IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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9.旧友との再会

 

 

「お、本物かな?」

 

 

 と、久しぶりでの第一声は相変わらず失礼だった。

 ノックもせずに扉を開けて覗き込むとは礼儀も何もあったものではない。

 

「何だよ本物って。偽物でもいんのかよ」

「むしろ偽物とかいてくれたら色々押し付けられていいね」

「おい弾、これは本物そうだぞ」

「だな。相変わらずの単細胞にひねくれ者、間違いない」

 

 確認し合ってから、中学時代の悪友二人は部屋に入ってくる。

 だが本人確認から入るとは、まさか本当に偽物でも出たのだろうか。

 

「なんだてめえら、久しぶりに会ってやるのが喧嘩売ることかよ」

「あーよかった。やっぱり一夏だ」

「ほっとしたわ」

「どうしたの二人とも? まさか本当に偽物にでも会った?」

 

 もしそうならぜひとも会いたい。

 

「悪い悪い。そういうことじゃないんだ。こっちとしちゃかなり不安でな」

「不安?」

「もう二人とも完全に染まってるんじゃないかって怖かったんだよ」

「怖かったって、俺らを何だと思ってるんだよ」

「だってさあ、あのIS学園だろ? 男なんて下等な存在だ! とかお前らが言い出すんじゃないかって」

「なんだそりゃ? 下等も何も俺らはそもそも男だぞ?」

 

 ようやく意味が分かった。

 このバカ二人は俺と一夏が洗脳されているのではないかと疑っていたようだ。

 確かに入学前、IS学園では特定の思想を押し付けてくるのではないかという危惧はあったが。

 

「二人とも相変わらず頭おかしい行動しかしないね。それを言うなら変わった変わらないの話であって、本物偽物は間違ってるんだけど」

「この言い回し、こっちも大丈夫そうだな」

「まあそうなんだけどさ、ぶっちゃけお前らが変わってたら速攻で偽物扱いして帰るつもりだった」

「なんだそれ?」

 

 あえておかしな発言をして俺と一夏の反応を見たとでも言いたそうだ。

 だが俺からすれば相変わらずなピントの外れた発言でしかなかったが。

 

「だってお前らが会いたがってるから来いとかいう呼び出しだぞ? 命令口調っていうか有無を言わせない感じだったし、その場所が高級ホテルとか怪しいにも程があるわ」

「あー……」

「智希はともかく一夏なら絶対直接連絡してくるはずだと思ってたから、まあ正直この目で見るまでは信じられなかった」

 

 それで俺は理解した。

 一夏をもちろん俺もこの面会の段取りについては全く関わっていない。

 全部任せて決まったことに頷いただけだ。

 織斑先生があえてはっきり、それでいいのか、と俺に言ったのはこういう事態が起こりうることに対してだったのか。

 専門家が考えたことだから問題ないだろうと俺はロクに考えもしなかった。

 

「何やってんだ千冬姉は。知らない仲じゃないんだからさ」

「電話してきたのは千冬さんじゃなかったぞ。ていうか千冬さんならまあああいう人だからで済むし、本当の話だって分かる」

「ということは知らない人からいきなり電話かかってきた?」

「ああ。千冬さんの部下かなんかだろうけどIS学園の人だって言ってたな」

 

 もちろん普通の話であれば、こんな失礼なことなどしないだろう。

 これはつまり、考えようとさえしなかった俺に対する当てつけだ。

 千冬さんは目の前のバカ二人、弾と数馬については十分に把握している。弾のことは小学生時代から知っているし、中学に入って合流した数馬と合わせて一夏を悪の道に引き込むロクでもない輩と認識しているようだった。ちなみにこの二人は中学の時、こともあろうに千冬さんの着替えを覗こうとしてボコボコにされた経験さえある。

 少なくとも、この二人は千冬さんが気を遣ったり遠慮を入れるような対象では全くない。

 そしてまさにダシにするにはちょうどいい相手だ。

 

「ごめん二人とも。今分かったけど完全にとばっちりだ」

「智希?」

「またやられた。つまり僕が見過ごしたから二人が不安になるような事態になったという話で」

「またって……智希お前とうとう千冬さんに戦争吹っかけたのか!?」

「バカ! それだけはやるなって散々言っただろ! 一夏! なんでお前止めなかったんだよ!」

「俺!?」

 

 なぜか一夏に飛び火した。

 というか俺は散々言われていただろうか。ボコボコにされて以降二人は千冬さんに関わりたがらなくなったと認識はしていたが。

 

「いつも俺らが体張って止めてただろ! 見てただろ!」

「そんなことしてたのか?」

「そうだった。こいつは一夏だった。もしかして分かってないんじゃないかと薄々思ってたけどやっぱり分かってなかったか」

「千冬さんの前では二人ともやたら挙動不審になるなあとは思ってたけど」

「そうだな智希。お前もそういう奴だよな」

 

 本当に相も変わらず失礼極まりない男共だ。

 クラスメイト連中と比べてどちらが上だろうか。

 今度機会があれば失礼度ランキングでも作ってみよう。

 

「一夏、一応聞いておくけど、今智希と千冬さんの関係ってどうなってる?」

「智希と千冬姉か? そうだな……智希はもう完全に目をつけられてるって言うか、お互いに隙あらばって感じだな」

「そうか。まあがんばれ。もう俺達は何もできないけどな」

「とばっちりは……もう受けまくってそうだな」

「あ、そういうことか!」

 

 一夏が今初めて知ったかのように手を叩く。

 それを見た弾と数馬は最初呆れた表情を見せ、やがて憐れむような顔に変化していった。

 

 

 

 

 

「そうだ、最近お前らの映像が出回ってるのって知ってるか?」

 

 お互いの近況について話していると、唐突に弾が口に出した。

 もちろん例のウサ耳女製作の映像のことだろう。

 

「ああ、リーグマッチのやつだろ。ぶっちゃけそれのせいでこうやって外出する羽目になったんだけどな」

「そうなのか?」

「まあそれでお前らに会えたんだからよかったっちゃよかったんだけどさ」

 

 何もしていない一夏にとってはきっとそうだろう。

 だがそのせいで俺は先週の放課後を全て失っているのだが。

 とばっちりを受けているのはむしろ俺の方ではないだろうか。

 

「中身は見たか?」

「一応見させられたぞ。というかそもそもその場にいたんだけどな」

「あれって本当にあったことなのか?」

「弾、どういうことだ?」

「だってさ」

 

 弾は言葉を切ってなぜか俺を見る。

 

「あれおかしくないか?」

「どういうこと?」

「だって智希って味方のために自分を犠牲にするような健気な奴じゃないだろ?」

 

 一瞬間があり、一夏が吹き出した。

 

「だよな! そう思うよな!」

「やっぱり嘘だったのか?」

「そんなわけないでしょ。編集されてるって話だよ」

 

 昨日の土曜日は外出前日ということもあって、さすがに一夏も呼ばれた。

 そこで明日話題に出されるからと世界に出回っているという映像を見させられたのだが、あまりの編集っぷりに唖然としてしまった。

 確かに聞いていた通り、俺のやった指揮など存在すらしていなかった。カメラが綺麗に俺を切っていて、俺の姿は時々端に映っている程度でしかなかった。

 あれを見た人には俺の存在など味方のピンチに思わず飛び出してやられた奴でしかないだろう。

 

「編集? あっ、もしかしてあまりにも智希がひどすぎたからかわいそうに思われてああいう形になったのか……」

「はあ?」

「いや、下手をすると逆だったかもしれないな。実は自分のために味方を犠牲をしようとして失敗しただけだったのかも」

「君ら僕のこと何だと思ってるの!?」

 

 なんという奴らだ。

 その上横では一夏が大爆笑して涙まで溢れさせている。とりあえず蹴った。

 

「そういうことだったのか。数馬、謎は解けたな」

「ああ、つまりその映像を編集したのは智希、お前だったんだな」

「どうしてそうなる!?」

「とうとう智希は歴史を書き換えることまで始めてしまったのか……」

「いや、俺はいつかやるんじゃないかって思ってたよ」

「よーし、もう言葉なんていらないね」

 

 もはや実力行使しかないと拳を振り上げるも、すぐ一夏に抑えられる。

 だが横目で見る一夏の顔も憎らしいくらいまでの笑顔だ。

 

「弾も数馬もほんと変わんねえなあ」

「三ヶ月くらいでそうそう人間変わるかって」

「君ら思いっきり僕らを疑ってたよね」

「まあそう言うなって。思い当たるようなことがあったんだろ? 結局お互い変わってなかったんだからそれでいいじゃんか」

「そういう問題じゃないんだけどなあ」

 

 だが俺はこれ以上の追求を諦めた。このバカ共を論理で問い詰めることの不毛さは十分に身にしみて理解しているからだ。

 入れていた体の力を抜くと、一夏も分かったらしく俺から体を離した。

 

「じゃあさ、あの一夏プロモーション映像はどこまで本当だったんだ?」

「なんだその言い方」

「それ以外に言いようがねえだろ」

「大枠としては合ってるよ。起こった出来事は本当」

 

 そう、大枠としては間違っていない。

 そして映像抜きにしても一夏の格好良さは見せられたと思う。おそらく博士も俺達が乱入をした時点でそういう方向に切り替えたのだろう。

 

「何が違ったんだ?」

「智希」

「智希?」

「僕に対する扱いだね。僕の存在が意図的に消されてる」

 

 それ自体に俺は文句など一切ないが、その場にいた一夏にとっては大いに不満だったらしい。

 この後ある記者会見ではっきり抗議するとまで息巻いていたが、俺が千冬さんに頼んでやめさせた。

 現場を見た関係者には分かる話だし、俺まで篠ノ之束博士に目をつけられる可能性があると千冬さんに言われて一夏も思いとどまってくれたようだ。

 

「消されてるって、お前何したんだよ?」

「智希はあの場を指揮してたんだ。俺達は最初から最後まで全部智希の作戦通りに動いてた」

「最後は一夏が自分でやったじゃない」

「あれは……お前がやられてたからしょうがねえだろ」

「指揮?」

「IS学園の生徒がお前の言うことなんて聞くのか?」

「何それ」

 

 一瞬感情的な反発が湧いたが、すぐその意味に思い当たった。

 男を下に見ているような女が男の言うことを素直に聞いてくれるのかという話だ。

 

「違う違う。あのIS学園にいるような女子が男の言うことなんて聞くのかよってことだ」

「何言ってんだ。みんないい人達だぞ?」

「まあ一夏に寄ってくるようなのは別だろうけどな」

「智希、実際のところはどうなんだ?」

「うちのクラスには偏見とか持ってない人が集められてる。あと担任が千冬さんだし入学前に想像してたようなことはあんまりないね」

「ああ、なるほどな」

 

 正直なところ、入学初日から肩透かしですらあった。

 

「環境的には中学時代とあんまり変わらないかも。もちろん男が二人しかいないから窮屈なのはそうなんだけど」

「なんだ、案外平気そうだな」

「もしかして死にそうな顔して出てくるんじゃないかとも思ってたけどな」

「なんだよ死にそうな顔って?」

「昔から男子に対するいじめとかあっただろ。男二人だけじゃさすがに多勢に無勢もいいとこだし」

「俺も智希もいじめられるようなタイプに見えるか?」

「まあそうなんだけどさ、場所が場所だし」

 

 IS学園と言えば一般的な話からすればエリート養成場ではあるが、男の目から見た観点で言えばできるだけ触りたくない場所だ。

 中学時代にもIS学園を目指している女子がいたが、そいつらは男の存在など歯牙にもかけていなかった。全員あっさり入試で落ちたようだが。

 

「おいおい、いじめどころか智希はクラスのみんなを仕切ってこき使ってるくらいなんだぞ」

「何その言い方」

「あ、いや智希はクラスのリーダーをやってるってことだよ」

「あの智希がリーダーだと!?」

「自分からは決して前に出ず裏から人を操ってばかりなあの智希が!?」

「は?」

「そうだ。俺達は変わったんじゃない。成長したんだ」

「ちょっと待とうか」

 

 そうだった。こいつらはこういう悪乗りが大好きな連中だった。

 一夏は乗ることはできても自分から振ることはあまりできない。だからこの二ヶ月は存外平穏だったので忘れていた。まあリーグマッチ中警備の人や夜竹さんと組んでやろうとはしていたが。

 

「いや、成長とはまた違うかもな……。そうだ、自重だ。智希は自重をやめたんだ」

「何その解き放たれた獣みたいな言い方」

「なるほど、確かに千冬さんに喧嘩売るくらいだし、戒めから解き放たれて自由になったと言えそうだ」

「ああ、御手洗数馬と五反田弾という良心の戒めからな……」

「良心という言葉の意味を取り違えているなあ」

「思い出した! 鈴が言ってたぞ。智希が自重をやめたらこうなるんじゃないかと思ってたって」

「あ! 鈴!」

「そうだ鈴!」

「あ」

 

 あの映像に出演していてお互いにその存在を認識していたはずなのに、映像の話題まで出ていたのに、今の今まで全員が全員忘れていた。

 今この場に鈴がいなくてよかったと、みんな心の底から感謝しただろう。

 

 

 

 

 

「……それで、あれはやっぱり鈴でいいんだよな?」

 

 少し間があって、弾が声を出した。

 

「留学って形でこっちに来たんだって。本人が言ってた」

「留学か。あいつはもう国籍が日本じゃなくて中国だもんな」

「鈴のおじさんと一緒に日本に戻ってきたわけじゃないんだな」

「そのへんは聞いてねえなあ。今までゴタゴタしてたってのもあるけど、鈴が触れようともしなかったし」

 

 鈴の両親は国際結婚で、父親が中国、母親が日本だった。

 だが一年ちょい前、鈴の両親は離婚して、鈴は父親の方に引き取られた。そして鈴は父親の本国中国へと引っ越していった。

 

「思い出したら食いたくなってきた。俺にとっちゃ中華料理って言うと鈴のおじさんの味なんだよなあ……」

「おい弾、中華料理ならお前の実家でも普通に作ってるじゃねえか」

「いやうちの店は専門じゃないし、日本人が作った中華料理って言うか、鈴のおじさんのとは全然違うんだよ。うちの親父もいる場所を間違えてるとか言ってたし、中国に戻ったのもきっと引き抜きだろうって」

「へえ」

「なんで離婚したんだってくらいに仲良かったもんな」

 

 もちろん実際のところがどうだったのかは分からない。

 悩んでいただろうに、鈴は俺達に対して最後まで一切口にしなかった。

 空港で別れる間際まで、鈴は涙を見せることさえなかった。

 

「鈴は元気か?」

「全然変わってなかった。ほんっと安心したぜ」

「そうか、それはよかったな」

「身長も全く伸びてなかったね」

「さすがにもう伸びねえだろ」

「本人は未だに諦めてないらしい」

「あ、やっぱ変わってねえわ」

 

 今いる四人に鈴を加えた五人が俺達の中学時代だった。

 正確には最初の二年間だけだが、俺達が中学時代をイメージするときはこの五人だ。

 中三になって鈴がいなくなり、一夏も施設を出て半分姉の主夫となり付き合いが減ってしまった。だからなおさらそう思えてしまうということもあるだろう。

 

「今日鈴は来られなかったのか?」

「来られなかったというか、なあ?」

「鈴は千冬さんの怒りを買って外出禁止」

「何やったんだよあいつは!?」

 

 どうやらハミルトンは止めなかったようで、鈴はあのままの勢いで特攻して見事に玉砕していた。

 俺に文句を言う気力もないくらい凹んでいたので、相当に絞られたのだろう。

 ハミルトン経由で話を聞く限り、寮の説教部屋行き一年生第一号は凰鈴音だったようだ。

 だから第一号は決して俺ではないのだ。本当に風評被害も甚だしい。

 

「姑息なことして千冬さんが怒ったってだけだよ」

「何やってんだあいつは。智希を見てれば千冬さんにそんなのは通用しないって分かってるだろうに」

「は?」

「いや、俺も千冬姉に鈴も一緒に行かせてくれって頼んだんだけどさ、智希の真似事すらできないような奴にかける情けはないだと」

「そりゃそうだな」

「君らは僕を引き合いに出さないと会話できないの!?」

 

 本当に、俺をイラつかせることにかけては日本一な連中だ。

 これならまだクラスメイト達の方が可愛げがある。

 

「じゃあ鈴にはしばらく会えないのか」

「来月か再来月には一緒に来られると思う。千冬姉がそんなこと言ってた」

「あるいは鈴が一人で来るかもね。別に僕らと一緒じゃなきゃ何も問題はないんだし」

「そっか。お前らが特別なだけだもんな」

 

 だからこそ今回俺は鈴を助ける気にもならなかったわけだが。

 

「でも鈴だしなあ。わざわざ一人で俺らに会いに来るかっていうと、来ないんじゃね?」

「おいおい、四年だっけ五年だっけ、それくらい長い間住んでたんだから鈴も懐かしくなるとかあるだろう?」

「鈴が引っ越して来たのは小五の時だったから四年間だな。でもあいつってあんまり場所に愛着持つようなタイプでもないぞ」

「じゃあ人は? 鈴のことだしIS学園に入学したぞって勝ち誇りに来るんじゃない? 蘭に」

「あ!」

「また忘れてた!」

「蘭がどうかした?」

 

 弾の妹にして鈴のライバルである五反田蘭など、今回呼んではいないのだが。

 

「やべえ、放置し過ぎた……」

「蘭も来てるのか?」

「呼んでないから入れてもらえないんじゃないの?」

「それがさあ」

 

 気まずそうに、弾は俺と一夏を見る。

 

「一夏と智希のことを聞きつけて、無理矢理ついて来た」

 

 ああ、そういう粘着質なしつこい女だった。

 

 

 

 

 

「なんだ、来てるなら一緒に来ればよかったのに」

「当然ホテルの入口で止められた」

「そりゃそうだ。呼んでないもん」

「なんで呼ばなかったんだよ智希?」

「初回だし鈴もいないしまあいいかと思って」

 

 一夏の方こそ忘れていたくせに何を言うかだが、俺は一夏が何も聞かなかったので何も言わなかった。

 鈴がいるなら離れた場所で仲良く喧嘩させておけばいいが、単体だと面倒だからだ。

 

「なあ一夏、蘭も呼んできていいよな?」

「いいに決まってるだろ。わざわざ聞くようなことじゃねえよ」

「いや、一応一夏の許可があればってことになったんだよ」

「なんだそれ?」

「蘭が千冬さんと交渉してそうなったらしい」

「らしい?」

 

 千冬さんにまで食って掛かったとは、やはり蘭は面倒な女だ。

 というか千冬さんはこいつらの前に顔を出していたのか。

 それなら最初から偽物を疑う必要なんてないはずなのだが。

 

「ホテルのロビーで蘭が暴れてさ」

「何やってんだあいつ?」

「そしたら騒ぎを聞きつけたのか千冬さんが出て来て」

「うん」

「蘭の奴千冬さんの姿を見つけたら『ちふゆさぁーーん!』って大声で叫びながら突進して行ってなあ」

「なんかすごく想像できるねその光景」

「その勢いのまま千冬さんと交渉してそういうことになったらしい」

「なるほど」

 

 真っ直ぐ突っ込んで行った蘭と姑息なことをしようとした鈴。はっきり明暗が分かれた形だ。

 普段はどちらかというと逆だったが。

 

「でもよく千冬姉がうんって言ったな」

「離れてたからよく分からんけど、あいつなんか紙を取り出して見せながら説明してたぞ」

「紙?」

「教えてくれなかったから俺もよく分からんけど、千冬さんも頷いてたし納得はしてる感じだったな」

 

 蘭は交渉の材料まで用意していたのか。

 だが千冬さんがその場で認めるような材料とはいったい何だろう。

 

「ふーん。ま、千冬姉が文句言わなかったなら何も問題ないだろ。早く呼んでこいよ。近くにいるのか?」

「別の部屋で待ってる。じゃあちょっと待っててくれ」

 

 言うやいなや、弾は部屋から飛び出して行った。

 一瞬この部屋に戻って来られるのか疑問に思ったが、まあ案内の人くらいはいるだろう。

 

「蘭か。あいつは今中三だっけ?」

「だな」

「来年どうするんだ? 確かお嬢様学校だからそのまま上がるんだっけ?」

「普通はそうだな」

「あ、でも鈴がIS学園にいるって知ったら追っかけて来そうだな。あいつらって親友でいいライバル関係だから一緒にいたいって思ってるかも」

「きっとそうだと思うぞ」

 

 一夏に適当に合わせながら、数馬は俺を見る。

 そういう認識を一夏に持たせたのは他ならぬ俺だからだろう。

 別に間違いではない。鈴と蘭がお互いライバルであり親友であること自体はその通りだ。

 ただ、一夏ををめぐって、という部分を省いただけの話である。

 

「IS学園を受験する気かもね。でも受かるのかな?」

「鈴が受かってるんだから大丈夫なんじゃないか?」

「勉強に関しちゃ圧倒的に鈴の方が上だよ。蘭は必死に勉強するようなタイプでもないし、今からで間に合うのかな? IS学園を受験するつもりなら中学時代を全部勉強に費やすくらいじゃないといけないって聞いたし」

「そういえば中学の時IS学園を目指してるって女子がクラスにいたな。ほんと勉強しかしてないって感じだったけど、IS学園で見かけないってことはきっと落ちたんだろうな」

「それ聞くと鈴ってやっぱ化け物だったんだな。俺らと一緒に遊んでながらIS学園に受かってるんだから」

 

 とはいえ鈴が普段から勉強などの勝負事に全振りだったのははっきりしている。

 俺達と遊んでいると言ってもダラダラと付き合っているわけではなかった。学校以外での部分は自分のやるべきことを優先していたように思う。

 だから鈴がIS学園に受かったと聞かされても、あの鈴ならやりかねないという納得感があった。

 

「ん?」

 

 と、扉を叩く音がした。

 

「どうぞ」

 

 弾と数馬はノックもせずに入って来たが、さすがに蘭はわきまえているようだ。

 むしろノックさえせずに扉を開けて覗き込むような真似をする方がおかしいと言うべきか。

 

「一夏さん!」

 

 蘭の笑顔が強化されている、と真っ先に思った。

 見慣れたひっつめ髪はどこへやら、綺麗に腰まで流して昨日あたり美容院に行ってきたんだろうなというふんわり感だ。

 一方服装は白を基調とした半袖のワンピース。お嬢様的空気を出したいらしい。だが丈を短くしてしっかり自慢の足も見せている。

 スタイルだけなら鈴と蘭は大差なく育っていないが、方向性という意味では正反対だ。活発さを前に押し出す鈴に対し、蘭はお淑やか方向で攻めようとしている。

 そのために一夏と同じ中学に行くことを捨ててまでお嬢様学校に進んでいるのだから、こちらはこちらで一夏への執着は大きい。

 

「おお」

「お久しぶりです!」

 

 蘭は鈴のように駆け寄るような真似はしなかった。

 あくまで上品に、いや上品ぶって、満面の笑顔のまましずしずと一夏に向かって歩みを進める。

 横を見ると数馬が、うわあ、と恐ろしい物を見たかのように口を半開きにしていた。

 

「よお蘭。久しぶりだけど元気そうだな」

「いいえ、全然元気なんかじゃありません」

「え?」

 

 蘭は首を振り、言葉と共に顔を曇らせる。

 

「蘭、もしかして病気でもしてたのか?」

「だって……こんなにも長い間一夏さんに会えなかったんですから……」

 

 そして両手を胸の前で重ね、上目遣いに一夏を見上げた。

 数馬の顔が引きつって固まる。

 

「何言ってんだ。たった三ヶ月とかそこらだろ」

「私にはもう十年くらいに感じられましたよ」

 

 もちろん我らが織斑一夏にその程度では通用しない。

 だが蘭の方もそのくらい想定済みだとばかりに全く動じず会話を続ける。

 

「まあなあ。この三ヶ月はいろいろあったし。まさかIS学園に入学することになるとは夢にも思わなかった」

「そうですよ。大丈夫ですか? つらくないですか? よりによってIS学園だなんて、毎日大変じゃないですか?」

「意外とそうでもないぞ。みんないい人だし」

「みんなってそれは……」

 

 蘭は言葉を濁すと、横目で一瞬俺を見る。その鋭い目は詳しく聞かせろと言っていた。

 

「ああ、場所が場所だけに蘭も心配か。弾も数馬も同じようなこと考えてたしな。大丈夫、今の俺達は入学前には想像もできなかったくらいに楽しくやれてる」

「そうですか。それはよかったです」

「クラスのみんなにはよくしてもらってるし、俺なんかは特に智希には世話になりっぱなしだな」

 

 そして一夏は俺に振る。もちろん深い意味などない。

 

「智希さんもお久しぶりです」

「久しぶり」

「一夏さんも智希さんも変わらないようで」

「そうだね、中学時代と全く何も変わってないね」

 

 蘭が聞きたかったであろうことを聞いてきたので、俺はそれに答えてやる。

 すなわち、現状何も進展なしという話である。

 

「それを聞いて安心しました」

「鈴もいるし、それなりに楽しくやれてるよ」

「やっぱり鈴音さんが帰ってきてたんですね」

「今日はちょっといろいろあって来られなくて」

「あいつさあ、千冬姉に怒られて外出禁止くらったんだ」

 

 せっかく俺は濁してやったというのに、あっさり一夏がバラしてしまった。

 蘭の鈴いじりネタがまた増えた。

 

「まあ」

「また来月か再来月一緒に来るからそん時な。もしかしたら鈴が一人で会いに行くかもしれないし」

「それならいろいろお話したいことがありますと鈴音さんにお伝え下さい」

「了解。鈴には言っとく」

「お願いします」

 

 蘭が頭を下げる。

 確かに蘭も女しかいない中に一夏が放り込まれるとか不安で仕方ないだろう。

 俺よりも話のしやすい鈴から実態を聞いておきたいというところか。

 

「そうだ。一夏さん、私、IS学園を受験することにしました」

「そうか。まあ鈴もいるしな」

「もちろん一夏さんがいるからです」

「そりゃ知り合いが多い方が行く気になるか」

「そういう意味じゃないんですけど」

「でもIS学園って滅茶苦茶難しいんだろ? 今から始めて間に合うのか? いや、まともに試験を受けてない俺が言うことじゃないけどさ」

「大丈夫です!」

 

 と、蘭は懐から一枚の紙を取り出した。

 

「見てください! 私、IS適性検査でAランクだったんです!」

「へー、そうなのか。でも受験資格のことならCあればいいんじゃなかったか?」

「そうだね。だから僕が女なら受験資格はない」

「あれ、知らなかったんですか? 大っぴらな話ではないですけど、IS適正がAランクだったら事実上もうそれだけで合格ですよ?」

 

 そんな話初めて聞いた。

 大っぴらな話でないということは公然の秘密なのだろうか。

 

「なんでAランクならそれだけで合格なんだ?」

「だってAランクって毎年受験生の中でも十人くらいしかいないですから。生まれつきの話なので努力してどうにかなるものでもないですし、IS学園としても大歓迎だそうです」

 

 確かに、Aランクの数が非常に少ないとは聞いたことがあった。

 生徒のほとんどがBランクで、あとはごく少数のAランクに篠ノ之さんのような一芸を持ったCランクという話だった気がする。

 

「なあ智希、Aランクってそんなに少ないのか?」

「そうだという話は聞いたことがある」

「じゃあうちのクラスだと?」

「オルコットさんはそうだね。あとはリアーデさんも海の向こうから来てるくらいだしそうだと思う。他の人達には質問したこともないから分からないけど、学年で十人ならいて一人くらいじゃないかな」

「そうなのか……。あ、じゃあ鈴は?」

「一年で専用機までもらってるくらいだしまずAだろうね」

 

 鈴的にはむしろ自分がAランクであることを知ってISの道を志したのかもしれない。

 

「というかAランクって何が違うんだ?」

「反応速度とかが優れてるなんて聞いたりしたけど、Dランクの僕にはちょっと分からない世界だなあ」

「そうか。今度鈴にでも聞いてみるか」

「鈴に聞いても答えは返ってこないと思うよ。だって鈴にはそれが当たりまえなんだから」

「言われてみればそうだな。じゃあますます意味分かんねえぞ。操縦技術が優れてるのと何が違うんだって話だし」

「スタート地点が人より前にある程度の話じゃないかな。千冬さんもあってないようなものだと言ってるし」

「努力努力うるさい千冬姉からすれば生まれつきの才能とか余計なもんだろうなあ」

 

 と言っても本人が世界に数えるほどしかいないという最上位のSランクでは、IS適性などあってないようなものだと言われても説得力は全くない。

 

「でもまあ受験に有効ってだけで十分過ぎるくらいの話だよね。IS学園もAランクの人はできるだけ引き込もうとしている的な話を聞いた気がする。確かそういうイベントもあったような」

「オープンスクールのことですよね?」

「ああ、それそれ。蘭も来るの?」

「もちろんです!」

「なんだそれ?」

「中学三年生に対するIS学園案内だよ。IS学園の生徒が参加者に中の施設を案内するんだって」

 

 鷹月さんが言っていた。

 事実上IS適正Aランクな中学三年生向けのオープンスクールだと。

 

「へえ、じゃあこっちに来るのか。それはいつなんだ?」

「夏休みです! 一夏さん、私のエスコートをお願いしますね!」

「俺?」

「もちろんです!」

 

 ここぞとばかりに畳み掛ける蘭。

 まあ頼まれなくても今年は一夏が駆り出されることになるだろう。

 俺はDランクの人間に案内されても嬉しくないだろうからという理由で逃げようと考えているが。

 

「あー、でも夏休みだときっと入れ違いになるな。ちょうどIS学園にいないから」

「えっ!?」

「いや、俺達夏休みにカナダに行くことになってるんだよ。なあ智希?」

「ほんとですか!?」

「本当だけど、蘭、オープンスクールの日程って具体的にいつ?」

「夏休み入って最初の週だそうですけど……」

「じゃあ大丈夫だ。カナダに行くのは八月入ってからだし、それも一週間程度だし」

「あれ、そうだっけ?」

「夏休みは一ヶ月以上あるんだし、全部カナダにいるとかないよ。それに夏休みには三年生の集団模擬戦もあるんだから一夏も見たいでしょ?」

「そりゃ見たいな。外国とか行ってる場合じゃない」

 

 俺個人の感覚としては、果たしてカナダ一国で済むのかという気がしている。

 大義名分さえ作れればこの際とばかりにねじ込んでくるところがあるだろう。

 できる限り今から適当な予定を入れておいた方がいいかもしれない。友人に会うとかで。

 

「はー、ほっとしました。一夏さんがいないんじゃIS学園とか行く意味ないですし」

「別に行ったっきり帰ってこないわけじゃないぞ?」

「も、もちろんオープンスクールがって意味です」

 

 ここまでIS学園そのものに興味などないと言い切るのは清々しい。

 入りたくても入れない人間が山ほどいるというのに。

 IS学園もフリーパスにしてまでこんなAランクを入学させる意味はあるのだろうか。

 

「あー、ちょっといいか。蘭、兄として言わせてもらうがお前いつの間にIS適性検査とか受けたんだ? あれけっこう金がかかるだろ。ロクに貯金もできないお前がどっからその金持ってきた?」

「なぜそれを……!?」

「受けたことあるからに決まってるだろ。本来ウン万円するものをタダでやらせてやるんだからありがたく思えとかエラそうに言われたわ」

「お兄……」

「まあ起動確認だけの数分で放り出されたからウン万円もしてないだろうけどな」

「数馬、せめて今くらいは真面目にやらせてくれ」

「しまった。外したか」

 

 外すも何もこの空気でよく口に出せたなとすら思える次元だ。

 だがこれも日頃の行いによる自業自得だ。話の腰を折られてざまあみろとあえて言いたい。

 

「蘭」

「その、お父さんにお願いして……」

「やっぱりあのバカ親父か。ほんと娘にだけ甘過ぎだ」

「お兄」

「蘭、こういうのはちょっと見過ごせない。もちろんおふくろには言うからな」

「そんな!」

「当然だ。こんな不平等など許されるわけないだろう」

「え?」

「しかし、俺も鬼じゃあない。だからお前の行動いかんによっては考え直してやってもいいぞ」

 

 家族の真面目な話と思いきや、強烈な勢いでねじ曲がった。

 

「いいか、ここでの問題は俺達の間に不平等が発生していることだ。だからそれが解消されれば全て丸く収まると思わないか?」

「そういうこと」

「いや、別に俺はどっちでもいいんだぞ? どちらであろうと俺に損はないし」

「そうね」

 

 一瞬で建前まで捨ててしまった。

 すぐに捨てるくらいなら最初から『お前だけ金もらえてずるい』と言え。

 

「この気持ち、俺はどこに持っていけばいいんだ……?」

「なあ智希、俺間違ってなかったよな? あいつ最初から真面目にやる気とかなかったよな?」

 

 一夏が呆然とし、数馬が俺を揺さぶる。

 目の前では結託した兄妹が不敵に笑って悪事に手を染めようとしていた。蘭は一夏の前にいるという意識すら完全に抜けてしまっている。

 兄妹帰宅後の未来が容易に想像でき、人間とはどうして余計なことをして自爆してしまう生き物なのだろうかと思った。

 

 

 

 

 

「失礼する」

 

 千冬さんが入って来た。左手に本を一冊持っている。

 

「そろそろ時間だ。話すことも尽きないだろうが、これで最後というわけでもない。続きはまたの機会にして今日のところはこのあたりで切り上げてもらおう」

「もうそんな時間か」

「この後記者会見やるんだったか?」

「うん。テレビも来てるから夕方のニュースで見られるんじゃないかな」

「千冬さん、隅っこで見させてもらうとかできませんか?」

「我が妹ながら厚かましい奴だな」

「残念だがそれはできない」

 

 当然のごとく蘭のお願いは一蹴される。

 

「ダメですか」

「むしろお前達のためだ。今からマスコミや関係者に目をつけられていいことなどない。もっとも、自身のプライベートを捨てて一夏と智希を引っ張り出す餌になりたいのであれば話は別だがな」

「う……」

「一時期俺達にもしつこかったもんなあ」

「ちょっとあれはもう勘弁だな」

 

 一夏の時は俺も囲まれたし、俺まで発覚した後は学校の周囲が大変なことになっていたそうだ。

 

「だが別室でテレビ越しに見る分には構わないぞ。生中継があるのだからな」

「そうなのか?」

「昨日そうなったって言ったよ。聞いてないなって感じだったから覚えてないだろうと思ってたけど」

「あはは……」

 

 一夏は篠ノ之さんの説教を聞き流すかのように俺や千冬さんの説明を右から左に流していた。

 しかしこの三人にわざわざ生で見せてやるのか。

 元々はそのまま帰す予定だったはずだが、生中継があると急遽決まったのでこの際ついでにというところだろうか。

 

「智希、こんなんで大丈夫なのか?」

「最初からそうだと分かってれば考えようはあるよ。それに一夏は人前で変に緊張したりしないから、パニクっておかしなこと言うとかないし」

「マスコミ各社の質問も事前に提出させてある。もちろん向こうがこちらの把握していない勝手なことを言うのは自由だが、それをやった結果どうなるかはまともな頭をしていれば分かるだろう」

「でも生中継だから何が起こるか分かんないんじゃ……」

 

 確かに、最初はそういう懸念もあったようだ。

 だが千冬さんはあえてこれを受け入れたとのことである。

 様々な思惑があっての話らしい。

 

「むしろ向こうが勝手に自爆してくれるのなら今後がやりやすくなるとかあるんだって」

「そうかもしれないけど、そんな簡単にいくもんか……? 一夏の間抜け面見てるとちょっと不安だぞ」

「なんだそれ!」

「そんなお前達に今日の見どころを教えてやろう。もし智希が何か対応をし始めたらイレギュラーなことが起こったと思え」

「智希?」

「そういうこと。イレギュラー時での応対は僕がやることになってる」

 

 俺が放課後にやらされていたのはほとんどこれである。

 つまりイレギュラー時にどう対応・発言するかのシミュレーションだ。

 

「なるほど、要するに一夏は全部智希に押し付けたわけか」

「はあ?」

「だってそうだろ。面倒事は全部智希にやらせようって話だろうに」

「いや、それは、まあ……」

「僕はこの一週間授業以外じゃそれしかやってないね」

 

 こういう質問が来たらこう答える、というのを延々とやっていたわけだ。

 分厚い想定問答集を渡されて、最初目眩がした。

 

「もし智希に詰まるようなことがあれば、それは想定外の話ではなく智希が覚えきれていなかったというだけの話だ。安心して笑うがいい」

「なんでそんなプレッシャーかけるんですか」

「お、それは楽しみだな」

 

 と言っても、実際俺の反応が遅れたらすぐ千冬さんが引き取ってしまうだろう。

 やらされてはいるものの、はっきり言って俺が当てにされているわけでもない。

 大人の千冬さんよりも当事者の俺の発言の方が心証がいいという程度の話だ。

 本当は一夏の口で言うのがいろんな意味で一番いいのだが、それはとても望めることではなかった。

 

「では向かうとしようか。と、これを忘れていた。蘭、IS学園を受験するのであれば知り合いの誼だ。せっかくだからプレゼントをやろう。問題集だ」

「あ、ありがとうございます」

「オープンスクールでは実力テストもあるからな。この時期でもこれくらいは普通に解けるようになっていて当然だと思え」

「え?」

「オープンスクールでは受験に関するアドバイスも受けているが、にしても基準が分からなければ質問もしづらいだろう。それに適正Aランクというのは妬みやっかみの対象にもなりやすいデリケートな立場だ。周囲の圧力に負けないためにも人一倍の努力と強い心が求められる。ちなみにオープンスクールが適正Aランクのみを対象にしているなどと揶揄されるのは、予めそういう心構えを伝えておくという意味合いもあるのだ」

「は、はい……」

 

 蘭の問題集を持つ手が震えている。

 きっと初めてIS学園という現実に触れたのだろう。

 

「では二人とも会見の場に向かうぞ。三人にはここで昼を食べさせてやる。この部屋に来るまで不安にさせた詫び料だ。お前達には向こう十年は口にできない料理だから味わって食べるといい」

「マジですか! 千冬さんイケメン!」

「やったあ! 千冬さん男前!」

「……」

 

 男二人は現金に喜び、だが蘭は手に持った問題集を呆然と眺めている。

 しかし、『不安にさせた』と口にした時、千冬さんは俺を見ていた。やはりこいつらを不安にさせたのは俺のせいだと言いたいようだ。

 本当に憎たらしい。

 

「俺達も食えるんだよな?」

「会見が終わってからだ。この馬鹿共には向こう二十年口にできないものだから楽しみにしておけ」

「おい十年増えたぞ」

「褒めただけなのに……」

 

 いくらあれだろうとなんだろうと本人の目の前で男扱いしてはいけないだろう。織斑千冬が男だったらよかったのに、という言葉はしばしば世の女性の間で口にされるし、本人も今の反応を見てもまず耳にしているのだから。

 でも俺が口にしていた場合は間髪入れず拳骨が落ちていただろうし、言葉だけで済んだ二人はむしろ感謝するべきだと思った。

 

 


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