IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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31.きっと、俺の中には予感があったのだろうと思う。

 

 

 

 きっと、俺の中には予感があったのだろうと思う。

 

 

 

 だからこそ、俺は誰よりも早く行動をすることができた。

 だからこそ、俺はギリギリのタイミングでクラスメイト達をアリーナの中に送り込むことができた。

 

「岸原と布仏は?」

「足手まといになるから待ってるって」

「そうか、ならばこれが現状の戦力か」

 

 アリーナの中に入ることができたのは篠ノ之、オルコット、相川、鷹月、四十院、谷本、そして俺。

 一方の相手は四機。かろうじて数だけは上回っているが。

 

「おい俺を忘れるなよ」

「あたしも……と言いたいところだけど、ごめん。シールドエネルギーはともかく本体の方がほとんどないの。智希が期待する動きはできそうにないかも」

 

 鈴は一夏にエネルギー無効化攻撃で思いきりぶっ飛ばされたので、シールドエネルギーはあるが本体のエネルギーがないという非常に不安定な状態だ。はっきり言って装甲を抜けられた瞬間に落ちる。

 

「厳しいね。一夏はどれだけエネルギー残ってる?」

「俺はやれるぞ」

「そういうことじゃなくて、残りは?」

「う……本体はまだまだある」

「シールドエネルギーは?」

「さっきのでもうあんまり残ってない……」

 

 エネルギー無効化攻撃を出せない紙装甲状態か。これもまた厳しい。

 

「でも智希、あんたがやれって言うならあたしはやるわよ」

「俺は言われなくてもやるぞ。エネルギー無効化攻撃を使わなくたってやれることは十分ある」

 

 鈴はともかく一夏は紙装甲の分際で何を言うかという話だが、経験値だけなら一夏はこの中で群を抜いている。

 ひよっこだらけのこの状況ではそれでも頼りたくなってしまう存在だ。

 

「甲斐田、向こうの大きい一体はおそらくこちらへ向かって来ないと思う。その前にいる三機が守るような形だ」

「乱入しておきながらすぐに攻めて来ないってのはそういうことなのかな」

「あの一番大きなISは何か別の役割がありそうですわ。先程から左右に首を振っていますし、誰もこの場に入れないどころか音まで遮断するバリアを維持しているということもありそうです」

 

 ならば現状気にすべきは三機か。一番後ろにいる一回り大きな親分機が何か目的を持っていて、前にいる子分三機がその護衛。攻めてこないのはこちらが攻める姿勢を取っていないから。

 それならいっそ一夏達が回復するか外にいる警備の人達がこのバリアを突破するまで待つかと思ったが、しびれを切らしたかのように子分機が動く姿勢を見せる。

 駄目だ、これ以上考える時間はもらえないようだ。

 

「よし、一夏と鈴は後ろに下がってエネルギーの回復に努めて。まず僕らで前にいる子分機を何とかしよう」

「なんだそれ!」

「智希がそう言うなら従うわ」

 

 俺はあえて二人を外すことに決めた。

 

 

 

 

 

 それらはいきなりやって来た。

 数千人から見られていたことを今さら思い出した鈴がひとしきり悶えた後だった。

 モニターの向こうが急に明るくなる。何だと思えばアリーナ全体を覆っていた安全のためのバリアが解除されてしまったようだ。そして空に四体の異様なISが浮かんでいた。

 

「みんな来て! 一夏達を守る!」

「甲斐田君!?」

 

 俺は返事も聞かずに待機室を飛び出し、隣の格納庫へと駆け込む。

 ここには専用機を持たないクラス代表用の量産機が置かれていた。

 

「甲斐田! どういうことだ!?」

「なんでもいいからISに乗ってすぐ外に出て!」

「外ですか!?」

「そうだ! 一夏達が危ない!」

「な、なんかよく分かんないけど分かった」

 

 やはりすぐ俺に反応できたのはパイロット組だった。

 有無を言わせない俺の剣幕に、首を傾げながらも近くにあるISに乗る。オルコットは自分の専用機を展開させた。

 

「周りのことはいいから急いで! 出たらすぐ一夏達のところへ!」

「分かりましたわ!」

 

 専用機のオルコットが扉を開けて出て行く。閉じられる前に何人送り込めるか。

 

「甲斐田君!?」

「何が起こっているのですか!?」

「いいからIS着て武器持って外!」

「もしかして私の見せ場到来!?」

 

 遅れて指揮班と衛生班が入ってくるが俺はただ同じ命令をするだけだ。同時に俺も自分が乗るISを探す。隅にあった打鉄が目についたのでそれにする。

 

「甲斐田、先に行くぞ!」

「行っきまーす!」

 

 篠ノ之さんと相川さんが出て行く。二人とも打鉄だ。篠ノ之さんはそれしかないが相川さんもこの中での自分の役割を理解してくれているようだ。この二人が前衛になるのははっきりしている。

 

「甲斐田君!」

「急いで!」

「すみません! 私達は足手まといにしかならないので残ります!」

「かいだー、ごめんなさい!」

 

 俺を横目に鷹月さん四十院さん谷本さんが出て行く。鷹月さんがラファール、四十院さんがメイルシュトローム、谷本さんが打鉄か。三人の言いたいことは分かった。

 

「分かった。じゃあクラスのみんなと合流しておいて」

「はい! すみません!」

「かいだー、がんばって」

 

 二人ともいつも通りの表情だ。岸原さんが泣きそうで、布仏さんは笑顔。非日常な光景の中なのにいつもの顔を見られるとはなんか変だなと思った。

 

 

 

 

 

「それで、どうやって戦うの?」

「七対三と考えれば二対一を作るのがセオリーでしょうか」

「ごめん、議論してる暇はない。悪いけど僕が決める」

 

 反論はない、というかこの場でさせるつもりもない。

 この状況で考えながら行動しろとか絶対に無理だ。ならば一番役に立たない俺が考えることは全部引き受けるしかない。

 

「篠ノ之さん、悪いけど西側の、仮に子分機Aとするけどそれを一人でお願い」

「甲斐田君!?」

「了解した」

「倒せとは言わない。持ちこたえてくれるだけでいい。その間に他を落として助けに行く。ただしそれは最後だけど」

「今は期待の現れだと素直に受け取っておこう」

 

 俺はあえてこの場の最強戦力を一対一でぶつけることにした。他が心もとない以上任せられる分は任せたい。

 

「一番東の子分Cは相川さんにお願いする。これも倒そうとか考えなくていい。まず回避、どうしても無理なときは防御。攻撃は一切考えてなくていい」

「それだけでいいならやってみせる」

「相川さんのサポートに鷹月さん。攻撃じゃなくて牽制だけ考えて。相川さんを後ろから守ることを第一に」

「わ、分かった」

 

 相川さんもそれなりにはやってくれると思うが、いかんせん向こうの実力が分からない。もちろん篠ノ之さんで持ちこたえられないようならもう俺達に勝ち目はない。だがそれが可能ならサポートをつければ相川さんなら何とかできるだろう。

 

「最後に真ん中にいる子分Bを残りのみんなで。谷本さん、きついだろうけど前に出て。相手の攻撃を回避すること以外は何も考えなくていいから」

「まっかせて! ヨユーヨユー!」

「四十院さんはそのサポート。危ないと思ったら自分に引きつけるくらいの気持ちで。距離は取ってていいから」

「了解しました」

「そしてオルコットさん、出来る限り早く真ん中の子分Bを落として。後先は考えなくていい。攻撃だけを意識して」

「そういうことですか。十分理解できましたわ」

 

 矢継ぎ早に俺は指示を出す。連携なんてどう考えたってできるわけがない。ならば全員一つのことだけに集中させよう。一夏ではないが、余計なことなど気にせずそれだけを考えていればこの人達ならそれなりにできるはずだ。

 

「気にするのは自分の目の前だけでいい。何かあるときは僕が指示を出す。そして無理なら無理でいいから声を出して。無理された挙句やられる方が困るから」

「始まる前から心配するな。必ずやり遂げてみせよう」

「うん。いざとなったら一夏と鈴を前に出す。だからみんな、まずは自分のやるべきことだけに集中して。さあ行こう!」

 

 ほとんど相手も動き始めていたのでギリギリだった。

 俺の掛け声に合わせて全員が散開する。

 まず何より前衛が持ちこたえられるか。これができないようであればもう親分機を速攻で一夏と鈴に落とさせるしかない。

 

「来い! お前の相手は私だ!」

 

 来いと言いながら篠ノ之さんが西の子分Aに向かってイグニッション・ブーストで突っ込む。

 相対する子分Aは切りかかってくる篠ノ之さんをその長い腕で払いのけようとする。そう、この異様なIS達は武器を持っていない。見るからに体と一体化していた。

 そもそもISは顔を出さなければならないという規定があるのに、隠している時点でこのIS達は普通の存在ではない。そして顔どころか全身を物理的な装甲で固めて、相当に硬そうだ。打鉄と同等以上で考えて間違いない。一方武装は長い腕の先に爪のような形の大きな刃が付いている。親分機の護衛ということからも近接系と考えていいだろう。爪の二刀流、そして威力は見るからにあるという感じか。後は銃が内蔵されているかどうか。

 

「甘いなっ!」

 

 長い腕を振り回した子分Aに対し、篠ノ之さんは直前でイグニッション・ブーストを解除してタイミングをずらした。そして空を切って無防備となった子分Aの胴体にブレードを叩きつける。それは完全な直撃となって子分Aをふっ飛ばした。

 

「これは意外といけるか?」

 

 何も言わなかったのに、篠ノ之さんは俺の意図を正しく理解していた。

 こちらが連携をできないのは仕方ないとして、問題は相手の方に連携されてしまうことだ。だからそうさせないように、相手の三体をそれぞれ仲間から引き離す必要があった。

 俺は様子を見て左右を中央から少しづつ離れるよう指示するつもりだったのだが、篠ノ之さんはまずそれを最初にやった。逃げ回りながらではなく攻撃によって行ったのは性格的なものか。

 まったく、攻撃は考えなくていいと言ったのに。きっと一人で大丈夫だということを俺に示したかったのだろうけれど。

 

「となると次は東……」

 

 さすがに相川さんは篠ノ之さんのようにはいかないようだ。回避するだけで手一杯か。

 だが鷹月さんのサポートがあるのでそこまで危ない事態ではなさそうだ。ラファールに乗った鷹月さんはその手に持った銃でひたすら子分Cの腕を狙っている。全く効いてはいないが、子分Cの煩わしそうな様子を見るに十分邪魔はできている。

 

「相川さん! 逃げるときはできるだけ外に!」

「はいよ!」

 

 時間稼ぎだけなら問題ないと判断して俺は指示を出し、最重要な中央を見る。ここをいかに早く落とすかも大事なのだが、何より気になるのは前衛の谷本さんだ。一夏にかかりきりで自分の訓練などロクにできていないので、果たしてどこまでやれるか。打鉄を選んで本人もやる気だったので任せることにしたが、正直一番不安な場所だ。

 

「はっはっは! その程度で私を倒そうなど百年早い!」

 

 全然余裕そうだった。

 谷本さんはクネクネした変態的とも言えそうな動作で、ぬるぬると動いて子分Bの攻撃を回避している。

 打鉄とはあんなおかしな動きをするISだっただろうかと、どうでもいい疑問が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 ともあれ、まず戦線を安定させるという俺の最初の目標は達成できた。

 相手の戦力はどの程度かと、こちらがどこまでできるかという事実だけは把握しておかなければ先へは進めない。

 そしてこの間に俺は次の展開や突破口を見出しておかなければ。

 

「おい智希、そろそろ出ちゃダメか?」

「何バカ言ってんのよ。あたし達が必要になったら智希が呼ぶから、それまでは体を休めてエネルギーを回復させる!」

「そんなの分かってるけどさ、でも目の前でみんなが必死になってるのに指咥えて見てるとか嫌に決まってるだろ。じっとしてられないって言うか……」

 

 だと言うのに、後ろが騒いで俺の思考を邪魔する。

 しかしこれはそのままにしておけない。放っておいたら一夏は我慢できずに飛び出してしまう。

 

「鈴、一夏を捕まえて動けないようにしておいて」

「えっ!?」

「おい何言い出すんだよ!」

「ガシッと全身で捕まえて、僕が言うか鈴が我慢できなくなるまで動かないように」

「わ、分かった!」

「あっ! ちょっとおい鈴!」

 

 見えないが、鈴は一夏を後ろから抱きしめる形で動けないようにしたのだろう。

 鈴よ感謝しろ。さっきのご褒美だ。

 

「おい智希! お前は平気なのかよ!」

「平気も何も僕は役に立たないからむしろ前に出る方が邪魔だもの」

「んなことねえよ! 離れて銃を撃つとかできることはあるだろ!」

「まず無理。なぜならこの打鉄はどうも故障機みたいだから」

「はあ!?」

「乗る前に機体の整備状態を確認するのは基本中の基本でしょ! あんたこんなときに何やってんのよ!」

 

 まったく鈴の言う通りだ。

 格納庫の隅にぽつんとあったのだが、きっとそれは故障中だからと離してあったのだろう。乗ってすぐエラー表示に気づいたが、時間もないしどうせ自分は戦力にならないからいいかと思ってそのままにしてしまった。

 だが動かすのにいちいち重くて仕方がないので、これは完全に失敗だったと言える。

 

「智希、お前これ終わったら特訓な」

「そういえばこいつISに乗れるくせに全然訓練とかしてないわね。いいわ、あたしがゼロから鍛えてあげようじゃない」

 

 後ろでどうでもいい会話が繰り広げられているが、とりあえず一夏の意識をそらすことには成功した。

 できれば一夏はこのまま休ませて奥にいる親分機を落とさせたい。見るからに超硬そうな相手なのでエネルギー無効化攻撃は必須だし、親玉を一夏が倒すというのは絵的にとてもいいからだ。

 そのためにも子分機は今ある戦力でどうにかしたい。

 

 改めて、戦況を確認してみる。

 西側の篠ノ之さんは攻撃をしたのは最初だけで、それからは完全に守勢に回っている。

 もちろん俺の指示というのもあるが、どうしても意識が防御に傾いている分攻撃までは手が回らないのかもしれない。

 もしかしたらもう少し思い切って無理をすればいけるのかもしれないが、今の篠ノ之さんの役割は耐えて相手を引きつけておくことだ。相手を倒すことよりも自分が倒されないことの方が重要なのはしっかり理解している。おかげで防御面については全く問題なさそうだ。

 

 一方東の相川さん達はそこまで余裕を持てていない。

 相川さんは満遍なくやれる万能型だが近接をそこまで得意としていない。鷹月さんは指揮班だったので訓練の絶対量が少ない。

 安全第一でやれている今はまだ問題ないが、そのうち疲れてくると体の方が追いつかなくなってしまうかもしれない。

 やはり早く中央を潰して援護する必要がある。

 

 そして最重要な中央。こちらは残念ながら攻撃の方がうまく行っていない。

 防御についてはまず問題ない。谷本さんが想像以上に動いてくれているというのもあるし、ここは三対一だ。

 サポート役の四十院さんは自分もまた的になるとばかりに子分Bの視界にわざわざ入って引きつけようとしている。支援型のメイルシュトロームを選んだ時点でてっきり前に出るつもりはないのかと思ったが、積極的に前に出て相手を撹乱しようとしていた。おかげで子分Bは攻撃対象が二つできてしまいどちらかを集中して攻撃できていないようだ。

 それなら後はオルコットのレーザー攻撃……だったのだが、これがなかなかうまく当てられない。

 一番の問題は味方の連携が取れていないことだ。オルコットは谷本さんと四十院さんの合間をぬって攻撃するしかないのだが、それでは味方が邪魔になって得意とするビットによる複数同時攻撃が行えない。オルコットも最初はビットを出しての攻撃を試みていたのだが、そのうち諦めてビットをしまい自身の持つ大型レーザー銃のみで狙うことに切り替えた。

 だがそれだけでは子分Bの方も反応できて回避を試みてしまうという状況だ。

 

 要するに、攻撃の手数が足りない。

 俺がオルコットに期待していたのはその攻撃力だ。特にレーザーによる貫通攻撃は装甲の硬い相手に対して相性がいい。だからオルコットに全力で攻撃をさせれば一体くらいなら落とせるだろうと算盤を弾いていた。

 だがそうそう思い通りにはいかないというのが世の常だ。もちろんオルコットもがんばってはいるが、どうしても攻撃力が半減した状態だ。そのうち倒せるかもしれないが、手数の減った分時間がかかってしまうだろう。そしてその前に相川さん達が落ちてしまってはそれどころではなくなってしまう。

 やはり俺が状況を動かさなければならない。

 

 ならば、四十院さんも攻撃に回すか。想像以上に谷本さんがよくやってくれているので、それなりにうまくいくかもしれない。四十院さんを少し後ろに下げればオルコットの自由も広がる。子分Bは攻撃に対しておそらくハイパーセンサーで感じ取って回避をしようとしているから、四十院さんに攻撃をさせてもそれなりの牽制にはなりそうだ。

 一番の問題はここから唯一の的となってしまう谷本さんがどこまで耐えられるか。今のところ問題はなさそうだが、どうしても集中力に限界はある。経験がないのでペース配分などとても考えられていないだろう。もし短期で落とせなかった場合は一気に不利な方向へと針が傾いてしまう。

 攻撃と安定のどちらを取るべきか。

 

「智希、一つだけ聞かせてくれ。このままでいいのか、いけないのか」

「一夏?」

「その通りだね、やるしかない。四十院さん! 距離取って! ここからは牽制じゃなくて攻撃を!」

「了解です! レーザー銃は用意してあります!」

「谷本さん! ここからは一人だ! 集中して!」

「はいはいー! 万事お任せあれー!」

 

 そんな軽く返されると本当に大丈夫かと不安になってしまうが、言い切る以上は信じるしかない。

 そして四十院さんがレーザー攻撃を持っていたのは僥倖だ。攻撃をするならそっちの方がいい。

 

「オルコットさん! 全力で!」

「ありがとうございます!」

 

 四十院さんが離れると同時にオルコットはビットを展開し、子分Bに向かってレーザーの雨を降らせる。よく見ればビットの数が五つに増えていた。谷本さんが大慌てでそこから離れようとし、子分Bは谷本さんを追って攻撃するか回避するかの判断が遅れる。そして躊躇した結果、子分Bは回避しきれずにレーザーの雨を浴びることとなった。

 

「よっしゃ!」

「こら一夏! ISに乗ったまま自分の手を叩くとか殴るとかしない。生身の体じゃないんだから、そういうのでもシールドエネルギーは減っちゃうのよ」

「そうだっけ、確かにそりゃよくないな。気をつける」

 

 その瞬間、俺の中に違和感が走った。

 これもまたおかしい。明らかに矛盾している。

 なぜわざわざそういうことをする。

 

「あれ、そうするとおかしくないか?」

「何がよ?」

「あのISって武器が体にくっついてるけど、あれで攻撃したら自分を傷つけるようなもんじゃないのか?」

「そういえば……」

 

 人間拳で壁を殴ったら痛い。つまり自分もダメージを受ける。だから人は道具を使う。ISだって同じだ。攻撃したのに自分のシールドエネルギーを減らしてしまっては本末転倒だから、ブレードを用意する。一夏のエネルギー無効化攻撃とは全く話が別だ。

 それなのにあのIS達はわざわざ武装を体と一体化させてしまっている。そうするメリットは何だ。それともそうしなければならなかったのか。

 

「智希、分かるか?」

「今考えてる」

「そ、そうか」

「確かに変ね。装甲を売りにするような機体なのに、自分の攻撃が当たったらシールドエネルギーが減ってしまう……。どういうことだろう?」

 

 攻撃すればするほど弱くなってしまうISなど聞いたことがない。というより存在する意味がない。一夏の場合は強大な効果を発揮させるための対価だ。つまりあのIS達も同じ理由だろうか。

 それ自体にメリットもなさそうなので、何かの対価としてあの状態が生まれている。ではそれは何だ。

 

「でもこっちに不利じゃないならいいことだろ。むしろそれならみんなが疲れる前に一気に畳み掛けたほうがよくないか?」

「それ要するにあんたが出たいってことでしょ」

「いや、それがないとは言わないけど、でもあいつらそこまで強くないぞ。攻撃が雑だからみんな避けられてるし、そもそも反応がよくないっていうか遅い」

「そうね、クラス代表ぐらいの力があれば一対一なら勝てない相手じゃないかもね」

 

 万全の一夏や鈴であれば一対一で勝てる相手か。

 確かに、篠ノ之さんは例外にしても相川さんや谷本さんといった初心者とそこまで変わらないレベルでもそこそこやれているというのはれっきとした事実だ。

 ここにあのIS達を送り込んだ人間はそれは理解していたか。もちろんそうだろう。つまりリーグマッチの出場者ならこのISでも勝負になると考えた。蹂躙をしに来たわけではない。ならば答えはそういうことか。

 

「一夏に鈴、そこまで言うからには実際にやってくれるんだろうね?」

「お、もしかしてようやく出番か!」

「落ち着きなさい一夏。智希、でもあたし達さすがにこの時間じゃそこまで回復はしてないわよ。それは理解してる?」

「もちろん。その上でだ」

「分かった。じゃあ何をすればいいの?」

 

 一夏は紙装甲、鈴はエネルギーなし。この状態だからこそ俺は二人を出すのを躊躇っていた。だが本人達がその目で見ていけると思うのであれば話は別だ。

 一試合終えた後だったので精神的な疲れも心配だったが、この分なら要求もできる。

 

「一夏は相川さんと交代して。ただし全回避が条件だ。攻撃しなくていいから一発ももらわないこと。できる?」

「さっき鈴相手にやったことだろ。やってみせる」

「あたしは?」

「鈴にはかなり難しいことを……しまった!」

 

 ギリギリで遅かった。ついに相川さんが捕まってしまった。

 連撃を回避しきれず二発目を腹にもらってふっ飛ばされた。

 一番気をつけていたはずなのに、思考に嵌って観察が疎かになってしまった。

 

「一夏!」

「任せろ!」

 

 間髪入れず、一夏がイグニッション・ブーストで子分Cに向かって突進する。

 そして相川さんにとどめを刺そうとしていた子分Cに斬りかかり、打ち合いが始まってその間に相川さんはかろうじて脱出した。

 

「相川さん! 下がって!」

「でも!」

「後は一夏がやる! 今は下がって呼吸を整えて!」

「……うん」

「鷹月さんも下がる! 一夏に任せて大丈夫だ!」

「でも私はまだ……分かった」

 

 不満そうだがそれでも二人を下がらせる。

 完全に俺のミスだ。俺の目にはもう少し行けそうに見えていたのだが、既にギリギリだったのだ。もっと余裕のあるうちに交代させるべきだった。あるいは最初から一夏を出しておくか。

 だが反省は後だ。今は戦線が壊れなかったことでよしとするしかない。

 

「智希、今ので変更ある?」

「ない。というかむしろ早める。鈴は真ん中を相手にしてる打鉄の谷本さんと交代して。ただし条件をつける」

「何よ?」

「回避じゃなくて受けて。青龍刀の二刀流で、子分Bの攻撃を受け止めて欲しい。でも自分の体でもらうことは許さない。そうなったら自分が終わりなのは分かるよね?」

「そういうこと。攻撃を受け止めればそれで相手の装甲を削れるってことね。いいわ、完璧にこなしてみせる」

 

 もちろん完璧にこなさなければ自分が沈むだけなのだが、鈴はあえてそれを口にする。

 やれるという自信があるのだろう。

 

「じゃあ鈴!」

「任せて!」

「谷本さん! 鈴と交代!」

「まだまだできますって!」

「駄目! 代わる!」

「えー……」

 

 あからさまに不満そうながらも、谷本さんは鈴と入れ替わった。

 しかしあれだけ動いてまだやれるとは意外とやるな。

 

「もう、ここからが私の見せ場だったのに……あれ?」

「あ、鷹月さんあれを回収!」

「えっ!? うん……」

 

 前線から離れた途端、谷本さんの膝が崩れた。集中が切れてすぐそうなるとは、やはり谷本さんも限界だったのだ。

 残念ながら俺にそこまで見分ける目はなかった。

 

 

 

 

 

「篠ノ之さん! 悪いけどもうしばらくかかる! 無理なら言って!」

「馬鹿を言うな! この程度でくたびれてしまうような鍛え方はしていない!」

 

 実を言えば無理だと言われてしまったら非常に困ってしまうので、今はその言葉を信用するしかない。

 もっとも救援が最後になることは伝えてあったので、持久戦の覚悟と準備はしてくれていただろう。攻撃を捨てて省エネに徹しているようだし、もう少し持ちこたえてくれると目を瞑るしかない。

 

「甲斐田君、この二人は?」

「相川さんも谷本さんもお疲れ。と言いたいけど、今は自分の体力を回復させることだけ考えて。できれば親分機をやるときに復活してくれると嬉しい」

「うん……」

「はい……」

 

 二人とも気持ち的に落ちてしまっているか。役割をこなせなかったと自分自身に対して落胆してしまっているのだろう。

 それを言えば俺の見積もりが甘かっただけでしかないのだが、二人に謝るのは終わってからだ。

 反省をするのはここを切り抜けてからでいい。

 

「甲斐田君、それでどうするの? このまま続けて大丈夫?」

 

 鷹月さんの言葉が俺を現実へと引き戻す。

 ついに一夏と鈴まで投入してしまった。二人抜きで子分機をどうにかするどころではない。最初の一体すらまだ落とせていない状況なのだ。

 それでもはやる気持ちを抑え、ひとまずは鷹月さんに現状を伝えて認識させる。

 

「とまあ今はこんな感じ。だからオルコットさんと四十院さんに早く落として欲しいんだけど……」

「地道に装甲を削っていくよりは断然早いと思うけど、それでも装甲の硬い相手に対して時間がかかるのは仕方のないことよ」

「鈴に攻撃を受け止めさせて装甲も削ってるからもう少し早まるとは思う」

「それなら私も出ようか? 気持ち程度にしかならないとしても」

 

 今中央の子分Bに対する状況としては悪くない。鈴がその場から動かずに攻撃を受け止めてくれていることで、子分Bもその場に留まっている。だからオルコット達も狙いやすくなっている状態だ。さっきよりは断然攻撃を命中させている。

 

「いや、どうせ出るなら装甲が全部削られてからでいいよ。そうなれば全員で集中攻撃して一気に沈める」

「そう、分かった。ひとまず織斑君も篠ノ之さんも問題はなさそうね。今は待つしかないか」

「鷹月さんは状況の変化を見ておいて。さっき相川さん達に気づけなかったのは僕のミスだ。この間に僕は次を考える」

「そういうこと。了解」

 

 そのまま一夏のフォローをさせず鷹月さんを下げたのはこのためだ。俺の相談役に加えて周囲を観察する目をやってもらう。

 安全圏にいるというのに俺もまた思考と観察のバランスが取れていない。思考に没頭しかけてこの事態を招いてしまった。だから今は考えることだけに集中したい。

 紙装甲といえど一夏も相川さんでやれる相手なら全回避を要求しても問題ないだろう。

 

「現状前衛に問題はなし。篠ノ之さんはまだ息も切らしてない。織斑君はかなり余裕。凰さんは完全に相手の攻撃を見切ってる」

 

 それならこの後は予定を変えて篠ノ之さんの方を救援しよう。放っておくなら防御に専念する篠ノ之さんよりも回避特化の一夏の方が信頼性は高い。むしろ篠ノ之さんには攻撃を担ってもらいたい。相手が硬い以上高威力のブレードでぶっ叩くのもまた有効だ。それに一撃でももらったらアウトの鈴を前に出し続けるのもまた怖い。専用機の鈴はそこまで回避ができないのだし。

 

「攻撃の方も問題があるってことはないわね。被弾した時の反応から子分機Bは確実にダメージを受けている。無理に何かをしなくてもこのままやっていれば落ちると思う。そもそもあのISって私達みたいに目の前しか気にしてないみたいだし」

 

 確かにそれは本当に助かった。向こうもまた初心者レベルであってくれていたがゆえに、俺達はここまでやれている。

 一夏などは今や完全に相手を格下扱いしている。バランスが崩れると怖いのでやらせないが、この分なら攻撃までさせてもそれなりにやってしまうのではないかとさえ思う。

 三体送って一夏と鈴の相手をさせようとしていたくらいだ。一対一なら確かにこちらの方に分があるのだろう。

 

 と、俺の中に疑問が浮かぶ。

 それならあのISに乗っているのはいったい誰だ。

 初心者程度の腕しかないのに難攻不落とも言えるIS学園に乱入までしている。入る手段は用意されていたとしても、この後どうするつもりだ。俺達を人質にでも取るつもりか。いや、それすらできない程度ではないか。

 乱入するときは不意をついたのでいいかもしれないが、逃げる場合はそうもいかない。それに顔を隠してIS学園に乱入など全世界に指名手配されてしまう次元の話だ。普通に考えて逃げきれるはずがない。

 ここにあのISを送り込んだ側の意図はおおよそ想像がついている。何かの実験か、パフォーマンスか、一夏の実力を測りたいか、もしくはその全部だ。では送り込まれた側としてはどうなる。最初から逃げるつもりがないのか、それとも逃げる必要がないのか。

 

「鷹月さん、ちょっと実験をお願いしたいんだけど」

「実験!? 今のこの場で何を言ってるの!?」

「もちろん自分でやれればよかったんだけど、僕が乗ってる打鉄は故障してるみたいなんだ。だから五体満足な鷹月さんにお願いしたい」

「待って、そういう話じゃなくて、実験なんて今やってる場合なの!?」

「確証が欲しいんだ。別に難しいことをやれって話じゃない。やって欲しいことは一つだけ。ここから奥にいる親分機に向かって攻撃を仕掛けて欲しい」

「ちょっと待って。だから何がやりたいのかさっぱり分からないんだけど」

「ごめん。一から説明してる時間が惜しい。後で説明はするからやるだけやってもらえない?」

 

 本当に、故障機を引いてしまったのは失敗だった。

 思ったことをすぐさま実行できないのがこんなにもどかしいとは。

 

「銃を構えるくらいなら自分でもできるんじゃ……」

「それがさ、多分それやると一番近くにいる子分機が襲ってくると思う。だからまともに動けない僕だと逃げられない」

「何それ……って言いたいけど、もう今はいいわ。詳細は後で聞くとして、それなら甲斐田君からも離れるわね」

「あ、そうだった。近くにいたらついでにやられる可能性があった。じゃあ篠ノ之さん側に寄って。一夏よりも不測の事態に対処できそうだから」

「了解。というかそれだと私も全速で逃げないといけないわね」

 

 文句を言いながらも鷹月さんは西側へと移動する。そして子分Aからある程度の距離を取った上で、自分の銃を親分機に向かって構えた。

 

「なんだ!?」

 

 途端に子分Aが目の前の篠ノ之さんを無視して鷹月さんに襲いかかる。それを見て鷹月さんはすぐさま攻撃態勢を解き大慌てで逃げ出した。

 

「よし! 予想通りだ! 篠ノ之さんごめん! それよろしく!」

「甲斐田! 今度は何をした!」

「実験成功と今後の方針が見えた!」

「そういうのはやる前に言え!」

 

 ごもっとも。

 篠ノ之さんはすぐさまイグニッション・ブーストで突っ込んで後ろから子分Aに斬りかかり、なんとそのまま無防備な背中へとブレードを叩きつける。子分Aはふっ飛ばされるもすぐに立ち上がり、鷹月さんのことなど忘れたかのように再び篠ノ之さんと相対した。

 これは思わぬ副産物だ。

 

「あー……怖かった。甲斐田君、どういうこと?」

「一言で言うと、あのISはバカだってこと」

「バカ!?」

 

 命令されたこと以外何もしないというのはバカだと言っていいだろう。

 しかも最優先の命令がされるとそれしかできなくなるなら視野狭窄もいいところだ。

 

「あの子分機を動かしてるのは人間じゃない。あのISは要するにロボットだ。そしてそいつらに命令をしているのが奥にいる親分機なんだ」

 

 親分機は自分が攻撃されそうになったら子分機に守らせようとするだろうと思ったが案の定だ。

 ISは何より搭乗者を守るという特性から、自身に対する攻撃行動をすぐ感じ取って搭乗者に教えてくれる。そして親分機は全く届かない距離だというのに攻撃されようとしているというだけで過剰とも言える反応を見せてくれた。そのまま放っておいてはいつか攻撃されてしまうと判断したのだろうけれど。

 この分ならあの親分機は複雑なことなどとてもできない。今も子分三機に命令するだけで手一杯だ。そして自身は攻撃どころか自衛の手段さえ持っていないだろう。ここまで見ていても乱入しておきながらいくらなんでも無防備過ぎる。

 親分機は始まってからずっと、その場から動かずに突っ立って首を右に左にと振るだけだった。

 

 

 

 

 

 ISは人間、それも女性でないと動かせない。

 これはISが開発されてから全く変わらない事実だった。

 IS研究者どころか開発者たる篠ノ之束博士にさえどうにもできないことで、そもそもどうにかする以前になぜそうなのかが分からないという有様だ。

 たとえスーパーコンピュータを使って擬似的な人格を作っても、ISは起動しかけてもすぐに止まってしまうという現象が繰り返された。

 ISを動かすには心が、それも女性という優れた心でなければならないのだと、女性上位主義者達は鼻高々に喧伝していた。

 

「ここにあのISを送り込んだ人は、ISを動かすには男性どころか女性どころか人間である必要さえないって言いたいんだろうね」

「だから男性である織斑君が優勝を決めたタイミングで乱入してきたと……」

 

 武器を扱うことさえできないレベルであるとはいえ、操縦技術的にどうかというのは全く問題ではない。人でなくてもできるかできないかだけの話なのだから。

 そしてできてしまった以上は、もはや男がISを動かせることに何の意味があるのかという方向へと発展していくのだろう。

 

「まあ外野の話はどうでもいい。今大事なのはこれで完全に勝ちの道筋が見えたってこと。脊髄反射的な行動をするのならそれを利用するだけだ」

「今私がやったこと?」

「そう。しかもその間は完全に無防備になるみたいだ。こんなおいしい手を見逃すわけはないよね」

「となると……真ん中が落ちて人に余裕ができた時から勝負ね」

 

 さすがに鷹月さんも自分でやったからにはよく分かっている。

 囮を一人置いてその人が狙われているうちに後ろから全力攻撃を浴びせればいい。何しろ親分機を守ろうと脇目も振らずに突っ込んでくるのだから。

 

「囮となる前衛は誰がいいかしら?」

「回避よりも受けてくれた方がいいね。万全なら鈴だけど、今は篠ノ之さんかな」

「なら真ん中が落ちたら次は西ね」

 

 やはり一人で考えるよりは会話した方がスムーズでいい。変な方向に流れなくて済むし、何より判断の正しさを確認できる。

 時間がなかったとはいえ、一夏と鈴を温存する判断も鷹月さん達と会話をしていたらまた別だったかもしれない。

 

「いや、ただこのまま待っているくらいなら真ん中の子分Bにもやってしまおう。四十院さんに一回だけ囮をやってもらって、集中攻撃してもう一気に沈めようか。事前に分かってたら心の準備もできるだろうし、無防備な相手なら後ろから鈴の青龍刀も当てられる」

「なるほど、私でもできたし確かに距離があれば大丈夫そうね。それならみんなに一度説明をして……あっ!」

「鈴!」

 

 突然鈴の体が上空に投げ出された。アッパーのような下からの攻撃をもらってしまったか。

 そうか、二刀流の鈴はクラス代表レベルまではなかったのか。だから立ち止まって何十発も受け続けていてはいつかもらってしまうこともあり得たのだ。

 しかしまずい。今この瞬間前衛が足りない。戦列を離れて気持ちが切れた相川さんと谷本さんはおそらくもう戦力にはならないだろう。

 

「させません!」

 

 鈴に追撃をしようと飛び上がった子分Bに対して四十院さんが銃撃を打ち込む。装甲がもうなくなっているのだろう、子分Bはそれだけでよろけて体勢を崩した。

 つまりもう一息で落とせる。ならば。

 

「僕が引きつける! みんなは全力で攻撃を!」

 

 重い体を前に出し、俺は奥の親分機に向かって銃を構える。すると思い通り、子分Bは俺に向かって突っ込んできた。

 どうせ戦力外の身だ。一撃くらいもらっても何も変わらない。

 

「何してる! 早く!」

 

 だがオルコット達の方が反応できていない。先に説明をしておけばよかった。

 子分Bが迫ってくる。形だけでも回避行動を取るか。いや、やるだけ無駄だろうし俺に攻撃しようとしているうちはこいつは回避しようとさえしない。このまま喰らってやろう。

 俺のもう目の前に来たところで、ようやくオルコット達の攻撃が子分Bの背中へと叩き込まれる。だが子分Bは明らかにダメージを受けながらも構わず俺の対してその左腕を振り抜く。

 

「甲斐田君!」

 

 衝撃を感じると共に俺の体は勢いよく飛ばされた。自分の体が地面をものすごい速度で転がっているのが分かる。

 だがさすがはIS、全く痛みを感じない。ISに乗っているというのは超分厚いクッションに包まれているようなもので、攻撃を受けたという感覚はあっても痛みにまでは至らない。

 搭乗者の安全を守ることにかけては何より優秀だと言われているだけはある。

 

「甲斐田君!」

 

 鷹月さんの声で我に返る。そして勢いが弱まったところで踏ん張って止まった。

 顔を上げると泣きそうな顔になっている鷹月さんがいた。確かに目の前であんな光景を見せられたら心配にもなるか。

 

「大丈夫!?」

「うん、なんとか。それより子分Bは?」

 

 鷹月さんが向いた方向を見やると、子分BらしきISが地面に倒れ伏している。そして必死な顔でこっちに向かってくる鈴がいた。とどめを刺したのは鈴か。というか大丈夫だったか。

 

「智希!」

「なんだ、鈴は大丈夫だったんだね」

「それはこっちのセリフよ! あんた故障機のくせして何やってんのよ!」

 

 何をするも何も鈴がぶっ飛ばされたのでその尻拭いをしたとしか言いようがないが。

 ただそういう正論は鈴の感情を逆撫でするだけだということを俺は知っているので、口にはしない。

 

「よし、ようやく一機落とせたね。鈴はまだやれるの?」

「あんたねえ……まあいいわ。装甲はあったし、それに最初休んで回復したおかげでギリギリ残ったわよ。もう一発ももらえないのは事実だけど、動く分には問題ないわ」

「それなら鈴は後はもう攻撃のことだけ考えよう。無防備な背中に向かって青龍刀で叩くだけだ」

「何よそれ?」

「次からは篠ノ之さんを囮にして……あ、今どうなってる?」

 

 俺は西側、篠ノ之さんのいる方に飛ばされていたようだ。

 だが近くにいる篠ノ之さんは相変わらず一人で戦っている。オルコットと四十院さんは一夏に加勢していた。

 そうか、篠ノ之さんは最後にすると言ったからそれに従ったか。

 

「鷹月さん、さっき話した通りにするから、オルコットさんと四十院さんに説明してこっちにきてもらって。あと一夏にはもうちょっと一人でがんばれって」

「う、うん……」

「鈴には僕が説明しておくから」

「そうよ、さっきのはどういうこと?」

 

 俺は立ち上がって篠ノ之さんの方に近寄りつつ鈴に説明をする。

 話しながら中央に座ったままの相川さんと谷本さんを見ると、こちらを見て心配そうにしていた。

 あの様子ではやはり戦列に戻すのは難しいか。最後親分機を集団でボコる時に出てきてもらうことにしよう。

 

「そういうこと。まあ実際そうなんだからそうなんでしょうね」

「後は同じことを繰り返すだけだ。それで鈴、篠ノ之さんにも説明するからしばらく代わってもらえる? もう全部受けろとは言わないから」

「まだやらせてくれるんだ。いいわ。やってあげる」

「お願い。篠ノ之さん! 鈴と代わって!」

「ふざけるな! 私はまだまだやれる!」

「そういう意味じゃないって! 次の作戦を伝えたいから!」

「わ、分かった」

 

 鈴が突っ込んで行き、篠ノ之さんと入れ替わる。

 しかし改めてこの人はすごいと思う。最初からここまで一人だけでやりきった。

 他が不安定な中終始安定してくれていたおかげで俺は非常に助かったと言える。

 さすがは篠ノ之束博士の妹などと言ったら間違いなく怒られるのだろうけれど。

 

「お疲れ」

「まだ終わってなどいない。さっさと作戦とやらを言え」

「集中は切れてないね。さっき実験と言ってやったことなんだけれど……」

 

 全員の中で一番疲労度は高いはずなのだが、言葉通り鍛え方が違うのだろうか。

 打鉄でこれなのだから専用機を手にした日には間違いなく学年最強となるだろう。そしてそれは彼女の立場からもきっとやってくる未来だ。

 

「とまあそんな感じ」

「本当にお前は私をとことんまでこき使うつもりだな」

「無理なら一夏にやらせるけど」

「誰もやらないとは言っていない。宮崎先輩との約束だ。今回に限っては全面的に甲斐田に従う」

「やってくれるならなんでもいいよ。あ、オルコットさん達も来たね。じゃあ始めようか」

 

 オルコットと四十院さんが近づいてきて俺を心配そうな表情で見ている。

 そういえばと一夏の方を見やると、問題なく子分Cの攻撃を回避し続けていた。一人だけぽつんでは寂しいのだろうか、だいぶ中央に寄って来ている。

 

「よし、みんな揃ったね。それじゃここからは一方的にやろう。基本は篠ノ之さんが囮になって、無防備な相手の背中に他のみんなで攻撃を叩き込む」

「私はどう動けばいい?」

「親分機に向かっていけば勝手に反応してくれるから、囮としての行動をするときはそれを意識して。近づかれたらできればそのまま受けてくれると嬉しい。おまけで装甲も削れるから」

「了解した」

「その後は鈴とうまく入れ替わって、また距離を取って囮行動だ。これの繰り返し」

「なるほどな。相手が馬鹿だからこそできる話か」

「人間相手じゃもちろんこうはいかない。じゃあもう一息、辛抱強くやろう」

 

 篠ノ之さんが俺達から離れる。そして中央側へと進む。

 理想は子分Aが篠ノ之さんを追いかける時俺達に背中を見せてくれるような位置関係だ。篠ノ之さんもそれは分かって移動している。そして一度止まった。俺の合図待ちか。

 この動きだけでも相当重いと思いつつも俺は手を上げた。篠ノ之さんが囮らしくブレードを掲げて親分機へと動き出す。よし、子分Aが食いついた。

 

「あ、箒!」

 

 一夏の方を見ると、なんと子分Cまでが反応してしまっている。一夏が中央側に寄ってきたことにより、子分Cまでが反応する範囲に入って来てしまっていたのか。

 篠ノ之さんは気づくも囮行動をやめない。まさか一人で両方相手にするつもりか。

 オルコット達が慌てて子分Aに攻撃をしかけるも、子分Aはまだほとんど無傷だ。ダメージは受けているだろうが動きが止まらない。向こう側の一夏は完全に虚を突かれて反応が遅れてしまっている。

 

「篠ノ之さん! 一夏側のやつを受けて!」

「分かった!」

 

 篠ノ之さんがようやく囮行動を止めて子分Cに向き直る。

 そして俺は重い体を前に出し、再び銃を親分機に向かって構えた。

 

「甲斐田君!?」

 

 幸い距離の近い子分Aだけが反応してくれた。まあ子分Cは距離もあるし篠ノ之さんを挟んでいるので、たとえ反応されても食い止めてもらえるだろうが。

 これは仕方ない。俺が浅はかだっただけだ。自分で撒いた種は自分で刈り取ろう。

 

「このっ! 智希こいつ止まらない!」

 

 俺が攻撃姿勢を取ったままなので当然だ。だから俺が一発もらう間に思いきり攻撃してくれ。

 しかしこの故障機、打鉄のくせして盾どころかブレードさえついていない。あったのは銃が二丁だけで、一丁はさっき弾き飛ばされてしまった。ダメージでもそうだがこれで俺はもう囮役にはなれないだろう。

 

「甲斐田君! 銃下げて!」

 

 どうして下げる必要がある。この間子分Aは無防備なのだから思う存分攻撃できるだろうが。ああ、俺のエネルギー残量か。既に半分を切っているからこれでもう動けなくなるか。というかこの故障機、なぜ打鉄なのに装甲がほとんどない。いくらなんでも二発もらっただけでアウトとか故障機とはいえ酷過ぎる。

 そんなどうでもいいことを考えているうちに、俺はまたも思いきりぶっ飛ばされた。

 

 

 

 

 

「このバカ野郎! 何ガラでもないことやってんだよ!」

 

 いつの間にか、一夏が俺の側に来ていた。

 俺はもう動けないので鷹月さんに上半身を起こしてもらう。完全に介護老人だ。

 

「智希は後ろでふんぞり返って俺達に命令してればいいんだよ! 前に出てくんな!」

「元々戦力外だからむしろうまく役に立ったと思うんだけど」

「だからそういうのは命令して他の誰かにやらせればいいだろうが! お前がやる必要なんて全然ない!」

 

 これぞ資源の有効活用だと俺は思うのだが。

 二度目は自業自得としても最初は鈴の尻拭いで我ながらうまくやったと思う。

 というか一夏は何をヒステリックに怒っているのか。

 

「そういうのは俺の役目だ。もう動けないみたいだし後はそこで座って見てろ」

 

 言い終わると一夏は踵を返す。

 そういえば状況はと思い見渡すと、どっちがどっちか分からなくなったがおそらく子分Aを鈴が、子分Cを篠ノ之さんが相手している。オルコットと四十院さんは子分Aの方に攻撃を加えていた。

 

「甲斐田君、一つだけ聞かせて」

「何?」

「怖くないの?」

 

 鷹月さんの不安そうな表情を見て、俺はようやく理解した。

 

「別に。この通りだし、そもそもISには絶対防御があるからね」

「そういう意味じゃなくて……目の前であんな攻撃を見せられたら普通は怖いと思うんだけど」

「そうかな。ISが全部肩代わりしてくれるんだから、別に怖いとか感じる必要ないよね」

「そうなんだ……」

 

 納得してもらえないだろうなと思いながらも俺は返す。

 だが実際そうだ。精神的なものはまた別の話だが、物理的なことについては痛みもないのに怖がる必要などない。三組代表のように気がつかなければエネルギーがなくなるまで普通に動けてしまうのがISだ。痛みがあるとどんどん動けなくなってしまう人間とは違う。

 俺からすれば空振っただけで怯えてしまう四組代表などその程度かとしか思えない。

 きっと痛くないという事実がどれだけ幸せなことか分からないのだろうけれど。

 

「みんな! 後は俺がやる! 頼むぞ!」

「一夏! 分かった!」

「一夏さん!」

「任せなさい!」

 

 一夏が囮役をするつもりのようだ。

 もう俺の作戦などどこかへ行ってしまった。

 一夏は子分AとCのおよそ中間地点まで来て立ち止まる。まさか二体同時に引きつけるつもりか。

 そして一夏はブレードを掲げて攻撃する構えを取り、ゆっくりと親分機に向かって歩き始める。途端に子分AとCが反応して一夏に襲いかかった。

 

「後ろからじゃ止められない……!」

 

 俺は一夏の意図が読めず驚愕するも、ここで初めて連携が生まれる。

 篠ノ之さんと鈴はイグニッション・ブーストで自分の目の前の子分機を追い越す。そのまま一夏の前を交差して通り過ぎ、一夏に向かって来る反対側の相手を受け止めた。

 会話もしていないのにアイコンタクト一発でそれをやってのけるのか。

 

「私を抜かない限り一夏に触れると思うな!」

「さっきは不覚取ったけど二度目はもうないからね!」

 

 オルコットと四十院さんは子分Aの背中に全力射撃を叩き込む。相手が回避も何もしていないというのもあって、それらは全てダメージとして蓄積されていく。

 

「あ、私も行かなきゃ」

 

 鷹月さんが子分Cの方へと向かっていく。その先にはなんと、相川さんと谷本さんが子分Cに対して攻撃を行っていた。

 相川さんは銃で、谷本さんはブレードで子分Cの背中に攻撃を加えている。谷本さんは泣きながらブレードでばしばしと叩いていた。駄々っ子か。

 そしてそこに鷹月さんが加わり激しい射撃を浴びせる。もう後先など気にすることはない。この二体を落としてしまえば事実上の勝利だ。この期に及んで何もしてこない親分機は間違いなく何も持っていない。

 

「参ったな。一夏は一切横を気にしてないや」

 

 俺の側には誰もいないのに、思わず感じたことが口について出た。

 一夏はゆっくりと歩きながら、その意識を全て親分機へと向けている。だからこそ子分機は一夏だけを執拗に攻撃しようとしていて、それは後ろから攻撃を浴びせているクラスメイト達の安全を意味していた。

 自分の安全については篠ノ之さんと鈴に全部任せるという感じで、横をチラ見することさえしない。託された二人は完璧に弾き返し、それどころか攻撃まで加えていた。もう体力温存など必要ないとばかりに全力だ。

 そうやって一方的な戦闘が続き、一体目を落とした時よりもはるかに短い時間でまず西側の子分Aが沈む。そしてオルコット達が子分Cに寄って集中攻撃を浴びせ、間もなく子分Cも崩れ落ちた。

 

「一夏!」

「後は任せろ!」

 

 篠ノ之さんの声を聞くと一夏は走り出す。そのまま親分機に近づき、側まで来て高く飛び上がる。

 空中で大きくブレードを振りかぶり、ブレードの刀身が白く輝く。

 

「これで終わりだああああ!」

 

 親分機はただ一夏を見つめるだけで、振り下ろされたブレードをそのまま受ける。

 そしてゆっくりと仰向けに倒れた。

 

「全機、全速で入れ!」

 

 急に織斑先生の叫び声が聞こえた。そして轟くような大歓声が響く。

 親分機が倒れたことでアリーナに張ってあったバリアが解除されたようだ。警備のISが続々とアリーナに入ってくる。

 もう大丈夫だ。

 

 

 俺はゴミと化したISを脱ぎ捨て、アリーナの地面に寝転がった。

 目の前には雲一つない五月の青空が広がっている。

 

 

 ああ、いい天気じゃないか。

 

 

 


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