俺もよく口先だけと言われるが、果たしてこいつはどこまでそうなのだろう。
「だから本当です! 本当なんですって!」
目の前では田嶋が全力土下座をしながらも言い逃れしようとしている。
見た目的には完全降伏だ。いつものような余裕は微塵もない。
何とかして俺に許してもらおうと必死なように見える。
「そういう地雷踏んだと思ったら最初から謝りますから! 大ごとにならないうちに、こうやって甲斐田君に土下座しに行きます!」
「へえ、つまりボーデヴィッヒさんはそういう風には見えなかったと?」
「そうです! 今言った通り完全に鼻であしらわれて、ああこれはお互い完全に脈ないなと思ったからネタにしたんです! ガチだったら絶対にそんな真似はしません!」
「ガチねえ」
田嶋の態度は俺に対して完全に恐れ慄いているように見える。いつかの夜竹さんの比ではない。
だが俺としては田嶋が小芝居を好む人間であることを知っている以上、そのまま受け取ることはできない。一世一代の演技かもしれないからだ。
「笑い話で済むと思ったんです! その転入生の人も見た目とは違って大人っぽい雰囲気だったし、その場は最後笑って流してくれたんです!」
「でもさ、実際には僕はとんでもない誤解をされちゃったんだけど」
「そういう反応をするような人だったらすぐ分かります! この人冗談が通じないって。いつもこういうことをしてるからわたしはいつも相手のリアクションはきちんと見てます! だから冗談の通じない鷹月さんとかには行かないでしょ!」
「そんな逆ギレされても困るんだけど。ボーデヴィッヒさんには通じなかったわけだし」
「だからそれはおかしいんです! そんなマジに受け止めてるようには全然見えなかったんです!」
だがそれを言ってしまえば田嶋の目が節穴だったということでしかない。
そもそもボーデヴィッヒには二面性がある。織斑千冬に憧れてそうなろうと真似している部分と、本人が元から持つ素の部分だ。
やたら固い言い回しを好んで使おうとしたりするが、実際の内面は年齢以上に幼い。クラスメイト連中におもちゃにされても、どう見ても嫌がる様子もなくされるがままになっている。口では大人の態度を取っているような言い方だが、あれは誰が見ても素直に受け入れていた。
その他気を抜いているときは子供のような動きになっているし、周囲から見れば背伸びをしている子供のようにしか見えないのだ。
結局田嶋は表面だけを見て安心してしまっていたのだろう。
「ま、どちらにしても事実は一つだ。田嶋さんの冗談をボーデヴィッヒさんは真に受けた。いくらそんなはずはないとか言ってもこれは認めざるをえないことだよね?」
「それは……その……」
「別に僕を貶めようとかじゃなくて軽い気持ちでやったのは分かった。でも、それは思わぬ方向に行ってしまったんだ。これは素直に認めるべきじゃない?」
「……はい……」
それでも不承不承という顔で、田嶋は頷きながらも下を向いた。どうやら本心では納得がいかないらしい。
ということは田嶋とは別に煽った人間がいるかもしれない。ベッティや三組連中が怪しい。
さっさと事実関係を明らかにしてボーデヴィッヒの誤解を解こう。
と、会議室のドアがノックされる。
ガラス越しに見えるのは鷹月さんだ。余計なお世話をしに来たか。
仕方ないので鍵を開ける。
「何?」
「話は終わった? それくらいにしておいてあげなさいよ。見た感じもう十分でしょ?」
「見てたの?」
「十秒くらいはね」
「じゃあなぜここに? たまたま通りがかったの?」
「私の部屋まで助けを求めて駆け込んできたからよ。何事かと思ったわ」
鷹月さんが振り返ると、その先には愛想笑いを浮かべた夜竹さんがいた。
田嶋の首根っこを掴んで会議室まで連行したのはやり過ぎだったか。
「はあ。夜竹さんが田嶋さんを心配してか」
「甲斐田君、なにとぞ智子にご慈悲を……」
「さゆか!」
「はい小芝居はしない。言っておくけど今はそれ逆効果だからね」
言われた途端二人とも真顔になって背筋を正し、夜竹さんは直立不動、田嶋は床に正座の姿勢を取った。こいつらは本当に分かっているのか。
「確かにこんなんじゃ甲斐田君が怒るのも無理ないわね。やっぱりまだ続けていいわよ」
「そんな!」
「だいたい分かったからいいか。田嶋さんはもう行っていいよ」
「ありがとうございます!」
俺の気が変わらないうちにという勢いで、田嶋は会議室から脱兎のごとく逃げ出して行った。
入れ替わりに鷹月さんが入ってくる。
「甲斐田君はよく田嶋さんとか夜竹さんを相手にする気になれるわね」
「鷹月さんとは絶対に合わないタイプだよね。鷹月さんが二人と喋ってるの見たことない気がする」
「それがお互いのためでしょ」
「確かに」
鷹月さんは基本誰に対しても物怖じせずに向かっていくのだが、この二人に対してだけは触れようとしない。リーグマッチの時は必ず俺か鏡さんを挟んでいた。
「今回は夜竹さんが私に助けを求めるくらいだから相当な事態かと思って来たんだけど、実際どうなの?」
「夜竹さんにそう見えたとしたら、僕に見せしめ的な気持ちがあったからかな?」
「じゃあ夜竹さんの過剰反応でいいの?」
「そうだね。と言うかここのところ夜竹さんは僕に対してそんな感じで」
「なんだ、心配して損したわ」
鷹月さんが呆れた顔になってため息を吐く。
まあそうだろう。普段接していない相手が急にやって来たのだから、委員長気質の人間として放っておけないのはよく分かる。
「ということでわざわざご苦労さまでした」
「ちなみに、結局何だったわけ?」
「田嶋さんがデマを流して、僕が興味もない人から振られるというよく分からない事態になっちゃっただけ」
「何それ?」
しまった、鷹月さんが食いついてしまった。興味津々な顔で椅子に腰を下ろしてしまった。
そういえばいつもとは違い、最近の鷹月さんはそういう俗っぽい人間になっているのだった。
「そのまんまだよ。田嶋さんが最近よく話をしてるからって僕と三組の転入生のボーデヴィッヒさんの仲を疑って、それをボーデヴィッヒさんが真に受けちゃったって話。本当に迷惑なことしてくれるよ」
「それは……また災難な話ね」
「本当に。だから今田嶋さんを尋問して事実関係を確認しようとしてたところ」
「まあ甲斐田君がそのままにしておくわけはないわよね」
「当然」
「でもその転入生もどうなの? そんな簡単に真に受けちゃうとか。そういう人なの?」
「残念ながらね。はっきり言ってあまり冗談が通じない人で」
「そうなんだ。甲斐田君や織斑君に挨拶してるのを見た感じではそういう人には見えなかったけれど。見た目とは違ってもっと大人な感じで」
結局そういうところで田嶋は勘違いしてしまったのだろう。
とは言えボーデヴィッヒと少し話をしてみればすぐ分かる程度の話ではあるが。
「田嶋さんも同じように考えて冗談で済むと思ってやっちゃったみたい」
「なるほど、そういう話だったわけね」
「うん。後は三組の人達が乗ってるかもしれないのでそのへんを確認だね。それで全部はっきりさせてボーデヴィッヒさんの誤解を解く」
「それなら特に言うことはないわね。もっとややこしいことになってるかと思ったけど」
「むしろそうならないように今動いてるという感じ」
放っておけばワイドショーよろしく騒ぎ立てるのがいるのは間違いない。
鈴が俺とボーデヴィッヒのことを気にしていたし、下手をすればクラスの外にまで広がってしまう可能性がある。
「ならいいわ。……じゃあ……ちょっと別の話いい?」
「いいけど何?」
「その……デュノア君のことなんだけど、やっぱり甲斐田君の言った通りだった」
「へえ」
「最近になってデュノア君の周りはかなり落ち着いたと思う。織斑君みたいにはならなかった」
「なるほど」
やはりデュノアは意識して行動している人間なので、周囲も分かってきたのだろう。
むしろそれでもめげない鷹月さんは根性があるとでも言うべきか。
「本当に玉砕したかどうかまでは分からないけれど、クラスのみんなの距離が前ほどじゃないのは確かなのよね。みんなデュノア君に対して必要以上に近づかなくなったと言うべきか」
「タッグマッチも近いしそれどころじゃないというのもありそうだけど」
「確かにそれはあるわね。特に甲斐田君と初戦で当たる鏡さんなんて完全に空気変わったもの」
「あー。まあ別に僕自身は何もしてないんだけどね」
「思いっきり煽ってたじゃない」
「そういえばそうだった」
鏡さんはクラスどころではなくなってしまったのかもしれない。少し脅し過ぎたか。
「おかげでスムーズに話を進められるようになったわ。それに最近はデュノア君とも普通に会話できるようになったし、四十院さんも甲斐田君が立ち直らせてくれたんでしょ? ほんと甲斐田君には敵わないわね」
「いや、別に鷹月さんに援護射撃したつもりはないよ」
「さすがにそこまで自惚れてるわけじゃないわ。ただ私にとって都合が良くなっただけの話。甲斐田君がどこまで計算してやってるのかは分からないけれど、私はこの状況を利用させてもらってる」
「余裕だね。クラスのみんなはそういう感じじゃないみたいだけど」
以前のように甘く見ているという感じではない。
先を見通せているという状態なのだろうか。
「むしろみんなが甲斐田君のことを怖がり過ぎなのよ。疑心暗鬼になって何されるか分からない的な漠然とした不安を持ってる。きちんと考えれば全然そんなことはないって分かるはずなのにね」
「言うね。僕が三組に肩入れしてるのは事実なんだけど」
「肩入れするにしてもやり方があるわよ。あれだけ大っぴらにやって、しかも三組以外にも手を出しているところを見れば、甲斐田君の本当の目的が三組を使って一組に痛い目を遭わせるなんてそんな単純な話じゃないことくらい分かるわよ」
「なるほど」
俯瞰して全体を見れば、俺が三組のためだけに行動していないことはすぐ分かる。鈴伝手ではあるが実際に二組の連中も疑っていた。
俺としてはそのあたりで疑心暗鬼にしてケツを叩く的な意味合いがあった。動機はなんであれ必死にさせてタッグマッチを例年のような行事にしないために。
「あ、別にだから本当の目的を言えって話じゃないわよ。それは今後を見て自分で分析するから。終わった後答え合わせさせてもらうわ」
「鷹月さんさ、そこまでやるのは手を広げ過ぎじゃない? それ以前にまず自分のことを心配しないと。まずはパートナーの篠ノ之さんの足を引っ張らないようにするのが最優先なんじゃないの?」
「そのくらい言われなくても分かってるわよ。だいたい甲斐田君はもうそのあたりを読みきってるしょ? 甲斐田君がわざわざ一組を離れた理由を考えたらすぐ思い当たったわ。今回のタッグマッチはあらゆる面で一組にとって有利過ぎるのよ」
「あ、それか」
ようやく思い至ったか。
客観的な事実を並べると、現状一組の絶対的優位は動かないのだ。俺のようなイレギュラー要素がない限り。
だから俺は誰も計算できない不確定要素として動くしかなかった。そうしなければいずれ一組連中は安穏としてしまう。
「安心して。みんなには言ってないから。甲斐田君がそう考えたように私もその方がいいと思ってる。みんなのためには」
「僕と鷹月さんが同じように考えたかは分からないけどね」
「それも終わった後答え合わせさせてもらうわ。と言っても今まで甲斐田君がヒントを出してくれていたことはさすがに分かってるから」
「ならいいや。じゃあ一組のことはよろしく」
「任せて。今やれる最大限の結果を出してみせるわ」
「いや、そこまで気合入れなくていいんだけど」
そんな自信満々にされると逆に不安になる。あっさり足元を掬われそうで。
まあ悪い方向に行っているわけではないので、そこまでおかしなことにはならないとは思いたいが。
食堂に入ろうとしたら鈴に呼び止められた。ハミルトンもいる。
こっちへこいと手招きしている。
「なんだよ鈴? 話あるなら飯食いながらじゃダメなのか? 俺腹減って仕方ないんだけど」
「じゃあ一夏達は行っていいわよ」
「鈴?」
「一夏には後で話すわ。智希だけ来なさい」
「なんだそれ?」
「いいから」
「よく分かんねえな。じゃあ智希、先に行ってるぞ」
「分かった」
「シャルル」
「あ、うん」
一夏とデュノアはそのまま食堂に入っていき、俺は鈴達のいる方へと足の向きを変える。
二人の顔色からしてあまり嬉しい話ではなさそうだ。
「何?」
「あんたさ、ここ最近自分のことでいろいろ言われてるのは理解してる?」
「いろいろと言われても」
「それこそあることないことよ。智希はここのとこ派手に動いてたでしょ? そりゃあ智希を知らない人からすれば怪しく見えるわよ」
「ああ、そういう話ね」
「ホントに分かってる?」
鈴に言われずともいろんな人達から聞いている。
やはりただ男というだけで、このIS学園で俺は目立つのだ。一夏と違って俺は一人で動いていることが特に最近は多い。もちろん行く先にはそれぞれ相手がいるのだが、用事が別だったりするので移動するときは一人だ。常にクラスの女子に囲まれている一夏とは全く別の光景である。
「陰口くらいなら気にしないよ。別にそんなの今さらだし」
「そうなんだ……」
「ティナ、ちょっと待ってね。あのね智希、分かってるのならもうちょっと自分の行動について考えなさい。このままだと陰口が誹謗中傷になるわよ」
「へえ」
俺としてはむしろよく今まで出てこなかったという話ではあるが。
「もうデマを流す奴まで出てきてるわよ。まあ犯人なんて分かりきった話だけど」
「デマねえ」
「五組よ五組。あんた派手に喧嘩売ったでしょ。今智希のことが噂になってるからここぞとばかりに反撃を始めたって話に決まってるじゃない」
「そんな簡単に決めつけるのもどうかと思うけど、ちなみにそのデマの内容って何?」
「それは……」
「デマだって分かってるんだから別に気にしないよ」
「もう一回言うけどデマだからね? 智希が他クラスの女子を口説こうとしたけど失敗して見事に振られたって」
本当に申し訳ないがその犯人は一組だ。
「はあ」
「だからデマだって言ったでしょ。でもほら気にするじゃない」
「いやそういうことじゃなくて」
「あたしもティナもそんなバカバカしいデマは気にしないけど、智希のことを知らない奴はそうなのかって思っちゃうでしょ。智希は元々誤解されやすいんだから、もうちょっと自分の行動を省みてね……」
「鈴はほんとに篠ノ之さんと仲良くなったね。今の喋り方は篠ノ之さんの説教そのままだよ」
「嘘っ!? ってごまかすな! あんたもつまんないことで誤解されたくはないでしょ!」
「誤解されたくないからさっさと収めようとしてたのに、鈴にそんな大声で騒がれたら本当に困る」
「え?」
「昨日の今日で鈴の耳にまで届くかあ……ほんと噂って広がるの早いね」
あるいは新聞部の黛先輩が言っていたことだが、ここにいる人間はニュースに飢えているので何かあるとすぐ飛びつくということなのだろうか。
「智希?」
「当然デマだよ」
「ああよかった。まさか智希に限ってそんなことはないと思ってたけど」
「どういう意味?」
「そのまんまよ。でもまあ知ってるのなら話は早いわ。心当たりがあるのならそういう誤解されるような行動は慎みなさいよ。中学までと違って智希は人に見られているんだから」
普段から人に見られている、という点では鈴もハミルトンも当て嵌まる。留学生であり、国を代表して派遣されている立場だ。
だから一般の生徒よりはそのへんに対して敏感であるのだろう。
「分かった。気をつける」
「言っておいてなんだけどやけに素直ね」
「鈴もティナもそういう立場じゃない。僕よりもよく知っているんだから、それは素直に聞くよ」
「そ、そう。そうだ、それならあたしとティナが普段の心構えについて教えてあげよっか? もちろん一夏も呼んでね。夏休み前になってバタバタするよりも今のうちにやって実践しておいた方がいいでしょ?」
「それは今やるべきことではないなあ。と言うか鈴、来週にはタッグマッチが始まるんだからそんなことしてる場合じゃないんじゃない? 鈴はリーグマッチに出て顔を知られてるんだし、鈴を倒そうと狙ってる人も多いと思うよ?」
「へえ、例えばセシリアとかね?」
そんなことくらい分かっているとばかりに、鈴はニヤッと笑った。
「オルコットさんもきっとそうだろうね」
「セシリアがリベンジを狙ってることくらい百も承知よ。だけどそんなんじゃセシリアはあたしには勝てない。返り討ちにしてやるわ」
「大した自信だね」
「あたしを目標にする程度の奴はあたしには勝てないわ。あたしは今までずっとそんな連中を全部なぎ倒してここまで来たんだし、そんな奴らに対してどうすればいいかはよく分かってるんだから」
「なるほど。じゃあ鈴は一夏にリベンジしようって気持ちはないんだ?」
「リベンジとかそういうつまんない気持ちはないわね。次勝ったからと言って以前負けた事実がなくなるわけじゃないし。あたしは一番になりたいのであって、誰か特定の人間に勝ちたいわけじゃないのよ。もちろん優勝するためには一夏が最大の障害だってのは分かってるけどね」
鈴の持論なのだろう。いつもより話し方に熱が入っていた。
「智希、あたしも負けないから」
「ティナ?」
「元々勝ちたいと思ってた相手だし、絶対に勝ってみせる。鈴の足手まといになんかならないから」
「大丈夫よティナ。ティナなら絶対にやれる!」
これは意外だった。ハミルトンもオルコットに対して含むものがあるのか。
留学生用の入学試験の時にでも負けたのだろうか。
「と言っても一回戦からだし、先は長いよ。オルコットさんに当たるまで四回勝たないといけないわけだし、足下を掬われないようにね」
「何言ってるの。あたし達は優勝を目指してるのよ。智希のことだからきっと体力的な話を言いたいんでしょうけど、それくらいリーグマッチの経験を生かして普通に勝ち抜いてみせるわ」
「むしろ毎日試合をしてた方が試合勘が研ぎ澄まされていくと思うし」
「分かってるのならいいよ。がんばって優勝目指して」
「うんっ!」
「ねえ智希、ちなみにあんたはどう思ってるの? セシリア達はあたしとティナに勝てると思ってる?」
口では強気ながら不安もあるのだろうか。鈴は意外な質問を投げてきた。
「普通にやったら鈴とティナの勝ちだろうね」
「じゃあそこに智希が手を貸したら」
「どういう意味?」
「そのまんまよ。あんたの悪知恵がセシリアに追加されたらって話よ」
「ああ、そういうことね。心配しなくてもオルコットさんにこうやったら鈴に勝てるとか言ってないし、言うつもりもないから」
全くもって嘘は言っていない。
俺はオルコットには何も言っていない。
四十院さんに対しても具体的にどうのとは言っていない。ただヒントを出しただけだ。
「何よ、つまりあんたが口出しすればあたし達には勝てるとでも言いたいの?」
「当然」
「言い切るわね」
「もちろん今の鈴ならという限定付きではあるけど」
「それでも大した自信じゃない。言っておくけどリーグマッチの時と一緒にしないでよ。あたしもあれから訓練を重ねてきたんだからね」
「それくらい知ってるよ。だから今の鈴って言ったわけなんだし、タッグマッチに限っての話」
「ホントに?」
「まあまあ鈴、きっと智希の中にはもう作戦があるんだよ。でもそれをあの人達に言うようなことはしないって言ってるんだから大丈夫」
これくらいにしておこうという感じでハミルトンが入ってきた。
なるほど二人にとっては俺が懸念事項の一つか。
リーグマッチで一夏を支援したように、俺が一組連中に対して口出しするのではないか、という不安だ。
俺が三組に手を貸しているのは二人も知っているし、たかだか一週間で何ができるという話だが、最低限確認くらいはしておきたいのだろう。
「今回僕は高みの見物をさせてもらうつもりだから、そういう心配をするのなら二人が決勝まで上がってからの話。はっきり言うけど、決勝以外は僕が口出ししたところで三組の人達じゃ鈴とティナに勝つのはまず無理だし」
「あら、あたし達に勝てる作戦があるんじゃないの?」
「鈴、そういうことじゃないよ。決勝に上がった時が勝負だって智希は言いたいの」
「ティナ?」
「そうだよね智希? あたし達が気をつけるべきは三組の代表の人達だってことなんだよね?」
「言い方悪かったか。その通り、手を貸している以上三組のベッティさん達には言うよってこと。僕的に三組で鈴とティナに勝てる可能性があるのはその二人だけで、当たるとしたら決勝だから」
「ふうん、そういうこと」
もちろん三組の他の連中にも一応言うつもりではあるが、おそらく遂行できないだろう。最低限正面から鈴にぶつかって打ち合えるだけの技量は必要だ。だが見る限りベッティと佐藤以外の面々は策以前に正面から力で押し切られてしまう。
三組には初戦で鈴達と当たってしまった不運な生徒もいるし、現状ではどこまで粘れるか程度でしかないのだ。
「と言ってもそういうのは準々決勝でオルコットさん、準決勝で一夏に勝ってからの話だし、僕の見立てじゃ二人はオルコットさんには勝てても一夏に勝てるかなあという感じなんだけどね」
「言われなくても今は学年で一夏が一番強いことくらい分かってるわよ」
「先に言っておくとシャルルも全然穴にはならないからね。一夏と同等と考えておいた方がいいよ」
「それも知ってるわ。油断して甘く見てやられるとかありえないから」
さすがに普段から一夏達と訓練していれば、デュノアの技量もある程度把握しているか。
「余計なお世話だったね。じゃあ僕も鈴に決勝は楽だったとか言われないように気をつけよう」
「あたしも決勝で智希が何をしてくるか楽しみにしておくわ」
「いやいや、やるのはベッティさん達であって僕じゃないよ」
「あたしの中じゃ実質智希よ。どっちもあたしが勝った相手だし後ろに智希がいなきゃ恐れるほどでもないんだから」
また鈴も舐めた言い方だが、実際リーグマッチではベッティも佐藤も鈴に正面から力負けしている。
単独なら次やっても負けない自信はあるのだろう。
「二人にはそう伝えておくよ」
「決勝を楽しみにしてるから首洗って待ってなさいとも言っておいて」
「また挑発するような真似を」
もっとも、それ以前にベッティと佐藤は篠ノ之さんや更識妹を破らなければならないわけで、それはそれで相当に厳しい話ではあるのだけれど。