青海の中心地に位置するビルの屋上で夜景を見下ろす。
いつもと同じ景色のはずなのに、状況によって印象が変わるのは何故なのだろう。
「こんな事を考えられるとは我ながら余裕だな・・・」
いつもの様にかったるいと溜息をつこうとしたその時。
青海の倉庫街から少し外れたかなり御高めのホテルの一室から大量の閃光が溢れる。
遂に始まったか・・・
俺はズボンの左側ポケットに入った単眼鏡を取り出し、ホテルの方を見る。
そして俺は驚かされた。
「う、浮いてる・・・」
だが、彼女の足元に糸状に閃光の光が反射しているのにすぐに気付いた。
「
だが、俺は今まで街中で空中に立っているように見えるほどの大規模な
「なんだこいつ・・・」
意外過ぎる戦法にその感想が一番最初に出てくる。
そして──
パアァァン!!
銃撃音
その音の元を辿るとワイヤーに逆さにぶら下がった赤いマフラーと黒く長いポニーテールを靡かせた忍の少女、風魔陽菜が火縄銃を構えていた。
銃弾は黒い少女、夾竹桃の髪を掠め、向かいのビルの壁にめり込んだ。
火縄銃は基本単発式、敵に気づかれれば最早再装填は叶わず必要がなくなる。
陽菜は体を振り子のように動かし、火縄銃を捨て体を上方へ飛ばしワイヤーの上に屈み姿勢でワイヤーを然程動かすことなく降り立つ。
その間にスカートの内側に隠した夜戦用に黒く着色された卍手裏剣を抜いて。
「ハッ! 陽菜のやつもなかなかやるようになったな。だが・・・」
空中に立つ二人の少女達は何か会話しているようだが其の内、陽菜は何かを叫びながら左右両方の手で卍手裏剣を投げる。
卍手裏剣はブーメランのようにカーブを描きつつ夾竹桃の足元のワイヤーを切断し、夾竹桃はそのスカートをパラシュートの様に広げ、慌てた様子もなく落ちていく。
だが、夾竹桃は落ちていく途中で何かを投げるもこちらからは小さすぎて見えない。
その何かは空中で大量の紫の煙のような何かを散布し、陽菜の方から夾竹桃の姿を完全に隠したのだろう。
けど、これはおそらくただの煙幕ではない。
「
陽菜の様な顔を隠すものしている人間は基本、対毒性のマスクなり仮面をしているのは当然の事だ。
あかりちゃんや陽菜の話によると夾竹桃は毒使いであり、毒の扱いに長けた人間なのは間違いないとの話だ。ならば対毒性の装備に対する毒なり、装備を破壊する術を持っているだろう。
風魔も襲撃を受けたと陽菜が言っていたことから、風魔の人間が対毒装備を持っていたと仮定すれば夾竹桃は風魔の人間が対毒装備をしていることを学習し、風魔である陽菜に対して使われたあの煙がただの毒霧や煙幕では無い事くらいはわかるだろう。
だが、そこまで考えが及ばなかったのか、陽菜は夾竹桃を追いかけ煙の中にダイブしていく。
落下速度的に一息するまでもないだろうが、それでは済まないだろう。
陽菜がビルとビルの間の路地に着地し夾竹桃を探そうと立ち上がろうとしたとその時、変化が現れた。
「酸だと!?」
そう、陽菜の制服がボロボロと崩れだし、所々に穴が開き徐々に広がっていく。
これは非常にまずい。
武偵という物もそうだが、それ以上に忍は両手で持ちきれない武器を体の至る所に武器を収納しており(体に収納と言っても、もちろん生身の肉体ではなく衣服の収納スペースに携帯しているだけだが)衣服を溶かされるのは、それだけで携帯している武器を奪われるのと同義である。
夾竹桃は陽菜の背後に現れ、陽菜はそちらに振り向こうとするが、その拍子に口当てが取れそうになり右手で抑える。
陽菜の制服がどんどん溶けていき、瞬く間に陽菜の下着が露出していく。
それでも尚、陽菜は自分の体よりも素顔を隠す口当てを守ろうとする。
その時、俺の背筋に冷たい何かが走り、ゾクッとした感覚と共に背を震わせる。
「まさかあいつ・・・」
嫌な予感が過ると共に、俺はその予感を含めたあらゆる可能性を考える。
だが、俺が考えている間も事態は更に動いていく。
陽菜の体がふらつき、自分ではバランスを取る事もできなくなってきたのか片膝をついてしまう。
「経皮毒もなのかよ!?」
経皮毒とは皮膚から肉体が吸収してしまう毒であり、肺呼吸による食道といった内臓を介さずに肉体を蝕んでいく毒だ。
俺は夾竹桃は酸と毒ガスで対毒装備を溶かした後に肺呼吸させるのだと思っていたが、予想外の攻撃方法に驚愕させられる。
陽菜の制服はもはや原形を留めず、ぼろ布と化していた。
夾竹桃は薄くなりつつある先ほどの紫の煙を指さし、陽菜に対して何かを話している。おそらくあの煙について説明でもしているのだろう。
だが、最後の力を振り絞った陽菜は左手で人差し指から小指にかけて挟んだのだろう黒塗の
そして、片手で口当てをギリギリ押さえている陽菜に近づく夾竹桃は、陽菜のポニーテールを乱暴に後ろに引っ張り、陽菜を仰向けに倒してしまう。
陽菜の両手の籠手や鎖帷子以外の衣服が勢いで外れてしまい、下着姿にされた陽菜の上に夾竹桃がのしかかり所謂マウントを取られた状態になってしまう。
そして、抵抗する陽菜の口当てに手を掛けた夾竹桃は、そのまま口当てを勢いよく剥いでしまう。
陽菜は羞恥か屈辱からか顔を背けてしまうが、夾竹桃はさらに陽菜に追い打ちをかけていく。
遠目で何をしているかはわからないが、陽菜は少し悶えた後、彼女の体が脱力していく。
ののかちゃんの話では、夾竹桃に物理的に接触されたのは間宮の町が襲撃された際に、逃げると背後から直に首を掴まれ、爪が突き立てられ毒が盛られたと言っていた。つまり毒は夾竹桃の爪に塗られていると言う事だ。
「弛緩毒か・・・それにこのやり口・・・」
夾竹桃は陽菜の上から降りるとその場から去っていく。
今回の夾竹桃の行動から色々と分かったことがあった。
それは──
「俺と同じ性癖か・・・なんか微妙だな・・・」
そう、即効性のない毒や致死性が高い毒をあまり使わず、更に必要ない事でも抵抗されたり何かに抗おうとする人間を追い詰めようとする行動。
限度の違いがあれど、人の苦痛や困惑する姿。羞恥や屈服する姿を見たいという思想。
『サディズム』
正式名『サディスティックパーソナリティ障害』
別名『嗜虐症』『加虐性愛』
フランスの作家『マルキ・ド・サド』の性的倒錯を題材とした作品と、作者の名前からとられたアメリカ精神医学会により正式な病名を持った精神障害。
不満や失望、自尊心やエゴ、怯えなどを攻撃的に他者に向け、その行為で性的快感を得る人間に診断される症状。
俺はそこまで酷い物ではなく、普段からアリアやあかりちゃん、ライカ達を少しからかう程度で発散できるし、いざとなればそういう本やDVD等で発散できるので日常生活に支障をきたさない程度の物だ。
だが、夾竹桃は俺たち一般のサディストと違いこらえる事も、周りに害を与えずに処理する事もしない。
奴は自分の欲望を満たすために行動する。風魔・間宮襲撃の際の毒物の強請や、陽菜に対する加虐的な行動の1つ1つがそれを物語っている。
「となると次の行動は・・・」
俺と夾竹桃の嗜好は程度の差はあれど共通している。
つまり、俺の嗜好性を深く掘り下げれば奴の行動を予想できる。
そう、人の苦しむ顔が見たい。自分の手で苦しめたい。その2つが両立できる次の選択肢。
誰か、今の状況で言うならあかりちゃんが1番苦しむ事は、おそらく仲間が傷つけられる事だ。
そして、自分の手で誰かを苦しめるなら、おそらく佐々木さん性格と思考的にあかりちゃんと一緒にいるだろうから、必然的にターゲットが絞られる。
「ライカか!!」
そう今の状況で俺の予想通りだとするなら、戦闘力の無い麒麟ちゃんはオペレーターと
ならば必然的に攻撃力が高く、武偵校1年で最強の一角であるライカが1人で行動するのを予想するのは簡単だ。
夾竹桃の方も、ライカの情報はないだろうが、1度は敵わなかったあかりちゃんが1人で自分の部屋に来ると思ってないだろうから護衛役がいると予想すると、逃走は当然の選択肢として、追跡役も2人か3人いると考えると、取るだろう選択は人気が無く逃走に適した場所に誘き寄せて狩る事だろう。
陽菜の方も気になるが、様子を見るに致死性は低そうで、そのうち麒麟ちゃんが
その考えに至り、俺は身を返し盾で杖を突きながらライカの元へ全力で走り出した。
ライカに仕掛けた発信機の反応を辿り、フックショットと盾を杖代わりに出せる速度を全力で出し、青海の倉庫街まで来ていた。
「頼むから無事でいてくれよライカッ・・・!」
夾竹桃はサディストだ。
サディストの特徴は、自身の攻撃性を人に向け、それに苦しむ人の姿を見て性的快感を得ることだ。
そして今回の夾竹桃の行動は、執着であったり悪意であったりその行動の1つ1つが奴の趣味嗜好に基づいている。
そのような性質を持つ人間が、わざわざ自分の楽しみが減る殺しを積極的にするとは思えない。
取り敢えずは最悪の状況の1つは回避できるだろう。
だが、それでも楽観的にはなれない。
毒物による後遺症だって十分可能性はある。
できるだけ早急にライカを見付けないと・・・
ライカの反応が近くになってくる。この辺に居るはずのライカを注意深く探していると、近くの路地からおそらくライカの物であろう呻き声が聞こえる。
ただその声は、どこか淫靡な雰囲気の混ざった喘ぎ声と言った方がいいような、そんな卑猥な声だった。
(これは、一体・・・)
俺が知る限りライカに被虐性愛の趣味は無いはずだ。俺が知らないだけでライカの根底にその様な趣味があるのかもしれないが、他にも実は誰にも知られていない相手がおり
だが100%無いとも言い切れない。
もし考えた通りの状況なら俺達の関係に罅が入るが・・・
「ダァァ!! かったりぃ!! もう知るか!!」
俺はそれだけを決めライカの声が聞こえる路地に入った。
「あン・・・!」
ライカは路地に入ったすぐ近くに蹲る様に倒れており、慌ててライカに駆け寄る。
俺はライカを仰向けに寝かせ軽くライカの状態を見る。
鼓動がかなり強く脈拍も早い。体が熱く力も入っておらず、顔もかなり赤くなり発刊もすごい。口も閉まりきらず呼吸もハッハッと動物の呼吸に近い物であり、唇から唾液が流れ、目には涙が滲んでいる。
太ももには1本の引っ掻き傷が付いており、身体の感度が高まっているようで何もしなくても快感に晒され続けているようだ。
この症状に当てはまりそうな毒といえば・・・
「媚薬か・・・いい趣味してるぜ・・・ 」
媚薬
性欲を促進させ肉体感度を人為的に上昇させる薬。
一般的に売られているもので低血圧や吐き気などの副作用があると聞いた事があるが、ここまでの即効性と効力を持つ薬がどの程度の副作用があるのか想像も付かない。
たとえどんなにいい薬でもすぎれば毒になるという事か。
「やれやれ・・・」
ライカの耳からヘッドセットを外すと、自分の耳に装着しなおす。
ヘッドセットの向こうでは麒麟ちゃんが慌てているようで、此方に
盾を逆さに立てると、持ち手をズボンのベルトに仕込んでいるワイヤーで足に結び付け、数十メートルほど歩ける程度の簡易的な足を作る。
ライカを両手で抱え上げると倉庫街の入り口付近に運び、見つかりやすい場所の壁にライカを凭れ掛からせ盾で作った簡易的な足を外し再び杖の代わりにつく。
暫くして、麒麟ちゃんと思われる車が来たのを確認すると、右手でフックショットをホルスターから抜き、フックを撃ち込み建物の屋根を伝い移動を再開した。