「いやー、智希君はモテモテで困っちゃうねえ」
俺が入る前からスタンバイしていたらしき博士は相変わらずうざかった。
「今のを見てその感想が出るとはとうとう頭が腐ってしまいましたか」
「さっきのはああ美しい友情とでも言うべきかな」
「どういう意味ですか? よく考えたら覗くことが可能なんだし、その気になれば一部始終を知れますよね?」
このウサ耳女は一夏や妹や俺に関することでなければ興味も示さないだろうから、つまりはそういうことなのだろう。
「そのまんまの意味だよ。乙女の秘密は守ってあげるのが優しい優しい束さんなのさ」
「自分や自分に連なる人間以外はゴミ屑なんじゃなかったんですか?」
「人は最初からゴミなんじゃなくてゴミになるんだよ」
博士らしからぬ言い回しだ。
何かあったのだろうか。
「つまり僕も博士も今はともかくゴミになってしまう可能性があるのか」
「そうだね。だからこそ束さんも智希君も前に進むんだ」
「本当にどうしたんですか? まさかクロエが病気になったとか言いませんよね?」
「私は元気ですっ!」
横からクロエが飛び出してきたが、すぐ博士に押されて画面外へと追いやられる。
「くーちゃんはちょっと待ってね。先にお話しとかないといけないから」
「すみませんです束さま……」
「話? またよからぬことを企んでるんですね。何が大人しくしてるだ」
「いやいやいや、今回に限っては束さんじゃないから。智希君、君なんだよ」
「はあ」
何を今さらという話だ。
それは確かに俺は個人戦に向けていろいろと企んでいるし、これからも企む予定だ。
「まあ博士が大人しくしてるのなら特に何も言うことはないです」
「そうじゃなくて、智希君が荒らしちゃうかもしれないからその前にちょっと考えようよ、という話なんだよ」
「ほう。今までのように自分のやりたいようにやることを荒らすと言うのなら、特に自重する気はありませんが」
「うん、それは別にいいんだ。好きなだけやればいい。でもさ、もう自分に関わりあいのないことならさ、どうだっていいじゃない。大事なのは未来。それでいいじゃないか」
「はあ? いったい何が言いたいんです?」
「だからさ、智希君にとって今一番重要なのはいっくんに関することであって、再優先とすべきはそれだよねって話」
「言いたいことは分かりました。僕の優先度が変わりかねない話なんですね。で、それは?」
「それは……」
「言わないとクロエに聞きますよ。それともクロエまで黙らせますか?」
「いや別に黙ってるつもりもなかったけどさ、どうせすぐ分かるし……VTシステム」
「へえ」
なるほど博士が言いよどんだ理由はよく分かった。
心なしか心臓の鼓動が早くなったような気もする。
「まだいたんですか。全部潰したって言いませんでした? そのためにクロエを探してアメリカにまで来たんですよね?」
「うん、記録上は」
「記録に残ってないのによく分かりましたね」
「束さんが見れば一発なのに、まさか堂々とIS学園にやって来るとは思わなかった」
「はい? それ何考えてるんですか!?」
「分かんない。単純に送ってきた人間が知らないのかもしれない。経歴ロンダリングのためかもしれない。IS学園ならかえって安全だとか考えたのかもしれない。そういうレベル以前に、今も無事なんだしもしかしたら見逃してくれたんじゃとか甘いこと思ってるのかもしれない」
呆れたとしか言いようがない。
IS学園が博士の監視下にあることくらいはさすがに理解しているだろう。
それなのに出てきた。
まさか博士はIS学園に対してはリーグマッチ時のような干渉しかできないなどと考えているのではないだろうな。
あれは一夏用であって、その上今は篠ノ之束ネットワークがIS学園上に構築されている。
千冬さんを気にしなければ一人ピンポイントで潰すくらいなら普通にやれるそうだし、その気になれば博士は決定的映像を世界に公開することだってできるのだ。
「せっかく博士が跡形もなく闇に葬ってくれたのに、わざわざ表舞台に出すとか意味分かんないんですけど」
「そうなんだよ」
「あ、アメリカ絡み?」
「今さら? あの国こそ関わり自体を消されて喜んでるんだよ? むしろこっち来んな状態だよ」
「じゃあ何なんですか?」
「だから分かんないって言ってるじゃない」
「役立たないなあ」
「あ、智希君がそういうこと言う!?」
「お二人とも冷静になってください!」
思わず罵り合いに発展しそうになってしまった。
クロエに出てこられてさすがに我に返る。
「失礼しました」
「うん、お互いちょっと落ち着かなきゃね。くーちゃんありがとう」
「いえ」
「で、どうします?」
「最低限意図を確かめた上で対処したい」
「なるほど」
「だからさ、はっきり言うけど智希君は関わらないで欲しい」
ああ、それが言いたかったのか。
「へえ」
「いや、智希君の事情はよく知ってるよ? でも智希君が頼まれたのはくーちゃんのことであって、VTシステム自体にどうのって話じゃないよね?」
「俺はあなたにそこまで言いました?」
「私は君から聞いたよ」
「行間を繋げて勝手に話を作らないで欲しいんですけど」
「そんなこと言って、君はもう何もできないじゃないか。『あれ』はもうないんだよ?」
「それは……」
「『あれ』がない以上君は暴走することさえできないんだ。そんな君にいったい何ができるの?」
「……」
俺は答えられない。
多少は口が回るようになっただけで、今の俺は何も持っていないのだ。
更識妹が持っているような無鉄砲な傲慢ささえも、今の俺にはない。
「ネットワークがあるから決定的な証拠はすぐ掴めると思う。そして別にそれを隠すつもりはない。どう対処するかについてもちゃんと言う。それじゃ駄目かな?」
「……少なくともその邪魔をするような真似はしたくないですね」
「よかった。それならいいんだ」
「博士、ちなみにそれはどういう形でやって来るんですか? 年齢的にあれですよね?」
「そこまで分かってるのならその通りだよ。もうまもなく智希君の前に現れるんじゃないかな」
「IS学園の生徒としてか……。ギリギリあり得ると言えばあり得るのか?」
「まあ年なんてそのへんはどうとでも……いやなんでもない」
博士が慌てて否定したのはもちろん画面外のクロエに睨まれたからに違いない。
「転入生ってIS学園的にありなんですかね? 毎年すごい受験倍率だって言うのに」
「あ、それなんだけどね、ぷぷぷ、もっとおもしろいことがあるんだ」
「へえ、何でしょう?」
「んー、それは実際にその場を見た方が楽しめると思うから、内緒!」
「何ですかそれ?」
果たしておもしろい楽しめるとは誰にとっての話なのか。
「まあ笑えるから楽しみにしておきなよ。というわけでくーちゃんお待たせ!」
「はい! お兄様、今日という今日はちゃんと考えていただきますよ!」
「待った待った。その前に」
「あら、何でしょうか?」
さすがに今の会話をしておいてクロエをスルーはあり得ない。
「いやだからさ、今僕と博士の話を横で聞いてたわけじゃない」
「ああ、そのことでしたらお兄様のお好きなようにどうぞ。もう私が関与することではありませんので」
「待ってくーちゃん、そこは束さんの言うこと聞いてって言って!」
「お兄様がお気の済むようにどうぞ」
「やだこの子反抗期!?」
「束さま、こう言った方がお兄様は私達のことを考えてくれるのです」
「むしろ大人だった!」
「それは僕のいない時に言って欲しかった」
「ではこの話はここまでと言うことで、お兄様」
笑顔のクロエが真剣な表情へと変化する。気が重い。
「神楽様とティナ様について、いい加減目をそらさずにきちんと考えていただきます!」
未来の義姉妄想が高じて、とうとう名前呼びになってしまった。
「だから何度も言ってるけどさ、そういうんじゃないから」
「こちらも何度も言っていますがそうなんです!」」
「うん、確かに狙われているのはそうだけど、でもそれは恋愛みたなものじゃないから。どっちも計算でやってるんだから」
「違います!」
「違わない。両方ともバックというか黒幕がしっかり見えてる。カナダという国に企業の社長。自分のところがのし上がるために僕を利用しようとしているのははっきりしてる」
カナダという国はアメリカ大陸にあり、長らくアメリカの軍事的傘下にあった。ところがアメリカがISの存在によって世界の警察の地位から転がり落ちてしまい、カナダはISという新兵器の脅威から自国を守るために対応を迫られる。
だが国内が纏まらず、アメリカ派欧州派旧国連派自立派と入り乱れて自前のISを開発するどころではなかったらしい。
IS委員会の発足によりかろうじて自国の安全は保証されたものの、今後の指針については相変わらず諸派入り乱れて今も見出だせていない状態にある。
で、そんな時に現れたのが一夏と俺だ。
カナダはリーグマッチにおける中国の陰謀に巻き込まれた結果、ハミルトンを通じて俺や一夏と繋がりを持つことができた。
これは国内において針が傾くような大きな出来事だったらしく、国内の情勢は今一気に動いているとのことである。
そんな中最前線に、矢面に立つのはハミルトン。
想像するに今やカナダにとっての生命線にまでなってしまっている。
だからハミルトンへのプレッシャーが半端ない。最初は仲良くしとけくらいだったのだろうが、要求がどんどんエスカレートしていったに違いない。
今はもう何が何でも絶対に捕まえておけという状態になってしまっているのだろう。そして一夏を捕まえることなどクラスも違うし到底不可能だから、結果矛先が俺に向かって来ている。
「お兄様はティナ様の一生懸命な姿を見て何とも思わないのですか!」
「思うよ。毎日無理してがんばってる感がすごくて、見ていてかわいそうだ」
「だからそれは全然間違っています!」
期待にどこまで応えられるかは別として、俺もカナダを邪険にするつもりはない。
だから無理しなくていいとハミルトンにはやんわりと言っているのだが、本人は好きでやっているような答えを笑顔と一緒に返してくるのだ。
確かにちゃんと行動していますというアピールは必要だから、俺の方もほどほどの対応で好きにやらせている。
「でも言われるほどひどい対応でもないでしょ?」
「ひど過ぎですよ! あれはいくらなんでもあんまりです! わざわざ鈍感キャラを演じなくてもいいじゃないですか!」
「でもさ、ああいうのって分かってるのを相手に見せた上で無視してる方がひどいと思う。それよりも分かってないんだから仕方ない、って方がいいよ」
「お兄様、何を言っているのかさっぱり分かりません。素直にそのお気持ちに応えてあげればいいじゃないですか」
「それやると極論は拒絶になっちゃうから、そうするとハミルトンさんが困るでしょ。だから夏休みまではこのまま行こうかなと」
「三ヶ月も暖簾に腕押しとか、ティナ様が哀れ過ぎます……」
「三ヶ月なんてすぐすぐ」
もはや年単位になってしまっている鈴なんかよりは全然ましだろう。
そういえば鈴もハミルトンを応援している。見る限り中国の指示ではないようだが、こいつはあの手この手でハミルトンを押してきて非常にうざい。クロエと同じで夢を見過ぎである。
「ちょっと待ってください。そうすると神楽様はどうなってしまうんですか? まさか三年間生殺しですか?」
「あっちはお母さんの方をどうにかすれば何とかなるよ。元々親からの指示なんだから」
「お兄様、何度言えば分かってくれるんです? ですからあれは神楽様の純粋な想いであって、お母様は後押しをしてくれているだけなんです」
「甘い甘い。あれは親馬鹿を装ってるだけ。そういう計画なんだよ」
「計画って……」
「僕を四十院さんの婿にして、僕を通じてIS業界に本格的に参入する。完全に出遅れてるから突破口が欲しいんだよ。僕と言うよりは僕の肩書狙いだね」
気づいてみれば何のこともない。
母と娘の動きがリンクし過ぎである。
リーグマッチ終了後から始まるだなんて、明らかに母親の指示だ。
「ですが、神楽様のあの態度を見れば分かると思うんです」
「ああ、あれか。ちょっとスキンシップを狙い過ぎだよ。オルコットさんから教わってるんだろうけど全然やり慣れてないというか、オルコットさんが一夏にやってるみたいに自然にやらないと。顔赤くしてやってちゃ意味ないよね?」
「それでどうしてそういう感想が出てくるんですか!?」
「いや、だから照れちゃってやりきれてないってことでしょ? そういう素人っぽさを見せられるとさすがにうーんと思っちゃうよ」
「私はいったい何をどうすればお兄様に理解してもらうことができるのでしょうか……」
クロエが絶望的な顔になってうつむくが、まあいつもの話である。夢から目を覚ますまではしばらくこうだろう。
しかし四十院さんもオルコットに助けを求めたのは微妙だった。
いや、オルコット自体は優秀だ。すごく気が利いていて、四十院さんがいない場ではハミルトンや鈴を自然にブロックしてくれている。
だがいかんせんやり方が日本的ではない。
日本人は欧米と違ってスキンシップを人前でやらないので、いきなりやられると何だこいつとなってしまうのだ。
幼少から慣れているオルコットの動きは洗練されていて、すごく絵になる。だから一夏にアタックした際周囲は呆然と見ているだけで、何も手を出すことができなかった。
しかし四十院さんは違う。仮にもお嬢様なのだからもっとできていいはずなのに、やたらと照れる。あの母親はそのあたりを躾けてこなかったのだろうか。
個人的に四十院さんは頼る相手を変えた方がいいと思う。しかしじゃあ誰ならいいかと言われると、俺の知り合いではこれという人もいない。下手に広められておもちゃにされないことを願うのみだ。
上流階級とはそういうものなのだろうが、親から無茶振りされて大変だなと思うことしきりである。
「なあ智希、千冬姉が来る前に正直に言ってくれ。お前今度は何をやったんだ?」
「何もしてないし僕のせいなら僕しか呼ばれないよね?」
「いーや、どうせ俺はとばっちりに決まってる。弾と数馬から言われてやっと目が覚めたぜ」
「あの二人を信じる方が周りから血迷ったって言われると思うよ」
あの面会以来一夏は俺に対して警戒心が強くなってしまった。
本当にあのバカ共は余計なことをしてくれる。
「だから俺は何もやってねえぞ! なのになんで説教部屋に呼ばれるんだよ!」
「そんなの知らないよ。というか一夏は説教部屋の存在を知ってたんだ」
「鈴から聞いてた。ちなみにあいつさっきの呼び出し放送の後頭抱えて怯えてたぞ。なんかブツブツ言ってたし、あんなに弱々しい鈴は初めて見たかもしれない」
「織斑先生は鈴に何を言ったんだろう。説教部屋行き第一号だけに気合入ってたのかな?」
「第一号はお前だろ?」
「それはデマ」
「智希ってここに来たことあるんじゃなかったのか?」
「ここに来るのは三回目かな」
「やっぱりお前の方が先なんじゃないか」
「ここに来た意味合いが全然違うんだけど」
だが俺が誤解を解く前に織斑先生が入ってきてしまった。
仕方ない、説明は後にしよう。
「すまない。あの後すぐに電話がかかってきて遅れてしまった」
「千冬姉、悪いのは俺じゃなくて全部智希なんだ」
「何だ? また何かやらかしたのか?」
「だから、俺にも罪があると思ったからこうやって呼び出したんだろ?」
「要するに後ろめたさがあるわけなのだな?」
「はあ!? どうしてそうなるんだよ!」
どうしても何も言い訳から始めてしまっては、誰が見てもそうとしか思えない。
「自首するのであればついでに聞くぞ?」
「いったい何を自首するんだよ! だから俺は何もしてないって言ってるだろ!」
「甲斐田、織斑は何をした?」
「被害妄想です」
「何だ、ただの馬鹿か」
「はあ!?」
「説教部屋に呼ばれたというのが恐怖を増大させているみたいで」
「……凰か。やはり薬が効きすぎたか」
織斑先生は目を閉じて額をトントンと叩く。
やはりということは本人にも自覚があったらしい。
「甲斐田を相手にしていると他の人間に対して加減を間違えて困る」
「ここにも僕を引き合いに出さないと会話できない人がいる」
「自業自得だ」
「やーい! いや何でもないです……」
俺と織斑先生に睨まれてようやく一夏が大人しくなる。
「それで、二人揃って呼び出した理由は何ですか? 一応言っておきますけど僕の方にも心当たりはないですよ?」
「呼び出す場所を間違えたな。別に叱責するために呼んだわけではない」
「なんだ……よかった……」
「いったいどれだけ怖がってるの?」
「だって鈴がさあ」
「雑談は後でやれ。それで本題だが、お前達にお願いが来ている。これは全くもって強制ではない」
「はいはい。僕達が自主的にそれを選ばなければならないんですね」
「マジかよ」
「あまり人目につきたくなかったのだが場所が悪過ぎたな。文字通りの話だ。嫌ならこの場で断ってくれて全然構わない。断ったからどうだという話でもない」
「ほう」
珍しい。やけに下手だ。
「その内容だが、そこに至るまで順を追って説明しよう。まず明日IS学園に転入生が到着する」
「転入生!」
「マジかよ!」
まさに先ほど俺が口にしたばかりの単語だ。
「一応は明後日六月一日付けという話だが、ここに住むことになるからな。前日のうちに到着する予定で当然荷物もある。荷物も同じ飛行機ではあるがまあ本人の方が先に着くだろう」
「その人の出迎えをしてくれないかって話ですか?」
「それくらいなら全然やるぞ?」
「まあ待て。話はまだある。それでこの寮に住むにあたって、本人が要望を出してきた。親元を離れ初めての海外生活に不安があるので、お前達二人のどちらかと同部屋にさせてもらえないだろうかと」
「それは……正直どうなんだ? 俺達である必要はないって言うか、むしろ俺達はダメだろ?」
「そういうことじゃないよ。むしろ僕達でなきゃいけないんだ」
つまりはそういう話である。
なるほど、ここ一連の出来事が繋がってきた。
「はあ? いやいやダメだろ。さすがに高校生にもなって女子と同じ部屋がよくないのは俺にでも分かるぞ?」
「織斑、ヒントをやろう。転入生の母国は、フランスだ」
「フランス? フランス、フランス……フランスって何かあったっけ?」
「この程度すら期待できないのか……」
「まあ無理ですね」
「甲斐田……こういうことを言うのは教育者として失格かもしれないが、この馬鹿を何とかしてくれ……」
「確かに匙を投げるのは教育者失格ですねえ」
「何だよ二人とも。だからフランスがどうしたんだよ?」
一夏は苛立ちげに俺達を見回す。
別に頭が悪いわけではない。記憶力だってそれなりだ。
ただ、興味を抱かない事柄については清々しいまでに覚えようとしないだけだ。
「一夏、まずフランスには男性IS操縦者がいる」
「それってフランスだったっけ? 顔も見たことないし存在すら忘れてたわ」
「まあ一夏はそうだよね。そして明日ここにやってくるのがその男性IS操縦者なんだ」
「マジかよ! それなら早く言えよ!」
一転、一夏が大きな喜びを露わにする。
弾や数馬と馬鹿をしたい年頃だ。同性の出現の喜びは相当なものだろう。
「会話から察して欲しかったのだがな」
「それを今の一夏に求めるのは正直酷かなあと」
「そりゃあ迎えに行かないとな! どうせなら空港まで……智希、外出許可は当日じゃダメなんだっけ?」
「駄目に決まってるよ」
「そうか……じゃあ正門で待つことにするか」
可能なら空港まで迎えに行こうとは相当な勢いだ。
今の今まで存在すら忘れていたというのに。
「そのあたりは後で話せ。今は別の話だ」
「別の話……ああ、部屋のことか。確かに不安だって言うなら応えてやりたいとこだな。智希、どうしようか?」
「一夏よろしく。僕が部屋を出るから」
「はあ!?」
「即答だと!?」
そんなもの考えるまでもない。
俺が出るの一手だ。
「智希、ちょっと待て。お前なんでそんな早く決められるんだよ?」
「考えるまでもないでしょ。一夏の方が僕より面倒見いいんだし」
「いや、お前だって俺達と一緒に暮らしてたじゃないか。やれって言われたらお前だってできるだろ?」
「できるできないじゃなくてやるやらないの話だよ。一夏はフランスの男子と同部屋になるのが嫌なの? 相手にするのが面倒?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ何も問題はないね」
そう、一夏で何も問題はないのだ。
「そりゃそうだけどさあ……」
「甲斐田、一つ聞かせろ。これはお前にとって想定内の話か?」
「想定……そうですね、三人目四人目がIS学園に来ることがあるかもしれないとは思っていました」
「そうか、ではもう一つ。その判断は自分の中できちんと考えた上での話で、感情に従ったものではないのだな?」
「当然です」
「分かった。ではそのようにしよう。織斑もそれでいいな?」
「それは……別にいいけど」
「甲斐田、正直に言うがそれは予想外だった」
「みたいですね」
織斑千冬を驚かせたというのはそれだけでかなり楽しい出来事だった。
「あれだけ前振りがあれば当然その流れで進むと思っていたのだが、分からないものだな」
「物事には優先順位というものがありまして」
「いや、別に甲斐田の判断についてとやかく言うつもりはない。誰に強制されることでもなく、十分に考慮した上での話であればそれは尊重されてしかるべきものだ」
考慮とかそういう次元の話ではない。
一夏が一人部屋とか、さあどうぞ襲ってくださいという所業でしかないのだ。
碌に部屋の鍵すらかけない一夏ではセキュリティも何もあったものではない。もともと施設では他人任せで防犯の意識が薄いし、姉との生活では警備が常駐していたのとオートロック任せで鍵を忘れて外出するほどである。
ここに来てからは口を酸っぱくして言っているのだが、IS学園の生徒が盗みなんてするわけないという乱暴な理由で一夏は右から左だ。
こんな状況で一人部屋暮らしを始めた日には、一夏の周囲で盗難が横行することになるだろう。なくなるのは金目のものではない。一夏の私物だ。歯ブラシあたりが最有力候補か。
そして容疑者候補が多過ぎて犯人の絞込みすら困難だ。もちろんその気になれば犯人の炙り出しくらい可能だが、歯ブラシ一本で捜査活動など時間の無駄でしかない。
俺にとっては選択肢など最初からないのだ。
「どうした千冬姉? なんか変だぞ?」
「別に何もない。だが一応言っておくが、同部屋になったと言っても以後変更不可という話ではないのだからな。相性の問題もあったりするだろう。また相手が慣れてきたのであれば再び部屋割りを戻すということも十分に考えられる。場合によっては三人とも一人部屋にするということになるかもしれない。全ては流動的な話であって、何かしらの不都合を感じた場合は遠慮無く口にしてくれて構わないぞ」
「らしくないですね。決まったからにはその範囲で努力しろと言うのかと思ってましたけど」
「一般の生徒であればそう言うだろう。だが部屋割りを決める際は性格なども考慮したうえでの話であるし、そもそもお前達は希少な男性IS操縦者なのだからな。この程度の配慮はしよう」
やけに歯切れが悪い。
織斑先生には珍しく当てが外れたようだ。
確かに本人も言っていた通り、今までの流れではフランス関係の対応は俺がすることになるのが自然だ。
フランス国内の騒動やデュノア一家の問題など、とても一夏に解決を求めることではない。そもそも一夏に力技以外での問題解決能力を求めること自体が間違っている。
だがそんなものは別に同部屋でなくたってできるだろう。確かに同部屋なら密室なので外ではできない会話がやりやすいが、それなら例えば俺の部屋に呼んでやればいい。他にも会議室など場所はいくらでもある。
織斑先生にしては珍しい手落ちな気もするが、フランス男子の面倒を見ることと問題の相談に乗ることは全く別の話だ。
それなら俺にとって大事なのは、同部屋にして一夏とフランス男子を仲良くさせることである。
元々一夏は男友達を欲しがっていた。相手がどういうタイプかまでは分からないが、最初に不安を訴えるくらいだから間違っても弾達のような神経の図太い人間ではないだろう。
だったら一夏に面倒を見させて恩義を感じてもらった方がいい。
フランスということで思想が少し気になるが、それは会話をしていれば分かるだろう。できれば気配りのできる性格であることを望む。
「分かりました。ではさっさと引っ越しの準備をします。と言っても女子じゃないんで大して荷物はないですけど」
「そうだ、引越し先はどこになるんだ?」
「確か奥の部屋が空いてるんじゃなかったかな? ほらいつもは防火シャッターが閉まってる先」
「ああ、あそこか」
「一応三年生の住む別棟も空いているぞ?」
生徒数が増えた結果、今年から三年生は増築された別棟に移っている。
だから俺達のいる本館には増えた生徒を差し引いて三十人分くらいは部屋が余っているはずだ。
「さすがにそれはちょっと」
「すぐそこにあるんだからそれでいいじゃないか」
「分かった。ではそうしよう。いや待て……それならこの際織斑達の部屋もその区画に移動させるか。お互い近い方がいいだろう」
「えー? そんなの必要ないだろ? そもそもそこまで離れてないし」
「引っ越し作業が面倒なんだね」
「甲斐田を一人野放しにしておく方が危険だと思わないか?」
「それは……あるな。しょうがない、引っ越すか」
「あっさり納得しちゃった」
「部屋が違うと言っても同じ男性IS操縦者、気兼ねなくお互いの部屋を行き来するといいだろう」
「はいはい監視のためですね」
面倒臭さを上回るとは一夏にとって俺は何なのか。
と言っても別に距離など問題ではない。一人部屋というのは俺にとって大きな利点がある。
何より一夏の目を気にせず博士やクロエと会話をすることができるのだ。
VTシステムの問題もあるし博士との連携をやりやすいのはタイミング的に実にありがたい。
「じゃあさっさと引っ越しの準備をするか」
「そうだね。あ、そういえば明日のいつ頃到着とか分かります?」
「手続き関係もあるそうなので午前中に着くようなことはないだろう」
「じゃあそこまで焦る必要もないか。そもそも備え付けがほとんどだしな」
「追い出されるわけでもないし荷物は順次移動でいい気がしてきた」
「さすがにそれは認めない。期限は午前中として午後に清掃を入れる」
「そこまで甘くはないか……」
「当たり前だ。どうせそういう形でなし崩して事実上二部屋使う気なのだろう?」
「まさか」
「智希ってそういうミョーなところで頭働かせるよなあ」
失礼な。
本気でやるのなら誰が織斑先生の前で口にするか。
確かに二部屋あればそれなりに使いでがあると思うが、別に必須というほどでもない。
いやそれよりもクラスの連中が知ったら溜まり場場遊び場として占拠しそうだ。責任だけ全部俺に押し付けて。
今のところ取り立てて不都合を感じているわけでもないし、特に別拠点は必要ないだろう。
「とはいえ甲斐田、明日は定期検査が入っているだろう」
「あ、そうだった」
「それって朝からじゃなかったか」
「だね」
「おいそれじゃ時間ないぞ」
これはつまり今夜中に終わらせておけということになる。
「運ぶのはこちらから人を出す。纏められるだけ纏めておけ」
「お願いします」
「俺も部屋を出るし忘れ物あったらすぐ分かるさ」
「そうだね」
「話は以上だ」
織斑先生が立ち上がって出て行き、俺達も続く。
俺の荷物はどれだけあったか。ああ、少なくとも一夏の写真は見つからないようにしておかなければ。
「楽しみだな」
「何が?」
「何ってフランスの男子に決まってるだろ」
「ああ、そうだった。引っ越しのことで上書きされてたよ」
「おいおい、大丈夫か?」
確かに、第三の男性IS操縦士がどんな人間か俺も楽しみだ。
いろいろと問題は抱えているようだが、俺と同種の男だ。一夏とは違う感覚を持っているかもしれない。
元からISを動かせた一夏とは違って、フランスの男はISを動かせるようになった人間であるはずだ。果たしてどんな出来事があったのだろう。
もちろんすぐに聞けるような軽い話ではないだろうから、それはかなり先の話になるかもしれない。俺もその時のために相手が納得するような話を作っておこう。
まあ、まずは一夏だ。一夏と仲良くなって友情を育んでもらおう。世界に四人では向こうだって同じことを考えているはずだ。むしろそのために日本にやって来るのだろう。
できれば気の利く性格であると嬉しい。ISをそれなりに動かせるともっといい。もし純愛主義ならさっさと恋人でも作らせるか。少々危険だが一夏にいい影響を与えてくれるかもしれない。
考え始めるとたくさん溢れてくる。
それは期待であり、俺にとってのある種の希望だ。
できることなら普段の一夏を任せられるくらいであると嬉しいのだけれど。