IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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2.外部への影響

 

「織斑君に振ってもらってきました!」

 

 と、相川さんは笑った。

 

 

 

「けじめはついた?」

「あ、やっぱり分かるんだ。今までもこういうことはあったの?」

「まあ、それなりに」

「そっか。じゃあ特に説明することもないね」

 

 織斑一夏はモテる。ものすごくモテる。

 だからこれまでも幾度となく女子に告白されてきた。

 そしてその全てをすっぱりと断っている。

 

「話したいのなら聞くけど」

「お、分かってるね。こういうのは一抜けしたみたいでみんなには言いづらいなあって思ってたんだよ」

「一抜けって、整備班の人達とかいるじゃない」

「そういうことじゃないよ。思い出したんだけどね、あたしは恋愛しにIS学園に入学したわけじゃないなあって」

「ああ、一抜けってそういうこと」

 

 確かに、整備班連中も恋愛に興味がないわけではない。ただ一夏が好みでないというだけで。

 

「普通に恋愛したければ最初から共学の高校行くよね。あ、言っとくけどあたし中学じゃモテてたんだから。男子に告白されたこともあったし!」

「相川さんはあんまり男子に抵抗ないよね」

「そんなの当たり前だって。何もしなかったら女の方が余るのは分かりきってるわけだし」

 

 俺達の世代は男一人に対して女が三人から四人だ。上の世代ならもう少し男の数は増えるようだが、ここ十年ほどで男の出生率は下げ止まりとなってそれくらいで安定している。

 

「クラスで一番積極的だったのは間違いなく相川さんだったと思うよ」

「だよね。躊躇するくらいなら前に出るがあたしのモットーだから」

「そして一番最初に足抜けをすると」

「まあね。それは甲斐田君のせい、じゃなかった、おかげなんだけど」

「僕?」

 

 はて、俺は何か失言をしていただろうか。

 思い当たることと言えば昨日の一連の出来事しかないが。

 

「昨日甲斐田君になぐさめてもらって、後で気づいちゃったんだよね。あたしは甲斐田君に全く期待されてなかったんだって」

「だからそれは」

「あ、そういうことじゃなくて、期待の程度。織斑君は別だとしても、同じ立場なはずの篠ノ之さんやオルコットさんとは全然違った」

「それはスタート地点が違うんだから仕方のない話で」

「そう、確かにそれは事実。でも、少なくともあたしはそれを仕方ないと言っちゃいけないよね」

 

 相川さんもやはり多分に漏れず優等生だった。

 自分で問題点を見つけ出して反省までしている。

 

「一夏に構ってなかったらもっとできた?」

「そうでなくてもできてなきゃいけなかった。夜竹さんが映像撮っててくれたから見たんだけど、あんなんじゃあたしダメだ。あれくらいなら十分にこなさなきゃいけなかった」

「ぶっつけ本番とか心の準備なしとかいくらでもどうしようもないと思える要素はあると思うけど」

「そういうのを認めてしまうと自分が成長できなくなるって分かるよね?」

 

 鈴並とまでは言わないが、本当に自分に妥協しない人だ。

 

「だから恋愛なんてしている暇はないと」

「そっちも正直周回遅れになってるしね。あの二人が別格過ぎて、一発逆転な何かがないととても一番にはなれなさそう」

「なるほど、やっぱり女子って現実的だね」

 

 俺としては一番でなくてもいいと受け入れて欲しかったのだが、それが難しいことなのも分かっている。

 いきなり言って変えられるようなものではない。意識改革がとても難しいことなのは俺自身が一番よく分かっているつもりだ。

 

「女の子は夢見がちで、そして現実的な生き物なんだよ」

「どっちかにして欲しいなあって僕は思う」

「残念でした。女は男にとってそんな都合のいい存在じゃないんです」

 

 本当に、男には永遠に理解できない存在なのかもしれない。

 

「だからごめんね」

「別に謝ることじゃないよ」

「甲斐田君の期待に応えられなくてごめんね」

「期待?」

「ある意味篠ノ之さんやオルコットさんよりも期待してくれてたのは分かってたよ。織斑君の意識を変えるという意味で」

「それ言われちゃうとものすごく残念だなあ。その部分はあの二人には最初から期待してなかったし」

「二人ともちょっとお子様なところあるもんね」

 

 そこまで理解していたとは、俺の中で相川さんの存在が急速に惜しくなってきた。

 こんなことならもう少し贔屓しておけばよかった。

 

「返す返すも残念だよ。それじゃこれからは自分のことをがんばってね」

「おっと、それならここで宣言しよう。あたしは甲斐田君を見返してみせると!」

「見返すって別に……」

「IS乗りとして頼りにされるようになってみせるってこと。そうだね、二年になったら集団での模擬戦をやるらしいから、そこで甲斐田君のチームに選んでもらえるくらいにね」

「僕のチーム?」

「指揮科の人がそれぞれ中心になってチームを作るって聞いたよ。だからそのメンバーとして選んでもらえるようにってことだけど」

「別に僕は指揮科に進むって決まったわけじゃ……」

「何言ってんの。甲斐田君が行かなくて誰が行くの?」

 

 ごく当たり前のことのように、相川さんは言った。

 だが俺にそんな未来などあるわけないだろう。俺の立場は特殊過ぎる。

 それに成績その他を考えてみても、たとえ一般の生徒と同じ立場だったとしてもとても無理な話だ。

 そもそも俺は三年間IS学園にいるかどうかさえ分からないのに。

 

「じゃ、そういうわけで。甲斐田君の健闘を祈る!」

 

 笑顔で左手を上げて、相川さんは颯爽と帰って行った。

 しかし、一夏から『卒業』していくのはこれで何人目だろうか。

 この手の人達は自分の力で恋する気持ちを別な方向へと昇華してしまい、一夏のことを糧として通り過ぎて行く。

 俺としてはそういう人達こそ一夏の側にいて欲しいのだが、なかなかうまくいかないものだとつくづく思った。

 

 

 

 

 

「なあ、俺のサインなんかもらって何が嬉しいんだ?」

 

 殴り書きによってそれっぽくなったサインを十枚ほど渡した後、一夏は俺に聞いてくる。

 食堂では大勢の生徒達が色紙を持って一夏を待ち構えていた。

 

「千冬姉のサインをもらってきてくれならまだ分かるけど、俺は芸能人でも何でもないぞ?」

「あれだけ目立つことしたんだから、そういうこともあると思うよ」

 

 当たり前の話というかそうでなくてはならないので、俺は普通に答える。

 周囲の反応を見るに、一夏デビューという俺の目論見はこの上なく達成できたようだ。

 

「いや、考えたらその前からだ。ほら、お前と一緒に警備室に逃げたとかあったじゃないか」

「ああ、そう言えばそうだね。でもあの時は一般の人達だったし、あれは単に一夏が珍しかっただけだと思うよ」

「だったらお前の方にも行ってくれてもいいと思うんだけどなあ……」

「僕は模擬戦出てないし」

「そうだけどさあ……」

 

 なおも一夏は納得がいかないようで、ブツブツ言いながら日替わり定食を食べ始めた。

 一夏を見てしまったら他など見えなくなるのは当然の話なのだ。

 

「バカね。ISパイロットにはアイドル的な要素もあるのよ。特に国の代表ともなればその国の顔とも言えるくらいなんだから」

「なんだそれ? そういうのはちょっと勘弁して欲しいんだけど」

「いつまでもグダグダと言うな。あれだけのことをした以上注目されるのは当然の話だ。むしろ常に見られているという意識を持ってだな……」

 

 食い下がろうとする生徒らを追い払った鈴達が席につき、篠ノ之さんは恒例の説教を始める。

 しかし鈴は一夏の番犬をやっていただけあって、相変わらず一夏に寄ってくる女子のあしらい方が手馴れている。

 

「まあまあ箒さん、いきなり注目されては戸惑ってしまうのも仕方のないことですわ」

「だよな。やっぱりああいうのはどうかと思うぞ」

「ですが一夏さん、これは当たり前のこととして受け入れるべき事柄です。慣れるまでは煩わしく思えるかもしれませんが、じきにかい、いえ、平気になりますわ」

「マジかよ」

 

 味方してくれるかと思ったオルコットに手のひらを返され、一夏は顔をしかめる。

 どうやらいちいち俺がフォローしなくてもよくなってきたようだ。リーグマッチ中に別行動をしていた甲斐があったと言えるのかもしれない。

 

「セシリア、あまり一夏を甘やかすものではない」

「あら、箒さんこそ一夏さんに対して少々厳しいのではないかと思いますわ」

「俺からしたらどっちも一緒なんだけど」

 

 そういえば、いつの間にか篠ノ之さんとオルコットがお互いを当たり前のように名前呼びしている。

 確かにここ最近は二人が一夏の両脇を固めていたので、常に一緒だったということもあるが。

 

「お食事中ごめんね。少しだけいいかな?」

「はい?」

 

 誰だと思って顔を上げると、前に取材をされた新聞部の先輩だった。

 篠ノ之さんとオルコットが言い合いを始めたらすぐにやってくるとは、きっとタイミングを見計らっていたのだろう。

 

「あ、二年で新聞部の黛よ。覚えてる?」

「それはもちろん」

「ちょっと君達の耳に入れておきたいことがあって」

 

 君達というのはつまり俺と一夏のことだろうか。

 

「何でしょう?」

「昨日の変なISとの模擬戦? なんだけどね、あの時の映像がどうもネットで世界中に流れてるみたいなの」

「え?」

「なんだそれ!?」

 

 この瞬間、俺には犯人が分かった。

 

「すぐ消されてはいるみたいだけど、もう完全に世界中に広まっちゃってるわ。織斑君達のあの姿が」

「なんでだよ!」

「あの場にいたのは関係者だけですわ。まさか!」

「映像と言えば夜竹か!」

 

 篠ノ之さんとオルコットは憤然とした表情で立ち上がる。

 そして夜竹さんを取り押さえるとばかりに猛然と探し始めた。

 これはなんという風評被害だろうか。

 

「あれ、もしかして心当たりでもあったの?」

「いや、さすがに俺は違うと思うけど……」

「うん、私も違うと思う」

「あ、あの、それってもしかしてあたしと一夏の試合もですか?」

 

 恐る恐るという感じで、鈴が質問する。

 確かに一夏と鈴の試合の映像を全世界にばらまかれたら、鈴はもうIS学園の外には出たくなくなるだろう。

 

「それは大丈夫。あの変なISが入ってきたところからだから」

「よかった。本当によかった……」

 

 ほとんど泣きそうになっていた鈴が心から安心したとばかりに胸をなで下ろした。

 幸運と言うべきか、それとも不運だったと言うべきか。

 

「違うって! だからあたしじゃないって!」

「いいから黙れ!」

「釈明なら一夏さんの前で行ってください!」

 

 そして夜竹さんが引きずられてきた。

 もう完全に涙目になっている。

 

「織斑君助けて! あたしは無実だ!」

「お、おう。別に俺が疑ってるわけじゃないから」

「だいたい内部の人間にそんなことできるわけないんだから!」

「どういうことだ?」

「そもそもIS学園のパソコンにはフィルターがかかってるからそういうサイトは見れないの! まして動画のアップロードとかできるわけない!」

「そ、そうでしたか……」

 

 一転して、篠ノ之さんとオルコットが顔を見合わせて気まずい表情になる。

 無実の罪を着せるところだったのだ。さすがにやり過ぎたことくらいは理解しているだろう。

 もちろん俺はそこで余計なことを口にするような真似はしない。

 

「へー、よく知ってんなー。やっぱ夜竹さんってそういうの詳しいな」

「実はそうなんだよ。無理矢理アップロードとかしようとしてもしっかり弾かれる仕組みになってて、どうやっても絶対できないようになってるわけ」

 

 だと言うのに、一夏が天然でそれをやってしまった。

 そして夜竹さんもどうして当たり前のように乗るのか。

 

「ちょっと待て。夜竹、なぜ貴様はそこまで把握している」

「へ?」

「さては以前にやろうとしましたわね」

「そ、そんなことは……」

 

 駄目だ。完全に目が泳いでいる。

 どうしてこの人はことごとく自爆行動しか起こさないのか。

 そして篠ノ之さんとオルコットは笑顔になって夜竹さんへと向き直る。

 

「夜竹、疑ってすまなかった。本当に申し訳ない」

「あまりにも短絡的過ぎました。恥ずかしい限りですわ」

「そ、そう? ま、分かればいいんだよ、分かれば」

 

 なぜそこで調子に乗る。

 この二人が笑顔で謝るなど、どう考えても嵐の前の静けさではないか。

 

「それはよかった。ところで夜竹、今の話とは別件で聞きたいことがあるのだが」

「とても大事な話ですわ。ここでは何ですからあちらへ参りましょうか」

「え? 何の話? というかどうして腕掴むの?」

 

 とうとう理解しないまま、容疑者夜竹さゆかは連行されて行った。

 特に冥福を祈る必要はないだろう。

 

「何あれ?」

「夜竹さんか? あの人映像とか写真とかが好きらしいぞ。今のはよく分かんないけど」

「へー……。ん? 映像とか写真?」

「ああ、自前で撮影器具とか持ってたから結構本格的だと思う」

「なるほど。ごめん一夏、ちょっと席外すわ」

「鈴?」

 

 食事の手を止めて、鈴が立ち上がる。

 そして篠ノ之さん達が消えた方向へと歩いて行った。

 

「なんなんだ?」

「さあ」

 

 と言いつつ、俺には分かった。

 おそらく鈴は夜竹さんが一夏の写真や映像を持っていないか確認しに行ったのだ。

 相変わらず目ざといなと思ったところで、俺はこの上なく重大な事実に気づく。

 映像や写真とは、まさに俺の商売敵ではないか。

 これはいけない。絶対に放っておくべき事柄ではない。俺は一夏の写真や映像を有効活用するつもりで溜め続けている。別に金の問題ではない。織斑千冬写真が絶大な効果を発揮したように、今後一夏でも同じことをする予定なのだ。

 既に夜竹さんが怪しい動きをし始めている以上、早急な対処をしなければならないと心に誓った。

 

 

 

「えーと、話戻していい?」

「あ、ごめんなさい。お見苦しいところを」

「いやいや、むしろ有望株を紹介してくれてありがとうって感じだから。でもまあそれはいいとして、動画に対する反響なんだけど」

「ああ、そうだ。どうなんですか?」

 

 新聞部の黛先輩はニヤッと笑った。

 

「すごいよ。織斑君に対する賞賛の嵐。映像が織斑君中心にできてたみたいで、特に後半の姿はすごくかっこいいって評判らしいよ」

「マジかよ」

「みたいってことは先輩は実際に見てないんですね」

「うん。さすがにそういう系のやり取りはここじゃ禁止されてるから。あ、私姉がいてね、動画を見た姉から聞いたの」

「そうですか。できれば一度見ておきたいところですけど、変なことになってなければいいです」

「え、それだけ?」

 

 黛先輩に素で返されてしまった。

 それだけも何も、それ以外に何があると言うのか。

 

「と言っても、外に対して僕らができることは何もないですし」

「そういうことじゃなくて、当然気になるでしょ? 自分への反応はどうだったかって?」

 

 そういえば、この人はそういう人だった。

 

「特には」

「またまた。甲斐田君に対する評価。これはまたも真っ二つよ。『情けない』っていうのと『健気』っていうので両極端ね」

「けなげ?」

「そりゃそうよ。故障機にも関わらず自ら前に出て囮になろうとする姿を見たら、この子は健気だって普通は思うわよ。特に年上受けがいいらしいわ」

「それはどうなんだろう」

「もちろんあっさりやられたのを見て情けないという声もあるんだけどね。だから両極端な評価」

 

 情けない一色の方がよかった。俺へと矛先が向いてしまうのはいろんな意味でよろしくない。

 故障機ということが共通認識になってそうなのはいいが、やはり俺は無意識に健気とかそういう方向の行動をしてしまうことが染み付いてしまっているのか。

 とりあえず横で一夏が笑いをこらえているようなので、すねを蹴飛ばしておく。

 

「まあまあ。それはあくまで何も知らない一般人の声だから。甲斐田君が指揮をしてたっていうのは見る人が見れば分かってるわよ」

 

 黛先輩はそこで声を切り、笑顔のまま俺の目を覗き込む。

 きっと今度は俺が指揮官としてどう評価されたのかを気にしていると思っているのだろう。

 

「大丈夫。見事勝利に導いたという事実が示してる。初心者でしかもぶっつけ本番だったんでしょ? それであれだけやれたら大したものよ」

「そうですか。それは何よりです」

「あら、そんなそっけない態度取って、もしかして照れてる? これは本当に本当だから。二年の指揮科の人に聞いたんだけどね、入学したてであそこまでやるとはって相当に危機感を抱いてたわ。もちろん細かいところについては色々言ってたけど、やっていたことの意図は明確で一貫していたって」

 

 俺の機嫌でも取りたいのか、やたらと先輩は俺を持ち上げる。

 さすがに俺としては一体倒したところで戦線離脱しておいてよくやったとは言いたくない。

 もちろん、『初心者としては』という枕詞がついての話ではあるが、素直にそのまま受け入れろというのは無理があるだろう。

 

「ふむふむ、どうやら勝っただけでは満足できていないようだね。これはもう取材させてもらうしかないなあ」

「結局はそれですか。さすがに今は勘弁して欲しいんですが」

「もちろんもちろん。あ、そうだ、明日の夜優勝記念パーティやるんだって? そこで聞かせてもらうっていうのはどうかな?」

「むしろ最初からそれが目的ですか。というかよく知ってますね。今朝決まったことなのに、うちのクラスに知り合いでもいるんですか?」

「ふふふ、私の、新聞部の取材能力をなめてもらっちゃ困るな。ここは隔離された狭い空間だからね、みんなニュースには飢えているんだよ」

 

 噂話が大好きなのは人の常か。

 この分では隠していないことについては一瞬で広まってしまうのだろう。

 だが織斑先生の写真の件が未だ公になっていないあたり、何でもかんでもというわけではなさそうだ。本人にバレたら最後、写真狩りが始まってしまうであろうことを関係者は十分に理解している。

 

「一夏、また取材したいって」

「別にいいんじゃないか? もう隠すようなことは何もないし」

「そういう言い方はやめて欲しいんだけど」

「だって実際そうだろ。そうだ、そういえば智希、お前ちゃんと他のクラスに事情を説明して謝って来いよ」

「分かってるよ」

「大丈夫だって。もし揉めるようなら俺も一緒に謝るからさ。あ、でもそれなら最初から一緒に行った方がいいか」

「いいよ一人で。自分のことくらい自分でどうにかするから」

「そうか。まあ全部終わったんだし、きっちりけじめはつけておこうぜ。嘘に嘘を重ねるとややこしいことになるのはお前が一番よく分かってるだろ」

「そうだね」

 

 またも保護者面をする一夏から顔を背けると、黛先輩がおもしろそうな顔で見ている。

 きっとまた余計な想像をしているのだろうなと、俺は心の中でため息をついた。

 

 

 

 

 

「で、どうしてあんなことしたんですか?」

 

 開口一番、俺はそう問いかけた。

 

「うーむ、何の話か分かんないなあ。何しろ心当たりが多過ぎて」

「そっちですか」

 

 夜、一夏が明日の準備で食堂へと下りて行ったので、折よく俺は部屋で博士と話をすることができた。

 食堂の人達は一夏の気持ちに感動してしまい、全力で支援をしてくれてその日のうちに料理のための材料まで揃えてくれていた。

 またおかげで俺は手伝わなくてもよくなり、正直助かった。

 

「ゴーレムとの戦闘に決まってますよ。あの映像を全世界にばらまくとか何考えてるんですか」

「ああ、それ。そんなの当たり前じゃないか。だっていっくんの勇姿をその場にいた人しか見られないなんてもったいないよ」

「それはそうですけど、隠されたものじゃないんだしIS関係者ならそのうち全員見ますよ。わざわざ関係のないところにまで広めなくたって」

「相変わらず甘いなあ。むしろ世界中の誰もが知ってなきゃいけないことなんだよ」

 

 博士は得意気に笑う。

 確かに最終的な話であれば俺も否定するつもりはないが、今の一夏を世界に出したいかと言えばはっきりと否だ。

 

「それにね、なかったことにされるのが一番よくない」

 

 と、一転して博士は真剣な表情へと変わる。

 ああ、それが本音か。自分自身がそうされてきたからこそ、許せないのか。

 

「いっくんのことはまだこれからどうにでもできるけど、ゴーレムをなかったことにさせるわけにはいかない。あのゴミ共ならやりかねないし」

「そんなことしますかね? むしろISを博士の手から離せるんで喜んで研究するんじゃないですか?」

「研究しなかったら全く話にならないよ。問題はそれを隠れてこっそりやるんじゃないかってこと」

「独占って話ですか? 今も半分そうっちゃそうですけど」

「それもある」

 

 朧気ながら俺にも見えてきた。

 博士は発明をすることはできるが、発明したものを大量に生産することまではできない。

 昨日間に合わなかったという言い方をしていたから、せいぜいが一ヶ月に一体くらいしか作れないのだろう。

 かといってそのためにどこかの国と手を結ぶというような行為もできない。事実上IS委員会に喧嘩どころか戦争を仕掛けるようなものだから。

 それに下手にどこかの国に近寄ってはクロエのような悲劇まで起こりうる。

 

「ああ、だから千冬さんなんですね」

「そう。あらゆる意味で信じられるのはちーちゃんしかいない。だからちーちゃんにあげたんだ」

「じゃあ別にそれでいいじゃないですか。わざわざ世界中に映像をばらまくまでしなくたって」

「ちーちゃんの立場を考えてみなよ。あんなにがんじがらめにされちゃあできることだってできなくなるかもしれないんだから。ま、世界から監視の目を向けてもらおうっていう束さんの援護射撃だね」

「本人からしたらこれ以上ない迷惑行為ですけどね」

 

 あのバカは何余計なことをしてくれるのかと、今頃千冬さんは頭を抱えているだろう。

 

「いつかちーちゃんも分かってくれるって束さんは信じてるから」

「千冬さんの寿命が尽きるのとどっちが早いかってレベルですね」

「失礼な!」

 

 博士は憤慨するが、伝えないことはきっと伝わらない。

 いくら以心伝心のつもりでも、分かってもらえると思うだけでは駄目だ。

 そして伝えたくないことは伝えなければいいのだ。

 

「でもあんなのを世に送り出すってことは、いよいよ諦めたってことでいいんですか?」

「諦めてないよ。諦めるわけなんてない。でもこのまま停滞したままでいいかと言うとそうじゃない」

「一夏を表舞台に出してしまった以上はもう時間切れだって話ですね」

 

 俺がISを動かせる男なら、篠ノ之束はISを動かせない女だ。

 博士はある日突然ISの要たるコアを作ることができなくなり、ISを動かすことすら不可能となった。

 神はその地位を追われて人に堕ちたとでも言えばいいだろうか。

 

 

 

 

 

 世に言われる一般的な話として、篠ノ之束は自分がいいように使われ、最後はほとんど軟禁状態にまでされて精神的に病んだ挙句失踪した、ということになっている。

 だが本人によれば実際はそうではなかったらしい。

 それまでの、煩わしいことに囚われず何も考えずにただ研究だけをしていればいいという環境に、特別不満はなかったようなのだ。

 何を苦にしてかと言えば、ある日突然ISが自分に反応しなくなってしまったことに対してだそうである。

 本当に原因不明で、ほとんど発狂しかけたと本人は言っていたが、研究の場から逃亡したのは衝動的なものだったという話だ。

 

 そしてISの開発者が失踪したとなれば当然世界は天を揺るがす大騒ぎとなり、IS委員会が諸悪の根源として非難されつつも世界中で博士の捜索活動が行われた。

 しかしどうしても博士を見つけることができず、今に至ってもなお博士は世界から行方不明のままになっている。

 一方の博士は逃亡以降世界中を旅していたということで、その過程で当時アメリカにいた俺とクロエはある意味博士に拾われたと言えるだろう。

 ISを動かせなくなった博士がどうやって逃亡生活を可能にしていたのか、今となっては甚だ疑問だが、IS開発者ともなればこっそり支援してくれる個人や組織はあるに違いない。

 事実俺や一夏のいた施設の前所長はきっとその手の類だったのだろうと思う。

 

「でも動き始めた以上もう止まるつもりはないからね」

「分かりました。まあ一夏はIS学園にある意味守られてるので、外野もそう簡単にどうこうはできないでしょう。それに僕は僕でやらせてもらいます」

「もちろん、これは束さんがやるべきことだから智希君に何かをしろなんて言うつもりはないよ。でもいっくんハーレムだけは認めないけど」

「別に認めなくていいですよ。一夏が自分でそれを選ぶんですから」

「ムリムリ。いっくんは小さい頃から一緒だった箒ちゃんと相思相愛なんだから」

「今の一夏を見てそう思えるならおめでたいにも程がありますね」

 

 そうして俺達はお互いをけなし合う。

 博士が何をしようが勝手だが、このために俺はISを動かせることを世間に明らかにしたのだ。一夏と一緒にIS学園に入学をすべく。

 

「分かってないなあ。智希君は何も分かってない。何をしてもムダなんだから時間がもったいないとは思わない?」

「そう思うんならせいぜい指咥えて見てればいいと思いますよ。一夏のハーレムがどんどん拡大していく様子を歯ぎしりしながら指咥えて見てればね」

「ふん、人が愛することができるのはたった一人だけなんだよ。ねえくーちゃん?」

「はい!」

 

 さすがに今日は忘れなかったようだ。クロエが待ってましたとばかりに画面の中に入ってきた。

 

「くーちゃん、今はあんなことになっちゃってるけど、智希君もいつか真実の愛を見つけるんだから心配しないでね」

「大丈夫です! 私はお兄様を信じていますから!」

 

 悲しいことに、今やクロエは完全に毒されてしまった。

 俺と一緒に施設に入ることが不可能だったとはいえ、これだけは悔やんでも悔やみきれない。

 

「クロエ、昨日はほとんど話せなかったけど、その様子なら変わりなさそうだね」

「はい! 私はずっと元気です!」

「なんか昨日からテンション高くない?」

「それはもう! だって久しぶりにお話できるんですから!」

「そ、そう。別に普通でいいけど」

 

 鈴は一年待ったと言っていたが、四ヶ月でもそれなりにフラストレーションは溜まってしまうのだろうか。

 

「大丈夫です! それよりも、お兄様にお聞きしたいことが」

「何が大丈夫なのか分からないけど、何?」

 

 クロエは博士が見えなくなるくらい画面の前に出てきた。

 これは相当に嫌な予感がする。

 

「そちらで、お兄様のお目に叶った女性はどなたですか?」

 

 

 一夏にとってではなく、俺自身の話か。

 クロエの興味津々な目を見て、完全に染まってしまったことを改めて悟る。

 どうでもいいと答えても納得しないだろうなと思い、ふとクラスメイト達が俺に対してその手の話題を全く振らないことに気づいた。

 

 


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