野先輩の謝罪が、「お前は格下だ。そんなお前の正体がばれたのは俺の責任だ。お前の尻拭いは俺がするからお前はもうなにもするな」と言われているみたいで、いくら吉野先輩でもこの扱いには我慢できなかった。
「・・・君は強いな。俺なら押し付けっちまうのに・・・」
吉野先輩は呟きながら頭を掻く。
その目は先程までの真剣な目ではなく、たまに見せる優しい目に変わっていた。
「君は本当に俺の予想を超えて来る」
吉野先輩は愉快そうに笑う。
その顔はいつもの様に人を警戒させない優しく楽しげな表情で、今までのどこか信念を持ち、少し後悔を孕んだ真剣な表情は微塵も残っていなかった。
愉快そうで満足げな表情はいつもより輝かしく、ずっと触れていたいと思う。
「ごめんなあかりちゃん。俺は君の事を舐め過ぎてたみたいだ」
今度の謝罪は今までとは違い、ちゃんとあたしに向けられた謝罪だった。
そしておそらく、これがあたしに向けられる最初で最後の吉野先輩の最大級の誠意のある謝罪だろう。
あたしは何て返そうか少し迷い・・・
「あたしこそ生意気な事すいませんでした。ただ、1つ聞いていいですか?」
「なに? 機嫌が良いから初恋位なら応えてあげるよ」
吉野先輩はふざけた様に言う。
ただ、いつもの様に冗談を交えるも、何時もより楽しげでこちらまで少し楽しくなって来る。
その気持を押さえつつ、あたしは吉野先輩に問いかける。
「なんであたしにさっきの技を見せてくれたんですか?」
あたしの問いかけに、吉野先輩の表情は意外と言った風に変わる。
そしてニヤリと笑い――
「秘密ってのは共有するのが1番安全だ。お互いの秘密を持ってる時が1番秘密が漏れないんだよ」
この言葉を聞いて思う。
この先輩はあたしなんかじゃ測りきれないと。
吉野先輩の言葉は真理かもしれないが、ざっくり言うと「強い人間と弱い人間がいるとして、それを対等にするには強い人間の弱点を晒せば良い」と言っているのと同じだ。
だが言うのは簡単だが、行動に移すのは簡単じゃない。
理由としては当然、強者としての立場や強さの根幹が崩れるからだ。
そんな行動を、この先輩は躊躇を一切見せず晒してしまった。
あたしには何年経っても真似ができない行動に、尊敬を超えた畏怖を覚えてしまう。
「さてさて、もう良い時間だしそろそろ行こうか? 今日は馬鹿な事に付き合わせちゃった夕飯奢ったげるよ」
吉野先輩はこちらの気なんか知らないとばかりに言い、あたしは脱力してしまう。
確かにありがたいんだけど・・・
「ついでに妹さんも呼んであげな。遅くなって心配掛けるのも可哀相だしな」
「良いんですか? あたしだけじゃなくののかも呼んで・・・」
「可愛い後輩の女の子の晩飯を奢るくらいの余裕は、何時だって財布に持たせているから任せときな!」
その後、あたしたちは屋上を後にしののかと集合した。
そして吉野先輩のお気に入りの中華料理店に連れて行ってくれた。
~side 吉野遙~
あかりちゃんの家柄の事が発覚して数日が過ぎた。
アリアはあかりちゃんの件については深く問質すことはせずにあかりちゃん本人の判断に任せるようにしたようで、あかりちゃんもその状況に甘んじることにしたようだ。
「おーいキンジ! 俺先に行くぞ!」
「ああ、俺もすぐに行く」
「バスが出る前には来いよ!」
キンジに釘を刺して寮の部屋を出た。
あかりちゃんとの一件の後、佐々木さんに説明と言う名の尋問を受けた。
俺は更に佐々木さんからのトラウマを与えられたが、悪意もなかったし、ある意味役得でもあったからまぁ良しとしよう。
俺としてはどちらかと言うと、最近出費の多い中で、佐々木さんが何故か俺の金で尋問場のファミレスで飲み食いしていた事の方が痛い。
あの子俺より金持ってるはずなんだがな・・・
「まぁ、後輩に出させる訳にはいかないよなぁ・・・向こう女の子だし・・」
その後、特にあかりちゃんの技が見れる事も、佐々木さんの剣技を見る事もなく、更にキンジがアリアとの契約の事件が起きる事もなく平和な時間がすぎていた。
平和と言うか暇だ・・・
「よう! おはよう遙!」
「はぁ~・・・朝からむさ苦しい顔ですこと・・・」
「なんだとコラ!」
「怒り方からしてうぜぇ・・・ちょっとはクールになったら印象変わるかもな」
考え事をしながら歩いていると、いつの間にかバス停に到着していたようで武藤に声を掛けられた。
取り合えず朝の早くから見ると悲しくなる顔を弄って煽ってみる。
あぁ、虚しい・・・
「朝っぱらからかったるい・・・」
武藤の無駄な言葉をBGMにバスを待つ事5分。
目の前に止まった満員ギリギリのバスに乗り込み最後尾の席に座る。
その時――
「のっ! 乗せてくれ武藤!」
外から聞き慣れたBGMが聞こえてくる。
窓から外を見ると、寮の同部屋の親友が必死に走っている。
だからあれほど言ったのに・・・
「そうしたいところだが無理だ! 満員! お前は自転車で来いよ」
チャリが爆破されている事を知っているのに武藤はキンジそう言い捨てる。
意地悪な男ってのはやだねぇ~・・・
「俺のチャリはぶっ壊れちまったんだよっ。これに乗らないと遅刻するんだ!」
「ムリなもんはムリだ! キンジ、男は思い切りが大事だぜ? 1時間目はフケちゃえよ! という訳で2時間目にまた会おう!」
バスの扉は無情にも閉まり、キンジを置いて走り出す。
しばらくは見えていたがその内キンジが見えなくなっていく。
強く生きろよキンジ・・・
その後しばらく移動した時、唐突に武藤が話しかけてくる。
「そう言えばお前、最近後輩の女子を構ってるんだって?」
「なんで武藤が知ってんだよ? やだストーカー? キャー遙ちゃん怖い!」
「ちげーよ! 不知火が最近お前が火野とか間宮と一緒にいるって言ってたんだ!」
「不知火か・・・あのお喋りめ・・・」
武藤の意外な情報源であるもう1人の親友に恨み言を呟く。
不知火は
「で? 誰がお気に入りなんだよ? やっぱり間宮か?」
「なんであかりちゃんの名前が出て来るんだよ? それも不知火情報か?」
「ああ、最近特に仲が良さげだって言ってたぞ?」
「喋り過ぎだろあいつ・・・まぁ、仲は良好ではあるがお気に入りって程じゃないかもな」
「じゃあ火野か? 男子の仲じゃ評判は高くないみたいだが」
「ライカも良い後輩ではあるが、あいつに教えるべき場所は俺には無いからな・・・やっぱりお気に入りってのではないかな」
「なら誰なんだよ? 後輩の誰かなんだろ? 火野の
「麒麟ちゃんも基本的に完成した能力を持ってるから教えられる事がないしな。ライカと同じだな」
麒麟ちゃん、ライカに関してはタイプが違いすぎて俺が手を付けるべきところがない。
逆にあかりちゃんはタイプが近い分教えられる物もあるが、あの子は何だかんだ勝ってしまう体質っぽいから基本的に放置していても今すぐどうこうはならないし、意欲の強い子だから放て置いても強くなる。
アリアも
「佐々木さんかな・・・同じ近接タイプで日本剣術がベースだから教えれる事も多いし、あの子はあの4人の中で1番強くなりそうな動機を持っているし、その感情が俺にも一応理解できるからな・・・」
ライカと麒麟ちゃん基本的に手を加える事ができない。
あかりちゃんか佐々木さんかになると、あかりちゃんはパッと見技の基本ができていた様なので下手に手を加えすぎるのはライカ達と同じく持ち味を打ち消す可能性もあるから、ライカ達よりマシだがそれでも慎重になるべきだろう。
消極的に考えて1番俺が教えられる事がある子であり、動機に好感が持てるからお気に入りが誰かと聞かれたらおそらく彼女だろう。
俺のトラウマの2割くらいは彼女に与えられた物だが・・・
「
「好みって言うか、普通に教えがいがありそうな子だからお気に入りってだけだ」
正直武藤が聞きたがっている様な色恋沙汰は基本的にもう数ヶ月ほど係わってないと俺は感情すら湧かない。
と言うかそこまで係わりがない相手に恋愛感情が湧く状況が俺には理解できない。
「まぁ、お前の聞きたいような話は・・・」
無い。と続けようとしたその時――
「きゃあああああああああ!」
武偵らしくない、少女の悲鳴がバスないに響き渡った。
「何だ一体!?」
「トラブルだろ?」
俺は武藤と一緒に運転席近くの悲鳴の主の所まで移動する。
悲鳴の少女は、メガネを掛けた中等部の後輩のようで、彼女は何かに怯えたようで涙ぐんでいる。
「何があったんだ?」
「よ、吉野先輩!」
彼女の手には携帯が握られており、彼女の悲鳴の理由はこれだろう予想できた。
だがこの携帯で何故ここまで怯えるのかはわからなかった。
「携帯借りても良いか?」
「は、はい!」
怯えた彼女を安心させるように、できるだけ優しく問いかける。
もう逃げ出したいと言った感じの彼女から携帯を受け取り電話に出る。
「もしもし」
『速度落とすと 爆発しやがります』
耳に当てた携帯から、特徴的なボカロ音声がふざけた台詞を言ってくる。
俺はこの特徴に一致する物を、1つだけ知識として知っている。
「
数日前に俺の親友を狙い、それ以前にも俺の予想では3人を狙った人間。
狙った人間以外にも複数の人間を巻き込んだ犯罪者。
俺は軽く息を吐くと、深く息を吸い――
「テメーコラ!! ざっけんじゃねーぞ!! 前回はギリギリで、今回は間違いなく遅刻じゃねーか!! 単位不足になったらどうしてくれんだ!! アァ!? こちとら単位ギリギリの武藤君が付いてんだぞ!! 今すぐ出て来い轢いてやる!!」
「おいコラ!! 人を勝手に単位不足にすんな!! あと人の台詞パクんな」
取り合えず言いたい事を全部ぶち撒ける。
やっぱり事件の当事者になるのは基本的にムカつく。
俺の言葉で武偵殺しがどう言う反応をするのかで対応も変えなければいけないが――
バリバリバリバリバリバリッ!!
いつの間にか並走して来てたルノー・スポール・スパイダーから銃撃され、バスの窓ガラスが割られた。
これはおそらく脅しのような物だろう。
『黙りやがれです』
「気の長い事で・・・」
溜め息を付こうとした時、俺の携帯が鳴る。
「誰だよこんな時にッ・・・!」
緊迫した状況に電話が掛かってくるこの状況に腹が立つ。
取り合えず手に持っていた携帯を彼女に返し電話に出る。
「現在、御掛けになった番号はやっベー事に巻き込まれているので、また後ほど御掛け直しください」
ぷちっ
適当な言葉をそれっぽく並べ、適当に話を聞く前に電話を切る。
そして――
ブルルルルル!
また電話が掛かってくる。
だからもう一度――
「現在、御掛けになった番号は――」
『次切ったら風穴よッ!』
「何だアリアか・・・どうした?」
『事件よ! あんた今どこにいるの?』
言われて割られた窓の外を見てみる。
外には
「ロキシーを過ぎた所だ」
『今から迎えに行くからそこで待機してて』
「それが無理そうなんだよな・・・」
『なんでよ!?』
運転席を少し覗きこみアリアに言ってやる。
「今時速40キロでロキシーを遠ざかってるからな・・・」