気がついたらアキレウスだった男の話   作:とある下級の野菜人

5 / 9
ストック切れた(


トロイア戦争
友との語らい


突き抜ける青空の下、土の海が生まれていた。

 

 

 

 

「ウオォォォォォォ!!!」

「蛮族どもを押し戻せぇ!!!」

「おい、誰か矢ぁ持ってこい!!」

「クソッ、剣が折れちまった!!」

「テメェで持ってこいタコ!!」

 

 

 

 

響く怒号。吹き付ける熱気。

金属がぶつかり合う音。肉が裂ける音。

 

人の根源が、そこには広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オォラァァアァァッッ!!!」

 

 

雄叫びの直後、轟音と共に大地が捲れ上がる。その場に居た者たちは、例外なく砂と土の波に呑み込まれた。

 

 

「死にたくない者は逃げるがいい!我が武威に恐れを抱かぬ愚か者は掛かってこい!尽く、我が槍の錆としてくれよう!!」

 

 

威風堂々たる、傲慢とも取れる宣言。しかし、それを揶揄う者はいない。彼が、この場にいる者全員を敵にしても勝つであろう強者であることは、純然たる事実だと知っているからだ。

 

 

「さぁ、立ち塞がってみろ!!この───」

 

 

ギリシャの誇る大英雄、ヘラクレスに比肩する勇者。

誰よりも迅く、何よりも強く。天より降り注ぐ流星の如き一生を駆け抜けた、優しき紳士。

 

彼の名は─────。

 

 

 

 

 

「───アキレウスの前に!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、宴だ!!今日の勝利を、我らが神に捧げるのだ!!」

 

 

大将アガメムノンの号令に合わせ、精強なるイリアスの兵士たちが鬨の声を上げる。彼らの手には、一様に並々と注がれた酒杯が掲げられ、意気揚々と酒を酌み交わしている。

 

 

 

 

「どうかしたかい?我が友、アキレウス。」

 

「…パトロクロスか。」

 

 

陣幕から少し離れた森の中。遠くからは兵士たちの喧騒が聞こえる。

そこには、二人の青年がいた。

一方は若草色の髪を持ち、黄金に輝く鎧に身を包んだ美丈夫、アキレウス。もう一方は水浅葱の髪に、鋼色の鎧を着た好青年、パトロクロス。

 

 

「今日の勝利は…いや、今日の勝利も、立役者は間違いなく君だぞ?あっちで仲間も待ってる。何をそんなに浮かない顔をしてるんだい?」

 

 

パトロクロスは人好きのする笑みを浮かべながら、自らの友と言って憚らないアキレウスにそう問い掛けた。

 

 

「…別に、なんてことない。ただ気分が乗らないだけだ。お前こそ、俺に構ってないであっちに───」

「私の目を誤魔化せると思わない方がいい。友が気を病んでいるんだ。放っておく者がどこにいる?」

 

 

そう言うパトロクロスの顔は、先程とはうって変わって真剣そのものだった。そんな友の顔にアキレウスは目を丸くし、呆れた様に笑う。

 

 

「───ったく、お前は変わらねぇな、パトロクロス。」

 

「もちろん。そう決めたからね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アキレウス!アキレウスだろう!?』

 

『お前…パトロクロス、か!?』

 

 

 

彼の城で共に過ごした時間はホンの数ヶ月だったが、互いのことを認識するには充分だった。

それほどに、彼らの仲は深いものだったのだ。

 

互いの無事と再会を喜び、共に語らった。

城で過ごした日々の思い出。別れてから今までの経験。

そして、これから参加する戦争について。

 

 

『やっぱり君も参加するのかい?』

 

『あぁ。それが、俺の運命ってヤツなんだろうさ。』

 

『そうか。それなら、私も同行させてもらうよ。』

 

『…いいのか?』

 

『当然さ。それが私、いや、()()の運命だから。』

 

 

───そんな簡単に分かるもんか?

 

───もちろんだとも。だって今決めたからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話すことで楽になることもある。まずは話してみてくれないか?それとも、友人である私にすら、言えないことかい?」

 

「……………」

 

 

しばし、沈黙。

 

アキレウスとて、パトロクロスのことを友だと思っている。しかし、わざわざ言うほどのことか、とも考えていた。

アキレウスの抱えている問題は、単なる自分の生来の気質、自分で折り合いを付けねばならないモノであったからだ。

 

 

───言ったところで、どうにかなるのか。

 

 

ふと、彼は友の顔を見る。

深いターコイズの双眸が、じぃっと彼を見ている。彼が、悩みを打ち明けてくれることを、見守る様に。

 

 

 

「………はぁ。わぁーったよ。俺の負けだ。」

 

 

溜め息を吐き、「お前にとっちゃ、下らないことかもしれねぇぞ?」と前置いて、アキレウスは口を開いた。

 

 

「…お前は…誰かを殺すことに、躊躇はあるか?」

 

「え?」

 

「俺は、ある。悩まない日はない。」

 

 

 

「戦い自体は好きだぜ?あの刺すような空気、全力で駆け抜けた時の爽快感、そして槍を交えた時の高揚。

どれもこれも、俺にとっちゃ新鮮で、得難いモンさ。」

「けどよ…………殺しは、キツいもんだ。

俺が起こした流砂に呑み込まれた連中の顔が、頭に焼き付いてる。肉を抉った時の感触は、未だに手から離れない。」

「アイツらにだって、待っている友が、家族がいただろう。そう考えると、どうしても…な。」

 

 

予想外の友の悩みに、パトロクロスは閉口した。

 

それは、パトロクロスにとって初めてみる、アキレウスの弱々しい姿だった。

いつも先頭に立ち、皆に勇気を与えてくれる。

そして、自分を救ってくれた英雄の、悔恨の顔だった。

 

パトロクロスには、アキレウスの心は分からない。

彼にとって、敵は須らく倒すべきモノである。幼い頃より培った、戦士としての心構えが根付いているからだ。

 

 

「理屈じゃあ分かってるさ。こんな事を考えんのは、傲慢だってことくらい。

けどよ………やっぱ、簡単には割り切れねぇよ…情けねぇ話だがな。」

 

 

アキレウスは分かっていた。自分がこうも相手を気にしてしまうのは、日本人としての気質、そして、自身の力の問題だと。

 

 

彼に宿っている、2000年代日本人としての前世の記憶。

争いとは無縁の世界で生きていた彼にとって、殺しとは、最も忌避する事柄の一つだった。

そして、日本人として当たり前に善良であった彼は、どうしても他者の痛みを想像し、共感してしまう。痛ましいと思う。

 

これで、自分の事で精一杯な状態であれば、こういったことを考えることも無かっただろう。

しかし彼は、アキレウスなのだ。

 

女神に祝福されし不死身の肉体。

鍛治神によって鋳造されし鎧と盾。

海神より賜った神馬の引く無敵の戦車。

韋駄天をも超えるであろう俊足の脚。

師より学んだあらゆる武術。

 

アキレウスにとって戦場は、危険とは言えないものだった。

 

槍を振るう。敵は倒れる。

地をたたく。大地は隆起する。

戦車を引く。戦場は蹂躙される。

 

アキレウスは、あまりに強すぎた。

 

 

戦っている最中は良い。戦うことに没頭し、余分な情報を遮断するように努めているから。

しかし、戦いが終われば、考えずにはいられない。自身が殺した人間を。その人間に、置いていかれた者たちを。その者たちの悼みを、嘆きを。

 

それを与えているのは自分自身なのだと、アキレウスという男は、正しく理解してしまうのだ。

 

 

 

「そうか…………君は、優しいな。」

 

「俺は…優しくなんかねぇよ。本当に優しい人間なら、誰も傷付けることなく、戦いを終わらせられるだろうよ。

俺のコレは、単なる自己満足さ。」

 

「いいや、君は優しいとも。」

 

 

アキレウスの卑下を、パトロクロスは切って捨てる。

 

パトロクロスにとって、アキレウスは真に英雄であった。再会した今も変わらず在るアキレウスに、より憧れと思いは強くなった。

 

───今でも覚えている。自分を救ってくれた、あの背中を。思い、焦がれ、隣に立ちたいと願った、英雄の姿を。

 

 

「そんな君だから、ボクは憧れたんだ。君という、誰よりも強く、優しい英雄に。」

 

「パトロクロス………。」

 

「ボクは、君みたいに強くない。敵を気にしてる余裕なんて無いし、そういうものだと、割り切っている。」

「君のその、他者を思いやる心は、ボクたちは忘れてしまった…尊いモノだ。そんな心を持ってる君だから、ボクは、いやボクたちは、君に着いていきたいと思う。」

「知ってるかい?今回の戦争の参加者たちは、君と共に戦いたくて着いてきた者たちも多いんだ。

君に接して、君に諭され、君に救われて…君のために何かをしたくて集まった者たちが大勢いる。」

 

 

アキレウスが戦争に参加すると聞き、駆け付けてきた者たちがいた。

 

魔獣から助けてもらった者。

夫婦仲を取り持ってもらった者。

在り方を諭された者。

絶望から、掬い(救い)上げてもらった者。

 

理由は数あれど、目的は一つ。

 

───我らが英雄の助力に来た。

 

 

「いいかい、我が友よ。たとえそれが君の言う通り、単なる自己満足だったとしても、それは、決して無意味じゃない。

ボクたちがここにいるのは、君の優しさに救われたからだ。」

 

 

たとえ気紛れでも、偽善でも、彼らにとっては救いだった。

アキレウスの行動の結果は、こうして結実している。

 

 

「ボクらは、君の優しさの証明だ。

もし君が折れそうになっても、ボクたちが支える。」

 

 

これから先、きっとこうして惑い、悩み、苦しむだろう。

しかし彼には、こうして共に在る(ともがら)がいる。

 

 

「────クッ、ハハハハハ!

ハァ…全くよ…案外、楽になるもんだな。」

 

「だろう?もっとも、君がしてくれたことだがね。」

 

「そうだったか?」

 

「そうだったとも!」

 

 

そうして二人は、また可笑しそうに笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキレウスの武勇は凄まじいものだった。

普段は非常に穏やかな彼だが、一度戦場にでれば、まさしく一騎当千、古今無双。彼一人で戦局を左右する恐るべき強さであり、あまりの強さに軍師は揃って口をつぐんだという。

軍略を立てる必要が無いほど、アキレウスの強さは度を超していたのだ。

 

また、彼の強さが伺えるエピソードとして、

『エーエティオーンの無血勝利』がある。

アキレウスの武勇は、旅をしている間にもギリシャ中に広まっていたが、トロイア戦争への参加で、より爆発的に広がった。

 

エーエティオーンの街も例外ではなく、街にギリシャ遠征軍(アキレウス)が来ることに戦々恐々していた。

 

そして、ついにギリシャ軍は、エーエティオーンの街に到着。しかし、街の防備は、あまりにも薄かった。

あまりの手薄さに疑問を持ったアキレウスは、アガメムノンに進言。単独で偵察に向かった。

 

そこには、白旗を掲げる街の住民たちがいた。

アキレウスの強さに恐れをなし、戦わずして勝利を投げたのだ。

 

 

また、この『エーエティオーンの無血勝利』は、アキレウスの人格の高潔さを伺わせるエピソードとしても語られる。

 

“街も、食料も、宝も明け渡すから、どうか命だけは。”

 

そう言って頭を下げる住民たちに、アキレウスはこう返したのだ。

 

“ならば、そこにいる立派な馬を一頭頂こう。”

“さて、お前たちは俺にこの様な駿馬を献上してくれた。であれば、褒賞としてこの街をやろう。我々もしばし滞在することになるが、構わんな?”

 

破格の待遇に、街の住民たちは歓喜した。

 

街の者たちはギリシャ軍を歓待し、アキレウスを讃えた。

一部の者たちは、アキレウス目当てに、そのまま軍に合流する者たちまでいたという。

 

 

このように、アキレウスには他の英雄たちと違い、暴力・性的なエピソードが極めて少なく、まるで現代のヒーローの様だと言われている。




ナギコチャンカワイイヤッター

ついに、あらゆる人たちが尊死する(鼻)血のバレンタインデーがやって来ましたね…
今回の新規鯖勢に何度殺されたか…ちなみに、まだマイフレンドやら怒りマンやら、見てない人がたくさんいるのでこれからも、死ぬ予定はバッチリです☆
逝くぞ、バレンタイン───命のストックは充分か。

星5三人とか、明日死ぬのかな…?



今回の話は、本当はもっと短く、ちょっとした幕間みたいな話の予定でしたが、気付いたら結構な長さになってたので、一話扱いにしました。
後半のいつものWik◯的な文はついでです。
ペーダソスくんごめんね?

パトロクロスくんは、アキレウスに似た見た目で、ちょっと優しげな顔をしてるイメージです。完全に勝手な想像なので、あんまり深読みしないでね?オニーサンとの約束だぞぅ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。