IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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16.転入生

 

 昼飯時を大きく過ぎた食堂は閑散としていた。

 

 

 この食堂は日中ずっと営業しているわけではない。

 朝も昼も二時間程度しかやっていないので、宮崎先輩曰く運悪く食べそびれることもたまにあるそうだ。

 その上ピーク時は混み具合が激しい。特にこの二年で生徒数が一割以上増えたこともあって、タイミングを誤ると席にありつけないことまであるようだ。だから上級生の弁当率が日に日に上がっているそうで、地下にある売店のラインナップもそれと比例して充実してきているとのことである。

 来年も再来年も生徒数が増えるのはほぼ確実だし、甲斐田君も今のうちに弁当生活を始めておけば? と宮崎先輩は自分で作った弁当片手に笑っていた。個人戦が終わったら一夏を煽ってみることにしよう。

 

「あれ、甲斐田君は今からお昼なんですか?」

 

 振り返れば岸原さんだ。

 丸眼鏡カチューシャのちびっ子はここで勉強をするつもりなのか、教科書にノート、文房具を抱えている。

 

「うん、今日はIS委員会の人達が来てて」

「今までやってたんですか!? もう二時ですよ!?」

「研究者って夢中になると時間を忘れる人種みたい」

 

 言いながら俺は食堂の人に取ってもらっておいた自分の昼食を受け取る。

 嫌な予感がしたので寮を出る前にお願いしておいて正解だった。

 俺がすぐそばの席に腰を下ろすと岸原さんも俺の向かいの席の椅子を引いた。何か話でもあるらしい。

 

「お腹空いたって言えない空気だったんですか?」

「言ってるんだけどまさかもうちょっともうちょっとが二時間も続くとは思わなかった」

「そ、それは災難でしたね……」

 

 後から空腹時のデータを見たかったとか口にしていたが、どう見ても言い訳でしかない。まあ連中には俺に気を遣うという意識もないから、言い訳を出す程度には自覚があったのだろう。

 最近の様子を見ていると連中はどうも何かしらの成果が欲しいらしい。せっかく希少な男性IS操縦者を研究対象として確保できたのに、出てくる数値は一般人レベルの平凡な低い数値。データは規約上世界に公開されているので、俺がISを動かせるだけの一般人と変わらないことくらいしか示せていない。

 謎を解くどころの話ではなく、上からつつかれたりしているのだろう。

 

「はっきり言って前より大変だよ」

「そうなんですか? でも今は週に一回から二週間に一回にしてもらったって言ってませんでしたか?」

「それ完全に落とし穴で、前は午前中だけだったのが今は一日がかりになっちゃったんだよ。だからトータルの拘束時間としては前より多い」

「はー……。それは大変ですねえ……」

 

 リーグマッチを控えていて時間が欲しかったので奴らに掛け合った結果がこれだ。

 目先のことだけを考えるとトータルマイナスになる場合もあると学んだはずだったのに、またやってしまった。

 織斑先生にはなぜ自分を通さなかったのかと怒られた。先に織斑先生に話していれば最低限同程度には調整したとのことである。

 そして自分で決めたことなのだから決めた通りにやれと言われて今に至る。

 

「ということは食べた後にまた続きがあるんですか?」

「あるよ」

「それは残念です。お暇でしたら食事後に甲斐田君のご意見をお聞きしたかったんですが」

「それは何についての?」

 

 食べながら岸原さんの方に視線をやると、ノートを広げている。ノートには所狭しと書き込みがされていた。

 

「リーグマッチの各試合における甲斐田君の見解をお聞きしたくて」

「まだリーグマッチの反省なんてしてたの?」

「いえ、リーグマッチは個人戦に向けて私達にとって一番の教材なんです。形式が同じ一対一ですし、現在の学年最高レベルの試合ですし、試合の内容についても参考になる部分がたくさんあるんです」

「身近な教材だってわけだね」

「はい。ですから甲斐田君の目から見た感想を聞きたかったのですが……」

「そのあたりはパイロット班の人達の方がいいと思うけどなあ。実際に試合をやる立場からの意見の方が実感こもってるよ」

 

 待機室で観戦していた時、パイロット班の連中は戦っている一夏に近い視点で見ていた。

 試合をやる立場ならそちらの方がためになるだろう。

 

「そちらの方は一通り聞いたので大丈夫です」

「一通りってまさか全員?」

「あっ、えーと、勉強会をやったんです。甲斐田君達がやっているように私達も」

「そんなことしてたんだ。参加者はクラスの全員なの?」

「いえ、部活ある人もいますし、訓練機を使える日の人はもちろんそっちですし、用事がある人だっています。だからその時々時間のある人だけですね」

「でも参加できる人は参加してるんだ」

 

 おそらく個人戦に向けて次は自分だと意気込んでいるのだろう。

 もちろん個人個人でやるべきことはあるにしても、会話し合った方が理解は深まるのだから。

 しかし本当に真面目過ぎる。教師に教わるだけでは満足できないのか。

 

「みんな甲斐田君の意見は聞いておきたいってよく言ってるんです」

「僕の? 指揮の視点なら鷹月さんか四十院さんにでも聞けばいいんじゃないの? 少なくとも僕よりは時間取れると思うよ?」

「そのお二人にはもうお聞きしました。だから大丈夫です」

「じゃあ別に僕の話を聞く必要とかないじゃない」

「そんなことないです! 鷹月さん達の話を聞いてみんなますます甲斐田君の話を聞いておかなきゃって言っていて」

 

 あの二人は俺についていったい何を言ったのか。

 リーグマッチの反省会では俺のことを過大評価気味だったしかなり怖い。

 

「僕の意見って言うけど、僕の何をみんなは気にしてるわけ?」

「それはもちろんその発想力の源です! 例えば四組戦三組戦では甲斐田君だけが試合の内容を理解していました。凰さんに対しては根底からひっくり返したじゃないですか。この部分において私達は甲斐田君に遠く及ばないんです。だから甲斐田君の話を聞けば得るものは絶対にあるはずなんです!」

「いやあ……それはどうだろう? なんとなくだって鷹月さん達には言ったんだけど、そういうのは聞いてない?」

「それも聞きました。つまり甲斐田君の中では言語化されていないということですね。だから甲斐田君の話を聞いてみんなで議論すれば、どういうことだったのか分かるかもしれないんです」

 

 なんて面倒臭い連中だ。勢い余って俺の分析まで始めようとしている。

 訓練機を使える時間に限りがあるのでこういう方向にまで手を伸ばしているのだろうが、もっと他にやることはないのか。

 鈴戦なんて性質上俺でしか気づけないような事情だったのだから、特殊過ぎて参考にすらならないだろうに。

 

「うん……まあ、言いたいことは分かったよ。時間があったらね」

「ありがとうございます!」

 

 もちろん時間などあるはずがない。それを鷹月さんと四十院さんのせいにして責任は全部押し付けるのだ。

 

「鷹月さんと四十院さんにはお話をしてあるので今度お願いすることになると思います!」

 

 保護観察処分である俺の目論見は儚くも泡のように消えて行った。

 

 

 

 

 

 寮の入り口の扉を開けるといつもの比ではなく騒がしかった。

 休憩室を見渡すとこの時間にしてはあちらこちらに生徒がいる。もう噂になっているのだろう。

 と、誰かが口にしたのか俺に向かって一斉に視線が飛んでくる。だが話しかけてくる生徒はいないようだ。見た感じ知った顔もなさそうだし、そしてそういう生徒は未だに俺に話しかけてくることもない。ちなみに一夏に対しては時々思い切って突っ込んでくる生徒がいる。

 

「よう、寮の中は大騒ぎだけど、話は聞いてるのかい?」

 

 さっさと上に上がろうと前を向いたところ、休憩室とは反対側から声がかかった。

 顔を向けると元・五組代表の佐藤だ。クラスからハブられてぼっち状態が長いくせに、相変わらず姉御系の強気な笑顔である。まあ元々動じてもいなかったが。

 とりあえず手招きしているのでやむなくそちら側へと近寄った。ぼっちオーラではないだろうが周囲にいた生徒がそそくさと離れていく。

 

「ええ、昨日のうちに。おかげで部屋を引っ越しです」

「ああ、だから朝からどたばたやってたんだね」

「そういうことです。そんなに大騒ぎですか?」

「そりゃそうだろう。また増えたんだ」

「実物はもう到着してます?」

「二時間くらい前だったかな? 正門からここまで行列ができて何のパレードだと思っちゃったよ」

「それは相当ですね」

 

 一夏は本当に正門まで迎えに行ったようだ。ならば篠ノ之さん達もついて行ったのだろう。

 しかしそんなことをすれば騒ぎになるのも当然だ。見知らぬ男子が一夏の横を歩いているのだから。

 ひとまずは無事に着いてくれてよかった。

 

「よかったね。仲間が増えるのはやっぱり嬉しいだろう?」

「ありがとうございます。二人と三人じゃかなり違うんじゃないかと思ってます」

 

 もちろんそのフランス男子がどういう人間かにもよるが、やはり三人というのは大きい。

 単純に考えてプレッシャー二割減である。全てを受け流す一夏にとっては一緒だが、より多くの人数で固まった方が心強いのだ。

 

「じゃあさっそくその顔を見に」

「ああ待った待った。急いでるとこ悪いんだけどちょっとあんたに話がある」

「なんでしょう? その人についてはまだ顔も知らないので何とも言えないんですが」

 

 まさかそのフランス男子を紹介してくれとかくだらないことを言うのではないだろうな。

 もしそうならおととい出直して来いだ。

 

「いやいや、そっちは別にどうでもいいんだ。話はあんたのことだよ」

「僕ですか?」

「ああ、聞くところによるとあんたは相当な食わせもんだそうじゃないか」

 

 佐藤がニヤッと笑う。ようやくバレたか。

 別にそれ自体は今さらどうということもない。

 というか元々はこちらから話をしに行く予定ですらあった。

 

「はあ」

「ああ、別に隠さなくていい。上級生達の間ではもう常識だそうだし、遅かれ早かれという話だからね」

「では謝ります。すみませんでした」

「いやいや、そういうことを言いたいわけじゃない。そもそもあんたはあたし達に対して何もしてないし、あたし達がそれ以前のレベルだったというのは自分でよく分かっている」

「そういうわけでは……」

 

 正直なところ情報は流している。その結果そこまで脅威でもなく、初戦の相手としてはちょうどいいだろう、くらいの認識だった。だから手強いと目されていた三組にやったような工作めいたことはしなかっただけの話である。

 

「そっちのことはもう今さらどうでもいいんだ。話をしたいのは未来のこと、今後のことでね」

「今後って言うと……」

「もちろん個人戦とそれ以後の話だ。はっきり言うと、あんたのアドバイスが欲しい。ISのね」

 

 そっち系か。

 上級生に過大評価気味な俺の話を聞かされて、こいつは使えるとでも考えてしまったのか。

 

「別に付きっきりにしろなんて言わない。時々見て意見をもらえるだけでいい」

「曖昧な要求ですね」

「それはあんた次第だからね。そしてもちろんタダとも言わない」

「へえ、それは?」

「あんたの駒になろう。あんたはこのIS学園でやりたいことがあるんだろ? なら人手は必要だろう」

「そういう話ですか」

 

 さて怪しいにも程がある。

 まさかぼっち生活はやはり寂しかったと言うわけでもあるまい。

 俺の話を聞いて自分で考えたか、それとも誰か、例えば上級生に焚き付けられたか。俺が何かを企んでいそうなのはクラスメイト連中ですら察している。だから今までの俺の行動を見ていけばそういう考えに至るのは特別ありえないことでもない。

 もちろん否定するだけなら何言ってんだこいつで終わりだ。面倒事などごめんだというのであればその一手だ。だがそうやって危険を回避して安穏に過ごすなどという道はとうの昔に消えている。

 それに何よりこのまま切り捨ててしまうには駒という単語に後ろ髪を引かれてしまう。

 自分に従ってくれる人間がいると楽かつ効率的なのはリーグマッチで十分過ぎるほど経験しているのだから。

 この際聞くだけは聞いてみるとしよう。

 

「もちろん今のあたしは一人だ。だけどそんなのは前言った通り個人戦までの話で、杉山の化けの皮なんてすぐに剥がれる。今でさえもう不満が出始めてるくらいだからね。再び以前のようになるだろう」

「ちょっと皮算用が多いですね。もしかしてそのための協力まで求めてますか?」

「そこまでは言わない。なんなら個人戦が終わってそうなった後からで全く構わない」

「ではその時にまた改めて。個人戦についてはがんばってください」

「即決で断らなかったね。なら希望はあると見ていいのかい?」

「どうでしょう」

「ああだこうだと苦労して言いくるめるよりも、素直に言うことを聞いてくれる人間がいるとやりやすいよ、と自己アピールもしておこうか」

 

 これは痛いところを突いてきた。

 最近の一組連中は昼の件を見ても、個人戦を意識して自分が自分がになってきている。

 リーグマッチのようにいかないのはもう明白だ。

 どうにかならないかと考えてはいるのだが、個人戦の怪しそうなルールが見えない以上はっきりとした手を打てないのが現状である。

 このままでは、うまいこと言いくるめてせめて一夏にとってもプラスに働くようにしよう、というので精一杯なのだ。

 

「何なら個人戦の前でも必要だったら声かけてくれて構わないよ。もちろんその時は対価も欲しいけどね」

「じゃあ……どうしても困ったときはお願いするかもしれませんとだけ」

「それは上々。邪魔してごめんね。それじゃ」

 

 満足した気で佐藤は去って行った。

 基本的に今の佐藤はぼっちなので、一人でできることなどたかが知れている。今すぐ欲しいわけでもない。

 上級生などどこかの紐付きな可能性も普通にあるが、本人が相当自我の強い人間であることはよく知っている。

 はっきり言って自意識をつつけば俺にとってはなんとでもなる相手の範疇だ。実際にリーグマッチ中は俺を疑いすらしなかった。

 黒幕の存在も含めて、俺に対してどの程度の価値を認めていて何を求めているのか、しばらく様子をうかがってみよう。

 そう決めて俺はエレベーターへと再び足を動かした。

 

 

 

 

 

 せっかく上まで上がったのにまた下に戻る羽目になってしまった。

 新しい自分の部屋にはドアに張り紙がされており、殴り書いた一夏の汚い字によると一階の食堂にいるそうである。

 旧部屋の鍵は取られてまだ新しい鍵をもらっていない以上、俺に行く場所はない。仕方がないので再び来た道を引き返すことになった。

 途中で知った顔があれば教えてもらえたのだろうが、生憎出会うことはなかった。よく考えればそういう連中は軒並み食堂に行ったに違いない。

 

 食堂に着くと探すまでもなかった。

 そこだけ異常な盛り上がりを見せている一角がある。そして周囲の視線も釘付けだ。

 迷うことなく俺はそこに向けて歩みを進める。

 そしてそこには、いた。

 

「智希! こっちだ!」

 

 一夏がこちらに向けて手を振る。

 どうやらオルコットがいち早く俺に気づいて、一夏に声をかけたようだ。俺の位置を示すためかこちらに手を向けている。きっと篠ノ之さんに取られて一夏の隣りに座れなかったのだろう。そのため一夏とは距離があったおかげで視界が広かったというところか。

 だがこの連中のことは今はどうでもいい。問題はそちら側ではなく、篠ノ之さんの反対側だ。

 そいつはいつもはオルコットが占めている一夏の隣りに座っていた。俺に気づき、笑顔から緊張した様子に変わって立ち上がる。

 

 まず目についたのは金髪。それ自体はフランス人なのだから特に珍しいことではないが、後ろで髪を縛っている。男にしてはかなり長いなと思ったが、よく考えたら弾も長髪だった。きちんと整えられているし、短髪で碌に気を遣っていない俺のような人間が何かを言うべきではないだろう。

 あと思うのは小さい。もしかしたら身長百六十もないのではなかろうか。服のサイズが合っていないのか緩めではっきりとした体つきは分からないが、見た感じこの年代の男にしては華奢というレベルで分類されてしまいそうだ。

 欧米の男とはもう少し体格がいいイメージだったが、実物がこうなのだからこれも偏見になるのだろう。

 だが顔は綺麗に整っている。美形であることは間違いない。その真剣な表情はかっこいい、よりは、凛々しい、だろうか。それは男に使う言葉なのかというのはこの際置いて置く。

 

「シャルル、あれが智希だ」

 

 一夏はもう名前呼びをしているようだ。きっと初対面の時点でそう呼ぶことにしたのだろう。

 女子に対しては名前呼びのハードルが高いのだが、男子に対しては本当にゆるゆるだ。俺の時も俺が警戒をしているというのにいきなり踏み込んできて、自分のことも名前で呼ぶようにとしつこかった。

 

「初めまして」

「は、初めましてっ!」

 

 意外なところで先方は緊張していた。

 これは一夏やその周りの連中によからぬことを吹きこまれたせいだろうか。それとも外から情報収集をした結果尾ひれのついた噂を耳にしてしまったか。

 何にしてもまだ俺を同種の人間をして見てくれているわけではないようだ。

 

「名前は当然知ってると思うけど一応、甲斐田智希です。シャルル・デュノア君でいいのかな?」

「はい、えっ!?」

「なんだ、智希は名前知ってたのか」

「まあ実は」

「そ、そうだったんですか……」

 

 ちょっとカマをかけてみる。

 シャルルというのは今一夏が呼んだから、デュノアはこの前の面会で知っただけだ。

 デュノア社社員黒木さんとの会話についてデュノアが知っていれば、苗字を知られているのは納得できるはずだ。黒木さんについて口にするのであればそれはもう公の話になる。

 知らない、あるいは公の話ではないのであれば、デュノアはどうして知ったのかを聞いてくるだろう。

 黒木さんの立場が本人の言った通りなのかどうか、少なくとも判断材料の一つにはなる。

 

「甲斐田は知っていたのだな。なのに一夏、お前はなぜ知らないと言った? さては聞き流したな」

「いや、そんなことは……あるかもしれない……」

「まったく。横断幕を用意しようにも名前が分からなければ意味がないではないか。ようこそと書くだけでは本人が見て自分のことだと分からないだろう」

「う……それは……」

「箒さん、お気持ちは十分過ぎるほど分かりますが、今は一夏さんを叱責する場ではありませんわ。デュノアさんを歓迎する場ですのでここは抑えましょう」

「そうですよー! こんなおめでたい場なのですからー!」

「リアーデさんは声をもう少し抑えてくださいませ」

「む……確かにそうだったな。申し訳ない」

 

 だと言うのに、篠ノ之さんが説教チャンスとばかりに口を出してしまったため、デュノアの発言のタイミングが飛ばされてしまった。もう挨拶は終わりとばかりに周囲に促されて腰を下ろしてしまっている。本当に何余計なことをしてくれるのか。

 

「智希は飯食べてきたのか?」

「ここに来たばかりなのにそれはないよ」

「職員用の食堂があるんだろ? そっちで食べてきたのかと思って」

「真っ直ぐ帰ってきたよ。デュノア君が着いてるだろうと思って急いで」

 

 最近はあの周辺にいると警備の人など顔見知りになった職員連中に捕まって連行されてしまうので、あまり近寄ってはいない。

 学生時代が懐かしいのかゴシップでも知りたいのか、やたらと学校生活について質問してくるので非常に面倒なのだ。

 

「俺達はこういう感じでみんなで食べたぞ」

「大皿広げてパーティね。ああ歓迎パーティか」

「つってもちょっと遅かったな。もう大きいのは残ってないみたいだ」

「じゃあしょうがない。何か適当に」

「そんな甲斐田君のために!」

 

 何事かと思って振り向くと、得意げな顔の谷本さんがいた。

 片膝を地につけてもう片方は立て、差し出すかのように平たい皿を俺に近づける。

 

「谷本さん」

「いやー私は本当に気が利くなあ!」

「これ全部お菓子なんだけど。しかも甘いもの系だけだし」

「疲れた時には甘いものですよ! ね、すごく気が利いてると思いません?」

「あのさ、僕はお腹が空いているのであって、欲しいのは普通にご飯だよね」

「そんな!」

 

 ここしばらくの谷本さんは迷走を始めた感がある。前はもう少し分かりやすかったはずなのだが。いやあからさま過ぎたと言うべきか。

 鑑みるに、俺に突っ込みをさせたくて考え過ぎてしまっているのではないだろうか。

 突っ込みをしようにももはやどう突っ込んで欲しいのかさっぱり分からない。それともこれでよかったりするのか。それすら分からない。

 そしてそんな状況にデュノアは当然ついていけるはずもなく、ぽかんとしてこの意味不明なやり取りを眺めている。

 

「かいだーにこんな美味しいものはもったいないよ。私が食べる!」

「本音ちゃん!?」

「本音さん昨日からどうしたんですか? やっぱり怒ってます?」

 

 いきなり布仏さんが割って入ってきた。

 昨日俺のことを売ったくせに、まだ根に持ったままらしい。

 

「布仏さん、あのさ」

「ふーんだ!」

「また子供みたいな」

「ああ、怒りの原因は甲斐田君だったんですね。甲斐田君、素直に謝った方がいいですよ」

「岸原さんちょっと待って。どうして僕が悪いことになってるわけ?」

「違うんですか?」

「僕が関わってるかというと確かに関わってるけど、別に僕は悪くない。というか布仏さんが勝手に怒ってるだけで」

「ほらやっぱり甲斐田君じゃないですか」

「あの布仏さんが怒るってこりゃ相当なことだな。智希お前何したんだよ?」

「いちいち甲斐田に目くじらを立てても仕方ないのだが、やはり腹が立つものは立つからな」

「布仏さんも人間ですわ。耐えられなくなることもあるのでしょう」

「とりあえず外野は黙ろうか」

 

 人が多過ぎて収拾つかなくなってきた。

 だが完全にアウェーだ。周囲を見渡しても俺の味方はいない。理不尽過ぎる。

 

「ごめんね急にうるさくして。いつもこういう感じなんだ」

「う、うん。大丈夫、ちょっとびっくりはしたけど」

「おい智希がごまかし始めたぞ」

「単なる苦し紛れであろう」

「あのさ、今は何の場? デュノア君の歓迎会じゃないの? 主役を置き去りにするとかそれはさすがに違うと思うんだけど?」

 

 これはごまかしなどではない。正当な発言だ。

 まったくもって俺を責め立てるための場ではないのだ。

 そして俺は別にキレた振りをしたわけではない。これは正当な怒りだ。

 この場を逃れるにはこれしかないとは微塵も考えていたりしないのだ。

 

「す、すまん……」

「確かに軽率だった」

「デュノアさん、誠に申し訳ありませんわ」

「大丈夫大丈夫、みんな賑やかで楽しそうでいいなって思いながら見てたから」

 

 笑顔でデュノアは手を振る。どこからか感嘆のため息が漏れたのは気のせいだろうか。

 とりあえずデュノアは空気読まない系ではなさそうだ。よかった。

 

「デュノア君はもう荷物は片付いた?」

「それがまだなんだ。着いたばかりというのもあって」

「そうか、着いてすぐ一夏にここまで引っ張り出されたならそうなるよね」

「ちょっと待て智希。どうしてピンポイントで俺なんだよ?」

「そんなの一夏しかいないじゃない。どうせ正門からパレードみたいに行列作って、部屋に着いた時にはもう収拾つかなかったんでしょ?」

「すごい」

「だからなんでそんな見てたかのように当ててくるんだよ!?」

 

 デュノアは素直に感心した顔をしているが、佐藤からの情報を加味すればそんなものは手に取るように分かる。

 クラスメイト連中の力を借りてこうやって囲わなければ溢れる生徒の波を防げなかったのは想像に堅くない。

 その結果、この場にいない鈴などはクラスという強固な枠によって弾かれてしまったのだろう。

 

「一夏はこの後部屋に戻ったら当然デュノア君を手伝うんだよ? まさか自分のが終わってないとは言わないよね?」

「それは言われるまでもないし、俺の方はもうバッチリだ。なんせ箒達が手伝ってくれたからな!」

「あー、手伝わせちゃったか……」

 

 俺があたりを見回すと、篠ノ之さんやオルコットを含めた何人かがあからさまに目をそらして合わせようとしない。

 これは後で一夏が俺のところへあれがないこれがないと駆け込んでくるパターンだ。

 連中もしっかり頭を働かせてくれる。きっとゴミとして捨てられてしまったとかこの際処分をしておいたなどという言い訳を用意しているのだろう。

 まあそれは明日デュノアの足りないものを買うついでに一夏の分も買うか。いや、むしろ奴らに買わせよう。俺が言えば当然喜んで買ってくれるだろうから。

 

「そこまで気を遣わなくて大丈夫だよ。荷物と言ってもそこまで大した量でもないから。一人でやれるよ」

「こんなこと言ってるけど、一夏、分かってるよね?」

「もちろんだ。こういう遠慮はそのまま受け止めちゃいけないことくらい俺でも分かる。迷惑かけた分シャルルが何もしないでいいくらい働くぜ」

「よし」

「大丈夫、本当に大丈夫だから。自分でやれるよ」

「そういう遠慮は俺達の間じゃいらないぞ? これからもいろいろ迷惑かけるだろうし、何かやれることがあったらお互い様だ」

「うん、そうだね。でも荷物の整理ならむしろ自分でやった方がいいんだ。だってどこに何があるか分からなくなっちゃうかもしれないし」

「なるほど、確かに一夏にやらせると一夏までその場所を忘れそうだ」

「おい、それを言うなら智希の方が怪しいぞ。だいたい俺はそういうの好きだし得意なんだからな。というかお前の分まで俺はやってるぞ」

「確かにそうかもね、ごめんごめん」

 

 と俺はデュノアの態度を見て一夏に振って流す。

 デュノアはもしかしたらパーソナルスペースに踏み込んで来られるのを好まないタイプかもしれない。

 一人っ子によくあるパターンで、小さい頃から個室、自分の空間を持っていたりすると他人が入ってくるのを嫌がるのはそれなりにいる。施設でもいた。

 生まれてから今まで母親と二人きりだとして、その上生活に他人が介在していなかったとしたら、そういうのをまるで気にしない一夏にズカズカと踏み込まれては気分を害してしまうかもしれない。これは部屋の配置を間違えたか。

 いや待て、それはおかしい。そもそも相部屋を頼んできたのはデュノアだ。つまりデュノアの意思ではないということなのだろうか。例えば父親が無理矢理押し込んだとか。

 やはりこのあたりには複雑な事情が隠れていそうな気がする。

 

「それよりも甲斐田君はご飯まだなんだよね? お腹ペコペコだろうし頼んできた方がいいと思うよ。やっぱりお菓子ばかりじゃね?」

「そうだった。確かに食べるものは食べたい。じゃあちょっと行って来る」

「いってらっしゃい」

 

 俺は立ち上がり、デュノアが笑顔で手を振る。

 しかしデュノアについては正直予想外だった。意外とどころではなく普通だ。

 更識妹を見た時のような感覚くらいはあるかと想像していたのだが、そんな負の要素は欠片もない。

 近さで言うなら佇まいやその洗練された動きからオルコットだろうか。外国人、いや上流階級に対する偏見かも知れないが、きちんと躾けられた育ちの良さを感じる。愛人の子とはいえ大企業の社長の息子なのだから、さすがにそれなりの教育を受けているのは当然なのかもしれない。

 もちろん取り繕い方が上手くて俺が分かっていないだけなのかもしれないが、果たして。

 

 適当に目についたメニューを注文して待っていると、鈴がこっちに向かって来るのが視界に入った。ハミルトンもいる。不満で頬が膨れた顔からして、一組の歓迎会場から弾かれた文句を言いに来たのだろう。

 当たり前だが今は鈴などを相手にしている場合ではない。俺は気づかないふりをして受け取り、さっさと足早に逃げ出した。

 

 

 

 

 

 デュノアはなんと専用機持ちだった。

 

「と言っても一夏やオルコットさんみたいに完全な専用機じゃなくて、汎用の機体に専用化処理をしただけなんだけどね」

「やっぱりラファール・リヴァイブ?」

「うん。さすがに別の会社の機体を使うのはね」

「ん? どういうことだ?」

「一夏、シャルルはラファールを作ってる会社の社長の息子だよ? 今まで話に出てなかった?」

「あ、さっき四十院さんがそういう話をしてたな。なるほど、ラファールか」

 

 普通はデュノア社だけで話が通じてしまうので、ラファールと結びつけることのできない一夏ではピンと来ないのもむべなるかな。

 だが呼び方のような話には敏感で、自分だけ名前呼びで俺とデュノアが名字呼びなのはおかしいと言い出し、俺達は強制的にお互いを名前呼びさせられることになってしまった。

 

「織斑君はさすがに基本事項の知識くらいは入れておいた方がいいですよ。こちらは当然通じているものと思って話をしてしまいますので、いつかアドバイスをしても正しく伝わらなくなってしまうことがあるかもしれません」

「うん、なんか俺もそんな気がしてきた。もうちょっと真面目にやろう。ありがとう四十院さん」

「それ僕が常々言ってることなんだけど」

「う……いやそれは……」

「甲斐田さんは織斑君を理解していますので、きちんと織斑君が正しく理解できるように話すことができます。だから今までは何も問題が起きなかったのでしょう」

「そ、そうだな! さすが、四十院さんはよく分かってるよ!」

 

 一夏が大きく笑ってごまかすが、確かにこれは一理ある話だ。

 その通り、俺は一夏がちゃんと理解しているか顔を見れば分かる。そしてリーグマッチの際も、鷹月さんや四十院さんが一夏に話をしていてこれは通じてないと思ったら間に入っていた。織斑先生ですらたまに俺に翻訳を求めることがあるくらいだ。

 もしかして一夏に合わせて話すというのは、ある意味一夏を甘やかすことになっていたのではないだろうか。

 

「二人ともすごく仲いいんだね。付き合いも長いの?」

「つっても三年くらいだな」

「長さだけなら一夏は小学生から知ってる鈴の方が僕より長いね。そういえば篠ノ之さんて一夏と一緒にいたのはどれくらいだっけ?」

「私か? 幼少期の話ではあるが、まあ五年というところか」

「あれ、そんなに長かったのか?」

「か、数えればそうなる!」

 

 これはもしかして一夏を眺めていた時期があったということなのだろうか。

 まあ物心着いた頃の話だし、深くは追求すまい。

 

「篠ノ之さんは映像見たけどすごかったね。近接戦の動きとして全く無駄がなかった」

「あれは……あの場での役割を果たしただけで、言われる程のものではない。ただ守りに徹しただけだからな」

「全然そんなことないよ。まさに守りの打鉄を体現してたというか、あれじゃいつまでやっても相手は篠ノ之さんを突破することができなかっただろうね」

「お前も甲斐田と同じく口を回す輩か。だがこういう場であるし今は素直に褒め言葉として受け取っておこう」

「ふふっ、どういたしまして」

「篠ノ之さんが照れてる。珍しい」

「だから甲斐田はどうして余計な一言を追加しなければ気が済まないのだ!」

 

 一夏と一緒に俺に対して茶々を入れておきながら何を言う。

 自分が気にしているのなら人の振り見て我が振り直せ。もちろん俺は他人がやってくるなら自分もやるなので、自重する気などさらさらないが。

 

「デュノア君デュノア君、今言った映像ってもしかしてネットで出回ってるとかいうやつ?」

「それも見たよ」

「ということはあたしはみっともなく映ってるんだろうなあ」

「君は相川さんだよね? 全然そんなことなかった。必死で戦ってたのはしっかり映ってたよ。あの時は一夏がすぐ入ってきてたけど、たまたま一発もらっただけだしまだまだ全然いけたのは分かるから」

「うわ、危ない危ない。その笑顔はヤバいね。一ヶ月前のあたしだったら完全に惚れてたわ」

「そうなんだ。それは残念だなあ。一ヶ月前にここに来られたらよかったのに」

「きゅ~ん」

 

 誰だバカな擬音を口に出した奴は。

 見渡すと整備班の数名がうっとりとした顔をしていて、ちょっと犯人の判別は難しそうだ。

 

「でも後で会社の人が撮った映像を見たんだけどね、それでネットで出回ってる映像がひどいものなんだって分かった」

「だよな! あれはいくらなんでもねえぞ!」

「甲斐田君の扱いがひどかったんだって? あたし達は見てないんだけどさ」

「ひどいってもんじゃないよ。智希のやった指揮を最初からなかったかのようにするなんて、正直呆れて物も言えない。一夏のことをよく見せるためだったんだろうって言われてるけど、それにしてはやり方がひど過ぎる」

「私達はただ目の前に必死で、何かを考える余裕は全くありませんでした。最後までやれたのはひとえに甲斐田さんがすべてを考えて私達を導いてくれたからです」

「うん。あくまで外から見た印象でしかないけど、みんな不安とか迷いは全くなかったよね。この人は信頼されてるんだなあって思った」

 

 俺の心証を良くしたい四十院さんはともかく、デュノアも少し俺を持ち上げ過ぎだ。いや、それを言うなら篠ノ之さんや相川さんに対してもそうだから、今は満遍なくと言った方がいいかもしれない。

 それは転入生として既存の集団に溶け込むための努力なのだろうか。

 少なくとも、それが今のところ順調に進んでいるのは間違いない。

 

 

 

 

 

「どうだ?」

「どうだって何がですか?」

 

 ようやくお開きとなりクラスの連中と別れて、俺は宿直室に新しい部屋の鍵を取りに来ている。

 そして織斑先生が二言目に出した一言だ。

 

「もちろんデュノアと話をした感想に決まっている」

「んー、いい人そうですね。一夏とは違って全然気が利くし」

「そうか」

「協調性のある人は大歓迎です」

「それはよかったな。では智希、男性IS操縦士としてはどうだ?」

「ここで名前呼びですか。専用機までもらってるそうですね。動きとかはまだ見てないので何とも」

「そういう話ではなく、何か普段とは変わったことを感じなかったか?」

「ああ、そっち系の話ですか。それなら一夏の時と一緒です。特に何もなし」

「特に何もない?」

 

 千冬さんは素直に疑問に思ったようで、オウム返しをしてきた。

 そこは疑問に思うところだろうか。

 

「正直に言うと何かないかなって期待してたりもしたんですが、全く何もなかったですね。まあ一夏の時もそうだったので、そういうものなんでしょうけど」

「待て、一夏との初対面の際もそうだったのか?」

「あれ、言いませんでしたっけ? 別に一夏と初めて会った時も何かを感じたとかそういうことはありませんでしたよ。超能力者じゃないんだし、出会ってビビッとくるとかあるわけないです」

「そうか」

 

 これはなぜか期待される話で、俺と一夏は何かで通じ合っているような誤解をよくされる。

 しかも一般市民が言っているのではなく、発生源はどうもISパイロットにあるらしい。

 どうやらその人達には口にしづらい何かがあるようで、俺と一夏にも何かあるのではないかと思っている人もいるとのことである。

 そんなもの普通なら何を非科学的なと一蹴されるところだがそこはISの世界、もしかしたらという気持ちで研究者連中は俺や一夏に質問をしてきていた。だが当然何もないよで終わってそれきりだ。

 しかしまさか千冬さんまでがそういうのを気にしているとは思わなかった。

 

「変なことを聞いて済まなかった。これが智希の部屋の鍵だ。そしてこちらが一夏とデュノアの部屋のものだ」

「一夏もシャルルも僕の部屋の鍵は持ってるんですよね?」

「当然だ。部屋を分けておいてなんだが、デュノアと一夏の様子は気にしておいて欲しい」

「シャルルはともかく一夏もですか」

「デュノアと同部屋の一夏の様子を見ている方が分かりやすいだろう? もし何かあったとしても知らない相手では変化したかさえも判断しづらいだろうからな」

 

 俺がデュノアと同部屋にならなかったのは千冬さんにとってそこまで誤算だったのだろうか。

 昨日からどうにも言い訳がましい。もしくは奥歯に物が挟まった言い方だろうか。

 

「なんかそれかえって面倒だなあ」

「智希の意思はもちろん尊重する。だがそれはそれとして、私としてもやらなければならないことはあるのだ」

「大変ですね」

「自分で選んだことだから仕方ない。それくらいはお前にも分かるだろう?」

「それもそうですね」

 

 デュノアの件について千冬さんは俺に対して強制してこない。

 以前にああいう説教をしたため、俺がしっかり考えて行動しているように見えれば無下にはできないのだ。

 もちろん事態がまずくなるようであれば即介入はしてくるだろう。今の時点でそれをしないのは俺がどうしようとしているのか分からないからだ。まだ何もしていないのはもちろん、方向性すら見えないからだろう。

 俺が一夏とデュノアを一緒にした意味は何か、千冬さんは考え続けているはずだ。

 

「智希、お前も事情をある程度把握しているから言うが、お前に何ができるか期待している」

「これは珍しい。千冬さんが僕に期待とか初めてじゃないですか?」

「私にできなくて智希にできることはある。それは一夏だってそうだ」

「万能な千冬さんならその気になればなんとでもなるでしょうに」

「力技で解決することは万能と言わない。もちろんいざとなれば躊躇することはないが、私はそういう解決策を好まない」

「わざわざ大きなヒントをありがとうございます」

「喋り過ぎたな。行け」

「ではお休みなさい」

 

 一礼して俺は宿直室を出る。

 やはり千冬さんとしては俺に介入して欲しいようだ。

 穏便でない解決手段なら既にある。だがそれを使いたくないと。

 だから千冬さんが俺に求めているのは丸く収めることである。それも男性IS操縦者という立場を使って。

 確かにこれは千冬さんにはできないことだ。あの人が動けばどうやったって上からの強制になる。その上織斑千冬という名前が出てきては世界規模の大ごとになり過ぎるのだ。

 

 今の織斑千冬の立場は一介の教師である。たとえ世界中に名前が知られていたとしても、たとえ今も強力な影響力を保持していたとしても、ただの教師という立場では国家や企業の問題に口を出すことなどできない。しかも直接的には何の関係もないのだ。

 つまり本気でやろうとするのであれば裏からやらなければならないのだが、そもそも関係もない千冬さんにわざわざそこまでする理由があるのか。こうやって動いているということはきっとあるのだろう。

 博士が言っていたことだが、千冬さんがしがらみによってがんじがらめにされているというのは俺の想像以上なのかもしれない。

 

 が、それは千冬さんの都合であって俺の都合ではない。

 もちろん男性IS操縦士が関わっているので俺達への影響も大いにあるのだろう。

 だから俺は俺にとって都合のいいように動くつもりだし、それは千冬さんも理解している。強制しないのはきっとそういう理由もある。

 それにしても期待していると言うのなら詳しい事情くらい教えろと思うが、俺は自分で勝手にやると言ったも同然なのでじゃあ勝手にやれということなのか。

 そういうスパルタ的なのはもう少しどうにかならないのかと俺は思わざるをえなかった。

 

 

 

 

 

「甲斐田くん、お客さんだよー!」

 

 自分の名前を呼ばれて振り向くと、鏡さんが手を挙げていた。

 誰が来たかと思えば三組代表のベッティである。教室の入口に立って、笑顔で手を振っている。

 さて何だろうか。

 

「わざわざ一組まで来るなんて珍しいね。どうしたの?」

「甲斐田君織斑君に挨拶をしたいって言ってるから連れてきたんだよ」

「僕と一夏?」

「そうそう。織斑君が見当たらないみたいだけど、今いないの?」

「トイレに走って行ったから今は無理だね」

「あー、それは運が悪かったね」

 

 と、ベッティは振り向く。

 ベッティの体に隠れて俺からは見えなかったようだ。そいつは。

 

「それは残念だ。彼についてはまた改めて伺うとしよう」

「律儀だねえ」

「当然の話だ。かの特別な人物なのだからな。礼儀は尽くさなければならない」

「固いなあ」

 

 そいつは鈴くらいだろうか。おそらく身長百五十もない。だからベッティとは身長差があり、俺と同じくらいの高さなベッティを見上げて答えている。

 そして俺の視線に気づき、体をこちらに向けて真っ直ぐに俺を見る。いや見上げる。

 

「失礼した。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。今日付けでここIS学園において学ぶこととなった」

「……」

「甲斐田君?」

「ああごめん、甲斐田智希です」

「これからよろしくお願いする」

「う、うん」

「ラウラちゃんは三組の転入生で、ドイツから来たんだって。しかも専用機まであるらしいよ」

「ちゃん付けはやめろ。失礼だぞ」

「まあまあ、固いこと言わないの」

 

 何かじゃれているが、そんなのはどうでもいい。

 心構えはしていたつもりだが、実際見た時の衝撃は想像以上だった。

 なにせそのままだからだ。

 

「まだ一日も経っていないのに馴れ馴れしいぞ」

「じゃあ時間が過ぎればいいわけね」

「そういう問題ではない」

 

 身長はクロエとそう変わらないだろう。あの見慣れた見事な銀髪もそのまま目の前にある。

 そして何よりその口調、その雰囲気。それはもはや俺の中にしか存在しないかつてのクロエそのものだった。

 

「これは手強いなあ……甲斐田君?」

「全く、貴様が余計なことをするから呆れているではないか」

「ごめんごめん、さっそく馴染んでいるみたいでよかった」

「よかった?」

「いやいや、別に深い意味はないから」

 

 違う。明らかに違う点がある。

 クロエは前も、今も、そんなものは付けていない。

 

「その目はどうしたの?」

「ほう」

「ちょっと甲斐田君!?」

 

 そいつは左目に眼帯をしていた。

 だが俺の言葉に何も動じることはなく、軽く笑ってみせる。

 

「人は個人として立ち上がる時、傷を負うことがある。意思の力により重力を引き剥がして埋もれた中から立ち上がる時、周囲の環境によってはあちらこちらから傷をつけられてしまう。それは私のように体の一部かもしれないし、あるいは心の中かもしれない。私の場合はたまたま他人から見える部分だったというだけの話だ」

「なるほどね」

 

 最初から用意された答えではあるだろう。

 だがそう言われては初対面でそれ以上突っ込む気になれない。

 躱してきたこの状況で無理矢理押し入るのは、馬鹿か空気を読めないかのどちらかだ。

 それ以前にそもそも初対面でいきなりそういうことを口にする時点で失礼にあたる。

 それも承知で素の反応を見てみたかったのだが、その程度は想定内だったようだ。

 

「説明が足りないか?」

「十分過ぎるくらい理解できたよ」

「それはよかった。君に失望せずに済んだ」

「二人ともどういうこと?」

 

 ベッティが置いて行かれているが、このあたりは俺も慣れたものだ。

 かつてのクロエを想定して話をすればいいだけなのだから。

 

「聞けば君は我が教官、織斑千冬先生と幼少の頃から親交があるそうではないか。できれば暇のあるときにでも私の知らない教官の話を聞かせてもらえると嬉しい」

「そのくらいならいつでも」

「それは有り難い」

「な、なんかよく分かんないけど、織斑先生繋がりで仲良くできそうなわけね」

 

 ベッティが置き去りにされる中、俺達は笑顔で握手をする。

 その手はやはり暖かかった。

 

「ではこれで失礼させてもらう。と言っても織斑一夏君への挨拶でまたすぐ来ることになるのだがな」

「一夏には伝えておくよ」

「よろしくお願いする」

 

 むしろ奴にとってはそれが本命だろう。

 博士と話をした時はすっかり抜けていたが、一番最初に考えるべきは一夏だった。

 しかも母国はドイツ。第四の男性IS操縦者がいる国なのだから、何らかの目的を持ってやって来たのは火を見るよりも明らかだ。

 ボーデヴィッヒを間に挟んできたのも一夏関連で何かあるのかもしれない。

 

「三組にも転入生がいるんだ」

「ていうかそもそもIS学園に転入制度とかあったの?」

「人形みたいに綺麗な子だったね」

「それなのに軍人口調とかギャップ萌えってやつですかー」

 

 後ろでクラスメイト連中がどうでもいい会話をしている中、俺はぼんやりと遠ざかる小さな後ろ姿を眺めていた。

 

 


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