「やれやれ・・・結局何も分からなかったな・・・」
夾竹桃との戦闘の次の日、午前中に平賀さんに盾を返し新装備の寸法を取ってもらった後、学園島の駅の近くにある古本市場で蜂に関する情報を漁っていたが特に有益な物は見つからなかった。
やっぱり比喩的な意味で蜂の特徴に近い人物像、近い戦闘方法を使う人間だって事を視野に入れて考えた方が良いのだろう。
「かったるい・・・」
松葉杖を付きながら適当に歩いているとふと目に入った。
アリアか・・・
アリアはいつもの髪形に前髪を作っており、いつもと違う雰囲気を醸し出していた。
前髪は間違いなく額の傷跡を隠す為の物だろう。
後から聞いた話だが、アリアの額の傷は一生消える事は無いそうだ。
そして服はいつもの制服ではなく、私服の白地に薄いピンクのワンピースで清楚なイメージだ。
そしてその後ろには──
「何やってんだあいつ・・・」
キンジがアリアの後を追っているように見える。
最近は身近な人間の尾行が流行っているのか?
「興奮してきたな。ちょっと行ってみるか・・・」
どこかのお笑い芸人の様な事を口にしながら、アリアを尾行するキンジを尾行することにした。
着ていた私服の黒のナイロンジャケットのフードを被り、少し離れた距離からキンジ達を追いかける。
よくわからない2人を追いかけ駅に向かい、同じモノレールに乗車する。
モノレールで新橋に出ると、そこからJRに乗り換え神田を経由し新宿で降りる。
キンジから少し離れて尾行していると、町の男共の視線がチラチラとアリアに向けられているのが分かる。
まぁ、アリアの容姿なら視線が集まるは分かるが、言ってもアリアの体型でこの視線って最近のこの国はロリコンばっかなのか?
そんな事を考えていると、キンジ達は西口の高層ビル街の方へ歩いていく。
アリアの性格と普段のあの焦っているよう態度を考えると、彼氏という事は無いと思うが・・・
するとある場所でアリアが足を止めた。
新宿警察署
おそらくアリアの母親が拘留されているのだろう。
「下っ手な尾行。シッポがにょろにょろ見えてるわよ」
アリアは振り返らずに呼びかける。
どうやらばれているようだ・・・
「あ・・・その。お前、昔言ったろ? 『質問せず、武偵なら自分で調べなさい』って」
キンジは気まずさからか、少し逆切れ風にアリアの隣に立つ。
「ていうか、気づいてたんならなんでそう言わなかったんだよ」
「迷ってたのよ。教えるべきかどうか。あんたも、『武偵殺し』の被害者の1人だから」
「?」
「まぁ、もう着いちゃったし。どうせ追い払ってもついてくるんでしょ」
と言うアリアはいつもより覇気がない。
そして2人が署内に入って行こうとして──
「警察署でおデートですかー?」
「「は、遙!?」」
2人だけの空気になりつつあるキンジとアリアに呼びかける。
2人共俺の存在には気付いてなかったのか、本気で驚いているように見える。
「お前、いつの間に・・・」
「モノレールに乗る5分ほど前からだ。て言うかバレない様に尾行したとは言え、松葉杖使った人間の尾行ぐらい気付けよ・・・」
Eランクとは言え
アリアの方も気付いていなかったのか・・・
俺の存在感何処に行ったんだ?
まぁ、この黒ファッションは紛れやすさを狙ったものでもあるが。
「まっ、俺も『武偵殺し』の被害者の1人だ。キンジに付いていく権利があるのなら俺にもあるよな?」
アリアに尋ねると微妙な表情をしている。
最後にあんな揉め方して再会したのが大切な人との面会直前なんだから、この反応も当然と言えば当然なのだろうが・・・
「良いわ。遙、あんたも来なさい」
「了解」
アリアは少し考えた後、俺にもついてくる許可を出す。
今度は俺も含めた3人で警察署内に向かった。
拘留人面会室で2人の管理人に見張られ、アクリル板越しに現れた美人な女性が現れる。
俺はこの人の顔を見た事がある。
そう、アリアのガバメントのグリップに埋め込まれたカメオ。そこに刻まれた女性の横顔。それは間違いなく今目の前にいる女性だ。
「まぁ・・・アリア。そちらの方は? この方は彼氏さん?」
「ちっ、違うわよママ」
俺とキンジを見て少し驚いているような、けどおっとりとした声を上げる彼女は・・・
若い。
アリアの言葉からして彼女がアリアの母親なのだろうが、どちらかというと母親というより姉といった印象の方が近い。
「じゃあ、大切なお友達さんかしら? お友達を作るのさえヘタだったアリアが、ねぇ。ふふ。うふふ・・・」
「違うの。こっちのは吉野遙。こっちのが遠山キンジ。2人共、武偵高の生徒で
「あらま。そりゃ残念ですこと・・・」
アリアの言葉に何となくつぶやくと、アリアに思いきりにらまれる。
なるほど、黙れという雰囲気を呼んで黙る。
「初めまして。わたし、アリアの母で──神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね」
「あ、いえ・・・」
「こちらこそ・・・」
取り敢えず社交辞令的な事を口にしておく。
かなえさんの態度や雰囲気はその場の空気を優しく包み柔らかくしていく。
このタイプの人間は苦手だ・・・
佐々木さんの、その場に吐き捨てられたガムでも見るような目が懐かしく感じる。
キンジはかなえさんに少しどぎまぎしているようで、アリアもそれを感じたのか後ろにいた俺たち2人を睨みつけてくる。
「ママ。面会時間が3分しかないから手短に話すけど・・・このバカ2人は『武偵殺し』の被害者なの。先日、武偵高で自転車に爆弾を仕掛けられたの」
「・・・まぁ・・・」
かなえさんの表情を固くする。
「さらにもう一件、一昨日はバスジャック事件が起きてる。ヤツの活動は、急激に活発になってきてるのよ。てことは、もうすぐシッポも手を出すハズだわ。だからアタシ、狙い通りまずは『武偵殺し』を捕まえる。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他も絶対、全部なんとかするから」
数日ぶりにかなえさんの懲役を聞いたが、真面目に考えるのも面倒になるような年数にため息が出た来る。
「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を、全員ここにぶち込んでやるわ」
「アリア、気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むのはまだ早いわ──『パートナー』は見つかったの?」
「それは・・・どうしても見つからないの。誰も、あたしには、ついてこれなくて・・・」
「ダメよアリア。あなたの才能は、遺伝性のもの。でも、あなたには一族の良くない一面──プライドが高くて子供っぽい、その性格も遺伝してしまっているのよ。そのままでは、あなたは自分の能力を半分も発揮できないわ。あなたには、あなたを理解し、あなたと世間を繋ぐ橋渡しになれるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーは、あなたの能力を何倍にも引き延ばしてくれる──曾お爺さまにも、お祖母さまにも、優秀なパートナーがいらっしゃったでしょう?」
「・・・それは、ロンドンで耳にタコができるくらい聞かされたわよ。いつまでもパートナーを作れないから、欠陥品とまで言われて・・・でも・・・」
「人生は、ゆっくりと歩みなさい。早く走る子は、転ぶものよ」
なるほど、この人は強い。
必要だと思えばこの人は自分の身を差し出すことを迷わず選べる。
俺には無い強さを持っているのが見ているだけで分かってしまう。
「アリア悪い。ちょっと良いか?」
「何よ、遙」
「少しかなえさんと話したい。30秒で済ませる」
アリアは少し訝しげな目を向けてくるが、渋々といった様子で席を代わってくれる。
俺は変わってくれた席に座ると、3秒ほど目をつぶりかなえさんの方を見る。
「神崎かなえさん。今から俺のする質問に全ていいえで答えてください」
「はい」
かなえさんに了承を取ると質問を考え聞く。
「あなたは女性ですか?」
「いいえ」
「あなたはアリアの父親ですか?」
「いいえ」
まずは、嘘か本当かの判断基準を得る為の質問をする。
次に本題である質問を考える。
「あなたは『武偵殺し』ですか?」
「──ッ! いいえ」
「あなたはイ・ウーの構成員ですか?」
「いいえ」
「あなたはイ・ウーの実情をご存じですか?」
「いいえ」
「では最後に、あなたは自身の罪状に該当する事を実際に犯しましたか?」
「いいえ」
俺が聞きたい事はこれで全てだ。
「ありがとうございます。参考になりました」
頭を下げて感謝の言葉を述べる。
席を立ちアリアに変わろうとしたその時──
「神崎。時間だ」
近くに立っていた管理官が、壁の時計を見ながら告げる。
「ママ、待ってて。必ず公判までに真犯人を全部捕まえるから」
「焦ってはダメよアリア。わたしはあなたが心配なの。1人で先走ってはいけない」
「やだ! あたしはすぐにでもママを助けたいの!」
「アリア。わたしの最高裁は、弁護士先生が一生懸命引き延ばしてくれてるわ。だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーをきちんと見つけ出しなさい。その額の傷は、あなたがもう自分1人では対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」
アリアが前髪に隠していた傷跡に気付いていたのか、かなえさんはアリアを叱る。
「やだやだやだ!」
「アリア・・・!」
「時間だ!」
興奮するアリアを宥めようとアクリル板に身を乗り出したかなえさんを、管理官が羽交い締めにするような形で引っ張り戻した。
あっ、とかなえさんが小さく喘ぐ。
「やめろッ! ママに乱暴するな!」
アリアはまるで小さな猛獣のごとく検視を剥き出し、
今回ばかりは俺もムカついた。アリアを手伝ってやる。
俺は左手でアクリル板に触れると──
バアァァン!!
アクリル板は大きな振動音と共に、アクリル板を固定する壁に少し亀裂が入る。
パラパラと壁の一部が粉と化し、床に落ちる光景を見て管理官が固まる。
全撃ち
空撃ちと同じく腸腰筋の回転を体から腕へと伝え、対象に打ち込むのは変わらない。
だがその瞬間左足を大きく踏み込み推進力に全体重を加えることによって、一撃における威力を大幅に上げた。
そんな1撃をぶつけてもアクリル板は壊れないが、確実にダメージは蓄積される。
あと5、6回打ち込めば破壊できそうだ。
「おい、その方を丁重に扱え。殺すぞ」
管理官2人に殺気を向けると、顔を青くして固まってしまう。
アリアとキンジも、俺の行動に目を剥いている。
おそらく今、俺は仮面の如く張り付けた様な無表情なのだろう。
それ程までにムカついていた。
「ちっ・・・」
監察官がおびえた様子に舌打ちをすると、左手をアクリル板から離しズボンのポケットに入れる。
それに安心したのか、管理官は逃げるようにかなえさんを連れ出していった。
「訴えてやる。あんな扱い、していいワケがない。絶対・・・訴えてやるッ」
独り言をしながら新宿駅まで戻るアリアの後ろを、俺とキンジは何も言えずただを歩いていた。
「・・・・・・」
かつん、かつん、とミュールを鳴らしてアルタ前まで戻ってきたアリアは急に立ち止まった。
背後から見れば、アリアは顔を伏せ、肩を怒らせ、ぴんと伸ばした手を震えるほどきつく握りしめていた。
ぽた。
ぽた・・・ぽたた。
その足元に、何粒かの水滴が落ちてはじけている。
それは・・・聞くまでもない、アリアの涙だった。
「アリア・・・」
「泣いてなんかない」
キンジはその光景を目の当たりにしアリアに声をかける。
怒ったように言うアリアの背中は今までにないほどに小さく見え、顔を伏せたまま震えていた。
町を歩く人々は立ち止まる俺達を見てニヤニヤと笑う。
痴話喧嘩か何かだと思っているのか、視線が俺の神経を逆撫でして行くが反応する気にならない。
「おい・・・アリア」
キンジはアリアの前に回り込み、少し背を屈め顔を覗き込む。
泣いているであろうその顔は、おそらく俺が見ない方が良い物なのだろう。
「な・・・泣いてなんか・・・」
アリアは絞り出すように声を出し否定しようとするが、その声はどんどん否定ができなくなっていき・・・
「ない・・・わぁ・・・うぁあああぁぁあああぁぁ!」
アリアは糸が切れたように、泣き始める。
キンジから顔を反らすように上を向き、ただの子供の様に泣く。
「うあぁあああああああ・・・ママぁー・・・ママぁああああぁぁ・・・!」
そんな彼女に追い打ち掛けるように雨が降り始める。
人が、車が俺達の横を通り過ぎていく。
町の喧騒の中、俺とキンジは泣き続けるアリアに何もしてやれない無力感に苛まれた。