IS学園に入学してから土下座ばかりされている気がするが、かと言って偉くなった気分などみじんも感じられない。
もちろんそれはほとんど谷本さんのせいだ。ファーストチョイスが土下座では、その価値など俺の中では既に大暴落している。
しかしこの前は夜竹さんと田嶋さんに芝居の入った土下座をされたし、もしかして俺は土下座しておけばどうにかなるとでも思われているのだろうか。
「頼む!」
俺が何も答えないので、ボーデヴィッヒは再度声を上げる。
周囲は俺が何と返すのか固唾を呑んで見守っているようだ。
「受ける受けないの前に理由を聞かせて欲しいんだけど、どうして僕なの? 実の弟である一夏じゃ駄目なの?」
「俺!?」
一夏が悲鳴を上げる。
見ると胸の前で両手を激しく振っていた。腰が引けて今にも逃げ出しそうだ。
「確かに当初は織斑一夏君に尋ねるつもりだった」
「マジかよ!」
「だが先日の一件で理解したのだ。甲斐田君、君もまた家族であったのだと」
「はあ?」
意図的か天然か、こいつは今論理を飛ばした。
仰々しい掛け合いの大好きなヨーロッパ人のようだから、きっとわざとだろう。
もちろん一夏はまるでついていけていない。
「別に血は繋がってないよ」
「へ?」
「家族を繋ぐものは血だけではないだろう。絆があれば人は家族となれる」
「おい何言ってんだ?」
「それなら僕のどこを見て絆を感じたのか聞かせて欲しいところだね」
「智希?」
「教官のファーストネームを呼べる人間などこの世界には数えるほどしかいない。それが許されているだけで君は特別な人間だ」
それを言ってしまうと弾や数馬までそうなるのだが、あの二人を見てもボーデヴィッヒは同じことを言えるのだろうか。
俺も普段は織斑先生と呼んでいるし、あの時は奴の神を下に落とすために千冬さんと言っただけだ。
だがボーデヴィッヒは逆に俺を上げてしまったという話である。
「そういう考え方が千冬さんを遠くに追いやってしまうと思うんだけどなあ」
「何を言う。教官こそ唯一無二、絶対的な存在として世界の頂点に君臨すべきなのだ」
「やばい、こいつらが何言ってるかまったく分かんねえ」
解説役がいないので一夏は頭を抱える。
その役を務められるデュノアはこの場にいるわけにはいかないのだから仕方ない。
「とはいえ、家族としてそのような感情を持つのはこの私でも理解できる。いや、むしろ家族だからこそと言うべきか」
「僕からするとそういう線引が一番駄目なんだけどなあ」
「もういいか、後で聞こう」
一夏が投げた。
少なくともボーデヴィッヒが自分にではなく俺に興味を抱いているとは感じたのだろう。
だが一夏の態度は正解だ。無理に入ってこなくて助かった。
こいつの性質上あまり一夏に矛先を向けて欲しくない。
「まあいいや、別にそこで議論するつもりもないし。それで話は最初に戻るんだけど、僕でならなければならない理由は? 家族なら一夏だって当てはまるでしょ?」
「また俺に戻ってきた!」
「いやいや、それはもちろん君が言葉を持っているからだ。織斑一夏君も同じ感覚は有しているようだが、生憎と彼は感覚先行型のようだ。であれば先にまず君に頭を垂れるのが当然の話だろう」
「よかった。やっぱり智希が目当てで俺は大丈夫そうだ」
全然大丈夫ではない。
俺が断ったら次は一夏だと言っているのだから。
とはいえ俺もボーデヴィッヒを一夏に近づけるわけにはいかない。
今は安全でも、織斑千冬をよく知っている一夏ではボーデヴィッヒを元に戻してしまう可能性があるからだ。コンマ何パーセント以下の可能性であろうとゼロでない以上安心はできない。
だから少なくとも博士が戻ってくるまでは俺が見ておかなければならないのだろう。織斑先生がどこまで対処してくれるかだが、さすがにつきっきりでボーデヴィッヒを見るわけではないだろうしその場に居合わせてくれるとも限らない。
まあ博士が大丈夫と踏んだ以上まず危険はないように思う。むしろ俺が余計なことをしない方がいいのかもしれない。
とはいえ向こうからやって来る以上、せめて視界に収めておきたいのもまた事実なわけで。
「別に千冬さんの話をするくらいなら構わないけど、だからってどこをどうしろとは言えないよ? ボーデヴィッヒさんも知ってると思うけど、僕のIS知識はほぼないに等しいから」
「おお! 受けてもらえるのか!」
「よくやった智希!」
「じゃあお近づきの印に」
誰の味方だか分からない一夏は無視して、俺は懐から常備している写真を取り出す。
もちろんこの二ヶ月多くの生徒を虜としてきたあの写真である。
「ああ、あれかあ……」
「というかすぐ取り出せるあたりが怖いよね?」
決着がついて安心したのか、周囲にいたクラスメイト連中が声を出し始める。
とはいえ俺が一瞥すると一斉に目をそらすあたり、巻き込まれまいという危機意識は持っているようだ。
「いったい何を……?」
ボーデヴィッヒは座ったままでは失礼と思ったのかわざわざ立ち上がった。
そして立ち上がったボーデヴィッヒに俺は写真を渡してやる。
「こ、これは……!」
案の定、写真を受け取ったボーデヴィッヒは声も体も震わせた。
分かっていたことだが織斑千冬信者であることに間違いはないようだ。
「僕らと同じ年の千冬さん」
「なんと……!」
俺の言葉を聞くやいなや、ボーデヴィッヒの体が崩れ落ちた。全身の力が抜け落ちたという様子である。もちろん写真だけはしっかりと掴んで離さない。視線も写真に釘付けなままだ。
「は、はは……」
「いい写真でしょ? これはこのIS学園の一部の生徒にしか出回ってないものだよ。もちろん世界のどこを探してもない代物だ」
「そのようなものを……!」
言葉を発しながらも、ボーデヴィッヒは写真から目を離さない。離せないと言うべきか。
とりあえず今はこれでいいだろう。
「じゃあ今日はこんなところで。また」
「ま、待ってくれ!」
ボーデヴィッヒが我に返る前にと思ったのだが、存外復活は早かった。
おかわりは許さないと決意しながら俺は振り返る。
すると床に崩れ落ちたボーデヴィッヒは、実に情けない顔を俺に向けていた。
「す、すまないが、私の部屋まで手を貸してもらえないだろうか。情けないことに腰が抜けてしまった」
この写真を見て腰を抜かす奴は初めてだ。
「へー、そんなことがあったんだ」
「最後ちょっと意味分かんなかったけどな」
「確かにお姫様抱っこコールは意味不明だった」
ボーデヴィッヒに肩を貸そうとしたところ、いきなり周囲からブーイングが起こった。
何事かと振り返ればクラスメイト連中がそこはお姫様抱っこで連れて行くべきだと主張してきたのだ。
何を馬鹿なことをと無視するもブーイングは止まない。ボーデヴィッヒは再び写真に見入ってしまって反応すらしない。
どうしたものかと一瞬思ったが、考えるまでもなく乗るようなことではない。結局俺はボーデヴィッヒを背負って部屋まで連れて行った。
道中のボーデヴィッヒは写真に釘付けで、それ以外は上の空という子供状態だったというのが何とも分からない。それまでの軍人めいた喋り方はなんだったのか。
「あはは、それは大変だったね。ボーデヴィッヒさんの部屋は遠かったの?」
「それがすぐそこというか」
「先週まで俺達がいた部屋だったな」
「そっか、二人はここに移ったばかりだったね」
俺のいた部屋であるということは、つまり博士から常時監視可能な場所であるということである。
空いた部屋にそのまま放り込まれただけだが、これは俺にとってラッキーな話だ。
「なんか変な奴だったな」
「僕の部屋の前で正座してるしね」
「それはちょっと見たかったなあ。残念」
いやいやデュノア、残念ではなくてうまく合わせて逃げられただろう。
あの場にいてはデュノアのスタンス上間に入らなければならなくなる。
俺と話をつけてもらうためにも、デュノアはあの場に存在してはいけなかったのだ。
一度なら偶然でも二度三度と続けばそれは意図的であることを疑わざるをえない。
とはいえ今回も入れ替わりのタイミングが綺麗だし、この前は俺の仕掛けに合わせて茶番を盛り上げてくれたのだから実に素直だ。
だいたい篠ノ之さんもオルコットも鈴も俺さえも、つまり邪魔をできる人間が全員揃っていない場をわざわざ用意した時点で怪しいとは思わなかったのか。
篠ノ之さんを剣道部に、オルコットを料理教室に、鈴をその監督役に、同時に送り出してさらに俺は用事で空ける。そしてアリーナにいるのは一夏と整備班の数人のみ。そのことを知ってから急に気が変わってやっぱり訓練に行きたいなどと言い出しては、何かをやる気になったというのをさすがに疑いたくなる。
俺のいない間にやると思っていたが俺の到着まで待っていた。想像するに俺を観客として置いておき、俺の反応や感想も材料とするつもりだったか。もし俺が邪魔に入るようならデュノアが先に出て制する予定で、実際にもそうしている。後は流れで一夏を誘い込めばいい。やりたいことはすぐに分かった。
それで俺は入るタイミングを窺って、あえて生身の体でその場に突っ込んだわけだ。
ISでやりあっている場に入って行くなど危険過ぎるから普通はやれない。だからこそ虚を突くことができた。
結局俺は自分の身を人質にしたわけだが、威嚇すらしてこなかったので怖さなど全くない。明らかにボーデヴィッヒには俺に傷を付けてはいけないという意思が働いていたし、デュノアはそのスタンスからも言わずもがなである。
そして最後にアイコンタクト。それどころか頷いて合図までされては、偶然で片づけることなど俺にはできない。意味は予定狂ったから作戦会議、だろうか。
「でも智希、お前はこれからあいつの相手をするのか?」
「仕方ないよ。写真とかあげて適当に千冬さんの昔話でもしておけば満足するでしょ」
「きっぱり断ればよかったのに。あ、もしかしてあんなのにビビってたのか?」
「僕が断ると今度は一夏に纏わり付くようになるんだけど、その方がいい?」
「はあ!? いやいやいや、それは勘弁してくれよ」
「じゃあこれからボーデヴィッヒさんのところに行って……」
「すまん智希! 俺が悪かった!」
「あはは、でも智希は本当にそれでいいの?」
「いいも何ももう受けちゃったからね。織斑千冬信者の取り扱いはよく分かってるから別にそこまで大変な作業でもないよ」
作戦会議の結果はボーデヴィッヒ敵対路線の変更、だろうか。
千載一遇の機会を逃してしまった以上、今後同じことはもう望めない。
なぜならそんな事件があったと分かれば一夏の周囲が固められるからだ。一夏の周囲には専用機持ちが二人もいるので、一夏まで手を伸ばすためには毎回その二人を排除する必要が出てくる。その上篠ノ之さんのようなパイロット班までいてはさすがに非効率的だ。また生徒という立場上そこまで無理もできない。
その結果が今しがたの話か。俺経由で一夏の情報を取ろうということなのかもしれない。
敵ボーデヴィッヒ味方デュノアの構造から、一夏担当デュノア、俺担当ボーデヴィッヒ、に移行したとも言えそうだ。
「そっか。でも本当に無理してやることじゃないよ。なんなら僕があいつに話をつけに行ってもいいし。その時は力づくでもやめさせるから」
「やけに好戦的だね」
「だって智希に邪魔されて決着をつけられなかったんだからさ。あれじゃ僕の方が弱いみたいじゃないか」
「そんなこと……ああ、あるね」
「あっ、そういうこと言う!?」
「智希お前なあ」
「冗談冗談。まあ態度がひどいとかだったらまた考えるよ」
「もう……」
そうか、デュノアとボーデヴィッヒは裏で話をつけられる。
ならばうまくやればデュノア経由でボーデヴィッヒをコントロールできるかもしれない。
今度ボーデヴィッヒの様子を見た上で可能かどうか実験してみよう。
「ボーデヴィッヒさんについては実際話をしてみてだね。あの様子じゃ織斑千冬信者だというのは間違いないから、そのラインで話をしていれば特に問題ないと思う」
「まあお前がいいならいいけどさ」
「何かあったら言ってよ?」
「ま、今はこんなところかな」
言いながら俺は話は終わりだという仕草で立ち上がる。
もちろんこの後に本題が待っているのは承知した上で。
「あ、智希」
「まだボーデヴィッヒさんについて何かあるの?」
「いや、そうじゃなくてだな」
「何かあったの?」
「えっと……あ、そのタッグマッチについてだな」
「タッグマッチねえ」
言いかけたがやめた。
おそらくデュノアがやめさせた。後ろで制服を引っ張るでもしたか。
一夏に話せてもまだ俺には話せないということなのだろうか。
「智希、僕はパートナーをどうしたらいいかなと思って」
「ああ、今日は大変だったね」
「僕と組みたいと言ってくれるのは本当に光栄だと思うんだけど、僕はまだ来たばかりだからみんなのことをよく知らないし決めようがないんだ。どうやったら決められるかな?」
「それを言ったら俺もだな。鈴には隣のクラスだから無理だって言えるけど、クラスの人達はなあ」
残念鈴はここで脱落。
まあ元々芽などないが。
「そんなの男同士で組めばいいじゃない」
「そうすると俺達は三人なんだから、誰か一人が余って困るだろ。前にそういうのは気にしてないって聞いたから言うけど、ろくに訓練もしない智希に組む相手がいないのは分かってるんだ。お前は俺かシャルルのどちらかと組むしかない」
「一夏」
「どうしたの一夏? 僕に気を遣うとか何かあった?」
「茶化すな。みんな真剣なんだ。だから真剣にやるつもりのないお前はクラスのみんなと組むべきじゃないってことだ」
珍しく一夏が強く出てきた。
日々クラスメイト達の努力する姿を見ているからこそだろう。
だが俺からすれば真剣であればそれでいいというわけでは全くない。
「でもそうすると今度は一夏もシャルルも真剣じゃないってことになるけど?」
「そういうことならシャルルもなしだな。やっぱりお前は俺と組むしかない。シャルル、悪いけど俺は智希と組む」
「ううん。むしろそれが一番だと思うよ。じゃあ二人はそれでいいとして、残るは僕なんだけど、どうやって決めようか?」
「もうあみだでいいんじゃないか?」
「あみだ?」
「ああ、日本のくじのことなんだけどな。ええと、紙は……」
「待った待った。何勝手に決めてるわけ? 僕はうんとは一言も言ってないんだけど」
冗談ではない。
一夏が俺と組むという最悪の事態を実現させてたまるか。
「はあ? お前俺の話を聞いてたのか?」
「聞いてたからこそだけど?」
「じゃあお前は誰と組むんだよ?」
「少なくとも一夏と組むのはないな」
「はあ!?」
「二人とも落ち着いて。ほら、智希にはもう当てがあるんだよ」
「そうなのか?」
「当てはないよ」
「ないのかよ!」
シード権がある以上、その気になれば俺の相手など簡単に見つかるはずだ。
まあその場合最終的には詐欺行為になってしまうかもしれないが。
「はあ……。一夏、今真剣がどうのって言ったけど、一夏は真剣じゃないわけ?」
「んなことあるか。みんなもがんばってるんだし俺だって全力でやるに決まってる」
「じゃあ真剣でない僕と組む理由は?」
「今のお前を受け入れられるのは俺くらいしかいないからだ」
「どういう意味?」
「やる気ないんだろ? じゃあそのままでいいってことだよ」
「なにそれ」
呆れた。
この男はタッグマッチなのに一人でやろうとしている。
「一夏? それってどういうこと? やる気のない智希がそのままでいいって、タッグマッチは二人だよね?」
「だから試合始まったら智希はさっさとギブアップしてやめていいってことだ。後は全部俺がやるから」
「ギブアップしたら一夏も負けじゃない」
「じゃあ終わるまでお前は隅っこで座ってろ。俺が負けたら降参でいいから」
「ちょっと一夏!? それタッグマッチの意味がないじゃないか!」
「仕方ないだろ。智希にやる気はないんだし俺もそれでいいと思ってるんだから」
「それは違うでしょ! そこはやる気にさせるとかやらせるじゃないの!?」
「普通はそうかもな。でも俺達は違うんだ」
「一夏?」
まだ一夏の中では俺達の中にデュノアが含まれないのだろうか。
「俺と智希は望んでここに来たわけじゃない。元々ISに興味があったわけじゃないんだ。俺はISを動かして楽しいと思えたからこうやってやれてるけど、智希はそうじゃない。俺とは逆で苦痛なんだ。やらされてるだけで、できることならやりたくないんだよ」
「そ、そこまでなの?」
「できることならやりたくないというのはその通りかな」
「どうでもいいことなら適当にやるんだよこいつは。授業とかちゃんと受けてるし勉強もしてるだろ。でもISは違うんだよ。智希にとって適当にでもやりたくないことなんだよ。だから俺は無理矢理やらせるとかしたくないんだ」
「一夏……」
前に訓練を逃げたのがそこまで一夏の中に刻み込まれていたか。
あの頃は俺も不安定な状態だったが、それにしてもらしからぬ行為をしてしまったようだ。
「智希は今みたいに千冬姉に喧嘩売ったり指揮をしたり好きなことをやってればいいんだ。まあ俺は智希に指揮をやって欲しいと思ってるけどな」
「それはなあ……」
「しぶしぶでもやってるんだからまんざらじゃないんだろ? だからタッグマッチはみんなの面倒を見てやってくれないか? お前自身はやんなくていいからさ」
「それは誰かに言われた話?」
「いいや、俺の考えだ。でもそれが一番だろ?」
「なるほどね。言いたいことは理解した」
「そうか……」
「え? 一夏? どうしたの?」
肩を落とした一夏にデュノアが慌てるが、既に俺達の間で意思の交換は行われたという話だ。
「悪いけど、僕はもうタッグマッチで何をするかは決めてるから」
「だよなあ、智希が考えないわけがないよな」
「そ、そうなの?」
「あーあ、俺にとっちゃ久々の大ヒットだったんだけどな」
「まあ悪くない考えではあるね。何も考えてなかったら乗っかろうかなと思えるくらいには」
「それつまりダメってことじゃねえか。お前が何も考えないわけないだろ」
「そうとも言う」
「けっ、これだ」
デュノアがついていけなくて困っているが、これはまあ仕方ない。
付き合いの長さの問題だ。
「そういうわけだから、僕は自分のことは全部自分でやる。だから二人とも何も心配する必要はない」
「おう」
「智希がそれでいいのなら……」
「そして残った一夏とシャルルが組めば一組の問題は全部解決される。後は勝手に組めばいい」
「それはそれでいいのか?」
「むしろそれしかない。それ以外の選択肢は混乱して無駄に時間を失うだけだから」
男であるということに加えて、今の一夏にはリーグマッチ優勝者という肩書きがついている。
一夏を好きかどうかに関わらず、優勝なり上位なりを狙うにはまず組みたいと思える相手なのだ。
だからデュノア以外の誰と組もうが絶対に摩擦は起きる。男同士で組むという大義名分であれば少なくとも表面化はしないだろう。なんであいつがとはさすがにならない。
もちろんそれは表向きの話で、俺には俺なりの理由があるけれど。
「確かに智希がいないんじゃ纏めるのは無理だもんな」
「えっ、一夏?」
「どうした?」
「今智希がいないって……」
「だってクラスの外に出て行くんだから、俺達の面倒見るのは無理だろ。うちのクラスは一人余るんだぞ?」
「でも奇数でいいのなら……」
「それはやらせない。というかシード権の有効活用をするのなら余りは一人に決まってるんだ。そしてそれは元々僕しかいないんだよ」
「そんなことは……」
「一夏やシャルルと組まない時点で僕に組む相手はいない。僕と組むということは事実上タッグマッチを捨てることになるからね。今の一組にそういう人はいないでしょ?」
案外谷本さんや夜竹さんあたりなら簡単に捨ててくれそうな気がしないでもないが、別に捨ててもらいたいわけではないので気にしないことにする。
「それならパートナーを外で見つけてくるだけなんだから、見つかった後はまた……」
「こいつはいつも何かを企んでるんだ。それで今度はそれをクラスの外でやるってことだ。そうなんだろ?」
「まあね」
「一応聞くけどそれは一組の中じゃできないのか?」
「やってもいいけどそれじゃおもしろくない」
「え?」
「そういうことか。じゃあ仕方ないな」
「仕方ないって……」
「というわけで、タッグマッチの間シャルルは一夏の面倒を見て欲しい」
「えっ!?」
もちろん一夏をそのまま放り出すような真似はしない。
いいタイミングでいい人材がやって来たのだ。ならば有効活用させてもらおう。
それに一夏の側にいては男女関係なくミイラ取りはミイラになってしまうと相場が決まっているのだ。
「面倒見ろって何だよそれ?」
「だって放っておいたら一夏は自分の訓練をしなさそうだし」
「はあ? 毎日やってるじゃねえか」
「最近一夏がやってるのってクラスのみんなの手助けであって、自分の訓練じゃないよね。それはいつまで続けるつもりなの?」
「それは……」
「だからシャルルにそのへんの管理をお願いしたいってわけだ。二人でやるんだから呼吸とか合わせないといけないだろうし、自分達の訓練も必要だよね?」
「そ、それはそうだけど……」
どうしたデュノア。欲しがっているものをくれてやると言っているのだぞ。
フランスとドイツ。IS学園においてこの二つの国が今共通して欲しいものなんて一つだ。
男性IS操縦士織斑一夏のISデータ。何しろどちらの国も男性IS操縦者を抱えているのだから。
俺のデータは世界に公開されているから誰でも見られる。だが一夏のデータは倉持技研が企業秘密として抱え込んでいるので、外からは見えない。だから欲しければIS学園の中で自分で調べるしかない。
それでも俺のように箸にも棒にもかからない程度ならまだ気にも留めなかっただろうが、一夏はリーグマッチでその才能の片鱗を見せてしまった。しかもその男はブリュンヒルデ織斑千冬の実の弟。年に一度の公開行事を見る程度では気が済まなくなってしまったか。
デュノアのIS操縦技術を見るに、おそらくフランスはデュノアを鍛えて大々的に発表するつもりだったのだろう。
ところが先に一夏がそのポジションを取ってしまっている。ただISを動かせるだけではなく、高レベルでそれをやれる。デュノア社は頭を抱えたに違いない。
それで同じように困っていたドイツと組んで、IS委員会や織斑千冬まで動かして人員を送り込んできた。フランスはデュノア一家の問題もあるのでほとぼり冷ましついでに男性IS操縦者本人を送り込む。ドイツの方もVTシステム関係者を送り込んでいるあたりそれなりの事情がありそうだ。これは博士が戻って来てから聞けばいい。
「別にこれはただの提案であって、もっといい方法があるのならそうすればいいと思うよ? 腹をくくってシャルルが全員と面接して決めるとかでもいいし。一夏はまあ適当にそのへんの人でいいんじゃないかな。自分じゃ決められないだろうしそのうち殴り合いでもして決まるから」
「おい扱いがいきなり雑になったぞ」
「ふふっ、そうだね。じゃあ一夏のためにもそうするとしようか。よろしくね一夏」
「シャルルまで乗るなよ……」
俺は倉持の人間ではないので、一夏のISデータを持って行かれたところで別に困ることはない。
データがあれば劇的に強くなるのなら、VTシステムがとうの昔に世界を制している。
あくまでそれは比較材料、研究材料であって、それ自体で何かができるわけではないのだ。
それに既にイギリスや中国がオルコットや鈴を通して情報収集をしているのだし、今さら一つ二つ国が増えたところで大した違いもない。
まあ倉持だってIS学園という目に見える場所に出した時点である程度は覚悟しているだろう。
「ちなみに、智希は何をするつもりなの?」
「内緒」
「えー」
「聞いても無駄だ。またロクでもないことなのは確かだけどな」
「まあ一夏達は関わらずに済んだことを喜べばいいんじゃないかな」
「それほんとに何する気!?」
「いやマジでそうなのかもしれない……」
風を吹かせて桶屋織斑一夏を儲けさせてやろうという試みだが、果たして。
俺がその言葉を言った瞬間、鷹月さんと四十院さんが固まった。
今日も雨。そろそろ梅雨到来なのかもしれない。
だがドーム状のアリーナは屋根で覆われているので、今は完全に室内状態だ。元々シールドバリアと同等の防御膜が広く張られているはずだったが、屋根は屋根で可動式のものが別にあるようだ。雨は別に対処しなければならないということなのだろうか。
「ちょっと待って甲斐田君。それは分かって言ってるわけ?」
「どうにかすると一言で纏められてもさすがにそれだけでは……」
数秒して二人はようやく再起動した。
だがまだ事態を理解していない。当然だ。俺が何でもないことのように軽く言ったからだ。
「それだけも何も言ったとおりだよ。僕は自分でクラスの外にパートナーを見つけてくるから、みんなはクラス内で組んでって。何かおかしなことでもあった?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「見つけてくると簡単に言われましても……」
「と言ってもそれ以上言いようがないんだけど」
「あ、もしかしてもう他のクラスの人から声がかかったとかあった? 昨日の今日ですぐ来るとは思わなかったんだけれど」
「それは来てないわ。というより誰と誰が組むかなんてまだ一組も決まってないし」
「じゃあ何も問題はないね。シード権を最大限有効活用するのなら余りは一人にするべきだ。そして僕が手を挙げたんだからここで打ち切ってしまえばいい」
これで全て問題は解決された、という勢いで俺は口にする。
だが実際そうである。それで済むのであれば一番なのだ。二人にとっては。
「甲斐田君、もしかしてもう誰と組むのか決めた?」
「そっ、それは誰ですか!? いくらなんでも早くありませんか!?」
四十院さんが慌てたように言う。
もしかしてハミルトンに先を越されたとでも思ったか。
「別に誰も決まってないよ。それはこれから」
「これからって……当てでもあるの?」
「ないよ」
「ないの!?」
昨日も同じ会話をした気がする。
「じゃ、じゃあどうするのよ……?」
「それくらいなんとかなるんじゃないかな? シード権もあるし」
「なんとかなるってあのね……」
「今回の場合は甲斐田さんはデュノア君と組むのが一番なのでは……?」
「は? それを言うなら織斑君でしょ?」
「え? ああそうでしたね。失礼しました」
二人とも一応案は持っていたようだ。
結局一組の問題は一夏、デュノア、俺の男子三人をどう分けるかなのだ。
もっと言えば特に俺の存在が癌なので、誰かに諦めてもらうか、いっそ外に追いやるか選ぶ必要がある。
俺にやる気を出させるという方向性については、先月の逃亡事件があるので見込みとして薄い。無理矢理やらせるのは一夏でも無理だったし、普段の俺の姿を見ていればやる気にさせる前に本番が来てしまうと簡単に想像できる。
だからもうさっさと割り切るしかないのだが、この二人にはそれができなかった。
「一夏ならシャルルと組ませる。それが一番の平和的解決方法だからね」
「えっ!?」
「男同士で組むって言われたら誰も文句は言えなくなるでしょ?」
「そ、それは……」
「それは私も考えましたが、そうすると甲斐田さんが……」
「だから僕は自分で探すって話。シード権を片手にね」
「でもシード権があったところで、甲斐田君は気にしてないからはっきり言うけど、勝てないでしょ? それでもシード権がメリットになるの?」
「なるよ。ただで三回戦行きなんだから」
「でもそれで負けちゃ……」
「どうせ一回戦負けだと思ってる人にはお得だよ。何もしなくても三回戦進出という結果が残るんだからね」
「そういう風に使うわけ?」
鷹月さんが苦い顔になる。四十院さんも不満そうだ。
それはそうだろう。真面目に準備したのに組み合わせが悪くて一回戦負けになった生徒よりも上扱いをされてしまうのだから。
だが俺からすればそもそもそういう考え方をすること自体が間違っている。結果が全てだという話では全くない。物事の優先順位を取り違えているからだ。
二人ともタッグマッチに変更された意味を考えていないし、自分達が当たり前に考えていることに対して裏を取っていない。
俺がよくやる目先に囚われて最終的にはトータルでマイナスという状態だ。
「それならわた」
「逆に言えばそういう理由だから、僕としてもクラスの人とは組めない」
「えっ?」
「だってタッグマッチを捨てるだなんて進路について諦めろって言うようなものだから。だから僕と組めるのはせいぜい整備科でいいと思っててやる気もないような人くらいしかいないんだけど、そんな人はこのクラスにはいないでしょ?」
「……」
四十院さん封殺完了。
この人とハミルトンに限り博打を打ってくる可能性があるのだが、四十院さんには進路を引き合いに出して黙らせた。
まあ本当は簡単に反論できるのだが、それができればそもそもシード権に囚われていない。
「実を言えば別に無理して決める必要もないんだよ。放っておいても織斑先生が勝手に決めてくれるから。だから僕に当たっちゃった人はご愁傷さまでもいんだけど、せっかくだし知り合いを回って話をしてみようかと考えてるだけ」
「そこまで考えてるのなら特に何も言うことはないわ」
「甲斐田さんは本当にそれでよろしいのですか?」
「もし見つけられれば誰にも迷惑がかからないし、がんばる必要もないし、わりといい考えかなとは思ってるけど」
「そうですか」
こんな感じで俺に幻滅して親に反抗してくれればいいのだが、まあそこまでは望むまい。
「じゃあそういうわけだから、後はクラスのみんなをクラス内で組ませるようにしておいて。って、この感じじゃみんな聞いてるか。もちろん強制するようなことじゃないけど、せっかくだからね」
「分かったわ」
「……」
鷹月さんが不承不承という感じで頷き、四十院さんは俯く。もしかしたら四十院さんは天秤にかけてしまったこと自体を後悔したかもしれない。少しやり過ぎたか。
だがやってしまったものはもうどうにもならないので、表面上は笑顔のまま俺は二人から離れる。
すると俺を追って別の二人がやって来た。これはちょうどいい。
「甲斐田」
「甲斐田さん」
「どうかしたの?」
「一応聞くが、お前が真面目にやるという選択肢はないのか?」
「ないよ」
「それはどうせできないからと考えているのであれば間違っているぞ。甲斐田が真面目にやるのであれば、できるできないについて何かを言う人間はこのクラスにはいない。結果についても同じだ」
「それくらい知ってるよ」
「ではどうしてでしょうか?」
「簡単な話で、僕にはやりたいことがあるから、そっちに時間を取られてる余裕はないんだよね」
「はい?」
俺の答えが予想外だったのだろう。
篠ノ之さんとオルコットは目を丸くする。
「やりたいことだと!?」
「うん」
「そ、それはいったい……?」
「あ、別にクラスの人達にどうこうって話じゃないから。みんなが真面目にやってるのを邪魔するつもりとかないし、何かをしてもらおうとかそういうのもないから安心して」
「い、いや、そういうことではなくてだな……」
「いったい何をされるおつもりでしょうか?」
「それは内緒。今は言えないかな」
「どういうことだ?」
「そのうち分かるよ」
「そのうちと言われましても……」
「それ以前にできるかどうかもまだ分からないしね」
交渉の必要があるので駄目な可能性もまだありはする。
だが先輩達に話した感触では大丈夫そうだ。
そして織斑先生も今回は邪魔ができないという仕様だから、実現する現実味は十分にある。
「そんなことよりも二人とも自分のことを考えなきゃ。聞いてただろうけど、悪いけど一夏とは組ませないからね。早く自分のパートナーを見つけないと」
「そ、それは……」
「どうしても駄目なのでしょうか?」
「未練がましいね。誰が得するってわけじゃないんだから、大人しく受け入れてよ」
一応俺もデュノアを抜いた場合にクラスメイトで誰が適切かを考えた。
篠ノ之さん。剣しか持たない前衛同士で組んでどうする。初心者相手なら一対一を作って圧倒するだろうが、連携なんてあったものではない。飛び道具がない分代表クラスやクラスメイト連中に対しては相性も悪い。
オルコット。一見前衛と後衛でよさそうだが、スタイル的に二人は合わない。オルコットが後衛であるから、二人では必然的に一夏は守りの部分を担当しなければならなくなる。回避に優れているとはいえ一夏の機体は攻撃特化なので、攻撃の比重が減ってはもったいない。
鈴。そもそも二組なので候補外。あえて考えてみると、こいつと組むと鈴主体になってしまって、一夏がサポートに回らなければならなくなってしまう。先輩達も言っていたが鈴は自分が自分がであり、何事においても相手に合わせるという行為が苦手である。一夏と鈴の関係性を考えてみれば一夏が鈴のために動かなければならなくなるだろう。一夏は主役でなければならないので俺的に却下。
リアーデさん。前衛向きであり留学生なだけあって、クラスの中でも抜けて高レベルだ。だがいかんせん感覚的過ぎる。それは一夏と匹敵するレベルであり、かと言って二人が話すのを聞いていても息が合っているとは言い難い。きっと連携どころではなくお互いがお互いの邪魔をすることになってしまうだろう。
相川さん。最近目を見張るほどの急成長を遂げているが、どこかに特化しているわけではなくまだ全方位的に力不足。二人組ではなく三人四人いたら便利だろうが、二人では負担が大きくておそらく連戦では体力的にもたない。
鷹月さんもしくは四十院さん。デュノアが駄目だった場合の第一候補。何より一夏を理解していて一夏に指示ができる。二人ともゴーレム戦を経験していて、自分の役割を果たした上にその場で考えることもできるので臨機応変な対応が可能。二人の違いは確実に行くのであれば鷹月さん、攻撃的に行くのであれば四十院さんだろうか。
谷本さん。意外と操縦技術を持っている。だがあのおかしな動きを一夏に移させてなるものか。絶対に組ませない。絶対にだ。
他のパイロット班は一段落ち、整備班はもう一段落ちるので候補にはならない。
「駄目か……」
「仕方ありませんわね」
「ところで二人は一緒に組むの? ここのところずっと一緒だし」
「え?」
「えっ?」
と言いつつも俺はこの二人に組んで欲しくない。
二人が組むと篠ノ之さんが防御担当、オルコットが攻撃担当になって非常に噛み合うからだ。
いつも一緒だから呼吸も合わせられるだろう。ゴーレム戦を経験しているので試合の感覚も分かる。そして二人とも代表クラスの実力。
はっきり言って優勝候補の一角に上がってしまう。パートナーが弱いクラス代表では普通に勝てないかもしれない。
「一夏の中じゃ二人はもうセット感覚になってるし、周りから見てもそうだと思うよ」
「何?」
「一夏さんが?」
「それはそうでしょ。あれだけ一緒にいるんだから。まあタッグマッチで活躍したら二人まとめて褒めてくれるんじゃないかな?」
「む」
「それは……」
微妙にくすぐってみる。
一夏に個人として見てもらえずセット扱いでいいのかと。
「二人とはいえ今回はチーム戦だからね。どちらの方が活躍したとか言うような話じゃないし、そりゃあ評価は二人まとめてだよ」
「それは確かに」
「そうなりますわね」
危機感は必要だが同時に焦りを生む。
ここのところ立場が激しく上下しているので、二人ともどうにかしなければならないと感じているだろう。
誰と組むのが適切か。自分と同じ立場の人間と組むのはどうなのか。
もっといい相手がいるのではないか。
「甲斐田、私は誰と組むのが適当だろうか?」
「それはわたくしも質問したいですわね」
「うーん、でも聞いた通り今回僕は自分のことで手一杯だからなあ。何か困ったら鷹月さんと四十院さんに相談したらいいんじゃないかな?」
「私は甲斐田の意見が聞きたいのだが」
「じゃあ二人に相談してそれでも解決しなかったらまた来て。まさかあの二人じゃ頼りにならないとは言わないよね?」
「む、さすがにそうは言わないが」
「分かりましたわ。まずは指揮班のお二人に相談させていただきます」
そして俺は矛先を指揮班の二人に向ける。
お互いに意識させるためだ。
元々篠ノ之さんと鷹月さんは同部屋で仲がいい。オルコットと四十院さんも入学当初からお茶をする仲である。
上を狙っている鷹月さんと四十院さんであれば、目の前の相手と組むのが自分にとってベストだとすぐ気づくはずだ。そして同時にこの二人を組ませるというもったいないことをしてはならないと。
篠ノ之さんとオルコットも指揮班という頼りにできる存在であれば、組む相手として適当であると納得できるだろう。一緒にゴーレム戦を戦ったというのもプラスの材料だ。
一夏とデュノアという枷が外れた以上、自分が誰と組むかというのは大問題である。早い者勝ちなので有力候補を捕まえるのに悠長なことはしていられない。申請期限までまだ時間はあるなどと言っている場合ではないのだ。
「あ、先生来た。じゃあ僕は隅っこで見てるから」
「お前は清々しいまでにやる気を見せないのだな」
「一度きちんとやってみればそれなりに得るものはあると思うのですが……」
「気が向いたらね」
まあ一生向くことなどないのだが、手を振って俺は二人から離れる。
そして篠ノ之さんとオルコットは俺が何を言うまでもなく指揮班の二人のところへ向かって行った。
「あ、一夏ちょっとこっちに来なさい!」
IS実技の授業が終わって教室に戻ろうとしたら、廊下の向こうから鈴がやって来た。
隣にハミルトンもいる。なるほど用件は明らかだ。
「どうした鈴?」
「どうしたじゃないわよ! あんたそこのデュノア君と組むって本当!?」
「そうだけど」
「智希はどうするのよ! こいつと組みたがる人なんていないじゃない!」
「言われてるぞ智希」
「ほんと失礼だよね」
「あはは……」
一夏から俺、俺からデュノアと流れてデュノアが苦笑する。
「笑いごとじゃないんだからね! あんた組む人は決まってるの!?」
「まだ決まってないよ」
「そういう言い方するってことは当てくらいはあるのね?」
「当てもないよ」
「ないの!?」
相手は違えど三度目のやり取り。
「まあまあ鈴、落ち着け。こいつが何も考えてないわけないんだからさ」
「当てもないくせに考えてるってどういうことよ? いいから一夏が智希と組んであげなさい。シード権を渡したくないからあたし達と組めないってのは理解したから」
「やけに聞き分けがいいんだね」
「一夏と智希が組むのなら納得してあげるわ」
「それなら一夏とシャルルでも納得できるよね?」
「は? 智希、あたしはあんたのためを思って言ってあげてるのよ?」
「別にそんなこと頼んでないけど」
「はあ!?」
相変わらず鈴の導火線が短いのは困りものだが、鈴の意図は理解した。
付き合いが長いだけに、冷静に考えて一夏と同じ結論に達したのだろう。俺が一夏以外とは組めないと。
そして一夏と組むのが俺であれば許容範囲として受け入れられると。
「別に僕のことなら知り合いはそれなりにいるし、どうとでもなるよ。それよりも鈴の方が問題なんだから」
「はあ? あたしの何が問題なのよ?」
「鈴って入学が遅れたし、一組に入り浸りだから友達がいないじゃない。はっきり言って僕より組める人がいないよね?」
「な、何を言ってるのよ。それくらい普通にいるから」
「その人に断られなければね。だからハミルトンさん、お願いだから鈴と組んでもらえないかな?」
「えっ!?」
「ちょっと智希!」
「ハミルトンさんに断られちゃうと鈴は本気で組む人がいなくなるんだ。友達としてそれはさすがに忍びないからさ、お願い」
「う、うん。元々そういう話はしてたし」
「そっか。わざわざ気を利かせてくれてありがとう」
「は、はい……」
これでハミルトンも封殺。
四十院さんとハミルトンは上からの指令でタッグマッチを捨ててまで俺と組もうとする可能性があった。
もし俺が困った姿を見せたりしたら、それを伝え聞いた大人達がそういう判断をする恐れは大いにある。
何しろ知っている大人達からしてみれば、その気になればタッグマッチは普通に捨てられるのだから。
「よかったね鈴」
「べ、別にあたしは元々そういう話だったんだから。それよりも智希、あんたはどうするのよ?」
「僕のことならどうとでもなるから大丈夫だよ」
「大丈夫なわけないじゃない。あんたのことを知ってる人ならみんな断るわよ。いい、これは今まで訓練をサボってきたつけなんだからね、きちんと反省して……」
「鈴まで説教始めないでよ。篠ノ之さんじゃないんだから」
「ハッ!? 確かに今あたし箒っぽかったかもしれない……ってそういうことじゃなくて、ほんとにあんたはどうすんのよ!?」
「だからちゃんと考えてるって」
「具体的には?」
「シード権を売る」
「売る?」
「僕と組めばただで三回戦進出」
「進出って……あ! 智希あんた、そんなことして恥ずかしくないの!?」
「別に。どうせすぐ負けるんだし」
「ああそうね、智希はそういう奴よね。じゃあ一夏、あんたはそれでいいの」
さすがに鈴は俺について心得ている。これは話しても無駄だと。
いきなり振られた一夏は困ったように頭をかいた。
「智希とは昨日話したんだけど、智希の好きにさせてやってくれ。本人も言ってる通り何も考えてないわけじゃないのは確かなんだから」
「じゃあ何考えてるのよ?」
「知らん」
「それくらい聞きなさいよ!」
「教えてくれないんだから仕方ねえだろ。智希が本気で言わないって言ったら言わないのはお前も知ってるだろ。いつだったか鈴にぶん殴られても言わなかったじゃねえか」
「そ、それは……」
「思い出したくもないことを思い出させてくれてありがとう」
「あ、いや、それはだな……」
「冗談だよ。別に一夏にも鈴にも何かさせようとかないから気にしなくていいよ。何してるかはそのうち分かるだろうし」
「ホントに何する気よ……」
「きっと鈴はあっそで済ませる程度のこと」
「はいはい。まーたくっだらないことを始めるわけね」
確かに鈴にとってはくだらないことだろう。俺にとっても実験的な要素が大いにある。
そして失敗したところで大して痛くないから、ここ最近ではかなり気楽にやれるのだ。
「じゃあ話は終わりでいいかな? いい加減行こうか」
「だいぶ時間食ったな。今日は弁当作ってて正解だったぜ」
「あーちょっと待って。智希にもう一つ話があるから」
「まだあんのかよ」
しまった。もう終わったと油断して逃げそびれた。
心なしか鈴が生き生きしてきたような。
「智希にだけだから一夏とデュノア君は行っていいわよ」
「そんな」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
「あ、薄情者」
「別に俺達には用がないんだからいいだろ。鈴、すぐ終わるのか?」
「それは智希次第ね」
「じゃあダメだな。シャルル、行こうぜ」
「いいの?」
「鈴と智希の顔からしてさっさと逃げるべきなんだよこういう時は」
「そ、そうなんだ……」
さすがは一夏、相変わらずいい勘をしている。
もし残ったら鈴の味方をさせられるだろう。そして俺から文句を言われるだろう。
だからこの場合は即逃げるのが正解である。
一夏はそのまま足早に去って行き、デュノアも一度こちらを不安そうに見てから一夏を追いかけて行った。
「はあ……」
「その顔じゃもう分かってるようね」
「そうだね。分かってるからさっさと要求を言って」
「ほんとこういう時はつまんない奴ねえ……」
「鈴」
「大丈夫。いい智希、あんたはこの前ティナに失礼なことしたわよね?」
「前置きとかいいから要求をどうぞ」
「まったく。そのお詫びになんでもするわね?」
「できることならね。場合によっては絶縁覚悟で断固拒否するけど」
「怖いこと言うわね。でもまあっっったく難しいことはないから大丈夫よ」
「じゃあそれは何?」
「智希はこれから、ティナのことをティナと呼びなさい!」
「は?」
なるほど、そう来たか。それは確かに断れない。
「あ、意味分かる? ハミルトンじゃなくてティナって呼べってことなんだけど?」
「ああ、そういうことか」
「やっぱ分かってなかったか。ね、簡単でしょ? まさかできないとは言わせないわよ」
「そりゃ言わないけど、わざわざそうさせる理由は?」
「あたし達って夏休みにカナダに行くわけじゃない? それなのに鈴、一夏、智希、ハミルトン、はおかしいでしょ?」
「今何かおかしいところあった?」
「あのねえ、一人だけ苗字呼びじゃ仲間外れみたいじゃない」
「いや、それ以前に僕達は元々中学からの知り合いなわけで」
「あんたねえ、あたし達がカナダに行くのは親善目的なのよ? それなのにティナだけ苗字呼びだと本当にこいつらは仲いいのかってなっちゃうじゃない」
鈴にしてはよくもまあ理論を組んできたものだ。
やはり一夏に抱き締められて脳細胞が活性化されたのか。
ならば今度篠ノ之さんやオルコットにも試してみるとしよう。
「ちなみにそれ一夏にも言わせるの?」
「当然じゃない」
「一夏に言うことを聞かせるような話ってあったっけ?」
「ないわよ。別に一夏なら理由話せば納得するようなことだし」
「じゃあ僕はそうじゃないと?」
「当たり前じゃない。どうせあんたのことだから、いいや、これはフォーマルな場なんだからむしろ全員苗字で呼び合うべきだ、とか言い出すでしょ? だからこうやって強制させるのよ」
「なんだそれ」
まさかの大当たりである。本当に鈴はどうしてしまったのか。
呼び方の問題などカナダに行くことになった時点で気づいていた。
俺としては特にカナダをこちらに引き込む理由もないので、ほどほどの距離を作っておこうと考えていたのだ。
それなのに要求どころか逃げ道を潰すまでしてくるとは。
せめて反省して今後は鈴に対する認識を改めきちんと警戒するようにしよう。
「じゃあこれで納得したってことでいいわね?」
「はあ……。これって鈴の考えだけど、ハミルトンさんはそれでいいの?」
「ティナ!」
「ティナさんはそれでいいの?」
「もう一声!」
「叩き売りじゃないんだから。何の話?」
「さんもいらない!」
「別にそれはあっていいでしょ」
「何言ってるのよ。あんた今の自分の立場分かってる?」
「そうきたか……」
「はいもう一回最初から!」
「はいはい。これって鈴の考えなんだけど、ティナはそれでいいの?」
「うん。むしろその方が……!」
「そっか。じゃあ今後はそういうことでよろしく」
「うん」
「ティナ!」
「あ、えっと……よろしく、智希」
「はいよくできました!」
なんだろう、ものすごくいたたまれない。
しかしそれにしても鈴はどうしてここまで熱心なのか。
……いや、分かった。そういうことか。ハミルトンは鈴にとって初めての女友達なのだ。
鈴は基本人とつるまないし、つるんでも俺達は男なので女相手のようにはいかない。
一応一つ下の蘭という友人はいるが、奴は同時に一夏を巡るライバルでもあるからお互いに牽制してしまう。
小学校高学年から一夏関連で同級生相手に暴れ回っていたので、鈴に近づいてくる人間自体が少なかった。
だからこうやって気楽に話せる友達ができて嬉しいのだろう。
利害関係もないし、蘭とは違って飛び抜けて優秀な鈴と同レベルで会話できるので話をしていて噛み合わないこともない。
きっとこれは鈴の友人として微笑ましく見ておくのがいいのだろう。後で一夏にも言っておこう。
「じゃあもういいかな? 実を言うとこの後行かなきゃ行けない場所があって、あんまり余裕ないんだ」
「そうなの。それは引き止めて悪かったわ。もう大丈夫だから行っていいわよ」
「それはどうも。じゃあまた」
「またね!」
いちいち付き合わされるハミルトンも大変だろうが、これは親善の話として悪いことでもないから素直に受け入れたのだろう。あるいは鈴に対して引っ込みがつかなくなってしまったか。
あまりエスカレートされてはお互いに迷惑なので、ひどくなりそうならまた対策を考える必要があるかもしれない。
歩きながら振り返ると、鈴はまだはしゃいでいた。
余計なことに時間を取られてしまった。
俺は一番目の目的地へと向かって足早に廊下を進む。
途中、四組の教室前を通る。通りすがりに目をやると、布仏さんの姿が見えた。
いつもの笑顔のまま口を動かし、身振り手振りで場を盛り上げようとしているようだ。
だがぱっと見の感触では孤軍奮闘と言ったところか。今までの積み重ねもあるし、急にやったところでさすがにすぐうまくいくということはないのだろう。
言い出した手前もある。今度様子を聞いて、どうにもならなさそうならまた別のやり方を考えた方がいいかもしれない。
少なくとも更識妹にタッグマッチのパートーナーとしての価値は十分過ぎるほどある。本人に組む意思があり布仏さんを通じて交渉可能なのだから、誰も見つからないということはないはずなのだ。
そして目的地に到着する。
既に席は知っているので、俺は前側ではなく後ろの扉を開けた。
「失礼しまーす」
一瞬で教室内が静まり返る。いきなり男の声が聞こえればそうもなるだろう。
奴は窓側の一番後ろ、まさにぼっち席と言える場所で弁当を食べていた。よかった。いた。
静寂の中俺は元五組代表で現ぼっち、佐藤に向かって歩みを進める。
佐藤は箸を持ち上げたまま呆然と俺を見ていた。
「ああよかったいたいた。佐藤さん、ちょっとお話があるんだけどいい?」
「あ、ああ……」
「と言っても長くなるので、ご飯止めちゃって悪いんだけどいったんしまってそれ持って一緒に来て」
「え?」
「二度三度同じ説明をするのもなんだからさ。はいしまってしまって」
「え? いや、だが何の話を……?」
「この前佐藤さんが僕にお願いをしに来たじゃない。それに応えてあげますって話だよ。だからむしろ望むところでしょ?」
「そ、それは……」
敬語も捨て有無を言わせない口調で混乱状態の佐藤を押し切る。
悪いがここではノーと言わせない。
佐藤を急かして弁当を片付けさせる。
「じゃあ行こうか。ついて来て」
「あ、ああ」
「ちょっと待て!」
当然、横槍は入る。
声のした方を向くと現五組代表の杉山が立ち上がっていた。
「ああもう出て行くのお構いなく」
「そういうことじゃないから! 何勝手に入って来てんの!?」
「別に関所とかなかったし通行料を払う義務はないよ」
「はい!? あんたバカにしてんの!?」
「別に馬鹿になんてしてないよ。馬鹿にするまでもない雑魚なんだし相手にもしてないだけ」
「はあ!?」
と言いつつ相手にしているのはもちろん煽るためである。
どうでもいいとはいえ五組も参加者だ。大して期待もしないが賑やかしくらいにはなるだろう。
「佐藤さんにボッコボコにされるような人なんてお呼びじゃないんで。じゃ」
「いいから待てって言ってるでしょうが! 男が偉そうに」
「キンキンうるさいなあ。五組のみなさんも大変ですね? こんなのにこき使われ続けるとか」
「さっきから何ふざけたこと言ってんの!」
「でも今度のタッグマッチで化けの皮が剥がれるんで、みなさんも冷静に考え直した方がいいですよ」
「だからいい加減に!」
そして俺は扉を蹴りつける。
再び教室は一瞬で静まり返った。
こういうことをするとますます男は野蛮だと言われてしまうのだが、効果的であるのもまた事実だ。
女があの手この手で男を押さえ込もうとするのは実に理解できる話である。
「行こうか」
「あ、ああ……」
「それじゃ失礼しましたー」
廊下に出たらきちんと扉は閉める。そして確認。よし、特に壊れてはいない。
音を出しただけなので大丈夫なのは分かっているが、万一壊していたらまた面倒なことになる。
「じゃあついて来て」
「あ、ああ……」
もはやオウム返ししかしなくなった佐藤を引き連れて、最終目的地である俺の演説会場へと足を進めた。
「三組だと……?」
はっきり言って五組の教室から数十メートル、目と鼻の先である。
だが佐藤が我に返るだけの距離ではあったようだ。
「そうだよ。とりあえず佐藤さんは一緒に話を聞いてて。乗るかどうかはその後でいいし、別にその場で決めろとも言わないから」
「わ、分かった」
今度は教室の前の扉を開ける。もちろんそのまま入って行くなどしない。
「おお! そちらからわざわざ来てくれたのか!?」
扉を開けるやボーデヴィッヒが笑顔を浮かべてやって来る。
だが奴の元いた場所がおかしい。どう見てもベッティの膝の上だ。
まるで逃げ出すかのような動きだったので、もしかしたらおもちゃにされていたのかもしれない。
「あ、別にボーデヴィッヒさんに用はないんで」
「なんと」
ボーデヴィッヒはそのまま体勢を崩して床へと滑った。
まるで漫画のような、いや子供のような動きだ。
教室内はくすくすと微笑ましい光景を見るような暖かい眼差しである。
「ベッティさん」
私? という仕草で三組代表ベッティは自分の顔に向かって指を向ける。
正確には俺の目的は三組の全員だが。
「この三組って奇数ですけど、タッグマッチのために外から誰か連れてくるとかそのへんの対策しました?」
「いや? 昨日知った話だしまだそういう段階じゃないけど」
「ならよかった。とてもいい候補を連れて来ました」
「えっ!?」
そして俺は自分の後ろに立つ佐藤を指し示す。
いきなり呼ばれた佐藤もびっくりだろう。
「なおベッティさんのタッグマッチのパートナー候補でもあります」
「は!?」
「ええっ!?」
「これで二人はタッグマッチの優勝を目指すことができる」
唖然とする二人を尻目に、俺は壇上へと上がる。
「そして三組のみなさん、優勝なんて二人に任せて放り投げて、その代わりにこの三週間、つまりタッグマッチを有意義なものにしてみませんか?」