第41弾 病院でなければ休暇と言うのは良い物だと思う
理子と最後に会った日から数日後。
あの日から俺の足はそれなりに動く様にはなったが、痛みはまだ残っており暫くは入院が必要そうだ。
「で? なんでお前等居んの?」
「うるさい! 別にいいでしょ!」
今日もキンジは御苦労な事に俺のお見舞いに来ていたが、その隣には何故かロンドンに帰ったはずのアリアが一緒にいた。
まぁなんとなくこうなる予想は出来ていたが・・・
「それとキンジ、なんか星伽から異様な量のメールが来てたんだけど。お前絡みで・・・」
「あー、それは・・・」
この話題を出した瞬間、キンジの顔は少し青くなり、アリアはこちらから目を逸らす。
あぁ、何かやらかしたな星伽の奴・・・
理子と最後に会ったあの日の夜、最近充電を忘れていた携帯を充電した途端に夥しい量のメールを受信した。取り敢えず1番最初に届いていたメールを3件ほど覗いて見てみるのを止め、1番最後覗いたと同時に電源を切ってしまった。その内容とは──
『吉野君。キンちゃんが女の子と同棲してるってホント?』
『さっき恐山から帰ってきたんだけど、神崎・H・アリアって女の子が、キンちゃんを誑かしたって噂を聞いたの!』
『どうして返事くれないの?』
『今から行くから』
俺はその内容を見た瞬間、病室の戸締りを確認し、完全武装の状態でベットの下に隠れた上で一晩眠れずに過ごすと言う病院では想像しにくい体験をした。
本来は俺の異性の好みは星伽のような女性なのだが、なぜか星伽本人には全く惹かれなかった。
むしろ星伽の事がどことなく苦手だ。黒髪にお淑やかな性格で、一途で向上心があり、尽くしたいタイプで真面目で誰にでも分け隔てなく優しくやきもち妬きである。どの要素を取ってもタイプの筈なのに驚くほど惹かれない。相手の好意が自分に向いていなかったとしても、惚れる時は惚れるし惹かれる時は惹かれる。それなのに俺が好きになる様な要素が基本的に全て揃っている筈なのに、苦手だし惹かれない。
「本当に変わった奴だよな星伽って。あんなタイプ星伽が初めてだぜ」
対照的にその全ての要素持っている佐々木さんには多少なりとも惹かれたし、戦闘スタイル的にも性格的にも強くなりたいと言う動機も全てが好みであり現在進行形で惹かれていると言って良いだろう。
まぁ、それが恋愛に繋がるかと言われれば別だが・・・
あくまで今までのタイプの要素はこう言う人間が好ましいと言うだけで、本気で異性に惚れる時は見た目や性格などはほぼ関係無く気付いたら惚れている。そんな性格故に、俺は一目惚れをする事がない。
それはさておき、佐々木さんは俺が出会った女子の中で1番と言って良いほどの量のトラウマを俺に与えてきたが、星伽は間違いなく俺に対して異性に関する最大級のトラウマを与えた人物だろう。あれは最悪と言っても良い程に、学生生活において間違いなくぶっちぎりの1番だろう。
あれは初めて星伽が俺達の寮に来た時、俺を見た星伽は、俺を女だと勘違いし日本刀や機関銃を振り回し危うく殺されかけた。もう二度と星伽を敵に回すまい・・・
「なぁキンジ。なんか売店で暖かい飲み物と軽食買って来てくれないか? できるだけ変わり種のを頼む」
「あたしはコーヒーをお願い」
「なんで俺が行かなきゃならないんだよ・・・」
「レシート残してくれたら後で返すしキンジの分も買って良いからよ」
キンジは渋々と言った様子で重い腰を上げ、病室を出ていく。
病室に残されたアリアと目が合うと何処となく気まずい空気になる。その理由は間違いなくアリアと最後に2人きりで会ったあの日に話してたあの会話のせいだろう。あのような別れを思わせる会話をした2日後に会えば気まずくもなる。
「で、これからどうすんのお前?」
「何がよ?」
「あかりちゃんの事だ。お前がロンドンに帰る帰らないは別にいいんだが、これからあかりちゃんの育成方針をどう考えてんの? お前が帰った後どうするのかも気になっていたんだが、こっちでいるつもりなら俺もあの子達の特訓に付き合う事があるから聞かせろ」
アリアは少し考えるように目を閉じる。正直、俺もあかりちゃんの育成を
だが、俺以上の武偵になるのは予想できるが、それがどう言うスタイルになるかは分からない。何故ならあかりちゃんの殺しの技は、近距離の鳶穿、中距離の
アサシンは直訳の暗殺者を意味する訳ではなく、軽装備の機動力重視のスタイルだ。意味合い的にはゲームのジョブに近い。中距離から一撃必殺を狙い、攻撃を回避し、相手の視線から外れ不意打ちし、敵のリズムや体力を削る。それが
あかりちゃんは3つのスタイルになれる素質がある。だが、全てを取ろうとすると良い言い方をするとライカの様なある程度の技術を一定水準でこなせる万能型になるが、悪く言えば技を使えるがおまけ程度にしか使えない器用貧乏になる可能性が高い。故に特定の距離感を得意とするスタイルに育てるのが1番成長するというのが俺の考えだ。
「正直に言うとどうすればいいか分からないって言うのが本音よ。あの子みたいな特殊な生立ちの子は初めてだもの。あたしは殺しの技は使えないから矯正もしてあげられないし・・・」
違法で銃器や刃物を振り回していた位ならアリアでも十分矯正できるだろう。だが、あかりちゃんの様な殺しの技を持った人間の矯正は、ちょっとした癖を修正するだけで命の危険がある。その上あかりちゃんの技には成功率は高くないとは言え振動技を持っており、よっぽどの知識と能力がなければ防御ができない。アリアが慎重になっているこの判断は正しい判断と言えるだろう。
「成程な・・・アリアに殺しの技についての知識が無いから矯正する事ができないと・・・なら俺が代わりにあかりちゃんの技を矯正してやろうか?」
「どういう意味よ?」
「どういう意味ってそのままだが? 俺は殺しの技にも覚えがあるし、俺の持ち味はモデリング能力だ。素質の面が強い射撃は苦手ではあるが、純粋な肉体駆動が物を言う近接戦闘のフィールドに於いて、観察できない物や肉体的特徴により再現できない物を除き、大半の技を観察しトレースする事ができるから技の矯正はアリアより向いてるはずだ。やりはしないが、やろうとすれば鳶穿とかお前の
普段からM19を一丁しか使わないのは、フックショットを使っているからと言うのもあるが、それ以上に同時に2つの標的に狙いを定める事が出来ないからだ。普段の俺の射撃は近接戦で間合いから出た時に間を与えない為に使うが、それ以外の射撃については韋駄天を使い人の十数倍もの時間をかけ狙いを定めているので人よりも射撃と言う成績が良くなっている。だが、裏を返せば俺の射撃センスは韋駄天を除けばCランク程の成績があればいい方だ。本来ならDランクの中からCランクの下の方だ。
「
「はっきり言うと無理だ。形までなら完全にトレースできるが、実際に使った事も無いしパルス増幅の感覚も分からないから全く同じ動きをしたところで中身は伴わない。振動を起こせたとしてもあかりちゃんの5%にもみたないだろうな」
俺も振動技が使えるから結果的に
「ならどうする気なのよ? 知識もなく使えもしない技をどうやって矯正するって言うの?」
「使えない? 知識が無い? なら答えは簡単だ。使えるようになれば良い。知識を身に付ければ良い。さっき無理って言ったのは実際に使った事が無いからだ。実際に使えばわかる事もあるだろうし、目の前に観察できる相手が居る。それなら無理な事も無い」
「ほんとにできるの?」
「余裕だね!」
俺はいつもの調子でどこかで言った事のあるようなセリフを吐く。実際には余裕なんて無いだろうが、だが不可能な領域の話ではない。
「アンタがそう言うんなら任せるわ。ただし、あの子はあたしの
「了解。あかりちゃん育成計画に手を出さずに、技の矯正だけをすれば良いんだな?」
アリアに確認を取ると、黙って頷く。
アリアはさも当然と言った様子だが、正直俺の内心は穏やかでは無かった。
(育成に関わらずに技の矯正とかできるかボケがァァァ!!)
そう、技の矯正にはまず未完成の物がない状態が大前提だ。あかりちゃんの鷹捲はまだ未完成なので完成させなければいけない。それを指導するという事はつまり育成するという事だろう。
まぁ、この矛盾はアリアの指示が悪いという事で無視しよう。
「さくさく行ったとしてアドシアードまでに技の完成まで行けて良い方だろうな・・・」
「そう。全部済んだとしてどの位になりそうなの?」
「あかりちゃんの呑み込みの速さや、発想力にもよるが早くて夏休み前ってとこだな。遅くても夏休み全部返上する気でやったとして2学期の最初だな」
「ふーん。ところでアンタ、アドシアードどうするの?」
アリアが話しを切り替え聞いてくる。
アドシアード。
年に1度行われる武偵校の国際競技会だ。スポーツで言うならインターハイやオリンピックみたいなものだが、それらと違いアドシアードは武偵校の競技なので
開催日がそろそろ1カ月程に近づいてきているので名のある生徒達が各競技の代表に選抜されている。
「俺は
「きつい種目に選ばれたわね・・・大丈夫なの?」
「俺は近接戦闘でここまで上り詰めたんだぜ? こと近接戦じゃ東京武偵校で敵なしだ」
1対1よりも多対1の方が得意なのは黙っておく。
「ほんとにアンタの場合は近接だけでSランクになってそうね」
「ランク考査で試験官にもの凄い微妙な表情をされた挙句、2度と俺の受ける考査の試験官にはなりたくないって言われたのは事実だ」
「アンタ一体何したのよ・・・」
「別になんもしてねーよ。ただ点数がな・・・」
「点数が?」
「筆記20点台。CQC90点台。射撃がギリギリ60点台。それで最後の格闘戦がな・・・」
「?」
「知っての通り制限時間に実践を想定しての試験だろ? それでランダム付加ルールがガラス張りの天井の上だったんだ。実践を想定してたしガラスの上だから時間を掛けるのはマズいと思って張り切ってたんだよ。それで速攻で終わらせようと思って始めたは良い物の、いざやってみると3秒足らずで相手が気絶しちまって結局採点には反映されず俺等の組だけ再試験だ」
最終的に試験官の教員と再試験をする羽目になり、再々試験を回避する為にある程度バレにくいように加減をしながらやって結局勝ってしまうという事もやらかしている。
しかもこれ、武偵校に編入して2回目のランク考査の時で、その前のランクはEだ。急なランクの上がり方にいらぬ嫌疑まで掛けられ、ドーピングや不正の検査の為に考査からしばらくの間ランク昇格はお預けになり、まともに
「ほんとにアンタって無茶苦茶ね」
「俺としては手堅くやってる積もりなだけなんだがな・・・」
その後、買い物を終えて帰ってきたキンジから受け取った季節限定フルーツのサンドウィッチとロイヤルミルクティーに舌鼓を打ちつつキンジとアリアの2人と談笑を楽しんだのだった。