緋弾のアリア 黒の武偵   作:エイト☆5

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第37弾 ダンスを踊るのに必要なのは武器ではなく女性の手である

 理子は先ほど俺が使った装置によるスタンの効果の耳の方は落ち着いたのか目を擦っている。

 これほど回復しているという事は、目もそこそこ回復しているだろう。つまり、そろそろ向こうの目と耳が完全に復活するという事だろう。

 だがこちらの耳と目も完全に復活している。足のハンデはある物の五感的な状況は互角。特殊な体質に関しても、理子は自在に動く髪、俺には『韋駄天』がある。

 ハンデは足1本。まだ何とかなる範疇にいるように思えるが・・・

 

(理子は手数が倍。それに対し俺は情報処理速度が数倍から十数倍。だが見聞きし触れた物の情報を何倍もの速度で処理できるだけで、体がその速度で動ける訳じゃない。正直勝率は4割あればいい方だ)

 

 勝てる要素は今回は多くない。故に今回の戦いは交渉戦に持ち込むのがベストなのだが、そう旨く行くとは思えない。どうすればいいのかも考えなければいけないが・・・

 

「そろそろ回復してんだろ? いい加減に演技をやめてこっちを見ろよ」

「くふ」

 

 理子はいつもの様子で笑うと、目から手を放しこちらを真っ直ぐに見る。その顔には挑発的な笑みが浮かんでいる。

 こりゃ、ダメだ。交渉で落ち着ける事が出来ると思えない・・・

 

「なんでわかったの? 完璧に演技したつもりなんだけどぉ?」

「1回自分で食らったからに決まってんだろ。自分で使う物は自分で試すのは当然だろ?」

「さっすが遙! ぶっ飛んでるぅ~!」

 

 軽い調子で言ってくる理子に軽く肩を竦めて答える。

 本当にこいつと話していると調子が狂う・・・

 

「まっ、正直菜月の情報さえくれれば巻き込まれない限り邪魔する気もないんだが。菜月の情報教えてくんない?」

「理子をずっと邪魔してた遙が言う? 菜月ちゃんからも自分の情報はあまり与えないでって言われてるしぃ?」

 

 理子との交渉は決裂気味で、軽く溜息をつくと前髪を掻き上げ無造作に頭を掻く。

 かったるい・・・

 

「ったく・・・無駄な事ばっかやってるくせに、こう言うところはシッカリしやがって・・・」

「あ?」

 

 俺の言葉に一瞬で理子の表情が変わる。その表情はどこか先ほどの怒声の時に見せた表情に近いように感じ、明らかな怒りが見える。

 掛かった・・・! 

 

「武偵殺し程度でH家を超えた証明になる訳もないし、仮に勝ったとして誰もそれを認める事も無いのに無駄に努力してるじゃん? それなのに菜月との約束は律義に守ってるしお前らしいなと思ってな」

「無駄だと?」

「ん? もしかして気付いてないのかお前?」

 

 完全に素が出ている理子は男口調で問いただしてくるのを、俺はわざとらしくため息を付き首を振る。

 もう少しで釣れそうだが・・・

 

「よく考えりゃわかるだろうが、ギャラリーが居ない状態で勝負を仕掛けても、証人が居ないから超えたって認められる訳もない。武偵殺しでアリアを誘い出して勝ったとしても戦闘力という面で越えただけで、それ以外の面で勝った証明ができないんだからH家を超えた証明にはならない。そもそも犯罪と言う方面で行動を起こした時点で立っている土台が違うんだ。戦闘で勝っても、それ以外の面では勝負にすらなってないし。得られる物って言ったら勝ったという気分位だ。お前の状況は何一つとして変わらないんじゃ無駄しかねぇじゃん」

 

 そう、この『武偵殺し』と言う事件は最初から、存在証明という目的において破綻している。

 予告状も無ければ、自分の正体を示す物もない。この事件が教科書になる様な物になったとしても、それは『武偵殺し』が騒がれるのであって、『理子・峰・リュパン4世』は一切関与していないと判断され話題になる事もない。理子本人が自分がやったと公表しても語っているだけで本物ではないと思われるだけだろうし、自分がやったという証拠を提示すれば捕まるのは目に見えている。捕まるのが回避できたとしても歴史上の人物の名を語る罰当たりが出たと言うのが関の山だろう。

 

「案外素もいつもと大きく変わらないな。全部が嘘じゃないみたいで安心したぜ」

 

 いくら素が出た所で、根幹が変ってないのなら俺と理子の心理的な位置は俺の方が優位だ。

 理子が知っている俺は『武偵としての吉野遙』だ。武偵として見せられない部分がある『個人としての吉野遙』は知らない。例え菜月に何か聞いたとしてもそれは『5年前の吉野遙』だ。情報としてはもう古い。

 ただ、それだけじゃない。純粋に俺の知る理子の全てが嘘じゃなかったのがうれしかった。

 

「うるさい!! 黙れ!! 何も知らないくせに知った風に言うな!!」 

「何も知らないのはお互い様だ! お前も俺の事を知らないだろ? だから親友としてもっとわかり合おうじゃねーか!」

 

 理子の激昂に俺はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべ返す。

 おそらく、もう理子との衝突は避けられない。故にこの際すべての思いをぶつける。

 

「正直に言うと理子、俺は今お前に対して尊敬の念を感じてるよ。H家に思う所がある俺としてはこんなやり方じゃなけりゃ理子に協力したんだが・・・」

「うるさいうるさいうるさいッ!! 今更そんな事を言われて信じられるか!!」

 

 ダァン!! 

 理子の握るワルサーP99から放たれた弾丸が、俺の右頬をかすめ通路の壁にめり込む。

 傷口から溢れてくる血を右手の甲で強く拭い、わざとらしく口角を上げて笑みを作る。

 

「まぁ、俺の前で菜月の名前を出したんだ。放っておく訳にはいかねーよな・・・!」

 

 ブレザーのボタンを外すと、右手でネクタイを解いて投げ捨てる。首を鳴らすと思考状態を切り替えていく。息を吐き、一種のトランス状態になるのを明確に意識する。

 

 名乗りを上げろ。己の為すべき事を為せ。

 

「主役はメインの為に引っ込んでんだ。幕間はこの俺が──」

 

 俺はその言葉と共に髪を纏めるゴムを解く。

 今なら何でもできそうな全能感と、そんなことある訳がないと理解する理性を鼻で笑い、目の前の理子を見据えゴムを投げ捨てる。

 

「『遙・J・吉野・4世』が楽しませてやるよ!」

「──ッ!!」

 

 理子が両手に握るワルサーP99から銃弾が放たれる。

 韋駄天を発動させ、スローになった世界で胸に放たれた銃弾を、右側のカウンターの椅子に飛び乗る様に回避する。椅子の回転による遠心力を加え、理子の方へ飛び出す。

 その回避した先を読んでいたのか、負傷している右足を狙って銃弾が放たれるが、弱点を狙われるのはこちらも予想済みだ。

 左足で強く床を蹴ると、飛び込み前転の要領で銃弾を避ける。

 

「ッ!!」

「クッ!!」

 

 床に大の字に寝転がっている俺の頭部を狙い銃弾が放たれるのを、両手で体を跳ね起こし壁を左足で理子の方へ強く蹴る。

 理子の方へ仰向けの状態で飛び出す。強く蹴りだして加速した体で攻撃態勢に入るが、理子はその場で大きく飛び回避すると同時に、髪の毛で握る2本のナイフをこちらに伸ばしてくる。

 

「フッ!!」

「きゃは!」

 

 そのナイフをクロスチョップの要領で左右両方のナイフを弾くが、理子の両手に握られているワルサーがこちらに向けられている。それを更に手刀の突きでワルサーを外側に弾く。

 弾かれた両方のワルサーから銃弾が発射され、床に銃弾がめり込む。それと同時に俺の体が床に落ち、後転の要領で受け身を取り、立ち上がろうとしたその時──

 

「くふ」

 

 理子が意味ありげに笑みを浮かべる。その瞬間。飛行機が急に傾きカウンターの机の収納スペースの裏部分に背中から落ちる。

 

「ッ・・・!!」

「あははははははッ!!」

 

 バリバリバリッ! と銃弾が放たれ、後転で銃弾を回避しワインやハイボール等の酒類が収納された壁側の棚を足場に、再び強く蹴り飛び出す。

 

 理子がこちらに向かってナイフを伸ばすのを、手刀で迎撃しつつ床に着地し近接戦に持ち込む。

 理子が髪で握る右側のナイフが、左手の銃が、左側のナイフが、右手の銃が俺の体に向けられるが、俺は手刀でナイフと手に持つ拳銃を弾き対処していく。

 サバイバルナイフは紛失したがカランビットナイフは手元に残っている。だが、今回の戦闘では使えない。カランビットナイフは防御的に使用される事が多いが、あくまで人体構造の範疇を相手に想定されている。その中には髪は含まれていないので使用しても効果的ではない。理子本人の肉体を相手に使おうにもナイフの湾曲した構造上、攻撃をいなす事に特化しており、指先で弾くのがやっとの範囲から銃撃してくる相手には効果が薄い。このような状況では変に使用のされ方が確立されイメージが付いている武器を無理に使うより、自分の肉体を自由に使える何のイメージもついていない素手の方が対処しやすい。

 だが・・・

 

「──ッ!!」

 

 理子の右手の拳銃を弾けば、髪で握る左側のナイフに切り付けられ、左側のナイフを弾けば、右手に握る拳銃で撃たれる。ギリギリ躱していくが徐々に理子の反応速度も上がっていき処理できなくなる。

 左手の拳銃と右側のナイフを弾くと同時に、突き出された左側のナイフが顔面に向けて突き出される。それを避けようと顔を左側に逸らすが右頬を刃を掠め大きな傷を付ける。

 傷そのものは深くはないが、でかく血がどんどん溢れてくる。不快なので強く拭いたいところだがそんな余裕は無いようで、気がそれた瞬間に腹部に銃弾を撃ち込まれる。

 

「グフッ・・・!」

 

 腹部に銃弾を食らった事により、肺の中の空気が強制的に吐き出させられ反射的に後退してしまう。

 

 マズい!! やらかした!! 

 

 俺が距離を詰めた理由は、遠距離の場合は理子のワルサーの方が俺のS&Wより弾数も連射速度も上であり押し切られるからである。

 致命傷を避けるには負傷を覚悟で距離を詰めるしかなかった。遠距離攻撃を無理矢理にでも致命傷を曲げる事が出来る近接戦闘を選ぶしかなかった。

 

 だが今、1歩引いてしまった。

 1歩。たったそれだけの事で自分の命の先が見えなくなる。

 

 獰猛な狩人の様に輝く理子の目に気圧されてしまう。理子がこちらに向ける双剣双銃をこの距離で全てを迎撃できるわけがない。

 理子の向ける銃は俺の頭部を狙っており、その表情は笑みが浮かんでいる。

 それを見た瞬間、俺の体が無意識に動いていた。

 

「!?」

 

 俺の右手に握った()()は理子の握る二丁拳銃を弾き飛ばした。

 武偵活動において初めての経験だ。()()を、マチェットナイフを抜いたのは初めてだった。

 

「クッ!!」

 

 逆手で握ったマチェットを手の中で回転させ握り直す。それと同時に理子が向けてくる双剣双銃を両手で握ったマチェットで迎撃していく。その迎撃速度は先ほどまでとは違いコンマの差もなく理子の武器を弾き飛ばしていく。

 

 押されていた速度を拮抗するまでに底上げできた秘密は獲物の長さにある。ナイフ等の短い獲物は剣速があまりない代わりに肉体的素早さという速さが特徴だ。それに対し長物の獲物は長さの分と手元の梃の原理でだけ加速し剣速が上がる代わりに零距離や素早さにおける速さは短い物より落ちる。

 故に、超近距離だった今まででは押されていたが、1歩引き長物に切り替えた今ではナイフや素手に比べて手の先への攻撃が数段速度が上がる。故に理子の圧倒的手数にも対応できる。

 

「ゼリャッ!!」

 

 理子がこちらに向けてくる武器を、髪で握る左のナイフ、右手のワルサー、左手のワルサー、右のナイフの順で弾く。

 更にワンテンポずらし上段から切り下ろそうとするが、理子が髪で握る2本のナイフがクロスするようにマチェットの斬撃を受け止める。だが、受け止められるのは予想済みだ。

 

「~~~ッ!!」

「オラッ!!」

 

 理子がマチェットを受け止めるナイフを軸に、今のマチェットの角度と左右対称の角度になる様にマチェットの柄を理子の方に押し込み、刀身に左手を添え理子の腹部に柄頭を押し込む。

 更に左手でマチェットの峰を掴み軸を作ると、その軸を頼りに理子を上方に投げ飛ばした。

 

「なッ!?」

「ッ!!」

 

 投げられるとは思っていなかったのか、理子は空中で理子は驚愕の表情を浮かべているが、そこで止まる事は無い。

 マチェットから左手を放し、理子が俺の頭上を越え背後に落下してくるタイミングと同時に背後に左手で掌底を繰り出す。

 だが・・・

 

 ぐらっ! 

 

 機体が揺れ攻撃が狙いから逸れる。咄嗟にマチェットを逆手に握り床に突き刺して体を支える。理子も床に落下したと同時に受け身を取り俺から距離を取る。

 揺れが収まり、追撃を加える為にマチェットを床から引き抜こうとした、その時──

 

 ズキッ

 

 5年前の光景がフラッシュバックして来る。

 マチェットから手を放し、胃の中の物が逆流して来るのを無理矢理飲み込み、深呼吸して動悸を落ち着かせる。

 その時、理子の敵意を感じ振り向く。理子はこちらにワルサーがこちらに向けられているのが見え、反射的に左側にあるバーカウンターを乗り越え身を隠す。

 

 ダダァン!! 

 

 理子の放つ弾丸がバーカウンターの上を通過し、棚に並べられた酒のボトルを割る。

 

「どうした遙! 幕間を楽しませてくれるんじゃなかったのか!? さっさと出て来い!!」

「幕間だって言ってんだろ? 主役の準備が終わるまでゆっくり楽しめよ!」

 

 軽口を叩いては見る物の正直かなりまずい状況だ。さっきのフラッシュバックで完全にトランス状態が完全に解けた。意識がしてしまったからマチェットももう握れない。

 もう1度理子に相対するには再びトランス状態になるか、それに準ずる何か別の精神状態にならないといけない。怒りでも憂鬱感でも何かしらトリガーを見付けないと押し負ける。

 

 何かないのか・・・

 

 辺りを見渡し何かないのか探してみると、どのタイミングで落ちたのかわからないが、割れずに床に転がった酒のボトルを見つける。

 ボトルを足で手繰り寄せて拾い上げラベルを見ると・・・

 

 SPIRITUOUS(スピリタス)

 

 穀物とジャガイモが主原料で、成分のほとんどがエタノールでできたアルコール度数96度のウォッカに分類される可燃性のお水だ。

 日本では消防法の第4類危険物に該当し、ガソリンと同等可燃性を持ち、地域によっては販売禁止になっているレベルの代物だ。

 

「良いもん置いてんじゃん・・・!」

 

 ボトルのキャップを外し投げ捨てると、注ぎ口に口をつけ味を感じる前に大きな1口で飲み下す。

 

「ゲホッ! ゴホッ! 予想以上だなコレは・・・」

 

 想像以上のアルコールの強さにかなりの量を吐き出してしまい、喉の奥を刺すような痛みと、どことなく甘い後味に襲われながらも噎せた呼吸を整える。

 

 正直、興味本位であんなに飲んだのは後悔してるが、風向きはまたこちらに変わってきたようだ。

 頭はくらくらするし体も重い。意識はボーっとするし体中が燃えるように熱い。だが、いつも以上に集中力が増している。

 つまり、絶好調って訳だ。

 

(やってやらぁ・・・)

 

 中腰状態で立ち上がると状況を整理していく。右側の端にカウンターの出口があり、俺と出口の丁度中間地点のカウンターの向こうに理子が居る。

 この一手で理子を無力化できなければおそらく、俺が理子に勝てるチャンスは来なくなる。俺の肉体的にも体力的にも限界が近い。

 

「ッ!!」

 

 少し気合を入れ姿勢を低くした状態で走り出す。

 

 1歩目

 右足にしびれた様な感覚が、床の硬さの感触と共に伝わってくる。

 

 2歩目

 左足で強く床を蹴り、右足の負傷で加速できないのを補うように前進する。

 

 3歩目

 右足が床についた瞬間、電流のような感覚が走り顔をしかめるが気にせず進む。

 

 4歩目

 左足が床につき右足の感覚の違いに、すさまじい違和感を感じ少し速度が落ちるが、代わりに足音がしない歩法に切り替える。

 

 5歩目

 殺気を少し先行させ、最早灼熱の様な感覚へと変わった激痛が走る右足で床を蹴る。

 

 6歩目

 殺気だけをカウンター裏の通路に直進させ、俺自身は飛んだ状態で体を捻り左足で左側の棚を思い切り蹴る。

 

 7歩目

 右膝でカウンターに着地すると、意識が殺気の方に向いている理子が着地の音に反応しこちらに視線を向けてくるのと同時に、左足でカウンターの縁を強く蹴り、理子の方へ飛び出す。

 

 理子と目が合うと、表情が驚愕に染まるがそれでも理子は止まる事無く、髪で握る2本のナイフをこちらに向けて伸ばしてくる。だが、それも予想済みだ。

 韋駄天を発動させスローになった世界で伸ばされた2本のナイフを、右手の人差し指と中指、薬指と小指でそれぞれ挟み拘束する。

 体はそのまま勢いに任せて理子の方へ移動し、理子は両手に握るワルサーを向けるが左手のワルサーを右足で、右手のワルサーを左手で逸らし、理子を押し倒す形で床に落下する。

 理子の左手首を右足で踏みつけ、左手で右手を抑え、右手で理子の髪をナイフごと押さえつける。だが、理子の目はまだ闘志が宿っている。

 

「くふ」

「!?」

 

 理子の笑みに直感的に左手を放し、床にベルトのワイヤーを打ち込む。それと同時に──

 

 ぐらっ! 

 

 飛行機が傾きバランスが少し崩れるが、ワイヤーを張っているのでよろめくような事は無い。傾いた瞬間に理子がこちらに右手のワルサーを向けようとするが、ワイヤーから左手を放し理子の右手首を掴み拘束する。

 

「なんで分かった? あたしが飛行機を遠隔操縦している事に・・・!」

「この短時間に2回も俺の行動を阻害するように揺れりゃいやでも気づくわ」

 

 軽く溜息を付きつつも、理子の目を真っ直ぐと見据える。理子はこのような状況に追い込まれてもどうにか俺の拘束を振り払おうとするが、さすがに素の筋力で男女の差を埋められる訳がない。

 だが理子の笑みは消えない。

 

「遙は何であたしを無力化しない。あたしが髪で締め落とそうとするのを考えないのか?」

「やってみろ。その時は頭皮ごと髪を引きちぎり脳を揺らしきる準備はできてる。俺が今それをしていないのは菜月の情報源になりえると判断したからだ」

 

 俺の言葉に恐怖を覚えたのか、理子の目に宿る意思が少し揺らいだのが見えるが気にせず続ける。

 

「菜月は・・・菜月は元気にしてるか?」

「えっ?」

 

 一体何を聞かれると思っていたのか、理子は目を真ん丸に見開いて驚いている。

 

「飯はちゃんと食べてるか? 病気とかしてないか? 友達とかできてるか? いじめられてたりしないか?」

「えっ、あ・・・うん。菜月ちゃんは元気にやってるけど・・・」

「そうか・・・菜月は元気か・・・よかった・・・」

 

 菜月の無事が確認できたので一息つくと、理子の上から退く。理子は何が何だかわからないといった表情で体制を起こす。

 

「なぜ止めを刺さない。あたしはお前を殺そうとしたんだぞ?」

「なんで親友に止めを刺さなきゃならないんだ? 俺は菜月の近況が聞ければよかったんだ。俺にはもうやる理由はなくなった」

 

 カウンターの椅子に座ると、近くに置かれているリキュールの瓶と未使用のグラスを引き寄せる。リキュールをグラスに注ぎ、グラスを右手に持ったまま椅子を回転させ理子の方へ向き直す。

 

「菜月の居場所を聞いたりするところだろ。なぜそれすらして来ない?」

 

 理子は俺の態度が気に入らなかったのか、表情を歪ませこちらを睨みつつ俺に問い掛けてくる。が、俺には菜月の心配はしたとしても、菜月が何をしても菜月の自由なんだから居場所を知っててもあまり意味は無い。

 

「菜月が何をしても菜月の自由だろ? 俺があいつにしてやれる事があるとしたら、目一杯心配して、悪い事をしてたら本気で叱ってやり、助けを求めてたら全力で助け、追い詰められていれば全てを賭けて守ってやる。それくらいしかないんだ。だから今は菜月が元気か、ちゃんと旨くやれているのかだけ知れればいい」

 

 俺は菜月の顔を思い浮かべ、生意気に煽ってくる表情が脳裏に過るのを肴にリキュールに口を付ける。なんて言うか思い出しただけで何となくムカつくが、滅多に会う事は無いんだから意味なく腹を立てても仕方がない。

 

「で? 俺は菜月の話聞けたからもうやる理由がなくなった訳だけど。理子はどうすんの?」

 

 面倒な状況に俺はここから先の判断を理子に判断を委ねる。キンジ達の方はそろそろアリアの手当ても済んだだろうし、仮に理子が挑んでもあの2人が後れを取る事は無いだろう。

 つまり、事件では俺はお役御免と言う訳だ。

 

「あたしはアリア達を追いかける」

「そうか・・・なら、俺がこんな状態でいるのはマズいよな・・・」

 

 俺は腰裏に仕込んでいたカランビットナイフを引き抜くと──

 

「──ッ!!」

 

 勢いよく自分の太ももを突き刺した。

 ナイフを引き抜き床に投げ捨てると、血がだらだらと溢れ出し激痛が走るが、元々右足はガタガタでもうしばらくは使い物にならないだろうから関係ないだろう。

 

「これで俺が追いかけない建前ができただろ? ほら、行って来いよ」

 

 理子はこちらを暫くジッと見つめていたが、そのうち視線を外し歩き出す。

 俺も止血の為に椅子から立ち上がりネクタイを拾おうとしたその時──

 

「遙」

 

 理子がバーの出口で立ち止まり、背を向けたまま呼びかけてくる。

 

「どうした?」

「ありがと・・・」

 

 理子はその言葉を残し走って行ってしまった。俺は理子が初めて見せた飾らない素の言葉に自然と口角が緩んでいる事を自覚するも閉めなおす事が出来なかった。

 

「まったく、かったるい・・・」

 

 ネクタイを拾上げるとマチェットナイフも回収し、背中の鞘に収納し元の椅子に座り足の刺し傷を強くネクタイで縛り上げ止血する。

 グラスに残ったリキュールを飲み干すとカウンターに突っ伏し──

 

「またやっちまったよ・・・」

 

 また感情に任せて自分の体に傷を付けた事に若干の後悔を覚えつつ溜息を吐いた。

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