韋駄天を発動させた速読でファイルから欲しい情報を探し当て、全てのページを読み切ると韋駄天を解除し一息つく。それとほぼ同時にキンジの方も粗方説明を聞き終えたようだ。
そして、横須賀上空に差し掛かったあたりで──
『ANA600便。こちらは防衛省、航空管理局だ』
羽田のスピーカーから野太い声が消えてくる。
このタイミングで防衛所が絡んでくるか・・・
『羽田空港の使用は許可しない。空港は現在、自衛隊により封鎖中だ』
『何言ってやがんだ!』
防衛省の言葉に武藤が叫ぶ。
『誰だ』
『俺ぁ武籐剛気、武偵だ! 600便は燃料漏れを起こしてる! 飛べてあと10分なんだよ!
『武籐武偵。私に怒鳴ったところで無駄だぞ。これは防衛大臣による命令なのだ』
保身に走ったな・・・
着陸ができると思っているならわざわざ介入する必要性もないし、手助けがしたいと言うのなら、羽田を封鎖している自衛隊を引かせるだろう。
その証拠に──
「おい防衛省、窓の外にお前のお友達が見えるんだが」
窓の外に──F-15Jイーグル──航空自衛隊の戦闘機がピッタリとつけてきている。
『・・・それは誘導機だ。誘導に従い、海上に出て千葉方面に向かえ。安全な着陸地まで誘導する』
言われてアリアは操縦桿を右に傾けようとするが、そこでキンジが羽田との回線を切りアリアの手を上から握り止める。ヒステリアモードのキンジも気付いたようだ。
「海に出るなアリア。アイツは嘘をついている」
「?」
「防衛省は俺達が無事に着陸できるとは思っていない。海に出たら、
「そ、そんな・・・! この飛行機には一般市民も乗ってるのよ!?」
「東京に突っ込まれたら大惨事だからな。背に腹は代えられないってことさ」
アリアの手を握ったままキンジは左に押して──横浜方面へと舵を取る。
「き・・・キンジ?」
アリアが不安げになんとも情けない声を出す。
「向こうがその気なら、こちらも人質を取る。アリア、地上を飛ぶんだ」
キンジが豪く物騒で強気な事を言うが確かに効果的だ。だがスマートじゃない。
あまりやりたくは無いがこんな状況だ、やるしかないか・・・
「キンジ。回線を繋いでくれ。露払いくらいはやってやる」
「できるのか?」
「知らね! けどこれ以上状況が悪くなる事はねーよ」
立ち上がりキンジに頼み込む。
キンジはこちらを訝しげにこちらを見ていたが、渋々と言った様子で回線を繋げる。
「さーて、久しぶりの戦争頑張るか!」
~side 遠山キンジ~
遙が何処か自信ありげに言うので気乗りはしないが回線を繋ぎなおし無線機を手渡す。いったい何を言う積もりなのか分からないが生半可な言葉では、防衛省が動くとは思えないが・・・
「あぁ、えー、防衛省聞こえてる? 返事プリーズ!」
『誰だ?』
「俺? 俺は機内に同乗していた武偵の吉野遙だ。外の戦闘機どっかやってくんない? どっかやってくれたら緊張で手元が狂って街に突っ込むなんて事も無くなるんだけど」
『それは私ではできかねる。さっきも言ったように防衛大臣の命令なのだ』
遙は自分よりも強大な存在に対しいつもの様な、むしろいつもより少し砕けた口調で脅しも交えて交渉するが、相手も揺るがない。
だが、遙がわざわざ自分で交渉すると言ったのだから、こんな簡単な脅しで終わる訳もない。
「なるほど。ならアンタの上にこう言ってやれ。『俺達吉野は夜桜計画を忘れた訳じゃない。事を構えたくなきゃとっとと退かせろ』ってな」
『夜桜計画? いったい何の事だ?』
遙の言葉から出た単語に眉をひそめるが、無線機の向こうも俺と同じ反応のようだ。
「国と吉野の問題だから一公務員じゃ知らないだろうな、分かりやすく言ってやるよ。吉野の特定の年齢を過ぎた直系の人間が全員Sランク相当で、使用人も全員最低でもBランク以上の連中が俺の死亡と同時にブチギレて日本政府の壊滅のために一斉に動き出す」
『それで何故日本政府に攻撃することになる? 吉野武偵の所在を誤魔化す事は容易いぞ』
「俺の動脈には常に俺の脈拍を計測し、止まって5分後に死亡判定を送信する小型のモニタ装置が埋め込まれている。その装置にはGPS機能も存在する。俺が死んだ場所が上空で、その周りに自衛隊の戦闘機がうろついた記録が残っていればさぞかし怪しむだろうな」
話を聞いていると恐ろしい会話をしているのが分かる。特殊部隊一個小隊と張り合え、Aランク武偵が束になっても敵わない様な人間であるSランク相当の実力者が1つの血筋全員に集結してあり、その使用人も特殊訓練を受けた軍人並みの実力を持つBランクが最低ラインと言うのだから異常さは見て取れる。
だが・・・
『例えその話が事実であったとしても日本政府が揺らぐ事は無い』
そう、例えSランクの人間が数人いたとしても国家規模の軍事力を有する事が出来れば対処なんて容易いだろう。Sランクも所詮は人間であり兵器ではない。極端なまでの人海戦術で無力化することも可能だろう。
「だろうな。けど今の情報に古くから吉野と繋がりのある武田家、上杉家が加わったら? 俺個人のコネクションであるアメリカのSランク武偵『
『なっ・・・!?』
聞いてるだけで汗が垂れてくる。遙が今あげた武田家と上杉家は言うまでもなく武田信玄と上杉謙信の直系の家の事だろう。両家とも現在でも日本で名を轟かせる武家で次期当主は両方ともSランクの武偵だ。
アメリカのSランク武偵『
片やありとあらゆる銃器、飛び道具を使いこなし、通常の装備も二丁拳銃、短機関銃、マグナム、散弾銃、投げナイフと異常に多く、場面によってはスナイパーライフル、アサルトライフル、グレネードランチャー、ミニガンなども使う。通常の武装でもかなりの重さになるのに、走り、パルクールで敵を躱し敵を銃撃するスタイルを確立したこれまた異色の武偵だ。
2人とも、なったばかりの新人武偵でも知っている超有名な武偵だ。
イギリスの武偵『ミス・クリムゾン』と無所属の武偵『
他にも遙が受けていた依頼は、去年まで年間200を超えるほど動いていたのでその中に軍事系に関わる会社があっても不思議じゃない。遙はアフターケアやその後の関係も大切にするタイプなので猶更だ。
アメリカの恩に関しても、この間話していたビル占拠事件の事だろう。そう考えるとほぼ全て事実なのだろう。
「お互いそんな事望まねぇだろ? 被害を出さずに着陸する方法あるんだ。さっさと外の腕白坊をどっかにやってくれ」
『・・・・・・』
遙の顔を見てみると、表情こそ口角が上がり笑みが浮かんでいるのが見えるが、そんな表情とは裏腹に夥しい量の汗が滲んでいた。その表情を顔を見て察してしまう。
ブラフだ・・・
遙の話や経歴では全て有り得そうな話だし、全てがブラフって事は無いのだろうが遙の言う政府への攻撃に関して何か致命的な部分があるのだろう。
それを向こうが鵜呑みにするかどうかだが・・・
「吉と出るか凶と出るか、だな・・・」
10秒、20秒、30秒と経ちハラハラする状況は時間が経つにつれ不安が大きくなる。どうなるかと生唾を飲み込むその時、外の戦闘機が離れていく。どうやら、遙の交渉は旨くいったようだ。
「ハハッ! なんとか勝ったな・・・」
遙は無線機を手放し疲れた笑みを浮かべている。本来遙は人の前に立ったり、人と口で揉めるのが苦手な人間だ。その遙が自分よりも遥かに強大な存在と交渉と言う戦争紛いの行為をしたのだから疲労は凄まじい物だろう。
「で? 被害を出さずに着陸する方法っていうのはどういう物なんだ?」
再び回線を切り遙に訊ねるが、疲れた笑みを浮かべたまま答える。
「単に海に不時着するか、羽田に戻るかしか案ねーよ。突飛な思考はキンジに任せる」
それだけ言い残すと出口の方へ向かっていく。
「どこに行くんだ?」
「貨物室だ。着陸のタイミングで合図を頼む」
遙はそう言い残すと操縦室を出ていった。一体何をする気なのか分からないが遙の事だ、着陸の成功率を上げる事をするつもりなのだろう。
「遙はいったい何者なの・・・?」
「さぁ? 言える事があるなら遙は俺の大切な親友で、東京武偵校に所属するSランクの武偵って事だ」
アリアの疑問にそれだけ答え、俺は武藤と着陸場所を相談し始めた。
3分後
~side 吉野遙~
右足を引き摺りながら何とか貨物室までたどり着いた俺は周囲を見渡す。そこには、乗客の荷物などを収納しているのだろうコンテナ群と、武藤から買ったハーレーが駐車されていた。
武藤か誰かが前に言ってた気がするが着陸には2~3Km必要らしい。それはおそらく燃料に引火させない為に、機体を地面から離し、車輪だけでブレーキを掛けなければいけないからだ。つまり、ブレーキがする面積が増えればそれだけ使う距離は減るはずだ。
そして、東京にはそんなに長い直線道路は無い。だから、たとえ焼け石に水でもやるべきだろう。被害を最小限にする為に。
「手持ちに何があったっけ・・・」
今の持ち得る装備を確認する、手裏剣が6枚にM19、フックショットに予備のフックが4つ、カランビットとマチェットが1本ずつ、ベルトに仕込んだワイヤー300m。これでできる事を考える。
ハッチから地面までの高さは、タイヤが地面に接地していると仮定し考えると3~5mと言ったところか。
カランビットでワイヤーを10メートル間隔で切断し、全てを輪っかに結んでいく。さらに、カランビットで全ての手裏剣に2つずつ刃こぼれを作る。
コンテナの重さは最大で30t程だ。それに対し、ワイヤーである
それを手裏剣の刃こぼれ部分に引っ掛けるとコンテナを少し開け、手裏剣をコンテナ内に入れてワイヤー引っ張りながらコンテナを閉める。それと同じ工程を前のコンテナに同じワイヤーでする事により2つのコンテナを連結する。これと同じ様にワイヤーを1本ずつ増やしながら3つ、4つと連結していく。
手裏剣が無くなればフックショットの予備のフックを使い5つ、6つと連結させ、6つ目のコンテナの扉を開け、残りの全てのワイヤーをM19のトリガーガードに通し、通したワイヤーの輪っかにワイヤーをM19のシリンダーが挟まる様に入れた物を扉の中に入れてワイヤーを引っ張りながら閉じる。
カランビットを鞘に納め、鞘の上からすべてのワイヤの輪を巻き付け、貨物室の分厚い扉を開けカランビットを外に出し、ワイヤーを引っ張りながら扉を閉める。
「旨くいってくれよ頼むから・・・」
ハーレーに跨りカギを回すと、ズボンのベルトをハンドルに余りが出るように巻き付ける。
その時──
ガクンッ!!
機体が大きく傾きだす。
機体が傾きだしたと言う事は、着陸のタイミングが近いのだろう。ならばこちらもやるべき事をやろう。
「肉体的にも精神的にもとっくに限界点が仕事放棄してるんだ。残った意地も全部くれてやるよッ!」
左側の壁に設置されたボタンまでハーレーを運び、ボタンを押してハッチを開く。雨と風が凄いが気圧にはそこまで影響はない程度までこの飛行機は降下しているようだ。そして外を見ると雨でかなり見難くはなっているが学園島が見える。と言う事は着陸する場所はおそらく学園島の北側にある学園島と全く同じ形の、だが建造物が風車しかない空き地の様な人工島『空き地島』だろう。
「やっぱりぶっ飛んでるな・・・最高だぜキンジ!!」
機内のスピーカーからキンジの声で機内放送が入る。おそらくこの放送が先ほど言っていた俺への合図なのだろう。もう少しで地面に接地するだろう。
その時──
ピカッ
外の地面から光が差し込んでくる。
下の方を見ると雨でよくは見えないが、ボートや
顔なんて見えない。何人もいるのに1人として顔は分からない。
けど、俺には分かる。
武藤達だ。
武偵校の生徒たちは同じ生徒が危機的な状況で動く事は無い。だが、仲間思いの武藤が俺達を心配していたのだから、状況を察し動ける生徒を集め俺達を助けに来るのは想像に難しくない。
そして、武偵はどれだけ同業者が危機的状況でも市民に危害が及ばない限り動かないが、仲間に助けを求められれば全力で助ける。それが武偵憲章1条だから。
「ハッ! やっぱり最高だぜ東京武偵校!!」
皆がここまでやってくれている。キンジも本気だ。だったら俺も全力で答えよう。
地上までの高さも残り数mもない。ハッチの開閉スイッチの隣にあるスイッチを押しコンテナを固定する金具を外す。
それと一緒に──
ザシャアアアァァァ──―!!
ANA600便は雨の中
それと同時にクラッチレバーを握りアクセルを回す。
「ハハッ、クソッたれが・・・」
自然と漏れたその言葉と共にクラッチレバーを放す。ハーレーは勢いよく走りだし、ハッチから外に向かって大きく飛び出す。
「二度と、バイクで飛行機なんか乗らねーぞコンチクショ―!!」
空中で叫びながらハーレーの上で立ち上がり、叫びながら韋駄天を発動させ、ハンドルに繋いだベルトを左手で掴み、右手で背中の鞘からマチェットを引き抜く。
「ラアァッ!!」
ハーレーがコンテナの少し右側に着地した瞬間に、ベルト越しにマチェットを突き刺しコンテナに繋ぎとめると同時に着地の反動と一緒に空へ飛び出す。
ANA600便は圧倒的な速度コンテナ群を引き摺り、コンテナ群が俺の足元を通り過ぎていくと同時に左手で裏拳の要領で体を反転させ右手の袖のベルトを引っ張り出し、フックショットに繋げて引き抜き、1番後ろのコンテナにフックを飛ばす。
「こんのヤラァァッ!!」
地面に両足で着地し全力で踏ん張る。俺の右足は完全にぶっ壊れた音と異様な痛みが走る。
「ゴフッ!!」
フックショットの衝撃で肋骨にモロに負担が来て血の塊を吐き出す。もう、どこにどれほどの痛みが走っているのかも分からないほどに体は悲鳴を上げている。
故に──
「いいから止まれヤアアァァッ!!」
祈るように、残った力をすべて絞り出すように、叫びながら踏ん張る。これ以上は体が持たないのが本能的に察してしまうが止められない。意識が飛びそうになるが痛みによって覚醒させられ続け、楽になりたいと言う思考が巡るも無理矢理に振り払う。
「ッ!!」
ミシミシと体中から嫌な音が軋み、口から血が噴き出して止まらない。今にも視界がブラックアウトしそうだが、引っ張られる力が弱くなっている。
「──ッアアアァァァ!!」
少し目を開け様子を見るが、ペース的に残りのスペースでは収まりきらない。より力を込めて踏ん張ろうとするが、その努力も虚しくANA600便は速度を緩めながらではあるが勢いよく地面を滑っていく。
島から落ちる!! そう思った瞬間──
ガスンンンンンッッ!!
ANA600便が何かにぶつかった衝撃の後に、俺の体は振り回され、フックショットのフックが外れゴミの様に空へ投げ出される。
「ハッ・・・」
空中でANA600便の方を見ると、右翼が
(なるほど。柱に右翼をぶつけて旋回させる事で距離を稼いだのか。やっぱキンジにゃ敵わねーな・・・)
笑みが自然に漏れるのを自覚しつつ、フックショットのワイヤーを巻き取り、左胸のホルスターに収納する。それと同時に俺の体は地面に叩きつけられ、4回のバウンドの後、海に投げ出され完全に意識が途切れた。