IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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26.タッグマッチの組み合わせ

 

 トーナメントの対戦表が配られた。

 

 教室が静まり返る中、織斑先生と山田先生が出て行く。

 だがクラスメイト連中は見向きもせず、一心不乱に配られた紙を見ている。ようやくはっきりと自分の位置が見えたのだ。ここからどうしていくか、具体的に考えることができる。皮算用になるかはさておき、早く見通しくらいは立てておきたいだろう。

 

「智希、残念だけどこれだと俺達は決勝まで当たらないんだな」

「つまり今回は当たらないってことだね」

「千冬姉のことだから俺達を最初にぶつけてくると思ってたんだけどなあ」

「それも可能性としてはあったけど、くじだし公平さを考えるとそうならない気はしてた」

「そんなもんか」

 

 俺と一夏の位置は山の端と端、まあ一番遠いところに離されたなという感じだった。

 

 

 

 俺から見て、このトーナメント表は明らかにくじではなかった。

 なぜなら俺の知る実力者達が均等に配置されている。一回きりのくじであれば多少は偏るはずだ。どこかで実力者同士が固まる死の山と呼ばれるような潰し合いの場所が出てきていいはずである。

 それがないということは、恣意的に並べられた可能性が高い。もちろん俺の知らないダークホースの存在もあるだろうが、それは俺から見て穴になっている山にいるのだろう。少なくとも俺の知っている実力者達が綺麗に分かれた時点で作為があるのは間違いない。

 

「こうやって見てると知らない人ばっかだな」

「そりゃあ百五十人もいればほとんどは知らない人だよね」

「智希ならそれなりに知ってる人もいるんじゃないのか?」

「と言っても半分もいないよ。それに一組以外は顔くらいしか知らない人ばっかりだし」

「智希でそれなら他のみんなはもっとそうだろうな。なんか自己紹介の場になったりして」

「あはは、試合の前にみんな挨拶から始めるんだ」

「そうそう、どうも初めましてシャルル・デュノアですってな」

「まあ実際活躍した人は名前覚えてもらえるだろうね」

 

 言われて気づいたがそういう意味合いもあるか。

 特に今年はそうなのかもしれないが、意外とクラスの壁は厚い。元々IS学園は全国から集まってくるので、同じ中学出身ということが極めて少ないそうだ。受験の時点で学校からの推薦が必要なため、合格以前に受験者からして数人、しかも全員が合格できるわけではないのでなかなかそういうことにはならないのだろう。

 加えて生徒の半分は部活もやらないため、ますますクラスが世界の中心となってしまう。だから五組のような事態にもなってしまったりするわけだが。

 

「織斑君、準々決勝で会おう」

「相川さん? そうなのか?」

「ちゃんと見てよー。ほら、同じ山じゃん」

「ほんとだ。ええと、このAブロックの決勝が準々決勝になるのか」

「そこから? あ、それとも何? 優勝して当然だからあたしとか全然眼中にないって?」

「いやそういうことじゃなくてだな」

「冗談冗談。マリアと一緒に上がってくるつもりだからその時はよろしくね」

「織斑くーん! 悲しいことですが勝負とは非常なものなのでーす! 不運だったと思って諦めてくださーい!」

「言ったな。俺も簡単に負ける気はねえぞ」

 

 横に並べたら壮観なのかもしれないが、生憎と配られた紙は縦長でABCDの四ブロックに分かれて並べられていた。

 一夏・デュノアペアの位置はAブロックの一番最初、これは一組代表だからかリーグマッチ優勝者だからか。

 もっともシードなので登場は三回戦、木曜からになるのだが。

 

「でも相川さん、一夏の前に強敵を破らないとね。五組の代表の人がいるから」

「ああ、この印はクラス代表ってことなんだ」

「他を見てもそうみたいだね」

「そっか。四ブロックだけど五クラスあるからどこかで重なっちゃうんだ」

「そういうこと。もちろんそれ以前に初戦で負けてるようじゃ論外だけど」

「そんなことあるわけない……わけじゃないのよね?」

「当然」

 

 組み合わせも決まったしもう隠す必要はない。

 せいぜい煽って危機感を持ってもらう。

 

「三回戦だし弱い人は上がってこられないよ。つまり一組の相手は全員強いから簡単にはいかないと思う」

「だよねー。……ちなみに、その五組の代表の人って強いの? リーグマッチの時とは別の人でしょ?」

「さすがにそれくらいは知ってるか。うん、別の人。強いかどうかは自分の目で確かめよう。二回も見られるんだからさ」

「ちぇっ。やっぱ教えてくれないか。でも安心して。そいつと当たったら絶対勝つつもりだから」

「やけに強気だね」

「だってそいつ甲斐田君にひどいこと言った奴じゃん。あたしだけじゃなくてクラス全員許せないと思ってるし」

 

 そういうえばそうだった。

 俺が喧嘩を売ってしまったせいで、一組は五組と対立関係にあるのだった。

 

「ああ! あいつか! なら俺もボコボコにしてやりてえな」

「残念でした。そいつはあたしがやるので織斑君には回ってきません」

「なんだよそれ。俺にもやらせてくれよ」

「トーナメント上そうなんだから仕方ないじゃん。それとも織斑君はあたしに負けろって言うの?」

「そんなこと言わねえよ。じゃあそいつは任せた!」

「任された!」

 

 意外とモチベーションになっているようだ。

 俺も五組の佐藤に肩入れした以上、五組代表杉山にはさっさと負けてもらった方がありがたい。相川さんなら実力的には同格くらいだろうか。訓練量を合わせると普通に勝てるかもしれない。

 本音を言えば一夏に杉山を倒してもらった方が絵になるので、そうして欲しいと思うけれど。

 

「そうと決まれば特訓でーす! 行きますよ清香!」

「えっ? どこへ?」

「グランドで走り込みに決まってまーす!」

「またー?」

「清香に足りないのは一に二に体力でーす! 体力がなければ何も始まりませーん!」

「はいはい分かりました。じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」

「がんばれよー」

 

 テンション下がったという顔になりながらも相川さんはリアーデさんと出て行った。

 リアーデさんも天然だが馬鹿ではない。今の相川さんに必要な事柄を理解している。

 体力が尽きて集中力がなくなるのが目下の相川さんの課題だ。

 

「一夏さん! わたくしとうとうこの機会を得ました! 是が非でも勝ってあの時の雪辱を晴らしてみせますわ!」

「セシリア? いきなりどうしたんだ?」

 

 相川さん達が去るやオルコットが入ってきた。待ち構えていたのだろう。

 ちなみに篠ノ之さんもいるがオルコットに順番を譲ったようだ。

 

「見てくださいませ! こういうことですわ!」

「ああ、なるほどね」

 

 オルコットの指先にある名前は鈴だった。すなわち、リーグマッチ前に鈴にボコボコにされたリベンジということなのだろう。

 

 

 

 

 

 一夏のいるAブロックは、はっきり言って一夏の独壇場である。

 俺の知る対抗馬は相川・リアーデペアと五組代表杉山くらい。しかもその二者は一夏と当たる前に潰し合ってくれる。その他同じ山のクラスメイトは整備班。先輩達の言葉を信じれば他のクラスに一夏とデュノアを倒せるほどのダークホースはいない。

 織斑先生達が公平になるよう組み合わせ表を作った結果だろう。一夏に次々と強敵を当てるような逆えこひいきはやれないのだ。やはりタッグマッチという行事の性質上偏らせることはできない。現状の実力的に一組が他のクラスを上回っているので、均等にするにはどうしても一組の戦力を分散させることが必要になる。そうなると今やクラスでも最上位の実力者となった一夏の周囲は必然的に弱くなるのだ。

 このあたりは予想通りである。

 

 そしてBブロック。ここには二組代表であるハミルトンがいる。そしてそのハミルトンんと鈴が組んだことによりこのペアが最有力候補だ。

 一方でその対抗馬が、オルコット・四十院ペアになる。

 

「でもそれは初見殺しの不意打ちなんだし、そこまで言わなくてもいいんじゃないの? 四組代表の更識さんもそれで鈴に負けてるし」

「甲斐田さん、確かに事実としてはそうなのでしょう。ですが、それでも負けは負けです。あれだけ啖呵を切っておきながらの敗戦ではとても言い訳などできませんわ」

 

 その場にいなかったので聞いた程度だが、啖呵というよりは売り言葉に買い言葉らしく、俺からすればどっちもどっちである。

 それにリーグマッチ後オルコットは鈴に当てつけるような言動をしていたし、そういう一方的なのはどうかと思わないでもない。

 とはいえ鈴とハミルトンのペアは俺の中で一夏の優勝を脅かす存在でもあるので、勝手に盛り上がって潰し合いをしてくれるのは大歓迎だ。

 

「それで変な方向に行かないのであればいいか。でも上ばかり見て足下を掬われないようにね」

「もはやわたくしに慢心という言葉はありません。他ならぬ甲斐田さんに教えていただいたことですので」

「僕?」

「はい。わたくしは入学して早々に教えられました。まさかもうお忘れですか?」

「ああ、そういう話ね。僕というよりは先輩達だけど」

「絵を描いたのは甲斐田さんですわ。甲斐田さんの策略でわたくしは勝って当然の試合を落としました。その後鳳さんにも実力で負け、わたくしは現状二連敗です。もうこれ以上負け続けるわけには参りません」

 

 ギャンブル狂のような言い回しだが、要は負け癖を付けたくないというようなことだろうか。

 相手が悪かった話とはいえ、オルコット的には入学からここまでうまく行っていると言いがたい。

 自己顕示欲も人並み以上にあるし、今回を浮上のきっかけにしたいという感じか。

 

「今度は気負いすぎて空回りしないようにね」

「確かに一人であったのならそういうことがあるかもしれません。ですが今回は二人ですわ。何かがおかしくなったとき、困ったとき、お互いに助け合うことができるのです」

「そうだね」

 

 オルコットはそう言うと離れた席にいる四十院さんに視線をやり、それから内緒話をするかのように顔を俺の耳に近づけた。

 

「ですから言わせていただきますが、神楽さんに一言お声をかけてあげていただけませんか? 甲斐田さんもこのままずるずると気まずいままでは居心地が悪いでしょうし」

 

 口を手で覆い隠して、俺にだけ聞こえるように言ってきた。

 四十院さんとはもう一週間以上まともに会話をしていない。

 

「必要でしたら場を設けるくらいは」

「いいよ、自分でやる」

「ありがとうございます」

 

 オルコットは笑顔で俺から離れた。

 親から言われて相当堪えたのか、四十院さんは完全に萎縮してしまっていた。

 俺に纏わり付かなくなったのはいいのだが、そう両極端だとそれはそれでやりづらい。

 四十院さんはおかげでエネルギーが足りないせいか、鷹月さんと鏡さんの衝突をまともに取りなせていない状態だ。

 更識妹に対する四組生徒ではないが、俺の方から行くしかないのだろう。せっかくオルコットと組んだのだから、このままタッグマッチで情けないことになられても困る。もう鈴に勝てとは言わないがせめて一夏と当たる前に鈴の体力を奪ってくれるくらいはしてもらわないと。

 それはそれとして切り替えて欲しかったのだが、人間そんな簡単にはいかないということなのだろうか。

 

「ま、オルコットさんは一夏へのリベンジもあるしね」

「俺?」

「そうですわ。一夏さん、今度は正々堂々と試合を致しましょう」

「う……それ言われると今はきついな」

「別に一夏さんに含むものはございませんわ。あの時のわたくしは甲斐田さんに負けたのであって、一夏さんに負けたとは考えていないということです」

「なるほど、つまり決着をつけようって話だな?」

「はい。同じクラスである以上真剣勝負の場で一夏さんと競える機会などそうそうありませんわ。今度は慢心なく油断なく全力でやらせていただきます」

「ああ、俺だって今ならセシリアに負ける気はしない。ええと、セシリアと当たるのは……」

「準決勝ですわ」

「分かった。俺もそこまで全力で勝ち抜いてみせる。シャルル、頼むぞ」

「うん!」

「凰さんに勝ち一夏さんに勝ち、最後決勝では箒さんに勝利して優勝したいものですわね」

 

 そう言って、笑顔のままオルコットは後ろを振り返る。

 その先には腕を組んだ篠ノ之さんが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふっ、そういえば私達はまともにやりあったことがなかったな」

「ですがお互いに手の内は知り尽くしているはずですわ。とてもいい試合になるでしょう」

「だがそれは鈴音に一夏を破ってからの話だな。残念だがセシリアには皮算用をするには越えるべき山が多過ぎる」

「それは箒さんも同じでしょう?」

「少なくともセシリアよりは大分楽だろう」

「いいえ、箒さんには大きな山がありますわ。ある意味わたくしの前にあるよりも大きな山が。何しろ甲斐田さんを打ち破らなければならないのですから」

 

 もちろん俺自身のことを言っているわけではない。

 篠ノ之さんのいるCブロックに、俺のくっつけた三組代表ベッティと元五組代表佐藤のペアがいるという話である。

 

 

 

 

 

 Cブロックは死の山と言うほどではないが群雄割拠状態だ。一、三組の中堅どころが多い。

 まず一組からは篠ノ之・鷹月ペアを含めパイロット班のペアが三つもある。一組同士での潰し合いからして激しい。

 その上三組からはベッティ・佐藤ペアは優勝候補。まあ佐藤は五組だが。その他三組内での実力者も二ペアいるし、一、二回戦でうまく勢いに乗れれば一組撃破も不可能ではない。

 潰し合いで疲労した結果漁夫の利を持っていかれることも普通にありそうだし、ここは順当に行かなさそうなブロックである。

 

「だが相手にとって不足はない。クラス代表者二人とやれるなどむしろ望むところだ」

「五組の佐藤さんはもうクラス代表じゃないけどね」

「こうなってくるとそれすら甲斐田の策略と思えてくるな」

「さすがにそれは言い過ぎ」

「少なくともその状況を利用したのは事実だろう。リーグマッチ出場者同士で組むなど完全に優勝狙いだ。しかもその後ろには甲斐田がいる。これほど燃える状況はない」

「俺なら冗談じゃねえって思うけどな。あいつらに智希が口出しするんだろ? 正直一番やりたくねえ」

 

 一夏が心底嫌そうな顔をしている。

 正直に言えばベッティと佐藤を使えるのなら頭の中では一夏にも勝てると思う。

 一夏の弱点を徹底的に突いて実力を発揮させなければいい。一夏は調子の波が非常に激しいので、上向きにさせる要素を潰していけば終始こちらのペースで試合を進められる。更識妹もベッティも一夏に勝てなかったのは自分が優勢の状況で一夏に立て直す時間を与えてしまったからだ。

 と言っても実際のところはうまくいかないだろう。少しづつ歯車が噛み合わなくなって、最後に逆転されてしまうのは想像に堅くない。今や同等の実力で今の一夏に勝つには針の穴も通さない繊細さが必要なのだが、それは入学したての一年生に望むようなことではない。

 現状で技術的にそれを望めるのは篠ノ之さんくらいだろうか。先輩達のお墨付きであるその安定感を持って一夏対策を実行すれば、本番で一夏にいいところを出させずシャットアウトすることは可能かもしれない。

 

「私は楽しみだな。セシリアや鈴音と違って私は甲斐田と相対していないから、なおさらそう思えるのかもしれないが」

「箒はつえーなあ。俺はここまで智希に勝たせてもらってるようなもんだし、正直不安なんだけど」

「一夏にしてはめずらしく弱気だね」

「なんつーか目標がないって言うか、先が見えないんだよな。今やってることはそれでいいのかっていう」

「自分で考えてこなかったつけだね。ちょうどいい機会だから自分で考えなよ」

「んなこと言われても急にできるわけねえだろ。なあシャルル?」

「まあまあ一夏、大丈夫。今一夏がやってることは間違ってないし確実に前に進んでるから」

「シャルルがそう言うんだからそうなんだろうけどさ」

 

 どうやらデュノアはリーダータイプではなさそうだ。

 よく気が利くし面倒見もいいのでそっち系かと思っていたが、人を引っ張っていく側ではないのだろう。

 あえて言うならサポート系か。あくまで前に進むのは一夏であり、デュノアはそれを横で支える感じだ。アドバイスはできても強引に引っ張るまではやれないので、進む方向は一夏の意思に委ねられる。こういう場合きちんと筋道立てて考えることをしてこなかった一夏では自分の考えに自信が持てないので、どうしても不安が付き纏ってしまう。

 やはり一夏の頭脳になるべき人間が必要である。四十院さんはもう完全に無理だと分かったし、どうしたものか。思い当たる生徒がいない。一夏の周囲に人を増やしての合議制にしても、どのみちそれを纏める人間はいる。悩ましい問題だ。

 

「さてと」

「なんだ、もう行くのか?」

「そうだけど何かある?」

「別に何かあるってわけじゃないけど、最近智希と会話してない気がするんだよな」

「いやいや、毎日顔合わせてるじゃない。隣の席だし、ちょくちょく話はしてるよね?」

「そういうことじゃなくてだな、きちんと話をしてないというかなんというか……うまく言葉にはできないんだけど何か足りない気がするんだよ」

「自分でも分からないようなことだと僕にはもっと分からないなあ。例えばシャルルがうざったくて耐えられないとか?」

「僕!?」

「そんなこと一言も言ってねえよ。シャルルにはほんと助けられてるし」

「脅かさないでよ」

「俺じゃねえよ、智希だろ。まあいいや、行ってくれ」

「何それ」

 

 軽く振ったつもりだったのだがデュノアに想像以上に驚かれてしまった。

 デュノアは意外とアドリブには強くないのかもしれない。普段は心構えができているからそつなく対応できるというだけで。

 

「甲斐田君」

 

 教室を出ようとしたら呼び止められた。

 振り返ってその顔を見て、納得した。

 

「初戦、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

 頭を下げてきたのは岸原さん、すなわち俺とボーデヴィッヒの初戦の相手である。

 

 

 

 

 

 一年生は百五十四人、定員は百五十人だったのだが俺と一夏に加えて転入生が二人増えたため、現在はその数字である。

 その数字の元トーナメント表を作ると、一か所だけいびつな山ができる。そこだけシード権持ち同士が初戦である三回戦を戦うことになるのだ。

 それが俺とボーデヴィッヒの余り者ペア対岸原、鏡ペアである。

 俺は唯一シード権を持ちながら外のクラスの人間と組んだ。だからそこに来るのはある程度予想された事態だった。

 

「と言っても僕はいないも同然だけどね」

「そうなんですか?」

「知っての通り僕はまともにやる気ないし、実質二対一だよ」

「そういう言い方は……」

「事実なんだからしょうがない。特に隠すようなことでもないし」

「ということは甲斐田くんは私たちに勝ちを譲ってくれるわけ?」

 

 目ざとく岸原さんの相方が入ってきた。

 クラス一俺に対して口が悪い鏡さんである。

 

「どうだろう。それはボーデヴィッヒさん次第かな?」

「何? 向こうは一人だけでやる気なの?」

「知らない」

「は?」

「知らないものは知らないとしか言いようがないよね。その時になれば分かるんじゃない?」

「何それ? 甲斐田くんのパートナーなんでしょ?」

「うん」

「うんじゃなくて」

「教えてくれないんだから仕方ない。なんかやりたいらしいからそれやって気が済むかどうかだね」

「はあ?」

 

 一応情報として伝えておく。何かを企んでいる、というほどでもなさそうな軽いもののようだが、心構えくらいはさせておくべきだろう。

 

「甲斐田君、全く意味が分からないんですけれど……」

「僕もよく分からない。でも一応言っておくとボーデヴィッヒさんが本気でやったら二人だろうとかなわないよ。簡単に言うと上級生を相手にするようなものだから」

「そうなんですか!?」

「本人が言うにはカリキュラム的にここのみんなより一年先に進んでたそうだから、実力的には二年生くらいかな? しかも専用機持ち」

「何よそれ!?」

「まあだから大人げないことはしないって言ってたけど、実際どうなるかは分からない。僕の想像では二人を試して合格かどうかで先に進ませてくれるかを決めるんじゃないかと思ってる」

 

 奴の性格からしてきっとそういうことだろうと俺は考えている。

 いくら初心者と言ってもみっともない真似をする相手に対して勝ちはやらない的な。天然だがあれで生真面目だし。

 

「試すって、いったい何をしてくるわけ?」

「そもそも僕の想像だからなんとも言えないけど、フリーパスで勝ちは譲ってくれないと思うよ。それなりの何かは見せないと」

「それなりって何よ?」

「だから全部僕の想像だって。少なくとも相手が一人だからってなめた態度を取ったりしたら全力で叩き潰されるだろうね」

「それだけ聞くと向こうの方がなめてる感じだけど」

「僕が言いたいのは手を抜いたり楽をしようとしたりしないようにってこと。せっかく上に行けそうな場所に入ったんだ。初戦で躓いたりしたくはないよね」

「分かりました。全力でやるようにということですね」

「結局はそういうこと。だから鏡さんも普段の僕に対する態度は試合の時だけはやめておいた方がいいよ。ボーデヴィッヒさんにはそのまま受け止められちゃうから」

「な」

「ご忠告ありがとうございます」

「とんでもない。信じるかどうかはそちら次第」

 

 鏡さんに一太刀浴びせて俺は教室から出た。

 Dブロックは一見狙い目である。はっきりとした有力候補は四組代表の更識妹くらいで、一組三組にはそこまで突出した存在がいない。

 ということはきっと二、四、五組のパイロット科志望の生徒がいるのだろう。

 だが岸原さんと鏡さんもうまくやれば整備班ながらベスト十六くらいは目指せる。俺とボーデヴィッヒを抜けば次は三戦やって疲労した他クラスか谷本、布仏ペアだ。どちらもスカウティングと対策ができれば試合は問題なくやれる。その先はおそらく更識妹が上がってきそうなので難しいかもしれないが、鏡さん的にはパイロット科志望の生徒を押しのけてベスト十六なら十分だろう。密かに指揮科を目指す鏡さんにとっては降って湧いたチャンスとも言えるのだ。

 

 

 

 足早に三組の教室へと向かう。

 組み合わせが決まったのでようやく三組の連中に個々の一組対策を授けてやれる。

 現状まともにぶつかっては三組の勝ち目は薄いので、まともにやらない方法でやるしかない。

 共通して言えるのは一組にとって三回戦が初戦になるということだ。三組としてはそこを最大限に生かすしかない。

 スカウティングして対策してくるのならそれを無にしてやればいいという話だが、果たしてどこまでやれるか。

 今回は一夏にやったような個人にあわせたやり方ではないため、ちゃんとやってくれるかその人任せで正直自信は持てない。雑な作戦だと我ながら思わざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 校舎の屋上に上がると西日がすごかった。

 もう少し遅い時間にしておいた方がよかったかもしれない。顔がはっきりと見えるのは嫌かと思ったのでこの時間にしたのだが、少々甘かったようだ。今なら顔の赤さくらいなら多少は隠せるかという程度だ。

 西日が強い分影ははっきりとしかも長く出る。相手は既に来ていた。

 まあ外の景色を見ながら会話をすれば顔を見なくて済むか。

 

「甲斐田さん……」

「お待たせ。まだ時間には早いけどけっこう早く来てた?」

「いえ……」

 

 四十院さんにいつもの覇気はない。目にも不安の色が濃く漂っている。確かに重症だったようだ。

 これでは確かにオルコットも心配になるだろう。

 

「そっか。じゃあ今わざわざ来てもらったことなんだけど」

「甲斐田さん」

「何?」

「甲斐田さんのお話の前に、私の話をさせてもらってもいいでしょうか?」

「いいよ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 即答する。

 四十院さんの目に力が戻っていたからだ。

 不安な顔のままグダグダ話を始めるようなら俺から話すが、ちゃんと意思を持って喋るのであればむしろその方がいい。俺のことではなく四十院さんのことなのだし。

 

「私の母はですね、とても優秀なんです」

「そうなんだ」

「新しいことを始めるのが好きみたいで、会社を作っては新しい事業を立ち上げ、それが軌道に乗ったら部下や一族の人間に渡してまた次のことを始める、そんな人なのです」

「バイタリティのありそうな人だとは思ったかな。四十院さんの一族の人達はみんなのそうなの?」

「とんでもないです。母は一族の中でも変わり種で、椅子が温まることのない落ち着きのない人間として呆れられていますね。ただ優秀であることは誰も否定しません」

「結果を出しているのならそうだろうね」

 

 会社を作っては潰してでは誰も付いてこないだろう。渡された会社が内情滅茶苦茶では突っ返されるだろう。実績を積み上げているから周囲はやめさせようとしないのだ。

 泳いでないと死んでしまう魚のようではあるが。

 

「そんな母がですね、甲斐田さんのことをすごく褒めていたんです」

「僕?」

「はい。最初は甲斐田さんが女であればよかったのにと」

「は?」

「それからですね、甲斐田さんがISを動かせなければよかったのにと」

「何それ?」

「それならもう迷わずスカウトしたのにと。方針を伝えておけば全部自分で考えてやってくれる人間なんてそうそういないのだと」

「そういう話か」

「はい。とても残念がっていました」

 

 自由にやらせてくれるようで、恐ろしいタイプの上司と言えるかもしれない。

 確信して言えるが、そういう場合の方針とはまず間違いなく無茶振りである。具体的にこれをやれではなく、解決策を考えるところからやれという超丸投げだ。

 全くもって冗談ではない。

 

「つまり僕は男でかつISを動かせることによって助かったと考えていいんだろうか」

「ふふっ、どうでしょう。甲斐田さんがつまらない人生を送るのなら攫ってやろう、くらいは考えているかもしれませんね」

「怖っ」

 

 もしかしたら俺は値踏みされていたのかもしれない。やたら俺について聞かれた気がするし。

 それに俺が四十院母の今の会社に入る意味はないとしても、次に作る会社に意味を持たせてきたりは普通にあり得そうだ。それどころか俺と会話をして俺が興味を持ちそうな分野に手を出してきたりとか。

 油断していたら気がついた時にはレールの上に乗っている、そんな恐ろしい相手だ。

 

「そんな母の姿と甲斐田さんを見ていたら、ふと思ったんです。甲斐田さんと一緒にいれば私は母に勝てるのではないかと」

「え?」

「正直に申し上げますが、私は母に何一つ勝てる気がしません。今の話ではなく、将来を考えても勝てるビジョンがまるで浮かばないのです」

「勝ち負けかあ……」

「ええ、甲斐田さんにとってはきっとくだらないことでしょう。ですが私は幼い頃から母の優秀な姿を見てきました。そしてそれがどれだけすごいことなのかを理解するにつれて、同時に自分が情けなくなりました。実の娘なのにどれだけ違うのかと」

「そういう話ね」

 

 親が優秀過ぎて劣等感を持ってしまうとは、ある意味贅沢だと言えるかもしれない。

 俺や一夏の周りには比較対象さえなかったのだから。

 

「ですから甲斐田さんのような人が側にいてくれたら、私は母に勝てるくらい強くなれるかもしれないと考えてしまったんです」

「なるほどね。でもそれってさ」

「はい。たとえいつか母に勝てたと思っても、勝ったのは甲斐田さんであって私ではないですよね」

 

 間違っているわけではないが、正解でもない。

 それは漠然と物事を考えていると嵌まる落とし穴である。

 

「四十院さんってさ、正直友達少ないよね」

「え?」

「やっぱりその敬語口調がいけないのかな? タメ口じゃないからなんとなく壁を作ってしまう的な。あ、でもそれだけなら岸原さんもそうか。ということは問題は口調というわけでもないのか」

「甲斐田さん?」

「そうなると考えられるのは人との距離のとり方か。確かにリーグマッチの時もうちょっとうまくやってくれればなあと思ったことは何度もあるんだよね。わざわざ引っかかる言い方しなくてもとはいつも思ってた」

「あの……」

「でもそういうのができない人だとは思ってないんだよ。気を遣ってるなと思えるときはきちんとできてるし。だからなんでやらないんだろうと疑問だったんだけど、今分かった。それは四十院さんにとって必要なことじゃなかったからだ」

「すみません甲斐田さん。今の話はどういうことなのか……」

 

 遠くから話をして一度四十院さんの意識を切り離しただけだ。

 ジメッとした感情を引きずられたままでは会話にならない。

 

「四十院さんてさ、僕のこと優秀だと思う?」

「はい。それは思います」

「それはなぜ? 言っておくけど僕はみんなみたいに必死に勉強とかしてこなかったよ?」

「勉強のような努力ではどうにもならない事柄を甲斐田さんは会得しているからです」

「はいそれが間違い」

「え?」

「冗談じゃない。今の僕は僕なりに努力した結果であって、もともとそうだったわけじゃないんだから」

 

 なぜここの連中は俺を過大評価するのか、この一ヶ月考えた。そして気づいたのは俺はここの連中が持っていないものを持っているということだ。

 

「甲斐田さん……」

「僕は自分がこれっぽっちも優秀ではなく一人では何もできないことを知っている。だから自分の望みを達成するためには人に叶えてもらうしかない。よく僕は口先だけだって言われるけど、それしかないんだから仕方ないんだ。昔はそれすらなかったし、僕からしたらこれでもだいぶましになったんだ」

「……」

「僕からしたら四十院さんなんて超がつくほど優秀だよ。だって自分の望みを自分で叶えられるんだから。今親に勝てないって言ったけど、それは最初から勝つつもりがないんだから当然の話だよね」

「え?」

 

 俺の話は導入であって実はどうでもいい。

 実体のない幻影に向かってシャドーボクシングをしていても永遠に当たらないということだ。

 

「はっきり言うけど四十院さんなら勝てるよ。今じゃなくてもいずれは。対象が僕と会話した人ならね。だってあの人娘の前で思いっきりかっこつけてるだけだし、四十院さんが思ってるほど完璧じゃない。四十院さんが勝てないと思ってるのは四十院さんが自分の中に作り上げた理想の母親像だ」

「えっ……」

「勝とうと思ったらまず敵の分析から始めないと。四十院さんはすごいすごい言ってるだけで弱点とかまるで探してないでしょ? それに何を持って勝ちとするかの勝利条件とか決めた? 別になんでもいいんだよ。客観的な話じゃないんだから自分の中で勝ちならそれで。そういうの考えたことある?」

「それは……」

 

 俺も人のことを言えるわけではないが、頭の中でぐるぐるやっているとそのうち訳が分からなくなってドツボに嵌ってしまう。

 ここ一ヶ月の四十院さんはきっとそういう状態だったのだろう。母親だけでなく俺に対しても。

 ちなみに本当に親に勝てるかどうかは知らないが、まあ一つくらいあるだろう。別に全てにおいて勝てるというわけではない。

 

「あと四十院さんは勝利に対する執着も薄いと思う。勝てないとか言いながら同世代には勝つのが当たり前だったから、普通にやれば普通に勝てると思ってる。それが最初に言ったことで、リーグマッチの時に行動が徹底していなかった。あの時しっかりやればパイロット班の人達の信頼も得られたはずなのに、全然できなかったのは自分でも分かってるでしょ?」

「はい」

 

 四十院さんが真剣な表情で頷く。よし乗ってきた。

 こうやってわざわざ時間を使うのだから、俺もただ慰めて終わりにするつもりなどない。

 

「それはさ、四十院さんが優秀だからなんだよ。結局自分でどうにかできると思ってるしどうにかしてきたから、他人に頼る必要性が自分の中で薄い。だからパイロット班の人達に対して上から突き放したような言い方になってしまって反発される」

「そこまで見られていたんですね」

「苦情の届く先は僕だからね。一応言っておくけどその後四十院さんには伝えたよ。ピンと来てないなって感じだったけど」

「恥ずかしいです……」

 

 もちろん自分のことなど全て棚に上げる。

 そういうことを言い始めると俺は反発の嵐を強権発動で押し潰していた。

 だからはっきり言って四十院さんどころではないのだが、今は関係ないのだ。

 

「でもまあ終わってしまったことはもうどうしようもない。大事なのは反省して次にどう生かすかだ」

「はい」

「そうするとこれからの二週間ってすごくいい機会だよね」

「それはタッグマッチのことでしょうか?」

「もちろん。四十院さんは人を指揮するとかそれ以前にまず人との距離をうまく取れるようにならないと。僕だって最初から喋れたわけじゃないし。だからまずオルコットさんと二人でちゃんとやれるかというところから始めたらどうかな? 今までもアドバイスをもらってたみたいだし」

「そ、それは……」

 

 きっと今四十院さんの顔は赤くなっているのだろう。夕日に照らされて分からないが。

 しかしオルコットももう少しマシな指導をしてくれればよかったのに。

 

「と言っても実際うまく行ったかどうか分かりづらいか。じゃあ一つ課題を出そう」

「課題ですか?」

「うん。鈴とハミルトンさんに勝てるか」

「えっ?」

「はっきり言うね。このままやったら四十院さん達は準々決勝で鈴達に負ける。しかも敗因は四十院さん」

「私ですか!?」

「だって四人の中じゃ四十院さんが穴だし。他三人は留学生だよ? 操縦技術じゃ一番負けてるのは間違いない」

「それはそうでしょうけれど……」

 

 個々でやり合った場合、四十院さんとオルコットではかなり分が悪い。

 二人とも前衛型ではないので、特に正面から叩き潰しに来る鈴はやりにくい相手なのだ。

 逃げるだけなく闘牛士のように受け流す技術が必要になる。

 

「一対一を作られたらもう駄目だね。四十院さんが持ちこたえられなくてそこから崩れる。だからそうさせないようにオルコットさんと連携する必要がある」

「連携……」

「それが課題の一つね。オルコットさんと呼吸を合わせられるか。あ、ちなみにオルコットさんの方はできるよ。ネックになるのは四十院さん。どう合わせるかは任せるけど、オルコットさんに合わせてもらうようじゃとても勝ち目はない。オルコットさんの力がセーブされちゃうからね」

「はい」

 

 多対一を得意とするという触れ込みではあるが、オルコットの機体は近接戦を苦手としているしその本領を発揮できるのはやはり支援機としてだろう。

 連携ありきの機体なのだし、オルコットの動きを見ていても連携の意識は強い。まあゴーレム戦の時は多少不安の残る動きではあったが。

 

「もう一つは勝つためにどこまで執着できるか。普通にやったら勝てない相手に何をすればいいかだね。今回は一夏のような一発逆転もない。積み上げて勝つしかないんだけど、どうすればそれができるか。僕の中にはもうある」

「あるのですか!?」

「あるよ。それは先週鈴とハミルトンさんが組むという時点で考えた。別に一夏に勝たせるというような話じゃなくて、一般論としてね」

「それは……」

「もちろんそれは課題だから言うわけないけど、まあ僕が二人のことを知っているからというのあるか。一言だけ言うと二人とも自分勝手だから連携できないということ」

 

 鈴はともかくハミルトンについては宮崎先輩から聞いた話である。

 だが俺の方でも考えてみると、気を遣っているようで時折見せるドライさを鑑みれば、少なくともハミルトンは根本のところで人に合わせるのを得意としていない。

 だとすれば俺はそこを突く。一足す一を一にする。

 

「自分勝手ですか……」

「そこから先は自分で考えよう。あ、もちろんオルコットさんと相談してね。僕の中じゃ二人なら勝つことは可能だから」

「甲斐田さん、一つ質問をさせてもらえませんか?」

「答えられることなら答えるけど」

「ありがとうございます。どうして甲斐田さんは私にここまでしてくれるのですか? はっきり申し上げて私は甲斐田さんに迷惑しかかけていません。甲斐田さんにとってここまでする価値はないはずです」

「そんな卑屈なこと言わないでよ」

「いいえ、事実です」

 

 そんなもの、一夏の対戦相手として鈴ハミルトンよりもオルコット四十院の方がいいからに決まっている。

 一夏では鈴に一対一を仕掛けられたら素直に乗ってしまう。一対一が二つなど連携も何もあったものではないし完全に相手のペースだ。その日は二試合あるし体力的に一番厳しいところである。鈴と激しく打ち合って一夏に消耗されたくない。

 その点四十院さんとオルコットなら連携ありきで来てくれるので、疲労度を考えるともう後がない鈴のような特攻はしてこない。だから結局は地力の差がそのまま出て来るはずだ。それならデュノアでも試合のコントロールは可能だろう。

 とはいえさすがにこれは口にできない。

 

「うーん、同じクラスだからじゃ駄目?」

「甲斐田さんは既に三組に手を貸しています。それに二組のお二人の方が甲斐田さんにとって親しい相手です」

「鈴はともかくハミルトンさんまで?」

「だって……お互いにお名前で呼び合う間柄ではないですか。私とオルコットさんよりも肩入れしておかしくないはずです」

「はあ、そういう話ね。それ全然違う」

「え?」

 

 あれだけ大騒ぎしたのにどうして知らないのかと思ったが、そういえばあの時四十院さんはその場にいなかった。

 オルコットは二件もの殺人未遂犯であり気が動転していたから覚えていないのだろう。

 もしかしたらハミルトンのことも四十院さんの暴走に拍車をかけていたのかもしれない。

 

「ハミルトンさんのことを名前で呼んでるのは鈴に強制されたからだよ。ほら、僕らが夏休みにハミルトンさんの母国カナダに行くのは知ってるでしょ? まあそれからして織斑先生に嵌められたんだけどさ。だから親善で行くから今のうちにお互い名前で呼び慣れておけって話。それだけ」

「……本当に?」

「それ以外に何があるって話なんだけど」

「本当の本当にそうなんですか?」

「意外としつこいね。それなら今こうやって四十院さんにアドバイスしたのが答えにならない? リーグマッチで一緒に指揮班をやった仲間なんだし」

「仲間……」

「あ、あれ? 僕にとってはそうだったんだけど、四十院さんにとっては違った?」

 

 待ってくれ。意を決して仲間とか臭いセリフを吐いたのに自分だけとか冗談ではない。

 このままでは俺の心の黒歴史ノートに記載されてしまう。

 

「はい!」

「違うの!?」

「あ、そういうことじゃないです! 違うんです! あ、そうじゃなくて違わないんです!」

「どっちだよ!」

 

 思わず突っ込んでしまったが、四十院さんが動転しているだけで俺の黒歴史方面でないことはすぐ分かった。

 

「……」

「……」

「ふふっ……」

「まったく」

 

 四十院さんは笑顔で、さらに両目から涙を流していた。

 

「私……もう完全に甲斐田さんに嫌われたものかと……」

「ちょっと暴走されたくらいで嫌ってたらとっくに僕は世界中の人が嫌いになってるだろうね。最近で言えばリーグマッチの時の鈴とか絶交ものだと思わない?」

「でも……」

「それに僕もあんまり人のことは言えない。先月勢い余って五組に喧嘩売ったりしちゃったし。一夏とか鷹月さんに怒られたよ」

「でも私は……」

「別に僕が気にしてないからいいで終わりの話だよ。事情も分かったし、四十院さんと仲違いをしたいわけじゃないんだから」

 

 俺のことなどどうでもいいのでさっさとタッグマッチに取り組め、だ。

 今の対価となる要求は既にした。鈴とハミルトンを倒して来い。倒せなくてもせめて弱らせて来い。

 

「はい」

「ならこの話はこれでおしまい。タッグマッチがんばってね。せっかく課題を出したんだし」

「あ、あの!」

「まだ何かある?」

「甲斐田さんは、私達が勝てると思いますか? その、凰さん達に」

「勝てるよ。勝つために必要な事柄を実行できればね。つまり今のままじゃ駄目だってことなんだけど」

 

 一応保険をかけておく。

 勝てると言ったのに負けたじゃないかと後で難癖をつけられたら困るからだ。

 

「分かりました。私のことを仲間だと言ってくれた甲斐田さんを信じます」

「あ、うん」

「今の私には十分過ぎるほどの言葉です。ありがとうございました」

 

 深々と頭を下げて、四十院さんは走って行った。

 まあこんなものだろうか。

 

 とは言うものの、鈴は普通に強い。

 なんだかんだで鈴はこの一ヶ月訓練を重ねて専用機を自分のものとしつつある。

 元々操縦技術に優れているし、一対一ではとても確実に勝てるとは言えない相手だ。

 二対二であることや連戦の疲れなど諸条件が揃ってこそ言える話であり、そもそも代表クラスの実力を持っていなければ土俵に乗ることからして厳しい。

 その点で言えば俺の見る限り四十院さんはギリギリであり、その頭脳と積極的な性格を加味してようやくだ。フル活用しなければ勝つのは難しいだろう。

 果たしてこれから一週間程度、準々決勝まで二週間弱でどれだけやれるだろうか。

 

 まあ、いずれにしてもその先で勝つのは一夏である。

 鈴が勝とうが四十院さんが勝とうが、激戦になればなるほどその後午後にある準決勝に響いてくるのだから。

 俺としては一夏が漁夫の利を持って行けるようお膳立てを整えるだけである。

 

 

 

 

 

「すまない、二人だけで会うのはこれきりにしよう」

「は?」

 

 ボーデヴィッヒがまた意味不明なことを言い始めた。

 

「私もまさかこのような事態になるとは夢にも思わなかった。いや、君は悪いわけではない。全ては私の浅はかさが招いたことなのだ」

「はあ……」

 

 俯いて右手を前に出し、やたらと芝居がかった動作だ。

 例によって嫌な予感がする。

 

「運命とはかくも残酷なものなのか。私に関わらなければきっと君は今も安穏としていられただろうに、このようなことになってしまって本当に申し訳ない」

 

 悲しげに首を振って、頭を下げてきた。

 これはきっと自分の世界に入っているという状態だ。感情の高ぶった篠ノ之さんや生徒会長がたまにやる。

 

「あのー」

「分かっている。君は何を言わずともいい。ただただ、私から謝るのみだ」

「はあ……」

 

 この手の輩は自分の中だけで話を進めてしまうので、本当にやりづらい。

 どうして俺の周りにはこういう人間が多いのだろう。こうやって俺が相手にしてしまうからだろうか。

 

「君に対して誠実であるため正直に言おう。私には打算があった。織斑一夏君のことを知るため、そして近づくため、彼の親友である君に話しかけた。それは事実だ」

「はあ」

 

 そんなもの『嫁』とか言い出した時点でそうだろうなとは思っていた。実に今さらな話であり、俺が何も分かっていないとこいつは考えていたのだろうか。

 

「軽蔑しているだろう? そうだ、私はその程度の俗物的な女であり、君が心に描いた理想の姿とはかけ離れているのだ」

「は?」

 

 もう何を言っているのか分からない。

 ボーデヴィッヒが信者脳全開で俗物根性丸出しなことくらいよく分かっているつもりなのだが。

 

「だから目を覚まして欲しい。私の事など忘れて、自分の幸せとは何か見つめ直すのだ。大丈夫だ、君は一人ではない。すばらしい友人達が君の周りにはいるのだから」

「はあ……」

 

 別に俺は織斑千冬教に入信した覚えはないし、そもそも勧誘されてすらいない。

 そういう幸せとか宗教が大好きそうな言葉を持ってこられても困る。

 

「ああそうだな。急に言われても理解が追いつかない、いや頭が理解しようとするのを拒否してしまうだろう。ならば心を鬼にして言わせてもらおう。残念だが、私は君の想いに応えることはできないのだ」

「はい?」

 

 もう言葉が出てこない。どこから突っ込んでいいか分からない。いったい何をどうすればそういうことになってしまうのか。

 

「なぜ知っているのかという顔だな。いくら隠そうとしても、人の心とは表に出てきてしまうものなのだ。そしてそれは当事者だけには限らず、やはり分かる者には分かってしまうのだ」

「あ」

 

 田嶋か。

 本当にあの馬鹿は余計なことをしてくれた。

 

「君としては秘めておきたかった想いかもしれない。だが現実とはいつも残酷なものだ。君の純粋な想いなどあっという間にかき消され、玩具にされてしまう事態がもうすぐそこまで迫っている。だから私はそうなってしまう前に全ての幕を引いてしまうことにした」

「なるほど」

 

 ようやく腑に落ちた。

 要するに田嶋というパパラッチがいるからさっさと全てを終わらせてしまおうと言いたいのだろう。

 清清しいまでに的外れである。

 

「分かってくれたか! いや、私のことを卑怯者と罵ってくれて構わないのだぞ? ただ私が保身に走っているだけだと。私も知らぬ存ぜぬを通すなど数多くの対策を考えた。だがそれらはどれも君を騙す行為で不誠実であり、この状態を続けていても騒ぎが大きくなるだけだ。だからこそこうやって全てをなかったことにするしかないのだ!」

「そんな力説しなくても」

 

 こいつに限っては素でそう考えていそうだから恐ろしい。

 普通であれば自意識過剰だとまずは自分を戒めるところなのだが、この天然は自身の考えに微塵も疑問を抱くことをしない。独善的にも程がある。

 

「ああ、確かに急に言われてすぐ信じろなど無理のある話だろう。だが今後起こる出来事を見てもらえればきっとそれは真実だったと気づいてもらえると思う」

「今後ねえ」

「しばらく……そうだな、タッグマッチまでお互い距離を置こう。そうすれば見えてくるものはあるはずだ」

 

 言うだけ言って、気取ったままボーデヴィッヒは去って行った。

 廊下に一人俺は取り残される。

 

 

 とりあえず、田嶋を見つけ出して説教だ。

 

 


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