あかりちゃんが打明けた話は壮絶と呼べるものだった。
彼女の祖先が江戸時代に公儀隠密に属する間宮林蔵だった事。
間宮林蔵がその命のやり取りの最中生み出した技の数々が、代々間宮家の長男長女に『人々を守るために戦う』と言う理念と共に受け継がれてきた事。
2年前、間宮一族が夾竹桃と名乗る敵とその一派に襲撃され、間宮一族が散り散りになって逃げた事。
その際にあかりちゃんと間宮さんが夾竹桃に捕まり、間宮さんが風魔家の符丁毒を撃ち込まれた事。
そんな辛い体験をあかりちゃんは語ってくれた。
時に苦しそうに、時に泣き出しそうに。
「なるほどな・・・」
あかりちゃんの話を聞いて納得がいった。
殺しの技を持っている人間が、取り締まる側の人間の近くに居て得られる利点なんて数えるほどしかない。
技の矯正か、自分の姿を隠すと言った所だろうか。
「あたしたちが襲われたのは・・・ののかがこんな目に遭わされてるのは、間宮の術なんかがあったからなんです・・・!」
あかりちゃんが目に涙を溜め、少しづつ感情的になっていく。
あぁ、やっぱり俺はあかりちゃんの事を他人だとは思えない。
ここまでの共感を覚える人物がこんな近距離いるのが偶然と思うことができない。
これは運命なのだろうか。
俺が彼女と出会った事は運命なのだろうかと真剣に考えてしまう。
「あかり。じゃあ、お母様の理念についてはどう思うの。『人々を守るために戦う』──世にはびこる悪から、無辜の民を守るために戦う。それは、立派な理念世絶対誰かがやらなきゃならないことだわ。その尊い理念を、あなたの一族は継いできたんでしょ」
少し落ち着かせるように、アリアが語りかける。
「それは・・・守りたいです・・・」
この言葉を聞いて俺は確信する。
どんなに共感しようが、親近感を覚えようが、俺と彼女とでは根底にあるものが違いすぎる。
「でも、間宮の技は人を殺める技なんです。だから、あたしは武偵高で・・・」
「技の矯正か・・・豪く遠回りしたもんだ・・・」
あかりちゃんの口振りからすると、彼女は間宮の殺人術のせいで一族がバラけ、間宮さんが毒を食らうはめになったと考えているのだろう。
故にあかりちゃんは間宮の術を
そんな時に武偵法を絶対遵守し、違反数0の偉業を誇る憧れのアリアが現れたので、指示を仰ぎつつ技の矯正を進める事にした。
おそらくそんな時に今回の事件が起き、今に至るということなのだろう。
あかりちゃんの考えは理解できるし間違えてもいないと思う。
だが、例え殺しの技だろうと、工夫や知恵の1つで相手を殺さないことはできる。
そもそも技の矯正だけなら俺や別の
やはり遠回り・・・いや、これはあかりちゃんが純粋だと言うべきなのだろうか。
おそらく、殺しの技を忌避したあかりちゃんは工夫と言う選択肢を思いつかず、完全な技の改変を選んだのだろう。
良くも悪くもあかりちゃんは純粋すぎる。
その純粋さが俺には眩し過ぎ、羨ましくもあり、妬ましくもあり、そんな醜い感情が溢れ出す俺自身がますます嫌いに成っていく。
「それで──『鳶穿』も、奪取の法に改変したと」
ここまで沈黙を保っていた陽菜が口を開く。
確か、陽菜の家である風魔はかなりの旧家と言う話だったはずだ。
何か過去に間宮家と係わりがあり鳶穿の存在を知っていたのだろうか。
「うん・・・でも・・・何年もかかって、作り直せたのはそれだけ・・・体に染み付いた癖は、なかなか取れないんだ」
自嘲気味に笑いつつ、あかりちゃんが椅子から立ち上がる。
「あかりさん・・・?」
こちらに向かって歩いてくるあかりちゃんに、佐々木さんの不安げに声を掛ける。
あかりちゃんは、自身の制服の腕を押さえるように立ち止まる。
「みんな、お別れだね」
あかりちゃんは左袖の武偵高の校章を剥がした。
武偵高の校章は国によって異なる物になっているので、所属が変わるたびに制服ではなく校章だけを替えれるようにマジックテープで着脱可能となっている。
それを付け替え以外で剥がす理由は1つしかない。
あかりちゃんは武偵校を去る気だ
「あたし・・・やっぱり行くよ。夾竹桃のものになって、ののかを助ける」
あかりちゃんは佐々木さんたちのほうに振り返ることなく覚悟を決めた表情で病室のドアに向かっていく。
「あかり・・・」
アリアにしては珍しい、少し弱気な声を出すもあかりちゃんは止まらない。
「
そう言ってあかりちゃんが病室のドアノブに手を──
パシッ!!
かけなかった。
いや、かけれなかった。
気付いた時には俺は車椅子の取っ手を放し、壁に倒れるように凭れ掛かりあかりちゃんの右手首を右手で掴んでいた。
「放してください吉野先輩」
あかりちゃんは自分の覚悟を邪魔されたと感じたのか、眉を顰め腕を放すように要求してくる。
正直、自分でもなぜ動いたのか分からないが、動いてしまったのだからこの際言いたい事を言ってやろう。
「君が夾竹桃のところに行ったとして誰が救われるんだ?」
「そんなの・・・!」
あかりちゃんが振り向き反論しようとしたが、振り向いた瞬間に言葉が止まってしまう。
あかりちゃんの視線の先を見てみると、間宮さんの痛々しい姿があった。
「確かに君が夾竹桃の下に行けば間宮さんは延命されるかもしれない。けど、それは本当に救われてるのか? 命が助かったってのは救われたて言うのと
「なら、吉野先輩は知ってるんですか? 誰かのために自分が犠牲になろうと決めた人間の思いを! 仲間が犠牲になって残された人間の思いが分かるんですか!?」
あかりちゃんの言葉に、今度は俺が黙ってしまう。
彼女達に話してもいいのだろうか。話すべきなのだろうか。話さずに彼女を納得させる事ができるのだろうか。
俺はありとあらゆる思考を巡らせ答えを出す。
「分かる。いや、分かりそうになった事があるって言う方が正確かもな・・・」
俺は全てではないが話す事に決めた。
「ある女の子の潜在能力を恐れた男がその女の子を殺そうとした。その女の子を殺させない為に今の俺でも絶対勝てるはずの無い相手に挑んだ。ただ、その戦闘はその男による俺の成長を促すために仕組まれたものでもあった。その後すぐ俺は家に居づらくなって家を出て今に至るってわけだ」
かなり省いたが概ね間違った説明した通りだろう。
思い出したくもない物を思い出し、気分が滅入ってくるが今は放ておく。
「話が逸れたけど、俺は君の問い掛けの2つを知っている。だからこそ俺は君を止める。その行為で救われる人間なんて居ないからな・・・それでもその自己満足を通そうというのなら──」
俺は一瞬考えてしまう。
これを言ってしまってもいいのか、この言葉を言って後悔しないのか、そんな事をほんの一瞬だけ考える。
そして──
「──俺も一緒についていく」
「えっ・・・?」
俺の発言にあかりちゃんは意外といった表情になる。
ただ、それ以上に周りのメンバーがざわつく。
「遙!! アンタ一体何言ってんのよ!?」
俺があかりちゃんを止めると思っていたのか、俺の発言にアリアが驚きの声を上げる。
俺は基本的に第3者視点で適当な場所でのんびりしたいって言わなかったか?
場所はどこでもいいし、味方はしないが一度面倒を見たら最後まで面倒を見続けるスタンスなんだが・・・
「武偵校に入った理由は中学で達成できたからな。保険かけて高校卒業までいるつもりだったけど後輩の女の子がわかってて尚間違えようとしてるならほっとけないだろ」
そう、普通ならほっとけば良いはずの事をほっとけないこの人間性が自分でもかったるいと思ってしまう。
本当にこの性格をどうにかして、本当の意味で第3者の傍観者視点で平和に生きたいものだ・・・
アリアは俺が引く気が無いのが分かったのか、ため息をつき話を戻す。
「とにかく! 規則上、
アリアの言葉にあかりちゃんの足が完全に止まり、俺もあかりちゃんの手を放す。
俺の話より
「あたしの
普通なら投げ出してしまってもしょうがない状況でも、アリアはまだあかりちゃんの
俺ならできないであろう
「・・・でも」
アリアの言葉にあかりちゃんが夾竹桃の下に行きペットになるか、武偵として夾竹桃を捕まえるかで揺れている。
そんなあかりちゃんが声を絞り出す。
「敵は、夾竹桃は、強いんです・・・アリア先輩を傷つけた敵と、同じくらい・・・!」
あかりちゃんの頬から涙が零れ落ちる。
「あたしは間宮の技もほとんど失っているんです・・・昔のものは封じて、新しいものは身につかなくて・・・」
一体、夾竹桃に何を吹き込まれたのか、あかりちゃんの心が折れている。
完全に相手を強者と認識し、本能的に戦うことを拒否しているようだ。
「
本当に何を吹き込まれたのか、自分はこうだと思い込んでいる。
これは例え俺が口を挟んだところでどうにもならないだろう。
これをアリアはどうするのか・・・
「違うわ」
アリアはノータイムで否定する。
「見落としてるわよ、あかり。あんたが持ってる、大事なものを」
アリアは座っていた車椅子から立ち上がり、あかりちゃんの隣に歩いていく。そして
「・・・何をですか・・・?」
そう言って涙を拭くあかりちゃんの肩に手を置く。
「振り返れば、そこにあるわ」
答えを示すように、アリア自身も振り返ってそう言う。
そうやってあかりちゃんも促されるままに後ろを振り向く。
そこには──
「──あかりさん!」
佐々木さんの顔が──
「あかり!」
ライカの顔が──
「間宮様!」
麒麟ちゃんの顔が──
みんながそこにいた。
「家が何だ、技が何だ! あかりはあかりだろ!」
熱い感情を隠そうともせず、ライカが強く言い放つ。
縛られるな、お前はお前だと。
「微力ですがお力添えしますの!」
麒麟ちゃんも笑顔で宣言する。
俺よりも、あかりちゃんよりも1歳も2歳も年下の女の子が戦うと言っている。
だから俺は彼女を、麒麟ちゃんを尊敬するんだ。
その隣では、
「あかりさんが死ぬと言うのなら私も一緒に死にます!」
佐々木さんが涙ぐみ、自分の手で胸を押さえながら感極まってそんなことを口走っている。
どうやら彼女の頭の中では独自のストーリーが展開していたようだ。
興奮して我を忘れているようだが、それでもこの中で1番あかりちゃんの事を強く思っているのは間違いなく彼女だろう。
「某も助太刀致す。風魔の秘伝『符丁毒』の悪用、許すまじ」
助太刀、つまり今回陽菜はあかりちゃんの味方として助けるということだ。
佐々木さんが、ライカが、麒麟ちゃんが、陽菜が。
友達があかりちゃんを助けると言ったのだ。
みんなの声を聴いたあかりちゃんの目から、さっきとは違った意味の涙があふれた。
「みんな・・・助けて、くれるの・・・?」
あかりちゃんは顔をぐしゃぐしゃにして仲間に問いかける。
「みんな・・・」
「1年
アリアが鋭く、この場の後輩たちに号令する。
それを聞いた佐々木さん、ライカ、麒麟ちゃんが同時にビシッと直立不動の姿勢を取り、
「──
陽菜も含め、みんなで力強く声を合わせる。
武偵憲章
全ての武偵が遵守するべき心得、その一番最初に記述されている一番大切な心得を。
「・・・みんな・・・」
あかりちゃんの目から涙が止まる事なく溢れ続ける。
やっぱりあかりちゃんは俺にはない物を持っている。
羨ましい
そんな今の状況にふさわしくない汚い感情があふれてくる。
「──あかり」
アリアの声にふと我に返り頭を振って関係のない思考を振り払う。
アリアはまだ少し歩きづらそうにあかりちゃんに近づき、ぺたり、とあかりちゃんの腕に1度は捨てた武偵高の校章を貼りなおす。
「あんたに初めて、
「──!」
作戦命令
ここ1番の作戦の際には作戦コードがつき、基本的には
あかりちゃんはお世辞にも1人前と呼べるほどの実力はないだろうが、それでもここ1番の時は来る時は来るんだ。
だからこその作戦命令、だからこその作戦コードなのだろう。
「あたしはあたしの敵に、この傷をの借りを返す。あんたはあんたの敵を逮捕しなさい」
額に巻かれた包帯を指しながら、アリアは言った。
「作戦のコードネームは──『
コードネーム、俺には一度としてついた事のない物だ。
やはり俺にない物をどんどん得ていく彼女は、俺以上に特殊性が存在するのだろう。
「アリアとあかりのAよ。同時に、2人の犯罪者を逮捕するのよ」
そう、来る時は来る。
そしてその時はきた。来てしまった。
ならば、後は進むだけ。
前に敵を見据え前に進み目的を完遂する。
後に残っているのはそれだけだ。
「──返事ィ!」
くわっ! とあかりちゃんに渇を入れる。
それに──
「──はいっ!」
応えるようにあかりちゃんは大きな声で返事した。
これで進むのだろう。やっと解決に向かいだしたのだろう。
「やれやれ、やっと1歩前進だな!」
「吉野先輩」
俺の言葉に反応しあかりちゃんがこちらに振り向く。
その目はまだ少し涙が滲んでいるが、先ほどまでの迷いのこもった物ではなかった。
「もう間違える事も無さそうだな」
「はい!」
あかりちゃんのその返事には確かな自信が見て取れる。
「ならもう最後まで信じな。君自身の力を」
「私自身の力?」
あかりちゃんが少し不思議そうな顔をする。
俺はそんなあかりちゃんの頭に右手を乗せ、優しく撫でながら話を続ける。
「たとえ敵がどれだけ強大で強くても、どれだけ恐ろしい絶望に打ちのめされても、君は強いんだ。それがたとえ君自身の力じゃなかったとしても、たとえ時の運に助けられただけだったとしても、それを成したのは君の過去と行いだ。それは間違いなく君の力だ。それを妨げるのは何時だって敵じゃなく自分の心なんだ。だからどれだけ臆病でも、どれだけ絶望しようとも、君だけは信じるんだ。君の力を、能力を、君自身の過去、覚悟、決意 のすべてを信じ求めるんだ」
俺の経験してきた過去の過ち、絶望その全てを俺はこの子にさせないことに決めた。
けど、これは思いやりや親切心、真心と言ったものじゃない。
これは
俺よりも沢山の物を、
俺が今までしてきた後悔も経験もあかりちゃんだけには絶対に
「君の全ては君の中にだけあるんだ。誰かに何か言われたとしても、何かにぶつかって挫けそうになったとしても、結局あるのは自分を信じ進むか、自分を信じずその場に立ち止まるか、たったそれだけなんだ。それだけで誰か大切な人の為に生きられる。たったそれだけで人は無敵になれるんだ」
「はい」
今度は俺が言いたい事を理解をしたようにあかりちゃんは返事をする。
けど違う。
俺は、俺の
それを俺は心にしまっておく。
そしてあかりちゃんの頭に置いていた右手を、あかりちゃんの左肩に乗せかえる。
「うん、いい返事だ。じゃ、ッ!!」
「──ッ」
周りに漏れないように、俺はあかりちゃんに一瞬殺気をぶつける。
その瞬間、あかりちゃんの意識は途絶え、身体の力が抜け前のめりに倒れるのを、俺は床に落ちないように受け止める。
「「あかり!?」」「あかりさん!!」
「大丈夫。不意打ちの殺気にビックリして意識を手放しただけだから明日の朝には目が覚める」
急な状況に驚いたアリア、ライカ、佐々木さんに説明する。
「とりあえずまだ時間があるんだ、今日は休んで作戦決行は明日だな。疲れもそうだが、準備も必要だしな。ライカ、あかりちゃんを頼む」
「はいッ!」
ライカに意識の失ったあかりちゃんを預けると1つ溜息をつき、この場の後輩たちに支持を出す。
「武偵憲章五条 行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし。明日の作戦に備え即時帰宅せよ! 解散!!」
「「「「はい!!」」」」
そうして彼女たちは明日の決戦に備えるため、各々の思いを胸に家路に着いた。
「やれやれ、まったく大変な1日だな・・・」
「ホントよ。あかりが武偵を辞めようとするし、アンタはあかりについて行こうととするし・・・」
「バスジャックが無いのはご愛嬌ってな」
ライカ達が意識の失ったあかりちゃんを連れて帰った後も、俺とアリアは間宮さんの病室に残っていた。
先程、あかりちゃんを受け止めた時に元々絶対安静の筈だった右足で踏ん張り、また痛みがぶり返しできたのでしばらく休憩させてもらうことになった。
(情けねぇ・・・)
「まぁ、全てがいい方向に進み出したんだ。良しとするか」
「そうね」
俺とアリアは何となくだがお互いに笑みを浮かべあう。
本当に大変な1日だったのに、お互いに笑みを浮かべられるとは割と余裕を持てているらしい。
「吉野先輩、アリア先輩。今日はありがとうございました」
「別にいいわよ。あかりはあたしの
「俺に関しては、今日1日でしたことなんて怪我した後に怪我人運んだだけなんだから。間宮さんがお礼を言うことなんてないよ」
そう、今回俺のしたことなんて実際問題それだけ何だから、そんなことでお礼なんて言われていたら誰でも直ぐにSランク武偵になれるだろう。
「間宮じゃなくて名前で呼んでください吉野先輩。間宮じゃお姉ちゃんと被っちゃいますし」
「そっか。ならこれからはののかちゃんって呼ばせてもらうよ」
「はい!」
あかりちゃんを正気に戻したときに、勢いに任せて呼んでしまったが、せっかく本人の許可が出たのだから遠慮なく呼ばせてもらおう。
「まぁ、俺が居なくても全て旨くいったんだ。俺にお礼なんて言う必要ないさ」
「でも、吉野先輩はお姉ちゃんが1人にならないようにしてくれました。意図した事じゃ無かったとしてもそれがお姉ちゃんのことを思ってくれているんだ思うと嬉しかったんです。だから、ありがとうございました」
年下の子がここまで言って来てるんだ、例えそれが勘違いだとしてもそれを否定し続けるのは野暮というものだろう。
人が考え信じた物が本人にとって真実。
それが全てでいいだろう。
「君がそう言うなら事実がどうあれ素直に受け取っておくよ。俺にとっては戒めになりそうだけどな」
本当に情けないがこれを戒めに次を拾うとしよう。
「さてと、そろそろ俺たちも御暇するか。脚もそろそろ平気だろうし・・・」
左足に力を込め、椅子から立ち上がろうとした時──
「少しいいですか吉野先輩」
ののかちゃんに呼び止められ椅子から立ち上がるのを止める。
一体何の用か見当もつかないが、おそらく面倒事なのだろう。
それでも、好奇心からか、それとも何かほかの要因が絡んでいるのか、やはり断れない。
「なに? 面会時間もそろそろだし、用があるなら急いだ方がいいよ」
ののかちゃんに話を少し急がせる様に促す。
「お姉ちゃん達を信用していない訳じゃないんですけど、何か嫌な予感がするんです。怪我をしている吉野先輩に頼む事じゃ無いのはわかってますけど、それでもお姉ちゃん達を助けてあげてくれませんか?」
ののかちゃんが真剣な表情をして頼んで来る。
その表情が、俺の状況を理解して頼んでいるのがわかる。
おそらく、ののかちゃんが今頼れる武偵の人間はアリアか俺くらいなのだろう。
アリアは頭部を負傷、俺は足を負傷。
負傷度で頼る相手を消極的に考えるなら、アリアより俺を頼るのは当然の選択だろう。
「アリア。悪いけど今から最低な発言をするけど暫く黙っててくれないか?」
「・・・わかったわ」
俺の頼みにアリアは訝しげな表情を浮かべ、少し考えから静かに了承してくれた。
一息つくとののかちゃんに嫌われるかも知れないが、それでも聞いておきたいことを切り出す。
「ののかちゃん。君はその願いの為に何を差し出せる?」
「えっ・・・?」
ののかちゃんは面食らったような表情になるが、実際この話は普通の事であり、一般的な武偵が依頼者に要求することができる権利だ。
武偵に限らず一般社会ですらそれは当然であり、それがなければ現在社会は崩壊するであろう物。
そう、報酬だ。
「俺は君を一度助けた。けどそれは目の前で起きた突発的なイベントに、俺が常識的、道徳的に動かされたからこそだ。俺たち武偵は正義の味方じゃない。俺は俺が必要性を感じないと動く気はないし、それでも尚、俺を動かそうとするのなら俺は、当然その働きに見合うだけのものを要求する。それが金であるかどうかは問わないけどな・・・」
本当に自分が嫌いになってくる。
こんな最低な言葉を吐く俺が、こんな事を聞かなくてはならない状況を甘んじて受け入れている俺が本当に嫌いだ。
「だからもう一度聞くよののかちゃん。俺を動かすために、そんなちっぽけで不確定な事の為に君は一体何を差し出せる?」
俺の問い掛けにののかちゃんは少し困惑しているようで黙り込んでしまう。
それでも俺は尋ねる。
ののかちゃんの意思が俺の意思を曲げてまで実行するに値しない程度の物なのに、情の為に自分の意思を曲げるのは、今までの情を振り払い、自分の意志を貫き戦い続けた俺の全てを否定する行為だと思うから。
彼女の出す答えが、俺の満足するものでなかったらその時は・・・
俺はののかちゃんの出す答えのいかんによってとる行動を決める。
そして少し考えた後、ののかちゃんは答えを出した。
「あたし個人で完結する範囲の全てじゃだめですか?」
ののかちゃんの答えは俺の予想を大きく超えた。
俺はののかちゃんがそこまで大した財力を持っていないと予想し、あえて少しだけ金では動かないような匂わせ方をして問いかけた。
故に金以外の物を差し出すという反応をするだろうと予想を立てる事はできていたが、今までの俺が出会ってきた人間は大抵この質問をした時『自分の全て』と答えてきた。
『自分の全て』
それは一言で済ませることのできる便利な言葉だが、ののかちゃんで言うのなら、間宮ののかの姉という名目で俺はののかちゃんだけでなく、あかりちゃんまで自分の所有物にできてしまう。
そう、その言葉は自分を差し出すのではなく、自分と関わった人物全てを差し出すと言い換えることができる。
俺は今まで、この問い掛けにそう答えた人の願いを、この思想に則りすべて拒否してきた。
そして、例外なくののかちゃんの答えがそれだったら断るつもりでいた。
だが、ののかちゃんは『個人で完結する範囲の全て』と、間宮ののかを個で縛る事により、自分と関わったすべての人を切り離したうえで自分にある全てを渡すと言ってきた。
これは、俺が特に嫌いとする自己犠牲の究極系だが、金も価値あるものも持たない者が等価交換を持ち掛けるには最大の物であり、誰かの為に何かを差し出さなければならない時には最も合理的な物だろう。
そしてののかちゃんの顔は真剣そのもので、明らかな覚悟を決めた顔をしている。
「クッ、アハハハハハ!!」
俺はののかちゃんの答えに声に出して笑ってしまった。
この問い掛けを今までに突破した者は、1人残らずとして俺に有益なものを見出し差し出してきた。
だが、この短時間で俺に特に有益な物でなく、ここまでの覚悟を見せた人間は初めてだ。
「君たち姉妹は本当に俺の予想を超えてくるな・・・」
俺は立ち上がると、アリアの車椅子の手摺を掴み、車椅子を押しながら出口に向かう。
そして──
「君の願いは聞き入れた。報酬は君の手作り弁当1回分ってことで」
俺はそれだけを言い残すと、アリアと共にののかちゃんの病室を後にした。
アリアの病室に戻るために病院の廊下を車椅子を押しながら、急遽入った明日の
現在の俺の体で激しい運動はできないので行動は絞るべきであり、松葉杖の代わりに盾を使うなら防御的に動くほうがいいだろう。
機動力も落ちてフックショットに頼る事になるだろうから、予備のバッテリーも持参するべきだろう。
あの子達に俺が参加するすることを伝えるのは余計な不安を煽るだろうから、ぎりぎりまで黙っていたほうがいいだろう。故に今回はできるだけ隠密に動くつもりだが、恐らくそうも言ってられなくなるだろう。
更に、敵は毒を使いながら前線にという話だから、できるだけ飛び道具を用意するべきだろう。
「かったるい・・・」
いつもの様に呟きながらため息をつく。
我ながら面倒事を引き受けちまったもんだ・・・
「遙・・・」
「うん?」
アリアに呼びかけられ、アリアの方に目を移す。
「あんた最低ね」
おそらく先ほどの、ののかちゃんとの会話を指しているのだろう。
俺達庶民には普通の事であっても、貴族の生まれの人間にとっては普通ではないものもこの世には存在するのだろう。
報酬をもらうことが俺達にとって普通でも、貴族にとっては仲間からは報酬を受け取らない事が家の格を上げるうえでは重要な事だと言うことも聞いたことがある気がする。
そしてアリアは貴族だ。
恐らくそう言うのと、先ほどの俺の要求の仕方そのものも含めてこう言ってきたのだろう。
だから──
「ああ、知ってる」
アリアの言葉に俺はこう答えた。