IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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18.一人の男を巡って争う二人の女。実に見苦しくて美しくない光景だ。

 

 一人の男を巡って争う二人の女。実に見苦しくて美しくない光景だ。

 

 

 

 そしてその対象が一夏ではなく俺というのもまた華に欠ける話である。

 今俺の目の前で、二人の女が笑顔でお互いに相手をけなしあっている。

 

「へー、そうやって三組は無理矢理コイツを引っ張り回してるんだ」

「無理矢理だなんて、最初にそういう発想が出てくる時点で人としてどうなんだって思っちゃうわね。五組はそんな人を代表にしたりなんかして大丈夫なの? ねえ、そうは思わない?」

 

 実にどうでもいい。

 

 

 

 一言で言うと、五組の代表が三組の代表に喧嘩を売った。

 あれから二三度しか話はしていないのだが、五組の代表は俺のことを舎弟とか子分とかまあそういう存在として考えていたらしい。噂を聞いて、どうやら俺のことを守ってやろうとしていたようなのだ。

 だがその矢先に三組が颯爽と現れて、俺をかっさらっていったように見えた。

 かくして何余計なことをするんだと五組の代表は三組に対して因縁をつけにやってきていた。

 

 もちろんのこと五組の代表は今日も徒党を組んでいる。今十人くらいはいる。

 相対する三組は代表含めて昨日と同じ四人。数は相手の半分以下。

 戦場は今日も天気のいい屋上。晴れ晴れするような五月の青空の下で、二つの集団が火花を散らし合っていた。

 

「いきなり話しかけてきて守ってやるとか言う方がむしろ怪しさ満点だと思うけどねえ」

「困っている人を助けてあげようと思うことが怪しいだなんて、あなた人として大事なものを失ってないかな?」

 

 お互いに部下の躾は行き届いているようだ。

 今この場には大勢の人間がいるのに、口を開いているのは代表だけである。

 もっと数の暴力に任せて口撃するのかと思ったが、今のところ自分の代表の後ろに立って圧力をかける以上のことはしていない。

 一ヶ月で自分のクラスを掌握しているあたり、彼女達にはやはりリーダーの資質があるのだろう。

 一方の一組だが一夏は代表でもリーダーというわけではないし、俺に至ってはクラスの連中に好き勝手されてぞんざいに扱われている。

 他人事ながらちょっと羨ましかった。

 

「人としてって、それは他人を利用するつもりの人間が吐いていい言葉なのかねえ? なんか最近慌ただしく動いてるって話だけど?」

「無理矢理とか利用とか、本当にそういう発想しか出てこないのね。呆れるを通り越してもうかわいそうになってきたわ」

 

 興味もないので聞き流すつもりだったが、今聞き捨てならない台詞が出てきてしまった。

 もしかして五組までリーグマッチの真実に気づいてしまったのだろうか。

 

「そうやって誤魔化そうとしてもムダ。あんたらが怪しい動きしてるのは丸分かりなんだから。どうせ一組に先越されたって焦ってるんだろうけど、そんなにリーグマッチで勝ちたいわけ?」

「ああ、そういうこと」

 

 三組代表とそのお供の空気が変わった。

 これは俺をなじる鷹月さんと同じ雰囲気だ。

 やっぱり俺に対する態度は作られたものだった。

 

「ま、一組ごときにビビってるようじゃ勝ち目なんてまるでないけどね。他のクラスは知らないけど、少なくともあたしの相手にはとてもならなさそうね」

「あら、私一応はイタリアの代表候補生なんだけれど?」

「それはもちろん知ってるけど、本国にいない時点でたかが知れてると言うか、せいぜいがIS学園で有りもしない一発逆転を狙ってる程度にしか見えないね」

「代表候補生にさえなれない人にそう言ってもらえるだなんてとても光栄な話ね。でも私は無意味に相手を侮るような真似はしない。少なくとも二週間は先を行っている一組のことをバカにはできないと普通の人なら考えるでしょうね」

 

 代表候補生にもいろいろあるようだ。オルコットは専用機まで用意してもらっているのだからそれなりに期待されていると思うが、一般的な話として、わざわざ遠い日本にまでやってくる代表候補生は同じ立場の人間と比べて優秀というわけではないのかもしれない。

 織斑千冬がIS学園にいるのはここ二年の話だし、また教師としての評価は未知数な部分があるのだろう。

 ミーハーが異常に増えたのは間違いのないところであるけれど。

 

「だから三組はその程度だって言ってるんだけど。一組はISのあも知らない初心者を代表に据えたはいいけどあんまりにも役立たずで、今焦って訓練させてるだけ。一組の訓練をちょっとでも見たら分かりそうなものだけどねえ」

「その割には五組のあなたは自分の訓練をしてないみたいだけど、初心者の一組に勝てればそれで満足なんだ。残念だわ、IS学園に入学しておきながら向上心がないのね」

 

 あの校内新聞が出た後五組の代表も俺に対して真実を聞いてきて、俺は三組代表に言うつもりだったことを説明した。受け取り方が違った結果ずれた部分も多いが、噂だし俺も詳細を知らないことになっているのでまあ問題はないはず。

 

「初心者や初心者にビビってるようなのに本気出したらかわいそうだっていう優しさは理解できないか」

「そうやってせっせと負けた時の言い訳を作っている時点でとても用意周到だと思うわ」

 

 もはや俺そっちのけで罵り合いを始めてしまった。

 俺をダシにしたかっただけなのは分かっているが、ここでさえ俺はそういう扱いなのか。

 噂通りに受け取るのであれば確かに取るに足らない存在になるのかもしれないが、にしては俺を大義名分にするならもうちょっとマシな扱いをしてくれてもいいんじゃないかと抗議したくなってしまう。もちろんやらないが。

 

 しばらくお互いの揚げ足取り合戦が続く。

 格の違いを見せつけたかっただろう。どちらも一歩も譲らない展開だった。

 だがやがてお互いに不毛さを悟ったか、それともただ単に疲れたか、リーグマッチでの勝利宣言をし合ってようやく終わった。

 ところが、なんと五組の代表は俺に何かを言うどころか見ることさえせずに帰って行ってしまった。

 完全に俺の存在を忘れている。取り巻きで気づいているのはいたが特に触れることもしない。ワンマンなのかこの連中にとっても俺はどうでもいいのか。

 一組のことを侮っているのが分かったので別に損があるわけではないが、その眼中になさっぷりに唖然としてしまった。

 

「ごめんね。醜いところ見せちゃって」

「ううん、そんなことないよ」

 

 百パーセント演技だと分かっているとはいえ、形だけでも気を遣っているのは全然マシだ。

 他の三人に至ってはまだ怒り冷めやらぬという表情で、きっとその意識の中に俺の存在はない。

 五組の言を信じるのであれば、三組の中で一組はライバルとしての格が下がるだろう。

 だが五組も三組の動きからリーグマッチの価値に気づいてしまったようだ。

 みんなが当事者である以上、誰かの行動がまた別の誰かへと余波が広がっていくこともあるのだ。そこまで読んで行動しなければならないのか。

 先輩達はなぜ噂を流したりしたのかと疑問だったが、もしかしたらこういう事態を引き起こすためなのかもしれない。俺からすれば余計なことしやがってでしかないが。

 

「甲斐田君、なんか変なことになっちゃってるけど、甲斐田君には関係のないことだから何も気にしないでね」

「いや、それは別に」

「ありがとう。でもこれ以上嫌な空気を見せるのもなんだから、今日はこれで」

「あ、うん」

 

 そう言い残して三組の面々は帰って行った。

 俺としてはダシに使われたが、同時におかげで五組の状況を知ることができた。こうなると残る二組や四組のことも気になってくる。俺にもやらなければならないことがたくさんあるようだ。

 そこまで思い当たって、俺は重大な目的を思い出してしまった。今日俺は三組の状況を探るためにここにいたのだ。

 

 こうして俺はまたも三組の情報を得ることができず、再び鷹月さんに説教されるであろう結末を迎えてしまうこととなった。

 

 

 

 

 

「智希、あの連中なんなの」

 

 指揮班に報告とかしたくないなと思いながら寮へと重い足取りを進めていると、寮の入り口で鈴が仁王立ちしていた。

 今度は誰が何をした。

 

「せっかくあたしが教えてやろうって言ってんのに、いらないとか敵は近寄るなとか何? たかだか同じクラスになった程度で何エラそうにしてんの?」

「それは仕方ないよ。だって鈴のルームメイトが一夏の対戦相手だし」

 

 鈴の態度も十分偉そうではないかと思うが、どうせクラスメイト達にも同じような態度だったのだろうが、いちいち突っ込む不毛さも十分承知しているのでもちろん口にはしない。

 

「はあ? 自分達がそうだからってあたしまでスパイするとか思われてるわけ? あいつらってほんとバカね」

「そういうことじゃなくて、会話のはずみとかでポロッと言っちゃうこととかあるかもしれないって話だよ。ハミルトンさんだっけ、その人だってやっぱり対戦する一夏のことは気になるだろうし」

「それは聞き捨てならないわね。言っとくけどティナはそういうことする奴じゃ全然ないから。むしろあたしと同じで相手が誰であろうと関係ないって人間よ。スパイとかする暇があったら自分の訓練でもするって昨日言ってたわ」

 

 俺は頭を抱えた。わざわざ自分から敵の俺に情報を与えてどうする。

 間違いなく庇ったつもりなのだろうが、今自分の言ったことがハミルトンの迷惑になるとは考えないのか。

 さらに鈴をよく知っている俺からすればその発言でハミルトンがどういう人間かまで分かってしまう。たった数日で鈴が気にいるということはかなり人間ができていて、さらに個人主義だというところまで俺には理解できる。

 女とは基本群れる生き物だが鈴は例外で、縛られることを嫌い一人で行動するのを好む。何においても優秀で正義感があり姉御肌的なところもあるが、五組の代表のように子分を作ることはしない。

 弱いからこそ群れる、だから強い自分は群れる必要などない、が持論だ。

 

「鈴がそう思うならきっとそうなんだろうけど、だからってうちのクラスの人達がそれをすぐ信じるかって言うとまた別の話だよね。鈴を知らない人間にいきなり信じろと本人が言って、それを信じてもらえると思う?」

「それは……だったら智希が言ってくれればいいじゃない。あたしがそういう人間じゃないってことくらいは分かってるでしょ」

「何て言えばいいの? 別に鈴は訓練にかこつけて一夏と一緒にいようとしてるわけじゃないですって?」

 

 鈴の頬が膨れる。

 大義名分があるかないかの違いだけで、パイロット班連中と鈴の行動原理は同じだ。

 もし鈴が俺達と同じクラスであれば、俺だって別に参加するのを咎めるつもりはない。ルームメイトでなければ、一夏と一緒にいたければしばらく代表には近づくなとでも俺は言うだろう。

 

「そういうわけだから、リーグマッチが終わるまでは我慢してて。はっきり言うけどその間に一夏が誰かに持っていかれるとかあり得ないから」

「……つまりあたしが一夏の側にいること自体にリスクがあるって話ね」

「その先はあんまり聞きたくないなあ」

「ならばそれ以上のメリットをあたしがもたらせばいいってことだわ!」

 

 実にポジティブだ。気に入らない現実があれば自分の力でそれを変えてしまおうとするのが凰鈴音という人間だ。

 その考え方自体は俺も嫌いではない。が、今この場でそれをやられるのは面倒事が増えて嫌だ。

 

「なんでか知らないけど模擬戦で勝ちたいんでしょ。だったらあたしの力で勝たせてあげようじゃない!」

「また大した自信だね。鈴らしいと言えばそうだけど」

「智希の言いたいことは分かるわ。勝たせることができるという根拠を示せってことでしょ」

 

 いいえ、むしろこれ以上余計なことをしないで大人しくしててくださいという切実な願いです。

 

「智希には言ってなかったと思うけど、あたしは中国の代表候補生なんだから。しかもそのへんの有象無象とはワケが違うわ。なんと自分の専用機まで持ってるのよ。誰が何を言うのも勝手だけど、勝ち得たこの事実に対してだけは文句は言わせない」

 

 別に鈴がやった努力に文句をつけようなどとは思っていない。確かに鈴は中二までは俺達と同じ普通の学校で、ISとは何の関係もない世界にいた。だから中三の一年間だけでゼロから上り詰めたのだろう。そしてそれ相応の相当な努力をしたのだろう。

 だがそれとこれとは別問題だ。

 

「それだけならうちのクラスにも同じ立場の人はいるよ。別の国だけど同じく代表候補生でかつ専用機持ち」

「えっ……」

「その人よりも鈴の方がいいという理由は何?」

 

 残念だが、それだけなら既にオルコットがいる。しかも一夏との相性も悪くない。

 一夏を好きになる人間は数あれど、一夏の感性まで理解し得るのはそうそういないのだ。たまに一夏とオルコットは感性のみで行われるふわふわな会話を始めて、周囲を置いて行ってしまうことがある。かろうじてそれについていけるのは篠ノ之さんくらいで、それも言っていることを理解するので精一杯という状態だ。鈴は間違いなくついていけないだろうし、そもそも鈴は基本自分のペースでしか物事を進められない。

 どう考えても軍配はオルコットの方に上がる。

 

「あ、あたしの方が一夏のことはよく分かってるし」

「そっち方面なら僕がいる」

「そ、その両方を持ってるのはあたししか……」

「それは鈴を迎え入れるリスクを補って余りあるもの?」

「……」

 

 人手が多くて困ることはないので、手助けすると言う人間を無下にするつもりはない。

 だが今鈴の置かれた立場は微妙過ぎる。しかも無意識に一夏の情報をこぼすだろうし、あの様子なら既に自慢ついでに一夏のことを二組の代表に語りまくっているに違いない。

 

「別に未来永劫一夏に近づくなとか言ってるわけじゃないからね。リーグマッチが終わるまで二週間、そこまで長い間ってわけでもないし、一夏のためだから、ね?」

「……二週間じゃないわ」

「え? ああ、確かに本番始まったら別に構わないから一週間ちょいか」

「そういう意味じゃない。一年」

 

 鈴は自信がなくなるにつれて顔の角度が下がっていっていたが、いきなり顔を上げて強い表情で俺を見上げた。

 瞬間的に、まずい、と思った。

 

「あたしがどれだけ待ってたと思うの。あの日空港で別れてから一年、一夏に会うためだけにここまで努力してきたのよ。そしてようやくその時がやってきたって言うのに、どうして今さら邪魔されなきゃなんないのよ!」

「いや、それは……」

 

 それはただの鈴の都合でしかない、というのはこの場において意味をなさない。

 感情を爆発させようとしている人間には火に油を注ぐ行為でしかない。

 完全に俺の失態だ。鈴を追い詰めてしまっていた。

 よく知っているがゆえに、いつも通りの会話をしてしまったがゆえに、今の鈴に対しては最悪の対応をしてしまった。

 

「智希、一年ぶりだって言うのにあんたはどうしてそんなに普通なの!? どうして三日会ってなかった程度の扱いしかしてくれないの!? 智希にとってあたしはいてもいなくてもいい程度の存在でしかないの!?」

 

 見た目も何もかも変わっていなかったというのもあり、俺も一夏も安心していた。鈴はいつだって鈴だと再会した日の夜に二人で笑い合った。

 だが鈴はそうではない。俺達は鈴が変わってしまうことを望んでいなかったが、鈴は変わろうとしていた。何より、今思えば演技であろうと一夏に抱きついてみせたのはその決意の現れだったのだろう。

 友人という関係性からすれば、時間など関係なく受け入れるという行為がそこまで間違っているとも思わない。が、かといって一年ぶりの再会に対しては対応がおざなり過ぎた。

 おそらく一夏もそこは気にしていて、三人でゆっくり話をしたいと言っていた。だが俺はそれはリーグマッチが終わってからにしようと先延ばしにしていた。

 そして鈴は一夏と話をしようにも、一夏が常にクラスの女子に囲まれていて近づき難い。挙句は別のクラスというだけで邪魔者扱い。

 溜まりに溜まっていただけに、たった数日で鈴のフラストレーションは爆発寸前にまで高まっていたようだった。

 

「もういい。そもそも他人にどうにかしてもらおうとか甘いこと考えてたあたしが間違ってた」

「鈴!」

「あたしが誰と何をしようがあたしの勝手よ! 邪魔するなら全部まとめて叩き潰してやる!」

 

 とんでもないことを言い放ちながら、鈴は駆けて行った。

 最悪だ。

 

 どこへ向かうのかと一瞬思ったがそんなのは一つしかない。

 慌てて俺も一夏のいるアリーナへと走った。

 

 

 

 

 

 通路を抜けてアリーナのグランド側へと入った時、まだ始まってはいなかった。

 正確にはまだ言い争いの状態だった。

 それは既に始まっているだろうと普通は言いそうだが、鈴に関しては違う。

 まだ鈴の実力行使が始まっていないという意味だ。

 

「智希! これ何とかしてくれ!」

 

 こういう時本当に一夏は俺を見つけるのが早い。

 一夏は鈴とクラスメイト達の間で板挟み状態となってあたふたしていた。

 残念ながら一夏には女の争いを収められるような技量はなく、またそれは自分でも分かっている。いや、かと言って俺にあるかと言われても素直にうんとは頷けないのだが、少なくとも一夏は俺が到着するまで何とか持ちこたえよう以外のことは考えていないだろう。最悪自分が殴られてでもくらいは覚悟しているかもしれないが。

 

「もう智希とは会話済みよ。その上で今ここにいるんだから」

「智希! またお前のせいか!」

「甲斐田! 貴様今度は何をやらかした!」

「甲斐田さんは毎回トラブルを起こすのが趣味なのですか!?」

 

 なんか助けたくなくなってくる気がしないでもないが、今回に限っては火をつけてしまったのは俺だ。

 気を取り直して間に入ることにする。

 

「ええと、鈴」

「あんたの話はもう聞かないわよ」

「ごめん、全面的に僕が悪かった」

「智希!?」

 

 また大げさに一夏が驚いている。俺は頭を下げただけでまだ何も言っていないのだが。

 

「甲斐田君が謝るってどういうこと?」

「そりゃあよっぽどのことでしょ」

「だから凰さんはあんなに怒ってるんだ……」

「あの甲斐田君がまずいと思うくらいだからきっと相当なことだよね」

 

 クラスの連中の間におかしな空気が流れている。

 たった一言謝っただけなのになぜそこまで言われなければならないのだろうか。

 

「智希……あんた本当に信用ないのね」

「入学して一ヶ月であれだけやればむしろ当然だけどな。千冬姉とかもう完全に智希のことを見張ってるし」

「千冬さんまで!? それ何をしたらって普通は思うけど、でも智希が自重をやめたらそうなるんじゃないかって気は薄々してたわ」

 

 いつの間にか鈴が冷静さを取り戻している。だからこれはとても喜ばしいことだ。喜ばしいことのはずだ。しかしどこかすごく納得いかない気がするのはなぜだろうか。

 

「鈴、確かに鈴の言った通りだ。僕は鈴の気持ちを全然分かってなかった。何もかも一年前と同じ感覚で鈴と話していて、一年も間が開いてたってことを理解してなかった」

「智希?」

「甲斐田君がしおらしいだと……」

「これ逆に何かあるんじゃない?」

 

 余計なことを言う輩に目を向けると、相手は慌てて目をそらした。

 空気を取り戻してくれたのには感謝するが、それ以上はやめてほしい。

 

「僕を信用できないのは十分理解できる。だから行動で示す。鈴、一夏にISの操縦を教えてあげてほしい」

「いいの!?」

 

 道すがら、この問題を解決させる方法を考えた。鈴を蚊帳の外に置いておくのがベストだったが、もはやそれは無理だ。曖昧なままの立場にしておくことはできない。

 ならば次善の策としては、敵として相対するか味方として引き入れるかになる。鈴は基本的に敵か味方かの二元論で物事を考えがちだというのもある。

 そうすると選択肢はもう味方の一択しかない。味方として余計なことされるよりも敵に回ってしまう方が厄介だからだ。

 鈴の持つ自信は伊達ではない。その実力に十分なほど裏付けされていて、慢心もしない。努力家であるがゆえに、自分よりも上の人間を見つけたら努力してあっという間に追い抜いてしまうほどだ。

 だが何より一番重要なのは、鈴が一夏のことをよく知っているという事実だ。

 ただでさえ一夏は手持ちの札が少ないのに、性格の類まで読まれてしまったら付け入る隙がなくなってしまう。もし敵に回った鈴が一夏の性格含めた情報をルームメイトの二組代表に教えたりすれば、相手は強敵どころか勝ちの難しい難敵にさえなり得る。

 よって鈴を敵に回すのは愚の骨頂であり、こうなってはむしろ積極的に引き込むしかないというのが俺の結論である。

 

「一年でゼロから中国の代表候補生になって専用機までもらったというなら実力的に申し分ない。教え方がうまいのも分かってる。ただ他のクラスに一夏の情報を漏らさないと約束だけはしてほしい」

「そんなのあったりまえじゃない! 一夏を勝たせるためにやるのにわざわざ敵に塩を送る真似なんてするわけないわよ」

「ありがとう。じゃあ今の一夏の状況を説明するからこっちに来て。一夏達はさっきまでの続きを」

「そうね。確かに今の一夏がどんなものかってあたしは知らないしね」

 

 鈴の機嫌は完全に直った。どうせ無意識に一夏のことを二組で話しまくるだろうし、リーグマッチの情報まで漏らしてしまうという危険性はある。だがそれはもうリスクとして受け入れるしかない。厳重に口止めしておこうとは思うが。

 

「待って下さい! それならわたくしがいるではありませんか!」

 

 ようやく円満解決かと思いきや、抗議の声が上がってしまった。

 確かに俺が独断で決めたことではあるし、文句を言う人間が出てくるかもしれないと思っていた。だから終わった後一夏と鈴を先に帰して理由を説明しようと考えていたのだが、よりによってオルコットが今この場にいたとは。

 

「誰?」

「うちのクラスのオルコットさん。イギリスの代表候補生で、専用機持ち。鈴と同じ立場の人がいるって言ったよね」

「ああ、あんたが」

「そうですわ。わたくしがいるのですから、わざわざ他のクラスの人間を加える必要はないのではないでしょうか。むしろそれは余計なリスクを抱える行為ではないかと」

「さっき智希も同じこと言ってたわね。どうなの?」

 

 鈴が俺の顔を見上げる。さすがに敵に回すよりはマシだからなどと言うつもりはないが、鈴オルコットが両方同時にいる場で聞かれるとは思っていなかった。

 

「その質問に答える前に、オルコットさん」

「はい」

「どうして今この場にいるの?」

「はい?」

「指揮班の方はどうしたの?」

 

 鈴の出現で、安穏としていた篠ノ之さんもオルコットも危機感を持った。持ったまではよかったのだが、その結果オルコットはパイロット班の方を気にし始めて、しばしばこうやって一夏の訓練の場にやってくるようになっていた。

 

「そ、それは……」

「指揮班の方ってそんなに暇だったっけ? それとも鷹月さんにもういらないとでも言われた? もしそうなら抗議してくるけど」

「そそっ、そのような事実はありませんわ。むしろこれは指揮班としての一環でして、シミュレーションをするあたって一夏さんの最新の状態を知る必要があるからで……」

 

 オルコットは早口で俺にまくし立てている。

 いきなり突っ込まれてしどろもどろにならないのはさすがと言うべきか。最初から指揮班を抜け出す言い訳は考えてあったのだろう。

 だが残念ながら俺の目を見て言えない時点で失格だ。

 

「じゃあ今日のところはもういいよ。これから鈴と相談してどういうことをやるかって決めるのもあるし、オルコットさんがいなくても大丈夫だから」

「そうだぞ。指揮班の仕事は非常に重要であるし、無理をすることはないのだからな」

「くっ、ここぞとばかりに……」

 

 頼んでもいないのに篠ノ之さんが入ってきた。

 パイロット班は共同戦線を張ってはいるが、基本的にはライバル関係にある。ましてこの二人は常に一夏の両脇を固めていてお互いを一番のライバルだと認識しているようだった。

 必要があれば笑顔で団結し、チャンスがあれば迷わず出し抜こうとし、蹴落とす機会があれば見逃さない。女とは実に恐ろしい生き物である。

 

「で、さっきの返答を言うと、オルコットさんには指揮班があるよね。指揮班の人数が少ないことを考えると、オルコットさんにはそっちの方をがんばってもらった方がいいからって話。戦術的な部分はパイロット班の人達に任せてあるし、指揮班の人達は戦略を考えてほしいなと」

「甲斐田の言う通りだな。適材適所、自分に課せられた役割をしっかり果たすことが組織では大事なことなのだぞ。不安があるのかもしれないが、こちらのことは全て我々に任せて安心するがいい」

「ぐぬぬ……」

 

 得意げな篠ノ之さんに悔しそうなオルコット。

 尻馬に乗っただけの篠ノ之さんが勝ち誇る意味が分からないが、二人は抜きつ抜かれつの関係にでもあるのだろうか。

 

「智希は前にも増して面倒なことをやってるのね」

 

 そんな光景を目にして、鈴が呆れたようにつぶやいた。

 

 

 

 

 

「四組の代表の友達って誰?」

「どうしたのいきなり?」

 

 そういえば名前を聞いていなかったことを思い出して、俺は鷹月さんに尋ねた。

 

「うん、ちょっと思ったんだけど、向こうの情報を得るのはいいけど、こっちの情報も漏れてないかなって」

「ああ、そういうこと。大丈夫よ」

「言い切るね」

「だって今さらだし。そういう心配はしてたからきちんと言い聞かせてあるわよ」

「それもそうか。ごめん、余計なこと言っちゃったね」

「気になるなら本人に聞いてみれば? 自信を持って大丈夫だって言うとは思うけど」

「別に気になるってほどでもないよ。四組のことは全部任せきりだったし、一度本人の口から聞いてみたかったくらい」

「まあ正直一番の安牌だからね」

 

 いろいろとやらかしてくれるクラスが多い中、四組だけはずっと平穏だった。

 クラスの中はリーグマッチなどまるで興味ないという空気で、代表本人も人付き合いのいいタイプではなく、機械をいじっている方が好きらしい。

 一夏と同じ倉持技研の管轄で、専用機ではないが打鉄を自分用として持っているそうだ。

 それだけなら機体持ちということで危険度大なのだが、本人は訓練らしい訓練を全くしていなかった。

 たまに動きの確認をしている程度で、基本はポータブルのPCを打鉄に繋いでカタカタやっているだけ。

 生徒会長の妹で日本の代表候補生ということなのだからそれなりの技術は持っているのだろうが、リーグマッチに向けて本気に取り組むでもなく一人で自分の打鉄を改造して遊んでいる程度である。

 それに打鉄であれば射撃主体でもないだろうし、一夏の脅威には到底なり得ないと俺達は判断していた。

 

「で、誰?」

「布仏さんよ」

 

 それはかなり意外だった。

 

 

 

「ちょっといい?」

「かいだー?」

「甲斐田君!? 私今日はまだ何もしてないよ!」

 

 つまり谷本さんはいつもは俺に何かをしているという意識があるのか。まあ、かといって無意識でやられたらそれはそれで非常に迷惑だが。

 

「いや、谷本さんじゃなくて、用があるのは布仏さん」

「私?」

「そんな! 甲斐田君はもう私の体に飽きたって言うの!?」

 

 俺を後ろを振り向いて鷹月さんに合図を送った。鷹月さんが頷いて立ち上がる。

 すると谷本さんはそれを見るや脱兎のごとく教室から逃げ出した。

 

「連携プレイだねえ」

「毎回谷本さんの相手をしていればこれくらいすぐ身につくよ」

「じゃあ私もがんばる!」

 

 布仏さんが何をがんばるのか分からないが、最近俺は鷹月さんが谷本さんの天敵であるという事実を発見した。

 俺はスルーをするのだが、鷹月さんは容赦なく切り捨てる。それが谷本さんにとってはとても堪えるらしい。

 一度俺がやろうとしたら頼むから俺だけはそれをやらないでくれと涙ながらに懇願されてしまい、思わず頷いてしまった。だからそれ以降は鷹月さんにやってもらうことにしている。

 雑談の中であれば俺も鷹月さんを呼ぶこともないが、真面目な話をするときは迷わず呼んで横で見張ってもらっていた。

 

「それで布仏さんにちょっと聞きたいことがあって」

「なに~?」

「四組の代表の人のことなんだけど」

「かんちゃん?」

 

 かんざしだからかんちゃんか。

 この人にも命名規則があるらしく、男子の俺と一夏は苗字からかいだーとおりむー、クラスの女子はせっしーなど下の名前からあだ名が付けられていた。

 どうでもいいことだが発音を伸ばすのが好きらしい。普段の発言も語尾がよく伸びて他人にのんびりとした印象を与えていて、実際本人の性格もそういう感じだった。

 

「そうそう。更識簪さん」

「かんちゃんがどうかした~?」

「うん、最近どうかなと思って。もちろんリーグマッチのことなんだけど、様子に変わりはない?」

「きのうもいつも通りだったよ~」

 

 昨日も会っているのか。

 友達というからにはそれなりに仲が良かったりするのだろうか。

 

「そっか。三組も五組もやる気になり始めてて、本番まであと一週間だしそろそろ四組も来るかなって思ってたんだ。実際そういう感じはある?」

「大丈夫じゃないかな~。クラスの人とはあんまり仲良くしてないみたいだし、かんちゃんも自分の打鉄のことが一番みたいだし」

「それはリーグマッチと関係なく?」

「ずーっと前からだよ~。春休みに入る前くらいからずーっと打鉄をいじってばっかりになっちゃってるんだ~」

「なるほど。マイペースな人なんだね。布仏さんみたいに」

「むー。私はみんなのことちゃんと考えてるよー」

 

 思わぬところで抗議されてしまった。

 どうやら布仏さんにとってマイペースは褒め言葉ではなかったらしい。

 別にマイペースだから他人のことを気にしない人間だとか言うつもりは一切ないが。

 

「いや、それはもちろん分かってるよ。布仏さんがクラスのためにがんばってくれてることは僕もみんなも知ってるから」

「うんうん。それならいいのです」

「それならまだ気にしなくていいかな。ありがとう」

「どういたしまして~。かんちゃんとお話してみる?」

 

 四組代表との会話か。

 既に四組以外の代表とは会話済みで面識もある。これで四組代表と話をすればコンプリートだが、コレクションじゃあるまいしそれに何の意味があるというのか。

 

「んー、特に話したいことがあるわけでもないし、今は別にいいかな」

「そっか~。ざんねん」

「残念? どうして?」

「かいだーとお話したらかんちゃんにもいいことあるかなって」

「いいこと?」

「うん、かいちょーみたいに」

 

 そうだ、四組代表は生徒会長の妹だ。そして布仏さんは四組代表の友達。

 

「布仏さんて、もしかして生徒会長のこと前から知ってた?」

「もちろん知ってるよ~」

「ああ、だからか」

 

 どうしてこの人は俺と生徒会長が会話していると爆笑するのかと不思議だったが、生徒会長の方をよく知っていたからか。

 本人に天然も入ってはいるが、普段とのギャップがおかしくて仕方なかったのだろう。

 ようやく腑に落ちた。

 

「かいだー?」

「ごめんごめん、僕と生徒会長が話してる時やけに笑ってるなと思ってたから。そういうことだったんだね」

「そういうこと?」

「別に気にしないで。じゃあもうしばらくよろしく……そうだ、忘れてた。こういうことしてて大丈夫?」

「何が~?」

「僕らとしてはありがたいけど、相手には内緒でやってるわけじゃない。その、友達関係的に」

 

 俺が気になっていたのはそこだ。

 知り合い程度ならまだしも、友達ともなれば騙すようなことをして気にならないのかという話だ。一夏もあまりいい顔はしていなかった。

 終わった後全てが明らかになって、よくも騙してくれたな的展開を俺に持ち込まれても困る。

 俺自身は全部勝つための作戦だったと言い張るつもりだし、正直他人なので別に多少恨まれようと構わない。鈴は基本個人主義なのでクラスのことなどあまり気にしないだろうし、専用機持ちで実は特に害もないから大丈夫だ。

 だが布仏さんは個人的な人間関係を使っている以上、後に引きずる可能性がある。

 

「かいだーはやさしいね~」

「今さらだけど、終わった後友情にヒビが入ったぞどうしてくれるとか言われると困るので」

「それはないから大丈夫だよ。でも気にしてくれて嬉しいな~」

 

 ないと言い切った。人の人間関係に深入りするつもりはないので、それ以上とやかくは言うまい。

 

「それならいいんだ。じゃああと一週間よろしく」

「おー! 私がんばるよ~!」

 

 布仏さんから威勢のいい返事が返ってきた。

 さすがに杞憂だった。まあ元々問題があれば鷹月さんから何かあっただろう。

 四組代表の機体は打鉄だから打ち合えば必殺攻撃のある分一夏が有利だ。対策として打鉄の篠ノ之さんを相手にして慣れておけば十分いけると思う。

 気になることは初日の二戦目なので一夏の体力気力だ。このへんのペース配分に注意しなければならないが、それは指揮班と、多少不安は残るが衛生班谷本の領域だ。

 だがこれはあらかじめ詰めておける問題なので、準備した上でやれる。大丈夫だ。

 

「お話終わりましたー?」

 

 笑顔で両手を振る布仏さんに返して自分の席に戻ろうとすると、教室の扉が少し開いて、その間から谷本さんが首を出してこちらを見ていた。

 普通に入ってくればいいのに、何自分の教室の外で覗きのような真似をしているのか。

 

「あっ、待って! お客さんが!」

 

 いつも通り流してそのまま戻ろうとすると、慌てた谷本さんの悲鳴が聞こえる。

 振り返ると、こっちに来てと手招きをしていた。

 お客さんとは誰だろうか。三組か、五組か。

 

「あ、こちらの方です」

 

 扉を開けて廊下に出ると、谷本さんが手で示す。

 そのどちらでもなかった。

 

「あの……あたしのこと覚えてる?」

 

 目の前に立っているのは金髪のそばかすだった。

 

「もちろん覚えてるよ。鈴のルームメイトで二組代表のハミルトンさん」

「この人が!?」

 

 望んでもいないオーバーリアクションをした芸人に目をやると、俺と全く同じ動きをして廊下の先を見つめていた。俺が見たのは谷本さんであってその先にある空間ではない。

 

「よかった。それで、どうしても話しておいた方がいいことがあって」

 

 二組代表は谷本さんに構うほど心の余裕があるわけではないようだった。

 存在すら無視されて、谷本さんが大きく肩を落とす。

 

「その、鈴のことなんだけれど……」

 

 その曇った表情から、どう考えてもろくでもないことに間違いはなかった。しかも鈴絡み。

 もしかして鈴が暴れたのでお前どうにかしろとかそういう類の話だろうか。正直暴れ出した鈴はとても俺には止められない。一夏も嫌がるだろうし、その時はもう織斑先生でも呼んでくるしかない。

 

「朝起きたら、鈴が二組の代表を代わってくれって言ってきて」

「は?」

「いや、もちろんあたしは勝手に決められることじゃないって言ったんだけど、それならみんなにも聞いてみるって鈴が言って、実際にホームルームのときに言い出して」

 

 なにをどうしたらそうなる。

 

「そしたらみんなはどうでもいいって感じで、結局はあたしがよければいいだろうって話になって」

「まさかうんって言っちゃった?」

「言ったというか言わされたというか、有無を言わせない状態だったというか……」

「なるほど、それはもうどうしようもないね」

「何何? それは何がどうなったんです?」

 

 真面目な会話をしているというのに茶々を入れるなと思うが、二組代表、いや、元二組代表は幸いにして冗談を冗談として理解できる状態ではなかった。

 

「鈴があたしに代わって二組の代表になったの」

「なんということだ!」

 

 何となく、どさくさ紛れで谷本さんに八つ当たりでもしようかと思ったが、谷本さんは既に俺から距離を取っていた。どうしてこういう時に限って察しがいいのか。

 

「ちなみに、代表になりたい理由は?」

「それは……どうしても叩き潰したい相手がいるからって……」

「それは誰のこと?」

「隣のクラスにいると……」

「どっち側?」

 

 三組であってほしい。三組の代表が鈴にちょっかいをかけて鈴が怒ったとかそういう展開であってほしい。

 俺は元二組代表が向こう側を指さすことを心から祈った。

 だが無常にも、さされた指は当然のごとくこちら側だった。

 

「だよね」

「昨日何があったか知らない?」

「寝耳に水」

「そっか」

 

 沈黙が流れる。

 兆候でもあればとうに俺が乗り出している。

 またも俺の知らないところで何かが起こったのだろう。

 今朝の一夏におかしい様子はなかった。だが一夏のことだ。自覚なしに何かやらかしている可能性は十分にある。というか絶対に何かやっている。

 

「分かった。これから関係者に事情聴取して真相を探ってみる。鈴は人の話を聞けそうな状態?」

「今はちょっと無理かな」

「なるほど。じゃあまたそっちは様子見て話してみる」

「ありがとう。分かったらあたしにも教えてくれると嬉しいな。あたしも自分の国に説明する必要があって。別に怒られるってほどじゃないけど」

 

 鈴はいったい何をやっているのか。

 周囲の状況を顧みることすらしないとは、相当に頭に血が上っている。

 だが鈴のことは鈴の問題だ、後で存分に怒られるがいい。

 今俺のすべきことは、事情を把握した上で学園に掛けあって、鈴を代表の座から降ろすことだ。

 模擬戦で一夏に鈴の相手をさせるなんて冗談ではない。専用機持ちで代表候補生で一夏をよく知っているなど、難敵を通り越してもはや天敵クラスだ。

 戦ってどうにかするよりはもう最初から戦わないことを選択する方が絶対にいい。

 

「了解。あとはこちらで引きとるよ。必要があったらまた」

「うん。それじゃがんばって」

 

 来た時よりは少し元気になって、元二組の代表は自分のクラスに戻って行った。

 さて、どこから手をつければいいか。

 

「か、甲斐田君……どうするの?」

「よし、じゃあ谷本さんは職員室行って鈴の情報を盗んできて」

「了解ですっ!」

「えっ?」

 

 そんなことできるかと言うと思ったのに、あろうことか谷本さんは俺に敬礼して疾走して行った。

 

「待った! そんなことできるわけないって普通思うでしょ! というかそれ以前に鈴の情報とか意味不明だし!」

 

 慌てて俺は後を追い、初っ端から実に無駄な時間と体力を浪費する羽目となってしまった。

 

 


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