「知ってる天井だ・・・」
某アニメの主人公が言いそうなセリフを改変して起き抜けに呟く。
俺の最後の記憶は飛行機を止めようとしたが、結果的に振り回された挙句海に放り投げられて意識が途切れた。だが、今の俺は病院のベットに寝かされ、パッと見える範囲には包帯が巻かれ、病衣が着せられていた。
「吉野先輩! 大丈夫ですか!?」
「美少女に心配されとか役得だ。って思ってるから割と余裕っぽい」
俺の顔を、心配そうな表情で覗き込んで来るあかりちゃんに、いつもの様に軽口を叩いておく。
改めて病室を見回すと、ライカや麒麟ちゃん、佐々木さんも来ているようで、なぜか俺は個室の病室に押し込まれていた様だ。
「よっ・・・ッ!?」
上体を起こそうと、ベットに手を付き力を込めた瞬間、背中や右手に強烈な痛みが走りベットに倒れ込む。
「
意識外から膨大な痛みの不意打ちに、ベットの上で一通りのたうち回ると、体中の状態を改めて意識して確認する。右足首は痛みがあるが動く気配はなく右足の太ももにも痛み、肋骨には痛みと一緒に違和感があり、右肩にも痛みがあり、右手もしっかりと開く事ができず開こうとすると痛みが走る。右頬にもガーゼが張られており表情を変えるのにも鬱陶しい状態になっており、全身に細かい痛みが残り、寒気がずっと続いていた。
「俺の診断どうなってるか分かる?」
「右足首の関節が完全に外れ炎症を起こしていたみたいで太ももの刺し傷も4針ほど縫っているそうで、肋骨も右側が5本、左側も7本折れているそうです。右肩も少し脱臼しかけていたみたいで、右手も異常なまでに固く握っていたせいか暫くは硬直したまま。夜の海で発見が長引いたので軽度の低体温症と体中に打撲も診断されたそうです」
佐々木さんは少し心配そうな表情だが、いつもと変わらない様子で淡々と俺の診断結果を教えてくれる。
「成程そりゃ痛い訳だ」
今週何回目になるか分からない溜息を付くと、壁に掛かっていた時計を見ると9時を過ぎ長針がそろそろ50分を指そうとしていた。飛行機に乗り込んだのが7時頃だから、2時間と少し経っていたようで結構な時間気を失っていた様だ。
「こんな時間に来てもらってごめんな。せっかく来てくれたのに悪いけど時間も遅くなってきたしそろそろ帰りな。俺も取り敢えずは大丈夫だし今日はもう寝るしかないからさ」
「いや! 遥先輩入院したばかりじゃないですか!? 色々大変だろうしアタシ達残りますよ!!」
「そうですの! 普段から助けられているので、こんな時くらい恩を返させてほしいですの!!」
優しい後輩の意外な反論に少し泣きそうになるが、ギリギリで我慢して言葉を続ける。
「そう言う事なら退院したら学校での動くのが難しい事があった時に手伝ってくれたらいいよ。病院にいる間は看護師さんが面倒見てくれるし」
「でも・・・!」
「いいからいいから! もし俺に何かしたいって思うなら、バレンタインにチョコか何かくれたら良いよ」
男女の憧れである素敵イベントに強制のような言い方をして心苦しいが、女の子に夜の遅くに出歩かせるのも悪いので適当に出たワードで説得する。
結局、彼女たちの説得に1時間程掛かり、11時過ぎになり女の子だけで返すのも憚られたので病院前にタクシーを呼び運転手に2万円を渡し彼女達をタクシーに詰め込んだのだった。
翌日
「かったるい・・・」
俺は真昼間からベットに備え付けられた机に置かれた書類の上に突っ伏していた。
今日の朝、
武偵殺しである理子は逃亡に成功。
「さっさと書けよ遙。それで全部チャラになるんだろ?」
「それはそうだけどさー。俺って司法取引するほど悪いことしたっけか? いや、言いたい事は分かるんだけどさ・・・」
面会時間開始から俺の病室に入り浸り、俺のライトノベルを読み続けているキンジに上体を起こし書類に関して愚痴る。
武偵殺しの事件が解決したと同時に別の事件が発生した。
それは俺が昨日犯した法律違反である。詳しく言うなら、建造物侵入や道交法違反、迷惑罪に政府に対する脅迫等々だ。
だがそれと同時にハイジャック事件の解決にも尽力したという事で司法取引が持ち掛けられた。
司法取引
アメリカではメジャーな制度で、犯罪者が犯罪捜査に協力したり、共犯者を告発する事で罪を軽減、あるいは無罪にする事ができる制度だ。
だが、この制度は法の公正さ損ない、偽証や冤罪を生みやすいなどのリスクが伴うそうだ。そんなものなのだが、増加する犯罪に司法が対応しきれなくなってきた日本でも、近年導入された。
意識改革はそんな簡単にできる物ではないと思うんだが・・・
「こうしてても仕方ないしな・・・」
溜息を付きながら書類に目を通し、記入欄をボールペンで埋めていく。面倒な事この上ないが、この面倒な作業でこの先の人生が何の障害もなく過ごせるのなら安い方だろう。
事務的な作業を続けるのも結構苦になるので、キンジに思い付いた話題を振ってみる。
「なぁキンジ。お前聞いたか? アリアの話」
「アリアの? なんも聞いてないが・・・」
「何もね・・・それなら今日にでもアリア自身が話すだろう」
昨夜、後輩組をタクシーに押し込んだ後、事件後の精密検査で別室に入院していたアリアが俺の病室を訪ねて来ていた。暗い顔をして何の用か分からなかったので、いつもの軽口で適当にアリアを弄ってやると、少しいつもの態度に戻りぽつぽつと話し出した。
『武偵殺しの冤罪が証明されてママの公判が伸びたの。キンジは武偵殺しの事件の解決までが契約だったから・・・あたし、正式なパートナーを見つける為にロンドンに帰る事にしたの』
『ふーん。かなえさんの公判伸びたのか・・・よかったじゃねーか』
『うん。ありがとう・・・』
俺が簡単な祝いの言葉を伝えるが、アリアの顔色が晴れる事は無かった。
俺は軽く溜息を付き・・・
『結局お前は俺になんて言ってほしいの?』
『えっ?』
『パートナー候補でも紹介してほしいの? 俺の武偵仲間は基本的にクセの強い戦闘方法の人間ばっかだから紹介できねーぞ? それとも見送りにでも来て欲しいのか? 俺の体じゃ暫くは動けないから無理だぞ?』
『違うわよバカ!』
いつものアリアに調子が戻ってきたので、おそらくアリアが俺に求めている言葉を言ってやる。
『あ? お前もしかして帰ったからって俺達との関係が切れるとでも思ってんの? バッカじゃねーの? その程度で切れる様ならお前との決闘の後に顔を出しになんていかねーよ。連絡もするし会いにもいくし助けが欲しいなら手助け位ならしてやる。お前が『
『・・・・・・』
取り敢えず頭の中に浮かんだ言葉を全部吐き出すと、図星だったのか呆けた様な顔をしていた。
『あんた・・・やっぱりバカでしょ?』
『そのバカを初対面で勧誘したのはどこの誰だっけ?』
取り敢えずバカ扱いされたのが癪に障ったので、取り敢えず遠回しにお前の方がバカだと言っておいた。その表情はいつもより柔らかく、リラックスした表情だったので良しとした。その後、俺の怪我の度合いを知らないというアリアに診断結果を詳しく言ってみると、アリアは面白いほどの百面相を見せたが最後には安心した様で、少し談笑を楽しんだ後自分の病室に戻っていった。
「かったるいな・・・みんな・・・」
アリアも後輩組のみんなも、俺よりも優先させるべき物があるだろうに・・・
なんで俺に構うのかよく分からない。
「どういう意味だよ。それ・・・」
「別に、それよりキンジ。かなえさんの面会に行った日の帰りに俺がいった事、忘れてないよな?」
「遙が言った事?」
キンジがあの時落ち込んでいたようだったので、取り敢えず俺の行動理念の1つをキンジに言っていたが、間違いなく自身が行動しなかったと言う後悔を残さないための方法だ。アリアの話を聞いたときにキンジがあの話を覚えているのなら後悔を残す事は無いだろう。
「『何かをしてやりたいという思いがあるのなら、次のその瞬間に本人だろうが別人だろうが関係なくしてやればいい』って奴か? 忘れてないが・・・」
「ならいい。どうせ人生にゃ後悔は付き物なんだ。精々後悔が残らないように足掻くんだな」
俺はそれだけを言い残すと、書き終えた書類を机の上に放置し昼寝に耽ったのだった。
1時間後
病室で目を覚ますと見舞いに来ていたキンジの姿が無くなっていた。おそらく俺が寝たので帰ったのだろう。
まだ時間は昼過ぎだ。のんびりと屋上で日に当たりながらベンチに座り、売店で売っているのを見付けた缶コーラを横に置き、同じく売店で勝ったシャボン玉を膨らませ童心に帰っていた。
「やっぱシャボン玉は良いな・・・心が和む」
一際大きく膨らませたシャボン玉が空に飛び、風に吹かれて弾けた。
なんとなく思うが、シャボン玉は人生に似ていると思う。空に向かって飛び立ち、もう少しで空に到達すると言うところで儚く消える。それはまるで当たり前にいた人が居なくなってしまったように、もう少しで達成する事ができると言った場所までたどり着き、その瞬間に挫折を与えられたかのように。
「で? 逃げたのに何でここに居る訳?」
少し溜息を付くと背後の気配に声をかける。
「さっすがハルハル~! 気配消したつもりだったのにぃ!」
その声の主、理子の方に振り返りジト目で見つめる。
わざわざ逃げたと言うのになぜか俺の前にあらわるこいつの思考内容がよく分からん。俺が今後の作戦の邪魔になりそうだから負傷中の俺に止めを刺そうという事なのか?
「まぁ見付けるのは簡単だったな・・・」
理子は俺を同じベンチの開いてるスペースに腰掛ける。よくもまぁ昨夜に殺し合いをした相手の隣に座れるものだと感心する。逃げない俺も俺なんだが・・・
と言うより・・・
(足やってるから逃げたくても逃げらんねーんだよな・・・)
俺が入院してる理由を考えれば当たり前だが、足を負傷して思うように動けないんだから逃げるのも戦うのも無理なのは見ての通りだ。
「かったるい・・・」
溜息を付くと、ストローを咥えシャボン玉を作る。その時、理子の気配が明確に変わった。
「遙。いくつか聞かせろ」
いつもの理子の言動や態度では考えられない様な男口調に変わり、初めて会った頃のアリアとは違った意味で張り詰めた空気になる。
「良いぜ。恋愛対象から年収くらいまでなら答えてやるよ」
「・・・・・・」
いつも通りの調子で理子に返すが、理子は口を開かずに沈黙を貫く。
お、重い・・・
この状況から逃避し、ひたすらにシャボン玉を量産し続けるが、限界を感じ冷や汗が流れる。
「何故あの時変装していたのがあたしだと気づいた?」
正直想像していなかった質問が出てきた。俺が何者なのかとか、殺気をずらして視線を誘導した件について一体何をしたのかを問い詰めるくらいだろうと思っていた。だが、聞いて来た内容は後学の為の様な質問だった。
意外にも思ったが、昨日の事を思い出しながら語る。
「バニラと、アーモンド」
「なに?」
「バニラとアーモンドみたいな甘い匂い。お前の使ってる香水だろ? お前の悪ふざけで女装させられたときとか、接触が多い時とかにも使っていた。俺達が飛行機に乗り込む少し前にお前をマークしだしたら、お前がどんな変装しても匂いが変ってなかったら気付くだろ。偶然を考え最初は声を掛けなかったけどな・・・」
理子とは1年と少しの時間を一緒に過ごしてきた。匂いを嗅ぐような状況なんて理子の行動的にいくらでもあった。そして俺の体質的に体感速度が人の10数倍に突発的にしてしまう事も、自主的にすることもどっちもあった。理子達からすればたった1年だったかもしれないが、俺にとってはもっと長い時間だった。そんな長い時間を一緒に過ごせば匂いの1つや2つ嫌でも覚える。
「なら、乗り込む前に気付いていたのなら、なぜあたしを捕まえなかった? 遙の人望と思考能力なら例え証拠が揃っていなくても仲間を説き伏せあたしを拘束する事くらいできたはずだ」
むしろ俺がそんな不良警官みたいな事するとでも思ってるのか?
なんとなく馬鹿にされている気がするが、取り敢えず理子の問いに答えていく。
「お前の言う通り証拠なんて無かったからな。俺がお前に目星をつけたのも俺の妄想の域を出ない想像だ。そんなもの誰かに話したところで鼻で笑わられるだけだ。それにお前に目星を付けたって言っても犯人候補ってだけで、お前以外の人間が犯人だって可能性もあの時点では十分にあった。ほかの人間の可能性がある限りお前だけを拘束なんてできないだろ。あと・・・」
正直少し恥ずかしいと言う考えがあるので言うかどうか迷うが、この先理子に会えない可能性があるのかもと言う思考が頭の隅に過り、伝える事に決める。
「理子が武偵殺しじゃないって信じたかったから」
言ってから顔を背ける。だいぶ恥ずかしい思いをして絞り出したのだが、後ろで理子が笑っているような気配を感じる。そのうち俺が理子を本気でしばく日が来るかもしれない。
取り敢えず今は理子と目を合わせたくないのでシャボン玉の量産を再開する。
「呑気なことだな・・・」
「俺は平和主義なんだよ。呑気って言われるくらいの状況と態度位が丁度いいんだよ」
「どこまで信用できたものか分かった物じゃないな」
「何一つとして偽りなんて無いつもりなんだがな・・・」
まぁ答えたくない質問をされてないから簡単に答えている訳ではあるが・・・
「最後に聞くが、何故あの時お前はあたしを助けようとした? お前ならあたしがパラシュートを用意している事くらい分かっていたはずだ。それなのになぜお前は死の可能性が十分に考えられたあの状況で、生き残ったとしてそれ程の負傷で済む保証もない状況で、なぜお前はあたしを助けに来た?」
「・・・・・・」
正直この質問が1番理子の口から出た質問の中で答えづらい質問だ。何故ならその質問に対する答えなんて初めから無いからだ。故に今から理子の質問に答える為には今から理子の納得するような答えを作るしかない。
果たしてそれが俺にそれができるのかだ・・・
俺は緊張で乾く口を動かし思いつく限りの答えを出す。
「パッと見える範囲にパラシュートを持っていないとは言え何かしら助かる方法があるのは分かっていた。だが、それでも俺にはそれがどんな方法か分からなかったから俺が助けた方が確実だと思った。それにお前が用意した助かる為の手段が旨くいく保証も無かったから飛行機の方に連れ戻した方が良いだろうと考えた。あと・・・」
「?」
「・・・親友を、誰かを目の前で失うなんて事を繰り返したくなかったから」
5年前の事を思い出しつつ語る。
理子の方を見ると何処か納得したような表情をしていた。
「それだけ聞ければいい」
理子はその言葉を残し立ち上がり、屋上のドアの方に歩いていく。俺は振り返らずに理子に声をかける。
「もう行くのか?」
「ああ。お前に聞きたい事は聞いたからな」
「そうか・・・ならお前が行く前にこれだけは言っておくよ。例えお前が何をしようと、どんな状況だったとしてもお前は俺達の親友だ。お前が本気で助けを求めてくれると言うなら俺達は全力でお前を助けるからな」
最近みんなが単独行動が多く忘れがちになっていた事を理子に投げかける。
俺達は理子がどんな状況になろうとも、何をしようとも助けを求めているのなら確実に助ける。それが俺やキンジ、そして理子が互いに誓った事だ。
「ああ。分かっている」
理子は俺の言葉に短く返すと、ドアを開けて屋上から出ていった。その理子の返しが最後の方が少し高くなっているのに気付いた。理子とその思いの共有できている事が俺には凄まじく嬉しかった。
「ったく、やっぱりかったるいな。俺って人間は・・・」
俺は自然と口角が上がるのを誤魔化す様に、再びシャボン玉のストローに口を付け、新しいシャボン玉を作った。